第2話 特訓
  「それじゃ、俺が教えてやろうか?」

  何の前触れも無しに言われる祐一の誘い。

  ことりは祐一の顔を見ながら固まっている。

  いきなりの話で思考が追いついていないようだ。

  「い、いきなりっすか? でも、いいの?」

  「いいも何もことりの真剣な眼差しを見たらそんな気になった」

  「どれくらいかかるかな?」

  「だいたい二ヶ月でSランクくらいまでには出来る。ただし俺の言うことを忠実に守れば、の話だけどな」

  それは祐一の特訓がハードであるということを示唆していた。

  一口に二ヶ月と言えど、やろうと思えば人間どれだけ化けられるか分からない。

  内容と努力次第ではどれほど力を付けるかなどはある程度予想は出来ても結果はそれと異なるだろう。

  それも良い師がついていての話だが、この場合祐一が良い師であるか、そしてことりの努力が最低条件での二ヶ月という期間である。

  「二ヶ月でSランクはとても魅力的な話だけど、やらなきゃいけないことがあるから、どう答えていいか・・・・・」

  祐一の申し出を嬉しく思うと同時にことりはすんなりと返事を返せなかった。

  ことりにはやらなくてはならないことがあるのだ。

  「やらなきゃいけないこと?」

  「うん。紅の悲劇で別れちゃったお姉ちゃんや友達を捜すこと。それが私のやらなきゃいけないこと」

  ―――紅の悲劇―――

  果たして何人がこの言葉を聞いて恐怖と絶望を思い出すだろうか。

  おそらく人類全てがこの言葉に恐怖し、あの地獄のような一年を思い出すだろう。

  紅の悲劇とは魔界の魔王ルシファーが突如人間界に降臨し、世界を絶望の奥底へと導いた忌まわしい時代である。

  全ての人は負の感情に支配され、闇に身を浸すような毎日を過ごし、いつ自分が魔物の手に掛かりこの命を散らすかなどと思いながらも微かな
  
  希望を追い求める毎日を送っていた。

  それもつい二ヶ月ほど前に突如現れた五人の英雄R・S・Fによって討伐され、世界は今へと時を経ていったのだ。

  しかしその惨事の傷跡は大きかった。

  ミュジリクという一国家の滅亡と多くの難民の出現。

  生き別れや目の前で両親を亡くした子供達など数えきれないほどいるだろう。

  ことりもまたそんな不幸に見回れた被害者の一人だった。

  しかし命あっての物種などと言うように生きているだけ十分幸運と言える。

  「私とお姉ちゃんは両親を早く亡くしちゃったから肉親と呼べるのはお互いだけだし、友達のみんなもきっと生きてる、って信じてるから。
   それに今度はお姉ちゃんを私の力で守りたいし」

  決意のこめられたことりの瞳に祐一は惹かれていく。

  祐一はことりを見て信念のこもった強い人間の瞳をしていると感じていた。

  「その友人ていうのは強いのか?」

  「うん。朝倉君て言う人がSランクだから、そのギルドネームを探してギルドをまわってるんだけど、まだ惨事の余波のせいで情報経路がストップ
   していて詳しいことが分からないの」

  説明をしながら段々表情に陰りを見せることりを励ますように祐一の口からさらに嬉しい申し出が出される。

  「そうか。それなら俺も手伝って上げようか?」

  「ホント!?」

  今まで一人で孤独な旅をしていたことりだ、助っ人は精神的にも肉体的にも嬉しい援助である。

  願ってもいない提案に喜びを隠すことなく、ことりは目を見開きながら祐一を見つめる。

  「ああ。それに、今はこんな有様だから情報が伝達されるくらいになるまで俺が鍛えて、一度大きな街でランクアップ試験を受けて、そこのギルドで情報を得る。
   こんな感じで行けば結構スムーズに行くと思うんだが、どうかな?」

  とても合理的なプランを練り上げる祐一。

  祐一の言っていることはとても効率のいい時間の使い方と言える。

  今はまだ世界が不安定なので治安が回復するまで時間を有意義に過ごそうというのだ。

  勿論その有意義とはことりの特訓を指している。

  「・・・・・・そうだね。祐一君の言う通り今は強くなることを目指すよ。そのためには祐一君に指導してもらわないとね。と、言うわけでいきなりだけど
   指導の程よろしくお願いします」

  そう言って長い髪を揺らしながら頭を下げることり。

  「オッケー。その代わり俺の特訓は厳しいぞ。泣き言言っても容赦しないからな」

  祐一は少しおどけた口調ながらも先ほどよりも威圧感のある言葉をことりにぶつける。

  そこからその内容が半端なものではないということが読みとれる。

  「うん! お願いします!」

  そんなことに押されることもなくことりは力強い返事を返した。

  こうして二人の特訓は幕を開けた。












  翌日から特訓が開始された。

  まずは魔法の勉強から始まった。

  「まずは魔法の特訓から。俺が教えるのは魔素のコントロール、魔法の精度を上げる、そして究極魔法の修得。この三つだ」

  指を三本立てながら祐一はことりに向かってこの二ヶ月でこなすプラン魔法編を簡単に説明する。

  「魔素のコントロールって何?」

  早速聞きなれない言葉にことりが祐一に質問を投げかけた。

  「魔素のコントロールとは、魔法に必要な自分のコアをミステリアスサイドからゲートを通して取り出す変わりに空気中の魔素に干渉し、魔素から
   コアを作り上げ、それを使って魔法を放つんだ」

  「へ〜、初めて聞いたよそんなこと」

  的確に説明する祐一の言葉を聞きながらことりは感嘆の声とともに初めて耳にした技術に関心を示している。

  「当たり前だ。これが出来る人間はそういない。才能も必要だが努力でどうにかなるだろう。まずは魔素の扱いからだ」

  こうして最初の特訓が開始された。

  一般的な魔法は魔法の源である『コア』の詰まった空間『ミステリアスサイド』から『ゲート』呼ばれる門を開いてコアを取り出すことにより、個人の
  属性の色に染め上げ、その属性になったコアをコントロールして魔法を構築し、発現する。

  そのため人間は自分の属性以外の魔法は使えないのが通説だ。

  ちなみに祐一は光、ことりは風の属性である。

  そしてミステリアスサイドの広さによってコアの量であるキャパシティが決まる。

  鍛えればその容量も上がり、持てるコアの量も多くなるのだが、この辺は個人差が大きく影響する。

  ゲートは意識するだけで開け閉めすることが出来、開いた状態でいれば自然と空気中の魔素を取り込んでしてコアを錬成するが、その効率はあ
  まり良くない。

  希にそのスピードが速く、ゲートを開いているだけで瞬時にコアが錬成されてしまう人間も中にはいるが、それは本当にごくわずかなので果たして
  実在するかどうかは分からない。

  そしてことりの特訓が開始されると、ことりの魔素のコントロールの特訓はスムーズだった。

  いや、順調すぎて怖いくらいと言える。

  祐一もこれを覚えるのに三ヶ月かかった。

  だがその裏にはサボった、逃げ出したなどの原因が存在するがそれでも一ヶ月はかかると思っていた祐一の予想を超えて十日早い二十日ほど
  でマスターするに至った。

  これには祐一も目をひんむいて驚いていた。

  その後、魔法の精度を上げる特訓へと移行する。

  これは魔法の質を高め、弱い魔法でもその力を最大限に引き出すという訓練だ。

  言わば製作過程の未熟な刀を立派な業物に鍛え抜く過程である。

  魔法に無駄がなくなりより洗練されたものへと昇華するのだ。

  これはただひたすら魔法を使い続けることが重要だが、ただ撃てばいいというものではなく、素早く精度の高い魔法を撃ち続ける事が肝心である。

  瞬時により研ぎ澄まされた魔法を一日中放ち続ける。

  言葉にしてみれば単純な作業だが、それは想像を絶するほどに厳しいものだった。

  毎日魔素のコントロールを使いながら自分のコアが底をつくまで魔法を放ち続ける。

  これは自分のキャパシティを上げるのも兼ねた特訓でもあったが、それはここでは副産物にすぎないことだ。

  日々魔法を撃ち続けることりも極限まで減らされた睡眠時間の中で最大限の努力を毎日続けているので既に体はボロ雑巾のようだが、それでも
  
  祐一の言うことに文句を言わずにしっかりとついてきている。

  祐一もまたことりのその真剣な姿勢を高く評価し、誠心誠意を込めて教えに励んだ。

  そしてようやく一月を過ぎた頃にこの訓練も終了。

  魔法に関しては最後の訓練である究極魔法の修得へと移行する。

  これは既に魔法を放ち続ける生活の中で魔法に慣れたせいもあり案外早く終わりを告げた。

  一週間経たない内に二つの究極魔法を両方覚え、これでことりは自分の属性である風の魔法を全て覚えたのだった。

  この領域まで達すると後は自分のオリジナルで魔法を作り出すことが出来るレベルにまで来たことになる。

  祐一があの夜に見せたホワイトチェーンという魔法も祐一のオリジナルである。

  魔法の根底にはイマジネーションの豊かさが密接に絡んでいるのだが、その辺はことりの辿り着いたレベルまで行かなくてはあまり意味がない。

  過去の人間が生み出した世によく知られる魔法もまた過去の者達がその形を想像して作りだしたものだ。

  広く知られているから想像しやすいだけで、魔法は自分の想像力でいくらでも進化させることが出来るのである。

  例えば風の魔法であるウインドアローも、イメージ次第ではその規模、数、威力もまちまちである。

  威力の高い魔法はそれだけ頭の中のイメージが洗練されているという事だ。

  こうしてことりの魔法に関する特訓は終了し、折り返しを十日程過ぎたところで次のステップへと進んでいった。














  「それじゃ残りの時間は武器による戦闘だな」

  「うん」

  「ことりの武器は確か鞭だったよな?」

  「うん。この前言った通り今は壊れて武器がないの」

  「と言うことでこれを進呈しよう」

  事前に話を聞いていた祐一は二本の鞭を取り出すとことりに手渡した。

  その鞭はまるでナイフの切っ先を繋げていったようで、しなる剣という表現が似合うものだった。

  そしてその鞭を手にした瞬間ことりが何かに反応したようで、顔全体に緊張を走らせる。

  「!? この鞭・・・・・不思議な力を感じる・・・・・」

  内に秘められている何かを感じ取るように二つの鞭を手にしながらことりはポツリと呟いた。

  「伊達に一ヶ月魔法に浸ってたわけじゃないな。ことりの言う通り、その鞭には特殊な力が備わっているんだ。その鞭には魔法の力が加わって
   いて、干渉することで自由自在に動かすことが出来るそうだ。ついでに長さは何故か無限に伸びるというが、使ったことがないから分からない。
   ついでに魔法の増幅効果もあるという至れり尽せりな武器だ」

  話を聞く限りでは伝説クラスの武器ではないのかと疑いたくなる代物だが、これを祐一は譲り受けたと言うか貰ったらしい。

  気前のいい人、という次元を越えているような気がするが、よくそんな人がいたものだと思う。

  「でも、こんな凄い武器もらえないよ」

  流石にことりもこの武器の話を聞いて価値のあるものだと判断したようで、遠慮して鞭を祐一に返そうとする。

  「気にするな。特訓の前半を耐え抜いたご褒美だと思えばいいさ。それにこの鞭も使い手がいないと可哀想だし、何より今のことりならその鞭を
   扱えるだろ? 伊達に魔素のコントロールを覚えてないし、凄い武器に見合うだけの使い手にことりが成長すれば問題ないさ」

  「見合うだけの使い手に、か・・・・・。これを受け取ったら責任重大だね」

  ことりは鞭を手に噛み締めるように呟く。

  自分の中で立派な使い手になろうと決心を固めたようだ。


  「まあな。でも、ことりなら立派な使い手になれるさ」

  「ありがとう。所でこの武器の名前とかあるの?」

  「ああ。こいつの名前は『白風(しらかぜ)』だ」

  「白風・・・・・良い名前だね。凄く澄んだ名前・・・・・」

  ことりはその手に白風を握りしめ、胸に引き寄せると、白風の鼓動を感じるように目を瞑りながらその存在を確かめる。

  ことりは新たな力を手にして残りの半分の時間を白風を扱えるように努力していていった。

  特訓の内容はいたって単純。

  避ける祐一を的にそれを狙って攻撃するということだけだった。

  とは言え、祐一も黙って的役を務めているわけではなく、剣を使って弾きもすれば多少の攻撃も仕掛けてくる。

  こうして実戦的な中で白風の扱いをマスターすることから始める。

  最初はことりも扱いに戸惑っていたが、魔素の扱いと要領が似ているのですぐに扱うことが出来るようになった。

  しかしながらまだ頼りない動きで鋭さもないが徐々にその動きが巧みになっていった。

  白風が手に着いてきた頃、祐一はことりにアドバイスをする。

  祐一曰く、「ことりは素直すぎるからもっと狡賢い闘い方をしろ。頭を使って相手の動きを読み、相手が嫌がる闘い方をするんだ」とのこと。

  確かに普段のことりのとても嘘をついたり人を騙したりというようにはまったく見えない。

  だが戦場ではそれくらいの駆け引きはあって然り。

  祐一はことりにそれを要求した。

  他にも地形的な要素や戦況の見極めなど戦略的な面も叩き込む。

  ある程度の知識は備わっていたので覚えるのは早かった。

  元々ことりはハンターを育成する学校に通っていたのだが、紅の悲劇によってその学習も中途半端なところで止まったままだった。

  欠陥品の知識を祐一によって完全な形へと組み替えていく日々が続くと、徐々にことりもそれを理解してか色々と作戦を立ててくる。

  自由に動かせる能力を持つ白風を使って地面下からの奇襲や大地を砕いて飛沫での眼眩まし、変則的な直角の動きなど、鞭で出来る攻
  撃範囲をゆうに逸脱していた。

  やがて祐一に言われるわけでもなく白風を通して魔法を放つという魔法と武器の連携をやって見せたときは祐一も流石に驚いたようだった。

  祐一も最終的にはそれを教えるつもりだったが、手間が省けると喜びながらもことりの才能に少なからず驚愕していた。

  そして二ヶ月を三日ほど過ぎ、ことりの特訓は幕を閉じた。

  「よく頑張ったな。これでことりに教えることは大方教えた。後は自分次第だ」

  祐一は二ヶ月に及ぶ血の滲むような特訓に耐え抜いたことりの頑張りを称える言葉を送る。

  「はぁ・・・はぁ・・・・・ありがとう、祐一君・・・・・」

  だがことりは既に肩で息をしながら途切れそうな意識をつなぎ止める。

  疲労で瞳が虚ろになり、今にも折れてしまいそうなほどだ。

  まさに疲労困憊という言葉しか当てはまらないほどにことりの体はボロボロだった。

  「今はゆっくり休め。体を休めたら次はことりのすべきことを果たそう」

  「うん・・・ありがと・・・・・」

  最後まで言うことなくことりは前のめりに倒れた。

  祐一はすぐにことりの近寄り体を優しく抱き留めると、ことりのこれまでの功績を称えた。

  「よく頑張ったな、ことり」

  ことりをその腕に抱えながら祐一はことりを見つめながらそのしなやかな髪を梳く。

  祐一はその手触りを楽しみながらも、既に寝息を立てながら眠る妖精の寝顔を見て少し照れるのだった。

  ちなみにことりが目を覚ましたのは明くる日の夕方だった。

  丸一日眠り、二ヶ月の特訓を耐え抜いた疲労を大いに癒したのだった。













  そして旅立ちの日。

  二人はこの辺りで一番近くにある都市、ブルーテンの首都であるブルーテンの街を目指すことにする。

  情報を得ることと、ことりのこの二ヶ月の成果を試すためだ。

  「しかし、ことりもこの二ヶ月で変わったな。前とは比べ物にならないよ」

  「そうかな? 自分ではあんまりよく分からないけど、前より確実に強くなったとだけは分かる気がするよ」

  「これから先、俺はことりのパートナーってことになるかな?」

  「どっちかというと闘いになれば私が祐一君についていく方だと思うけどね」

  「いや。最初は俺あんまり戦わないようにする。ことりの力がどれほどか見たいのと、ことりの実戦能力の向上と経験を得るためにな」

  「それってただサボりたいだけじゃないの?」

  「そ、そんなことないぞ」

  実はかなり図星だったりする。

  祐一の思わず言葉を詰まらせる姿にことりが疑いの視線を向ける

  「何だか怪しいな〜。けど、確かに今は自分の力を自分が理解していないような気がするからその方が助かるかも」

  「うんうん、その通り」

  うなずきながらも話が逸れたことにホッとする祐一。

  そんな祐一にことりがおどけて言う。

  「サボりすぎて前より弱くなっちゃっても知らないから」

  「言ったな! 俺がそう簡単に弱くなるかっての。誰がことりを鍛えたと思ってるんだ?」

  「怠け者のおサボりさん」

  「だから! 俺は怠けているんじゃないって!」

  笑みをこぼしながらことりは祐一をからかう。

  そんなことりの言葉に反論する祐一の言葉が虚しく木霊する。

  「ほんと〜? ますます怪しいよ」

  「それより、先を急ぐぞ。とっとと次の街に行くぞ」

  「あ、逃げた!」

  走り出す祐一の後を追いことりも走り出す。

  二ヶ月という時を経てことりは成長し、世界もまた落ち着きを取り戻していった。

  ようやく二人の旅が幕を開ける。





To be continued・・・


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