第14話 ファンシスタ
  一連の騒動の黒幕であった黒田との戦いを終え、一時の眠りについた祐一達。

  だが安眠を得られたのが日の出まで後二時間足らずだったので、日が高くなった時刻になってもいまだに眠り続けている者達もいた。

  その一人はまず名雪であることは間違いない。平均睡眠時間約12時間というのは伊達ではない。

  「名雪さん!起きてください!」

  叫びながらも名雪の体をゆする一弥。その様子はまさに格闘さながらである。

  「じしんだお〜」

  乙女の寝顔、デリカシー云々という人もいるかもしれないが、名雪に対してはそれはするだけ無駄な気苦労というものだろう。

  「地震じゃありません!お願いだから起きてください!」

  「まぐにちゅーど8だお〜」

  それほどの地震だったら誰もが起きる前に瓦礫の下敷きになりそうだが、とにかく一弥の願いも虚しく、さらに強める揺れも名雪にとっては眠りを妨げるほどのものではなかったようだ。

  首を前後に揺られながら、鞭打ちにならないのだろうかと思われるほどの勢いで揺すられながらもなお眠り続ける名雪。いまだ夢から覚めない名雪は、一弥の奮闘の甲斐あって一時間
  後にようやく目を覚ましたそうだ。

  その頃別の所では、もう一人の爆睡者純一と音夢の朝の一コマが送られていた。

  「兄さん、起きてください」

  「う・・・ん・・・・・・」

  優しく声をかけ、純一の目を覚まさせようと試みる音夢。その甘い囁きは他の妹属性の方々にはたまらない事だろう。

  だが無常にも音夢の声は気持ち良さそうに眠る純一の元には届かなかったようだ。

  「仕方ありませんね」

  そう言ってどこからとも無く取り出したのは広辞苑だった。この世界に広辞苑があるのか疑問だが、それはひとまず置いておくとしよう。

  音夢はそれをおもむろに振りかぶるとそれを純一の腹部めがけてストレートに振り下ろした。

  「どわっ!?音夢!いきなり何をするんだ!」

  思わず音夢の発した微量の殺気を感じ取ったのか、それとも本能的に危機を悟ったのか純一は見事に音夢のモーニングコールを回避すると開口一番で文句を言った。

  「あら、兄さん。ようやくお目覚めですか?」

  「朝っぱらから寝ている人めがけてそれは無いだろ!」

  そう言ってビシッ、と指差す先には勿論広辞苑があった。

  だが音夢はそれに構うことなく続ける。

  「兄さんが素直に起きればこんなもの出しません」

  「そう言いながらも過去何度その必殺武器の餌食にしようとしたことか」

  「兄さんがなかなか起きないのが悪いんです」

  「だからと言って、いきなり人の腹めがけてそれほどの質量の物体を振り下ろすのはどうかと思うぞ?」

  「それなら起きる努力をして下さい」

  「睡眠とは一日の疲れを癒す休息の時間であって、それを欠くなど言語道断。例え人の欲求の一つであってもこればかりは従って何も罪はない。そもそも昨日はあんなことがあって疲
  れが溜まってるんだ。もう少し寝かせてくれたっていいだろ?」

  「そう言いながらも十分寝てるじゃありませんか。もう少しで正午になりますよ」

  「さいですか・・・・・・」

  純一も自分がそこまで寝ていたとは自覚していなかったためか、音夢の一言に何も言えなくなってしまった。

  正午前ということは少なくとも七時間は眠った事になる。それだけ寝れば一般的な水準で見れは十分といえるだろう。

  ましてや騎士団の一員として規則的な生活は重要視される項目の一つであるため、音夢の言葉は正論以外の何物でもない。

  そして純一がみんなの前に姿を現した時には既に名雪と一弥を除く全員の姿があった。

  それから少ししてようやく名雪と一弥も姿を現した。

  「お疲れ様です、一弥君」

  「本当ですよ。こればっかりは勘弁してください」

  「じゃんけんに負けた者の定めっす」

  「流石に一日の大半を寝て過ごすやつを起こすのは骨だろうからな。朝から疲れるのはゴメンだ」

  「俺、寝てて良かった」

  「う〜、みんな酷いこと言ってない?」

  「そんなことないぞ(ですよ)」

  「うぅ〜」

  みんなの言葉を聞いてただうなり続ける名雪をよそにかなり遅めの朝食兼昼食が始まった。

  朝食とはいえ手持ちのものなどたかが知れていた上に、この人数で分けるほど無かったので町に残っていたものを頂くことにした。その際、改めて昨日の出来事を思い返してしまったの
  は言うまでも無い。

  食料を探しにまわっていた祐一とことりは町の荒れ果てた姿が日に照らされ、夜闇の中では見えなかった光景が浮き彫りになるのを見てこの惨劇がもっと良い結果に終わらなかったもの
  かと悔やむばかりだった。

  終始気まずく、重苦しい空気の中で食料を探しまわり、そんな経緯を経て手に入れた食料で作った食事を口にしながらせめ明るい雰囲気を保とうと会話に花を咲かせようとするが、話の
  ネタが思い浮かばない。

  しかしそんな沈んだ空気は名雪をきっかけとして変化するのだった。

  「いちご〜いちご〜いちごじゃむ〜」

  あまりにも微妙すぎる歌を唄いながら名雪はポケットから瓶を一つ取り出した。

  それは鮮やかな赤に煮詰まったいちごジャムの瓶だった。

  「・・・・・・携帯ジャム?」

  「名雪さんは猫といちごが死ぬほど好きですから」

  「既に俺達の間ではいろんな通り名がついてるぞ。いちごジャンキーだとか眠り姫だとか」

  「佐佑理もいちご姫とか寝雪とか色々聞きますよ」

  「有名ですからね、名雪のいちご好きとよく寝ることは」

  「いちご〜いちご〜」

  そんな純一達の会話をよそに幸せそうに顔を緩ませながら携帯していたジャムをパンに塗っていく名雪。

  その比率は1:2。勿論いちごジャムのほうが多い。

  「俺、胸焼けしそう」

  「同感だ」

  「そうかな?おいしいのに、いちごジャム」

  そう言いながら満足げにいちごジャムの大量に乗ったパンをほおばる名雪。

  「しかし、名雪の場合は猫といちごでつれば簡単に誰にでもついっちまいそうだな」

  「ぷっ・・・それすんごい想像できて怖いくらいなんだけど」

  「だよな。今度試しにやってみっか」

  「そんときは是非とも混ぜてくれ」

  純一の持ちかけた提案に不謹慎だが便乗する祐一。周りのメンバーも名雪のそんな姿を容易に想像できたのか、思わず笑いが零れる。

  それは勿論話題に上っている名雪を除いてである。

  「いちごジャムおいしいよ〜」

  そんなことなど露知らず、当の本人は幸せそうにいちごジャムを堪能し続けていたのだった。

  そんな名雪の天然が功を奏してか、場の雰囲気が湿ったものから明るい方へと変わっていった。

  終始沈んだ食事になりそうな予感はただの予感で終わってくれたのだった。












  「それでは、そろそろ出発しましょうか」

  食後の休憩、と言えるほど休んでもいないがとりあえず朝食後の胃を落ち着かせてから町を発つべく音夢が切り出した。

  それに続いて席から立ち上がると、まだ記憶に新しい瓦礫の町を視界の端に追いやりながらも、現実を思い知りつつ町を後にする。

  生活の匂いが消えた町に流れる風は、死者へのせめてもの鎮魂歌のように静かに吹き抜けていった。

  今にも幻のように霞んで消えてしまいそうなほどに希薄な存在は何も語らず祐一達の背中を送り出してくれた。

  だが、町を後にして一分としないうちに一弥が不安を口にする。

  「ところで、僕達はいいとしても姉さんにはファンシスタまでの道のりは厳しくありませんか?」

  実際、森の中での襲撃のせいで馬車を放置してきたため、迅速に移動する手段が無い。

  引き返して馬車を探しても、今頃どこぞに逃げたか運悪く魔物の餌になっているのが目に見えていた。そのため祐一たちは徒歩でまだ遠いファンシスタへと向かっていた。

  「確かに、佐佑理さんの体力じゃここからファンシスタまでは結構キツイだろうな」

  流石に常日頃から鍛えている者にとってはあまり苦にはならないだろうが、日頃からデスクワークに徹している官僚方の生活習慣では厳しいだろう。ましてうら若くか弱い女性の佐佑理
  ではなおさらだ。

  「それだったらいい方法があるぞ」

  「ああ、白翼神だね」

  「なに、その白翼神って?」

  初耳の単語を復唱しながら頭にクエスチョンマークを浮かべ首をかしげる名雪。

  その思いはその他、周りにいる者達の考えを代弁していた。

  「見てれば分かるよ。出て来い、白翼神」

  懐から白翼神の魔玉を取り出すと、その祐一は名を呼ぶ。

  そして例の如く光とともに姿を現したのは芸術的な白でその身をコーディネイトした皇帝だった。

  「スカイエンペラー・・・」

  「書物で見たことはありましたけど、実物は初めてですよ・・・」

  「大きな鳥さんですね〜」

  「凄く綺麗・・・」

  「暖かそうだよ〜」

  ちなみに上から純一、一弥、佐佑理、音夢、名雪の順番である。

  天然キャラの二人はさておき、それ以外はその美しさと珍しさに思わず言葉を失う。魔物云々という話しは抜きに驚いていた。

  日輪の輝きに照らされてその白をなお際立たせる白翼神の姿はそれだけの価値を兼ね備えていると言える。

  「ファンシスタまで乗せていけばいいのか?」

  「頼むよ。結構人数いるけど、大丈夫か」

  「努力はしよう」

  ちなみに白翼神の全長は約五メートルほどで翼を広げれば幅は十メートルを超えるほどの大きさである。

  ここにいるのは全員で七人。乗り切らない人数ではないが、それでも飛ぶ側としてはかなりの重さになるだろう。しかもぎゅうぎゅう詰状態だ。さながら空の通勤ラッシュというところだろう。

  「ちなみに注意事項な。紅蓮皇と白翼神については他言無用で頼む。あまり知られると騒ぎになりかねないから」

  「わかったよ」

  「乗せてくれるんだ、そのくらいの約束構わないさ」

  「サンキュ」

  「さあ、背に乗りなさい」

  祐一との約束を交わすと、一人ずつ白翼神の背中に乗る。

  全員が搭乗し終ると、白翼神はその翼を大きくはためかせて大空へと舞い上がっていった。

  「ファンシスタ目指して、出発!」

  ことりの指揮の下、大空の美しき帝による短い空中散歩が始まった。












  それからゆっくりとしてペースで空の旅を楽しみ、ファンシスタまで後少しという所で人気の無い所に着陸した。ここまでおよそ一時間程度の飛行だった。

  純一達に出会うまでは白翼神も軽快に飛ばしていたため三十分程度で着くはずだったが、今回は焦らずゆっくり安全に移動していたので一時間という時間を要した。

  「助かったよ。また何かあったら頼むな」

  「お疲れ様っす」

  「ありがとな」

  「本当に助かりました」

  「また会おうね」

  「本当にご苦労様でした」

  「今度会ったらおいしいクッキーご馳走しますね」

  「こちらこそ、久しぶりに賑やかな時間を過ごす事が出来て楽しかった。また会える事を楽しみにしている」

  ここまで乗せてくれた白翼神にそれぞれ礼を言うと、白翼神もまた久しぶりに味わう事の出来た他者との交流のひと時を満足した様子だ。

  最後は笑顔で魔玉に姿を消していく白翼神を見送ると、祐一たちは目の前に迫るファンシスタへラストスパートをかけたのだった。














  街道をひたすらファンシスタに向かって目指していくと、徐々に見えてくるのは断崖絶壁の如き壁に囲まれた要塞都市だった。

  この重量感漂う装備で周囲を固めた街こそファンシスタである。

  ファンシスタはルシファー降臨の際に犠牲になった国――ミュジリク――に最も近い都市の一つであったため、自然と防衛拠点として発展していった。

  その理由はルシファー降臨、『紅の悲劇』という歴史的大事件によって世界は絶望の淵を彷徨い、どうにかそこから出てこられたまでは良かったのだが、滅びたミュジリクを中心に広範囲に
  わたって瘴気の濃度が増加、加えて魔物の発生率が上昇し、『紅の傷痕』と呼ばれとても人が住めるような土地ではなくなってしまった。

  そのため度々紅の傷痕からは魔物がこちらに溢れてくる事があるためその前線で戦い、事前に被害を最小限に押さえるためにファンシスタは何が何でも発展せざるをえなかったのだ。

  結果として街はこのような防壁に包まれ完璧なまでの防衛体制を行っているのである。

  オマケにそれに乗じるようにして商人などが便利なものを売りさばこうと競い合うように集まり、経済的にも発展していった。

  人々を絶望の淵に叩き落した事件の名残が人々の生活を豊にしているという背景を考えると何とも皮肉にしか思えないことである。

  だがそのおかげで人々の生活が豊になり、装備を整えるにも困る事がないというのも事実だ。どちらにしろ戦乱が人々の生活に大きな影響を与えているということに変わりは無い。

  そんなファンシスタの街が目前に迫ってくると、胸の高鳴りを隠せないのは勿論ことりである。

  長きに渡って生き別れていた姉との再会。その念願がようやく叶おうというのだから、これが落ち着いてはいられないというものだ。

  自然と足取りも軽やかとなり、笑顔がこぼれ、ペースも上がる。

  そんなことりの嬉しそうな顔を見ながら、まるで自分のことのように顔をほころばせている祐一。

  形はどうあれ、出会ってからこれまでの間、決して長くはないにしろ苦楽をともにした仲である。その胸に湧き上がる思いを共有するのは当然のことだった。

  そして見上げるような防壁の前に立つと、その巨大さに改めて圧巻されながらも壁の向こう側に広がる街へと足を踏み入れていった。

  外から眺める硬質的な冷たい壁とは打って変わって、中の街並みは人と活気に溢れていた。防壁という現実の水槽の中でなお活力という水に満たされ、泳ぎまわる活魚のように広がる
  日常。

  そこには失われた平和が確かに再建されていた。

  流石は防衛拠点として構えているだけあり、並んでいる商店を眺めてみれば武器や防具といったものを売っている店が目に付く。

  それに甲冑や武具に身を包んだ者達も同じように目を引くが、それ以上にこの街の住人の顔には笑顔が溢れていた。

  買い物袋を持ちながら買出しをする主婦、人ごみの中を縫うように走り抜けていく子供達、店の前で商品を薦めながら声をあげて商売をする店のオヤジ。
  
  見渡す限り街に溢れる笑顔と活気が印象的な街並みだ。

  そんなメインストリートをやたら人目を引きながらも街の南側に建立するこの街のシンボルであるファンシスタ城へと向かっていく祐一達。

  街の人たちは幻想の騎士団の姿と、祐一の容姿に引かれその行く先を目線で追っている。

  周りから向けられる視線を少しは気にしながらも、祐一達はファンシスタ城へと向かっていった。

  その途中、佐佑理を呼び止める声が聞こえてきた。

  「佐佑理、帰ってきたの?」

  「あっ!舞!」

  舞と呼ばれた黒髪の美しい女性は、純一達と同じ制服に身を包み、その腰には立派な剣が携えられていた。

  一見無表情で無愛想げに見えるが、その容姿は十分男性陣の目を惹くものである。

  「舞さん、任務お疲れ様です」

  「純一達も佐佑理をちゃんと護ってくれてありがとう」

  変わらず反応の乏しい彼女だが、その言葉からどれだけ感謝しているかは感じ取れた。

  「とは言え、今回は祐一さんたちの手を借りなければ危ない所でしたけどね」

  「・・・・・・祐一?」

  挨拶を交わし、その中で音夢の口から語られる祐一の名前にわずかに反応を見せた舞。

  「久しぶりだな、舞」
 
  そんな舞にさも当然と挨拶する祐一はなぜかどうして気さくな態度だった。

  「相沢・・・祐一・・・・・・」

  目を丸くしながら、祐一の顔をまじまじと見つめる舞。

  他の者達はその状況をただ傍観するだけで何を言うわけでもなかった。

  ただ判ったのは二人が知り合いなのだということのみである。

  そして驚きのあまり一時フリーズしていた舞だったが、次の瞬間射るような鋭い目つきに変わると祐一に言った。

  「祐一、勝負!」

  いきなりの挑戦状を叩きつける舞。

  それに対して驚くことなく舞を見つめる祐一。

  そして完全に取り残されたギャラリー達。

  こうして祐一と舞、二人の再会は戦いによって交わされることとなった。




  To be continued・・・











  登場人物補足


  朝倉純一
  武器 剣
  属性 水
  ランク S
  ギルドネーム 夢水の流れ

  言わずと知れたダ・カーポの主人公。本編とあまり変わってないです。



  朝倉音夢
  武器 ロッド
  属性 雷
  ランクAA

  おせっかい焼きの妹キャラとしてここでも健在。ちなみに兄純一とは騎士団公認のカップルだったり。


  水瀬名雪
  武器 ショートソード
  属性 水
  ランク AA

  天下の爆睡娘兼イチゴ狂い。ここでもそのキャラは健在。ランクにしては他よりも弱く見えるのはAAの中でも下位の力だからです。
  

  倉田一弥
  武器 刀
  属性 雷
  ランク AA

  父を大臣に持ち、姉もその補佐という官僚一家の中で唯一の肉体派。気さくな好青年で人気も上々。これといって抜きん出ている訳ではない良くも悪くも平凡なキャラです。注: 文字用の領域がありません!