山行記録


針ノ木岳
5月19日 土曜日 晴れ
メンバー 大内・鶴見
扇沢4時30分〜大沢小屋6時〜針ノ木雪渓〜マヤクボ沢〜針ノ木岳山頂10時45分〜針ノ木峠〜大沢小屋〜扇沢14時

18日午後8時に大平町を出発。北関東道路・上信越道・長野自動車道、豊科でおり、扇沢駐車場に12時30分に着くき、車中で仮眠をとる。
4時に起床し、4時30分に扇沢を出発する。約1時間30分で大沢小屋に着く。テントが2張あり、すでに行動をしている人がいた。
小屋の少し先より、雪渓に入る。先行者は1名のようだ。天気は快晴で、暑くてたまらない。アイゼンは必要なくストックで進む。
正面には青い空に針のように、針ノ木岳がそそり立っている。先行者は針ノ木峠のコルに向かっているようだ。我々は、マヤクボ沢を直登する。
傾斜が強くなり2、3日前に降ったと思われる雪に足をとられる。ヤマクボ沢を約1時間で登り切り、針ノ木の左側に突きあげた。10時45分山頂に着く。
360度絶景の眺めだ。今日の初登頂だ。眼下には、登山者が豆粒のように見えるが、我々の後を付いてくる者はいない。小休止後ピッケルに持ち替え
峠に向かう。セッピは張り出していないが、稜線はいまにも崩れそうな雪なので、雪渓側をトラバース気味に進む。結構いやらしい。
峠からは、スキーで滑って行く人が見受けられる。我々も駈けるように雪渓を降る。大沢小屋からは、川沿いを進み道路に出た。

袈裟丸山
5月13日 日曜日 晴れ
メンバー 鶴見・渡辺
折場登山口7時〜賽の河原〜前袈裟丸山9時30分〜後袈裟丸山10時40分

大平午前5時出発。粟野経由で折場登山口に入る。
ヤシオツツジを楽しみに今回の山行を計画したが、残念ながら開花はまだのようだ。一週間早かった様子。
駐車場は満車状態。昨日の筑波山と少し違って、中高年登山者がほとんど。山ガールはいなかった。一部ファッションは山ガールの人はいましたが。
前袈裟丸山から後袈裟丸山に行く途中に細尾根と鎖場があり、注意が必要。
ドーム型の避難小屋は、中に銀敷きが敷いてあり5〜6人は泊まれそう。トイレもある。
コースも全田的に明るく、起伏にとんで、なかなか良いコースと思う。初心者には少しきついかな。
是非次はヤシオツツジが満開の時と残雪の時に期待。

筑波山
5月12日 土曜日 晴れ
メンバー 鶴見、他女性4名
小山午前8時出発
筑波山神社〜御幸ヶ原コース〜男体山〜女体山〜弁慶茶屋〜筑波山神社
大勢の登山者でにぎわう。山頂は渋滞して記念撮影が順番待ち。若い人のグループや、今はやりの山ガールファッションの人が大勢いました。
私にとり百名山 47座目になります。

会津駒ヶ岳
4月24日 火曜日 晴れ時々曇り
メンバー 鶴見、若菜雄一、若菜有紀
大平町AM4時出発
タイム 登山口7時〜山頂11時30分〜登山口2時30分
登山口まで路面に雪なし。但し、キリンテより先は、通行止め。
林道を歩き、夏道の木の階段を登る。我々より先に先行パーティーなし。途中より雪になるが、アイゼンを着けづに登る。(一度もアイゼンは使用しない)
道は、トレースがしっかりしており、ルートに問題はないる天気も良く上着は、シャツ2枚で大丈夫。小屋で小休止して最後の登りに掛る。ルートには目印の棒が立っており、判りやすい。山頂に11時30分着。山頂を示す標識が雪面の上約20pしか出ていない。山頂からの眺めは、曇りで良くなかったる時々尾瀬方面が見えたる
中門岳方面は雪庇が張り出していた。下山の途中スキーで登ってくる人を3人見かけたる

日光雲竜渓谷
1月31日火曜日 晴れ
メンバー 大内、若菜夫妻、高秀、鶴見
登山口6時30分
行きは、林道を通り、帰りは沢を下る。全ルートしっかりしたトレースで歩きやすい。1月28日に日光警察の訓練で約30名位入山したためか。
若菜夫妻は、初めての雲竜。大きな氷柱に感動したようだ。高巻きして雲竜瀑に到着。100mの滝は完全に凍りついている。
帰路の途中、おでんパーティーで体を温める。

足尾 夏小屋沢
1月24日火曜日 晴れのち曇り
メンバー 大内、高秀、鶴見
足尾駐車場8時着
黒沢の氷壁は、F2が溶けて薄いようだ。
鶴見は、アイスクライミング初体験。夏小屋沢で2本登る。

安達太良山
2012年1月17日(火曜日)晴れ
メンバー 大内・鶴見・若菜夫妻の4名
あだたら高原スキー場 奥岳8時30分-----勢至平----峰ノ辻----11時20分安達太良山頂-----ゴンドラ山頂駅-----奥岳1時30分
大平町を5時出発。天気は曇り空だが予想では晴れ。二本松ICで高速を降り、あだたら高原スキー場に向かう。スキー場までスタッドレスタイヤで問題無く着く。
8時に無料駐車場に着いたが、平日のためか、スキー客もまだいない。
スキー場パトロール隊詰所の右奥よが登山口。馬車道と旧道があるが我々は旧道を進む。20分ほど歩くと、暑くてアンターを脱ぐ。約1時間で勢至平に着く。積雪は15pからから20p程度。つぼ足で進む。途中山スキーの方に抜かれる。さすがにスキーは速い。峰ノ辻に着いた頃になると、晴れていた空が曇り、山頂が見えない。
岩と雪のガレ場を直登して、山頂に続く稜線に出る。山頂へは左から巻くように鎖場を登る。11時20分山頂着。曇っていて、展望はよくない。記念写真を撮り、山頂直下の風の当たらないところで、行動食を食べて小休止。アイゼンを着けることなく。登頂で来た。
下山は、ゴンドラ山頂駅に向かう。山頂駅までは、膝までのラッセルで疲れた。このルートには人が入っていないようだ。山頂駅からは、スキー場のゲレンデを下る。
この時期、ゴンドラは土・日曜のみの運行。逆コースだと、ゴンドラ山頂駅から山頂までは、ラッセルで苦しめられると思う。

 
那須茶臼岳
2011年12月31日 晴れ
メンバー
大内・高秀・鶴見
6時30分大丸駐車場・・・・・・9時30分時山頂・・・・・・11時30分大丸駐車場
大丸駐車場より峠の茶に向かう。我々がトップパーティーのようだ。峠の茶屋手前より左の沢に下り、中央の尾根にとりつく。腰までのラッセル。尾根からもしばらくは、膝上までのラッセルをしいられる。尾根を登りきると、雪と岩のミックス地帯を登りその先は、雪渓を直登し、ロープウェイの山頂駅から頂上への夏道に出る。
天気は快晴だが山頂付近は風が強い。山頂で記念写真を撮り、お鉢巡りのルートで峰の茶に向かう。途中朝日岳の東南稜が良く見えたが雪が全然ない。
今回のルートは、はじめて登った。冬だから登れるアルペン的なルートであり、ラッセル、雪と岩のミックス、雪渓の登りと雪山訓練に最適であった。

大菩薩嶺
メンバー若菜夫妻
 12月26日午後10時30分大平発…午前2時30分登山口着(上日川峠)車中泊…   12月27日7時30分起床…8時30分登山開始…10時30分大菩薩嶺登頂…11時20分下山開始…12時50分下山

 当初雪山登山を想定していたが全く雪がなく普通の登山となり残念だった。しかし気温は低く12月の冬山を感じるから事が出来た。
 山頂付近の展望はなかったが尾根道からの展望よく目前には、富士山がそびえ南アルプス山岳が横たわり絶景といっても過言ではないという風景を満喫できた。

雲取山

メンバー  若菜夫妻
 12月12日 
4時30分大平町発…8時鴨沢登山口着…8時30分登山開始…1時30分雲取山山頂…2時雲取山山荘  泊
 12月13日
6時起床…8時30分下山開始…12時15分鴨沢登山口着
 初めての冬山登山テント泊、 不安を持ちつつも登山開始、1000メートル付近までは積雪はなくなだらかな登りが続く。
 1500メートル付近過ぎをこえた辺りから徐々に積雪があるが歩行に問題なく雲取山登頂。
山荘付近は一面銀世界。
テン場は貸し切り。
 夜風も無く明る過ぎるくらいの月明かり、銀白の世界、東京方面からの夜景の光。
 寒さを除けば別世界。
13日朝
  6時起床。 寒さのため外に出られない。 温かい食事が体にしみる。8時30分下山開始。天候よくなんなく下山。


富士山・お鉢巡り
2011年10月25日〜26日 快晴
メンバー 大内・鶴見
10月25日 午前9時発大平町-------富士宮5合目(1時)----8合目避難小屋(午後4時)泊
10月26日 8合目(午前4時)----剣が峰(6時30分)-----お鉢巡り----富士宮5合目(10時)
避難小屋で初めて一夜を過ごしたが、丁度天気が冬型に変わり、夜半より風も強くなり、寒くて何度も目覚めた。午前3時に起床。温かいミルクティーが美味しい。
4時に小屋を出発。満天の星空。星に手が届きそう。北斗七星、オリオン星座、プレアデス星団、等がすぐに判った。
5時50分雲海より太陽が顔を出した。風もなく太陽の光が温かい。6時30分山頂に着く。雪はどこにもない。時計回りにお鉢巡り。途中山梨側に影富士を観ることができた。約40分で一周。下山する。

雨飾山
2011年10月9日〜10日 快晴
メンバー 鶴見・渡辺

10月9日  午後4時大平町発-----北関東道路----上信越道----長野IC----小谷温泉---午後9時雨飾山登山口
10月10日 午前6時登山口発-----荒菅沢(7時)------笹平(8時30分)----雨飾山山頂(9時)-------登山口(12時)
午後9時頃登山口に着いたが、駐車場は満車状態。車中泊。
登山口から約1時間で荒菅沢に着く。沢の上流には、真っ青な空に三角に尖った雨飾山が見える。紅葉は、今が一番の様だ。空の青と赤、黄色、橙に紅葉した
山が映える。沢を渡りジクザクな急登をしばらく頑張ると笹平に着いた。一面笹に覆われた山稜を進み、山頂に着く。山頂は2つのピークがある。三角点は、奥のピークになる。山頂からは、糸魚川市の町並みとその先には。日本海が見えた。白馬岳、その先には槍の穂先が見えた。

会津磐梯山
2011年9月28日
鶴見単独行 快晴
午前5時大平町発-----8時15分八方台登山口----10時磐梯山山頂10時30分----11時45分八方台登山口----3時大平町
紅葉には、少し早すぎた。45座目の百名山。

鹿島槍ヶ岳

2011年9月8日〜9日
鶴見単独行
9月8日 午前5時大平町発--10時扇沢登山口-----柏原新道----午後2時爺ヶ岳山頂-----4時冷池山荘着宿泊
9月9日 午前6時冷池山荘発----7時15分鹿島槍ヶ岳山頂----冷池山荘---柏原新道---12時30分扇沢登山口−−午後5時大平町着

当初鹿島槍には、8月上旬に行く予定していたが、天気予報では、悪かったので延期した。その後新潟・福島県で集中豪雨があった。
9月8日は、快晴。2回目の小屋泊なので、のんびり行くことにした。扇沢登山口は、平日なのにすでに満車状態。登山口を過ぎ一番遠い所に駐車できた。
柏原新道は、登山口からいきなりの急登で、約40分で扇沢のバスターミナルが見える所に着いた。ひと汗かくと、リズムも整い快適な山登り。3時間で種池山荘に着いた。山荘の前の広場からは、針ノ木岳と雪渓が良く見えた。そのうちに登りたい山だ。爺ヶ岳に午後2時着。山頂からは、鹿島槍の北峰、南峰が目の前に見えた。
冷池山荘までは、トラバース気味に約2時間の道のり。途中赤岩尾根を見たが、名前の通り赤い岩肌がゴジラの背の様だ。
冷池山荘は、宿泊9,000円(2食付き、水1リットルサービス)10人位の大部屋である。小屋泊は鳥海山いら2回目になる。6時の夕飯後小屋のテレビでなでしこ対北朝鮮のサッカーを観て応援したが1対1の引き分け。残念。
9月9日 起きると外は小雨。昨日はあんなにいい天気だったのに。5時に朝食をいただき、買ったばかりの雨具を着て、6時出発。景色は何も見えず、したすら歩く。
最後つづら折りの急な道を登ると、ひょっこり山頂に着いてしまった。南峰が最高点。北峰は、見えず小雨なので行くの諦め、きた道を引き返した。

南月山
2011年8月30日
鶴見単独行
午前6時大平町発-----峰の茶屋駐車場-----9時30分南月山山頂----峰の茶屋駐車場
鹿の湯43度に入る(400円)

インド・ラダック・マリ主峰登山(6585m)
マリ峰はインド北部のジャンム・アンド・カシミールの中国国境に位置し、西峰(6560m)と東峰(6585m)が吊尾根でつながっている双子峰である。西峰は2004年インド海軍隊によって初登頂された。東峰はパンゴン山脈の最高峰として鋭いピラミダルな雪と岩の山姿を未登峰のまま残していた。
なお「マリ」はラダック語で「赤い山」の意である。

メンバー 隊長 沖允人 登攀隊長 粂川章 隊員 大内一成 片柳紀雄 毛塚勇
6月25日 AI-307便で成田からデリーに向かいIMFの宿舎に入る。
   26日 デリー滞在 相変らず暑い所だ。
     27日 朝のAIRWAYでデリーからレーに移動。カング・ラ・チャンホテルにチェクイン。
     バス・トイレ・TVのある快適なホテルだ。レーは標高3500m
で過ごしやすいところだ。
     28日 レー滞在。高度順化を兼ねて日本寺まで行く。
     29日 レー滞在。朝食前にチベット仏教のゴンパに登る。
     30日 高度順化を兼ねて世界一高い峠カンドン・ラ(5601m)に行く。
7月  1日 レーを後にタンツェ(3795m)へ移動。
       2日 タンツェたちパルマ村(4651m)を通りBC予定地に向う。パルマのチエック
             ポストで書類の不備があり5時間ほど待たされる。午後3時小川の流れる草原に
             BC(4600m)を建設する。
       3日 片さんとC1(5600m)予定地まで登り水場、テント場を確認する。
       4日 BCで休養。
       5日 5400mにABC 5600mにC1を設営する。片さんとABCに泊まる。
       6日 片さんと6000mのコルまで登り100mロープフィックスし下る。
       7日 BCで休養。沖さん粂さんC1泊まり。
       8日 5800mにC2設営。
       9日 片さん毛さんと3人でC1に泊まる。
     10日 片さん毛さんと3人でC2に泊まる。未明に雪が降る。天気の変わりめを感じる。
     11日 午前3時C2を出発。風はあるが曇り空。ヘッドランプの明かりでクラストした
             雪面をコルまで登る。コルから山頂までの約600mは時間を掛ければ山頂に立
          てると思っていたが、50〜60度のダブルアックス領域でロープを使用し支点を
          作りながら登る。さらに時として現れるクレパス、そして頂上直下の深雪と一
          筋縄ではいかなかったが午前10時50分山頂に立つことが出来た。
     12日 2次隊の沖さんと粂さんがC1に上がってきて5人が揃う。
     13日 C1停滞 毛さんBCへ下る。
     14日 沖さん粂さん片さんC2泊まり。C1は私1人となる。夕方から雪となる。
     15日 沖さん粂さんと3人でC1泊まり。片さんBCへ下る。
     16日 C1 C2を撤収し全員BCへ下る。
     17日 BCで打ち上げを行いタンツェへ移動。
     18日 タンツェからレーに戻る。旅行者の姿が多くなる。
     19日 レー滞在。
     20日 レー滞在。
     21日 レーから空路デリーのIMF宿舎へ。
     22日 午後9時20分発のAI-306便で成田へ。
     23日 1時間遅れの9時成田着。
第2次登頂隊の沖さんと粂さんは7月14日最終キャンプ(C2)に入ったが天候悪化(降雪)と滞在書類の不備のため、やむなく登頂断念を決意した。
最後に今回の登山に際しては栃木県南地区山岳協議会の方々、成田への送迎にあたっていただいた方には大変お世話になりました。
またこころよく送り出してくれた家族のみなさまには感謝の念でいっぱいです。これからもとよしくお願いします。

富士登山
2011年5月15日・16日 天気晴れ
メンバー 大内・青木・鶴見
5月15日 12時30分 御殿場口駐車場-----18時30分 3000m地点ビバーク
5月16日 3時出発----6時15分山頂---6時30分山頂発----10時御殿場口駐車場
天気もよく風もなく登山日和でした。ただ、ビバークは、寒かった。

那須朝日岳東南稜
2011年1月9日 日曜日
メンバー 大内、鶴見、星野

 

社山(日光)
2010年9月12日
メンバー大内・星野・鶴見
半月山より稜線を往復する。アップダウンが多くあり、良いトレーニングになった。山頂からは、足尾の山々、中禅寺湖、男体山の雄大な景色を堪能した。是非もう一度紅葉の時期に来たいと思う。
8時半月山駐車場、社山山頂10時。

蔵王山 1841m
2010年9月4日
メンバー 鶴見・4名
朝5時に栃木を出発する。東北道、山形道と車を走らせ9時に蔵王ロープウェイー山麓線に着く。
ロープウェイを乗り継ぎ、蔵王地蔵山駅に着く。熊野岳に向かうが、稜線に出ると風が強く、帽子が吹き飛ばされそうになる。
雲が下から上がってきて、視界も悪い。お釜まで行く予定であったが、熊野岳で記念写真を撮り、下山する。
帰りは樹氷高原駅までゲレンデを下る。蔵王温泉に入り疲れをいやす。栃木には18時30分着。

苗場山2145m
2010年8月26日
鶴見単独行
8月25日職場の足利を18時ごろ出発。関越道塩沢石打インターを降り、小赤沢に向かう。
三合目の駐車場に12時ごろ着。車の中で仮眠を取る。
5時30分に三合目を出発する。私のほかに二人の登山者がいた。前日に降った雨で登山道は、かなり濡れている。
約2時間30分歩くと、突然視界が開け、湿原に飛び出す。山頂には9時に到着。平日のため、登山者は少なく、山頂の記念撮影は、自分でシャッターを切る。高層湿原に設置してある、ベンチで30分ほど仮眠したが、天気も良く下界の猛暑を忘れた。
帰り道に苗場神社にお参りをして、下山する。百名山40座目。

甲斐駒ヶ岳 2967m
2010年8月3日
メンバー 大内、星野、鶴見
大平町を8月2日の午前8時に出発。北関東道路、上信越道、中央道の伊那ICで下り、仙台荘で市営バスに乗る。約1時間で北沢峠に着く。
今日は北沢長衛小屋キャンプサイトに幕営する。
8月3日午前12時30分起床。朝食を済ませ、霧雨の中、1時30分出発。ヘッドランプの明かりを頼りになだらかな道を仙水峠に向け、樹林帯を進む。
仙水峠からは急登が続く。駒津峯で小休止。(4時)ここから先は、やせ尾根を登り下りを繰り返しながら、進む。直登コースで山頂に向う。岩稜を過ぎると、ガレ場、砂道で滑り歩きずらい。5時30分山頂に到着。残念ながら、ガスで回りの山は何も見えない。祠の前で記念撮影。小雨が降り出したので、早々に下山開始。来た道を引き返すが、ガレ場で2羽の雷鳥に遭遇する。駒津峯で大内さん星野さんと別れる。二人は仙丈ケ岳を目指して、天狗の様に駈け下って行った。私は、古傷が痛み、仙丈ケ岳はあきらめた。下山は、双児山経由ルートで下りたが、このコースがけっこう急さかで長く感じた。
北沢峠には10時着。

仙丈ケ岳(3033m)
ダブル登山の1つ甲斐駒をまず登る。
下山途中鶴見君が足に激痛を訴えるが駒津峰まで何んとか頑張ってもらう。自力下山可能とのことで、私と星野君は次の目標に向けて先に下山する。
北沢峠出発(8:30)この時間になると登る人はほとんど見られない。相変らず濃い霧が来拠
する。3合目より私が先行する。5合目で落ち合い計画実行の確認をする。小仙丈直下の登りで雷鳥の親子連れに行きあう。小仙丈ケ岳越え平坦なトラバースをたどると仙丈ケ岳山頂に達した。(11:20)山頂には5〜6人の登山者がいた。相変らず視界が悪く霧間にカールの雪渓と仙丈小屋が見えた。星野君も到着し記念写真を撮る。
下山は仙丈小屋より馬ノ背ヒュッテ、藪沢小屋経由のルートたどる。途中雨に会いカッパを着たり脱いだりの登山になる。5合目からは登ったルートを北沢峠へ下る(14:00)
峠では鶴見君が天幕を撤収して待っていた。
視界の悪いダブル登山であったが、こころよい疲労感に包まれた一日だった。(大内 記)


谷川岳一ノ倉沢烏帽子奥壁中央カンテ
610
メンバー 大内 鶴谷
タイム 出合発600 取付710 登攀開始730 登攀終了1130 下降開始1200 
南稜テラス
230 出合330

久し振りの一ノ倉沢、天気は快晴しかし出合いに立つと肌寒い。今年は雪渓は

多いようだ。ひんやりした雪渓を登りテールリッジに取付く。テールリッジはベ

タ張りされた残置ロープ、昔では考えられない光景がそこにあった。中央稜には

1パーティが取り付いていた。我々はカンテの取り付きへ。ブヨ多く直ちに登攀

準備をしてトラバースに入る。凹状ルンゼは浮石が多く少々緊張する。凹状と別

れカンテラインに入る岩もしっかりしており気持ちよい。6P目W級のチムニー

は乾いており快適だった。しかし7P目のV級の岩場は傾斜が落ちており足場に

なる所に砂礫が乗っていて不安定極まりなかった。いよいよ核心部の8P目下部

の垂壁、上部の凹角はA0でクリアーした。四畳半テラスで一息入れる。イワカ

ガミ、ツガザクラに心癒されながら烏帽子岩を目指して後半に入る。草付きのチ

ムニー、草付きの壁とルートは易しいが確実にランニング取っていく。最後の逆

層のルンゼは湿っぽくて嫌らしかった。トータル12Pの登攀だった。終了点から

は出合の車もよく見えた。

いよいよ南稜の下降だ。今日は下に他のパーティはいないので安心してロープを

投げる事が出来る。しかし傾斜のない所での50mのロープは扱いにくい。途中馬

の背リッジの所でロープが回収出来なくなり登り返すアクシデントもあった7回

懸垂で南稜テラスに着く。最後の2回は50mいっぱいの懸垂だった。

テラスで武装解除し、こころよい満足感に浸りながらテールリッジを下る。

富士山
2010年5月29日
メンバー 大内・渡辺(日立山岳会OB)・鶴見
天気 晴れ
富士宮6時30分、山頂10時30分
5月29日AM3時に大平を出発麓は小雨であったが、3000mを越える頃には、天気は快晴。
今年は雪が多いようで、下りは6合目まで、雪渓を下ることが出来た。

那須茶臼岳
2010年1月11日 
メンバー 大内・鶴見
天気 晴れ
大丸駐車場7時〜茶臼岳山頂8時50分〜大丸駐車場10時25分
西高東低の冬型のであるが、県北は曇りのち晴れの予報。事実朝5時に出発する時はの空模様は曇り、月が霞んで見えた。
大丸駐車場に着くと、天気は晴れ、少し風があったが登山には問題ない。
大丸駐車場からは、トレースが付いており、途中二つのテント側を通り、快調に登る。峰の茶が見えるときに来た時、先行パティーが4人確認できた。我々は峰の茶に寄らずに、茶臼岳に直登する。かぜもあまりなく1時間50分で山頂の石の祠に着く。写真を撮り、小休止して、お鉢周りのルートで下山する。
大平町12時着。

パルチャモ登山(6178m)
メンバー 大内 渡辺 斎藤
1019日 11時成田発 香港経由で24時カトマンズ、FUJIホテルに落ち着く。
  20日 カトマンズ滞在 買い物
  21日 620分のファーストフライト(20人乗りのセスナ機)でルクラへ、朝食
     後トレッキング開始。今日の目的地ガートのロッジ着(1330分)
  22日 朝食後早めにスタートする。緩い登りでサガールマータ、ナショナルパーク
     のゲイトをくぐり今日の泊まり場ジルサレのロッジ着(1220分)
  23日 今日はナムチェまで登り道だが以前より道が整備され歩きやすかった。ナム
     チェのパノラマロッジは前回も泊まったが新築された部屋で大変満足した。
     ナムチェ着(1000)午後郵便局に行く。
  24日 今日はナムチェ滞在。エベレストビューホテルでエベレストを望みながらコ
     ―ヒーを飲む最高の気分である。クムジュンを回ってナムチェに戻る。
     高度は3500m前後となり体が高度を感じるようになる。
  25日 TKパーティと別れてターメヘ。富士山の高度を越える。
  26日 ターメから左岸の道を行く。後方にはタムセルク、カンテガ、アマダブラム
     が見える。11時前テンポカルパのパルチャモ・ビューロッジ(4230m)に着
     く。パルチャモの山頂が見える。午後順化のため裏山に登る(350m)
  27日 いよいよBC入りだ。高度は4700m全員順化がうまくいっているようだ。前
     方には目標のパルチャモが、午後順化のため5000mまで高度を上げる。天気
     は午後になると雲が現れるようになる。
  28日 昨日登った5000mにUP・BCを設ける。気温は朝方マイナス10度近くに
     なる。
  29日 モレーン、氷河そして急峻なガラ場を登り大岩壁の下をトラバースし5600
     mにHIキャンプ用のテントを張る。午後ハイポー(チダさん)と2人でフ
     ィックスを張りに行く。
     200mのフィックスを張り登頂体制が整った。全員の体調もベストなので明日アタックすることにする。
1030日 AM100早めに起床し体を動かしながら準備をする。AM230HIキャンプを後にする。真っ暗な中ヘットラ
ンプの明かりで昨日のフィックスを目指す。

     時折強風が我々を襲う。フィックスにユマールをセットし、闇、寒さ、強風を
     ついて登る。200mフィックスの上に新たに100mのフィックスを張る。
     フィックスを越えると傾斜も落ちHIポター、私、斎藤、渡辺の順でアンザイレ
     ンしコンテで一歩一歩ゆっくり登る。
     山頂に続く稜線着くと東の空が明るんできていた。遠くエベレストも望めた。
     やがて我々の登る稜線にも朝の太陽の日が差してきた。体が温かくなっていく
     のがわかる。ナイフリッジを越えると56人集まれる山頂がそこにあった。
     AM710分ついにやった。4人とも山頂に腰を落とし感激に浸る。
     久しぶりに飲み物、食べ物を口にする。周囲の景色を写真に収め720
     山頂を後にする。下りもコンテで慎重に下降する。100mのフィックス下降し
     200mのフィツクスを下降中ドイツチームが10人ほど取り付いてしまい下降が
     できなくなる。彼らの登降器を外し無事下降する。斎藤君の指が凍傷になって
     おり初期治療を行う。午後HIキャンプを撤収しUPBCに下る。
1031日 斎藤君の指は水泡になっていた。ターメを経由しナムチェまで下る。
     パノラマロッジに医療関係者がおり治療を受ける。
111日 早朝チャーターした単発4人乗り飛行機でカトマンズへ、午前中病院で治療を
     受ける。その日の成田行きのチケットが取れたので渡辺、斎藤は岐路に着く。
  2日 カトぶらぶら
  3日 TRパーティがカトに戻る。
  4日 ナガルコット観光
  5日 世界遺産シャングナラヤン観光
  6日 カトに戻る。
  7日 TRパーティ帰国
  8日 カト市内外観光
  9日 休日
  10日 カト市内外観光
  11日 買い物
  12日 帰国

マチガ沢支流シンセン左俣
平成21年9月25日
メンバー 大内・鶴谷
天気 晴れ
タイム マチガ沢出合7時 左俣取り付き着8時40分 登攀終了10時20分 取り付き点11時40分 マチガ沢出合着13時20分
5時に大平を後にする。高速に乗り6時50分にマチガの駐車場に着く。上部はガスに覆われており稜線は見えない。巌剛新道を登り展望台よりマチガ沢に下降する。大滝を越えて流れのないシンセン沢に入り取り付きで登攀準備する。
乾いたスラブのルンゼにロープを延ばし快調に核心部に達する。核心部も乾いており快調だった。今回は終了点より同ルートを下降する。懸垂下降、クライムダウンを行い取り付き点に戻る。マチガ沢上部は紅葉も始まりいい具合に色ずいていた。
今回は会友の鶴谷君の本番デビュー山行だった。

富士山
平成
21616
メンバー 大内 渡辺 斎藤 田澤 手塚 大木
天気 濃霧
タイム 富士宮5合目駐車場130分 剣ケ峰730分 5合目駐車場1100
駐車場を出発時、風は強かったが空にはおぼろ月も見えた。6合目に着く頃には濃霧となりヘッドランプの光源も届かなくなる。夜が明けても視界はなく足元を見ながらの登行。何回かホワイトアウトに襲われる。
9合目でアイゼンを着装する。ここより手塚、大木は下山する。強風、濃霧に加え霰の洗礼を受けながら視界の悪い中を富士宮口山頂の鳥居に達する。9合目上部は昨年のこの時期と比較すると残雪は多かった。
さらに強風をついて剣ケ峰、最高点をタッチし早々に下山する。下山は雪渓通しに7合目まで一直線下る。6合目に着くころには、時々山頂まで見える天気となった。腰につけていた万歩計の歩数は16,000歩を示していた。

槍ヶ岳
平成21年5月26日
メンバー 大内・鶴見・星野
天気 晴れ
新穂高温泉5時20分〜槍平10時着 〜飛騨乗越14時30分〜槍ヶ岳山頂15時15分着 〜槍平18時着ビバーク
27日 槍平4時出発〜新穂高温泉7時30分着
駐車場は、有料のみ 時間制で2,500円掛った

5月25日の20時に大平町を出発、新穂高温泉には25時に着く。車内にて仮眠。
26日4時30分に起きる。天気は良く、5時20分に出発する。林道を進み、穂高平避難小屋、で小休止。白出沢を渡ると登りになる。
沢に掛かると雪渓があり、アイゼンは必要ないが、トラバースには注意したい。滝谷出会いでは、遠く頭上にジャンダルムが見えた。
槍平は、雪に覆われ、大木の根元に必要のない荷物をデポする。
飛騨沢をキックステップで進む。空は青空、上空を飛ぶ飛行機も見える。飛騨乗越に向かい雪渓を進む。
槍ヶ岳山荘より見上げる槍には、雪がなくゴツゴツした岩に、2本の梯子が垂直についているのが見える。慎重に石を落とさないように登り、
15時15分山頂に着く。祠をバックに記念撮影する。360度のパノラマ。まだ登ってい
ない北鎌尾根独標、北尾根の岩稜がはっきり見え、挑戦を約束する。
岐路は、尻セードで降り、18時槍平につく。ツエルトでビバーク態勢に入る。


美ヶ原・霧ヶ峰
平成21年5月4日
中の湯を出て、美ヶ原山本小屋駐車場の車の中で眠る。
5時半に起き、美ヶ原玉ノ頭に向かう約50分で山頂着。下山して霧ヶ峰車山駐車場に移動。

霧ヶ峰車山駐車場からリフトには乗らず10時45分山頂着

北アルプス 焼岳
平成21年5月3日
メンバー 鶴見単独
天気 晴れ
中の湯6時30分 赤岳北峰10時
2日大平町を出発して、中の湯 旧安房峠の10号カーブ先駐車場に12時着。
最初結構急な樹林帯を進み、やがて、焼岳の南峰と北峰が見える平原に出た。アイゼンを着け、噴煙の立ち上る南峰と北峰のコルを目がけて登り始める。
強い日差しで、上着は2枚でも汗ばむ。先には5、6人の登山者のみ。硫黄の匂いがときおりする中、北峰の直下に着く。右から回り込み頂上に立つ。山頂には雪がなく、穂高連峰の槍が傾いて見えた。眼下には上高地の赤い建物もよく見えた。帰りは同じ道を引き返し、中の湯で湯につかった。入浴料700円。

富士山
平成20年11月18日
メンバー 大内、鶴見
天気 晴れ
前日大平町を出発。富士宮口駐車場で車泊。
富士宮口AM5時30分出発。風が強く八合目小屋で待機。天気予報では、19日から冬型になる予報であったが、富士は寒気が流れ込んでいるようで、風も強く、とても寒い。アイゼンを装着。約30分様子をみて、風が強いので行けるところまでということで、出発したが山頂に11時30分に着いた。鶴見7回目の登頂。

鳳凰三山
平成20年10月29日〜30日
メンバー 大内、鶴見
天気 晴れ
10月28日PM8時に大平町出発、佐久インターから141号線を南下韮崎手前の道の駅で仮眠。
29日AM7時青木鉱泉に着く。
29日 青木鉱泉AM7:30 鳳凰小屋PM12:30 地蔵岳一周 鳳凰小屋テント泊
30日 鳳凰小屋AM5:30 観音岳AM7:10薬師岳AM7:40 青木鉱泉AM10:40

青木鉱泉からドンドコ沢道を行く。紅葉には遅すぎたが、所々赤く色づいた樹林帯を進む。登山道からは、滝が見え水量が多い。沢の一番上五色の滝は登山道から良く見えた。鳳凰小屋にテントを張り、地蔵岳に向かう。地蔵岳のオベリスクが大迫力で迫る。オベリスク直下まで登り、甲斐駒をバックに写真を撮る。風が冷たく、無理せずに、観音岳手前からテント場に戻る。

テント場から約50分で稜線に出て、観音岳に登る。振り返ると昨日登ったオベリスクが稜線の先に見えた。朝日が昇り、富士山が黒いシルエットで雲海の上に浮かぶ。北アルプス方面は真白に雪をいただいている。八ケ岳の右横には、浅間山が白い噴煙をもくもくと上げているのが見えた。
富士山を前に見ながら稜線を薬師岳に下る。薬師岳で休憩を取り、今回の山旅をふりかえり山々を目に焼きつけ下山した。


北岳バットレス第4尾根、中央稜
平成20年7月28日〜30日
メンバー 大内、鶴見
天気 霧雨、農務のち晴れ
7月28日AM5:30大平町を出発。北関東道路、上信越道路、中央道、中部横断道路 白根ICで降り、芦安でバスに乗り換え、広河原に着く。今にも雨が降り出しそうな空模様のため、広河原山荘脇にテントを張る。

真っ暗な広河原を後にし、ヘッドランプの明かりで大樺沢ルートを登る。二股には前回来た時より多くの残雪があった。
雪渓を横断し大樺沢左岸の夏道を登り、バットレス沢出合へ。出合には残雪があり、右岸より回り込んでバットレス沢に入る。濃霧の中、霧雨が降ったり止んだりの天気だ。bガリー大滝取付きにも多くの残雪があった。下半身ずぶ濡れで風があり雨具を着ての登攀だ。
1P左上して正規ルートに入る。途中より濃霧が切れ、暖傾斜地帯を経て4尾根取付きへ。(AM7:00) 
4尾根を2P登った時点で再び濃霧におおわれ視界不良となる。マッチ箱を越え枯れ木テラスで時間待ちをするが変化ない。思い切ってCガリーへの降下を開始する。沢に着いた時より濃霧が切れる。やはり残雪があり、ガリーををハング下まで詰める。(AM10:30) 雪渓を利用して中央稜核心部のトラバースに入る。かぶり気味でいやらしい所だ。次に凹角を直上し途中より右上し第2ハングを越える。傾斜の強い稜をがっちりしたホールドを頼りに登ると頂上直下の終了点に達した(PM1:00) 頂上を経て、疲れた体に気合を入れ、御池経由で広河原に下る。

富士山 富士宮口
平成20年5月22日
メンバー 大内、鶴見、根本、田澤
天気 快晴
5月21日 20時大平町を出発、東名御殿場で降り、富士宮口五合目23時30分到着。テント泊。
5月22日4時起床。5時に出発。登山口の階段は、雪で埋もれている。
6合目の小屋に着いたらその上より雪があるので、アイゼンを装着した。
天気は快晴で、西風が時々強く吹く程度で直登する。10時山頂着。記念撮影と行動食を食べる。
10時30分下山開始。12時五合目到着。


日光奥白根山
平成19年12月4日
メンバー 大内、星野、鶴見
天気 曇り時々晴れ
三人で日光奥白根山に湯元より登りました。
天気は、朝の内時雨ましたが、まあまあの天気でした。但し山頂よりの展望は、悪かった。
大平町を4時に出発。午前6時30分湯元発、前白根9時30分 奥白根山頂10時50分 湯元着午後2時10分

山頂より下山の時に一箇所危険なところがあり、避難小屋までアイゼンを装着する。
天気は、冬型のため、時々雪が舞い視界は良くない。男体山方面は晴れている。

富士山
平成19年11月15日
天気 晴れ 山頂付近 強風
メンバー 大内・鶴見
富士宮口より午前六時五合目出発 山頂到着 10時15分
前日大平町を出発。天気は、今年一番の寒気が流れ込む。東北地方では、雪。
鶴見五回目の登頂を果たす。

巻機山
平成19年8月2日
メンバー 鶴見単独
天気 快晴
8月1日午後8時大平町を出発 登山口の清水駐車場には、12時に到着。
午前4時半出発。当初はヌクビ沢より登る予定でいたが、沢道は雪渓があり危険なため登山禁止になっていた。尾根道コースをとることにした。
登山道は、整備されており特に危険場所もない。稜線には、ワタスゲ、ニッコウキスゲが咲いていた。
ニセ巻機山を下りると避難小屋がある。大変綺麗な小屋で、内部にトイレがある。小屋から山頂の間に湖沼が点在する。沼の周りにはワタスゲが咲いている。
山頂到達7時45分。眺望は大変良い。山頂で食事をして下山。帰りに登山者八人とすれちがう。下界では、やっと梅雨が開け、猛暑であるが、静かな山旅であった。約二時間で駐車場にもどり、岐路に着く。大平町着午後2時。

富士山
平成19年5月21日
メンバー 大内、鶴見
天気 快晴
富士宮口を午前5時出発、我々の他に7〜8人上る人がいたが、スキーとスケボーを担いでいた。
9時半山頂着。気温10度、無風。南アルプス、北アルプスが良く見えた。四回目の頂上だが、こんなに眺めが良いのは、初めて。
山頂発11時、富士宮口1時着。

男体山 大薙ぎ
平成19年3月
メンバー 大内、富安、鶴見、中里

日光七滝
平成19年2月3日
メンバー 大内、鶴見
天気 晴

四阿山
平成18年8月2日
メンバー 鶴見単独 天気晴れ
今年は梅雨明けが遅く、関東地方では7月31日にようやく梅雨明けとなりった。
前日1日に大平町を午後8時に出発。菅平高原 菅平牧場の駐車場で車内にて仮眠する。空気がすんでおり満天の星空と天の川に感動する。
翌朝6時出発。花の100名山である根子岳を目指す。草原には色鮮やかに高山植物の花が咲き乱れる。根子岳山頂8時頃。天気は良く360度の展望を楽しむ。一度笹薮の草原に下り、四阿山に9時30分着。頂上には2つの祠がある。山頂では、夫婦と出会い記念に写真を撮ってもらう。11時30分牧場着。

奥秩父 金峰山
平成18年5月6日
鶴見単独行
天気 快晴
5日大平町を午後8時出発。上信越道佐久インターで降り、141号線を南下、須玉より増富ラジウム温泉経由で瑞薔山荘に午後12時30分着。
6日午前5時45分山荘を出発、山頂着10時。午後1時30分山荘着。
大日岩から5丈岩手前まで、残雪があり早朝はアイゼンを付けている人が多くいた。この時期アイゼンは必要だが。
山頂からは富士山、北岳、甲斐駒などが良く見え、気温も高く爽快な登山であった。
大平着午後6時30分。渋滞なし。

八ケ岳 阿弥陀岳 北稜
平成17年12月20日
メンバー 富安、鶴見
19日午後7時大平発、美濃戸口12時着、車内にて仮眠。
数日前から西日本、日本海側は連日大雪にみまわれている。
八ケ岳は、人も入っているだろうと思ったが、平日の為、他のパーティーは1組(2人)のみ。
行者小屋までは、トレースがあり問題なし。その先阿弥陀岳北稜には、誰も入っている形跡なし。
取り付きまで、ラッセル、雪が深く難儀する。しかし、風がない為八ケ岳特有の凍傷になるほどの寒さは、感じられない。
富安氏がリードして、登攀開始。順調に高度を稼ぐ。但し鶴見の体力不足とラッセルに時間が掛かり、
午後3時阿弥陀岳山頂に立つ。2年前に南稜より登頂して以来2回目の山頂。
写真を撮り、すぐに下山開始。中岳のコルから行者小屋に向かう。行者小屋着5時。ヘッドランプを付け美濃戸へ向かう。
美濃戸口着午後8時。 大平着午後12時。

富士山
平成17年11月23日
天気 快晴 風 少し強い
メンバー 大内、富安、星野、鶴見
登山口 富士宮口
22日午後8時 大平町を出発。登山口に12時着、道には、雪もなく問題なく着く。
23日午前6時20分出発。 9合目よりアイゼンを装着する。雪は、少なく歩きづらい。
祭日のせいか登山者も10人ぐらいいた。
山頂に11時30分頃星野、鶴見の2名到着。
午後2時富士宮口に下山。大平町午後6時着。

白毛門
ゼニイレサワ

ンバー 大内、富安、鶴見、星野、渡辺
平成17年9月18日
栃木県南山岳協議会主催による集中登山が実施された。
コースは、シラガモンサワ、ゼニイレサワ、湯檜曽本谷である。
我が羚羊山岳会は、ゼニイレサワを白毛門山頂を目指して登攀した。

谷川岳マチガ沢 シンセン左俣
平成17年9月1日
メンバー 大内、鶴見
1日午前3時大平町を出発、マチガ沢出合5時30分着。
天気 雲1つない晴れ。
マチガ沢をつめシンセン沢左に入る。マチガ沢上部には、一部雪渓が見える。(帰りには、一部崩落していた)
取り付きには、7時頃着き登攀開始。岩は、乾いていて、快適な登攀。9時前に登攀終了。東尾根に出て、シンセン右俣を下降。
東尾根は、踏み跡がハッキリしていない。登る人が少ないからか。2回懸垂下降する。12時マチガ沢出合着。

北岳バットレス第4尾根
平成17年7月28日〜29日
メンバー 大内、鶴見
7月28日午後9時大平町を出発、上信越自動車道佐久経由で芦安に向かう。
芦安の手前、道の駅で仮眠を取り、28日午前8時ごろ広河原に着く。
11時30分頃キャンプ地である御池小屋にテント設営。早速バットレス沢入口まで偵察に行く。
天気は雲1つない快晴、第4尾根が黒々と天にそそりたつ。
29日午前2時起床、モチとコーヒーの朝食。
3時にテント場を出発、4時前にバットレス沢に着き、明るくなるのを待つ。
バットレス沢をつめ、bガリー大滝に着く。ここより登攀開始、リードは、勿論大内氏、緩傾斜帯をトラバースして第4尾根のテラスには、 午前6時着。天気は、曇り、ガスが出ていて10m先が見えない状態。
1ピッチ目約30m、8mのクラックを登りハイマツのあるフェンスにでる。2ピッチ目、35mのフェンス。3ピッチ目、40m。Cガリー側に回り込み白いフェンスを登り、第1のコルに出る。4ピッチ目20mのリッジ。5ピッチ目、5mの垂壁核心部、ナイフンリッジを登りマッチ箱の上に。
マッチ箱から10mの懸垂下降。6ピッチは、岩も堅いリッジを登ると枯れ木テラスに出る。登攀終了午前8時。所要2時間の登攀。
登攀終了から踏み跡をたどり約20分で頂上に着いた。残念ながら曇り、ガスに覆われ何も見えず。記念写真を撮り下山開始。
御池小屋に10時頃着き、撤収開始。広河原に12時30分着。
バットレスの登攀は、私にとって1つの目標であった。雑誌などで第4尾根の写真を見て登攀意欲がでた。今回その目標を達成することが出来た。岩も堅く快適な登攀であった。大内氏のスピードにあおられながらの登りであったが、適切な指導により不安もなく安全に登攀できたと思う。残念ながら天気はガスが掛かり高度感があまり感じられなかったが。

谷川岳 南稜
平成17年6月14日
メンバー 大内、鶴見
午前3時起床、
一ノ倉出会4時ー南稜テラス5時30分ー終了点7時30分ー国境稜線10時ー谷川岳ー肩の小屋ー西黒尾根ー巌剛新道ー出会2時

梅雨前線が太平洋に南下した、梅雨の晴れ間をついて谷川に出かけた。
私の1つの目標であった南稜に挑戦。1週間前、藤坂ガーデンでトレーニング、調子も良く谷川に行きたいと思ったが空は梅雨空。
天気図とにらめっこ。梅雨の晴れ間が2日ほど続く予報、すぐに大内氏にメール。「大内氏の南稜に行くか」その一言で私の南稜挑戦が決まった。
天気予報通り天気は晴れ、時より涼しい風があり最高の登攀日より。緊張の中大内氏の指導の基、テラスで準備、登攀開始。
ワンピッチめは、正面のフェンスを右上ぎみに登りチムニーを目指す。ツーピッチめは、快適なフェンスを登る。3ピッチ目は、草付き帯を約60メートル進む。その上は、ハングしたの壁を巻くように登る。次が馬の背リッジ、高度感があり緊張する。次が核心部である垂直の壁。ホールドを丹念に拾い最後の壁を乗り越して登攀終了。終了地点から草付き帯を登り一の倉を目指す。5ルンゼの頭下では、ロープを付け慎重に登る。1番緊張した所。最後はふみあともない所をヤブコキ。国境稜線に飛び出す。

チョーオユー登山隊行動記録
3月30日 成田→バンコク
 TG641で成田を後にする。バンコクで
福地君の出迎えを受ける。ディナーはタイ
スキに舌づつみを打つ。
4月1日 バンコク→カトマンズ
 TG319でカトマンズに入る。キランさん
と1年振りの再会を喜び合う。相変わらず
蒸し暑く、埃っぽい街である。
4月2日 バンコク滞在
 装備の点検を行う。
4月3日 カトマンズ→ザンムー 車移動
 マイクロバスに隊荷を積み込み、ガイド、
クライミングシェルパ、コック、登山隊、ト
レッキング隊が一緒にカトマンズを後にする。
途中暴動の渦に巻き込まれる。コダリから
徒歩で橋を渡り中国(チベット)にはいる。
4月4日 ザンムー滞在
 急斜面に立ち並ぶ街並みは、危険さえ感じ
させる。やけにトラックが多く常に渋滞して
いる。我々の面倒はCTMAが行っている。
4月5日 ザンムー→ネーラム 車移動
 谷の深い山道であるが道幅が広いので安心
して乗っていられる。ネーラムの街の標高は
3700mのため潅木がなくなる。午後4000m
まで登る。
4月6日 ネーラム滞在
 4600mまで登る。
4月7日 ネーラム滞在
 4300mまで登る。シシャパンマを遠望で
きた。
4月8日 ネーラム→ティンリー 車移動
 途中ラルン・ラ(5050m)峠を越えてチベ
ット高原に入る。チョモランマ、チョー・オユー
の雄姿が遠望できた。ティンリーは標高が
4300mでゴミの多い街である。
4月9日 ティンリー滞在
 4850mまで登る。
4月10日 ティンリー滞在
 4300mの温泉に入る。
4月11日 ティンリー→CBC 車移動
 数張の大型パオテントとヤク工のテントが
あった。売店もありカップラーメンも売って
いた。標高は4800m。
4月12日 CBC停滞
 5500mまで登る。午後になると雪が降る天
候パターンとなる。穴原、田中、小林ネーラム
に下る。
4月13日 CBC→中間キャンプ ヤクキャラバン
 標高5300m テントの中の水が凍る。
4月14日 中間キャンプ→BC(5600m)
 チョー・オユー峰を正面に望むジャプラ氷河右岸
にBCを設営する。すでに10チーム入山。
4月15日 BC停滞
 BC開きを行う。高森下山。
4月16日 登山活動開始 BC→C1→BC
 標高6400mにC1を建設
4月17日 BC→C1→BC
 C1へ荷上げ
4月18日 BC停滞
4月19日 BC→C1泊り
 荷上げ 夜風強し
4月20日 C1→C2(7000m)→C1泊り
 C2に荷上げ。途中2箇所氷壁登攀(7P)を
強いられる。
4月21日 C1→C2泊り
 標高7000mにC2を建設
4月22日 C2→C3→BC
 標高7500mにC3を建設 登頂条件が整う。
下降中ブリザード、ホアイトアウトに遭う。
4月23日 BC停滞 天候待ち
4月24日 BC停滞 天候待ち
4月25日 BC停滞 天候待ち
4月26日 BC停滞 天候待ち
4月27日 BC停滞 天候待ち
4月28日 BC停滞 天候待ち
4月29日 BC→C1泊り
 天候安定しないが残日数も少なくなり
アタックに出発。一人で泊るC1は淋しい
かぎり。夜風強し。
4月30日 C1→C2泊り
 ブリザードが強くなる。セラック帯の氷壁
では上下、左右からのブリザードの襲撃に遭い
手の指の感覚がなくなる。上部プラトーでは
前進するのもままならぬ状態となる。
一晩中ブリザードが荒れ狂う。
5月1日 C2→BC
 やっとの思いでブリザードから開放される。
この日C1では16張のテント崩壊したとの
こと。我々のC1のフライもワカメになって
しまった。
5月2日 BC停滞
5月3日 BC停滞
5月4日 C3 C2 C1撤収
5月5日 BC停滞
5月6日 BC停滞
5月7日 BC→ティンリー

前穂高岳北尾根

春合宿
2004年4月30日〜5月1日
メンバー 富安、鶴見
ツエルトによる初めてのビバーク体験。それは、あまりにも快適過ぎた。前穂高5・6のコルで月を見ながら一夜を過ごした。
沢渡駐車場で前日泊。バスで上高地に入り、新村橋より慶応尾根に取り付く。天気は、快晴。Tシャツ1枚で充分。富安氏が先行し後に続く。雪は、締まっており歩きやすいが、結構つらく長い登りだ。途中で男女2名のパーティーと一緒になる。8峰に2時ごろ着く。2人のパーティーは、ここにテント泊する。我々は、迷ったが5・6のコルまで行くことにした。ザイルを付け、慎重に進む。私は、富安氏に確保されながらどうにか進む。日頃の運動不足で体力、気力とも限界。
5・6のコルでツエルトによるビバーク。空には、月と星が輝き、眼下には横尾の光が見える。ぞう煮とラーメンを美味しくいただき、寝た。
翌朝5時起き。天気快晴。前穂の岩稜には、雪が多く残っており、私の技術と体力を考え涸沢に下りることにした。
ブッシュ地帯を抜け、懸垂下降で下り、三回のピッチで安全な場所にたどり着く。約60度の下りは、雪を蹴りアイゼンとピッケルを効かせながらの下降。大変勉強になった。涸沢でビールとおでんで乾杯。鯉のぼりが青いそらにたなびき、バックには穂高の山々が美しい。

岳・阿弥陀岳南稜

入山日/2003年12月27日(日帰り)
メンバー/大内一成、富安 忠、鶴見勝司 、渡辺潤一

 それはとても厳しい稽古だった。大内氏や富安氏を前に「稽古をつけて下さい」などと軽々しく言うものではないなと、反省さえしている。それにしても寒く、厳しい稽古だった。凍傷が怖いと思った。まつ毛とまゆ毛を始めて凍らせた。鼻の皮も剥けた。いい勉強をさせてもらった。
 12月26日金曜日夜半、大平を出る。ラジオは寒気団が接近中であることをしきりに告げていた。明らかに悪天が予想された。新人2人は出発早々、天候に無頓着すぎることを指摘された。一時は「山行中止」の議論も交わされたが、日付が変わる頃には阿弥陀岳山麓にある舟山十字路にいた。気象庁の予報が外れることを期待していたのだ。さて阿弥陀岳南稜攻略のベースとなる舟山十字路だが、どのガイドブックを読んでも「道が判りにくい」とある。しかし、実際には地形図通りに道を選べば迷うところはどこにもない。
 12月27日土曜日、7時45分。舟山十字路を発つ。我々は南稜の北側を流れる広河原沢側からのアプローチを選んだ。十字路からはしばらく林道を歩くが、これが以外と長く、立場山への取り付き道を見落としたのではないかと心配になった。しかし、分岐点にはクラシックルートらしからぬ指導標があって迷わずにすんだ。流れのない沢を渡り30分も急登に耐えれば、長い長い南稜の端部に飛び出る。その瞬間、眩しい日差しが我々を照らした。好天の中、阿弥陀岳の頂上を踏めるものと錯覚した。
 立場山への道は針葉樹林の中をただひたすらと登るだけ。左手には立入り禁止の看板連立していた。どうやら松茸がうんと採れるらしい。10時25分、立場山着。展望はあまり効かないが、シラビソの枝間から真っ黒い雪雲が北西の方に見えた。もはや太陽などどこにも見えなかった。そそくさとピークを後にした。次第に傾斜は落ち、やがて樹林帯も終わる。立場山から1時間ほどで無名峰に到着。ついに阿弥陀岳の頂上は雲に隠れ、雪混じりの強い風が吹きすさんでいた。あまりにもの悪い気運のせいで疲れも寒さも感じなかった。無名峰を過ぎるといよいよ岩稜だ。まだ雪が少ないために新人2人もP1、P2は難なくノーザイルで通過できた。
 ついにP3が目前に立ちはだかる。黒い岩肌が不気味だった。凍ったガリーに続くバンドの手前でザイルを結ぶ。大内・鶴見コンビが先行、これを富安・渡辺コンビが追う。バンドをトラバースして、氷結した逆「くの字」形の急なガリーに取り付く。ザイルが短いので2ピッチを要したが、ここも難なく通過できた。もし、新人2人がいなければノーザイルで通過したであろう。続くP4も短いトラバースで始まる。右の足元が切れ落ちた狭いバンドを10mほどトラバースした後、凹角状の壁をザイルいっぱいまで登る。信頼できるビレー点が無く、肩がらみでやり過ごす。阿弥陀のピークはそこから間もなくで、その日の先縱者は誰もいなかった。すでに14時半を回っていた。
 下山は御小屋尾根を選んだ。阿弥陀の頂上から摩利支天を通り、御小屋尾根上部の急な斜面を慎重に降りる。不動清水のあたりから樹林帯の中へと入る。潅木がうるさいルートだが、道に迷うことなく軽快に歩ける。しかしこの尾根は非常に長く、歩いても歩いてもなかなか終わらない。御小屋山の平らな頂上を過ぎるころにはいい加減いやになってきた。道はいくつにも分かれるし、指導標も古くて信用しがたい。単独行ならば夏でも歩きたくない。地形図と感を頼りに舟山十字路に戻った時は日もどっぷりと暮れていた(17時40分)。その日の内に大平を目指した。(文/渡辺潤一)

庚申山山行
2003年12月18日
メンバー 大内、鶴見
天気 曇り
行動 大平町を午前5時出発。

富士山山行
2003年11月14日
メンバー 大内、塚田、茂呂、竹沢、鶴見
天気   快晴
行動   富士宮口6時出発 山頂到着11時 下山2時
      前日の午後8時に大平町を出発、富士宮5合目到着12時。
      山麓途中で大きな流れ星に遭遇、感激。テント内で酒盛り。
      8合目上よりアイゼン装着。風もほとんど無く、快適な山行であった。

谷川岳一ノ倉沢中央稜
期間     9/14〜9/15
メンバー   間中、渡辺、赤坂
天気     晴れのち一時雨
行動時間  9/15一ノ倉沢出合4:20〜中央稜取付6:40・登攀開始7:20〜
        登攀終了12:00・北稜下降12:30〜ヒョングリの滝17:30〜
        一ノ倉沢出合18:30
感想
登りながら『これは、本ちゃん?』と聞くようなアホな私がアルパインデビューしてしまった。 
それも、谷川岳中央稜で。

9月14日  期待と不安を抱え、赤坂さんと谷川岳へ出発。(渡辺さんは夜、合流)
3連休中日とあって谷川岳は多くの観光客と登山客で賑わっていた。そんな光景を横目に
明日登る山をぼんやりと眺めていた。赤坂さんが用意してくれた食事を取り眠りにつく・・・
はずだったのが、時々聞こえてる岩が崩落する音、人の足音、明日への思い・・・で、
なかなか眠れなかった。喉が渇いてテントの外に出ると満天の星と月が出ていた。
明日は晴れ。

9月15日  4時20分 いよいよ出発。山と自分に『今日一日よろしく』とつぶやきながら月
明かりとヘッドライトを頼りに歩き出す。そして、本チャンで初めての懸垂下降。あっちへ
コロコロこっちへコロコロしながら何とか終了。見ていた2人は怖かっただろうなぁ・・・。
さあ、今度は登りだ。見上げる先に岩壁。ちょっと不安を感じながら登り始めたら楽しい、
岩だ岩。なんとも言えない感触。やっと、取り付きに到着。ここでちょっと一息。
時々、岩が崩落する音が聞こえて『ドッキ!』とする。
登攀開始。『行ってらっしゃい、気をつけて』とトップで登る赤坂さんを見送る。さあ、私の
番だ。石を落とさないに注意して登る。どんどん高度を上げてゆく。気持ちも景色も良く
高度に対する恐怖感は不思議とない。 でだしの天気は良かったが、少しずつ雲行きが
怪しくなり4ピッチ目を登る頃にはポツポツと振り出した雨。『やっぱり・・・山の洗礼だ。』
買ってから着る事のなかったカッパに袖を通しながら『これ以上ひどくなりませんように』
と祈る。 私達の後のパーティーは雨の為、3ピッチを登った所で下りてしまい中央稜に
は私達だけになった。 この頃から、『足、足、足』『大丈夫、行ける行ける』
『落ち着け、頑張れ』と独り言が多くなる。
赤坂さんに『聞こえたよ』と言われてちょっと恥ずかしかった。雨で濡れた岩は思った以上
に滑り独り言が更に多くなった。 祈りが通じたのか上につく頃には、雨も止み時々青空
ものぞいった。嬉しい・。 軽い休憩と食事を取り、北稜から降りる。懸垂下降。ロープも岩
もみんな濡れている。ゲレンデしか知らない私にとって緊張の連続。懸垂下降が終ったら
今度は沢づたいに下りる。足が届かない所は木や草に『ごめんねー』と言いながら
つかまり、それでも駄目な所は渡辺さんにロープで繋いでもらって下りる。ここまでほとんど
『怖い!』と思わなかったがヒョングリの滝を過ぎ草付を上がる時
赤坂さんが上からロープを垂らしてくれたのにもかかわらずパニックになってしまった。
草に『ごめん』もアザミのとげの痛さもすっかり忘れ半べそ状態で赤坂さんの所へ辿り着く
(きっと、凄い顔してたんだろうなぁ・・・)それからの私は、へっぴり腰になってしまった。
薄暗い中、19時30分に無事下山。ほっとしたのか『お疲れ様でした!』って握手したら涙が
出てしまった。『良く頑張ったね』と言われたらまた、涙が出た。
この時私は、『登ったぞ!』とか『やったぞ!』と言う実感はあまりなく夢を見ている様だった
帰りに温泉に入った時マメが潰れて皮がむけた足の指を見て、『行ってきたんだぁ』と
しみじみ思った。こうして大好きな山と二人の優しさに包まれた長く幸せな一日は、たくさん
の思い出とアザを残し私のアルパインデビューは幕を閉じたのでした。

今回、何も知らない私が辛い、疲れたと思うこともなく無事安全に過ごせたのは終始優しく
励まし、面倒を見てくれた2人がいたからです。ありがとうございました。

マッターホルン登頂
高橋 
2003年8月16日(土)〜17日(日)
新白河7:06−8:24東京9:00−11:00成田12:00−18:00シンガポール23:55−7:00チューリッヒ7:43−12:43ツェルマット
2003年8月18日(月)
ホテル10:00徒歩登り11:30スネガ12:15−12:30ホテル
2003年8月19日(火)
  ホテル8:40−ツェルマット駅9:12−9:49ローテンボーデン10:05〜岩登り講習〜13:05登り13:45ゴルナーグラード13:55−14:03ローテンボーデン14:15徒歩下り15:10リッフェルベルグ15:22−15:51ツェルマット駅−16:15ホテル
2003年8月20日(水)
ホテル7:35−7:55ツェルマット駅8:00−8:25クラインマッターホルン8:35徒歩登り10:05ブライトホルン10:15徒歩下り11:15クラインマッターホルン11:40−12:05ツェルマット駅−12:40ホテル
2003年8月21日(木)
  ホテル10:50−トレーニングスタート11:10徒歩登り12:00スネガ14:00−14:20ホテル
2003年8月22日(金)
ホテル12:00−13:00ツェルマット駅13:15−13:30シュバルツゼ徒歩登り15:10ヘルンリ小屋 
18:30ガイド発表  19:00食事   21:00消灯
2003年8月23日(土)
  ヘルンリ小屋4:45徒歩登り6:35ソルベイ小屋徒歩登り8:30頂上8:40徒歩下り10:15ソルベイ小屋徒歩下り12:00ヘルンリ小屋12:45徒歩下り14:35シュバルツゼ−14:50ツェルマット駅−15:15
  ホテル 
2003年8月24日(日)
  ホテル5:15−5:25ツェルマット駅5:55−11:16チューリッヒ13:25−7:15シンガポール11:00−18:45成田
  19:13−22:08白河

谷川岳一ノ倉沢南稜

期間    8/23〜8/24
メンバー  赤坂、渡辺
天候    晴れ
行動内容 8/23 大平20:00〜一ノ倉沢出合23:30・就寝24:00
      8/24 起床 3:30・一ノ倉沢出合4:15〜南稜テラス6:45・登攀開始7:20
登攀終了9:45〜烏帽子尾根〜国境稜線(一ノ倉沢岳)〜12:00
          マチガ沢16:00
感想       薄暗い中ヘットランプを頼りに歩き出す。テールリッチ末端に着くと
          雪渓が前を塞いでいる、まいて行こうとするが足場が悪くまけない
          おまけに雪渓が薄くて上は歩けない。
          意を決して雪渓の下を素早く通り抜ける。
          南稜テラスからは、岩が乾いていて快適なクライミング出来た。
          8時頃あっちこっちで、雪渓が崩壊する音が響く!
          早だちして良かったなー・・・と思いながら登る。
          最後のフェース越えて稜線に出る。
          途中で水が無くなり喉がカラカラな状態で下山する。

穂高登山  コース ザイテンググラードより
日時  5月2日〜5月5日まで
メンバー  赤坂、星野、谷川の3人
天候 晴れ
5/3 
 バス 沢渡発 6:20〜上高地着 6:50  往復料金¥1800
    河童橋7:30発〜徳沢着9:00〜15分休み、横尾着10:00〜40分休み
    涸沢着13:45    テント設営 1日一人¥500*3人
    生ビールで乾杯翌日に体力回復させる。
5/4
テント出発5:10〜奥穂高小屋着7:20〜10分休み                                                                          小屋発7:30赤坂、星野二人で奥穂高を目指す〜8:20奥穂高山頂着
    奥穂高山頂下山8:40〜奥穂高小屋着9:30出〜涸沢テント場着10:30
    奥穂高往復の間、谷川は
    涸沢槍往復して小屋で待つ
    直ちにテント内の荷物を整理してテント徹収11:15下山〜横尾着13:00〜40休み
    13:40発〜徳沢着14:10〜14:25出〜明神15:10着〜15:25出〜上高地着16:05〜
    16:10発バスに乗り沢渡着16:50分
    沢渡で入浴、夕食18:15出〜20:10松本IC
5/5
〜伊勢崎IC0:40〜自宅着2:00分(谷川)
5月2日の夜3人で出発、伊勢崎ICより高速で走り工事で藤岡の先で1時間ぐらいノロノロ運転、
   沢渡着3日の午前1:30ぐらい、テント設営ビールで乾杯。3時に寝る。
   5時起床食事してテント徹収、天気は快晴絶好の登山日和です。
   上高地についてから河童橋付近でカメラのシャッター切る。白銀に輝く穂高連峰!!
   この付近も人、人であふれている。いよいよ出発歩く先も人の列。横尾に着いても人があふれている。
   ここでお昼を取って涸沢へ、これから先は雪道。雪は腐っている。アイゼンはいらない。
   これから先も人の列。自分のペースでは歩けない。人の後について歩く。
   13:45涸沢テント場に着く。まずは写真撮り。14:30テント設営。
   ジョッキーの生ビールで乾杯。とても暑くて半そでで涸沢まで歩く。夜もさほど寒くない。
5/4
   3時起床 食事後、行動食と雨具、防寒具などをザックに入れて
   アイゼン、ピッケルを持つて5:10出。谷川体力不足と新しい登山靴が足首にあたり痛くて二人の
   足を引っ張る。奥穂小屋に7:20やっと着く。谷川奥穂あきらめる。そして二人を見送りアイゼンを外して
   涸沢槍をゆっくり登る。ここからでも360度の展望でした。そして下の小屋で二人を待つ。
   奥穂に登る長蛇の列、それを眺めていていた時、一人の登山者が雪渓から滑落3バウンドして滑落防止の
   ワイヤーに片手でつかまり事なきを得る。下は300〜500Mぐらいの絶壁です。
   9:30二人が無事小屋に下山、そのまますぐ下山涸沢テント場10:30分、すぐに荷物の整理してテント撤収す               ここからはアイゼンを外して歩く。とても歩きやすく楽でした。横尾まで下山すると足首の痛みが増す。また星野さんも
   靴擦れで足が痛むようでかなりつらそうでした。帰りは渋滞に巻き込まれて自宅に着いたのは午前2時でした。
   写真はザイテンググラード中間地点で3人で写す。もう一枚は涸沢テント場からのモンゲンロード。
    山行記録 谷川

谷川岳登山 天神屋根コース

日 時    平成15年4月27日
メンバー   佐藤夫婦
天 気    快晴
山行タイム 天神平8:30〜熊穴沢避難小屋9:30〜天狗の溜り場10:30〜肩の小屋11:20
        〜11:50〜山頂12:00〜12:20〜天狗の溜り場12:40〜天神平2:20

4時半起床。朝食、身支度と慌しい思いで5時半に出発する。雨が降っていて大丈夫かと不安だったが、車は北関東横断道路伊勢崎ICより高崎JC関越水上ICと順調に進み、水上に着く頃にはすっかり雨があがりました。
谷川ロープウェイ駅に7時50分頃に着く。8時にはゴンドラに乗ることが出来た。アイゼン、スパッツをつけ、身支度をして、8時30分天神平を頂上を目差し出発する。15分程度スキー場の端を歩き、急な雪面を登りきると、広場があり目の前に谷川岳がとび込んできた。
天神尾根に出ると風が強く帽子をザックにしまう。出発して1時間ほどで熊穴沢の避難小屋に着く。小屋の所に積雪量を測る柱があり、約2メートルの雪が積もっていた。天狗の溜り場までの登山道は
雪がなく岩が飛び出していてアイゼンで歩きにくく苦労して登る。
ここで休み一息入れる。いよいよ最後の大雪面を登ると肩の小屋に着いた。昼には少し早いが昼食と休憩をとり、頂上に出発する。この頃になるとアイゼンをつけた足がやたら重く感じギブアップしそうになったが、主人に励まされ、眼前に見える頂上の景色に誘われ、やっとの思いで頂上にたどり着いた。360度の展望を満喫し下山する。
下りは登りの苦労に比べ雪にも慣れ、雪にアイゼンを食い込ませ転ばないように注意しながら歩いた。
途中岩がむき出た急な所があり、アイゼンで登るのは大変だったし恐怖感があり、周りの人に励まされやっと登る事が出来ました。
最後のロープウェイの駅が見える頃には疲労もピーク、気持ちばかりが先にたちアイゼンをつけた足をもち上げるのさえ大変でした。
今回の登山は慣れない雪の為に疲れましたが谷川岳を登れた事と残雪の山々の美しさに満足感いっぱいです。(良子記)       

足尾 松木沢ジャンダルム中央壁 
   中央ルンゼルート 140m V+


2003年5月5日
メンバー 大内・鶴見
天気 晴れ
大平町を午前7時に出発。桐生経由で松木沢入口に着く。ゲートより約1時間で、取付き地点に着く。
大内氏がトップ。1ピッチ目は、クラック、フェースを結んで登り、ピッチを切る。2ピッチ目は、チムニー入り、
スラブの下部に着く。4ピッチ目は、バンドから、かぶり気味を乗り越え最終地点に着く。

帰路は、ジャンダルムを裏側に回り込み右壁の西側より途中懸垂下降して下る。


ジャンダルム中央壁 中央ルンゼルート


中央壁右ルート
約10mの壁で練習する。

アイランド・ピーク(6160m) 大内
3/21 成田〜バンコク
     穴原さんに見送られ、TG641で日本を後にする。
3/22 バンコク〜カトマンズ
     カトマンズ・エァーポートには、キランさんが出迎えてくれた。日本大使館に
    直行したが、休日で大使とは面会で来なかった。カトマンズの宿は、茂呂先生の
    常宿、ブルー・ダイヤモンドホテルに落ち着いた。
3/23 カトマンズ〜ルクラ(2840m)〜パグディン(2610m)
     双発機でルクラへ。機内は我々4人と他3人の客、そして荷物だった。眼下の
    山々には、数日前に降ったと思われる雪が残っていた。今のルクラの飛行場は舗
    装され、絶え間なく飛行機が離発着していた。今日の泊りはパグディンで、11,00
    キャラバンをスタートする。全員で14名のキャラバン隊である。パグディンま
    では、はとんど下り一方で日本でいう桜草が咲いていた。
3/24 パグディン〜ナムチェ(3440m)
     この街道は、人気街道で多くのトレッカーと行きかう。ナムチェはこの様な所
    に、この様な大きな村がと、思える村であった。午後雪となり一面の銀世界とな
    る。
3/25 ナムチェ滞在
     朝食前に裏の丘(200m)に登る。食後エベレスト・ビューホテルまでトレッキ
    ングに出かける。あいにくエベレストは見えなかった。ネパール取材のフジTVク
    ルーとあう。ここでメニューにない親子丼を食べる。料金は3500ルピーでキナン
    さん真っ青だった。
3/26 ナムチェ〜タンポチェ(3860m)
     ここには大きなゴンパ(寺院)があるので、ここまでは多くのトレッカーがや
    って来る。アマダブラムの怪峰の姿が思いのままである。
3/27 タンポチェ〜デンポチェ(4410m)
     ウォーキング正面にヌプツェ(7861m)、その奥にエベレストが顔を出す。感激
    の一瞬であった。
3/28 デンポチェ滞在
     順化のため裏山(5000m)に登る。チュクンの村、アイランド・ピークが良く
    展望できた。ここはカラパタールへの要所ともなっているところである。
3/29 デンポチェ〜チュクン(4730m)
     人気街道から外れるため、急に静かになる。アマダブラムが裏側から眼前に望
    める所である。夕食時ロキシーをいただく。
3/30 チュクン〜BC(5100m)
     待望のBC入り、登山口まで300mぐらい手前で静かなところである。しかし
    特別料金が必要とのことであった。全員順化のほうも順調で、明日BCから一気
    にアタックすることにし早々にシュラフに入る。
3/31 午前0時起床、身支度を済ませ1.00に朝食。外はガスって小雪が降っていた。
    午前2.00スタッフとともにBCを後にする。地面はうっすらと白くなっていた。
    登山口から、急斜面を九十九折りに登る。5400mのHCには、独チームが5.00
    出発とのことで準備中であった。我々は闇の中をランプを頼りに登る。何度かル
    −ト確認をする。薄明るくなるころ、白い岩稜に取り付く。雪もやみ好天が予想
    される。岩稜の頂稜で茂呂、竹沢と別れ一人登山となる。氷河に取り付き、かす
    かなトレールを頼りに、左上トラバースしながら進みプラトー手前に達する。一
    条の段差5mのクレパスがあり、中央部にフィックスされた6mmのロープを使用
    しこえる。雪壁末端には横一直線にクレパスがあいており、途切れ途切れのかす
    かなトレールを頼りに進む。フィックスはクレパス末端から頂上直下まであった。
    ルートは、稜線雪庇の切れた中央部にあり、アックスをふるに活用する斜度であ
    った。稜線に立つと、ローツェ南壁が覆いかぶさる迫力でその姿を現す。ローツ
    ェ側、プラトー側とフィックスを使用して直下まで登る。頂上にはカタとタルチ
    ョの標識あり、山頂雪稜はさらに4〜5m登る。午前9.00,誰もいないたった一人
    の山頂。360度の風景を独り占めする。60歳を過ぎた体には、ラッセルとロープ
    の掘り出しはこたえた。BCには13.00に着いた。
4/1  BC撤収〜チュクン
     茂呂、竹沢、キナンさんは、キナンさん友人のHCまで行く。私はスタッフと
    チュクンに下る。ロッジ前でGUの時お世話になった小西氏と会う。氏はこれか
    ら、シシャパンマ移動とのことだった。今日は、茂呂先生の誕生日。ロキシーが
    次から次えと空になる。ネパールの踊りが始まる。ロッジの女主人も踊りだす。
    コックから素晴しいバースデーケーキがプレゼントされ、宴も最高潮に達する。
4/2  チュクン〜ケンジョマ
     途中デンポチェでトレッキングに向かう竹沢、グンさんと別れる。今日は9時
    間を超えるウォーキングだった。
4/3  ケンジョマ〜ルクラ
     今日も快晴のスタート。途中エベレストも望め大満足。パクディンを過ぎる頃
    より、雷雨となる。昨日に続き9時間を超えるウォーキングだった。
4/4  ルクラ滞在
4/5  ルクラ〜カトマンズ
4/6  カトマンズ滞在
4/7  TG320でカトマンズを後にする。
追記:天候は全般的に見ると、午前中は快晴、午後は曇りのパターンだった。

日光女峰山登山
日 時  平成15年2月27日
メンバー 大内・塚田・鶴見
山行タイム 滝尾神社登山口5:40〜稚児の墓7:00〜黒岩9:15〜唐沢小屋11:30-12:00
       〜女峰山山頂13:00-13:15〜唐沢小屋14:00〜黒岩15:00〜稚児の墓16;15〜滝尾神社登山口17:00
概要
大平町を午前4時に出発。空には星が輝き、天気はよさそうだ。
滝尾神社登山口より登り始める。稚児の墓までは緩やかな登りで、雪も締まって歩きやすい。遠く左手から男体山、女峰山を望む。時より吹く風を除けば、春のような陽気。気持ちの良い山行である。
黒岩からの女峰山は、荒々しい岩山である。切り立った岩壁、天を突くような山頂。まだまた先は遠い。何ヶ所かの急斜面で雪と格闘しつつ唐沢小屋に着く。ここでアイゼンを付け山頂に向かう。午後1時登頂。風もなく360度の眺めは、壮観であった。

           日本三百名山(三頭山・大山)山行報告

1.日 時  平成15年1月12〜13日
2.参加者  高橋、宮澤、太刀川
3.日 程  
   三頭山(1月12日) 快晴
 都民の森10:15−10:35三頭大滝−11:25中央峰12:15−12:25東峰−
        13:00鞘口峠−13:15都民の森
   大 山(1月13日) 晴れ
        下社9:20−10:20大山10:40−11:30下社
4.概 要
   今回は海外ツアーで知り合った宮澤氏と太刀川氏と雪のあまり心配の要らない低山で、しかも百名山シリーズの山を選んで今年初の山を楽しんだ。
   三頭山はある程度の雪があることを覚悟はしていたが、都民の森までは除雪がされていて、最初の心配はなんなくクリヤーした。 登山道は下から上までずっと雪があったが、すっかり踏み固められており、よほどはずれない限りはもぐらずに歩ける。 天気も良く大勢の人が登っていたが、ほとんどの人はアイゼンもつけずに夏靴で登っていた。 さすがに三頭大滝は大部分が凍っていて寒そうである。 しかし、風もなく穏やかで富士山も雲取山もしっかり見えていてなかなか良い一日だった。 雪道もちょうど歩きやすくて脚ならしにはちょっと物足りない山行だった。
   大山はすっかり観光地といった感じで、駐車場からずっと混んでいる。 ちょっと下の駐車場に止めてケーブルを使って下社まで行き歩き出す。 昨日と比べると風が少し吹いていてちょっと寒いが天気は良く、海が輝いて見える。 雪はほとんどなく、順調に登る。 登り始めには雲に隠れていた富士山も頂上に着く頃にはすっかり顔を出していて、満足して下りる。 今年の初登りはなかなか良い天気にも恵まれ、気持ちの良い山行が出来た。

            日本百名山(筑波山)山行報告

1.日 時  平成15年1月18日
2.参加者  高橋
3.日 程  加波山神社8:40−9:50加波山−10:25一本杉峠−10:50足尾山10:55−
       11:30きのこ山−12:00上曽峠−12:45湯袋峠−13:55つつじが丘駐車場
       −14:35女体山−15:00男体山
4.概 要
   加波山も筑波山も結構近そうに見え、林の中を歩き始める。 何年か前に山火事があったらしく、焦げた木があちらこちらに倒れている。 見た感じよりちょっとかかって加波山に到着。 筑波山を目指し、先を急ぐ。 林道を横切ったりして見晴らしの良い足尾山に到着。 ここにも神社がある。 この先からは舗装された道を延々歩かされる。 足の裏と膝が痛い。 最後は観光道路でカーブの多い道。 車に気をつけながらなんとか車道を歩ききり、最後の登山道をひたすら登る。 足も体力も結構きつい。 やっとのことで筑波山に到着。 遥か彼方に加波山がかすんで見える。 思った以上にハードな山行だった。 体力不足を感じた山行だった。 昼食もろくにとれずにやっとのことで縦走完了。      

那須朝日岳東南稜登攀

期  日  2002年12月13日(金)
メンバー  大内 赤坂 鶴見
グレード  ルートグレードU級 ピッチグレードV〜W級−
使用ギア  ロープ9o×40(1) シュリンゲ(2)
天  気  終日吹雪
山行タイム 大丸駐車場8:15 取付10:00 朝日岳13:30 大丸駐車場16:00
交  通  東北道で那須IC下車
行動概要  

大丸に着くも雪の舞う天気、指導センターまではトレイルがあった。センターから上部はトレイルはなく、膝から腰(吹溜り) までのラッセル。夏道の途中から東南稜取付きの明礬沢堰堤目指して下降する。風雪は強さを増しつつあるが、躊躇なく登攀開始する。出来るだけ稜を忠実に辿る。時折やって来る強風に耐風姿勢をとりながら、中間点の切り通しに達する。懸垂下降に垂らしたロープが宙に舞うなか下降する。
いよいよルート核心部の凹角である。赤坂が岩に張り付いたエビのシッポを落としながらクリアーし視界から消えていく。偽ピーク(仮称)までは強風帯のため、ハイハイ姿勢で登る。朝日岳山頂に着くも、視界約30m早々に下山にかかる。途中3ヶ所ほど腰うえのラッセルがあった。
剣が峰下部の雪壁のトラバースは、腰から胸までのラッセルで表面の雪が流れる不安定な雪質。雪崩の危険があるので途中より、明礬沢左岸の小尾根を一直線に下降し、東南稜取付きの堰堤に着き胸を撫で下ろす。相変わらず吹雪いているが赤坂、鶴見両氏とも登った満足感に浸りながら、トレイルの消えた夏道をラッセルしながら大丸駐車場に下る。

富士山登山
日時    2002年11月30日(土曜日)
メンバー  富安、赤坂
天気    晴れのち曇り
山行タイム
       吉田口馬返4:15〜佐藤小屋6:20〜本八合目11:15〜
       九合目12:00〜山頂12:35・下山12:55〜佐藤小屋
       15:00〜馬返16:45
交通    大平20:00−東北道−首都高−中央道−吉田口馬返23:20
行動概要 午前3時起床、整備された登山道を歩き始める。
       樹林帯の上を、音を出して風が通る、上で強風だと先が思いやられる。
       佐藤小屋で小休止、直ぐに体が冷えオーバズボンを穿く。
       大先輩の富安さんが、こんなに風が強いのは、初めてだと言う。
       雪は、毎年少なくなっている気がする。
       八合目から、何回か対風姿勢をとり山頂に着く。
       山頂に着くと不思議と風が止まり、落ち着いて景色を見ることが出来た
       風が収まっているうちに直ぐ下山する。 (赤坂)
       

富士山登山

日 時 2002年11月20日(水曜日)
メンバー 茂呂・大内・浦島・小林・鶴見
天気 快晴
山行タイム 富士宮口5合目発6:00 山頂11:00 富士宮口着13:00
交通 佐野11月19日午後8時出発 東北道・首都高・東名・富士宮口5合目12時着
高速代金 往復9900円

行動概要
午前5時起床。天気快晴、太陽が顔を出し朝焼けが美しい。
私こと、鶴見は、初めての富士登山。登頂できるか不安のうちに6時富士宮口を出発した。
風はそれほど強くなく順調に高度を上げる。我々の他に登山者は男性単独者一名のみ。
8合目で小休止。ここでアイゼンを装着。雪は、例年より少ないそうだ。3000mを過ぎたころより私一人遅れる。息も苦しく、ときより吹く強風に顔が痛い。山頂付近の鳥居は、見えるがなかなか着かない。一歩一歩すすむ。
大内さんがカメラを構えて私を迎えてくれた。私にとって百名山29座目の登頂であった。(鶴見)

南アルプス深南部(池口岳・黒法師岳・熊伏岳)山行報告

期  日  平成11年11月1日(金)〜4日(月)
メンバー  高橋 了
行動日程1日 小山市18:00−24:25遠山林道
      2日 遠山林道6:10−6:50面切平ー8:20ザラナギ平ー10:05池口岳北峰ー10:30池口岳南峰10:45−
         11:15池口岳北峰ー14:20面切平ー14:55遠山林道15:00−16:40水窪町民宿
      3日 水窪町民宿6:15−7:00戸中川ゲート7:10−8:35登山口ー10:25尾根分岐ー10:50黒法師岳11:00
         −11:25尾根分岐ー13:00登山口ー14:10戸中川ゲート14:20−15:50南信濃村民宿
      4日 南信濃村民宿7:00−7:25青崩峠登山口7:35−7:55青崩峠ー8:55尾根分岐−9:10熊伏岳9:15−
         9:25尾根分岐ー10:10青崩峠ー10:25青崩峠登山口10:30−11:00南信濃村かぐらの湯11:50−
         19:20小山市
山行概要  
1日 職場から戻ってすぐに出発。 伊勢原ICから高速に乗り、関越道、長野道、中央道を経由して深夜なんとか到着。 途中2度休憩もかなり疲れる。 到着後即、寝袋を車内で広げて眠る。 

2日 登山口と思って寝ていた場所はちょっと手前で、起きてから即登山口に移動して登り始める。 大部分の人はテント泊まりらしく、皆さん大きな荷物を背負っている。 長丁場だが、あせらずマイペースで登る。 天気はまずまず。 しかし、山の上部の木々が白くなっていて寒そうである。 途中雪をかぶった聖岳が遠くに見える。 登りの中盤でアキレス腱に痛みが走る。 とりあえず大丈夫そうなのでそのまま先を急ぐ。 途中からはついに雪道となる。 完全に地面は埋まってはいないが、気温も低く硬くなっていて、滑らぬよう注意しながら登る。 いつの間にか空は雲に覆われ、腕が冷えてきて長袖を着て手袋をして登る。 途中2度ほど滑ってこけるもなんとか北峰に到着。 時間に余裕があったので南峰まで行く。 頂上は結構寒く、長い下りを考えて即降り始める。 下りはかなり滑ったものの木などにつかまりながら無事下山。 下りの際はすっかり曇ってしまい、景色も見えず長い下りだった。
3日 宿で朝食を早めに出してもらい出発。 登山口には10台以上の車が道路脇に止まっていてびっくり。 
朝起きた時に見た青い空はすっかり曇り始めている。 足は筋肉痛とアキレス腱が少し気になり足取りは自然とゆっくりとなる。 雪は積もっていないものの、かなりの急登が続く。 上部は風が強く、みぞれ交じりで耳の感覚が失われそうになる。 ヤッケを着て風を遮断して登る。 登るスピードが遅いためか、スタートが遅かったためか、すでに頂上を踏んだ人達が次々と下りて来る。 強風の中やっと珍しい罰点印の一等三角点の柱が立つ頂上に到着。 彫られた罰点が雪で埋まっている。 ちょっぴり感激。 一服して即降り始める。 コースタイムの半分が林道歩きで疲れた足には負担が少なく無事下山する。 景色は見えず残念だった。 民宿のお客は私だけで家族と一緒に食事をする。
4日 今日も早めの食事をお願いして出発。 駐車スペースが少ないが、一台の車もなく、良さそうな所に車を止めて登り始める。 今日も筋肉痛とアキレス腱をかばって登る。 まもなくみぞれが落ちてくる。 嫌いな帽子をキリマンジャロ登山以来かぶって登る。 今日も視界はあまり良くない。 こんな天気でも登っている人がいてびっくり。 遠山郷の紅葉が晴れていたら綺麗に見えたはずであったが、残念ながらどんより曇り空。 ひたすら頂上を目指すのみ。 途中からは最後の力を振り絞り、長野県最南端の山に登頂。 寒いので即下山開始。 下りてからは、南信濃村に最近できたらしい「かぐらの湯」に寄って汗を流し一路小山を目指す。 途中軽井沢で渋滞となり、1時間ほどのろのろ運転となる。 高速で3度の休憩をとり、なんとか無事到着。 歩きも運転もハードな山行だった。

富士山(3776m)登山

日時 2002年10月25日(金曜日)
メンバー 塚田・茂呂・大内
天気   晴れ(風強し)
山行タイム 5合目発5:30 剣ヶ峰9:30 山頂発10:00 5合目着11:30
交通   東北、首都高、東名を乗り継いで、御殿場より富士スカイラインで、富士宮5合目登山口へ
行動概要
月の光に照らされ、白く光る山頂目指して強風の中出発する。足を運ぶたびに砂塵が舞う。下界の明かりが、キラキラと輝き一層寒さを感じる。雪は新7合目下部より現れ、氷化した雪面はアイゼンがほしいところである。8合目避難小屋で小休止。9合目からはブル道を通り、富士山頂(剣ヶ峰3776m)に立つ。空は青く澄み、下界は雲海に包まれつつあった。観測所の入口を拝借し昼食をとる。帰路は富士宮ルート鳥居より下る。

越後駒ヶ岳 2003m登山
登山日 2002年10月5日 土曜日
メンバー 大内 他18名
天気 終日晴れ
山行タイム 峠登山口 6時   越後駒ヶ岳山頂 11時10分 駒の小屋発12時 峠登山口 15時50分
交通   バスを利用して関越道、小出ICより一般道で大湯へ。大湯より枝折路線で峠まで入る。
      峠にはUターンできないほど車の駐車があった。
行動概要
峠につくも、小雨と稲光が走る天候。晴を信じて夜明けを待つ。明るくなり雨も止んだので峠を後にする。ガスの中から太陽も顔をだす。
登山道は、刈り払いされ歩きやすいよ。百草の池、手前より展望も開け稜線直下の芝もみじ、中間部のななかまど、うるし、ぶな、こなら等が色よく紅葉し、陽に映えて美しいの一言である。
山頂は座る所もなく、小屋の前の広場で昼食をとる。広場も人、人、人で溢れている。これも百名山のマイナス面か?
岐路は秋の陽光を十分に受けながらのんびりと下る。  大山氏

幌尻岳(2052m)登山
日時      2002年9月22日〜24日まで
メンバー    赤坂、谷川
天気      9/22晴れ、9/23 晴れ/曇り/雷雨、9/24 晴れ/雷雨/曇り
山行タイム  9/22 千歳空港よりレンタカーで奥新冠ダムゲート口まで4時間。
         9/23 ゲート口から新冠避難小屋まで18KM位、ザックの重さ15kg
             背負って4時間40分。
         9/24 避難小屋出6:50、1300M位で8:00、1700M9:00山頂9:50
             山頂下山9:57、1700M10:35、避難小屋着11:50支度して
             小屋より下山13:00、奥新冠ダムゲート口着16:45
             雨具を脱いで車で奥新冠ダムゲート口発17:00新冠町着19:00

山行記録
羚メンバー二人で、9/22飛行機で千歳空港へ。そしてレンタカーで奥新冠ダムゲート口に入りました。ゲート口にテントを張り一泊。
翌日朝食後テントをたたんで車に入れて、食料4日分と行動食を詰めて6:40分ゲート出発、ゲートはひとがやっとくぐる事が出来る程度の隙間しかなく、ザックと人は別々にくぐして通るゲートです。そして3km先には橋の中間に又ゲート、そこには回転式でやはりザックと人は別々で自転車も通れません。北海道電力の一般の人は通させないぞという強い姿勢が垣間見られた。そして4キロぐらいから熊の糞があちこちに見られ歩いたばかりの足跡や、蕗の葉っぱを食い散らかした後が何箇所かみられました。荷物は15KGぐらい背負って毎時4km位の歩行で五時間弱で新冠小屋につきました。23日の日は天気は3時ごろまでは良かったんですが夕方より激しい雨が降りました。夜中には星空ででした。朝4時に起きてストーブでご飯、味噌汁を作り食事後、外を見ると山は昨夜の雨が雪で真っ白でした。
6:50分サブザックに行動食、雨具、防寒着、ツエルトを持つて出発。川を3回ぐらい渡りますが水に入る事はなく、3時間で山頂に着きました。雪は10CMぐらい積もっていました。天気予報では午後から寒冷前線が通過と言う事で天気はめまぐるしく変わり山頂は8分ほどで下山始めました。1700メートル付近で雷が鳴り出し雨も降ってきました。下山開始の判断がよくほっとしました。雨も雷もそれほどではなく2時間弱で小屋に着きました。小屋にもう一晩泊まる予定でしたが、釣り人が一人小屋にいてその人がゲート前に車止めてある車に工事関係者が困り果てていた事聞いて私たちの車であるので、直ぐに下山する事にしました。またその釣り人は6KM付近で
熊に遭遇しているので気をつけて下山するようにい言われました。24日の13:00小屋下山開始、ゲートには4:45分に着きました。ゲート500M手前からは激しい雷雨になりました。その日の7時位には新冠町に着き温泉に入ってセブンイレブンでビールと弁当を買って半官森林公園にテント泊しました。
以上が幌尻岳山行報告です。かもしか 谷川

夏合宿 2002年8月25日〜29日
北アルプス 剣岳
メンバー 大内・鶴見・渡辺

嗚呼、青春の剣岳(前編)
報告・渡辺潤一

 貧乏暇無しとよく云うが、まったくボクがそれだ。今年の夏と云えば会社の先輩を誘って出かけた北八と、八月の終わりに久方ぶりに復活した「フセイン、ラーディンも逃げ出す岩合宿」意外にザックを背負った記憶がない。 それでは後者の岩合宿について少し書き残そうと思う。
 我が羚羊山岳会は久しぶりに「クライミングを目的とした合宿」を実施した。参加メンバーは大内一成会長、鶴見勝司氏とボク(渡辺潤一)。行き先は剣岳源次郎尾根と八峰C・Dフェース(計画時)。
 8月25日夜、大平を出発。R50の上空には晴天の星空が広がっていた。その夜の内に富山県立山まで走り仮眠を取った。 翌日(8月26日)早朝、ケーブルカーとバスを乗り継いで室堂へ。そこで我々3人を迎えてくれたのは雲ひとつない青空。こんな好天に恵まれた山行は本当に久しぶりだ。夏の終わりらしく、どっしりとした光線が燦々降り注ぐ中、我々は快調にトレールを進んだ。剣御前小屋の建つ別山乗越には午前10時過ぎに到着、依然空には雲が見当たらない。青く霞んだ剣岳がドデンと聳えていた。恥ずかしながらボクはその時初めて剣を見た。感動の眺め。そんなボクの側では小屋のスタッフたちが揃って生ビールを飲んでいた。お昼前にはテントを張ってのんびりと剣を眺めた。夕方になると、少しずつ雲が出て剣の稜線を覆い隠した。 
 8月27日、源次郎尾根に挑む。午前4時半、テントを出る。剣沢の固い雪渓を下り、平蔵谷と剣沢の合流点近くから源次郎尾根に取り付く。先行パーティーはなかったが平蔵谷側の草付きから登り始める。2〜3級程度の小規模な岩場をいくつか越えて源次郎尾根の主稜へと出る。途中ダケカンバやハイマツのうるさいブッシュがいくつもあって、手こずらされた。高く聳える。峰を見上げながら小気味よいクライミングが続く。バリエショーンルートと云うも踏み後は鮮明で、それは剣沢小屋のテン場からも見える。主稜に出た後はやっかいなブッシュもなく、軽快に簡単な岩場を越え。峰へ到達する。ここまで取り付きから約3時間。。峰から「峰まではいったん50メートルほど急な岩場を下るが特に難所もなく40分ほど。本峰がいよいよ迫って見える。そして迎えるのが約30メートルの懸垂下降。ここが源次郎尾根の核心部と云われている。豊富な残置を支点に降りるが、肩部の岩が浮石で非常に冷や冷やものの下降であった。これに加え、鶴見氏のバックアップが効き過ぎて下降途中で立ち往生する場面もあり、肝を冷やした。ボクはボクで懸垂時のグローブ使用について大内氏から怒鳴られた。ここから先は大きな岩の堆積した尾根を詰め、1時間ほどで本峰の祠の前に出た。この頃にはガスが頂を覆い、展望は失われていた。ルート中、最も踏み後が不鮮明だったのは本峰頂上直下の岩尾根ではなかっただろうか。短い休憩の後、長次郎谷右俣から熊の岩へと下る。長次郎の下りに関しては書きたいことが沢山あるが、今回は止めておこう。熊の岩で一服していると、目前の八峰Cフェースが手招きをした。見上げれば剣稜会ルートにクライマーがいた。「時間も早いし、一本やるか?」。大内氏とボクはRCCルートに取り付くことにした。

(後編へ続く)


谷川岳 幽ノ沢V字状岩壁右ルート
2002年7月27日
メンバー 大内・赤坂・鶴見
7月26日午後10時 大平発
7月27日 晴
幽ノ沢出合〜カールボーデン〜取付地点(7時50分)〜V字状岩壁右股ルート〜終了点(10時30分)〜
石楠花尾根〜堅炭尾根〜幽ノ沢出合

2002年5月 春合宿
山域 白毛門〜谷川岳(馬蹄形)

ンバー 大内・星野・渡辺・赤坂

5月3日午後10時 大平町発
5月4日 曇り時々雨
湯檜曽川(午前6時10分発)〜白毛門〜朝日岳〜清水峠〜蓬峠(午後3時30分着)
5月5日 雨
蓬峠(午前4時20分)〜武能岳〜一ノ倉岳〜谷川岳〜西黒尾根〜土合(午前11時20分着)
例年になく雪の量が少なかった。2日間とも天気は、良くない。5日は朝から雨。

白毛門よりの一ノ倉岳



谷川岳概念図

谷川岳幽ノ沢中央左方カンテ初登攀
1968年8月18日 羚羊山岳会・本庄山の会・小山登高会
パーティー 飯塚誠一・牛久保恒雄・富安忠・富安久子・大内一成
われわれは右俣リンネへ1パーティーを送り、私は富安兄妹と本庄山の会の飯塚、牛久保氏とともに、左方カンテに行くことになった。
磨き抜かれた沢底を快適な靴のフリクッションの感覚を味わいながら右俣をつめ、カールボーデンで一息入れる。カールボーデン上部の扇の要左上部より左フェンスT1まで80mザイルを固定し、ヒーブラーを使い全員T1に結集。9時30分。
T1に不要の荷を残しスラブを左上しザイルを固定、スラブの傾斜が増した所でアンザイレンする。飯塚がトップに立ちカンテ上になったスラブを10mほど直上、右側がスラブフェーンスのカンテに取付く。最初からハング気味で悪くハーケンを打ちながら草付と露岩のカンテにザイルが少しずつ伸びている。
私たちのいる取付点は左フェースからの落石が直接くるので、カンテ下に富安が登ボルトを埋込み、右の洞穴に牛久保、カンテの下に富安兄妹が避難する。トップは利きの悪いハーケンと草付に悩まされながら、カンテの左側を直上しハング下のスタンスにピッチを区切る。
私は登攀用具を入れたザックを背負い飯塚の所まで登る。場所が悪く飯塚は左の小カンテに移り次のピッチに入る。10mほどスムーズにザイルが伸びたがピタリと止まってしまう。
私はハング下にいるので直接彼の動きは見えないが、ザイルを通してかなりの悪さを感じる。がっちり利いたハーケンにて、ビレイを二重にとる。彼はハーケンが打てずボルトを打ち始めるが、岩が堅くキリが折れてしまいボルトを締める。再びザイルが少しずつ伸びる。
長い時間が過ぎ彼からテラス(松の木)についたとの合図があり、ラストの牛久保を迎える。(富安兄妹は残念ながら下降)私は苦労した露岩と草付のピッチを登り松の木テラスにつく。彼は松の木にもたれながら「もう二度と登りたくないピッチだ」と口を開く。
私は彼からハーケン、カラビナを受取り次のピッチに入る。頭上がハングしているのでテラスより右に出て草付と露岩を直上、3本の小カンテの切れ目に達し、右のカンテをハーケン3本で右へ回り込み、草付から小カンテを登り下から見えるカンテの下でピッチを切る。ハーケンが打てず細い潅木にビレイをとり飯塚を迎える。
T1に下降した富安に上部ルートの状態を聞く。飯塚はそのまま左の草付を直上し上部の外傾したスラブを登り、傾斜の落ちた小カンテを左に越え合図を送った。ラストを迎え彼の所へ上ると人形岩は眼下だ。私はそのまま細いスラブを登り中央壁スカイラインリッジ末端に達し飯塚、牛久保を迎え左方カンテの登攀を終了する。15時30分。
われわれはスカイラインリッジ末端より左方ルンゼ上部のスラブを40mクライムダウンし中尾根へトラバース、ブッシュを伝わって人形岩のコルに立つ。
中尾根を下降路に選んだわれわれは、人形岩を登り急な尾根を忠実に下り傾斜の落ちた所よりカールボーデンに立ち、ブッシュより解放された。
私たちは中央壁ノ頭へ出ずに中尾根を下ったが、左方カンテを登った場合上部のルートは左方ルンゼの快適なスラブを登ってもいいが、左フェーンスのスカイラインリッジを登った方がルートとしてスッキリすると思う。
左方カンテそのものの登攀距離は短いが、T1下部のスラブとスカイラインリッジを含むとかなり満足のいく登攀が味わえると思う。
                                                      (大内一成 記)

厳冬期谷川岳幽ノ沢中央壁直登ルート登攀 1972年12月〜1973年1月の記録

われわれにとって、冬期幽ノ沢中央壁直登ルート・・・・それは1つの"執念化"したルートであった。「山の渓谷」359号に、5月の完登記録を発表したが、当初このルートは冬期登攀用として考えたもので、雪の落ちてしまった5月のルートは、われわれが考えたルートとは若干相違している。
いわゆる中央壁を1つの大三角形と考えた場合、中央壁ノ頭(三角点の頂点)から垂線を下ろしたその線がルートだ。下部が2つのオーバーハングを持つフェース、上部が急な雪稜と雪壁、これが直登ルートだ。
われわれはあれ以来、毎年何回か幽ノ沢に足を運ぶ運命となってしまった。冬の幽ノ沢を知れば知るほど心の奥には、悪絶さと危険度が集積され、雪崩により何度か空中にほうり出された厳しい想い出もある。われわれがこのルートで一番心を痛めたのは、頂上直下の雪壁だ。クマザサの上に付いた雪は、2月に入ると、人間が登る時の衝撃と振動で雪壁全体が剥離する危険が充分考えられる。その雪壁がわれわれの体重を支えることが可能な時期はいつか、長い間の調査の結果、正月前後が一番ベターであるとの結論をわれわれなりに確定させ、1972年暮れから73年の初めにかけ、会の総力を中央壁直登ルートに集結した。
パーティー L渡辺晃明、佐藤稜威夫、富安忠、野中和雄、中村哲雄、中里吉夫、
        日向野公雄、根岸孝夫、船田ちい子、湯沢良子、大内一成

12月29日(高曇り)
下弦の月を山裾に見ながら、幕営予定地の展望台を目標に進む。展望台で一服後、壁に向かう佐藤,野中、中里と彼らをサポートする根岸、日向野の5人が展望台を後にする。後に残った湯沢ね船田とともに天幕を二張り設営。二人の要望で取り付きまで様子を見に行く。
第1オバーハング下まで80mザイルが固定され、オーバーハング上部を野中が登攀中であった。ザワメキが聞こえ上を見ると、野中がザイルにぶら下がっていた。小雪がちらついてきたので、サポートとわれわれは展望台に下りる。3時ごろ、富安入山。その後、壁にいた仲間が全身ズブ濡れで帰ってくる。

12月30日(吹雪)
停滞。吹雪の中を中村が入山。

12月31日(雪のち晴)
雪が降っているが、野中を天幕に残し基部へ向かう。カールボーデンは昨日からの雪でトレイルは消え、かなりのラッセルだ。扇の要上部の雪壁末端の亀裂に立つ。塵雪崩が中央壁全体を被い、壁は黒い所がなくなるぐらい真っ白だ。
登攀用具に身を固め、フィクス・ロープにユマーをセットし、オーバーハング下まで一気に登る。雪はやみ晴れ間が見え始める。一昨日、野中たちがオーバーハング上部にセットしたザイルが垂れ下がっており、ユマールで登る。最後の1mぐらいザイルに氷が付いてしまい、ユマールが使えない。氷落しという思わぬきつい作業にいったん下降する。一息入れ再び登るが、今度は上部からの塵雪崩でユマーユのイボが詰まってしまう。一段登っては溶かしながらの登りで、ワイヤブラシの必要性を痛切に感じた。思わぬトラブルに時間を費やし、フィクス・ロープの最高点に着く。
オバーハング下にいる富安に合図し、一握り程度の草付きの根元にV字アイスハーケンを打つ。アブミをセットし、体重わ分散しながら7m程度直上する。壁から雪壁へ移る所が氷化しており、以前は出口に埋め込みボルトを打ち越えたが、そのボルトは見当たらず、氷にステップを切り雪壁を直上し第1オーバーハング上の確保点に着く。富安を迎え新しいザイルを固定する。私は富安に確保され次のピッチへ。岩に付いた氷と雪を丹念に落としながら登るわれわれの行動は、きわめてスローペースだ。15m程度登り,クライムダウン。富安と交替する。次のオーバーハング下の確保点まで7m程であるが、ザイルの動きのに悪さを感じる。確保を佐藤と中村に頼み、落下する雪塊を避けながら食事をとる。いつしか夕闇が迫り,今日中にテラスに入るのは無理なので、富安は埋め込みボルトを打ち下降してきた
食糧・登攀用具一切をデポし、闇の中を下降する。展望台では皆が心配してか、ランプの明かりが点滅している。ザイルは固定したままなので下降は早い。基部からカールボーデンを尻制動で一気に滑り、1時間足らずで展望台に着く。年越しそばと日本酒で、暮れゆく年を惜しみながら夢路に入る。湯沢下山し、渡辺が入山。

1月1日(晴)
5時50分、天幕を後にする。申し分ない登攀日和だ。ライトの明かりでカールボーデンを一直線に進む。7時登攀開始。オーバーハング上部も新しいザイルをセットしたので、昨日の苦労も嘘のようなスピードでフィクス・ロープの最高点に着く。8時。
富安に確保され、第2オーバーハング下の確保点に立つ。空は晴れ、逸る心を押え富安を迎える。大テラスへのルートは、左上のオーバーキングを越えようと考えていたが、雫が垂れ始めているので、正面ルートからアタック。右へ5m程トラバースし、壁の雪を丹念に落とし5m程直上すると、埋め込みボルトがあり一息入れる。
右股リンネでは、大きな雪崩がさかんに落ちている。下部雪壁のザイル回収をすませた中里と日向野が、カールボーデンの雪原を下って行く。右楠花尾根前衛壁手前では渡辺、根岸、船田が撮影かたがた声援を送ってくる。



2002年7月19日〜30日
高橋 了

目    的 モンブラン・マッターホルン登頂12日間
山域・山名 ヨーロッパアルプス
ル  ー  ト ニ・デーグル〜モンブラン、ヘルンリ小屋〜マッターホルン
山行 期間 2002年7月19〜30日
7.22  ニ・デーグル9:07-10:55テートルース岩尾根11:05-13:07グーテ小屋
7.23  グーテ小屋2:43-4:03ドームー4:25ヴァロ小屋4:32-5:45モンブラン5:55-
 6:35ヴァロ小屋6:42-7:47グーテ小屋9:00-10:15テートルース岩尾根
 10:30-11:37ニ・デーグルー12:30ベルビュー
7.25  シュバルツゼー14:33-16:36ヘルンリ小屋
7.26  ヘルンリ小屋4:03-7:07ソルヴェイ小屋7:33-10:08(約4200メートル地点)
 -12:55ソルヴェイ小屋13:00-16:43ヘルンリ小屋17:00-21:00ツェルマット

2002年8月 赤坂 満氏 マッターホルン遠征
期間8/9〜8/17
   ツェルマト    8/10〜11 雪・雨
   ブライトホルン  8/12     晴れ 高度順化 4165m
   
8/13 ローテンボーデン 13:40〜モンテローザヒュテ16:00、 2795m
8/14 モンテローザヒュテ 2:40〜ドゥ・フェールスピッエ 9:30、 4634m
     下山〜モンテローザヒュテ 12:45・15:00〜ローテンボーデン 17:00

行動概要

2002.8.13 快晴
ローテンボデン駅からゴルナーグラド氷河の、崖を大きくトラバースして、氷河をジグザグに進みモンテローザヒュテに着く、小屋は大きく清潔だつた。特にトイレが! 夕食は、18:30からでフルコースが出たのはビックリした。まずは、コンソメ味のスープ次に野菜サラダ、メィンデシュはポテトを潰した付け合せとステーキ3枚、おかわり自由、最後にアイスクリーム、日本の山小屋では考えられない事だ。 食べ終わったのが20:20。すぐにベットに入る。
8.14 快晴
1:10起床、すぐに準備にかかる、だがみんなはまだ眠っている。ガイドの鈴木昇巳さんは、静かに静かにと言うので又ベットに入る。起床時間は、1:00のはずだが、こちらは何事もアバウトらしい。朝食は2:00からと言うのにまだ眠っている、10分前になると一斉に起きだしたので、準備をして食堂に行くと、もう食べ始めていた。朝食のメニーュは、紅茶とパン、ハム、ヨーグルト。紅茶に砂糖を入れて飲んだら凄く美味しかった。準備をして2:40に出発、暗闇の中黙々と歩く、日本流だと1時間に1回休みだが、スイスでは無い、予め胸のポケットに入れておいた、ビタミンCを食べて歩く、氷河に入りクレパスが出始めた所で、アイゼンとロープを繋ぐ。休み時間はアイゼンを装着する時なので、水分を取る。直ぐに歩き出す、ロープで引張られるのが嫌なので、同じペースで歩く事3時間、ガイドが休みと言うので鞍部の下で休む、直ぐに写真を撮る。ゆっくり景色を見たいが、5分ぐらいで出発ここからは急登。同じペースで登るのでついていけない、ロープを引かれながら登る。上部は、更に角度を増しペースが落ち始め、少し息がつけるようになりアウトサイドステップで軽快に登る。4400mからは岩稜帯で、ナイフリッジ見たく痩せ尾根で、両側がスパット切れている。いままで経験した事が無い高度感だ。小さなピークを幾つか越えていくと、ガイドのピエール(フランス人)がGO BACKと言うので頭にきて、日本語で何でここまで来て帰らなければならないだ! と怒鳴り返した。わかったらしく登り始める。最後の登りは、岩と雪のミックスを、アイゼンとピッケルを効かせ頂上に着いた。9:30モンテローザ(ドゥ・フェルスピツェ)4634m。山頂から見る景色は、素晴らしい!感無量の感じだ。するともう下山すると言うのだ、あわてて写真を撮る、何ともはや忙しい山行だ。下から痩せ尾根を、人がいっぱい上がるてくる、その中を下山する。下から登ってくる人がいても、ピエールがどんどん降りろと言っている。こちらの国では、自分達のパーティの安全しか考えないそうだ。危険な所は、直ぐに逃げて脱出する事だそうだ。快調に下りモンテローザヒユッテに、12:45に着く15:00に小屋を出る。長い登り返しを歩きながら、達成感と充実感を感じながら登山電車で下る。



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