最近知ったいい話 (我が子も人に優しく、弱い人の 立場に立つ人間になってほしい)西野田 須藤 明美 今日は、小三の子供の授業参観日。「F君のお母さん、今日もおばあちゃんと一緒だ!」 F君のお母さんは、耳が不自由だから、いつもおばあちゃんと一緒だ。 体育館での楽しい参観が終わった。そして、クラス懇談会までの時間があったので、廊下 で待っていた。偶然にもF君のおばあちゃんと隣り合わせになった。私には、参観日等で学 校に来た時には、いつも気になる事があった。それは、子供が入学した時からである。その 人に声をかける勇気がなく、今日まできてしまった。折角のチャンスと思い、「あのー、聞 いてもいいですか。」と言い、「F君のおばあちゃんですか。」と尋ねてみた。するとその 人は、「いつもみんなから、F君のおばあちゃんとか、F君のおばあちゃんですか?と、よ く言われるんですよ。私は、ボランティア委員です。」と、返事が返ってきたのには驚いた。 そのうちにクラス懇談会が始まった。出席者は六人。その中にF君のお父さん(耳が不自 由な方です)・お母さん・ボランティア委員のSさん。 担任の先生が、道徳の時間に、耳の不自由な人の話をしたのをきっかけに、クラスで手話 クラブを作った話をされた。それを知ったF君のお母さんが、自発的に手話の先生を申し出 たこと。そして、月二回、F君のお母さんとSさんが、昼休み時間に教えてくださっている ことを話された。 Sさんの話の中で、一番心に打たれたことは、学校行事のみならず、私生活でも、常に何 らかの形で係わりを持っているという話だ。例えば、F君が友達と遊んでいてトラブルを起 こした時などは、担任の先生と連絡をとりながら対処してきたそうだ。 一家には、Sさんが頼りであり、必要な存在の人なんだ。こういう、今までのいろんな積 み重ねが、仲の良い親子、そして、家族に見えたのであろう。 懇談会に出席したことによって、考えさせられたことが多かった。今までは、軽い意味 (その場だけの補助としての役割)でのボランティアだと思っていた。でも、今は違う。本 当の意味でのボランティアの役割の大きさ、必要性の大きさを痛感した。そして、Sさんに みる、常日頃の努力や、家族の方の協力も見逃せない。これが本当のボランティアの姿なの かもしれない。全く頭が下がる思いである。 こんなことがあって私は、応募しようと決めたのである。 今、子供に言いたいことは、自分も嫌いだと思うことは、相手にもしない。他人に迷惑を かけない。それが、いつか人に優しく接したり、他人の痛みのわかる人間になってくれるよ うな気がするから。そして、将来、弱い人の役に立つような人間になってほしい。![]()