電車の中で
新 伊賀野 哲雄
東京・中野に住んでいる今年94歳になる母の顔が見たくなり、2月なかばに、新宿へ向
け、西日暮里からJR山手線に乗った時のことだ。たまたま私の前と後ろに空席があり、妻
と私とは、ごく自然にそれぞれのシートに分かれて座った。久しぶりの柔らかい電車のシー
トの感触が妙に懐かしかった。座ると同時に私の隣の老紳士がすっと立ち上がって、真向か
いに座った妻に、おだやかな仕草で席を交替するよう促した。咄嗟のことだったが、夫婦一
緒に、という老紳士の粋な気配りが素直に伝わって来て快かった。
心の荒廃が進む昨今、思わぬ拾い物をしたような、ほのぼのとした興奮と感動を覚えた。
席を譲ってくれた老紳士に、妻共々、無言ではあったが、笑顔で謝意を表したのはいうまで
もない。
ともすれば、電車の入口辺りに車座になって座り込んでいる傍若無人な学生達の姿を見か
けることがある。他人の迷惑も顧みず、足を組んだり、大股を拡げて座席を占領したりする
輩もいる。そういう光景を目の当たりにする時、情けなさと憤りが一度に突出してしまうが
前述の老紳士のような人がいることも紛れのない事実だ。これは、私達にとっては、大変な
救いだと思う。
己の利ばかり考え、他を省みない人たちが多くなって来、心ない殺人事件も相次いでいる
が、それは永い間「なおざりにされていた人間教育」のつけが回って来ているものだ。
あえて、小中学生の若い君達に伝えたい。今からでも遅くない。「人づくり」を君達に推
進してもらいたいのだ。人間に一番必要な、考える力、苦しみに耐える力、自ら決断できる
力を、すべての人に持ってもらいたいのだ。君達一人ひとりが「人づくり」をめざすならば
必ず達成できるものと思う。
それから、前述の迷惑学生と親切な老紳士の例のように、なにがよくて、なにが悪いかを
常に見極めて、よいと思うことを臆せず後
世に伝えて欲しいと思う。それが、私達が住んでいる日本や、世界や、地球の未来を支え、
救うことになるのだから。
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