人間は考える葦である
   牛 久  植原 雅章  「人間は考える葦である」これはフランス人の物理学者で思想家でもあるパスカル の言葉です。私は、この言葉を高校の時に知り、とてもインパクトのある言葉とし て心に留めてあります。 葦は、川原や沼地に生息するイネ科の多年草で、1〜2mの高さになる細い植物 です。 さて、その意味することは、「人間は葦のように弱いものであるが、思考すると いう一点において何ものにも勝る尊厳性を有している」ということです。 人はこの世に生を受け、必ず誰かと係わって生きています。それは、親であり、 兄弟であり、先生であり、友人であり……。 もし、強靭な肉体を持ち、頭脳明晰で、財力があり、心豊かであれば、人目を気 にしたり、あるいは気を遣ったりせず、自由気ままに過ごしていけるかもしれませ ん。しかし、そんな完璧な人はごく稀でしょうし、そんな生き方が理想かと言えば 私は特に望みません。 私は、か弱い葦でいいと思っています。だから、多くの人と係わり、いろいろな 話を聞き、心を通わせていきたいです。多くの友人をつくり、時には皆で集まって みたいです。多くの人が集まればひとつの大きな力となり、何でもできるような気 がしてきます。でも、気をつけなくてはいけないことがあります。そこにはルール があるわけで、自分にされて嫌な事を人にしないことが友情を築くための基本でし ょう。 それから、人間の持つ「思考」という特性を大いに活用していきたいと思ってい ます。考えることは私にとって、悩むことに近いかもしれません。悩むことはちょ っと胸が苦しくなったり、頭が痛くなったりします。でも、考えるほど、悩むほど 多くの情報を取り入れようとし、その結果、選択肢を広げることができ、良い答え を得ることができると信じています。せっかく人間だけに与えられた能力を使わな い手はないと思うのです。ですから、私は考える葦でありたいと思っています。 21世紀を担う皆さん、多くの友人を作ってください。大いに考えてください。 パスカルは言っています。「人間は、自然のうちで最もひ弱い一茎の葦に過ぎな い。しかし、考える葦である。われわれは、よく考えるように努めよう。そこには 道徳の根源がある。」と。