第28話 時は満ちる

 

 

 

  崩壊した楽園転じて地獄となったファンシスタ。地獄からの脱出口は、かつての楽園をこれまで守り続けてきた外壁を切り崩すこと
  で人々の前に姿を現した。

 

  人々は後ろ髪引かれる思いで自分たちが育ち、生活を営み、慣れ親しんだファンシスタの街を後にする。それは外界を隔て、今まで
  街を守り抜いてきた防壁を潜り抜け、外の世界へと未知の旅路に挑むということ。

 

だが人々が見た最初の光景は旅立ちを飾るには見るに耐えない光景であった。

 

  舞い散る桜の花弁が地面を覆うその下に敷かれた分厚い絨毯。だがそれは剣の錆となり、大地に沈められていった末に行き着いた魔
  物達の姿だった。

 

  骸の山や平原が築かれ、所々にクレーターのように地面が陥没した跡や大地が隆起している場所も見れる。風は神聖さを失い、ただ
  腐臭に染まり、不快感を漂わせるのみで、人々は服の袖やハンカチなどでその鼻を抑えなくてはとても耐えられるものではなかっ
  た。

 

  そして死骸の平原に立つ姿は確認できるだけで四。剣を片手にみすぼらしいローブで全身を覆った祐一と初見の男女が三人。ただ立ちつくしていた。

 

祐一は何も言わずに剣を水平に持ち上げると、魔物がやってきた紅の傷痕と逆の方角を指し示す。それは戸惑う人々に行く先を促すように無言で送られた指示だった。人々もまた言葉を失ったまま、ただその剣の向けられた方へと歩み始める。

 

  だが考えて欲しい。氷山の一角とは言え、魔物の軍勢が押し寄せて来たというのにその側を逃げる人々に危険が及びはしないのかと。

 

  その疑問に対する答えは、『及ばない』である。

 

  その理由は至極簡単なもの。なぜなら既に氷山の一角は粉々に砕かれ、地面に降り積もっているのだから。

 

  ざっと見積もっても二桁ではすまない魔物の数。確実に百はいただろう。しかもそれは最小値の話である。祐一の話が本当なら三百
  ほど来たはずだ。それをおよそ30分程度の時間で壊滅させた相沢祐一。そしてその傍らに立つ男女。

 

これがドミネイターの実力なのかと頷いてしまえばそれで終わるかもしれない。しかし、ここにいる者達にその実力を比較する材料
  がない今、真実は不確かなままである。

 

  だがその霞みがかった真実も幾許もしないうちに語られる事となる。既に歯車は自ら止まる事を忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  全ての避難が終了し、最寄りの街に向かっていったファンシスタの民。祐一らもまた、全ての人々が逃げるまで気の遠くなるほどの

  量の火の粉を振り払うために力を振るい続けた。

 

  突如として現れた男女の実力もまた目を見張るものだった。鮮やかな体捌きと鋭い攻撃が敵を肉薄し、寸分の狂いもなく敵を狩る。
  戦っていながら舞いを踊っているようにさえ錯覚するその動きは熟練の一言に尽きるものだった。

 

  その光景を目にした者は誰しも頭を過ぎった事だろう。果たして人間業なのだろうかという疑念が。

 

  そして避難が完了した事を確認すると、祐一は悪魔の木となってしまった聖桜樹と闇に沈んでいったファンシスタに背を向けて秋子
  達の足取りを追った。

 

  だが全ての人間がファンシスタの街を去っていったわけではなかった。一人ぽつんと取り残されたように立っている人がいたのだ。

 

  逃げ遅れたのかと心配になる祐一だったが、すぐにその心配も風とともに流されていった。

 

「ことりじゃないか。みんなと一緒に行ったんじゃないのか?」

 

  祐一の心配が消え去った訳は顔見知りのことりだったからだ。

 

「秋子さんに言伝を頼まれたの。色々と話が訊きたいから、避難先の町の宿屋に来て欲しいって」

 

言伝を祐一に伝えたことりの視線は後ろに控えている三人の見知らぬ男女に向けられていた。

 

その眼差しには警戒の色があるものの、幾分心を許している感も見受けられる。おそらく祐一の知り合いだからと踏んでのことだろ
  う。

 

「わかった。それじゃ、行こうか」

 

「うん」

 

祐一はことりの背中を追うように歩き出した。

 

その時、後ろに視線でついてこいと語りかけたのを合図に三人も動き始める。

 

  ファンシスタを放棄し、祐一達は逃げ延びる事ができた。結果として人々の危害は最小限に押さえられたと言える。だがその代償は
  決して少なくなかった。

 

  馴染みあるファンシスタの街を手放し、命のリレーを繋ぐ事に成功した人々に残された使命はこの異変の末に自らの命を繋ぎ、新たな故郷の再建をすることである。

 

  しかし、まだ光を見る事の出来ない闇の入り口から出口までの道のりはまだ始まったばかり。そしてその長さもまた途方もないほど
  に険しく長いものであることには違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ここはファンシスタの玉座。だがその側面を構成する壁には穴があけられ、外を眺めるには丁度いい具合になっている。

 

  だがそんな悠長な事もすぐに言えなくなってしまう。何故なら周囲には見るも無残な死に様を晒したカタマリがゴロゴロと転がって
  いるからだ。

 

  その中には高貴な身なりで立派な髭の初老の男。ファンシスタ国王の姿もあった。

 

「ここが我が礎となる最初の地か。なるほど、確かにいい場所だ」

 

  冷たく響く声。魔性の気を身にまとい、圧倒的な威圧感を垂れ流すように持て余しながら佇むその姿は虚像となって目に映りそうな
  ほどであった。

 

  実際は成人男性と変わらないくらいの背丈であろう。しかし天を貫く巨人のような存在感の大きさが尋常ではない。

 

「私の楽園の第一歩に相応しい姿にはイマイチだな。リフォームといこう」

 

  それが原点となった。変貌を遂げる街の風景は面影を失い、ただ魔都へと姿を変えていく。黒く輝く水晶に街は埋め尽くされ、邪悪
  な煌めきが街を覆う。

 

  心の奥に存在する闇を魅入らせてしまいそうな輝きを放つ水晶は、王城、街並み、防壁全てにおいて侵食していき、ファンシスタを完全に黒水晶の都へと進化を促した。

 

「これでより住みやすくなった。さて、次は杯でも並べるか」

 

  そして、声の主は悠然と玉座に腰を下ろし、これから本格的に始まる宴の準備を楽しみ、思案に沈む。その声はまさに喜怒哀楽とい
  う感情のうち『喜び』という感情のみに染まっていた。だがその喜々とした声は、身の毛もよだつ程に凍えた声質をしている。

 

  祝宴の準備が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ここもまた何処かの玉座。

 

  だがファンシスタの玉座とはまた違う雰囲気を受ける空間であった。圧し掛かる重圧が空間を支配し、その席に身を構える者から放
  たれる存在感は偉大である。その質感は邪悪、と表現にするには躊躇うものがあるが、絶大な破壊力を秘めているのは確かだった。

 

「とうとう最悪の事態を許してしまったわけか」

 

  頭を抱えながら呟く声の主。その言葉から分かるように困り果てている。

 

「うちのリーダーがぼやく姿が思い浮びますね」

 

  どこからか響く別の声。声の感じとしては軽い印象を受けるが、その奥に何かしら秘められている予感を拭いきれない。そんな声だ
  った。

 

「私としてもやることはやった。そしてこれからも余力を残さず全力を尽くすつもりだ」

 

「それでは姿勢で示して頂けませんか?」

 

「ならウチの看板を全員持っていけ」

 

「ほう、あの三人をですか? それは心強い」

 

「何を言う。お前達に比べたら微力なものだよ」

 

「私たちをそこまで評価してくれるとは、嬉しいですね」

 

「評価せざるを得まい。お前達の力がこちらに轟いているのは昨今の世論が示している」

 

「こちらの情報には最近疎いので、なんとも」

 

  馬鹿し合いをしながら会話するように互いの内に探りを入れ、言葉を選ぶ。そんな二人の会話はまるで敵対国の首脳同士が穏やかな
  表情を装って会談の場で言葉を交えているようだった。

 

  だが二人は別に犬猿の仲でも、ましてこれからドンパチ繰り広げるような間柄ではない。言葉の表面上だけを見ればそう見えるかも
  しれないが、薄暗い室内で見え隠れする表情からはそんな様子は微塵も感じられない。

 

「そういうことにしておこう。とにかく、そちらの方で処理を頼む。こちらとしても出来る事は範囲内でしよう」

 

「果てしなく厄介な事を『処理』などと言う安易な言葉で片付けないで欲しいですね。しかしながら、やらなくてはならないので何も言いませんが、あなたは私たちを試してませんか? だとしたらいくらなんでも怒りますよ」

 

  口調からはそんな様子はうかがえないが、その声に含まれる感情はそう感じさせてくれなかった。

 

  先程よりも威圧の込められた声。明らかに意識して相手にぶつけているものである。

 

「その気持ちが無いとも言えないが、手を抜いているわけではない。それに私とてお前達を怒らせるような真似は避けたい所だ。死なないとはいえ、三途の川のほとりまで引きずられたくはないからな」

 

「こちらとしても、届けて差し上げたいのは山々ですが、流石に一筋縄ではいかないので遠慮したいですね。では、行くとしましょう」

 

  そして訪問者は立ち去る素振りを見せるが、去り際に置き土産の一言を置いていった。

 

「では、手配の程をお願いしますね、魔王殿」

 

「わかった」

 

  魔王と呼ばれた玉座に構える者はその言葉に頷く。

 

  そして訪問者はさらに付け加えた。

 

「それと、彼のお小言くらいは覚悟して置いてくださいね」

 

「・・・・・・わかった、覚えておこう」

 

  訪問者の指す『彼』のお小言がそんなに嫌なのか、魔王は若干の間を置いてから頷いた。

 

「それでは」

 

  そして訪問者は姿を一度も見せることなく気配を消した。

 

  魔王と呼ばれた者は体を縛りあげていた緊張から解放されると、玉座に深く沈み、大きく息を吐き出した。

 

「ふーっ・・・・・・。頼んだぞ」

 

  魔王ながら他力本願な発言である。だが、魔王にそこまで言わせる訪問者の存在はそれに見合う価値を持っている事を同時に示唆していた。

 

  果たして希望の光は消えることなくその煌めきを保ちつづける事ができるか否かは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  祐一らが隣町まで移動する頃には時間もだいぶ経ち、太陽も南中をだいぶ前に迎え、今は午後の三時頃である。秋子に言われた通り祐一は宿屋に赴くと、そこは広めの一室を借り切って騎士団の実力者、秋子や舞、名雪たちの姿と、その横には白斗の姿もあった。

 

「ごくろうさまでした。おかげで最悪の事態は避けられました」

 

「お礼はいいですよ。それよりも色々と聞きたい事があるからわざわざ呼びつけたんですよね?」

 

  祐一の確信を浮かべたその表情を見て、秋子は自分の心の内が見透かされているように感じてならなかった。そのため正直な意見を述べる。

 

「お話願えませんか? この騒ぎの裏で何が起きているのか。祐一さんは知ってらっしゃるのでしょう?」

 

「ええ。少なくともこの事件の黒幕については知ってますよ。目的までは単なる推測でしかありませんけど」

 

「そうですか。それともう一つ。祐一さんは、いえ、後ろの三人を含めて祐一さんと白斗さん。あなたがたはどうしてそこまでの力を?」

 

  その言葉に祐一は顔を顰める事も知らないフリをして顔を背ける事もせず、いわば表面上はノーリアクションだった。

 

  前者の意見に関しては誰もが知りたい内容の話であるが、今はそれ以上に後者の内容が気になっていた。

 

この事態を逸早く察知して最悪のシナリオを阻止。更に魔物の軍勢を相手にこれほどまでの余裕を見せ、あまつさえ手玉に取った祐一たち。ファンシスタの守りの象徴である防壁を紙切れのように斬り裂いた白斗。

 

  防壁を壊す事はハイレベルのハンターなら不可能ではない。むしろ可能と言う方が正しいだろう。しかしあそこまでの手際、そして部分的に芸術的な粉砕の仕方をしたことが驚くべき点である。

 

  秋子にしてみればそれは単なる好奇心なのか、それとも心の片隅に覚えて離れない恐怖心からなのかはわからない。だがどちらにせ
  よこの話に決着をつけずにはいられなかった。

 

  人間という枠の中で二人はあまりに突出しているからだ。勿論未知数とはいえそのことは後ろの三人にも当てはまるだろう。

 

「それについてはこれから話をしましょう。ですがもう少し待って下さい。あと一人来るはずですから」

 

「ご心配いりませんよ」

 

祐一の言葉が終わると同時に響いた声。

 

音源をたどると、部屋の片隅に寄りかかりながら薄く笑みを浮かべている男がそこにはいた。

 

誰もが驚愕の眼差しを向けているそのわけは、先程までそこには人がいなかったという事実が最たる理由である。

 

  「霧火。心臓に悪い登場の仕方はするな」

 

  「スイマセン。ちょっとしたお茶目ですから、そんなに怒らないで下さい」

 

  祐一の文句をのらりくらりとかわす霧火。

 

  その容貌はイヤでも目に付く赤い髪をなびかせ、黒いズボンと赤と黒の色彩で染め上げられたトレンチコート姿。表情は薄く笑みを
  浮かべたままで、それなのに無表情に思えてしまうという奇妙な雰囲気の持ち主だ。

 

  その異質な香に惑わされて周囲の者達は一歩引いて霧火を見ていた。そのため祐一に歩み寄る霧火の前に人影はなく、自然とそこま
  での道のりが指し示されていた。

 

  「さて、始めましょうか」

 

  揚々と口火を切ったのはあとから姿を現した男女の中の紅一点。黒髪美人の大和撫子を連想させるその女性は、白を基調とした法衣
  を着こなし、女性にしては長身な上に凛とした空気を纏っていつつ優雅な立ち振る舞いを披露する淑女で、その姿に反して随分と親
  しみやすい雰囲気を持つというちぐはぐなキャラをしていた。

 

  「とりあえず座りましょうか。立ち話で済むほど短いものでもないですからね」

 

  和やかな口調で女に寄り添うように立つ男が言う。

 

金髪のロングヘアーに緩んだ目元。そして長身でスマートな体型をしているその第一印象は優しいお兄さんである。

 

  深い色をしたジーンズに白のシャツと青をベースに黄色などのラインをあしらったジャケットを着ている。だがその手には顔に不釣
  合い極まりない突撃槍が握られている。

 

その横では沈黙を貫いたまま椅子に座する男が一人。背丈も二メートル近くあり、がっちりとした体つきは逞しさを遺憾なく誇示
  し、顔立ちは渋いの一言で、アッシュカラーの髪に藍色のリボンがミスマッチである。流石に結ぶのではなく髪を束ねて巻きつけて
  いるだけであるが。

 

  衣服は軽装で、薄茶のズボンに上半身はフィットした紺のアンダーシャツの上に一枚上着を羽織る程度である。

 

  彼らに続いてそれぞれが緊張と困惑を抱きながら席に着く。

 

  そして、混沌とする現実語りの幕はゆっくりと開かれ始めた

 

 

 

 

 

To be continued・・・