第16話 依頼
  激しいバトルを繰り広げた二人の戦士が闘いの舞台から降りてくると、再び黒山の人だかりとなった。

  「舞さんをこうもあっさり負かすなんて何者なの、あなた」

  いきなり現われ、舞に敗北を贈与した祐一を見て香里があまり快いとは言えない視線を向けてくる。

  香里までとはいかないものの、他の面々もまた似た感情を篭めた眼差しを祐一に向けていた。

  「幻想の騎士団の団長である舞さんを負かすなんて、確か相沢とか言ったな。すげぇ実力だな」

  北川も香里の言葉に便乗するようにして感嘆を洩らす。

  確かに自分たちのリーダー格である団長が目の前で敗北を味わったのだ。落ち着いてなどいられるはずがない。

  「それでは、色々と話すこともあると思いますから自己紹介をしませんか?」

  「そうしてくれると助かります」

  秋子の提案により自己紹介をする事となった。

  秋子の言葉を聞くと周りの面々は何も言わず素直に従っている様子から秋子がこの中で最大の権限を誇っているのだということがわかる。絵に描いたような鶴の一声だ。

  「それではまずは私から。私は水瀬秋子といいます。幻想の騎士団総指揮官を務めています。ランクの方はSSランクです」

  柔らかな笑顔とともに語られる秋子の役職は騎士団の最高責任者という何とも凄い地位だった。

  総指揮官とは騎士団の全権を掌握する管理者である。秋子の権限を覆せるのは実質このファンシスタの国王のみという事になる。

  「ほぉ、あなたが噂の『深海の女神』ですか」

  「あら、ご存知とは光栄ですね」

  感嘆の声をあげながら語る祐一に対し、変わらぬ笑顔で受け答えをする秋子。ちなみに『深海の女神』とは秋子のギルドネームである。

  「ファンシスタの総指揮官は色々と有名ですから」

  「そうですか」

  曰く、一児の母にしては若すぎるという事から不老不死なのではないかとか、裏に流通している劇薬、通称『邪夢』の製造を手がけているなど様々である。

  ちなみに劇薬の使用用途はちょっとしたお仕置きだと言う。

  被害者の声の中にはお仕置きのレベルを越えていると嘆いている者達が後をたたないとか。

  (あなたも一口いかがですか?)

  ・・・電波が飛んできましたが私は何も聞いておりません(滝汗)

  「川澄舞。Sランク。団長を務めてる」

  果たしてこんな無口で無愛想なキャラで一組織の団長が勤まるのだろうかという疑問が発生するが、それで成り立っているのだから問題ないのだろう。

  相変わらずの態度で舞は喋ると、また口を閉じてしまう。

  「私は藍だよ」

  舞の横から元気よく挨拶をする藍。舞とは違い表情豊で無邪気な性格である。

  「さっきから気になってたんだけど、藍ちゃんて一体なんなの?」

  「たぶん、精霊」

  「精霊?」

  「もともとは私は舞の力の源だったんだけど、舞が力をコントロールできるようになってからは舞専属の精霊みたいな存在になったの」

  「すごいね〜。前例がないんじゃないかな?」

  「たぶん」

  精霊と契約を交わしている人間は存在するが、精霊を生み出してしまった人間など果たしているのだろうか。

  その答えはノーだろう。

  とは言え、ここで藍の存在は一概に精霊と定義する事は出来ない。

  なぜなら藍の存在が精霊とは若干異なるからだ。

  精霊とは一つの生命体であるが、藍の場合は舞の力の結晶体。つまり人為的に生み出された疑似生命体という表現が正しい。

  あくまで力が具現化し、珍しい事に自我を持ち合わせているものの完全な生命体ではない。

  精霊は年も取れば寿命も存在するが、藍の場合は舞が藍を創造する事で世界に存在することができるだけで生きているとはいえないのだ。創造主である舞の死をもってして命の終焉を迎
  えるのだから。

  「とにかく、一応舞の精霊ということで納得しておいて」

  「うん、わかったよ」

  藍の存在が何たるかに一応終止符を打つと、次に進んでいく。

  「それじゃ、次は俺な。騎士団副団長を務めている北川潤だ。ちなみにSランクだ。よろしくな」

  随分と人懐っこそうなキャラクターの北川が自慢の癖毛を揺らしながら言う。

  笑顔に比例して癖毛もどこか嬉しそうに揺れているのは気のせいだろうか、などと考えつつ次の人にバトンタッチ。

  「私は美坂香里よ。同じくSランクよ」

  「美春は天枷美春といいます。AAランクです。よろしくお願いします」

  「アタシは水越眞子。AAランクよ」

  「私は水越萌と申します〜。AAランクです〜。よろしくお願いします〜」

  北川に続いて香里、美春、眞子、萌と自己紹介が進むと黒髪の男が突如姿を現す。

  「俺は杉並だ。諜報部をやっていて、AAランクだ。ちなみに下の名前は門外不出の極秘事項となっているのであしからず。では!」

  なぜ名前が極秘事項となっているのかは謎だが、それを差し引いても自己紹介の後に姿をくらますという芸当は杉並のぶっ飛んだキャラを如実に示しているといえる。

  しかも、突然現われ消えるという一連の早業を目の当たりにしながらも祐一以外はそれを全く驚いた様子ではなく、日常茶飯事といった様子で受け流していた。

  確かに姿を見られないで情報収集という裏方に徹する立場である諜報部にはこれ以上とないうってつけの人物といえるだろう。

  「杉並っていつもあんななのか?」

  「ええ。杉並君はいつもあんなです」

  「今までに無い人種だな」

  「それはアイツに聞かせてやれ。きっと最高の褒め言葉として受けとるだろう」

  「・・・杉並は一生かかっても理解できそうに無いな」

  その瞬間、この場にいた全員の首が縦に振られることとなったのは言うまでも無い。

  杉並の登場で場の雰囲気が和んだのだか狂ったのか分からないまま次へと進む。

  「私はここの研究員をしている白河暦だ。よろしくな」

  「一応、私も初めての人がいるので自己紹介しておきますね。白河ことりです。ランクはSランクです」

  「ことりってAランクだったよね? 随分と腕を上げたんだ。私もうかうかしてられないね」

  「これも祐一君のおかげですよ」

  「それで、色々と話題に上る噂の祐一君とやらがそちらの人ね」

  いまだに容疑者を見る警察官のような半信半疑の眼差しで祐一を見る香里が話を祐一に振ると、祐一はそんな香里の態度を気にかけることなく口を開いた。

  「ああ。一応、俺が相沢祐一だ。ランクはSSランクだ」

  まるで半紙の上に垂らされた墨汁のように驚きが瞬時に伝播していくと同時に納得した様子の面々。

  「なるほど、これで合点がいった。それなら舞さんを負かしても不思議じゃないな」

  「悔しいけど、そうみたいね」

  流石にSランクとSSランクの実力差は大きな壁が存在するので、舞が祐一にかなわなかったのも頷いたようだ。

  香里も先ほどまでは納得のいかない様子のようだったが、渋々事実を認めている。

  「ところで、差支えが無ければギルドネームを教えてもらえませんか?」

  「『光の闘神』といいます」

  「―――! ドミネイターに認定されたあの『光の闘神』でしたか」

  「一応、そういうことみたいですね」

  まるで自分の価値を下げるレッテルを払いのけるような口調で祐一はドミネイターという単語に反応している。

  だが、周りはそんな祐一の態度を微塵も気にしている様子はない。それどころか先ほどよりも驚きの色を強く示している。

  「あのギルドが認定したSSランクの中でも群を抜いた実力者たちの一人とは・・・・・・」

  「祐一、有名人」

  驚き方は人それぞれだが、ドミネイターの一角が目の前にいるということには変わりない。

  まるで田舎町に来た芸能人のように祐一に興味を示している。

  「ところで、舞と祐一さんの関係って何なの?」

  どこかに忘れ去られていた問題がようやく佐佑理の一言によって配達された。

  舞や藍の言葉の端々に見られる祐一を見知った言い回し。それと同じく祐一もまた初対面の人を扱う態度ではない事は誰の目から見ても明らかなことだった。

  「たぶん・・・師弟関係」

  「まぁ、そんなところか」

  二人の口から出たのはあながちよくある関係だった。

  「舞さんの師匠?」

  「昔色々とあって、舞に剣を教えていたことがあってな。次に会う事があったらその時は強くなった自分を見せるから勝負して、って約束したんだ」

  「だからいきなり挑戦を叩きつけたんですね」

  誰も知らなかった舞の過去の断片を耳にし、ようやくこの状況に対して説明のつく要素が並べられた。

  ようは自分がこれまでにどれだけ強くなったか見て欲しかったから会って早々挑戦を申し込んだということだ。よほど待ち望んでいた事なのか、舞も場所をわきまえてなかったのだ。

  「祐一は私の目標。それに久しぶりだったから早く戦ってみたかった」

  「舞は祐一さんに会えて嬉しかったんですね〜」

  「・・・そんなこと無い」

  ズビシッ、と舞のチョップが佐佑理の頭を直撃する。

  大臣の娘になんて失礼な事をと思うだろうが、親友同士である二人には日常茶飯事の他愛のないやり取りなのである。

  「あはは〜。舞、照れてますね〜」

  「違う」

  さらにチョップの嵐が佐佑理を襲う。

  既に舞のチョップの連発によって説得力の欠片も無くなってしまった。

  徐々に顔が紅潮していく舞の姿を見て密に祐一争奪戦にエントリーしかけている女性陣のほとんどが敵が増えたと心で舌打ちをしている事だろう。

  「ところで相沢君」

  「何でしょうか?」

  親友同士の漫才のようなやり取りをよそに、暦が祐一に話しかける。

  「話を聞く限りではことりが随分と世話になったようだね。本当にありがとう」

  「いえ、礼を言われるほどの事じゃありませんよ。ただ、真剣なことりの後押しをしてあげただけですから」

  祐一に対して深々とお辞儀をしながら改めて礼を言う暦に対して、祐一は気の引ける思いを隠せないまま謙遜した態度を取る。

  「それでも、ありがとう」

  「その言葉、素直に受け取っておきます」

  これまで妹のことを支え続けてくれた事に大いに感謝をする暦。

  それは姉として、唯一の肉親としてことりの命をここまで運び届けてくれた事に感謝の言葉を送っている。

  それは祐一にしてはあたりまえの行動だったかもしれないが、暦当人にとっては感謝してもしきれないことなのだ。重ね重ね礼を言う暦に折れた祐一は素直にその言葉を受け取った。

  「それではこの場はここで解散としましょうか。それと祐一さん」

  「何でしょうか?」

  「この後よろしいですか?」

  「ええ。構いませんよ」

  突然の秋子の申し出だったが、祐一はそれに快く承諾をする。

  「そうですか。それでは、こちらへどうぞ」

  解散となり、その場を後にしながら持ち場へと戻っていく団員をよそに、秋子の案内を受けるがまま祐一はその場を後にし、ファンシスタの城内を秋子にくっつきながらとある部屋へと案内さ
  れた。

  書類などが並べられたデスクと来客のためのソファーとテーブルがある部屋。ここは秋子にあてがわれた仕事場である。

  「そちらにお座りください。今お茶を用意しますから」

  「ありがとうございます」

  そう言い残して部屋の奥に引っ込んでいく秋子。しばらくして二つのティーカップとティーポットをトレイに乗せてやってきた。

  カップに注がれる紅茶の温かな香りが室内を満たし始めると、秋子は祐一の前に鎮座して話題を持ちかけた。

  「いきなりで申し訳ありませんが。祐一さん、幻想の騎士団に入ってはもらえませんか?」

  「本当に唐突ですね。可能性としては考えていましたけど、実際に言われるとは」

  まさに本題を単刀直入に述べる秋子に対して祐一は待ち構えていたように堂々とした受け答えをする。

  「そちらの都合を考えないわがままな申し出なのは承知しています。ですが、ここファンシスタは常に危険にさらされている街です。できることならより戦力の拡大をというのが現状なのです」

  秋子は相手の都合を考えずに心苦しいながらも、現時点での立場を考えるとどうしても急な対応を取ってしまった事にわびながら切実な現実を語る。

  魔王がいなくなったといっても世界が不安定な事に変わりはない。まして多大な影響を受けるのはこのファンシスタなのだ。秋子がこのような態度に出るのも無理はないことである。

  「確かにそれは周知の事実でしょう。ですが、残念ながらお断りさせてもらいます」

  祐一も厳しい現実を知りながらもあえて申し出を断る。

  「汚い言い方ですが、こちらとしては何でもしますよ? 地位も、富も何不自由ない待遇も考えますけど、それでもですか?」

  「俺の生き様は権力や富で動くほど陳腐なものではありませんよ」

  流石に自分の人生を権力や富などという欲望の肥やしにしかならない物と引き換えという提示に祐一も若干の怒りを露にした。語気が厳しさを帯び、先程より突き放すような言い方に変わっ
  ている。

  「そうですね。分かっていながら失礼な発言でした」

  祐一の態度を見て自分のした非礼をわびる秋子。それは少なからず祐一からの威圧に竦んでいるようにも見えた。

  それを見て祐一もフォローを入れる。

  「いえ。それだけこの国の行く末を案じているということでしょう」

  「それと、もう一つ私事で用件があります」

  「? 何でしょうか?」

  「以前、どこかでお会いしませんでしたか?」

  「さあ? 記憶にありませんが」

  「そうでしたか。ありがとうございます」

  「いえいえ」

  秋子の質問に答えると、祐一はソファーから立ち上がり退室しようと準備する。

  「それではこの辺で失礼します。それと、紅茶美味しかったですよ」

  「いつでも飲みに来てくださいね。出来たら吉報を持って、ですけど」

  「それは紅茶代としては少々キツイですね」

  「冗談ですよ」

  「あまり冗談に聞こえませんね」

  一児の母とは思えないほどに若々しいその姿で温かな笑顔を祐一に向けながら見送る秋子。

  最後に軽い冗談を言いながらも、その言葉は真剣さが見え隠れしていた。

  「それじゃ、この辺で失礼します」

  挨拶とともに秋子の期待をあしらいながら部屋を後にする祐一。

  だが秋子の場合は冗談などではない様子だ。

  パタンという扉の閉まる音とともに室内に訪れた静寂の中で、祐一の後ろ姿を見つめていた秋子の表情から徐々に笑みが消え、普段の彼女では考えられないほどの能面のような無表情さ
  に変わっていく。

  そして誰に言うわけでもなく小さく呟いた。

  「私たちには繋ぎ止めておくことは出来ない、ということですか」

  そして秋子は溜息とともにソファーに座ると、余っていた紅茶を飲み干す。そして放心するかのように空っぽの眼差しで天井の方を見上げ、そのまま目を瞑った。

  口の中に広がる紅茶の味をほろ苦く感じながら。













  祐一はファンシスタのメインストリートを歩いていた。あれから城を抜け出すのに三十分を要したのはご愛嬌だ。

  賑やかな人ごみの中を掻き分けながら前に進み、目的地を目指す。

  目的地とは今日就寝をするための宿だ。ファンシスタにつくや否や舞の挑戦状を受けることとなり、今まで時間を過ごしていたので宿もろくに取っていない。

  既に太陽も西に傾きかけているため、羽を休める場所を探して手ごろな宿を吟味している所だ。

  手ごろな場所を探しながら辺りを見回しつつ祐一は建物と建物の透き間のような路地に入って行った。

  そんな人気の無い路地に祐一の後を追うようにして入っていく人影が一つ。小走りになりながら路地に滑り込んでいった人影が見たのは、誰もいない路地が一本、目の前に伸びているだけだ
  った。

  「俺に用か?」

  見失った祐一の姿に焦りながらも、突如自分の後ろから声をかけられ驚きを隠せない追跡者。

  跳ね上がるような勢いで後ろを振り返ると、そこには祐一の姿が目と鼻の先にあった。

  「人をつけようなんて感心しないな」

  祐一の少し不機嫌な態度を見て追跡者は弁解するように名を名乗った。

  「すみませんでした。僕は久瀬総司といいます。折り入って相沢祐一さんにお頼みしたいことがあります」

  「俺に頼み?」

  「あなたでなくてはダメなんです」

  切羽詰った総司の声と表情に何かあると感じながらも、また厄介ごとに関わらなくてはならないのかという落胆の二つに苛まれながら祐一は首を突っ込むことを決意する。

  自分のお人好しさに嘲笑がこみ上げてきそうになりながらも、祐一は総司を連れて路地を後にした。

  夕日が哀愁を漂わせながらファンシスタの夕暮れは過ぎていく。




  To be continued・・・



 注: 文字用の領域がありません!