表紙仏教名言365日
 書 名 心≠支える
  仏教名言365日
     日々の生き方に目標を与える提言
 出版社 日本文芸社
 発行年 昭和56年12月初版発行
 大きさ 四六判、402ページ
 価 格 1300円(税別)
【本書「まえがき」より】
 指標なき混迷の時代だといわれて、久しい。こうした世の中にあって、「いったいあなたは何のためにいま、生きているのか」とたずねられて、はたして「こうだ」と自信をもって答えられるだろうか。
 喧騒と欺瞞と浅薄な社会の真只中にあって、少しはまともな人生を歩みたいと願っているが、ではどうしたらよいのかと問われると皆目わからないというのが実情であろう。
 今日ほど、政治や経済や生活のあらゆる面でお互いの共存共栄をはかるモラルの必要性が声高く叫ばれている時代はない。にもかかわらず、一向に具体的な指標が示される気配がない。世の指導的立場にある政治家、教育家、宗教家、実業家も、また家庭の親も皆、口を揃えたように無気味な沈黙を保っている。へたに口出ししようものなら寄ってたかってたたかれるから「君子危きに近よらず」で、無言の抵抗を続けているのかも知れない。こうしたニッチもサッチもいかなくなった現状をいつまでも黙視していてもよいものだろうか。
 とくに日本人は主義信条がないエコノミック・アニマルだと外国人から糾弾されている矢先である。「日本人には知識はあっても教養や節操がない」という意見に同調し、なかば自嘲的にみずからを卑下し、非難する者はいても、では一体どうしたらよいかという段になると、とたんに口をつぐんでしまう。
 かつて文部省は、昭和四十一年に中央教育審議会の答申した「期待される人間像」を発表したところ、あまりにも押しつけがましく、かつ抽象的であると、他から異論が百出し、元首相が「五つの大切、十の反省」を世に問うたところ、かえって本人はロッキード疑獄事件の被告人として槍玉にあげられ、総スカンをくってしまったことがある。
 こうしたあまりにも常識的な倫理綱要や道徳要目すら軽く一蹴されてしまうのであるから、われわれは何をたよりに生きていけばよいのかわからなくなってしまう。戦前のような修身教育の復活は大いに警戒しなければならないが、いまさらそんなものを強制してみたところで、かえって無視されるのがオチであろう。
 私はよく、国内外の旅行に飛行機を利用するが、そこで気づくことはパイロットはかならず「チェック・リスト」(点検指示表)を携えて乗り込み、コックピットでその全項目をチェックしながら複雑な装置の安全を一つずつ確認し、出発運航していることである。数百人の乗客の命を預かり、あのバカでかい飛行機を、その操縦装置を信頼して道なき大空を目的地まで飛ぶには、一つのミスも許されないのであってみれば、きわめて当然なことといえよう。
 われわれ人間の生活もよくよく考えてみればこの飛行機の運航のようであり、その機械を動かすわれわれの頭脳がパイロットにあたるのではないだろうか。
 そこで、飛行機の「チェック・リスト」になぞらえ、われわれにとって必要な生き方の指標ができないものかと考え、人生の安全運航のためのガイドラインとして三百六十五の項目に配列し、そのいちいちについて適当と思われる名言を仏教経典から引用紹介し、私釈を加えたのが本書である。
 浅学非才の身であってみれば、はたしてどの程度までわれわれの生き方にまつわる問題をトータルに把握し、それに対して適切な指示ができたかわからない。また、古くから伝えられた甚深微妙の絶対的真理を秘める仏教名言を、相対的な現代のモラルのレベルに引き下ろして矮小化し、曲解した点も多々あるかと思う。にもかかわらず、こうした試みをするに至ったのは、一重に混迷せる現代に仏教名言の光をあてて、そこに生きるわれわれに指標と活路を見出したかったために他ならない。それはひとのためというより、わたくし自身のためでもある。このささやかな試みが、いささかでもあなたのこれからの生き方の御参考になればさいわいであり、御叱正をまって、よりよき人間の全体像の把握とそのあるべき生き方を模索していきたいと願っている。



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