言葉がわからなくても
富 田 乗川 厚子
一年前の十二月。私の家の隣に、外国人の家族が引っ越して来ました。お父さん
お母さん、それに十歳くらいの金髪のかわいい娘さんの三人です。
時々気にして見ていると、ご両親は、朝早く仕事に出掛けていくようですが、女
の子は毎日、ぬいぐるみを抱いて、日なたぼっこをしているのです。私は、どうし
て毎日家にいるのかしら、学校は?と、不思議に思いました。そのうち、夕方まで
右も左もわからない、テレビを見ても何を話しているのかまったくわからない国で
ご両親の帰りを一人で待っている彼女をかわいそうに思い、思い切って声をかけて
みました。
「何しているの?」でも、彼女は黙ったまま。やはり言葉は通じません。その時
私も、日本語の通じない外国の人とあまり交流したことがなく、どうしたら良いの
かわからず、ただほほえんで、その場をごまかすだけでした。
二、三日してわかったのですが、ブラジルの人で、ポルトガル語を話すことを知
りました。何とかコミュニケーションをとりたくて、毎日つまらなさそうにしてい
る彼女を、買い物にさそってみようと思いました。でも、どうやってさそったらよ
いのか、言葉がわからないので、私の車を指し、運転をするかっこうをして、私と
彼女を指し、一緒に行こうといったジェスチャーをしたのです。彼女も、私の言い
たいことがわかったらしく、小さくうなずいて、車に乗りました。こんなふうにし
て私達は、友達になっていったのです。
スーパーに着くと、私と彼女の、日本語、ポルトガル語の勉強が始まりました。
私が日本語で「じやがいも」、彼女がポルトガル語で「バタタ」、「きゅうり」
「ピッピー」、「トマト」「トマテ」といった具合に、車の中でも「あれはイヌ。
ブラジルでは?」「カショーホ」と、二人の言葉の交換は続きました。もちろん私
は、すぐに書いておかなければ忘れてしまいます。たびたび、同じことを聞き直し
たこともありました。メモ帳は必需品となりました。
それから、もっと話がしたくて、あちこち本屋さんをさがし、やっとポルトガル
語の本を見つけ、単語を調べて並べてみたり、絵を描いてみたりと、四苦八苦でし
た。お互いに絵がヘタで、大笑いをすることもありました。でも、長い話は、やは
りムリで、二人とも黙ってテレビを見ている時もありました。
それでも、少しずつ言いたいことが伝わるようになり、ブラジルにいた時のこと
や、家族のことを色々教えてもらいました。でも、それを理解するのは、一週間後
時には次の日にやっとわかる時もありました。もちろん全然わからないことも多々
ありました。
そのうち彼女も、私と私の家族にも慣れ、「さむいね。」と、日常会話も少しで
きるようになりました。今では、中学一年生になり、時々栃木弁で「……けぇ。」
と言ったりするので、ビックリします。彼女は、三年くらいは日本で生活し、ブラ
ジルに帰るそうです。そのころにはすっかり日本語も上手になっているのでしょう
ね。そして、私の方といえば、ほとんどポルトガル語を忘れてしまうかもしれませ
ん。
彼女がブラジルに帰る日まで、日本での良い思い出をたくさん作ってほしいと思
います。
日本人は、はずかしがりやの人種です。言葉が通じなくても、友達になろうとす
る気持ちが大切だと思います。そして、自分の立場に置きかえて、言葉の通じない
外国に行った時、心細いことと思います。そんな時、親切にされれば、なれない外
国暮らしも少しは安心できるでしょう。そういう優しい心を常にもっていたいと思
う。
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