| 極楽へつとめてはやくいてたゝは 身のおはりにはまいりつきなん | |
| 【現代かな】極楽へつとめて早く出で立たば 身の終わりには参り着きなん | |
| 【出典】『勅修御伝』三十巻。『夫木和歌集』の釈教歌の中に。 | |
【私訳】遥かなる極楽浄土への旅立ちも、早く発心し、お念仏に励むならば、いまわの時には、必ずお浄土へ参り着くことができるでしょう。
| 【私釈】この和歌は、極楽浄土への往生を、“旅”になぞらえており、旅は朝早く出立するのが習いとなっており、遥かなる極楽浄土への旅立ちも、若い中から早く信仰に志し、お念仏に励むべきであることを勧めたものであります。 | よく「まだお念仏するほど、もうろくしていない」なんて言う方を見かけますが、人生とは無常なもの、若いとか年寄りだとかを言わず、お念仏とのご縁があった時には、素直にお念仏の信仰の道に入るべきであると私は信じております。 またこの歌は、奈良香久山の『法然寺』のご詠歌となっております。七十三歳の年、聖徳太子生誕の地として伝えられる飛鳥の橘寺に参拝された法然様が、村人の請いによってお念仏の御教えを説かれ、仏縁を結ばれたそうであります。この因縁が法然寺の開創となったそうであり、現在『法然上人ご遺跡二十五霊場』の十番となっており、御本尊様は『浮き足如来』の尊称で知られております。 |