第26話 双子の祝福
すさまじい爆音とともに告げられた祭りの開幕はファンシスタに住む人々に戦慄を覚えさせるには充分だった。
城からは立ち上る黒煙。その発生源は城の作りの中でも上部に位置する場所。そこは紛れもなくファンシスタ城の玉座、つまり国王
がいる場所であった。
不運な事に今日の国王は何の予定もなく、玉座に構えるかその奥に控える私室でイスに座り、書類とにらめっこをするかであった。
だが、王宮内部でも顔の利く秋子にはわかっていた。国王は確実に危険のど真ん中にいるということを。
そのため急いで走る。騎士団総出で玉座を目指してひた走る。
そのとき、ガシャンという音ともに廊下の窓ガラスが割れ、砕けた破片と乱反射する光を纏いながら廊下に飛び込んできた影が一
つ。
思わず全員が臨戦体制をとるが、狭い廊下故に戦える人数も少ないため地理的には圧倒的に不利。そんな状況確認をしながらも戦い
に備え、武器を構えると、飛び込んできた影は立ち上がり、秋子達に向き直る。
そして見た目よりも大人びた声で言った。
「これ以上先に行っても無駄だ。この先は既に地獄だ」
突如現れ、言葉を発したのは白斗だった。
「何者ですか、あなたは?」
明らかに不審者を見る目で秋子は白斗を射抜く。
もちろん変な動きをすれば即攻撃という体制で構えながらである。
「俺は白斗。アニキの、いやあんたらの言う相沢祐一の仲間だ」
「アニキ? お前は相沢の弟か?」
「あまり似てませんね」
「今はそういうことで納得しておけ。とにかく今は何も言わずここから脱出しろ。でないとあんたら死ぬぞ」
「信用しろと?」
香里が白斗を訝しげに見ると、白斗はその身にまとう空気を一瞬で別のものに構築した。そして威圧感のこもった声で答える。
「別に。だが、後悔するのは自分だ」
誰もが勝手な言い分だと怒りを露にしたくなるような挑発的なセリフで白斗は言う。だが誰もがそれを受け入れる事しか選択肢は残
されていなかった。
なぜなら白斗から発せられる不可視の力がこれ以上先に行く事の恐ろしさを伝えているのである。そのため誰もこの先に行こうとは
思わなかった。
「あんたら騎士団にしてみれば王の命は最優先事項だろう。だがな、既に玉座は壊滅した。それにランクの高い奴には分かるはずだ。この先に群がる気配が既に人に在らざる者達ということが」
その瞬間、秋子を筆頭にSランク以上の実力を持つ者達は悟ってしまった。白斗の言う通り、この先から感じられる気配は人ではな
く魔の存在であるということを。
それは認めたくはない現実。
しかし認めなくてはならない事実。
だからこそここで足踏みをしているわけにはいかなかった。
「悔しいですが、私たちにはもうここから逃げる事しか出来ないようです・・・・・・」
下唇を噛みながら悔しげに秋子は言う。
その思いは誰もが共通、とくに気配でこの先の惨状を悟った者達はその思いが一層強かった。
「理解が早くて結構。行け」
白斗に先導されるように秋子達はもと来た道を引き返し、この魔の巣食う城から一刻も早い脱出を目指して動き出した、はずだっ
た。
それは音夢の言葉で明らかとなった。
「あれ? ことりは?」
「そういえば、芳野さんもいませんね」
キョロキョロと周囲を見回す一同。
だが、小さいさくらはまだしも、ことりの姿が確認できない。
結果として両者ともその場にはいなかった。そして純一は気づいた。
「そうか! 暦さんだ!」
そう、ことりは暦の身を案じて研究室へと向かったのだ。おそらくさくらに場所の案内を頼んだのだろう。
「おい、美坂! 今日は栞ちゃんここに来てなかったか?」
「拙いわ! 栞も今日ここに来てる!」
「玲那もだ。俺たちも行かないと!」
北川と香里もまた自らの妹達がこの城に来ていることを思い出し、血相を変え始める。
栞は瘴気病から解放されたとはいえ、その研究を諦めてはいなかった。そしてその研究の手助けをしていた玲那もまた、栞とともに
この場に居合わせている事は間違いない。
一人でも多くの人の命を救い、苦しみから開放したいという願いも今日だけは皮肉な運命に嘲笑われているかのようだった。
だが、運命はさらに過酷なものへ進化すべく、加速していった。
「なんですか!?」
「天井が壊れたよ!」
突如天井の崩壊を告げる破壊音がフロア―に響き渡ると、砂埃とともに瓦礫が降り注ぐ。
そして塞がれた視界の先には何やら邪な気配が多数存在していることが感じられた。それは紛れもなくこちらに敵意を剥き出しにし
ている事はすぐに察知する事が出来た。
反射的にそれぞれが武器を手に取り戦闘体勢を取る。
やがて晴れた視界の先には初見の異形たちがウジャウジャと群がっていた。
幸い逃げ道となる方は塞がれていないため、脱出することに支障はなかった
「とにかく、ここから早く立ち去ろう!」
「でも! 栞が!」
香里の悲鳴が耳の奥に叩きつけられる。
香里と北川にとって魔物の出現はあまりに突発的な事故だった。研究室への近道が閉ざされたのである。
「今は逃げるのが先だ!」
「でも栞が! あの先には栞が!」
「落ち着け! 美坂!」
香里は北川の喝に肩をビクッと一度震わせ、困惑の眼差しで北川の瞳を見つめる。
「落ち着け。落ち着くんだ。まだ死んだと決まったわけじゃない。それに白河さんが向かってる。だからまだ希望は残ってるんだ」
北川の必死の呼びかけに対して香里の顔に血色が戻り、死人のように青ざめていた顔が元の表情へと復活する。
戸惑っていた眼差しもまた光を取り戻していた。
「・・・・・・そうね。白河さんが向かっている事を信じて今は自分達のことを最優先にしましょう」
「あんたらは先に逃げろ。あんたらの妹たちのところへは俺が行く」
「場所わかるのか」
「俺は気配に敏感だ。人か魔物かの区別くらい寝ててもつく」
「・・・・・・頼んだぞ」
「ああ」
そして秋子達はその場を去っていった。
白斗は再び入って来た窓から飛び出すと、一直線に降下していく。
王宮の上部、それは地上から約50メートルである。城の側面にはろくな突起もなく、登るにも降りるにも容易な所ではない。
だが、そんな場所から現れ、去っていった白斗の存在を誰も疑問に思う暇は残されていなかった。
「白河さん! こっちだよ!」
「うん!」
純一の読み通り、ことりはさくらを連れて暦の元へと急いでいた。
こちらはまだ魔物の侵攻が行われていないようで、スムーズにここまでやってくることが出来た。
脳裏によぎる最悪の光景を外へと追いやり、暦の無事をただ願いながら足をフル回転させる。
さくらも普段は一研究者であるが、ことりの思いを知り、少ない体力で精一杯足を動かす。
そして長かった道のりのゴールが目に入った。
「あそこだよ!」
そして滑り込むようにして入った研究室内には三人の白衣に身を包んだ人物がいた。
一人は暦。
そしてもう二人は先ほど北川と香里が心配していた玲那と栞であった。
「お姉ちゃん! 大丈夫?」
「ことり! 一体どうしたんだ? この状況は一体・・・・・・」
「今はそんな事後回しだよ。とにかくここから逃げよう。みんな、ついて来て!」
研究者の好奇心からか、現状を確認しようとする暦を制してことりは室内から出るよう命ずる。
ことりの剣幕に押されて全員素直に指示に従って部屋を後にした。そして後はそこから逃げ出せばミッションコンプリートのはずだ
った。
だが、運命の悪戯はここでも容赦無くことりたちに牙を剥く。
部屋を出ると両サイドに伸びる廊下。
そして出口に向かう方に伸びる廊下の天井が崩れると、ゴミのように魔物たちが降り注いできた。
「こんなときに!」
思わず舌打ちに変わって愚痴をこぼす。遠回りではあるが、逆から逃げるしか術は失われた。
だが不幸は連続して起こった。
廊下の横の壁が衝撃によって破壊されると、ワラワラと沸いて出てくる魔物の群れがもう一軍団追加。最悪の追加オーダーである。
「冗談キツイっす・・・・・・」
流石にことりもこの状況では肩を落とさずにいられなかった。
この群れの中央を突破して逃げ出す事は不可能ではない。問題は自分がどんな手を使っても後ろにいる四人を護りきらなくてはなら
ないということである。
暦一人ならまだしも、さくらに玲那、栞までいる。いくら強くなったとはいえ、このような状況は初体験。オマケに完遂する実力も
あるかどうか怪しい。
まして目の前に群がる魔物たちはことりの見たことも、ましてや聞いた事もない未知の敵だった。
ベースは人型ながら、体中に貼り付けられた様々なパーツ。どれを取っても同じ者は一つとなく、統一性のないモノ達だった。
だが、一貫して言えることは見ているだけで生理的嫌悪感を覚えるという事だけである。
見た目はグロテスクの一言。何種もの生き物をミキサーに入れてかき混ぜて作ったような魔物の姿は決して直視できるほど生易しい
姿をしてはいない。
だが、生きるためにはそれを標的として見なくては話にならない。
こみ上げてくる嫌悪を噛み殺しながらも現状を確認してことりは呟いた。
「万事休す、ですね」
八歩塞がりという状況がまさにこれである。
常にポジティブに生きることりですらこの時ばかりは弱音を吐いてしまった。
オマケにここは城の三階に位置しているため、ことり以外は窓から飛び降りればまず無事ではすまない。どちらにしても手立ては一
つしか残されていなかった。
それも一番無謀で無茶な手段である。
「みんなは、私が護る!」
白風を握る手をより強めることり。
それはつい最近まではことりにとって願いだった。
だが今ではそれは誓いである。これ以上自分の大切な人が悲しみ、傷つけないためにという誓い。
そんな誓いの込められた言の葉の旋律が響くと、それに呼応するように輝きが発せられた。
その光源はことりの手に握られている白風からだった。しかもその細部を良く見てみると、光を放っているのは先日祐一から渡され
た青い宝玉からだった。
「えっ?!」
突如光を放ち始めた白風に慌てふためくことり。
ことりたちを取り囲む魔物たちもその光に圧倒されているのか、手を出そうとはせず棒立ちになっている。
そして宝玉の中から二つの光の塊が出現すると、ふわふわとことりの周りを旋回しながら漂い始める。
そしてその二つの輝きがポンッ、と弾けるような音とともに姿を変えた。
「外は久しぶりだね〜」
空に浮いたまま伸びをする少年。
短く刈り上げられた蒼天の如し青の頭髪に、色彩豊かな中国の民族衣装のような服を着ている。年の頃は大体13、4という辺りが
妥当だろう。
「そうだね〜。ところであたし達の新しいマスターは?」
もう一つの光もまた少年と同じように姿を変えると、顔立ちの似た少女の姿に変身していた。
髪は長いが同じ青で、かんざしが刺してあり、同じような服装、同じような年齢である。見た目から察するに二人は双子の兄妹だろ
う。
両者、見た目相応の無邪気さを振りまきつつ久々に体験する外の世界を満喫しながらも自分たちの役目を忘れない。
「この人だね。ぼくらの新しいマスターは」
「そうだね。だって白風と私達の石、持ってるもんね」
そう言ってことりの顔を見つめる二つの笑顔。
とてもかわいらしく、思わず抱きしめたくなるという方が後を立たないだろうと思われる無垢な表情。
ことりもそんな二人の顔に一瞬心を奪われていた。
「わわ、わたしっすか?」
思わぬ出来事に取り乱し、あまつさえ二人の笑顔に気を取られていたため言葉がはっきりとしないことり。文字通り目が点になって
いる。
だがそれ以上に暦やさくらは唖然としていた。
目の前に自分の知識の枠から飛び出した存在がいるのだ。日々科学に生きる者としては驚かずにはいられない。
「そうだよ。ぼく、風人。よろしくね」
「私は美風。よろしくね」
「よ、よろしくっす」
この危機的状況でのんびりと自己紹介、しかも律儀にお辞儀までする始末。随分と余裕なのではないかと思わせるようなまったりと
した光景である。
だが、そんな呑気な様子もすぐに何処かへと置いてきたようだ。
「とにかく、結構ピンチみたいだからどうにかしないとね」
「それじゃ、マスター。最初のお仕事はここからの脱出、でいいかな?」
口調こそ変化に乏しいが、その声は先ほどよりもずっと頼りがいのあるものに変わっている。
「なんかよくわからないけど、とにかくみんなを護りながらここを脱出したいの」
「オッケー。それじゃ、最初のお仕事、いってみようか!」
不思議な双子の出現によって活路は開かれる。
純粋で、可愛らしく、穢れのない無垢な瞳を持った無邪気な双子の兄妹。
笑顔降り注ぐ双子の祝福がことりの誓いを実現するために今降り注いだ。
To be continued・・・