第11話 残酷な宴
夜空を仰いで今宵の月を眺望する。その姿は真円に満ちることのない三日月となっていた。

寸分の狂いもない円を描く満月までは程遠いその形は、鋭利に両端の尖った鋭い曲線美を描きながら世界の夜を照らしている。

月は例えどんなに細くなり、消えそうなほどまでに欠けても変わりなく世界を月明かりで照らし続ける。これはどれほどの時が流れようとも変わらない事実。

今宵もまた銀色に輝く月が変わらない夜を照らしていてくれる。

だがどの家々も明かりを休め、それぞれの安息の場所で微睡みの中に沈む頃、一人夜空に浮ぶ三日月を見つめながら活動をしている者もいた。

月と同じような色をした髪は月光を吸うかのように一層美しさを増し、吸い込まれそうな蒼色の双眸は全てを魅了する程に奥深い色をしている。

そんな彼、相沢祐一のいるところは宿屋の自室でもなければ、護衛の任のために佐佑理の部屋の前で見張りをしているわけでもない。祐一は羽を休めている町の宿屋の前で腰をおろしていた。

それは眠るわけでもなく、ただ腰をおろしてその場に存在しているだけ。まるで一つの芸術作品である彫像が展示されているかのように微動だにしないまま佇んでいる。

足を組みながら夜空を眺めるその瞳にはどんな感情が込められているのだろうか。

それは切望のようにも見える眼差しだった。

まるで憧れるようなその眼差しで夜空に浮ぶ三日月を見ながらただ時の流れに身を任せていた。

ただひたすらに静寂の中を時という流れが消費されていく。

既に日付けも一つ次に変わった深夜の町の中で何かを待つように暇をもてあます。

だが祐一はそんな無駄な時を過ごすのに飽きたかのように立ち上がると誰もいない街に向かって言葉を投げかけた。

「いい加減出てこないか? これでも気長に待ってるつもりなんだが、そろそろ勘弁して欲しいんだけど」

誰もいない町。

返ってきたのは返事の変わりに静寂の町を吹き抜けていく夜風だけ。

そう思った矢先、どこからともなく聞こえてきた声が祐一に語りかける。

「それはすまないね。こちらとしては飽きてさっさと寝てくれた方が助かるのだが」

「そういうわけには行かないだろ。あんなことがあった矢先におちおち眠れやしない」

「おや、お気に召さなかったのかな? こちらとしては最高の余興を設けたつもりだったのだが」

静かに眠る町の影から聞こえてきた声は案外普通の声だった。

だがその奥には底なし沼のようにドロドロとした薄汚い感情が嘲笑を噛み殺しているようだった。

その秘められた感情を悟ってしまったら普通と感じる事など出来ない。

けらけらと笑うように受け答えをする男に祐一はなんの気負いもなく答えた。

「余興という事は宴の本番はまだなんだろ?そろそろ始めようじゃないか。その宴を」

「それもそうだな。それじゃ、ステージの幕を盛大開けさせてもらおうか」

開幕を告げる合図となる男の声が祐一の耳に届くと同時に祐一のすぐ後ろに建っている建物、宿の中から慌ただしい音が聞こえてくる。

がたがたと建物を揺らす震動はそれほど大きなものではなかったが、それでも事態の変化を告げるには十分だった。

「このくらいで慌てると思ったか? 既に予想済みだ」

「まだまだ始まったばかり。そう焦らずともお楽しみはこれからだ」

これから起こることを暗示させる言葉を残して男の声は途絶える。

その代わりに宿の中から純一達が出てきた。

「相沢!」

「そっちは無事だな」

「大当たりでしたね。今夜やはり仕掛けて来ましたか」

特に慌てる事も無く純一達は宿の中から無事姿を現した。

その中には勿論ターゲットと思われる佐佑理の姿も存在していた。

だが祐一は次の言葉に顔をしかめる。

「それにしても宿のおじさん達が襲ってきたときは驚いたよ」

「宿屋の親父が?」

名雪の洩らした愚痴を聞きながら祐一の顔色は徐々に険しさを帯びていく。

その顔は現実を見つめるのを拒んでいるように見えた。

「どうかしたの?」

思わずことりも気にかけて祐一に問いかけると、祐一は表情を崩さないまま答えた。

「予想以上にこの町はヤバイみたい、だな。嘘であって欲しいが、果たしてどうか・・・・・・」

最後の方は消えてしまいそうな小さな声で呟く祐一。

だが祐一の考えは悲惨な事に的を射ていたようだ。

バタン、と扉が開く音と同時に眠りについていた町は活動を開始した人々に飲み込まれる。

「一体どうしたんですか!?」

「みなさん、様子が変ですよ!」

月輝き、夜深まる時刻に人々が一斉に外に姿を現せば驚くのも無理は無い。

その中でことりはこの状況に察しがついたようだ。

「これって・・・・・・まさか!」

「そういうことだ。この町全てがヤツの手駒になってる、ってことだ。何とも悪質な催しだぜ」

吐き捨てるようにいう祐一の傍らで言葉を失う純一達。

だがそんな彼らの周りを取り囲むように集まってくる人々に止まろうとする気配はない。

「どうしろと言うんですか! 町の人を傷つける事なんて出来ませんよ!」

人々が安心して暮らすために労を惜しまず行動してきた騎士団にとって、その護るべき対象である民に対して剣を向けるなど到底できることではない。

音夢を含めた騎士団の者達は戸惑いの色を濃く浮かべていた。

そんなときにまた聞こえてきたあの厭な声。この宴の開催主である。

「気にせずどんどん殺ってくれ。その人たち、もう人ではないのだから」

「・・・・・・・・・なんだと?」

流石の祐一もその言葉に返答するのに少々時間を要した。

祐一以外はいまだ言葉を失ったままその真意を見出せない者もいる。

「つまりこういうことだよ」

その言葉がパンドラの箱を開く鍵となった。

言霊はスイッチの役割を果たし、いっせいに町の人たちの姿は豹変していった。

ある者は四肢が膨張し、ある者は肌がただれ、ある者は異常な量の体毛に全身を覆われる。そやって人々は人外へとその姿を堕としていった。

荒い呼吸に血走った眼。ギラついた眼差しに宿る明確なまでの殺意は純粋。既に理性など無い、本能が後押しするだけの低能な獣同然の姿である。

狂おしいほどに無骨な骨格は既に凶器に昇華し、代償として人間としての証をボロボロとこそぎ落とされていく。

そうして全てのパーツが別種のモノへと換装されたとき、人々は完全に弱者に牙を剥く殺戮者への変貌を完遂した。

「冗談だろ? 町の人が魔物なんてさ・・・・・・」

「悪い夢であって欲しいですね・・・・・・」

純一、一弥から思わず零れた呟き。そこには凄惨な現実から逃れようと哀願する中に絶望が含まれているのが感じられる。

悪い汗をかきながら目の前に広がる光景が現実ではない事を切に願ってもこの状況が覆る事は無い。今、目の前に広がる光景が悪夢ではなく現実であるということを理解しても受諾することを拒んで鬩ぎあっている。そんな様子だ。

だが厳しい現実を目の当たりにしながら受け入れることなく死を選ぶ事など出来はしない。

けれどそれと同じぐらい目の前の人だった者達を魔物として斬り伏せるのは躊躇うものを感じずにはいられなかった。

「どうした? 何を迷う必要がある。既に君たちの前にいるのはかつて人と呼ばれていた者達のなれの果ての姿だ。気に病む必要などどこにある」

さも当然の如く話す男の声が既に目の前にいる者達はかつてこの町の住人であり、その存在が人ではなくなってしまったという事実を改めて突きつける。

後頭部を鈍器で強打されるような衝撃が今一度それぞれの心に響いた。

「そんな・・・・・・」

「酷すぎます・・・こんなの・・・・・・」

「こんなのって・・・誰か嘘だと言ってくださいよ・・・・・・」
 
「畜生ッ!」

拒み続けていた事実を無理矢理押し付けられ、現実を受け止めるという選択肢以外は閉ざされてしまう。

そして改めてその過酷な現状を目の当たりにし、悲しみの声をあげる純一たち。皆、己の無力さを恨めしく思いながら拳を握り締めている。

その思いは口にせずとも祐一もまた同じであり、怒りを押し殺していることは明らかだった。

だが無常にも豹変した住人達は迷うことなく祐一達を標的と定めて襲い掛かってきた。

町に暮らす全ての人々が一斉に敵意を向ける。

その爪が、牙が祐一達へと矛先を向けた。

「シャイニングウォール!」

祐一のみがその猛威に反応して見せると、輝きのベールが祐一達を包み魔物の魔の手から防護する。

光の抱擁に遮られ、その障害をただ両の腕で殴りつけて壊そうとするが魔物たちにそれを壊す事は出来ない。繰り返しただ殴るという行動が無限ループで続く。それだけだった。

「手厚く葬りたいが、状況が状況だ。許してくれ」

目の前を隔てる光の壁越しに襲い掛かって来る魔物たちに悔しげに頭をたれる祐一。

その瞳には心からの謝罪と悲しみの念が宿されていた。

「一弥!状況を打破したら佐佑理さんのガードは任せる。まずはこの状況をどうにかするぞ!」

「でもこの人たちは!」

「そう思うならその魂を解放するべきだ!こんな姿のまま生かされるなんて誰も望んじゃいない!だったら、俺達にはせめて安らかな眠りを与えてやることしかできないんだ!」

祐一の悲痛な叫びが名雪の訴えをかき消す。

だがその言葉を紡ぐ祐一もまた名雪たち同様辛い気持ちに満ちていた。

「相沢の言う通りだ。俺達にはそれしか出来ないんだ。だったらすぐに楽にしてやろうぜ」

「・・・・・・そうですね。こんなのあんまりですから」

「決まったようだな。それじゃ、行くぞ!」

そして祐一達は光の守護を解除すると同時に一斉に魔物たちは解き放たれた。既に自我をなくし、ただ理性の代わりに与えられた破壊衝動に従い祐一達を標的として襲い掛かる。

そして祐一達はそれを迎え撃つが、四方を魔物の群れに囲まれ尚且つこちらには佐佑理という死守しなくてはならない存在があるためうかつに無闇な突進はできない。

防戦しながらの苦しい戦いが予想されていた。

だが、それもことりのおかげで解決する事が出来た。

「風護障壁!」

すぐさま佐佑理に近寄ると同時に風の障壁を展開されると、佐佑理もろとも包み込む。

そのおかげで佐佑理には指一本触れる危険性すらなくなった。

「あまり長くなると酸欠になるので速めに突破口を作ってください!」

「了解した!」

風護障壁の最大の弱点。それは中にいる人間が長時間その場所に留まっていられないという事だ。竜巻によって中の空気は外へと押しやられてしまうため、その中心部は極度の酸素不足となってしまう。そのため長時間の防御は命取りとなってしまうのだ。

「それじゃ、少しばかりギアを上げていくとするか!神魔夢幻流 流星!」

その太刀筋はまさに流星のように無数の剣撃が魔物たちに降り注ぐと、その肉体は細切れに分解されて瞬時に十近い数の魔物の息の根を一度に止める。

神速の域で放たれる残撃が閃光のように瞬きする間にいくつも繰り出されていく。

「水大蛇ッ!」

純一の剣が風を振るわせる同時にその剣先から生まれる青のオロチ。

大蛇は口を大きく開きながら魔物の群れの中へと突っ込みその牙を剥く。

開かれた扉の中に吸い込まれる魔物は餌。そしてその牙に噛み砕かれた魔物は食いカスとして地にこぼれ落ちる。

やがて捕食された魔物たちは大蛇の腹の中をまるで洗濯機に放り込まれた洗濯物のように渦の流れに動きを奪われると、次第に四肢は渦の流れに耐え切れなくなり千切れ、バラバラとなっていく。

その際に流れ出た魔物のドス黒い液体が美しい青色の姿をしていた大蛇を醜悪な色に染め上げていった。

「雷迅刀!」

一弥の腰から抜刀された刀に収束する雷の力がバチバチと電撃を光らせながら夜の闇を照らす。

力強く、そして美しい輝きの刃を携えて一弥は魔物たちの中に特攻していった。

「はあッ!」

刀の持ち味である鋭い切れ味に加え、技のキレが生み出す鋭い斬撃が魔物たちの首、胴、心臓といった致命傷となる部分を捉えていく。

宙に舞い踊る飛沫、それを多少の返り血として浴びる事など気にかけることなく次々と刀を振り、標的を沈めていく。

柔な容貌をした一弥だが、敵の渦中で斬り伏せる姿は勇ましく、その勇猛な剣技の前に敵は地を舐めるばかりだった。

「水縄!」

名雪は剣を一閃すると、まるで細長い水が魔物たちへと向かっていく。

その数は四つ。まるで鋭さを感じさせない攻撃だが、次の瞬間その名のとおりの効力を発揮した。

その水は魔物の四肢に絡まり動きを封じるその様はまさに水で出来た縄だった。

「せいッ!」

そして確実に急所を突いて倒していく名雪。

こちらは一弥のようにスピードを生かすのではなく、技の能力を駆使した各個撃破の地道な戦法を持って戦っていた。

「サンダーライト!」

ロッドを一振りするとその先に埋め込まれた魔石によってその力を増幅された稲妻が魔物に襲い掛かる。

一撃で二体ほどを完璧に絶命させると、次に標的を見定め更に一撃。

ことりの障壁の側に寄り添うように、他のメンバーよりもやや後方のポジションに立ちながら自分の役目を的確にこなしている。

接近戦の武器を持たない音夢自身、後方支援型の魔法使いとして戦場では役目を果たしていた。

数が数なだけに無闇に前に出るのはかえって命取り以外の何ものでもないため、こうして後ろから前線で戦う者たちの支援をしている。

祐一と純一は放っておいても安心なので一弥と名雪を主に支援している。

そして善戦の甲斐あって、数も減少していき余裕も出てきた。

そのため祐一はことりに障壁解除の指示を出した。

「ことり! そろそろいいぞ!」

「オッケー!」

祐一の指示をもらい、風護障壁を解除することり。

「キシャアァァァッッ!」

宿の屋根上から伏兵が奇襲を仕掛けてきた。

だがことりは慌てる様子も無く白風を魔物に向かって放つ。

「ハッ!」

そのまま串刺しにすると、地面にそのまま叩きつける。

鈍いうめきをあげながらも尚立ち上がろうとする魔物にことりは止めを刺した。

「疾風砕!」

そして、竜巻の流れに身を引き裂かれ肉片と化した魔物は瞬時にその命を散らす。

「それじゃ、一弥に佐佑理さんを任せて、ことりもこっちに加わってくれ」

「了解っす!」

「姉さんの方は任せてください」

「それじゃ、第二ラウンドと行こうか!」

ひとまず危機的状況を回避した祐一達。これで戦いのスペースもだいぶ確保する事も出来、ゆとりが出てきた。

勢いの増した祐一達の声が死霊の町での第二ラウンドが幕開けを告げるゴングとなった。




To be continued・・・