第8話 死者への冒涜
  祐一は目の前にいるハルバートの姿をした何者かを見つめている。

  祐一からは怒りという感情が渦を成し、それだけで相手を黙らせてしまうような気配が感じられる。

  その原因となっているのは目の前に仁王立ちする、先ほどまで死んでいたはずの魔族から聞こえる忌々しい声だった。

  ハルバートの独特の声色ではなく、少し高めの耳障りな声。どこか相手を見下すような優越感を持って話すそれは明らかにハルバー
  トの声質とは違っていた。

  ハルバートのように重みのあるどっしりとした声ではない、嘲笑うような声が祐一の怒りに少しずつ火をつけていく。

  「キサマ、誰だ?」

  先ほどよりも更に圧迫感が増したような気がした。言うまでもなく祐一の怒りによる圧力である。

  風に乗って肌を切り裂くような感覚さえ思わせる祐一の怒りが、言霊を伝って目の前にいるハルバートの姿をした者に伝わっていく。

  「流石は勘がいいな。俺の名はネクロセイバー。こいつの手に握られている剣。それが俺だ」

  だが、そんな祐一の怒りを知りもしないような口調で語るその声はハルバートから発せられてはいない。現に彼の亡骸の口は一ミリたりとも動いてはいない。

  代わりにどこからともなく響く声の発生源はハルバートの手に握られている剣だった。

  ただの剣とは違いどこか異質な雰囲気を漂わせているその剣は、先ほどまでの一戦とは違う別の剣と入れ替わったように変貌していた。

  変貌とはいえその見た目がではなく、その周りを漂う空気が変貌していた。

  邪悪な色を撒き散らし、周りの空気を染め上げていくような気配がその剣から漏れ出している。

  「意志を持った魔剣。なるほど、死んだハルバートの体をのっとってるわけか。どうりで読みよりもに動きが速いと思ったら、キサ
  マがハルバートの力を密かに底上げしていたようだな」

  「その通り。そこまで見破るとは。それにしてもこいつは俺のいい餌だったぜ。俺様の好物である生命力の塊みたいなヤツだったか
  らな、それを食らって俺は確実に力を蓄える事が出来た。こいつにはホント、感謝してるぜ」

  せせら笑うようにしてネクロセイバーは言う。

  しかし、それが祐一の怒りを煽っているなど気が付いてもいない。

  「しかし馬鹿なヤツよ、こいつも。俺にいいように使われているのに気が付きもしないまま死んじまいやがった。ま、おかげでこの
  体を自由に使う事ができるんだがな」

  死んだハルバートを嘲笑しながら心にもない礼を言う。

  祐一には先ほどに増してその声が醜悪な物に聞こえてならなかった。

  奥歯を噛み締めながら祐一の怒りのメーターがレッドゾーンへと入っていく。

  「キサマ、ハルバートを馬鹿とぬかしたな?」

  祐一の周りの空気がさらに張り詰めたものへと昇華した。

  触れるだけで破裂して、中につめられた怒りという感情が洪水のように溢れ出しそうな緊張感が瞬時に周囲に張りつめる。

  「あァ? ああ。こいつは馬鹿以外の何者でもないぜ。わざわざ勝てもしねぇ戦いに馬鹿正直に挑んで死んじまうんだからな」

  ハルバートを見下しての卑下た笑み。それが決定打となった。

  祐一の怒りのメーターは針を振りきり臨界点を突破した。

  「そうか。キサマはクズだ。この手で殺してやる」

  怒鳴るのではなく静かに響くような声。

  それは熱く猛る怒りの炎ではなく、まるで凍りのように冷たい絶対零度に揺れる青い炎のような怒りだった。

  獣なら本能で逃げ出し、力のあるものなら実力でそれを悟りまず第一に逃げると言う選択肢を選ぶであろう。

  けれどネクロセイバーはそのどちらでもなかった。

  「俺を殺す? 俺をこの馬鹿といっしょにするなよ! 貴様の首なんぞ跳ね飛ばしてくれる!」

  強気な姿勢を崩さず、威勢よく返すネクロセイバー。

  祐一の怒りをこれほど近くにいながらなぜ感じないのか。それはネクロセイバー自体が意志は持っていても感覚を持たないただの物
  質、剣という存在であるが故だろう。

  だが、それが今はネクロセイバーにとって命取り以外の何ものでもなかった。

  そしてそれは、他から見れば自殺願望の塊でしかない行動を取る。

  「死にさらせぇぇぇぇぇっ!」

  怒りの絶頂にいる闘神に牙を剥いたのだ。

  ネクロセイバーはハルバートの骸を行使して自分を振りかぶり祐一へと攻撃を繰り出す。

  その攻撃は明らかにハルバートのものよりも速かった。

  だが祐一はそれを正面から受け止める。

  そしてまるで冷気を吐くように冷たい声で呟いた。

  「速い。そして一撃が重い。だがそれだけだ」

  「それがどうした! 十分だろうが!」

  「馬鹿はキサマだ」

  「何をほざく!」

  祐一の言動を理解出来ないネクロセイバーは自分が強いと思い込んでいる。

  自分が祐一よりも優位にいるということを信じて疑っていないことが姿勢や言動に現れている。

  「無知なヤツめ。教えてやるよ。キサマに足りないものを」

  祐一は拮抗する剣の競り合いを崩すべく、足元を払いネクロセイバーの体勢を崩すと一蹴すると、その蹴りは見事腹部にヒットする。

  「うおッ!?」

  ネクロセイバーはそれに反応できずにされるがままとなる。

  それもそのはず、ネクロセイバーはハルバートという死んだ者を人形として操っているのだ。

  それは自分の体ではないため勝手も違えば感覚も違う。まだハルバートの体を操る事にネクロセイバー自身が慣れていないということだ。

  所詮、剣を振りかぶり振り下ろすという単純動作に於いては速く、重い一撃を再現できようとも、そこに込められるはずの担い手の経
  験や技量は空っきし。上辺を取り繕った張りぼてに過ぎないのだ。

  結論として、チャンバラはできても剣術は出来ないド三流ということだ。

  祐一の蹴りを受けて後方へと軽く吹き飛ばされたネクロセイバーに対して祐一は同じスピードで追いつき、剣を一閃する。

  その最中、祐一の表情は鬼の形相という言葉がこれ異常ないというほどに似合う貌で言い放った。

  「キサマに足りないもの。それは技のキレだ!」

  砕ける金属が響かせる甲高い破壊音が木霊する。

  鋭利な破片が宙を舞い、陽光を反射して煌びやかに輝きながら地面へと降り注いだ。

  それは紛れもなくネクロセイバーの一部にして肉体である刀身の欠片だった。

  「なッ!?」

  ネクロセイバーから驚愕の声が洩れる。

  中ほどで真っ二つに割れた剣はその役目である機能を失い、当の本人は惨めに地に伏しながら驚愕の色を顕著に示していた。

  感覚の備わっていないネクロセイバー自身に痛みという感覚は感じられない。ただ己の体が砕かれたという事実に驚いているばかりだった。

  「所詮キサマは他人を操っているに過ぎない。どんなに力が増そうが、速くなろうが所詮それまで。その本人が磨き上げた技術や感
  覚を真似る事は何億年経っても不可能なこと。その時点で今のキサマはハルバート本人の出来そこないに過ぎないんだよ」

  「何を言う! 俺はこんな馬鹿より弱いはずがない! 俺のほうが強いに決まってる!」

  己が身である刀身を砕かれても尚ハルバートよりも自分のほうが強いと主張するネクロセイバー。

  だが祐一には負け犬の遠吠え以外には聞こえなかった。

  「所詮他人を使ってしか戦えない輩に死者を冒涜する権利はない! その愚かさ、死んで詫びろぉッ!」

  「ッ!?」

  祐一は目にもとまらぬ速さで剣を一閃すると、立ち上がったハルバートの手に握られているネクロセイバーをその手から弾き飛ばす。

  あまりにも一瞬の出来事に声も出ないままネクロセイバーは空へと舞い上がる。

  宙を舞うネクロセイバーを視界に入れると、落ちてくる禁忌を犯した愚か者に鉄槌を与える。

  「砕け散れッ!」

  「やめろおぉぉぉぉぉッ!!」

  最後の最後で見せたネクロセイバーの哀願する弱い態度。そんな哀れの極みともいえる行動である命乞いを今さらした所で何も変わ
  るはずはない。

  祐一は敬意を表して戦った相手を辱めたこの無知な魔剣に死という名の制裁を加える。

  振り下ろされた剣は残り半分のネクロセイバーの体を捕らえると、衝撃を加えて加速し、ハンマーを振り下ろすような剣の一撃を受けて地面に叩きつけられるた。

  轟音と共に地面に姿を消す魔剣。砂埃でその末路は不明瞭だ。

  そして、余韻と言う名の静寂が辺りを支配すると、それも束の間の出来事となる。

  晴れた煙幕の中には砕け散った魔剣の残骸が広がっていた。

  見事なまでに金属片のゴミと化したネクロセイバーは既に何も語る事のない剣の残骸となっている。

  その中で一際目立つ色をした球状の石が一つ、中央から亀裂が生じ左右半分に割れていた。

  その色は吐き気がするほど邪悪な闇の色で、まるで多種の汚水がマーブルを描いているようだった。

  おそらくこれがネクロセイバーの心臓とも言える核なのだろう。まさにネクロセイバーらしい醜悪な色合いの核だった。だがその核も命の灯火といえる色を失っていき、やがて完全に
  無の色と化すと砕け散り風に流されていった。

  それは、ネクロセイバーの滅びを示していた。

  祐一はそんな金属片を見ながら弔いの言葉の代わりに吐き捨てる。

  「有終の美を汚す虚けには丁度良い末路だな。やはり、馬鹿はキサマの方に変わりなかったな」

  それを最後にネクロセイバーの方から目線をそらすと、地面に転がるハルバートの骸を見る。

  その姿は祐一に受けた傷こそなくなっているが、先ほどのように動くことなく死者としてそこに存在していた。

  死して尚その体を利用され、望まない戦いを行い生き様を汚されたハルバート。祐一の怒りはそんなハルバートに対する冒涜が全てだったのだろう。

  戦ったからこそ湧き上がった感情。

  戦ったからこそ理解できたハルバートという魔族。

  ネクロセイバーの行動は祐一が闘いの中で得たものに傷をつけたと同時に、逆鱗に触れてしまったのだ。

  ネクロセイバーが触れてしまったタブーは己の身を持って代価を支払ったが、それによってハルバートの死に様を汚した事実に変わりはない。
  祐一はネクロセイバーを葬っても、気分がまだ晴れないでいた。

  「死後も醜態をさらす事になるとは思わなかっただろう。せめて手厚く葬ってやる」

  せめてもの想いで自分にできる最高の弔いを送ろうとする祐一の横顔は悲しみに染まっていた。

  祐一は魔素に干渉すると、コアを作り出して魔法を発動させるべく準備をする。

  「安らかに眠れ、ハルバート」

  解き放たれた光の魔法はハルバートの亡骸を包み込むと、徐々にその体を光の粒子に変え、天高く貫く光のロードを昇っていく。

  キラキラと輝く光に導かれ、天へと昇って消えていく光を見つめながら祐一は哀愁に浸っていた。

  そんな光を祐一から離れた場所で目にしていた往人とことりは心の底から美しいと思っていた。

  勝利を知らせる鐘の音の代わりに煌めく光は青空に吸い込まれ、やがて消える頃三人の戦いは幕を閉じたのだった。













  光が消えると同時に腰をおろして休んでいた二人は祐一の下へと集まっていく。

  それぞれ疲労や生傷は絶えないものの、しっかりと生きていた。

  「どうやら、無事勝ったようだな」

  服のあちこちを焦がし、左手は重度の火傷を負っていながらも往人が言う。

  「そうみたいですね。これにて一件落着っす」

  片腕に巻かれているハンカチが血で滲んでいることりだが、元気に言う姿から重症でないということはよく分かった。決して強がってはいない自然な姿で会話に参加している。

  「後味はよくなかったが、とにかく諸悪の根源は根こそぎ退治した。これで、任務完了だな」

  唯一無傷で祐一は言うが、その顔はいまだ険しさを隠せないでいる。体ではない、心の方に一つ傷を増やした闘いだった。

  その傍らでは明らかに不機嫌そうなその顔にことりはどこか見覚えがあったため、あえて何も言わなかった。往人もそれを感じてか何も言わなかった。

  「それじゃ、帰るとするか。二人は本当に感謝してるよ」

  そんな重苦しい空気を払いのけるかのようにして往人が話の話題をそらせる。

  「そんなことないですよ。当然のことをしただけです」

  「そういうこと。気にすることはないさ」

  往人の礼に対して答える二人。

  往人も二人の言葉を信じ、それ以上大げさな言い方をすることなく簡潔に挨拶が交わされて終了した。

  そのおかげか先ほどよりも空気が軽くなったように思える。沈んでいた空気が瞬時に払拭されたようだ。

  往人の依頼によって始まった魔族騒ぎはこうして終わりを迎えたのだった。

  仕事を終えた三人は一路ブルーテンへと帰還していった。












  それから来た道を同じ時間をかけてブルーテンの街に戻った三人。

  そこには留守を預かっていた天空の騎士団が出迎えてくれていた。

  「お帰り。どうやら無事やったようやな」

  「ああ。なんとかな。二人がいなかったら確実に片付かなかっただろう」

  溜息交じりに今回のことを思い返しながら言う往人。

  簡単な結果報告をすると晴子は二人の下へと歩み寄ってくる。

  「ホンマありがとな。見ず知らずの旅人のあんた達を巻き込んでしもうて」

  「気にしないで下さい。自分で決めたことですから」

  天空の騎士団と席をともにし、話をした時に見せた表情と同じ笑顔で晴子に答えることり。

  晴子もそれを見ると心が休まる思いのようで、肩から力が抜けるように表情が緩まる。

  申し訳ないという顔から良かったと心落ち着く様子に変わっていった。

  「そう言ってくれるとウチも安心するわ。それで、あんた達はこれからどないする気や?」

  「それはまだ決まってしません。人を探していますから」

  「人探しか。難儀やな、それは」

  「ええ。難航してて、まだ先は長そうです」

  世間話でもするようにして話をしている晴子とことり。

  その側から往人が口をはさんだ。

  「人探しって、一体誰を探してるんだ?」

  「『夢水の流れ』っていうギルドネームの人を探しているんです」

  往人はそのギルドネームを聞いて考え込む。

  首を軽くひねりながら記憶に埋もれた情報を引きずり出そうと努力する。

  「『夢水の流れ』、ねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・それってもしかして」

  往人が考え込んだ末に導き出された言葉にことりの期待は募る。

  一瞬の間だったかもしれない。だが、ことりにとっては永遠とも思えるほどの長い時間に感じられた。

  自分を中心として時の流れが凍り付いてしまったような気さえ感じるほどに、ほんのわずかな時間がことりには長く感じられた。

  そして偽りの永遠から解放される。

  「それって、朝倉って言うやつじゃないか?」

  その瞬間、ことりの中から歓喜の想いが零れ出してきた。

  その瞳には涙が。

  ブルーテンの街に降り注ぐ眩しい太陽の光によって一級品の宝石のような輝きを放っていた。




  To be continued・・・