第21話 生きたいです
今日も変わらず平和なファンシスタの街の中を祐一は歩いていた。

その時、二人の少女達と出会う。

「きゃっ!」

「おっと、ごめんよ」

ぶつかったのは小柄な少女はボブカットで、幼さが残る顔立ちと体型だが、トレードマークのように肩にかけられたストールがマッチしている。片方はそんな可愛らしい少女だった。

そしてその少女の持っていた荷物から零れ落ちた中身の数々。見ればどれもこれも薬草などの薬学に用いられる品々ばかりである。

「すまないな。拾うの手伝うよ」

「す、すいません」

「大丈夫? 私も手伝うね」

「うん、ありがとう」

落ちた荷物を拾うのに加わったもう一人の少女は、金髪のポニーテールに目眼をかけている少女だった。ボブカットの少女と違い、出るとこ出ない
とこがハッキリしているため若干年上に見れそうである。

祐一が手伝いを申し出ると、道の真中で三人は散らばった荷物を拾っているが、二人の少女は少し顔を赤らめながらてきぱきと手を動かしている。

しかし、人通りの多い通りの往来でうずくまりながら荷物を拾うのはかなり邪魔になるので早々に片付けることに専念した。

機敏な動作でほいほいと拾い上げる祐一に習うようにせっせと拾い上げていくと、一分経たない内に全てを拾い上げ、立ち上がって改めて互いの
顔を見つめる。

「これで全部だね」

「「あ、ありがとうございました」」

少女らはペコリ、と大きくお辞儀をすると、祐一に二の句の暇さえ与えないほどのスピードで風の如くその場から立ち去っていった。

そんな後ろ姿を目にしながら呆気に取られつつ祐一はふと呟く。

「あの子、もしかすると・・・・・・」

頭の片隅に引っかかった、という様子で祐一は人ごみの中に消えていった少女の後ろ姿を思い描く。そして、ほんの少しだけ思案すると、決意を

胸に歩みを進めた。

その方角は、街の活気に溢れる街並みの広がる、そして少女が去っていった方向だった。



















「そして、ここに辿り着くわけか」

独り言を呟きながら祐一が仁王立ちしているのは何かと縁のあるファンシスタ城の正門前である。

立派な門の前に佇む祐一と、門の傍らに背筋を伸ばして番をする兵士が二人。門番たちがやたら不審人物を見るようにこちらに視線を送っている
のは気のせいではないだろう。はたから見れば今の祐一は不審人物以外の何者でもない。

「・・・とにかく、行ってみるとするか」

気分を新たに、一応門番に断りをいれてから城の中に入っていく祐一。

門をくぐり、城内に足を踏み入れると、城の中はやはり一国家を司る中心地に建てられた建築物なだけあって豪華である。

真紅の絨毯が廊下にしかれ足元を彩り、見渡せば絵画や花瓶に生けられた花がそのサイドを飾っている。天井を見上げれば宝石のように色とりど
りに輝くシャンデリア、そして天井に直に描かれた壁画の数々。まさに一国の富を象徴した創りと言える。

そんな豪勢な廊下を明らかに場違いだと感じながらも祐一は歩き続ける。周りをキョロキョロ見渡しながら歩く様はまさに挙動不審の怪しい人物である。

まるで泥棒が品定めをするように周囲に目を光らせているように見えるが、実際の所は全く違っていた。

「ここどこ?」

悲しい位にお約束である。

流石にこれだけ馬鹿デカイ城の中であるため、迷うのは必至。しかしながらお約束過ぎる展開に溜息が出そうになった瞬間、横から声をかけられた。

「あなた、ここで何してるの?」

「いや、決して怪しい者では・・・って、確か騎士団の・・・・・・」

「香里。美坂香里よ」

「そうだった、すまんな。なんせ一度にあれだけの人数は覚えるのはタイヘンで」

「そんなことは置いといて。それで、何してるの?」

「人探しだ」

「人探し?」

いきなり城に侵入して人探しをしているなどという祐一の発言に疑いを募らせる香里。

視線で全てを語るように思えるほど、香里の目からは祐一に対する疑いの念が込められていた。

「ああ。ボブカットの女の子で、ストールをかけているんだが」

その瞬間、香りの表情が強張った。いや、躊躇ったというほうが適切だろう。

そして何か決心するようにして口を開いた。

「・・・知ってるわよ、その子」

「ホントか?」

「ええ。ついて来て」

「あ、ちょっと待ってくれよ」

抑揚のない声と人間味のない無表情さをまとい、香里は祐一にそう言い残して先に歩き出してしまう。祐一はその背中を見失わないように急いで
その後についていった。

そしてどこをどう曲がり、階段を上がってどう進んだかなどわからなくなる頃、ようやく香里の足がとある一室の前で止まる。

最初いた所がどの辺りだったかは当の昔に忘れてしまったが、とにかくここが香里と会った場所からだいぶ離れているという事だけははっきりしていた。

「ここよ」

祐一を一度確認するように視界の中に納めると、香里は目の前にある扉を指す。そして扉のノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。

開かれた室内には所狭しと並べられる様々な器具の数々。その他、薬品やら何やらが並び、独特の空気が室内を支配している。

そう、ここは言うまでもなく、ファンシスタの王宮直属の研究施設なのだ。

「あれ? 香里ちゃん、どうかしたの?」

トテトテと子供っぽい仕草でこちらに歩み寄ってきたのは、金髪、碧眼、ツインテール、おそらくロリの属性も追加できるであろう容姿の少女、芳乃さくらだった。

その姿に反し、白衣を着ている様は似合っているのかいないのか悩ましい所である。一部の人間はそのギャップがたまらないなどと狂喜乱舞しそう
だが、ここでは深く追求しないでおこう。

そして少女の頭上にはひし形に縦線が入ったような目をした白い猫形のこけしが乗せられていた。

「芳乃さん、こんにちは」

「こんにちは。ところで、そっちの人は?」

低い身長から上目使いで祐一を眺める仕草が何ともいえない中、その言葉は祐一へと向けられる。

「俺か? 俺は相沢祐一というんだ」

「お兄ちゃんが言ってた人だね。ボクは芳乃さくらだよ。さくらでいいからね」

「わかった、さくら」

元気いっぱいのさくらは笑顔で祐一に挨拶をすると、頭の上からこけしが地面に飛び降りた。

「うな〜」

間延びした声がこけしから発せられると、祐一は白く燃え尽きると同時に室内の端のほうでブツブツと呟き始めた。

「夢だ・・・これはきっと夢なんだ。こんな生き物がいるはずがない・・・・・・」

祐一はこけしのような生き物を見るなり現実逃避を始める。

ブルーテンで出会った毛玉生命体Xことポテトに続き、生物の神秘、ミステリーの象徴を目の当たりしに、脳が拒絶反応を示したようだ。

確かにはたから見ればこけしそのものでしかないこの生き物。祐一がこんなリアクションするのも無理はない。

だがそのリアクションもかなり危険な領域に来ていると見える。瞳の色が薄くなり、徐々に虚ろな眼差しになっている。

「何かパニクッてるみたいだけど、この仔はうたまる。ちゃんとした猫だよ」

「はっ! 思わずトリップしてしまったが、このこけしが猫というのか? 以前出会った宇宙外生命体よりもインパクトを受けたもんで思わず思考を手放してしまった」

「うな〜」

しかし話題の中心たるうたまるは祐一の足に擦り寄りながら鳴き声を上げている。

だが、鳴き声は聞こえるが口が動いている様子はない。まるで腹話術のようである。

それでも猫なのだ。誰がどう言おうと猫は猫である。その事実は変えられない。

生物学的には怪しいが、とりあえず納得しておくべきだろう。でないと極限状態を越えて自我崩壊に至ってしまう恐れすらあるのだ。

ちなみに先程の祐一はその手前まで辿り着いていた。

「とにかく、こいつが猫だということを百歩譲ってさらにオマケをつけてさらにジャパネット○田が手数料を負担するとして認めよう」

「ジャパネットって何よ・・・・・・」

的確なツッコミが香里から炸裂するが、祐一はそれを流しつつ話を進める。

「それはまあ、気にしないでおいてくれ。しかし気になるんだが、さくらの言うお兄ちゃんってのは誰の事だ?」

「朝倉君のことよ」

「返答をありがとう。しかし何でまたお兄ちゃんなんだ? 名字違うし」

「お兄ちゃんとボクとは従兄妹だから。それにこれは昔からの癖みたいなものだから、もう治らないよ」

「ふ〜ん。ま、それは置いといて。危うく当初の目的を忘れる所だった」

「目的?」

「相沢君が栞に用があるからって」

「栞ちゃんなら奥の部屋で研究してるはずだよ」

「ありがと」

そう言って香里はさくらの指し示した奥の部屋へと進んでいくと、祐一もまたそれについていく。

研究室特有の薬品の臭いを身に浴びながら示された部屋を目指す。そして扉を開け中に入ると、そこには先ほどの少女たちが様々な薬品に囲ま
れて作業の真っ最中だった。

だが作業中であることなど気にすることなく、香里は少女に話しかけた。

「栞、玲那ちゃん、研究はどう?」

「お姉ちゃん!」

「あっ、こんにちは香里さん」

すると栞、玲那と呼ばれた少女は満面の笑顔とともに香里に歩み寄ってきた。

二人は作業そっちのけで嬉しそうに香里に駆け寄ると、明るい笑みを向けている。

「お姉ちゃんがここに来るなんて、どうしたんですか?」

「相沢君が栞の用があるそうよ」

「よっ」

「「あっ! さっきの人!」」

祐一の姿を見るなり、咄嗟に声を上げながら目を丸くする二人。

その視線の先には祐一が永年の友人に気軽に挨拶するように、片手を上げながら気さくな挨拶を投げかけたままのポーズで静止していた。

「知り合いなの?」

「街でぶつかった時、散らかった荷物を片付けるのを手伝ったんだ」

「そうだったの」

訊いておきながらだが、香里の態度はとても素っ気無い。

だがそんな姉の態度に少し気をかけながらも栞は祐一に尋ねる。

「それで、何か御用ですか?」

「それもそうなんだが、とりあえず自己紹介しないか?」

「それもそうですね」

「とりあえず、俺は相沢祐一。よろしくな」

自然に振舞う祐一の笑顔が二人を直撃すると、りんごのように赤くなる二人の頬。

そんな表情を誤魔化すように次の言葉をだしてせめてもの照れ隠しとする。

「私は美坂栞といいます」

「私は北川玲那といいます」

「栞ちゃんに玲那ちゃんね。二人ともよろしく。聞く限りだと、栞ちゃんは香里の妹として、玲那ちゃんは確か騎士団にいた・・・おお! 確かアンテナの」

(俺はアンテナじゃねぇ!!)

「むぅ、どこから電波がやって来たな」

「さっきから何一人でやってるのよ」

「すまんすまん。アンテナ・・・もとい、玲那ちゃんは北川の妹かな?」

「はい。そうですよ」

「やはりな。どことなくトレードマークが似ていたものだから」

「確かに兄も癖毛ですからね」

「遺伝、なのかしら?」

「はい。お母さんも金髪で癖毛もちでしたから」

そう言ったときの玲那の顔は先程までに比べ酷く沈んでいた。しかし、すぐにそれを振り払うように笑顔を取り繕う。

祐一もそんな一瞬の変化を気にかけながらも、今すべき最優先事項に移る事にした。

「本題からいささか逸れたが、香里と栞ちゃんに用があるんだ。すまないけど、玲那ちゃんは席をはずしてくれないか?」

「わかりました。それでは失礼します」

一礼してから席をはずし、退出すると部屋には祐一達三人のみが取り残される形となった。

「それで、わざわざ席をはずしてもらったからにはそれなりの理由があるようね」

「まあな。遠まわしに訊くのは煩わしいから率直に訊くよ。栞ちゃん、君は瘴気病にかかっていないかい?」

その瞬間、二人の顔に戦慄が走ると同時に重い沈黙が流れ始める。

室内に氷の塊が放り込まれたように冷たい静寂が訪れる。

「イエス、だね」

その間が答えとしては十分だった。

不自然な間を祐一はイエスの答えとして受け取る。

「・・・はい。私は瘴気病に冒されています」

「やっぱり」

瘴気病。

それは魔性の気、瘴気に対する耐性が少ない人間が患う病で、徐々に体を侵食され、最終的には衰弱して死に至らしめる病である。

瘴気が原因とされているこの病だが、分かっている事はそれだけで、研究が進められてはいるがほとんどが謎のままである。そのため治療法が存
在せず、死病として世に知れ渡り、恐れられている重病である。

即効性がないものの、時間をかけてゆっくりと患者の体を蝕んでいくため、死に対する恐怖は計り知れない。そのため、心を患い精神病を重複し
たり、自殺に追い込まれたりするケースもあるという。

そんな病に冒されている栞。その口から告白された事実を語る表情は絶望に沈み、色を失っている。

「私はもともと、体が弱くて健康とはいえませんでした。そしてある日、私の体が瘴気病に蝕まれている事を知りました」

他人事のように淡々とした口調で話す栞に祐一はつらい質問を投げかける。

「あと、どれくらいだ?」

「・・・こうしてまともな生活ができるのは残り一年だそうです。その後は半年ほどベットの上で・・・・・・死を待つだけです」

自分のこれからを語るにしては悲しい未来。

口にするだけでも辛い事を栞は大きな躊躇いを見せることなく、まるで他人事のように語る。

「だから、私の残りの人生は、私のように瘴気病で苦しむ人たちを助けるために治療法を見つけ出すって決めたんです。でも、残り時間も後わずか。タイムリミットが目前に迫って・・・・・・」

「栞、そんな事言わないで! あとわずかなんて言わないで!」

まるで既に死した哀れなものを嘲笑うかのような口調で語る栞に、とうとう香里の我慢が限界に達し、悲痛な叫びが室内に木霊する。

だが、それは逆に栞の感情に点火させる結果となった。

「でも! 現実に私の体は限界を向かえつつあるんです! もう・・・時間が、ないんです・・・・・・」

今まで我慢して虚勢を張っていた仮面がボロボロと崩れ始めると、感情が涙となって零れ落ちる。

そんな栞の本音が涙となって頬を伝い落ちる光景を眼前にしながらも、祐一は突き放すようなセリフを栞に放つ。

「そうやって死を待ち続けるのか? ただそうやって諦めて、最期の瞬間に打ち震えながら残りの時間を浪費するつもりなのか?」

「だってしょうがないじゃないですか! 方法がない死病に体が蝕まれているんですよ!? 何もできることなんて、ないじゃないですか・・・」

半ば自棄を起こしながら反論する栞だが、言葉を吐き出すにつれて語尾が弱々しく消えていく。

「じゃあ、何のために研究してるんだ?」

「・・・所詮、研究とは名ばかりで逃げてるだけなんですよ。研究している時は生を実感できる。私がまだ生きていることを感じることができる。だから私は研究を続けているだけ」

壊れたマリオネットを思わせる独白とともに、栞の心の内が語られる。

生きる実感を得るために研究という逃げ道に走りつづけ、現実から目を背ける。そうやって世の中のために貢献しているという満足感が栞を潤し、今ここにいるという事を実感できると言う。それは研究していないときの自分は死んでいると同義だと述べているようなものである。

「それでいいのか? それで本当にいいのか?」

「もうやめて相沢君! これ以上栞を傷つけないで!」

たまらず涙を流しながら香里が祐一の言葉を遮るも、祐一はそれに構うことなく厳しい現実を突きつけ続けた。

「それでいいのか? 逃げてばかりでいいのか!? 栞!」

「それしかないじゃないですか! それしか・・・ないじゃないですか・・・・・・」

まるで我が子を怒鳴りつける父親のような口調で叫ぶ祐一に対して、栞は癇癪を起こした子供のように支離滅裂な言葉を紡ぐ。

やがて糸が切れたように膝から体が折れていき、両手が床につけられる。

まだ止まる事を知らない涙が雫となって溢れると、床に敷かれた絨毯に染み込んでいく。

「本当にそう思ってるのか?」

「・・・そんなこと、そんなことあるわけないじゃないですか!」

ようやく聞けた栞の心からの叫び。

心からの願い。

そして心からの生きる事への想い。

「生きたいんだな?」

「・・・はい。生きたいです」

正直な気持ちがようやく栞の口から告げられた。

「これからも大好きなお母さんと・・・お父さんと・・・そしてお姉ちゃんと一緒に・・・生きて・・・いきたいで・・・す・・・・・・」

途中から涙声になり、まともな会話が出来ない状態になりながらも精一杯言葉を紡ぎ続ける栞。

「香里もそうだよな?」

「当たり前よ! 大切な、大切なたった一人の妹を失いたくなんてあるわけないじゃない!」

栞だけでなく、香里にもまた心を抉るような質問を投げかけると、香里はさも当然という様子で返答を叫ぶ。

「ありがとう。二人からその言葉が聞けてよかった」

二人の本音に満足そうな表情を浮かべながら、祐一は親指程の大きさの小さな瓶を取り出すと、その中には透明な液体が入っていた。

無色、全く色のない液体ながら、何故か言い表せない色彩に染まっているような気にさせる不思議な液体だった。

「栞ちゃん、これを飲んでごらん」

「なんですか? これは」

「『天使の涙』といわれる一種の薬でね。その効果は霊薬エリクサーとほぼ同質と言われている幻の薬だ」

霊薬エリクサーとはどんな病もたちどころに治るとされる万能薬である。それとほぼ同質の効力を持つという事は、栞の病も治せるという事になる。

「エリクサーと同質!? ホントですか!?」

「ああ」

「それじゃあ、これを飲めば栞は助かるの!?」

突然降り注いだ光明に驚愕しながらも喜び、現実であるにもかかわらずまるで幻を手放さないようにと必至になる二人。

人生の終わりを意味する死という名の終着駅しかなかった栞の人生に生きるという分岐点が現れたのだ。これが喜ばずにいられない。

「間違いなく、と言っていいと思うぞ」

「嘘じゃないですよね」

「俺は人の不幸を嘲笑う趣味はない」

「偽物じゃないの?」

「入手ルートからして信憑性はこれ以上ないくらい高い」

「ただの水じゃないですよね?」

「その心配はない。とにかく! 騙されたと思って一気に飲め!」

「騙したんですか!?」

「ええい! つべこべ言わず黙って飲んじまえ!」

不毛な言葉のやり取りが続き、半ば切れ気味の祐一に押し切られ、栞は天使の涙を飲むことを決意する。

「逝きます」

「ニュアンスが違うぞ」

「気にしないで下さい」

この期に及んでこんなことを言っている栞を見て、祐一は密かに放っておいてもまだまだ生きるのではないかと疑問を感じたりしていた。

ともあれ、清水の舞台から飛び降りるかのような面持ちで瓶を片手に生唾を一度飲み込むと、栞は一気に中身を飲み干した。

そして、ゴクリ、という音ととも瓶に入っていた液体は栞の細い喉を通って体内へと入っていった。

「栞、どう?」

「う〜ん・・・何だか実感が湧きません」

栞の傍らで固唾を飲んで見守っていた香里が心配そうに声をかけると、栞は曖昧な答えを返す。

確かに、怪我とは違うため傷がなくなるわけでもないので、効果がしかと発揮されているかは眼で確認する事は出来ない。それが今の二人にとっては不安の種であった。

「おそらくこれで大丈夫だと思う。瘴気病特有の気配が徐々に薄れてってる」

「ホントですか!?」

「ああ。後で念のために診察を受けて裏付けを取っておくといいだろう」

「ありがとうございました」

そう言って短めな髪を振り乱しながら泣き笑いの状態で深々とお辞儀をする栞。

「それじゃ、俺はこれで失礼するよ」

厳しい現実を突きつけ、心を抉るような真似をした事への後ろめたさと、栞の見せた心からの涙に居心地の悪さを覚えた祐一は早々に退散する
事にすると、ただそれだけ言い残して祐一は栞のいる部屋を出て行った。

隣の部屋で聞き耳を立てていた玲那とさくら、そしてうたまるに軽い挨拶をしてから研究室を去り、城内の廊下を一人歩いていると後ろから誰かが
声をかけてきた。

「相沢君!」

「ん? 香里。どうかしたか?」

見ると香里が駆け足でこちらに走り寄って来た。

「お礼、まだ言ってなかったから」

「別に気にしないでいいって。それに俺も酷い事、かなり言ったしな」

「確かにそうだけど、それは私たちの心からの想いを聞きたかったからでしょ? それに死にそうだった妹を助けられて挨拶無しじゃ寝覚めが悪いわ」

「確かに」

「改めて、ありがとう。本当に助かったわ」

そう言ってお辞儀をし、顔を上げた時の香里の表情は先ほどとは比べ物にならないくらいに輝いていた。それこそ眩しくて目を瞑ってしまいそうなほどに。

「その笑顔、栞ちゃんに見せてやりな。ここに来た時に見せたのとは全然違うぜ」

「・・・そうかもね。今まで、栞が死ぬ事から逃げて栞を、自分を偽っていたのかもね」

「いつもピリピリしてたのはそのせいかな?」

「そうだった? 自覚してないんだけど」

「俺が舞と戦った時なんて、明らかに敵視してたからな」

「イラついてたのかもしれないわね。自分の不甲斐なさに、現実の厳しさに、なによりそんな中で一番苦しいはずの栞の事をちゃんと理解してあげられなかった自分自身に。どこかで気が付いていたのに気が付いていないフリをしてたのよね。だから一人で苦しんでる気になって、周りに八つ当たりして、結局何も出来なくて」

そんな自嘲の独白に耳を傾けながら祐一はただ香里の口から語られる懺悔にも似た言葉の羅列を聞いている。

ただ口を動かさず、耳だけを働かせ、香里から告げられる心の内を耳にしていた。

「でも、今日相沢君が言ってくれなかったら、いつまでも逃げてばかりだったかもしれないわね。自分の中にいつまでも閉じ込めておいたホントの想いを思い出させてくれた。おかげで自分に素直になれたわ」

そこで一度言葉を区切ると、深呼吸をしてからタイミングを取り、改めて祐一に向けて言葉を送った。

「だから、妹を救ってくれた事、私を救ってくれた事、二つの事であなたに感謝するわ。本当にありがとう」

「それが香里の本当の声、本当の笑顔、本当の姿だという事を忘れないでくれ。そして、今日あの場所で見せた栞ちゃんの弱さもまた栞ちゃんの本来の姿だという事も。人は決して強くないし、一人で孤独に生きては生けない。支えがあるから生きていける。だから互いの存在を大切にしてくれ。例え、命の灯火が消えかかっていても、現実から逃げるんじゃなく立ち向かう勇気を持つんだ。勇気は力じゃない。心だ」

「勇気は、心」

今度は祐一から送られた言葉に含まれた大切なキーワードを受け取り、それを心に刻むように復唱する香里。

今の香里にはその意味がしっかりと感じ取る事が出来た。

「そう。さ、早くその笑顔を栞ちゃんに見せてあげろよ」

「ええ、わかったわ!」

本当の笑顔を取り戻した香里は姉妹として再スタートを切るために再び妹の元へ走り去っていった。

満足げな表情を浮かべながら祐一は香里の走り去る後ろ姿を見守ると、その後ろ姿が見えなくなるまでそこに立っていた。

やがて見えなくなった香里の姿を確認すると、再び足を動かし始め、城を後にする。

だが、この後お約束として道に迷った事をここに記し、今日巡り会った姉妹愛の劇の幕を下ろすとしよう。





To be continued・・・





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