12話 赤い影
  閑散と眼差しを注ぎ続ける星々。

  昼の住人は眠りにつき、夜の住人はまさに活発に活動する時刻。

  人もまた昼に生きる種の生き物である。

  だがそんな人の築いた営みの空間で血と汗を流しながら命のやり取りをする町が一つ。

  呪いを受けたように人々は醜い魔物へと姿を変貌させ、死霊の町さながらとなってしまった哀れな人々の末路が今宵、三日月の下で描かれようとしていた。

  そして物語の次章の幕は上げられた。

  そこからは文字通りあっと言う間だった。

  神速のごとき剣撃の祐一を筆頭にことりと純一が続く。名雪は無理をせずにマイペースに、かつ確実に一体ずつ魔物の命を絶っていく。

  音夢は後方からの支援に徹し、名雪の攻撃を助け、一弥は佐佑理の側に寄り添い始末しきれなかった魔物たちの露払いをしていった。

  リズムに乗った軽快なペースで瞬く間に敵の残量を減らしていく。そして三十分しないうちに残っていた魔物達を一掃してしまった。

  虚無感のみが残る町の往来で斬り伏せた魔物の死を見取る祐一たちの瞳に浮ぶ哀愁の色は濃い。せめてその魂が安らかに眠る事を願うばかりだった。

  「いやはや素晴らしい。これほどまでとは、流石に驚かされたよ」

  またも聞こえてくる厭な声は、その姿を隠すことなく祐一達に示しながらこちらへとやって来る。

  夜の闇に融けるようにシルエットがゆっくりと歩みを刻む。今まで影で嘲笑いながらこの惨劇を楽しみ、傍観していた男の姿が徐々に浮き彫りとなっていった。

  暗がり浮ぶ男の姿は彫りの深い顔、年は四十を過ぎたくらいでどこか落ち着きがあるが、その落ち着きは逆にこちらの背筋をゾクリとさせるものを漂わせていた。

  ラフな着こなしの上に黒のコートを羽織り、ほぼ黒ずくめの服装をしている。今にも夜に溶け込んでしまいそうな出で立ちで男は現われた。

  「キサマがこの騒ぎの黒幕だな?」

  「ああ。黒田蓮治という科学者だ。既に知っていると思うが、私はそこにいる倉田佐佑理が目的でね。どいてくれないか?」

  無愛想とも取れる表情で話しながら要求を述べる黒田に対して一弥が返答する。

  「そう言ってどくとでも思ってるんですか?」

  「まず、抵抗するだろうな」

  「だったらおとなしくお縄につきな!」

  「かといって捕まるわけにもいかないな」

  黒田は懐からスイッチを取りだす。そしてそれに親指をかけて突起を沈めると、轟音とともにと街の一角が爆破、倒壊する。

  砕け散った建物が粉塵に包まれる中から現われるそのシルエットが徐々にくっきりと姿を現す。

  それは三つ首を持った大きな犬のような姿をしてた。

  低い声で三つの口からこちらを威圧するうめきが聞こえてくる。野獣を思わせる異形の生き物が三体、そこに存在していた。

  「私のかわいいペットだ。遊んでやってくれ」

  相変わらず顔色を変えることなく淡々とした口調でペットと称する三つ首の化け物を紹介する黒田。

  だが意外な事にこの事態を一番驚いたのは祐一だった。

  「何でこんな所にケルベロスがいるんだ!?」

  「ケルベロス?」

  「ケルベロスは人間界にはいないはず。それが何でこんな所に・・・・・・」

  「とにかく! コイツらどうにかしなきゃならないんだろ!」

  「だったらやる事は一つ!」

  祐一が思わぬ事態に困惑の色を見せている間に純一とことりは先行してケルベロスに攻撃をしかけていった。

  「はッ!」

  「せいッ!」

  純一が間合いをつめての斬撃、ことりが左右からの白風による攻撃。

  三体のうち二体に二人が攻撃を仕掛けると、三体は迷うことなく散開し、三つの首から炎の塊を吐いた。

  三体のケルベロスが三つの首から、計九箇所からの炎の攻撃が間合いを詰めた純一に降り注ぐ。

  「くそっ! ウオーターウォール!」

  慌てて水の障壁を展開する事により九つの火球からその身を護る事に成功した純一。

  それでも九つの火球を咄嗟の防壁で防ぎきるには出力不足だったらしい。貫いた衝撃が純一の体を侵していた。

  純一を後目に水と炎が衝突して水蒸気を発生させる。だがケルベロスはその直後に生まれた純一の隙を見逃すことなく追撃を仕掛けていった。

  雄叫びとともに純一に飛び掛っていくケルベロスの牙と爪。

  「ヤバッ!」

  流石に純一も火球を防ぐために少し上を向く状態で水の障壁を展開していたため、サイドがガラ空きの所へとケルベロスの容赦ない攻撃が三体同時に来る事に気が付くが、反応しきること
  が出来ない。

  焦りとともに洩れる言葉が示すように、その反撃は回避するには間に合うタイミングではなかった。

  「兄さん!」

  兄の危機に音夢の悲鳴が木霊する。

  既にケルベロスの攻撃が直撃は間逃れないだろうと思った瞬間。

  「ホーリーランス!」

  祐一の放った光の槍が純一を取り囲むように檻を形作る。同時にミサイルのようにケルベロスへと降り注いだ。

  瞬時に口から炎を放ち純一を確実に仕留めようとするケルベロスだが、純一も一瞬の隙が生まれた所で素早く距離をおく。そして一度祐一達と合流して体制を立て直した。

  「すまない。助かった」

  「ケルベロスを舐めない事だ。あいつの力は一体でSランク下位程度の力を持っている」

  「そうだったんだ。危うく返り討ちにあう所だったよ」

  「一弥達は下がってろ。お前達じゃ怪我じゃすまないぞ」

  「どうやらそうのようですね」

  音夢たちは祐一のアドバイスを聞いて素直に後退する。

  祐一達の巻き添いをくらわないように、そして祐一達の戦いの邪魔にならないよう素早く距離を置いた。

  「俺が二体相手をする。残りの一体を二人に任せる」

  「しかし・・・・・・いや、そっちは任せた」

  祐一の言葉に戸惑いを覚える純一だったが、自分と祐一のランクからの力量差を考えた末に合意した。

  同時に野生を剥き出しにした黒き獣たちはその乾きを満たそうと血肉を求めて欲望のままに本能の指令を受け入れる。理性の欠片も感じられないケルベロスの攻撃は既に開始していた。

  舌打ち混じりに散開する三人。

  それが戦いの仕切直しを告げる合図でもあった。

  「はッ!」

  ことりの白風がケルベロスに襲い掛かる。

  勿論これで仕留めようというのではない。白風の攻撃はあくまで次への布石。ケルベロスを分散させようという魂胆だ。

  案の定、巧い具合に別れてくれた野獣たち。それを見て祐一が素早く二体に分かれたほうへと攻撃を仕掛けてこちらに注意を向けさせる。

  「シャイニングアロー!」

  着地際を狙った魔法が一方に、そしてもう一方には斬撃を加えてこちらに敵意を向けさせる。

  そして祐一の思惑は見事に成功し、二体のケルベロスのさっきは完全にこちらへと向けられることとなった。

  二体のケルベロスにより合計十二の瞳に睨まれながらも、涼しげに祐一は剣を構える。その立ち姿は威風堂々といえる。

  そんな祐一の姿に本能的に気圧されるものを感じるのか、ケルベロス達は躊躇うようにその場でうなるばかりで動きを見せない。

  「こないのなら、こっちからいくぜ!」

  刹那、祐一の姿は光となり掻き消えると同時にケルベロスの首が宙に踊る。

  その数は三つ、無残に首を切り落とされた一体は力なく大地に横たわると、それに気がついた残りの方がこちらにさらに強い殺気を向けながら攻撃を仕掛けてきた。

  だが祐一は強烈な殺気を心地よさげに正面から受け止めると、牙を剥けてきたケルベロスの前足を斬り落とした。

  二本の前足を失い地面に立つこともままならなくなったケルベロスは無様に地に這いつくばりながらも祐一に鋭い眼差しを向ける。

  だがその視線の先には祐一の姿は無かった。

  その代わり、ザシュッという鈍い音だけが響いた。

  それは紛れもなくケルベロスの四肢を貫いた祐一の剣が導いた旋律だった。

  花火みたいに飛沫が宙に踊るとともに苦痛の声をあげながらもがき苦しむケルベロスの姿はやはりペットと称するにはおぞまし過ぎる光景だった。

  全身を痙攣させながら自らの体に高圧電流が流されているかのような痛みを訴え、やがて生気を失うケルベロス。それはケルベロスがその命を失った事を意味していた。

  無造作に剣をケルベロスの体から抜き去ると、祐一は剣を携えながら鬼気迫る形相と眼差しで黒田のいる方へと向き直った。













  ことりの先制攻撃による誘導のおかげで祐一の指示通りケルベロスと二対一で戦う事となった純一とことり。

  純一としては常に側にいる音夢のほうがコンビを組みやすいだろうが、今はそんなことを言っている暇は無い。

  目の前には息を荒くしながら眼前の獲物を狙う獣が一体、こちらに殺気立った眼差しを向けている。

  「それじゃ、動きを止めるからトドメはよろしく!」

  「了解した!」

  ことりは純一に話をつけると、風と同化するように白風でケルベロスを肉薄する。

  方や純一はことりに言われたとおり最後の瞬間に備えて狙いをつけていた。

  ことりの放った二本の鞭が捉えにくい直角的な動きでケルベロスに襲いかかる。

  足を使いながら多角的な攻撃を展開するが、ケルベロスもこれくらいではくたばらない。

  ケルベロスはその六つの眼で白風の動きを読み、躱す。

  だがそれも誘導に過ぎなかった。

  「ウインドストーム!」

  ケルベロスが飛び退いた先に竜巻を編み上げると、その渦の檻にケルベロスを封じ込めた。これにより完全にケルベロスの行動は封殺された。

  「捕まえた!」

  強引に白風を竜巻に突貫、そのまま渦中でケルベロスを捕獲する。既にケルベロスは白風によってがんじがらめにされ、ウインドストームなしでも動けないほどになっていた。勿論厄介な火
  球を放たれないようにその口には丁寧に白風を絡ませて開かないようにする  事を忘れていない。

  完全に身動きが取れなくなったケルベロスに対して出番を待っていた純一の剣が閃く。

  「フィニッシュといくか!」

  純一はその剣をケルベロスの背中から突き立てると、完全に貫かない状態で切っ先を体内に残したままの状態にする。

  「破水流撃!」

  徐々に異常なほどの膨張を見せるケルベロスの肉体は、まるで風船のように内側から力を加えられて不規則に膨張していく。

  そして臨界点を突破した瞬間、ケルベロスの肉体は四散しながら血に彩られた汚水を撒き散らすスプリンクラーとなった。

  タイミングを見計らってその場から飛びのいた純一には汚れた様子は全く無い。純一が振り返ると、そこには水浸しの中に散らばるケルベロスの肉片が無数に散らばっていた。

  かなりグロテスクな光景にことりは顔をしかめてはいるものの、威力は申し分ないことこの上なかった。それはこの光景がまさに物語っていると言える。

  その傍らでは祐一が既にケルベロスを瞬殺して、黒田に殺気を叩きつけていた。

  「さあ、キサマの言うペットは片付けたぜ」

  並みの人間なら失神してしまいそうなほどの濃密な殺気を浴びながらも怯むことなく黒田は口を開いた。

  「仕方ありませんね。それじゃ、最終兵器を出すとしましょうか」

  黒田の言葉が終わると同時に再び町に木霊する爆音。町の一角から炎が上がり、そこ一体が紅に飲み込まれていく。

  赤く揺らめく炎の海が徐々に規模を拡大しながらも、灼熱の中に浮かび上がるシルエットが徐々に規模を増して夜の風景を浸食していく。

  ケルベロスの比ではないほどの大きさの影は炎に身を浸しながら地上にその姿を現した。

  大地を揺るがすほどの怒号に似た咆哮が闇をかき消さんと響き渡る。それは全ての者の鼓膜を破るのではないかというほどに強烈なものだった。

  「なんですか!? この音は!?」

  「み、耳が痛いです・・・・・・」

  思わず耳を塞ぎたくなるけたたましい咆哮が町に響き渡ると、赤い海の中から広げられる翼が二対。

  地面に盛大な音とともに叩きつける巨木のように太い尾。

  叩きつけるように足踏みする前後の足。

  細長く伸びる首の先にある頭部は二対の瞳と鋭い牙を無数に生やした口を持っている。

  そして瞳はギラギラと鋭く、野性の力に満ち満ちている。

  炎の光に照らされて露になるその皮膚は硬質感漂い、ごつごつと歪な形をしている。その色は炎のように紅蓮に染まり、炎の赤と同化していた。

  「あれ・・・・・・何?」

  思わず名雪が現実離れした光景に間抜けな声を洩らす。

  「ドラゴン・・・・・・ですよね?」

  「何でこんな所にドラゴンが・・・・・・」

  音夢とことりもまた名雪に似たような反応をしながら呆然としていた。

  「はっはっはっはっはっ! どうだ、素晴らしいだろ? 私の最高傑作だよ!」

  声高らかに自らを誇示しながら祐一達をまるで虫けらの如く見下す黒田。その表情には勝ちを確信した自信というものが浮かび上がり、有頂天となっていた。むしろ自分の成し遂げた偉業  に酔いしれ、狂い始めているようにも見える。

  悦な表情で高笑いを浮かべ、オレンジに染まった瓦礫畑に佇むドラゴンを見ながら満足げな表情の黒田を見ながら祐一が問い掛けた。

  「黒田。これはオマエが作り出したのか?」

  「そうだとも! 私の手に入れた知識という名の力の結晶とも言えるこのエクスプロードドラゴンは最高傑作だ! この芸術とも呼べるドラゴンの前にキサマらの力など塵に等しいのだよ!」

  「そうか。キサマがこれをな・・・・・・」

  黒田の戯言などあまり興味を示さず、答えを聞いたらその視線をドラゴンに移す祐一。

  その視線の先には暴れまわりながら火炎吐き散らし、尾をばたつかせ、足で建物を踏み潰す紅蓮の龍の姿が燃え盛る炎によって克明に映し出されていた。

  「相沢! 一体どうしろってんだ!? こんな化け物勝てっこないぜ!」

  「どうしよう、祐一君・・・・・・」

  焦燥と恐怖が入り混じり、純一は慌てるように、ことりは力なく祐一に話し掛けた。そんなSランクの二人が慌てる様子を見て他のメンバー達にも絶望の色が浮かび上がっていく。特に戦え
  ない身でありながら狙われる身でもある佐佑理にはそれがはっきりと見て取れた。

  既に絶体絶命の事態に成す術を見失い、目の前で暴れ狂うドラゴンの姿を見物するしか出来なくなってしまった純一達。

  だが祐一だけはそれに屈することなく炎の海に歩み寄っていった。

  「みんな。怪我したくなかったらどいてろ」

  威嚇するように吐き捨てたメッセージを残し、祐一は火の海に消えた。

  その場に残されていたのは、己の生み出した芸術品に酔いしれる芸術家気取りの狂科学者と、何も言えないまま祐一の背中を眺め続けていた純一達の呆然とした姿だった。

  闇の中に生まれた紅い絶望の中で、最終局面を刻む時計は針を進め始めた。




To be continued・・・