盲導犬の里親になって
   伯 仲  柴田 和美  犬を飼いたいと、小学三年生の佐和子が言いだしました。犬を飼うということはそ の犬の一生を見ることになる。そんな大変なことはない。それで、どうしようかとい うことになりました。 実は、十数年前に盲導犬の里親になった経験があります。私が、学生のころ大変お 世話になった先生の友人が、茨城県牛久市で盲導犬の里親の取りまとめをしていまし た。日本キリスト教団牛久教会の牧師であり、自らが全盲の人です。私が、初めてお 会いして驚いたことは、目の見えないということを、まわりに全く感じさせないこと でした。教会の中は自在に行動でき、盲導犬の世話もしていました。それどころか、 人のために心を砕き、人生をそのために生きているような人でした。そんな先生を見 て、少しは世の中の役に立てるかなと思い、十数年前申し出て里親になりました。 第一号は、「クーパー」です。預かってきた晩は、一晩中泣いていました。隣近所 の迷惑もあり、ほとほと困ってしまいました。慣れてきたころに、家族の後を追って 行方不明となりました。どう探しても見つかりませんでした。 第二号は、「ロベリア」精悍な顔つきのシェパードです。鋭い牙には、威圧するも のがあります。しかし人懐こくご主人を守るという性格の犬でした。今でも、あの勇 姿を忘れることは出来ません。どこかで、一人前の盲導犬として人様の役に立ってい ることでしょう。 第三号は「クリフ」です。子育てが忙しくなり、あまりかまってやれず申し訳ない 気がしています。 その後は、仕事や家のことが忙しく里親になってみようという、余裕がなくなって いったことを思い出します。 ある時、吉田先生にお伴して、東京の『アイメイト協会』(盲人更生援護施設)を 尋ねることがありました。盲人と犬とは、寝食をともにして訓練していました。 食堂で座って様子を見ていると、犬を連れた人、一人で歩く人、つぎつぎに入って は出ていきました。食堂も訓練の場なのです。そんなとき、二十歳代の青年と、五十 歳代のご婦人が入ってきました。私に気がついたようなので声をかけてみました。何 を話せばよいか最初はとまどいましたが、意に反して、二人とも全く暗さがありませ ん。目が見えないということは、絶望に近いものと感じられますが、そうではないと 言っていました。結構、慣れると不自由しないとのことです。ご婦人の方は、途中よ り目が見えなくなったので、色ははっきり思い浮かべることができるとのこと。青年 は、洗濯をしにきたとのことで、見えないことは一向に気にならないと言っていまし た。 目の見える側から相手を考えると、不自由だろうとか、かわいそうだと思いがちで す。しかし、当人はそうではないらしい。そういえば、吉田先生が盲人の集まりに出 席したとき、会長の椅子を係の人が引いてくれないと、会長が怒っていた話をされた ことがありました。まるで盲人であることが、特別であるかのような振る舞いで非常 に不愉快であったこと。自分で出来ることは自分でする、足らないところを助けても らう、それで何ら不自由はないということです。 別れ際に、ご婦人に言われました。目隠しをして何時間か家の中を歩いてみると、 感がつかめ、わりと不自由なく、過ごせるものですよ……と。 犬を飼いたいという、佐和子の一言から今までを振り返り、また里親になってもよ いかなということになりました。 そして、第四号「アルム」が昨年十月、我が家にやってきました。小さいころはか わいいものです。娘のよい遊び相手になってくれています。しかし、半年もすると牙 も鋭く足も太くなり立派な青年になります。このころになると、散歩のとき草であろ うが、木であろうが何でも食ってしまう。そのせいか、今回はハプニングが起きまし た。 急に元気がなくなり、食欲も全くなくなってしまいました。近所の中島動物病院の 中島先生に適切な処置をしていただいたことにより、大事に至らずに復活することが できました。やはり、預かるということは大変なことだと実感しました。 人のためになるとか、ならないとかではなく、家族の一員として育てその結果『ア イメイト協会』の訓練により、立派な盲導犬になることを願うものです。