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普遍 表情



表情


 世界が悪かった。
 それは産まれてきた世界、産まれてきた家系、産まれてきた境遇。
 世界はとても冷たかったし温かかった。私は世界のそういうところが気に食わなかった。

 仕事を首になった。
 いや、自分から辞めろといわれた。
 これでなんどめだろう。愛想笑いのひとつもできず二十も後半に差し掛かっていた。
 愛想笑い。それは鏡で見るとまるで相手を小馬鹿にする表情だった。
 私の愛想笑い。

 世間は冷たいと事実を突きつけられるたび、私は愛想笑いの仕方を忘れていく。
 どんなんだっけ?

 せっかくひろってくれた仕事先の店主の愛情に心を許しかけた。
 でも、結果いつもこうなる。

 そう思う日々が長すぎた。
 また、そう思う機会が多すぎた。
 多数派に流されず、ただなにを考えていたのかわからず、意固地なまま歳をとった結果がこれだ。世間を憎めば憎むほど自分の性格というか、底にある人間性がゆがんでいった。私は恥ずかしかった。だから、誰にも悟られないよう努力した。その結果、あの人は無口、無愛想、エトセトラ、エトセトラ。いろいろな悪評が一人歩きした。いや、一人歩きという言葉選びは不適切だろう。誰かがひろめなければひろがるものもないだろう。とにかく、私はそういったことすら気に食わなかった。

 寒風ふきすざむ、十二月。
 大晦日。たのしくない。なにも、おめでたくない。
 あーあ、そういって私は家路へと、とぼとぼあるきはじめた。
 夢だったらいいのに。

 実家にはほとんど帰っていない。
 今年も、風邪をこじらせたとメールしよう。
 従兄弟の子供にお年玉をあげる歳なんだろうけど、それも正直、嫌だ。

 他人の餓鬼なんぞに。
 そもそも私は独身女だ。なぜ、他人の幸せそうな家族に荷担しなければならないのか。
 私は不幸なんだ。不幸なんだよ。

 コートも古いし、買い換えたい。
 マフラーも、手袋も何年前に買ったものだったっけ?

 寒い。
 誰でもいいからやさしくしてほしい。

 帰り道、コーヒーショップに立ち寄った。
 ブレンドだけを頼んだ。窓際の席に着き、外を眺めた。
 しあわせそうな家族連れ、カップル。うらやましいとすら思わなくなったのは何年目からだったろう?
 コートを翻し、忙しそうに携帯を耳に当てる営業マン。
 友達と闊歩する学生の集団。
 婦人会の帰りの主婦たち。

 すべて消えてしまえばいいのに。
 雪にとけてしまえばいいのに。
 すべてなかったことになればいいのに。

 どこでまちがえた?
 からからとコーヒーを混ぜるスプーン。

 わたしは、いつ、しあわせに、なれるんでしょうか?

 たのしくない。
 窓の外の奴らはなぜ笑えるのか、私には理解できなかった。
 無表情が板につき、それを仕事関係者に指摘される。
 指摘してきた仕事関係者は笑える。愛想笑いも。
 だから、わたしはよりいっそう愛想笑いを忘れる。
 そしていつからか、笑顔すらもわすれていた。

 いつのまにか、表情というものがわたしのなかから消えていた。
 すべての表情を忘れ、無表情となった。

 わらえるだろうな?
 でも、わたしは笑えないんだよ。

 もうすぐねるとお正月。
 たのしくない。

 もうすぐねると明日。
 たのしくない。

 生きてるの
 たのしくない


 思い返してみればろくな人生ではなかった。
 思い返してみれば誰もわたしをスキになってくれなかった。
 思い返してみればわたしには友達などいなかった。
 思い返してみればわたしはしあわせになったことなどなかった。


 コーヒーショップを出ると、外は凍えるような寒さだった。
 このままどこかとおくへいきたいなあとおもった。
 わたしをしんぱいしてくれるひとなどきっとこのせかいにはだれもいない。
 でも、わたしはしっていた。
 そんなわたしをむかえてくれるところもこのせかいにはどこにもないと。

 家路へ向かう。
 吐く息は白く、凍えるようだった。
 また、繰り返す日々を得るため。
 わたしは少しだけ休もうと思う。


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