ホーム・ノット・アローン



良くもない悪くもない中途半端な天気の昼下がりだった。そいつは、俺のいる部屋の中につまらなそうな顔で居た。


「暇だよー。K’〜」

「テレビでも見てな」

そう、こいつがだ。白のワンピースに身を包んだ、長い髪の女の子供。

クーラ・ダイアモンド。俺の幼なじみってとこでいいか。


クーラは不機嫌そうな顔でテレビのリモコンを手に取ると、せわしなくチャンネルを入れ替える。


−一時間ほど前の事だったか。

K’、私達ちょっと話があるから、クーラとお留守番しててね」

「わかったからとっとと行って来い」

K’、うちのクーラの前で変な事するんじゃないよ!」

「やかましい!」

「クーラ、いい子にしてるんだよ、いい子にしてたらおやつを買ってきてあげるからね」

「うんわかった!セーラ、ダイアナ、行ってらっしゃ〜い!」


…まあ、そんなこんなでウィップの奴がダイアナと一緒に出かけたために、俺がクーラと一緒に留守番するハメになったってこった。

マキシマの奴は数日前から出払ってていねえ。

こんなんだったら、俺もついていくんだったぜ。


つまらなそうに、K’はタバコの箱を手に取り、タバコを一本取り出した。


K’、タバコは体に悪いよ」

クーラはK’を咎める様な目つきで言い、にらむ。

「いいんだよ、俺は」

K’はクーラの指摘などどこ吹く風と、タバコに火をつける。部屋の中に白い煙が広がった。

ムッとした表情で身を引く様にクーラは煙を避けた。

「ダイアナが、K’がタバコ吸ってたら離れろって言ってた」

「だからバカ正直に言う事聞くってか?大したいい子ちゃんだな」

K’は鼻で笑う様にクーラに言い放つ。

クーラはふん、と視線をそらす様にテレビの方へ向く。


…度々思うが、やっぱりこいつと俺は水と油だ。いや、俺達の場合炎と氷か。

こいつは素直なよい子ちゃん。かたや俺はヘソ曲がりな不良もいいとこ。

境遇や外見は似たもの同士だが、中身はとことん正反対だとしょっちゅう思うぜ。

記憶を失ってから再会して、気味の悪いものを感じていたのもそこからだろう。

…きっとこいつだってな。


ふと見れば、クーラは子供向けな教育番組や動物やらの番組を見ている。

K’にとっては、何が面白いのかもさっぱりわからない存在だ。

こんな光景を見て、やっぱり正反対だと改めて思うK’だった。


フィルターまで吸いきった煙草を、K’は乱暴に灰皿の底にねじ込んだ。


つまらねえ、という態度を隠しもせず、テーブルの上に無造作に置いてあったビーフジャーキーの袋に手を伸ばす。

袋から手に触れたジャーキーを数枚、口の中に無造作に放り込む。


うん、うまい。

かつての組織内でろくなもんを食った事のない俺だったが、これはうまいと感じた。

濃厚な塩辛さ。

舌を刺激するスパイス。

悪くない歯ごたえ。

食い物なんて食えりゃあいいが、これは悪くねえよなあって思った。


ふと気付くと、クーラがK’をじっと見ていた。

クーラはビーフジャーキーの袋に手を伸ばすと、おもむろに口に放り込んだ。


「勝手に人のモンを食うんじゃねえよ」

「ふん」

クーラは軽くそっぽを向きながら、ジャーキーを咀嚼する。


「…あんまりおいしくないよ。もっと甘いのがいい」

「ガキだねー」


クーラはその子供っぽい性格を反映してか、甘い物好きだった。

反面、K’は甘い物が大嫌いである。

食べ物の嗜好といい、つくづくK’とクーラは正反対だ。


K’はビーフジャーキーの塩辛さにあてられたのか、ビールが飲みたくなった。

ふと気付けば、K’は冷蔵庫から大きめな缶ビールを取り出していた。


パカッ、という高い音とともに泡が勢いよく缶の口から吹き出す。

K’はそこに口を付けると、グイッと喉の奥に一気に流し込む。

プハァーと大きな息をつくと、飲みかけのビール缶をテーブルの上に置いた。

その缶に興味津々と猫の様に顔を近づけるクーラだった。


「やめとけよ」


そんなK’の言葉はおかまいなしに缶ビールを手に取り、恐る恐るビールを口に含むクーラ。

「にが〜い…」

当然予想通りに、クーラはビールの苦辛さに顔をしかめた。


「言わんこっちゃねえ。その味はお子様には理解できねえよ」

「むー…」


クーラがふくれっ面でK’をにらむ。嘲笑しながら子供扱いするK’の言葉にクーラはカチンときた。

すると突然、クーラは意を決した様に豪快にビールを一気飲みしたのだ!


「お、おい!」


まだ中身の残るビール缶を、タァンと音が響く位に強くテーブルに置くクーラ。

その顔はアルコールで紅潮し、目が泳いだ様に上目遣いになっていた。


「はぁ…何だかドキドキするぅ…」


…そのクーラの様子は、確実に酔っぱらっていた。

そしてまた、ビール缶へと手を伸ばす。


「や、やめろよ!」


K’の手が、テーブルからビール缶を取り上げる。さすがにK’もまずいと思ったのだろう、表情に動揺の色が浮かんでいた。


「なんで〜?もっとわたし、のみたいよぉ〜」


目の焦点も合っていないのに、クーラはK’の手にするビール缶へと手を伸ばす。


「ダメだ、ダメだ!」


いつの間に立ち上がり、頭の上にまで手を上げてクーラからビールを遠ざけようとするK’

しかし、なおも背伸びしてK’からビールを奪い取ろうとするクーラ。

…さながら、その様子はエサを我慢しきれずに跳ねる犬の様…というのはかわいい表現だろうか。


「けいだっしゅぅ〜、わたしが子供だと思ってのめにゃいと思ってりゅんでしょ?

もっとちょうらいってばぁ〜!」


…ろれつが回っていない。ヒックとしゃっくりが聞こえる。

その様子にK’はますますヤバいと確信した。


そんな事はお構いなしにクーラはジャンプしてK’の頭上のビール缶を奪おうとする。

その勢いで、K’の手から缶ビールがこぼれ落ちた!


「…………………。」


K’の頭に、逆さになったビール缶が乗っている。

彼の銀髪に金色のビールがあふれ出て、額から頬を伝って落ちていく。

ビールを頭からかぶったK’は、しばらく硬直して言葉が出なかった。


「お、お前が無理に取ろうとするから!」


怒ってクーラに食いかかろうとするK’をよそに、クーラの目は相変わらず焦点が合わずにK’の顔を見つめている。

不意に、クーラは自分の顔をK’の目の前に近づた。


ペロッ!

K’の頬に、温かい何かが這う様な感覚が走る。

何と、クーラが、K’の頬を伝うビールを舐め取っているのだ。


「お、お前何やってるんだ!?」

「けいだっしゅの顔にビールついてるう〜、もったいにゃ〜い」

「や、やめろっ!」


K’の制止も聞かず、クーラは甘える犬の様にK’の顔を舐め続ける。

ふと気付くと、クーラの胸が自分に密着せんばかりに近づけられている事に気付く。

アルコールで高まったクーラの心臓の鼓動が、自分にも伝わらんばかりに響いてくる。

そんなクーラの鼓動につられる様に、K’もまた鼓動が早まった。


「おっ、お前、いい加減にしろ!」

「キャッ!」


我に返ったK’は、自分の動揺をごまかす様にクーラの体を突き飛ばす。

クーラは声を上げてぺたんと尻餅をついた。


「お前って奴は!」

「え〜?」


K’は食い入る様に顔を近づけて倒れるクーラに詰め寄った。

全く状況がわからないまま酔っぱらい、K’を眺めるクーラ。


−その瞬間、部屋のドアが開く音が、突然響いた。


「…K’!…何やってるの!?」

「何って…こいつが…ああっ!?」


K’は、突然帰宅したウィップの声で今の自分とクーラの姿に気が付いた。


K’はクーラを押し倒した様な体勢で、クーラの顔に触れんばかりに顔を近づけていた。

手もクーラの手を押さえつける様に上に乗っており、床にはビールの缶が転がっている。

当のクーラは酒に酔って半ば自失状態…ポーッとした顔でK’を見上げていた。


どう見ても、言い訳無用のこの状況…!


「待て!これは…」


言い終えるよりも先に空を裂く様な音が走った。鞭がK’の首に巻き付き、言葉を遮る。

K’の弁護は無情にも却下された。


「あなたって…あなたって人は…!!」


K’は鞭で床を這ったまま引きずられ、頭の上にはウィップの強く踏みしめる足が…!

K’はその苦痛に耐えながら、目でただ「無実だ」…と訴えていた。

しかし哀しきかな、その視線すらも後頭部をウィップに踏みしめられ届かなかった。


「クーラ!?クーラ!?しっかり!」


ダイアナはアルコールでポーッとしたままのクーラを揺さぶりながら問いかける。

そんな必死なダイアナなどどこ吹く風と、落ちていたビール缶を拾い上げる。


「クーラ!私がいない間にそんなものを飲んで!」

「ふーん、クーラいい子じゃなくていいもーん!」


クーラはほとんど空になったビール缶を逆さに向け、滴り落ちる数滴を口の中に落とした。

その挑発的な行動にさらに憤るダイアナ。


「クーラ、あんたって子は!」


突然、クーラの様子が一変する。

泳いで焦点の合わなかった目が強く見開いた。

赤く紅潮した頬は次第に青ざめていき、血色が抜けていく。

クーラは突然ダイアナを突き飛ばすと、口を押さえながらトイレに向かって全力疾走した。


「クーラ…!」


心配そうなダイアナの声をよそに、トイレのドアが乱暴に閉まる音が鳴り響く。

しばらく経った後、トイレの水流音とともに出てきたクーラの顔は、顔面蒼白で瞳に涙を浮かべていた。


「き、気持ち悪いよぉ〜…」


その口を押さえながら力なくフラフラと廊下を歩いてくる様子を、

ダイアナは冷や汗を流して見つめていた…。

ダイアナの口が冷静に開かれる。


「クーラ、いい子にしてなかったからおやつは無しだよ」

「そ、そんなあ〜!」


ダイアナは無表情だった。

それとは対照的にクーラは瞳に涙をためながら、悪酔いの余韻も抜けきらないまま悲愴に声を上げた。




「ビールなんてこりごりだぜ…!」

「ビールなんてこりごりだよお…!」




――何もかも正反対な二人が、珍しく一致したとある昼下がりだったのでした。


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