第24話 It’s show time.
  暗闇に沈む一室に悠然と作られた玉座。薄暗い室内を灯す少ない蝋燭の明かりが不気味な輝きを放つこの部屋の窓からは、横殴りの雪が外の
  世界を支配している。

  そしてその玉座に佇む人影。ソレはグラスを片手に優雅なひと時を過ごしているが、その体から発せられるものはあまりにも邪悪。器の液体を回し
  ながら不敵な笑みを浮かべ、弱者を嘲笑うように喜々としているその表情は背筋を凍らせるには充分だった。

  「くっくっくっ・・・・・・。さあ、楽しい宴の幕開けだ」

  心の底から湧き出る歓喜を押し殺し、今にも嗤い出して止まらなくなりそうな感情を押し留めながら漏らされた呟き。その骨の隋まで犯してしまいそう
  な毒気に満たされた声が人気のない空間にやたらと響く。

  宴の始まりを告げる声はあまりにも不気味で、死を刷り込ませるほどに醜悪な声だった。















  祐一が白斗と再会を果たした翌日の事。祐一はことりを気にかけていた。

  と言うのも、去り際にあのような瞳で見つめられたら嫌でも気にかかるというものだ。というわけで白河家へと向かっている。

  その横に白斗の姿はない。白斗が、ぶらついて来ると言い残して何処かへと消えてしまったからだ。

  そのため、一人雑踏を掻き分けながら一度しか足を運んだ事のない目的地を目指して歩く。幾度か余計な場所を曲がってしまったものの、どうに
  か辿り着く事が出来た。

  「ごめんくださ〜い」

  コンコンとドアを叩いて呼びかける。

  「は〜い」

  程なくして中から透き通った声が聞こえてきた。それは祐一にとって耳に馴染んだものだった。

  そして扉が開かれたその先には、祐一が思い描いていた姿がそのまま存在していた。

  「おっす。ことり」

  「あっ! 祐一君、こんちわっす」

  気軽な挨拶を互いに交わすと、ことりは祐一を招き入れリビングに通す。

  家の中には静けさが漂っていることと、他に人気を感じない所から察するに姉の暦は外出中、というより研究室に出勤しているというほうが正しいだろう。

  「コーヒーでいいかな?」

  「ああ、ありがとう」

  セオリー通りの接客と反応。

  ありふれた日常の一コマを描く会話。

  そして室内を満たし始めたほろ苦い香りが鼻をくすぐる頃、ことりがコーヒーを入れたカップをと二つ持ってやって来ると、祐一の前に差し出し、自
  分も席に座る。

  二人は最初の一口を口にしてから言葉を発した。

  「今日はどうしたの?」

  「なんとなくな。昨日は後味の悪い別れ方だったから」

  「わざわざ気を使ってくれたの? だったら嬉しいなぁ」

  照れ隠しにコーヒーを口にしながら、嬉しさをひた隠しにしてそんな事を言うことり。

  しかし目の前の祐一の態度は対照的だった。

  「それともう一つ、用事があってな」

  「用事、ですか?」

  「これを渡しておこうと思って」

  そう言って祐一が取り出したのは二つの石だった。

  形は楕円系の丸みを帯びた石で、両方ともカラーは透き通るような青色をしている。

  「これは?」

  「それは本来、白風に付いている物なんだ」

  「白風に?」

  祐一の言葉を聞いてことりは白風を取り出し、テーブルの上に置く。

  そしてよく見れば柄の部分に程近い所に、二つの石の形に似たようなくぼみがそれぞれ一つずつ存在していた。

  「ここにはめ込むの?」

  「そうだ」

  言われるがままにその石を白風にセットすることり。

  何か起こるのかと胸躍らせるが、別段何が起こるわけでもなかった。

  「・・・何も起きないね」

  残念そうなことり。おそらく突然光り出して、みたいな心踊る展開を想像していたのだろう。苦笑いを浮かべながら白風と祐一を交互に見つめている。

  「今はまだその時じゃない。だが、いつか必ず必要になる時が来る」

  「それまで秘密、ってことっすか?」

  「いや。時が来れば嫌でも分かる」

  ここに来てから祐一の表情は硬いまま。むしろ表情がないというほうが似合うかもしれない。

  言葉だけを書き並べればただ真面目な会話である。だが、それだけでは感じ取れない張りつめたものを祐一の表情は帯びていた。

  ただ淡々と言葉を並べているだけのように見えるその態度は、いつもの祐一らしくないことは明らかである。

  そんな祐一の態度に気がつかないほどことりも鈍感ではない。

  しかし、気がついているからこそ何もしない。それは祐一に何か考えがあってからこそと思ってのことだろう。

  そう思うと、ことりの普段通りの態度がただの空元気に見えてしまい、哀れ以外の何物でもないと思えてしまうというのは心苦しい限りである。

  「用はそれだけだ。俺はこの辺で失礼するよ」

  「もう? ゆっくりして行けばいいのに」

  「こっちも色々とすることがあるから。それじゃ」

  そう言って立ち去ろうと、リビングのドアの部に手をかけた時、祐一の体の動きが止まると、何か思い出したように言葉を補足した。

  「それと忠告を一つ。次何かあったら、ことりの望みを自分の力で叶えるんだぞ」

  「う、うん」

  ことりは祐一が何を言っているのか分からなかったが、とにかく頷く事しか出来なかった。

  狐につままれたような表情で立ち尽くすことりをよそに、祐一はそそくさにその場を後にしていった。

  この時祐一から送られた言葉の意味をことりが理解するのはもう少し先の事となる。

  そう遠くない未来の話で。























  花弁が舞っている。

  可憐に、優雅に、そして華やか宙を踊っている。

  風にその身を任せて薄く桜色に染まった自身の分身を散らす桜の木。

  サーッ、という風がすり抜けると聞こえてくる木の揺れる音。そして花弁がその枝から離れる音。

  それはひどく幻想的で、芸術的であるにもかかわらず、どうしてこんなに恐怖という感情を植え付けるのだろうか。

  薄暗い闇の中。

  日の光も、月明かりも届かない闇の中。

  暗く沈む世界に咲き乱れる一本の大きな桜の木は、その身を誇示するには随分貧相な舞台上で咲き乱れていた。

  そんな風景がこの桜を甘美という正の思考ではなく、畏怖という負の思考へと導いているのだろう。

  「これが噂の桜の木か。なんと美しい」

  そう言って、桜の木に触れながら感嘆の声を心から漏らす者もいた。

  その瞳は酔いしれ、目の前の情景を二度と忘れぬために網膜の奥まで焼き付けるかのように凝視している。

  酒の入ったうっとりするような眼差しで、短くも長い鑑賞時間にピリオドを打つ。

  「これが注文の品ですね。たしかに我々のパーティーには相応しい、いや、手に余るほどの代物だ」

  今度は肌で感じるためにその手を桜の表皮に這わせ、撫でまわし、手触りを楽しむ。

  大きさからしてかなりの樹齢を誇るであろう桜の木は、遠目から見てもはっきりと分かるほどに表面の凹凸が鮮明に浮かび上がっている。

  だが、そんな時の流れを感じさせる不規則な感触もまた、この木の美しさを表現する一つと捉えるようにじっくりと手を這わせる。

  「しかし勿体無いですね。このような素晴らしい一品を愚者の餌とするのは」

  落胆とともに溜息を吐くと、木の幹に腕を回し抱きかかえるようなポーズをとる。優しい抱擁は包み込むにはあまりにも大きすぎて、全てを包みきれ
  ず、逆に張り付いているように見える。

  恋焦がれる乙女のように目を輝かせながら今という瞬間を楽しむ。永遠の別れの前にその感触を忘れないように。その中でふと漏らす呟き。

  「・・・こっそり頂いてしまいましょうか」

  我ながら名案と言わんばかりに思いつきを口にする。

  「そうですね、そうしましょう。他にいくらでも脚色する手立てはあるはずですから」

  「来てみれば案の定これか」

  その背後から別の声が響く。

  その言葉には嘆息が混じっている。

  「それは我々の前奏を奏でる大切な楽器だ。代わりは探せば済むと言うが、面倒な事この上ない。お前の道楽に我々を巻き込むな」

  「道楽という言葉は聞き捨てなりませんが、今は見逃しましょう。惜しいとは言え、あなたの言う事も一理ありますね。前奏が素晴らしくなくては
  パーティーの盛り上がりに欠けますから」

  「理解が早くて助かる。それでは、手はず通り頼むぞ」

  「言われなくても。指示には従いますよ。我らが主の命には、ね」

  釘を刺すように言葉を言い残し、後から表れた声はその気配を消した。

  桜に想いを馳せていた者もまた、改めて桜の木に向き直ると、その両手を木の幹に添える。

  「さあ、開幕です」

  込められる力。

  吹き荒れる風。

  周囲を取り巻く空気が何かの支配下に置かれ、全てを拒絶するような結界を形成する。

  不可視の力の流れも今なら克明にその姿を露呈しているのはこの者の力なのか。

  激しく揺れる木の枝のことなど気にかけることなく、事態は進行の歩みを止めない。

  そして一段と強くなり突風が吹き荒れると、すぐに風の流動は収まる。

  儀式を執り行っていた者もまたその役目を果たし、力を込めていた腕をダランと重力に逆らうことなく脱力させる。そして一息つくように息を吐き出
  し、一度新しい空気を取り込むと、その表情を醜悪に歪めて笑った。

  「さて。It’s show time」

  風に乗せられ消えていった言霊はこれから起こる出来事を予言していた。

  だが、その事実をここにギャラリーがいない時点で誰も知るよしもなかった。

  全てが静けさに飲まれていく頃、桜の木の訪問者もまたその姿を何処へか消していた。
招待状は届けられた





前奏を奏でるオーケストラの準備も完了した





宴の用意は万全である





さあ、招待状を片手に走りたまえ





参加資格は己の命





メインイベントは悲鳴とともに逃げ惑う者達のダンス





そして弱者の奏でる地獄の悲鳴





その命、散らさぬために己の全てを持って逃げ惑い、泣き叫べ





自分の最期をどう演出するかは個人に委ねられた





生にしがみつき、惨めな醜態をさらしながらも生き長らえるも良し





または己の終幕を見切り、自ら華々しく命を散らすも良し





ダンスホールを去るとき、それは己の死を意味する





パーティーの終幕は自らの命を守り抜いた事を意味する





さあ、あなたはどの道を選ぶ?





生か死か





天国か地獄か





はたまた全てが地獄なのか





結末を知る者は誰もいない





終焉を見届けるものこそが勝者





あの世で閻魔の採決を受けるものが敗者





それが真実





それが未来





それが最終的な結末となる





進む先に待ち受けるのは絶望





しかし、その絶望に打ち勝ち、果てしなく続く暗闇のロードを駆け抜け、望んだ結末を手に入れろ





さあ、総てを賭した宴の始まりだ注: 文字用の領域がありません!