第17話 裏切られた想い
  それから祐一は総司の案内で手ごろな宿を紹介してもらうと、部屋を一室取り、そこで話を聞くことにした。

  最小限の荷物を降ろし、くつろぐ姿勢をとりながらもその腰に提げられた剣だけは肌身離さない。

  そして祐一はベットに、総司はイスに腰掛け向かい合う形になると本題に入る前に尋ねた。

  「どうして俺にこんな頼みを? 俺はあなたの事を全く知らない初対面のはずだが」

  「その通りです。僕は城の中で噂を耳にしてあなたを追ってきたのですから」

  「なるほど。それで、俺に頼みってのは?」

  「実は、父を止めてもらいたいのです」

  「・・・・・・もう少し詳しく話してくれないか?」

  いきなり見ず知らずの。今さっき出会ったばかりの者の父親を止めてくれといわれてはいそうですかと答える奴などいはしない。

  祐一もまた話の行く先が不明瞭なままのため、詳しい説明を要求する。

  そして総司は硬い表情のまま話を進めた。

  「僕の父はこの国の二人の大臣、倉田と久瀬の片方である久瀬政仁なんです」

  「その父親がどうかしたのか?」

  「はい。僕は父の仕事をよく手伝うのですが、その時に見てしまったんです。父の犯した重大な罪を」

  「重大な罪?」

  話の雲行きが徐々に怪しくなるにつれて二人の表情もまた険しさを増していく。

  祐一は総司の言葉を聞きながら眉間に力を入れていた。

  「そこにはこう記されていました。犯罪者の逃亡の手助けと資金援助。そして倉田慶吾を消し去ると」

  総司の口から政仁の悪事の全貌が大まかに暴かれる中に衝撃的な単語を耳にする。一国の大臣の抹殺計画など目にしたらそれは驚か
  ずにはいられないというものだ。

  そして総司はそんな計画を目の当たりにし、尚且つその中心に自分の父がいるという事実に戸惑いを隠せないでいる。

  「倉田慶吾大臣。佐佑理さんの父親か」

  「佐佑理さんをご存知なのですか?」

  「ああ。道すがら色々とあってな。それで、続きは?」

  「はい。実は佐佑理さんと僕は縁談が決まっていまして、俗に言う政略結婚というやつです。これも父の陰謀なのですが、僕はそれ以前に佐佑理さんを一人の女性として慕って
  います。ですから彼女の周りに不幸が起こるのは耐えられません」

  膝に乗せられた二つの拳を握り締めながら言葉を濁す総司。どれだけ佐佑理のことを案じ、慕い、そして実の父が最愛の人に手をかけようとしていることに何も出来ず他力本願
  な自分に口惜しさを感じている。

  その必死に思い悩む姿は祐一に届いたようだ。

  「親子の縁を失っても佐佑理さんを助けたいと」

  父と子と言う親子関係の因果を断ち切っても佐佑理を護りたいかという問い。

  その先にはおそらく父を犯罪者として捕らえられ、法のもとで裁かれ、そして自分はそんな愚かな男の息子という看板を背負い続けなくてはならないということになる。

  自分の人生を半ば棒に振ってまでも大切なものを護りたいという総司の信念、覚悟を祐一は問うているのだ。

  「はい」

  怖いくらいに真っ直ぐな瞳にこめられた総司の想いを祐一は正面から汲みとる。

  そして総司の覚悟を感じ取った祐一もまた覚悟を決めた。

  「わかった。手を貸そう」

  「ありがとうございます」

  イスに座りながらも膝に額がつくほどに深いお辞儀をする総司。

  上流階級の者ほどプライドが高く、相手に頭を下げるなど自分のプライドが拒絶するだろうこの行為を総司は躊躇うことなく行う。

  そんな総司の誠意のこもった態度を目の当たりにして逆に祐一は自分のほうが迷惑をかけているような気さえした。

  「頭を上げてくれ。こっちが悪いみたいじゃないか。とにかく、もう少し詳しい事を教えてくれないか?」

  たまらず居心地の悪さを覚えた祐一は総司に頭を上げるよう頼み、さらに核心を探ろうと話を進める。

  総司も面を上げると、計画の内容を知りうる限り語り始めた。

  「わかりました。計画の書かれた書類には逃亡者を使って直接佐佑理さんに危害を加え、倉田大臣を精神的に圧迫し、追い詰めていこうという魂胆だったんです。おそらく倉田大
  臣の力を手中にするのではなく、消し去り、独占してしまおうと画策しているのでしょう」

  「しかし、その位で地位を失わせるまで行くだろうか?」

  確かに娘一人を殺されたからといって、失脚に追い込まれるほど精神的に追い詰められるのだろうかという祐一の素朴な疑問は頷ける。

  一時的にしろ効果は発揮されるかもしれないが、時間があれば立ち直れるだろうし、尚且つまだ弟の一弥の存在もある。決して全て
  を失うわけではない。

  「大臣は紅の悲劇で妻を亡くされ、オマケに彼の右に出るものはいないと呼ばれるほど娘に対して親馬鹿なんです」

  「なるほどね。それじゃ娘を殺されでもしたら正気の沙汰じゃないだろうな」

  「それだけではありません。佐佑理さんは亡くなられた奥さんの若い頃にそっくりだといいます」

  「それがさらに拍車をかけるというわけか」

  一国の大臣が娘を失い荒れ狂う様が思い描かれる。

  確かに生涯の支えとなるはずだった妻を亡くし、これからの人生何があっても近しい者を失うということは精神的苦痛にしては最上

  級だろう。亡き妻の面影を重ねている愛娘に手をかけられたならなおのことだ。

  男という生き物は力があれど、心の弱い生き物であるという側面を持っている。

  大臣という地位にありながら仕事をこなしながらも子供を溺愛し、笑顔を最大の活力に変え、亡き妻の幻想を抱きながら日々を過ご

  す。そんな倉田大臣の循環生活の中で最も重要な歯車を奪われたなら、その機能は即刻停止するだろう。

  「おそらく、ある程度追い込んで自殺に見せかけ全てを片付ける気でしょう。我が父ながらなんと言っていいのか。昔から酷い性格だと思っていましたが、最近欲望の虜になったよ
  うに権力に固執している気がしますよ」

  溜息混じりに愚痴をこぼす総司だが、その話を聞いている祐一の顔はさえない。

  祐一は総司の言葉からどれほど政仁が酷い人間か如実に語られるにつれ、胸の奥から湧き上がるドス黒い負の感情を感じている。

  「しかしここまで聞いておいてなんだが、なんで俺なんだ? 騎士団の知り合いとかに頼めばよかったんじゃないか?」

  祐一は引き受けておいて今更ながらの質問を久瀬に問う。何か思うところがあると踏んだのだろう。

  「このことに関してはあまり大事にしたくないんです。できれば父に罪を認めてもらいたいのが本音ですから」

  「だから騎士団、王宮ともに関係のない俺に頼んだってわけか」

  「そうです」

  やはり腐っても親子という関係は総司の中でも大きな存在らしい。覚悟の中のわずかな躊躇いがここに表れていた。完全に親子の繋
  がりを断ち切るに至にはやはり辛いものがあるようだ。

  しかし祐一はそんな総司の本音を耳にして安堵していた。

  「とにかく、その実行犯になりかねない逃亡者とやらの情報はないのか? そいつを抑えないと取り返しのつかないことになる」

  「確か、―――――」

  その瞬間祐一の顔に戦慄が走ると同時に徐々に怒りという感情が沸々と湧き上がってきた。

  祐一のすさまじい剣幕を肌で感じながら総司は鎖でガチガチに固められたような束縛を感じていた。指一本すらもまともに動かす事
  の出来ないほどに濃密な威圧感が今、目の前の男から放たれている状況下で顔面蒼白の状態である。

  怒れる闘神が今宵、審判を下すべく動き始めた。























  日も暮れ、街は寝静まり始める時刻。

  日付けが変わるまで後二時間程度のこの時間に煌々と灯りがつく城内の一室。そこはこのファンシスタにいる二人の大臣の内の一
  人、久瀬政仁に与えられた仕事部屋だった。

  そこに向かって歩みを進める足音が一つ、夜の静寂が支配する通路に響き渡ると、その部屋に徐々に近づいていく。

  やがて部屋の前で足音が止むと、扉を軽く叩く音が鳴る。

  「入ります」

  一言断わりを述べてから総司は部屋の中に入っていった。

  「どうした? 総司」

  上質の生地であつらえた服に身を包み、いかにも位の高い様を演出した服装の男。彼こそが総司の父であり、大臣の任を任されてい
  る久瀬政仁である。

  「お話があります」

  子が親に対する口調にしては仰々しいが、それにも増して総司の表情は硬い。故障した機械のように不自然な動作が目に付く。平静
  を装っていながらもどこか緊張が体から抜けない様子だ。

  「なんだ? まあ、とにかく座りなさい」

  夕暮れの宿屋で話した政仁の人相はまだ表に目立って表れてはいない。ごく普通の男性に見えるその容姿、口調、行動、全てに違和
  感のない平凡なものだ。

  平凡とは言え、あくまで一国家の大臣レベルというものさしで計られた平凡さである。

  総司は政仁に言われるがまま席につくと、大きく息を吐いて呼吸を整える。

  そして意を決して口を開いた。

  「単刀直入に言います。父さん、馬鹿な真似は止めてください」

  「・・・何のことだ? さっぱり分からんな」

  出だしに多少の間があったものの、それでも嘘をついているのか否か微妙なラインの口ぶり。

  だが、総司はその目に焼きついて消えない事の真相を知っているため、迷うことなく詰め寄った。

  「とぼけないで下さい。父さんが倉田大臣を陥れ、さらに権力を得ようと画策しているのは知っているんです。お願いですから馬鹿な真似は止めてください」

  「総司。お前はいつから父親にそんな態度を取るようになったんだ!」

  政仁は怒りを露に総司を怒鳴りつけると、総司もまた声を大にして反論した。

  「それは父さんの方です! 犯罪者の逃亡を手助けした上に、援助までするなんて一国の大臣として反逆行為ですよ!」

  「黙れ! 私がいつそんなことをしたというんだ!」

  「じゃあこれは何なんですか!」

  怒鳴りながらバンッ、と総司は目の前にあるテーブルの上へと懐から白い紙の束を叩き付ける。

  そこには総司が祐一に話していた政仁の悪行と計画が記されていた。

  以前これを目撃した時に捨てたと偽り保管していたのだ。切り札として父に罪を認めさせるために。総司の持つ最大のカードである。

  「やはりお前の仕業だったか。だが!」

  すると、部屋の奥から武装した兵士が数人姿を現す。

  そして総司を取り囲むと、その手に握られた剣を総司に向かって突き出した。

  「これが父さんの答えなんですか!?」

  最後の最後まで父親の良心を信じて行動した総司にとって、その想いを完全に踏みにじられた瞬間だった。

  悲痛な叫びが部屋の中に木霊すると、政仁の表情が醜い笑みに歪む。

  「馬鹿な奴だ。こんな事をしなければ私の権力で楽して生きられたものを。怪しいと踏んでおいて正解だったな」

  久瀬政仁という人間の本性がここに現れた瞬間だった。

  自分の息子を見下し、切り捨てるように吐き捨てられた言葉には息子を思いやる心など微塵も存在しない。

  低能な凡人を見下す貴族の構図を描いている二人の状況は総司にとってこれとないほどに望まない結末だった。

  「お前は私の駒として使われていればよかったのだ。下らん事を考えおって」

  「父さん・・・・・・」

  「お前など息子などではない。私の邪魔をする愚か者は排除する」

  総司にとって心を抉り取られる言葉だった。

  最後まで父を信頼しつづけた結果に得た言葉がこれである。

  総司の心は裏切られ、政仁の心は新たな欲望を欲し続ける。親子ながらここまで異質な心のあり方に愕然とさせられながらも、政仁
  は自らの息子に非情な手向けの言葉を送った。

  「殺れ」

  短く一言だけ言葉を投げ捨てると、総司を取り囲んだ兵士の一人の剣が振りかぶられる。

  だがその瞬間、新たな来訪者が姿を現した。

  「待ちな」

  言わずと知れた祐一の姿がそこにあった。

  「なんだ、キサマは!」

  「そこにいるあんたの息子に雇われた者だ」

  祐一はそう言って矛先の向けられた総司に視線を送る。

  政仁はその言葉を鼻で笑い飛ばすと祐一に話を持ちかける。

  「ふん。金で雇われた口か? だったらそれ以上の額を払おうじゃないか。それでここで見たことは全てチャラにしてくれないかね? 賢い選択がどちらか、わかるだろ?」

  いかにも悪役の吐くセリフで祐一を飼いならそうとする政仁。

  だが祐一もまたそれを鼻で笑い飛ばすと、政仁に啖呵を切った。

  「はした金で飼いならされるほど、俺は安くないんでね。悪いが、あんたには裁かれてもらう」

  「馬鹿め。キサマのような一庶民が言う事など誰が信用すると思っているのだ? キサマの方が私の名誉を傷つけたとして裁かれるのだよ」

  「そうかい。なら、一庶民じゃなけりゃいいんだな?」

  含み笑いをしながら自らが入って来た扉に視線を送ると、また別の足音が部屋の中へと入ってくる。

  廊下の薄い暗闇から室内の明かりによって徐々に明らかになっていくその姿は女性だった。

  足元から少しずつ消えていく影が豊満な胸元を過ぎ、白い首筋をたどり、滑らかな輪郭をなぞると、見覚えのあるヘアースタイルと
  髪の色が姿を現わす。

  暗闇から姿を現したその女性の姿は笑顔で微笑みながらも、どこか背筋を凍らせる空気を漂わせた水瀬秋子その人だった。

  その瞬間、政仁の中で全てが崩れ去った。







  To be continued・・・