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普遍 転生



転生


 転生してから幾度目かの春を迎えた。
 冷めた目をした僕はなにもせず世界を循環していた。
 人は死んだら何処へ行くのか?

 それを見たかった僕は死んでみた。
 当時の学校の屋上はとても邪魔な鉄柵があり、登るのに一苦労だった。今日とおなじで小春日和のあたたかな風がゆるく吹く季節だった。鉄柵を越え、見た世界は日の光で輝いていた。死ぬべきではないと僕に訴えかけているようだった。世界はこんなにも綺麗で気持ちよくて広い。そう、訴えかけていた。だが、ただ、それだけで僕はよりいっそう死んでしまいたくなった。ためらいもなく踏み出す一歩。心臓が生きろと鼓動で訴えていた。張り裂けそうな痛みに近い鼓動に僕は無視を決め込んだ。確かに見た。走馬灯。あれは、小説やドラマだけのものではなかった。気付いたら地べたに履いつくばっていた。第一発見者から見ればとても滑稽な様だっただろう。関節もあらぬ方向に折れ曲がり内蔵が破裂し裂けた皮膚から飛び出ていたのだから。まだあたたかい贓物はかすかに湯気を立てていた。僕はそれを見て、これも美しいと思った。

 つつましく葬式が執り行われ僕は火葬された。
 死ぬほど熱い棺桶のなかで悶え苦しんだ。気を保つのも限界に達した頃、意識を失い、目覚めると病院の新生児室に僕はいた。隣にはおなじような赤ちゃんが眠っていた。それが転生のはじめだった。僕はなんども死んだ。どれもこれもすべてが自殺だった。飛び降りからはじまり、飛び込み、首吊り、練炭、感電、硫化水素、毒草自殺、いろいろ試した。その時代時代に流行ったであろう自殺の方法をためすことが多かったような気がする。転生するたび、年齢はリセットされるのに、記憶だけが積み重なっていく様子は僕の予想を超えた苦しさだった。生きながら、すでに死んでいる。そういう人間が僕ひとりだけではないということを最近知った。


 いるのだ、実際に。
 転生を繰り返し、この世界になんの目的もなく死を求める者が。それもひとり、ふたりではない。
 ある者は自殺が面倒くさくなり、気晴らしにゲームがしたいといった。転生も慣れると転生先を自由に選べるというのだ。僕はそいつが本日、選挙カーで演説をするというので見に行く事にしたのだ。大物政治家の息子、奴は自分のことをそういった。選挙カーの演説台からそいつは貫禄のある風貌で演説をしている。春のポカポカとした日和。僕は奴を見た。奴は大勢の話を聞き入る有権者のなかから僕を見つけ手を振った。喋りながら手を振っているから他の人には気づかないが、僕はまだ小学生だ。投票権などない。それでも奴がそうしたのは確かに僕への挨拶がわりだった。


 生きている愚民どもをのうのうと高台から見下すのはさぞかし気持ちのいいことだろう。歯の浮くような言葉を、綺麗事を、自己満足の演技で騙すのだ。さぞかし気持ちのいいことだろう。だが、僕にはわかる。奴の目はあきらかに死にたがっていた。いや、すでに死んでいた。世間にいる必死に生きる人間ではないのだ。奴は別の世間に生きている。輪廻。僕にはわかっていた。鏡を見たときと同じなのだ。奴の目は。奴は今後、国会へ進出し、そこでのうのうと暮らす国民を苦しめてみたいといっていた。この茶番劇がたのしくてしかたないようだった。僕もあんな趣味ができたらいいなと思った。僕の心象を読み取ったのか、奴は得意の偽の笑顔で笑った。選挙台に乗る数日前の会話どおりの良い人を演じていた。


 次に僕が向かったのは、河川敷にあるバロック小屋だった。
 ホームレスのお姉さんは顔立ちもよく、誰が見ても美人に見えた。日中、わざわざ出歩かなくても他のホームレスが残飯を恵みにくるらしい。もちろんタダでというわけではない。代償としてお姉さんは自分の体を対価に払う。そうして生きている。いつもの時間に僕がくると気分良く歓迎してくれた。生きることにそもそもが向いていない類の人間なのだ。それでいて死ねないときている。考え用によってはとてつもない不条理だ。僕は少し話をした。どうやら彼女は好きになった男ができたという。そいつもホームレスで、歳も離れているが、将来的には結婚というものを経験してみたいと言っていた。結婚して、それでどうするんだい? と僕が問いかけると彼女はなぜか虚ろな目で黙ってしまった。わからない。ただ、それだけを言い残した。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。そういった四季がここでは痛いほど感じられる。それがたのしいと彼女は言った。でも、それも、死ぬまでの余興なんだよとも。僕は次にいく約束があるのでバロック小屋をあとにした。


 春は心地いい。
 僕が最後にたどり着いたのは最初の家族だった人の墓前だった。
 なぜ自分だけが生きているのか、死ねないのか。不満だよ。不遇だよ。
 死んで楽になりたい。そう墓前の父と母につぶやいた。


 生きているということがこれほど無意味に感じたことはない。
 不治の病なら哀れみをくれただろうか。僕は素直にそれを受け入れるだろうか。
 考えて無駄だと感じた。死にたがりは何処へいっても死にたがりなのだ。
 世界で自分というちっぽけな存在が一番大切で、かわいくてしかたない。
 哀れみも同情もその他の類も受け入れるだろう。
 だが、決して相手を信用しない。

 それが僕であり、誰かでもある。
 春はポカポカ。墓の西は草が茂っている。
 その隅に隠れるようにお線香の自販機があることを僕は知っている。
 ここへ来たのは何度目だろう。僕は自販機で一束のお線香を買った。
 使い捨ての百円ライターを取り出す。墓前までまたあるいていく。
 住職はいないのか。草も刈らずなにをしているのだろう。
 無性に腹が立ってきた。お線香に火をつけ、墓前に供える。
 手をあわせる。春の日和。僕は暇を持て余し、草が生い茂る方へといった。
 雑草が生い茂る地べたに座り、無心に草を抜いた。雑に抜いた。
 いつかとおなじように。

普遍 家族


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