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vol.02 「前任者」



自殺ゲーム vol.02 「前任者」


 人生は短い。おまえに残っている時間は有限だ。例えばそれは落ちる砂時計のように。人生とは、産まれたときから始まり、死にいたる終わりあるゲーム。人は試されている。生きるか死ぬか。どうしようもない境遇。突発的な事故。ゲームオーバーは予期しないところにいつでもあった。おまえは今まで生きてきた。生きて生きて、それでも生き抜いた。なのにどうして、おまえはここで途中リタイアしたのだろう。限りあるゲーム。ただひとつ、納得行かないことがあった。おまえが自殺した理由。

「どうして裏切るようなことをしたんですか?」
 訊いてもどうしようもない問に一ノ瀬は嘲笑った。
「お前、わかっているのか? 今やっていることが。さっさと殺せよ」
 ヤクザに説教される。そんなときがくるとは思わなかった。一ノ瀬からはいろいろなことを教わった。この仕事について。ヤクザとは、なんなのかさも。俺はこいつが憎い。こいつさえいなければ俺はヤクザなどにはならなかった。こいつさえいなければ。
 銃口を向ける。一ノ瀬と名乗るヤクザに。なってやろうと思った。こいつを殺して俺が見届人とかいうトカゲの尻尾に。
「一ノ瀬さん。仕事の先輩として教えてほしいんですよ。どうしてこんな馬鹿なことをしたのか。俺はあんたを憎んでる。あんたが借金の取立人にならなければ、俺は刑務所に入ることもなかったんだ」


 処刑場と呼ばれる地下室で簀巻きにされた男へ俺は銃を向けていた。
「撃てよ。それで終わりだろ。安城にそう言われてたんだろ。俺を殺してそれで終わりだ」
 一ノ瀬と名乗る男は典型的なヤクザだった。見た目も中身も、どうしようもないクズだ。俺はこいつに関係のない親父の借金を背負わされた。法律的に無効だと何度こいつに訴えただろう。警察は無力だった。結局、死体があがらなければ動かない。それに俺は人を殺している。そんな人間の訴えを警察が聞き入れてくれるとは思わなかった。
「薬を横流しした。それでいいじゃないか。確かにおまえには貸しがある。おまえが出所したとき組織に斡旋したのは俺だからな」
「ふざけるな。おまえが過度の取立てをしなければ、俺は誰も殺さずには済んだんだ」
「おいおい、半狂乱で組員を刺し殺したんだろ? まるっきり自分のせいじゃないか。あれから元凶の親父も死んだしな。自殺だっけ? これ以上、借金が増えなくてよかったな」


 借金を苦にした自殺。
 最初、一ノ瀬から聞かされたときは訳がわからなかった。親父が自殺した? ありえない。息子に借金を肩代わりさせるような人間だ。自殺なんてするわけがない。『おまえが、自殺させたんじゃないのか?』刑務所の面会で一ノ瀬にそう言ったことをまだ覚えている。一ノ瀬は言った。『保険金もないやつに自殺させてなんの得がある? 自殺するのにも金がいる時代なんだよ。産まれてから死ぬまで、本当に金のかかる生き物だよな。人間って奴は』その後、俺は出所した。

 仕事を探したがある訳がなかった。そんなとき、一ノ瀬が言った。『おまえ、俺のとこにこないか。死ぬまでこきつかってやるよ。断ってもいいが、そのときはそうだな。おまえの内蔵でも売らせてもらうけど』

 俺はしかたなしに組織に入ることにした。そして一ノ瀬の下でこの仕事を覚えた。いつか、一ノ瀬を殺すことだけを願って。


「やっとこのときが来たんじゃねぇか。黙って、その拳銃で俺を撃ちぬけよ。今更、ひとりやふたり殺しても大差ねぇよ」
 俺は疲弊しきっていた。こんな奴を殺すために今まで生きてきたのかと思ったらそれだけで馬鹿馬鹿しくなった。俺の生きる意味はこんなことだったのかとさえ思った。せめてこの場で俺に向かって命乞いしてくれればどれだけ救われただろう。俺は拳銃を一ノ瀬に咥えさせた。躊躇うことはない。この手でついにこいつを殺すことができるのだ。俺を睨みつけてくる一ノ瀬。俺は、一ノ瀬を見ながら思った。死にたい奴は勝手に死ねばいい。俺は、引き金を引いた。


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 絵本の柄を切り取ったような壁紙。幼児向けの室内には机と椅子しか置かれていなかった。居心地の悪さを覚えながら、またここに来たことを後悔した。こんなことになるんだったら黙って胃薬でも飲んでいればよかった。そう考えている隙にドアがノックされた。『はい』と、つい返事をしてしまったが、そこに現れたのはカジュアルな服装の女の精神科医だった。

「おまたせしました。松本さんですね。今日はどうしたんですか?」
 メガネをかけた女医は天然パーマなのか、癖毛のあるショートヘアーを気にもせずお人好しな表情をしている。
「今日はその、胃が痛むので。それで、その・・・」
「夜は眠れてます?」
「寝付きもわるいです。仕事柄、不規則なものでして。もらったハルシオンも飲んではいるんですけどね」
 メモを診断書に記入して小金井と名乗る小柄な女医は俺に視線を向けた。まだ幼さが残るが俺より年上だろう。三十路なかばか。童顔系の女医が俺に言った。
「最近、仕事で過度なストレスとかないですか?」
「さぁ、どうでしょう?」


 思い返してみる。
 今月に入って8人ほど殺った。少し働きすぎな気もする。仕事に関しては苦ではない。そもそも殺人が本業ではないのだが、結果論としては毎度殺すことになっているだけで、本来ならば金持ち自殺者の営業をしているだけだ。
「食事とかはどうです? 最近、胃に負担のかかる食生活とかしてませんか?」
「うーん。あ、最近コーヒーに凝っていますね。豆から入れる奴も飲んでます」
「へー。いいですね。1日どれぐらい飲むんですか?」
「だいたい、缶コーヒーあわせて15杯ほどです」

 にこやかに笑って言ってみたが、小金井先生の表情は固まった。
「それ、ちょっと飲み過ぎですよ。松本さん、好きにも程度ってものがあるでしょ。ちょっと、そうですね。肝機能の調子も疑わしくなってきました。今日は血液検査もついでにしましょう。っていうか、眠れないのもカフェインのとりすぎ!!」

 あれだけ温和そうな小金井先生がまくしたてたのは初めて見た。その後、俺は血液は取られ、処方されていた睡眠導入剤も処方されなくなった。先生が言うに、『しばらく様子を見ましょう。松本さんはあれです。カフェイン中毒の気がします。いいですか、今後食事には気をつけてくださいね!!』とのことだ。俺は意気消沈気味に帰ることになった。


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「落ち着かない」

 文字通りである。全然、これっぽっちもコーヒーを飲まなければ安らげないのである。穀潰しクソアパートの一室で俺は悶々としていた。寒い深夜のワンルームで毛布に包まりながら、テレビをつけた。『人気急上昇中のアイドルグループ、ゲート・キーパー・ベーシック。略して、GKB47です』どうやら歌番組のようだ。しばらく、見ることにした。『イヤイヤイヤー、ジサツシチャイヤー!!』今にも発狂しそうな勢いで歌いまくるその姿を見つつ俺は思った。どうして俺はこんなことをしなければならなくなったのか。どうして俺はこんなにも惨めなのか。答えのでない問答である。タバコも酒も、パチンコも競馬もしない。そんな俺がなぜ・・・。

 無言で立ち上がり、暗い部屋のなかミルミキサーを探した。テレビの照明だけを頼りにコンロに火をつけ湯を沸かす。手挽きミルに一杯分だけのコーヒー豆を入れゴリゴリと挽く。ペーパードリップに挽いた豆を入れ、やかんから少量ずつお湯を注ぐ。香ばしい香りが鼻腔を満たしてくれる。俺は思った。あぁ、このときのために俺は生きてきたんだと。全てを忘れよう。ひとときでいい。今日、この瞬間だけで。今の俺はこのときのために生きていると。



vol.03 「死に至る病」


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