『目を閉じておいでよ』








 その日は…――最近にしては珍しく、未確認に関する事件も一般的な事件も無くて。


 それまでの激務を気遣った杉田から「今日くらいは早く帰って身体を休めろ」と、
連日続いた未確認に関する事件の報告書作成もそこそこに、一条は会議室から追い出
されてしまった。
 残った仕事を後日にまわすのが嫌だったので「これだけ片付けてから…」と食い下
がったが、「先輩の言うことをたまには聞け、こんな日は滅多にないぞ」と言われ、
それも一理あるな、と妙な納得をして対策本部を後にした。

 通常の自分だったら、あんな言われ方くらいで仕事を残して帰ったりしないのに。
 ましてや明日は何ヶ月ぶりかに回ってきた非番でもある。だからこそ、持ち帰って
官舎で整理をしようとしたのに…。
 もちろん、そのつもりだった。
 が、広げていた資料を纏めて「では、お先に失礼します」と言いながら、小脇に抱
えたソレは、「持って帰ったら休まないだろう!」と、会議室の出口で杉田に取り上
げられてしまった。
「やはり、疲れていたのか?素直に渡してしまったな」
 一人苦笑しながら、今ではすっかり帰りなれた官舎へと車を走らせた。




 駐車場へ車を入れ、エントランスへと歩いていた所で来客用スペースに見なれたバ
イクが駐車しているのが目に入った。
 自分が、それまで毛嫌いしていたキャリアの特権を初めて使って『彼』に与えた特
殊車両TRCS…――

 それがある=『彼』五代雄介が部屋に来ている

 ドクン…――と、一条の心臓が一つ大きく跳ねた。



「お帰りなさい!今日は早いですね?」

 部屋に入ろうと、ドアの前で鍵を背広の内ポケットから取出した時、内側からドア
が開いたので一条は驚いた。
「なんだ?どうして分かった?」
 大きな瞳を、更に広げて問う一条に「そりゃもう!一条さんに関するコトなら何で
も分かりますよ!」と意味不明な、しかも自信たっぷりな返答に思わず吹き出すと、
「あ、信じてませんね、本当のコトですよ」と少し拗ねたように上目遣いで一条の顔
を覗き込んだ。
 その顔が、余りにも幼く見えたので、一条は益々可笑しくなった。
「もう、いつまでも笑っていないで入ってください、レンジに鍋をかけたままなんで
すよ!」
 いつまでも笑いの止まらない一条に拗ねて、玄関に一条を置き去りにしたまま、す
たすたとリビングへと歩いていく五代の背中を、「ちょっと笑いすぎたかな」と少し
だけ反省して見送った。


「いつもいつも悪いな、美味かった、ご馳走様」
 いつも通りに食後の片付けを共にしながら、素直に今の気持と料理の感想を述べれ
ば、嬉しそうに微笑んで、軽く音を立てて頬に口付けられた。
「おかえりなさい、の…まだ、でしたよね」
 トーンの落ちた声音に、この後のコトを連想して、一条の肩がぴくりと跳ねた。
 とりあえず片付けてしまおうと、急いで食器についた泡を流して、シンクの中をス
ポンジでぱぱっと擦って、ばたばたと手を拭く五代に、またしても笑いの込上げてく
る一条だったが、俯き口元に手を沿えてなんとか耐えた。
「改めて、おかえりなさい」
「ただいま」
 互いに向き合い、軽く唇を合わせる。
 お互いの体温を感じられるかどうか。
 いつもなら、この後熱っぽく求められるのに、今日はソレだけでおしまい。

 こんなんじゃ、足らない…――

 珍しく沸き起こった淫らな感情に自分でも驚いたが、何故か今日は…――だった。
「…五代…――」
 今の一条の微妙な心の変化を敏感に感じ取ったのであろうか、困ったような嬉しい
ような、複雑な顔で五代は一条に微笑みかけた。
「そんな表情しないで下さいよ、今夜は大人しく帰ろうと思ってるんだから」
「帰るの…か?」
「…!帰っ…――らないで欲しいですか?」
 ごくり、と喉を鳴らして一条を見つめる五代の顔は、先ほどのものとは打って変わ
って――
「…――帰したく…――なっ!」
 全ての言葉を言いきる前に長い腕に絡め取られて、肉の薄い胸に抱きとめられた。
と同時に、筋張った長い指が少々乱暴に一条の顎を捕らえ、噛みつくように口付け
された。
 驚いて、薄く開いた唇の間から五代が舌を滑りこませてきたから、絡め取られる前
に自らソレに絡めた。いつもなら五代がしてくるように。
 擦りあげて軽く吸う。もっと奥まで犯してくれと、角度を変えて口付ける。
 一瞬戸惑って舌を引いた五代だったが、この上がった熱を飲めと唾液をおくると、
美味そうに一条が嚥下するので、あぁ今日は…――と納得した。
「誘ったのは一条さんだからね、途中で逃げないでよ?」
 多少息の上がった五代の声音は、背筋がぞくりとするほど色めいて擦れて、更に一
条を煽る。
「逃げる…ものか、今日は…――」

 オンナみたいにオマエが欲しいんだ――

 言う変わりにネクタイを外して、シャツを脱いだ。




「シャワーを…――」
 そう言って、五代の横をすり抜けバスルームへ向かおうとしたが、視界から消える
一歩手前で腕を取られた。
 なんだ?と疑問をなげてくる視線を無視して、一条の首筋に顔を寄せると、くん、
と鼻をならす。
「流さないでよ、一条さんのにおい、好きなんだから」
 欲の浮かんだオトコの顔――。これからされるであろう行為をいやがおうにも連想
させて。  自分から仕掛けたくせに、もう尻込みしてしまいそうだった。



 結局シャワーは浴びられないまま、一条は寝室へ引きこまれた。
 立ったまま、露になった素肌を弄られて、がくがくと膝が揺れる。
 五代の片手は一条の腰にしっかりとまわされていてしゃがみ込むことも出来ず、只
ひたすら淫猥な愛撫を受けつづけていた。
 もう立っていられないと、赤子のように胸を弄る頭を抱えこむと、腕の中から「く
るしいですよ」と笑いを含んだ声が返ってきた。
「だった…らっ…――!」
 憎まれ口を叩いた途端、乳首を噛まれて息を詰めた。
 甘い吐息が漏れそうなるのを唇を噛んで堪えていると、長い指がソレを割って潜り
込んできた。
「ん…ふっ」
 ぬらぬらと口内を侵し、思うさま一条を煽るソレは、五代の雄にも似て…――気が
付くと自らも舌を絡ませて頬張っていた。唇の端から、だらしなく体液が漏れて…――
 一条を愛撫する五代の肩を濡らしていた――





荒い濡れた吐息が、薄暗い室内にとける。
もう、何度お互いの身体を求めたのか…――
 ドロドロになったシーツの上で、それでもまだ足りないと腕を絡めて…。
「…んっ…」
 自分から唇を重ねて、舌を絡めて吸い上げる。
 脳髄まで蕩けるような感覚に身震いした。
 奥を探られると、中で放った彼の情欲がドロリと流れ出して、その感覚にさえも快
感が走る。
「すげ…ぐちゃぐちゃだよ。一条さんのココ」
 いやらしい音をたてながら探られ掻きまわされる。
 疲れきった身体の筈なのに、また新たな欲望が頭をもたげて――

 もっと、もっと――ホシイ

 言葉に出す代わりに、また硬度を持ち始めた五代の雄に指を絡ませる。
 根元から先端へと指を動かすと、既にとろりとした先走りが出はじめていた。
「も・・・入れて」
 胸の突起を弄ぶ、日向の匂いのする髪に唇を寄せ哀願すると、顔を上げた五代が
「ごくり」と喉を鳴らした。
 少し驚いた表情だったが、すぐに底光りする瞳の一条の好きな顔になった。
 唇の端をひきつらせるように笑うと、一条の中に埋めていた指を引き抜き身体をず
り上げた。
 両膝が胸に着くほど身体を折られて、次に来る衝撃に身構え、キツク瞳を閉じた。
 が、五代はこない。

 ホシイ、ノニ――

 焦れて薄く目を開けると、先程の顔で自分を見つめる視線とぶつかった。
   羞恥心で頬が赤くなのが分かり、堪らず顔を背ける。
「ねぇ、どうして欲しい?」
 分かりきっているのに、そんなコトを聞く。

 だって今の一条さん、
 すっごく綺麗でいやらしくて…――
 かわいいから――

 言ってやりたい言葉を強引に飲みこんで、相手の言葉を待った。
 我ながら意地が悪い――と、今更ながらに思う。
 でも、もっともっと見せて欲しい。
 他の誰も知らない一条を。
 自分の前でだけ出てくる貴方を。

 もっと、もっと――クルワセテミタイ

「もっと良くしてあげたいから…ね」
 首筋に顔を寄せ、その白くて綺麗な肌をねっとりと舐め上げきつく吸い上げる。
 途端、組み敷かれた身体がひくりと跳ねた。
   ざわざわと、自分の内のオスが騒ぎ出すのを五代は感じた。
 背けていた顔が、ゆっくりと正面を向く。欲情の熱に浮かされ、ゆらゆらと瞳が揺
れている。
 先程までの情事で汗をかいた頬に、髪が数本はりついて眩暈がするほどに淫猥。
 すぐにでも、物欲しげにひくつく秘所に熱くそそり立った楔を打ち込み、思う様貪
りたい衝動を、ぎりぎりで堪える。
「…めちゃくちゃにしてくれ…狂うくらいに」
 消え入りそうな吐息混じりで答えると、シーツを掴んでいた腕を伸ばし、五代を引
き寄せた。
「いいの本当に?手加減しないよ?」

 するつもりなんか初めから無いくせに――

「!…――っ」
 言おうとした言葉は声にはならず、甘い悲鳴のような喘ぎ声が出ただけだった。





 心地好い気だるさと快楽の余韻を引きずって、狭いベットに二人、まだ離れがたい
と抱き合ってまどろむ。
 時計は既に日付を替え、外の空気は淑やかな夜から、清涼な朝へと変化しつつあり、
カーテンの隙間から見える空は、漆黒の闇が薄らいでいる。
「今日、お仕事はお休みですよね」
 色素の薄い髪を優しく剥きながら、疑問ではなく肯定的に聞いてくる五代に、「良
く分かったな?」と顔を上げれば
「だ〜か〜ら、一条さんのコトはなんでも分かるって、オレ言ったでしょ?」
 腕の中の愛しいカラダを、ぎゅっと抱きしめてちょっと傷ついた様に五代が言った。
 アノ一条さんを見れば誰でも気づくと思う、と考えた後に
「でもね、ココまで一条さんのコト分かってるのって、オレぐらいだと思うよ」
 ね、と顔を覗きこんでソノ瞳に自分が映るのを確認してからにっこりと笑うと、抱き
こまれた身体がみるみる紅潮していく。
 互いに満足するまで何度も求め合った筈なのに、気が付けば再度硬度を持ちはじめて
いる己自身に、互いに失笑した。