タイに暮らしてみて
富 田 小野寺 修
バンコクに5年間、家族といっしょに暮らす機会がありました。タイの魅力やタイ人のや
さしさをタイの言葉といっしょに紹介したいと思います。
タイの5月は、「ソンクラン」という水かけ祭りがぴったりの、とても暑い夏にあたりま
す。メナム川を船でアユタヤの方へ上って行くと、こちらに向かって手を振り、水浴びする
元気な子供達の姿が見られます。豊かな自然の中で、こんなふうにのびのびしたこころの状
態を「サバイ、サバイ」と言います。タイや周辺の国々にはこんなのどかな風景がたくさん
ありました。
私達と生活を共にし、生活を支えてくれたアヤ〔女中〕さんはイサーンというタイ東北部
の出身でした。ぶたちゃんという意味の愛称「ムーさん」は子供の頃に親が決めたもので、
タイ人はだれでもこの愛称を呼び合うのです。ムーさんが作ってくれたタイ料理は、私達が
食べられる辛さのトムヤムクン〔スープ〕やヤムウンセン〔春雨サラダ〕でした。魚から作
ったナンプラ〔しょっつる〕やパクチ〔ぱせりに似た、どくだみのような匂いの香菜〕はい
つしか、なくてはならないものになってしまいました。朝からよく働いてくれたムーさんに
は、いつもみんなで「サワディカ」「コップンカップ」〔ありがとう〕とあいさつすること
を忘れませんでした。
タイでは大人になると、男性は出身地のお寺で一ケ月近く、お坊さんの修業をすることが
お母さんへの最高の親孝行とされています。いっしょに働いていたビブン君も、生まれ故郷
の町で修業することになり、休日を利用してその様子を見てきました。「ビルマの竪琴」に
出てくる僧侶の姿そのものでした。タイの人はこうした経験をしているから、お坊さんに毎
朝食べ物をお布施することを生活の中で大切に守っているのです。タイ人がほほえみを浮か
べて「サワディカップ」〔おはようございます〕と言う時、お坊さんに対するそういう物腰
が言葉に現われているように思います。
王様のこともタイを知る上でふれないわけにはいきません。平成4年の5月、バンコク市
内は政府と民主化要求の市民との対立で、外出禁止状態にありました。私達家族も非常食を
買い集め、家の中で不安な気持ちのまま、事態の進展を見守っていたのです。そしてとうと
う王様が対立している両方のリーダーを宮殿に呼んで、国の危機を救ってくれました。タイ
人がいつも「マイペンライ」〔だいじょうぶだよ〕と余裕があるのは「最後には王様がなん
とかしてくれる」という王様への信頼と安心感があるからではないかと感じました。
現在のタイは周辺国に比べて政治も経済もしっかりした国になりつつあります。それは外
国のものをじょうずに取り入れるタイ人の柔軟性にあるようです。「サバイ、サバイ」と
「マイペンライ」というゆったりとした、こころやさしい文化が、少しずつ地球時代の流れ
に呑まれ、変化しつつあるようです。
この大平町にも時々、タイの人が来る機会があります。そのときははずかしがらずに、サ
ワディカップ〔女性なら、サワディカ〕と、心からのあいさつをしてみてください。すばら
しいほほえみが返ってくると思います。
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