第1話 少女との出会い

  鬱蒼と茂る木々。月の光だけがその足下を照らし唯一の道標となる森の中。

  風が木々の葉を揺らし、不気味な音を立てる監獄めいた幻想を抱かせる空間。

  昼とは違い風がどこか生ぬるく感じるのは気のせいだろうか。

  爽やかな夜風とはほど遠い異質な気配を漂わせている魔性の風。月の魔力を吸い上げ、突然変異を起こしたようなその風を身に浴びながら歩く人影がいた。

  「今日も月は・・・・・綺麗だな」

  夜空には雲一つない中に浮かぶ満月が世界を見つめている。

  そんな月の光の下で一人独白をするのは青年だった。

  頭髪は月のように輝く銀色。瞳はどこか吸い込まれそうな蒼色。雪のように白い肌は月の光を浴びて輝いてさえ見える。

  月を見上げながら森の中を歩く姿はどこか幻想的であり夢のようだった。

  着ている服もまたその容姿と同じ白を基調としたものだった。

  茶色いブーツに白地のズボン、アンダーシャツの上にこちらも白地のジャケットを羽織るという軽装。上から下まで白一色といった服装だ。

  だが唯一とも言える黒色の装飾品が一つ存在した。

  首から掛けられたアクセサリー。そこに飾られる石は純粋な漆黒をした石だった。

  その隣に対となる白色の石が飾られているため、対となる色のコントラストのはずが妙にマッチしていた。

  カサカサと木の葉が揺れ、風が青年の髪を揺らす。

  絹糸のように繊細な髪は風の流れのままに自然と揺れる。その髪の毛を気にすることなく夜闇の中輝く月に導かれて森を彷徨う。

  何故歩くではなく彷徨うなのか。

  それは。

  「道はどこだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

  道に迷っていたからだ。

  随分と余裕綽々に月など眺めながら夜の森を歩いてはいるが、こんなことは彼にとっては日常茶飯事だった。

  青年、相沢祐一は旅人である。

  そのため野宿など数えきれないほどしてきた経験の持ち主だ。今ここで寝ろと言われたらすぐに寝るだろう。

  しかし彼は歩き続ける。

  なぜなら。

  「あのジジイ、こっちに行けば近いって言ったじゃないかよぉ・・・・・」

  段々怒る気力も薄れる中でどこぞのジジイに文句を言う。

  森を歩いていたときに出会った爺さんに近道を教えてもらったのは良かったが、そのせいでと言っていいのか悪いのか道に迷ったのだった。

  楽しようとしたのが運の尽きとなったのである。ようはただ悔しいだけなのだ。

  意地でも辿り着くという子供じみた対抗心でこんな森の中を歩いているのである。

  今はどこにいるのか分からない爺さんに恨み辛みをぶつぶつと言いながら道無き道を歩く。

  踏みしめる大地からは草の音色が聞こえ、時々枝が砕ける音なども聞こえてくる。

  夜の静けさに支配された森の中ではっきりと聞こえるその音は既に聞き飽きているため、いい加減まともな道を歩く感触を感じたいと思いながら
  もひたすら森を彷徨う。

  「今日は晩飯抜きか・・・・・。こんなことなら何か買っておけば良かった・・・・・」

  旅の必需品である食料を切らしている今、手持ちにあるのは全て口にできるものではなかった。

  腰にぶら下げられた一本の剣と、必要最低限の荷物以外は手にしていない。

  それはまるで日帰りでお出かけするような荷物の少なさだった。

  「弱音を吐いても腹が膨れる分けないか・・・・・。とにかくここを抜けないと」

  マイナス思考の気持ちを引き締めると、眼前に広がる木々の間を縫いながら出口を目指そうとしたときだった。

  「グオオォォォォォォッ!」

  けたたましい咆哮が森の中を駆けめぐる。

  その声に反応するかのように森の木々が揺れるのを感じながらも祐一は敏感に反応する。

  「魔物! あっちか!」

  雄叫びを耳にすると即座に腰から剣を抜き、それを片手に森の中を疾走する。

  風のように俊敏に木々をかいくぐりながら咆哮がした方へと駆け抜けていく。

  (人の気配? どこか力が感じられないな・・・)

  走りながら魔物の気配以外に人の気配があることを悟る。だが、その気配は微弱で弱っているようだ。

  それに気づいて更に走るスピードを速めると、閃光の如く森を駆け抜ける。

  「いた!」

  魔物の姿を確認するとそこは人が頻繁に通り地面がむき出しとなった草のない大地が一本の道となって伸びているのがわかる。

  その往来で群がる魔物達。

  人とは違う生き物にして、並外れた戦闘能力を秘めた凶暴な生物。一般認識ではそう思われている魔物が約10体程群がり道を塞いでいた。

  「レッサーデーモンか。雑魚だな」

  レッサーデーモンと呼ばれる魔物は茶色の毛に体を覆われ、異常に発達した四肢が特徴的で、明らかに凶暴そうな風体をかもし出している。

  その強さは中級魔物という部類に属しており、並みの人間からすれば十分脅威となる存在だ。

  既に群がるレッサーデーモン達からは明確なほどの殺気が空気を伝って感じられた。

  「ウインドカッター!」

  少女とおぼしき声と共に放たれる真空の刃。

  魔物をとらえるとその肉体を斬り裂き、血しぶきと共に絶命させる。

  見れば同じ様な死体が辺りには3、4体転がっていた。

  「はぁ・・・はぁ・・・・・」

  しかし少女の息は荒く、既に足下さえ定まらないほどに身体が疲れ切っている。

  周りから見てもそれは明白で、力無く目の前の敵を見据えながら次の攻撃を繰り出そうとする。

  目の前から襲いくるレッサーデーモンを見据え、次の魔法を放った。

  「ウインドアロー!」

  今度は風の矢が数本その体を貫く。

  急所を貫通した矢は確実に魔物の命を奪い、レッサーデーモンは慣性に従いながら地面に転がると息絶えた。

  しかしその時、茂みの影から別の一体が襲いかかる。

  「えっ!?」

  とっさのことと肉体的にも精神的にも疲れ切っている少女には反応できなかった。

  飛びかかってくるレッサーデーモンをその視界に見据えながらも体が動かない。

  既に対応する余力も残されていないようで、石像のように固まる少女は迫り来る魔物を見つめながら自分の死を覚悟する。

  「とりゃあぁぁぁぁぁっ!」

  別の角度から祐一が飛び出してくると、レッサーデーモンの横っ腹に跳び蹴りをお見舞いする。

  祐一の跳び蹴りによってくの字に体が折れ曲がりながら吹き飛び、木にぶち当たると、その木をへし折りながら大地に横たわるレッサーデーモン。

  まだ死んではいないが少女を守るには十分だった。

  「大丈夫か?」

  「え? あ、はい」

  突然の祐一の登場に驚き、呆気にとられながら目を丸くする少女。

  「それじゃ、選手交代な。そこで休んでろ」

  そう言うと、返事を聞かずに大地を蹴る。

  手近にいた一体に詰め寄るとその首を跳ね飛ばし、蹴りで邪魔になったその死体をどかし、両サイドから襲いかかる二体に怯むことなく前に素早く抜け出すと、
  案の定二体は正面衝突した。

  「せいッ!」

  そのまま目の前にいた一体をその頭上から真っ二つにすると、間髪入れずに斜め後ろにいる一体へと襲いかかる。

  「ふッ!」

  左から切り上げると、振り上げられていた右腕を除いて胴と左腕を切断。

  ゴトッ、という鈍い音を立てながら肉片が転がるのを耳で感じながらも次を目指す。

  息一つ乱さぬ様子で激しい攻防を繰り広げる祐一。

  徐々にペースも上がってくる。

  「面倒くさ。一気に片を付けるか」

  立ち位置的に正面に全ての魔物達を見据える形になるポジションに来ていた祐一は鋭い目つきで前を見据えるとその姿を幻とした。

  「神魔夢幻流 幻霧!」

  神速と呼ぶに相応しいスピードで駆け抜けると同時にブシュッ、という肉が斬り裂かれる音と共に血のシャワーが地面に降り注ぎ辺りをどす黒く汚す。

  ピチャ、という生ぬるい液体のしたたる音が何とも言えない嫌悪感を誘う中で絶命し、肉塊となって大地にへばりついていくレッサーデーモン達。

  あまりにも悲惨で血の海に浸された躯は腐臭を放ちながら塵へとその姿を還元していく。

  だが、その中で一体だけ動く姿があった。先ほど祐一の跳び蹴りによって派手に吹き飛んだヤツだ。

  近くにいた少女へとその爪を振り上げると、レッサーデーモンは襲いかかった。

  「きゃああぁぁぁっ!」

  既に安心し、余力の残されていない少女には為す術がなかった。

  だがそんな危機を祐一もみすみす見逃さなかった。

  「ホワイトチェーン!」

  少女を狙うレッサーデーモンに光の鎖がどこからか現れると素早く絡みつき拘束する。

  その体を完全に拘束されたレッサーデーモンはもがきながら声にならない低い呻きを上げている。

  光り輝く鎖は徐々にその力を強めていき、やがて限界まで締め上げられるとレッサーデーモンの体は耐久力の臨界を越えてバラバラになった。

  「すまない、危険な目に遭わせて。大丈夫・・・・・」

  祐一は剣を納めて少女のそばに駆け寄ると、話しかけるが言葉を途中で切る。

  「スー・・・・・スー・・・・・」

  少女は顔に見合った可愛らしい寝息を規則正しく立てながらその場に横たわり、夢の中へと旅立っていた。

  「疲れと恐怖で気絶したまま寝ちゃったのか。ひとまずどこかで休ませないと」

  祐一は少女を抱えると、どこか手頃な場所を探す。

  とりあえず近くの芝の上に横にすると、自分の上着をその上からかけた。

  やはり女の子に夜風は天敵だろうという祐一の配慮だ。

  「これでよし。それじゃ、俺も少し休むとするか」

  祐一もその近くに腰掛け、木により掛かると、少々肌寒いと思いながらもしばし眠りへとついていった。

  程なくして二つの寝息が静かな森の中に風と共に流れ始めるのだった。







  眩しい木漏れ日。

  森の中にいるのでまさに木漏れ日という言葉が的確に当てはまる朝の情景の中で、昨日とは打って変わって爽やかな風が森の中を駆け抜ける。

  朝特有の冷たさを帯びた風が吹く中で眠る少女が一人。

  「う・・・ん・・・・・」

  目を覚ました。

  「・・・ん〜・・・・・? ここ・・・は・・・・・」

  少しのびをしてから辺りを見回してもあるのは木、草、茂み。

  どう見ても森の中だった。

  「私は確か、昨日魔物と戦って、それで・・・・・」

  「お、目が覚めたか」

  回想に耽る少女のそばから祐一の声が聞こえると、そちらの方を見ながら体をビクッと振るわせる。その瞳には警戒の色が浮んでいた。

  「そんなに警戒しなくてもいいよ。君を傷つけたりしないから」

  努めて優しく接する祐一。

  少女もまたそれを分かってくれたのか警戒心が薄らいだように見える。

  「あなたは確か昨日助けてくれた方ですよね?」

  「まあ、一応はな」

  「本当にありがとうございました。私は白河ことりと言います」

  「白河さんね。俺は相沢祐一。よろしくな」

  地面に座りながら軽くお辞儀をすると自己紹介をすることりに祐一も応える。

  微笑みながら自己紹介する祐一を見てことりは顔を赤らめた。

  「? 顔赤いけど大丈夫?」

  「いえ、大丈夫ですよ(綺麗な人だなぁ・・・・・)」

  ことりが顔を赤くして照れるのも当たり前のことである。

  祐一の容姿は上の上。綺麗な銀色の髪と蒼色の瞳に加え中性的で整った顔立ちに男では珍しい色白な肌。

  はっきり言って反則なのだ。

  世の女性の九割九分を落とせるだろう。

  もし落とせなかったらその女性はアブノーマルだったと片付ければいいだけのことである。

  祐一自身多少自覚をしているようだがこればかりはどうしようもないらしい。

  「それよりケガとかないかい? 昨日はずいぶん疲労しながら戦っていたようだから」

  「大したケガは特にないですよ。わざわざ心配してくれてありがとうございます」

  そう言ってニコッと笑うことり。

  今度は祐一が顔を赤くしていた。

  (可愛い・・・じゃなくて)

  ことりもまた祐一に引け劣らず美少女だ。

  赤い髪の毛が腰の辺りまですらりと伸びるロングヘアーに整った顔立ち。幼さが残り、大人と子供の境目に位置する微妙な容姿。

  人の主観によっては可愛いとも美しいとも取れる姿だ。

  服装は祐一と似た白、というより薄めの色がメインとなっている。

  黒のブーツに白地のロングスカート。薄い桜色の上着を着こなしている。

  こんな軽装で魔物と戦うのは無謀だろうと思うだろうが、それでもその服には色々と身を護る細工が施してあるのは言うまでも無い。

  「所で白河さん。夜の森でどうして魔物と戦ってたんだ?」

  照れ隠しに祐一は話題を別の方向に変える

  「旅の途中で先を急いでいたのですが、魔物の群に出会ってしまって、それで」

  「そうか。危ないところだったね」

  「はい。それと私のことはことりで構いませんよ」

  「そうか。俺も祐一で構わないから」

  「それじゃあ、祐一君でいいですか?」

  「ああ」

  徐々に堅苦しさの抜けた自然な会話になってくる。

  敬語を使うのもやめると同年代の男女の自然な会話となっていった。

  「これから祐一君はどこへ行くの?」

  「この先の街に行こうと思って。ことりも?」

  「はい。一緒に行ってもいいですか?」

  「全然オッケー。それじゃ、行こうか」

  「うん」

  こうして出会ったばかりの二人は次の街へと向かっていくのだった。






  街に着くと二人はとりあえずまだ取っていない朝食を取るために手近な店の中へと足を進めて行く。

  祐一に至っては昨日の夕食を取っていないので一刻も早く何か食べ物を口にしたいのだ。そのため自然と足も速くなる。

  どこの街にもある普通の飲食店の席に向かい合うようにして二人用の席に座るとそれぞれ注文し、箸を進めながら会話を交わしていた。

  「祐一君はランクどの位なの? 昨日見ている限りではかなり高いと思うんだけど?」

  「俺? 一応SSランクだけど」

  「SSランク!?」

  サラリと流すように言われた祐一のランクを聞いてことりが目を見開きながら驚く。

  周りの客もその言葉に反応してか、こちらに視線が集中するが祐一自身はあまり気にしていないようだ。

  特に女性の方は見とれているようだが、そのことに関しては無視しておこう。

  ちなみに周囲の反応の理由は、祐一の持つSSランクとはハンターという職業の人達の強さを示すハンターランクの中で最高ランクである。

  英雄R・S・Fの五人は例外で、U(ULTIMATE)ランクが与えられているが、それを除けば最高ランクである。

  ハンターとしては憧れのランクなのだ。

  「そう言うことりは? ランクどの位なの?」

  「私はまだAランクだよ」

  ちょっとだけ表情を曇らせながらことりが言うのを見て祐一がフォローをいれる。

  「Aランクでも充分強いじゃないか。鍛え方次第ではかなり強くなると思うよ」

  「ありがとう。先を急ぐばかりであまり集中して鍛えてないからなかなか強くならなくて。それに自分一人だとどうしていいかあんまり分からないか
   ら」

  一度言葉を区切ってからことりの表情は凛々しさを増す。

  「私、もっと強くなりたい。今はまだ死ぬわけにはいかないから・・・・・」

  鬼気迫ることりの表情を見て祐一もまたその表情を鋭いものへと変えた。

  「それじゃ、俺が教えてやろうか?」

  二人の物語は唐突に始まる。




To be continued・・・


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