第23話 廻り始めた歯車
  ファンシスタから程近くにある平原と森。緑一色覆われた平原の傍らに構える森の入り口には、さらに色濃い緑の葉を着飾った樹木が並んでいる。

  その平原にて奏でられる耳を刺すような鋼の音色は不規則に刻まれ続ける。

  時に素早く、時には緩やかに奏でられる音色は鼓膜を刺激し、背筋をピンと張らせる力を持ち合わせていながらも、美を感じさせる不思議なものだった。

  そして、その音色の演奏者は二人。

  一人はしなやかな髪を振り乱しながら地面を蹴り、両手に握られた鞭で視界をちらつく標的に狙いを定める少女。

  そしてもう一人は銀の髪を風に踊らせながら片手に握られた剣を寸分の狂いもなく操り、自分に牙を向くものを払いのける青年。

  ことりと祐一は互いを鋭い視線で射抜きながらしのぎを削るような戦いをしていた。

  白風が舞えば祐一の剣が風を斬り、その舞いを止める。

  祐一の剣が走ればことりの白風がうなりを上げ、その軌道を乱す。

  一歩間違えば怪我ではすまない真剣な駆け引き。そんな一瞬の気の緩みも許されない死を間近とした時を共有しながら時間の経過を見てみれ
  ば、時は既に30分程この光景が続いていた。

  そして地面を踏みしめ、互いの間合いの外に立った二人。

  「うし、今日はこれにて終了」

  「はぁ・・・はぁ・・・ありがとうございました」

  そう言って息を切らしながらことりは地面にペタンと座り込む。

  対する祐一はまだ余裕があるようだ。汗は流れているが、その量はさほど多いとは言えず、息も上がっていない。

  何故二人がこんな事をしているのかというと、ことりの頼みにより祐一がことりの鍛錬に付き合っているのだ。

  ファンシスタについてから定期的にことりと組み手のような形での鍛錬を続け、ことりは日々精進し、祐一は感覚を鈍らせないようにとやってきた。

  今日もそんな鍛錬の一風景だったのだ。

  ことりは一度大きく深呼吸してから森の木陰へと移動し、改めて休息を取る。その近くに祐一もまた歩みより、腰を下ろした。

  「いい天気だね」

  「ああ、そうだな」

  縁側でじいさんばあさんがしみじみと呟くようなセリフを漏らす二人。それほどまでに天気がいいということだろう。

  流れる雲をどこまでも追いかけるように視線を動かしていると、目にとまったシルエット。黒い翼をはためかせ、こちらへと飛んできたのは一羽のカ
  ラスだった。

  そして、徐々にこちらに近づくにつれ、はっきりと見えてくるカラスの姿は、よく見ればそのくちばしになにやら紙のような物が咥えられている。

  そしてその紙を祐一の頭上でくちばしから離すと、何処かへ飛び去ってしまった。

  「何だったのかな?」

  「さあ?」

  急な展開について行けない二人。

  とにかく祐一はその紙を手にとり、見てみれば何やら便箋のようなものだった。

  そしてそれを開き、中に収められていた手紙を取り出すと、記されている文字の羅列を読み取る祐一。だが、その表情は眼の動きが加速するととも
  に険しさを増していく。

  やがて文字を追いかけていた目の動きが止まると時を同じくして、祐一は反射的に後ろを振り返ると声を上げた。

  「誰だ!」

  すると、森の中から全身を怪しげなローブに身を包み、体のパーツを全く見せない格好で現れた謎の人物が一人、姿を見せる。

  「御方からの書状を預かっております」

  そう言ってローブの下からまたしても便箋と思し着物を差し出すその腕は肌色ではなく薄黒い色に染まったものだった。

  「どいつもこいつも人使いの荒い奴等だ。伝えておいてくれ。厄介事は勘弁してくれってな」

  「承知しました」

  それだけ言い残して怪しげなローブの姿は森の奥へと消え去り、気配もろともに消え去ってしまった。

  「一体、なんだったの?」

  「ことりにはまだ早すぎる事実だ」

  呆気に捉えることりに祐一はいつになく突き放したような言葉で答えた。

  だがそれがことりの中にまだ芽を出していなかった焦燥感に栄養剤を打ち込むこととなる。

  「いつか話してくれる時が来るの?」

  「・・・その時はこの世界が狂った時だな」

  「それじゃあ、聞きたくないね」

  「ああ。それより、俺はこれから行く所が出来たからここでお別れだ」

  物を語るにしてはお互い無愛想で、無干渉に見える態度での会話だったが、感情を表にいちいち出して話せるほど穏やかな会話の内容ではなかった。

  連絡事項を確認するような冷めた声での会話。しかしその奥には紛れもなく荒波のように狂う感情が押さえ込まれていた。

  「一つ、訊いていい?」

  「何を?」

  「お別れ。今日は、だよね?」

  その眼に浮ぶ色は不安。

  その手をすり抜け何処かへ消え去ってしまうという喪失感を予期してか、雨に濡れる子犬のような表情で祐一を見つめることりの姿は、先ほどまで勇ま
  しい姿で戦っていたものとは思えないほどである。

  むしろその色は自分で口にして、なお現実味を強くしてしまったのかさらに強く、深くなっていった。

  「ああ。『今日は』、お別れだ」

  ただそれだけを残して祐一はその場から去っていった。

  祐一を見送ることりの背中は、不安で押し潰されそうでとても脆く、儚げに見えた。




















  肌寒い空気。しかしながら天気は良好。上を見上げればより近くなった空と雲。

  ここはファンシスタから東に進み、国境近くに存在する山脈の一角である。

  祐一はことりと別れた後、白翼神に乗り全速力で飛ばしてもらってここに辿り着いたのだった。

  「アイツも面倒な事を押しかけてくれるな」

  と、ぼやきながら山道を駆け登る。

  常人では考えられないスピードで急勾配を駆け上がり、目的の地を目指す。

  程なくして斜面が穏やかになり、少し開けた台地に辿り着くと、祐一は目を見開きながら驚愕の声を上げた。

  「おいおい・・・冗談だろ?」

  冷や汗混じりにそんな呟きを漏らす祐一。

  彼をそう至らしめたもの。それは目の前に広がる光景が原因だった。

  祐一の目の前に広がる情景。それは体の至る所に線が走り、血を垂れ流しながら息絶えた巨大な一つの亡骸。

  それはまさに龍の死骸であった。

  「ドラゴンの上を行く龍族。その中でも格上の暗黒龍をここまで痛めつけるとは・・・・・・」

  祐一が言うように、この龍の正体は暗黒龍と呼ばれるドラゴンとは別の種族で、翼を持たない細長い体躯をした種の生き物だった。

  それが一体とはいえ、これほどまでに酷い有様で死を描写しているのは流石の祐一でも驚いたようだ。

  祐一はその名に相応しい黒く強靭な皮膚につけられた無数の切り傷を手で確かめるように触り、何やら探りを入れている。そして手を離すと、その

  顔には何か確信めいたものが浮んでいた。同時に何故か笑みもこぼれている。

  「アイツか。また腕を上げたようだな」

  しかしその言葉が終わると時を同じくして。

  (殺気!!)

  地面が砕けるとともに大地を揺るがす震動があたりに響き渡ると同時に砂埃が巻き起こる。咄嗟に殺気を身に受けて、祐一はその場から飛びのく
  と同時に腰の鞘から剣を抜き、臨戦体制を取った。

  そして砂埃の中から飛び出した影を補足すると、間髪いれずに地を蹴り、反撃に出る。

  宙で交差する際に生まれる鋼の共鳴とともに、岩場を利用して不規則な動きで戦いを繰り広げる祐一達。しかし、そんな場所云々など気にかける
  ことなく、祐一とその標的はまるでダンスを踊るように華麗な戦いを繰り広げていた。

  幾度となく交わされる力と力のぶつかり合い。それはまるで言葉を交わすようにじっくりと、噛み締めるようにしっかり繰り返された。

  祐一が薙ぎを入れれば瞬時の屈伸運動から繰り出される下段からの攻撃。兆弾のような動きで地面を蹴り、襲いかかって来る相手の攻撃を悟れ
  ば、祐一もまた片足を軸とした回転運動から回避後の反撃を試みる。

  そうやって死と隣り合わせのやりとりを重ね、時間の経過を忘れながら一心不乱に衝突し合う。

  やがて、同時に地を蹴り、二つの影が太陽の下で交差すると同時に、美しくそして強靭なメロディーに幕が降ろされた。

  「我が弟ながら相変わらずだな。いや、腕を上げたと言うべきだな、白斗。にしてもご挨拶だな。いきなり奇襲とは」

  「懐かしい匂いがするんで来てみたら、アニキの姿が見えたからな。血が滾って仕方なかったんだ」

  祐一を襲撃した影の正体は、身長にしてみれば160前後の小柄な体格で、全身をボロボロのローブのようなもので覆い、頭だけを出した姿をしている。

  その顔つきは体格よりは大人びているものの、まだ大人と呼ぶには躊躇われる感じで、水色の髪は乱雑に切りそろえられている。

  それが白斗と、そして弟と呼ばれた少年の姿だった。

  「それにしてもアニキも相変わらずだな。ここに来たって事は・・・」

  「ああ。アイツ等からの依頼だ。暗黒竜を仕留めてくれとな。ま、お前のおかげで手間が省けたけど」

  「厄介ごとを回されたわけか。俺もこんなことするつもりじゃなかったんだけど、麓の街で龍を見た、っていう噂を耳にして面白そうだから首突っ込んでみた」

  「だが、暗黒龍も今のお前じゃ相手にならなかった、ってか?」

  「まあな。流石に今まで怠けてた覚えもないし。これくらい出来なきゃいつまで経ってもアニキに勝てやしない」

  軽口を叩く祐一にさも当然という様子で胸を張るように言う白斗。それは自己陶酔でもなく紛れもない自信から来るものだった。

  「相変わらず負けん気の強い奴だ。それよりこれからどうする? また旅に出るのか?」

  「いや、アニキについてく。退屈しないですみそうだから」

  「勘がいいな。これを見れば退屈なんて言葉、当分言わなくなるだろうさ」

  祐一はそう言って先ほど受けとった二通の手紙のうち一通を見せる。

  白斗は無言でそれを受けとると、便箋を開いて中にかかれている内容に眼を通す

  そしてその顔は徐々に険しさを帯びていった。

  「・・・これ、拙いだろ? いくらなんでもおかしい」

  「ああ。またとんでもない事になりかねない。いや、確実になる」

  厳しい表情で語る祐一は誰が見ても恐い、と口にしたくなるほど張り詰めたものを発していた。

  苛立ちを隠さずに周囲に振りまき、周りの人間をたじろかせるような雰囲気。だがそれとは比にならない程の空気を祐一は身にまとっていた。

  「残念だったな。せっかく手に入れたっていうのに」

  「これもまた運命だ。そしてその運命に抗うのもまた運命。さて、客人を出迎える準備でもするか?」

  「あまり笑える冗談じゃない。が、準備は確かに必要だ」

  「それじゃ、行くか」

  「ああ」

  二人はその場を後にした。

  そこに残されていたのは龍の亡骸とこれから先の世界を案じさせるキーワードがいくつか。

  しかし、それでも空は青かった。























  金色の髪をなびかせて立つ男。その手に握られた突撃槍が天高く自己主張をしている。

  その傍らには黒髪の長髪をなびかせながら三股の矛を手にして優雅に佇む女性が一人。

  「味気ないですね」

  「そうよね。それより」

  「ええ。とにかく行きましょうか」

  短い会話を残して二人はその場を去っていった。

  その背中は勇ましさとともに華麗さを放っていた。



















  豪胆という言葉が似合う強靭な巨躯。

  男は肩に担がれた二メートル程ある大きさの大剣とともに威風堂々という姿をさらしていた。

  「そろそろか」

  無愛想に言い放ち、歩を進める男。

  「久々だな。アイツ等と会うのは。いや、会うと決まったわけではないか」

  渋い笑みを口元に浮かべ、自分の言葉を笑う男。

  歩くたびに大剣が鳴らす音を響かせながらその場を去っていった。



















  オレンジ色の輝きの中で薄く笑いを浮かべる人影。

  不気味に担がれたその物体は周囲の色に馴染む真紅の大鎌。それを肩に乗せながら地面に腰を下ろしている。

  「お時間ですね」

  ゆっくりと腰を上げると、そんな事を漏らす。

  「次はもう少しマシなイベントを期待するとしましょうか」

  今までの出来事に失望を抱いているのだろう。不満を漏らしながら足を動かす。

  そして男はこれから起こる事に期待感を膨らませその場を後にしていった。



















  場所は違えど、彼らの去った後には一つの共通点が残されていた。

  それは彼らの立ち去った場所を見れば一目瞭然の事だった。

  大地に転がる物体。

  漂う腐臭。

  肌にまとわりつくような厭な空気。

  そこには地獄絵図さながらの光景、築かれた骸の山があった。

  果たして彼らの向かう先には何が待ち受けているのか。

  世界の歯車は動き始める。

  狂々と、狂々と廻り始める。







To be continued・・・




  注: 文字用の領域がありません!