2006年のマメ

12月1日(金)

 今年も最後の月に突入しました。栃木市では市制70周年記念市民ミュージカル「心に太陽を持て」(原作は山本有三の「路傍の石」)の公演が明日と明後日の2日間、栃木市文化会館大ホールで開催されます。
 
私の息子がオーディションを通って、吾一少年の仲間の悪がき役で出演します。今日のゲネプロ、昨日までの練習と見てきて、「我が息子ながらなかなかやるな。」と言ったところでしょうか。親ばかと言ってしまえばそれまでだけれど、子どもが一生懸命取り組んでいる姿を見るのはとてもうれしく思います。娘もその他大勢の役で出ます。
 市民ミュージカルとは言え、山田洋次監督の台本原案、田中暢先生の脚本・演出。舞台設定も凝っていて、見始まったら目が離せない。明日と明後日の公演が楽しみな出来映えです。
 
 今日の某テレビ局ロードショーの「三丁目の夕日」、最近公開された「東京メトロ」、そして栃木市では、栃木版三丁目の夕日「ちゃぶ台物語」の公演、そしてこの「心に太陽を持て」。昔を懐かしむだけで良いのでしょうか。
 先日、子どもの通う小学校の広報誌にPTA会長の言葉として「何に時間をかける事が大切か」という事を書きました。子ども達ともっと向かい合って話をすることに時間をかけようとか、昔のようなゆったりとした時間の流れの中で(実際はその当時の人たちも必死で働いていたと思うが何をするにも時間がかかった)、心の触れ合いが大切などという大層な事を書いたように思います。そういうことを世論に投げかける映画や公演なのではないでしょうか。昔は人間50年、今は100年生きたとしても36500日+閏年の25日。無駄に使いたくはないなぁ。大切なものを見つけたいなぁ。

11月27日(月)
 筑波山の紅葉はまだ見られました。
 下は、栃木祭りに出た山車です。何枚か撮ったけどこの二枚で山車の大きさが分かると思います。総台数12基だそうです。

 筑波山のケーブルカー乗り場のもみじです。
 筑波山の神社左側石段付近のもみじ。
  栃木祭りの山車。

11月22日(水)
 一番下の息子が通う小学校で、総合学習発表会があった。
 学芸会ではない。研究して各クラスごとに発表するのだ。
 環境問題に関する研究。「水を大切にして無駄に使わないためにどうするか。」「川を汚さないためにどうするか。「汚れてしまった川はどのようにすれば浄化できるか。」ということを研究して発表した。
 「EM団子」を川河に沈めてバクテリアの力で「ごみ」を分解してもらって、河川を浄化する。台所洗剤の代わりに「えひめAI」を使用して河川に洗剤が流れ込まないようにする。
 食品の安全性にまで研究して発表した。これは小学生が研究する命題としてはどうなのだろう。子供達が学校で研究し考えた事を親は親身になって考えてくれているのだろうか。そうだよねと言いつつ、洗剤を使い、家庭からでた油をそのまま水道に流してはいないだろうか。固めるテ〇プル等を使わなくとも、古新聞に吸わせて燃やすごみに出すこともできるし、廃油を再利用した石鹸やアロマキャンドルを作ることも出来るだろう。そして、家庭で使う油などは最小限に止める努力も必要な気がする。先日私がこのページに書いた食器を洗う時に洗剤を使いすぎるなんてことはもってのほか・・・。
 子供たちが真剣に考えているのに、とても恥ずかしい気がした。
 酸性雨についても述べていた。少しの距離でも自動車で移動する。私は近場は自転車を使うようにしているが、まだまだ足りないと思った。健康のためにも、もっと自転車に乗るようにしよう。その前に空気入れなくちゃ・・・。

 今日は11月22日。いい夫婦の日だそうだ。語呂合わせと言ってしまえばそれまでだが、夫婦ばかりではなく、全ての人たちに幸せになってほしいものだ。
 

11月18日(土)
 表の掲示板に写真が載せられるようになった。デジカメ写真をそのまま載せると重くなるので一工夫必要なようだ。
大本の画像を縮小して載せた方がページに無理がないようだ。

11月11日(土)
 朝から忙しい一日だった。
 午前9時半。私の息子が通う小学校から分かれた兄弟校のバザーにお邪魔してきた。出掛けに生憎の雨。しかも雷つき。少し小降りになってから出かけたので大して濡れなかったが、予定より10分遅れた。誰と約束をしていたわけでもないので、かまわないといえばそれまでだが、このロスが後に響くことになる。
 というわけで、会場に着き見てまわろうとしたら、とりあえず他校のPTA会長ということで来賓の席に通される。私はここのPTA祭を偵察に来たので、出来れば子供達や地域の方たちに混じって色々な話をしながら何かを食べたり飲んだりしたかった。来賓席には校長先生とPTA会長がいらして、私の訪問をねぎらってくれたが、私は堅苦しいのが苦手なのでお茶をよばれ当たり障りのないお話をしてすごすごと退散。
 PTA祭はPTAが主体となってバザーや模擬店を出店し、子供達がよりよい学校生活を送れるよう後押し(金銭的にも、バザーを楽しみ想い出に残す事等も)をしてあげるのが目的だと思う。私の学校のPT祭(私の学校はなぜかエーの発音がない)のほうが活気にあふれているような気がした。体育館の中の各ブースも閑散としているようだった。午前中早い時間だったせいもあるのだろう。しかしその後私は目的のチキンカツカレーを六年生の子供達に混ざって食べることが出来た。その中には私が支部長を務めた頃の空手道場の生徒もいた。友達とジュースやうどんを買って食べていた。元気そうで何より。その後体育館からバザーが行われている校舎二階へ。バザー販売開始は10時半からということで、まだ買う事はできなかったが、教室ごとに「衣料品」「食品・食器」「日用品・雑貨」に分かれて、担当の役員さんたちも別だった。聞いた話によると、PTAが全員参加して売り子さんをやる(時間交代したりすることもある)のでは無く、決められた役員さん以外は参加しないようだ。ここも私の学校とは違う。私の学校は全員一致の精神で、全員参加だ。当日、前日の準備等に何がしか必ずかかわっている。一人一人の達成感が違ってくると思う。
 その後、喫茶コーナーでケーキセットなるイチゴショートとコーヒーを頂いて、ほくほく顔で帰って来た。
 午前中にチキンカツカレーライスとケーキセットを食べられるのはやはり食いしん坊。雨のロス10分が無ければうどんも食べられたのに・・・。
 10時50分。スーツに着替えて、嫁さんを学校に送っていく。私たちのPTAでもお母さん方を対象にした「一手間加える惣菜料理」なる講座を行い、それに参加するためだ。11時からという事で送っていって、私はそのまま12時から宇都宮市文化会館で行われる第15回栃木県教育の日「栃木県教育振興大会」に出席するために車を走らせた。
 夕方からクラリネットのレッスン。その後、「駄菓子や学校」の打ち合わせ。
 「駄菓子や合校」と書き、「駄菓子や楽校」とも書く。子供達にも売る側に回ってもらって、様々な視点から駄菓子屋を経験してもらう。主催は私たちの学校の親父の会というべき「YOU・遊・倶楽部」。YOUのYはヤング、Oはオールド、Uはユニット。子供達も地域のお年よりもともに遊び楽しむという意味を含んでいる。(ちなみにYOUの意味のこじつけ命名は私の意見)
 学校と地域の結びつきをより親密にするため、駄菓子屋のブースには地域のお年寄り達に入っていただいて、ベーゴマなどは売るだけでなく、まわし方も教えていただくことになっている。私も今からワクワクしている。もちろん私はベーゴマもメンコもなれたものだが、教えることに関してはお年寄り達の方がずっと上手だろう。学校が楽しいところになってほしい。授業中嫌いな勉強をガマンして受けて忍耐力をつける。嫌いな勉強を努力して克服する。好きなことを一生懸命するのは努力といわないそうだ。逃げないで、物事に打ち勝つ力を養っていって欲しいものだ。意味が違うぞと御指摘を受けそうだが・・・。私はそうだった。知る人ぞ知る。
 という事で、打ち合わせに来ていたのは前会長、前々会長、私、現副会長、倶楽部会長、市の社会教育担当の先生。楽しみながらやっているので、舌も酒も進んだ。

11月7日(火)
 デイサービスセンターの依頼で、演奏をしてきた。曲は日本の歌と歌謡曲を合わせて11曲。お年寄り達の中には認知症の方も何人かいて、依頼を受けた時どんな曲を吹いていいものか考えてしまった。クラネットの有名な曲でもきっと知られていないだろうし、「もみじ」「ふるさと」「この道」「赤とんぼ」などなら分かるだろうと考えて選曲した。演奏が進むにつれ、口ずさんでくれたり、みんなで歌うコーナーでは、「世界に1つだけの花」「涙そうそう」を演奏とともに歌っていただいた。演奏が終わると、お年寄り達がお礼にと「キラキラ星」をハンドベルで、次に同じ曲を手話を交えて歌い披露してくれた。どんな風に練習したのか私には予想もつかない。スタッフさんたちのご苦労には頭が下がる思いだ。感想を一人づつ述べてくれたが、涙を浮かべて喜んでくれた方がいたのは感慨深い。こういう場に呼んでいただいたことを大変光栄に思う。
 その後、お茶会。スタッフの一人の手作り「スゥィートポテトのパイ生地包み」を頂いた。私の伴奏者のA先生はケーキを作るプロの職人だ。その先生がおいしいとおっしゃっていた。ほのぼのとして温かいひと時を過ごすことができた。でもスタッフさんは違う世界にいるのだろう。
 スタッフの一人に私が指導員を務める空手道場の昔の後輩がいたのには驚いた。12年ぶりに会った。

11月5日(日)
 自由演奏会が宇都宮で開催され、私も参加してきた。指揮者がいうように「なんちゃって吹奏楽。」。吹奏楽だけど、吹ける吹けないは自由。音程も自由。「赤信号みんなでわたれば恐くない」みたいな・・・。最近は、道路の端をみんなで一列で歩いていても安心できないけど・・・。
 大集団の演奏を意味がないととるかどうかは個人の考え方で違ってくるだろう。大集団での演奏を楽しく感じることが出来なければ意味のない演奏会だと思う。私は、お祭りが大好きで、吹奏楽の祭典のように考えているのでこれもまた楽しい。そして、何よりも指揮者の先生の言葉の端々に、色々考えさせらることが多く、参加できたことをありがたく思う。ま、第3回目のリサイタルのチラシを配ると言う目的もあったが・・・。(もちろん、自由演奏会執行部の許可を頂いて配りました。)
 250名からの集団になると知った顔もちらほら。高校時代の同級生が、息子が参加していたので来ていて、恩師の還暦祝いの話が出来てよかった。これだけでも参加した価値は・・・。(意味が違うかな。)
 あとは、一人々々の求めるものと価値観の違いかな。私はすべての事から様々な勉強をさせてもらっている。自分の価値観(狭い了見や心)では考えもつかないことがたくさんあるから・・・。
 昨年の2月に足利での自由演奏会のコメントがあるけど、ふり返ってみると初体験だったのでそちらの方が感慨深かったかな。そういえば、昨年は12月にも参加していたなぁ。

11月3日(金)
 毎年恒例のとある小学校の依頼演奏。OTTOHで参加。体験コーナーを設けたら、クラリネット吹きたい児童が8人ほどステージに上がってきて、2年生も何人かいて楽器が支えられず、とりあえずくわえさせて吹かせた。クラリネットらしい音が出たのはたった一人。あとはスースー、ずーずー、キャーーの連発でした。時間内で終わらせなくてはならないので、クラリネットは変な楽器と思われたことだろう。去年は、一人だけ選んでステージに上がってもらったので、指導しながら音を出してもらったので、しっかりとクラリネットの音が出た。やはり最初が肝心だ。

10月30日(月)
 栃木市教育祭が行われ、式典で前任のPTA会長が表彰された。私の前の会長はみな素晴らしく、とてもじゃないがまねは出来ない。私らしさと一生懸命を思い描いてやっているものの空回りしているのではないかと疑問を抱く。
 昨日(29日)は全空連剛柔会第30回関東地区選手権大会が小山の県南体育館で盛大に執り行われた。及ばずながら役員として参加し選手を誘導したり、呼び出しアナウンスをしたりと雑用をこなしてきた。今回、7年前同様栃木県主管ということで、栃木県内の3つの道場が協力して準備をしてきた。思ったように進まないこともあったが、良い大会になったと思う。関係者の皆様、お疲れ様でした。

10月25日(水)
 21日の土曜日、私たちの学校のPTA祭(兼バザー)が行われた。各学年の委員さんたちが知恵を絞った模擬店を用意してくれて、天気も上々だったのでまずまずの売り上げだった。
 前日の準備の際、私の手違いから滞った部分もあったが、前日中に準備は全て整い本番当日を迎えることが出来た。
 今年私がPTA会長として掲げた目標は「一致団結」。これを踏まえてくれたのか、皆さんが協力してくださってとても良い一日だったと思う。
 
 そんなこんなで今夜も「教育シンポジウム」なるものに参加。
 内容的には、「教育の根本は何か。」という話だった。教育界の第一人者5人(第一人者が5人???)で、1人はコーディネーターで他の4人はパネリストになり、一人々々の教育感を述べ、会場の人たちから質問を受け解説してまとめて締めくくるという流れ。(コーディネーターはシンポジスと呼んでいた。)
 命題である教育の根本。人間の根本を見つめ直し、一人々々が自分自身に問いかけながら成長する事が大切ということや教育界における様々な問題等も取り上げられた。
 とてもためになったシンポジウムだが、武道をやっていると自分自身に問いかける事はもちろんのこと、他人を知る事も大切だし、自分の発言や行動が他人にどんな影響を及ぼすかを考えるようになる。それを通り越すと、自分の発言や行動で人の心を動かし、自由に操れるようになる。これが心法なわけなのだが・・・。
 人は私のことを馬鹿だと思うだろう。しかしながら、馬鹿だと思う人は自分の考えの枠の中で私を見ているのであって私の本質を見ているわけではない。けれども、私は自分が馬鹿だと自覚している。ということは、人は私の本質を見抜いているのであって、私も私自身を知っていることになる。ま、私が言う馬鹿は「何も知らない。」ということ。何も知らないということを知っているから探究心が生まれ、努力研鑽する。

10月24日(火)
 昨日、両親を連れて紅葉を観に行ってきました。あいにくの天気だったのですが、写真を何枚か撮ってきました。
川俣湖畔の紅葉は最高でした。
 川俣から高徳牧場へ抜ける林道。道の両脇の熊笹がきれいでした。
 竜頭の滝の紅葉はもう終わりかな。中禅寺湖付近といろは坂がとてもきれいでした。が、ハンドルを握っていたため撮れず残念。


9月26日(火)
 PTA連合会から、「フィルタリングソフト」を導入するように薦められた。青少年が有害サイトにアクセスしないようにとの教育的配慮だと言う。早速、導入してみた。すると、自分のホームページの掲示板にアクセスできなくなってしまった。不特定多数の人が書き込めるコミュニティサイトと言うことだそうだ。私のホームページは有害なのかと思ってしまった。
 男女共同参画という講座を約半年計8回受けた。大雑把に言うと、お互いの立場を思いやって、差別をなくすと言うことらしい。
栃木市はこの条例まで出来たようだ。と言うことは、女性を不当に扱うと訴えられると言う事なのか・・・。ご飯ができるまで座っていてはいけない。ご飯が作れない男性は、皿洗いをしてしかるべき。ところが私が洗うとギトギト、ヌルヌルが落ちないと言われる。かといって、洗剤をたくさん使うと、環境問題になる。別の団体からも訴えられそうだ。

9月20日(水)
 「N響吹奏楽団とヤマハ・イデアル・クラリネット・アーベント」
 バンドジャーナルで取り上げられている話題について・・・。
 N響吹奏楽団のコンサートマスターは横川氏。ソリストには須川氏を招いてのコンサート。フェネル氏とクリーブランド管弦楽団の管楽器セクションでオリジナル曲のレコーディングがされているけど、それと同じような感覚なのだろうか。フェネル氏の概念とは少し違うような気もするが、オーケストラのメンバーによる吹奏楽演奏。私の思うクラリネットの吹奏楽での音色を考えるとある意味理想的な演奏会だったと思う。
 イデアル・クラリネット・アーベントは、著名なクラリット奏者がヤマハのクラリネットを使っての演奏会。私は磯部氏がドイツベームのA管を使って演奏するモーツアルトのクラリネット五重奏曲に興味があった。
 金子氏イデアルA管、小谷口女史イデアルB管、磯部氏ドイツベームA管と言う組み合わせ。仕様マウスピース等の仕掛けはいつもどおりなのだと思うが、やはりヤマハ独特の音がするようだ。
 イデアルはドイツベームの良いとこどりと一昨年の5月頃の試奏レポートに書いたが、実際に同じ会場で聴き比べるとやはりドイツベームの方がドイツ管らしい音がすると思う。吹いているのが磯部さんだからと言うのは無し。マウスピースとリードの差はやはり大きい。いくら管体や内径をこだわった作りにしたとしても、発音源が違うのだからしかたのないところだろう。やはりドイツトーンは小さめのリードから織り上げられる。磯部さんが普段吹いているヴーリッツァーとの違いを聴いてみたいものだ。
 パイパーズ301号では、十亀氏が様々なクラリネットを吹いてのC.D.がインタビューとともに紹介されていた。

8月25日(金)
 今日の金曜ロードショーは「タッチ」実写版。アニメもいいけど、実写版もなかなか良いね。ほんのちょっとアニメ(原作)と違うところがあるけど、これは仕方ないかな。ライバルの新田登場のテーマ曲が「オーメンズ・オブ・ラブ」。この曲はわりと難しいパッセージがあって、結構さらったのでおもいいれがあります。懐かしくなって、ここに書いてしまいました。「タッチ」。サンデーに連載されていた頃から読んでいたけど、やっぱり良いよね。これをわかってもらえる人、いるかな。

8月14日(月)
 お盆休みを早めに取って滋賀県に帰省しました。そのときの画像をお楽しみ下さい。

 行きの写真。台風の影響で朝から雨。北関東道、上信越道を経て佐久インターで諏訪に向かう。佐久インターを降りる頃には雨はやみ、諏訪湖は風が強かったものの快晴。涼しい。
 諏訪湖の博物館で生息している生物を見る。おしどり、鴨、カエルの次がカメ?。最後の写真は恵那峡サービスエリアのやぐら。ここは暑かった。


 11日に琵琶湖を半周。実家のある守山市から琵琶湖大橋を渡り堅田の浮御堂へ。二枚目の写真は右から左に向かって伸びる松の枝。20数年前に行った時も感動したけどより長く伸びていた。琵琶湖こどもの国、風車村を経て小谷城へ。道があって、ないような道を登ること20分。いるのは霊ばかり。怖〜。暑い〜。  順番では長浜城の後の能登川大水車。
 復元された長浜城ではポスターのようなイベントが。
   
 13日浜名湖サービスエリア。愛鷹のパーキングエリアで意味ありげな階段を上る。そこから見えたものは造成地と畑。茶所静岡。

7月30日(日)
 今月は思わぬ出来事がたくさん起こった。昨年から良くないことが続いているのだが、それを別に苦とも思っていないのは楽天的過ぎるだろうか。
 厄年がずれて来たと思っているくらいなので、厄払いをしたほうが良いかとも思う。しかし、本厄の時に厄除けをしたがために、今、その厄に見舞われているのかもしれない。そう考えると厄というのは多かれ少なかれ見舞われるもので、それが重いか軽いかもその人の運によるような気がする。
 私は今まで良い運に守られてきた。こうして生き永らえているのもその運のなせる業なのかもしれない。そして、その運をもたらす力がどこから来ているのか、何によって守られているのかを考える。
 縁(えにし)と言う言葉がある。これは人と人の縁ばかりではない。そういう運や先祖の守護などとの縁も含まれるだろう。それを考えると、私はたくさんのものに守られているのだと思う。人は生きているのではなく生かされている。何かをするために。その何かを探しながら生き続ける。その何かは死ぬまで見つからないのだろうか・・・。

7月16日(日)
 敵は近くにいる。ということで、夕べ泥棒に入られました。先ほどおまわりさんが来てくれて、刑事さんと鑑識さんが色々なところの指紋を取っていきました。犯人の指紋と比較するために家族全員の指紋も取りました。はんこを押すように両掌の紋までとったのには驚きました。一番下の息子は、「小さい手だから分かるからいらない。」と刑事さんに言われ、つまらなそうな顔をしていたら、違う刑事さんが「僕もやるかい。」と言ってくれて、ニコニコしながら体験していました。
 以前、引ったくりを追いかけた時に、事情聴取やら時間をとられた覚えがありますが、被害者の方が時間が短い様な気がしました。

 そんなわけでおまわりさん達と色々お話をしながら玄関に空手の免状が飾ってあった事から、「ここのお宅は空手の黒帯が沢山いるんだね。」と言う話になりました。警察の方たちは学校や、現場に出てからも武道は正課になっているだけあってその点についても訊ねられました。私の四段を始めに、長男と長女が初段。一番下の息子は「空手嫌いだん。」そのほかにも柔術の話になったり、私の先輩が栃○署にいてネットの困りごとで色々相談に乗ってもらっている話などをしました。今日の方たちは居丈高ではなくとても良い対応をしてくださいました。警察の人と街中で会うとどうも態度が横柄で良いイメージを持っていなかったのですが、今日はありがたかったですよ。とられたものやお金は戻らないと思いますが・・・。

7月9日(日)
 私の予想に反して、ワールドカップはイタリア対フランスの決勝と言う事になった。
 私の予想外の掲示板の書き込みには驚いた。いつも書き込んでくれている方たちが、大人の対応をしてくれたこともありがたい。アラシに対しては静観していただくのが一番だ。大抵は反応を見て喜んでいる事だと思うからだ。
 掲示板の機能として様々なセキュリティがある。私がお借りしているのは無料掲示板で軽度のセキュリティ機能しかないが、それでも書き込み者を締め出す事は可能だ。私が設定を変更してから、書き込み者は掲示板自体見られなくなっていると思う。
 何人かの近しい友人から、心配メールを頂き怒りの書き込みをしようかと思ったと聞いた。しかし、攻撃者の矛先がそちらに向くのが恐いので、静観していただくようお願いした。万が一、違うルートからアクセス可能の場合は、より荒れてしまう事になる危惧があったからだ。
 アラシは前にも何度かあったり、迷惑メールを受けた事もあった。そのときは警察の生活安全課のネット犯罪を取り締まる部門に相談して、対処方法やより悪質になった場合の届出の方法を教えていただいたりしている。今回の件も、私の実名で死ね死ねとなっていたら、訴えていたかもしれない。でも、「マメ」じゃその辺にいくらでも生えているし、八百屋でも売っている。それに、書き込み者が死刑囚で、私より先に逝ってしまうかもしれないし。死ね死ねと呪われたところで、死ぬようなタマじゃなし・・・。そこで、死刑執行人の方が良かったという私の書き込みになる。
 武道・武術をやっていると宗教にも強くなる。特に昔は生死を分かつものだった。また、最近は道を説く上で宗教的な話を聞くことも多い。心と体(小宇宙)の統一をはかるために武術と一体となった宗教はたくさんあるのではないだろうか。呪術の世界もある。ブー○ー教とか、サンタ○ア信仰とか・・・。日本では丑三つ刻参りが有名だろう。夜中の2時頃(丑三つ刻)に呪いのわら人形に5寸釘を打ち込んでいく。何日か続けて行わねばならず、しかも人に見られたり、わら人形が見つかったりしたら効果がなくなる。また、それを返す呪い返しの秘法もある。
 そんな事を再び考える機会を与えてくれた。人間生きている以上仲の良い仲間もできるが、反発しあう敵もできる。ライバルとしてお互いに切磋琢磨していければよいが、足を引っ張られるだけの敵となってははなはだ迷惑だ。しかしそいつも、反面教師としてとらえる事で、自分を振り返る良い手本となる。「人の振り見て我が振りなおせ。」という。冷静になって自分を第三者的立場から見たとき、様々な事に気付く。

6月29日(木)

 最近PTAのほうで様々な講演会や座談会に参加することが多くなった。今日も講師に落語家を招いての講演と高座に行ってきた。自分の教養を高め、心を磨くのには確かに必要だと思いつつも、いつも聞くことが苦痛になってくる。しかし今日は、話す事を生業としている人が人を話しに集中しのめりこませる業を目のあたりにしてきた。1時間半の講演を飽きさせない。これは大変な事だと思う。面白かったし、もっと話して欲しいとまで思ってしまった。
 先週も「人権フォーラム」を聞きに行ったが、人権問題という硬いテーマをやはり大学教授が話す。どうしても硬い雰囲気になってしまう。
 今日は「男女共生参画について」。この命題を砕いた言葉で分かりやすく説明してくださり、その内容に沿った落語を演じる事で笑いとともに心から実感する事ができた。そういう気にさせられてしまった。
 笑う事。「笑うかどには福来る。」というが、難しい顔をしていたのでは誰も寄り付かなくなってしまう。にこやかに、明るく生きていければ・・・・・。
 私が役を引き継いだとき、副会長の一人に、「マメさんの性格が現れる明るいPTAになって良いのでは。」と言われた事がある。そのときは素直に喜べなかったが、笑顔にも様々な想いが現れるので、その笑顔の真意を量りながら、PTA活動に役立てて行ければ良いと考える事にした。
 また、親子交流学習では、私が護身術を教える事になっている。その締めくくりにみんなで大笑いをして武道が求めるものは、「笑って過ごせる平和な世。」「自分の身を守りつつ、相手をも思いやる心。」という事を話せたら良いと考えている。

6月19日(月)
 うーん。ちまたはサッカーのワールドカップ一色。かく言う私も現在スイス対トーゴの試合をBSで観戦中。「日本じゃないじゃん」という突っ込みは無しにしていただきたい。決勝トーナメントに進むにはブラジルに2点以上の差をつけて勝たねばならない。コレはジーコジャパンの熱狂的ファンには申し訳ないが、ブラジルチームの体調が悪くない限り奇跡でも起きなくては無理というものだろう。
 宮本武蔵は「敵を知り己を知れば、百戦しても危うからず。」といったそうだが、「負けること=死」の世界で生きているので、勝つために策を練った。一乗寺下がり松でのような奇襲戦法は使えない。正々堂々とした試合。スポーツですから。
 今の格闘会では、体重別、年齢別で試合を行う。日本とブラジルではどういったハンデがあるのだろう。だいたい、45分ハーフ、合計90分プラスロスタイム。走りっぱなし、動きっぱなし。昨日の川口。PKを驚異的な集中力で止めたかと思うと、仲間からの戻しをスルー。オウンゴールかとヒヤッとした。こういうミスはたぶん他の国の選手には見られないのではないか。一つ一つのプレーがその選手の価値を決める。ハングリー精神の違い。これはボクシングでも良く言われる。現在後半40分。後は終わってから書きます。

 試合に集中して2分後、スイスがダメ押しの2点目をゴール。
 日本の蹴鞠の歴史を見ると平安時代から続く。コレが日本の国技として現在も続いていたとしたら、サッカーにも影響を及ぼしたのかも・・・。強い国を見ると、過去の優勝国は、ウルグアイ、イタリア、ドイツ(旧西ドイツを含む)、ブラジル、イングランド、アルゼンチン、フランスの7カ国しかありません。日本のランキングはだいぶ下のほうです。開催がヨーロッパ。ホームタウンデシジョンわ考慮すると、優勝は開催国ドイツ、フランス、イングランドといったヨーロッパ勢が優勢といったところでしょうか。イタリアは不祥事問題で浮き足立っているので入れません。初優勝する国の可能性を考えてみると、試合数と長丁場を乗り切るノウハウを知っている優勝経験国に利があるとしか思えません。さて、結果がどうなるか。優勝が決まってから、「私の予想通りだったよ。」という事にしましょう。結果が決まってから言えば、外れる事はない(笑)。

 6月11日(日)
 入梅(つゆいり)しました。毎日曇り空を眺めています。このところ家族で出かける時も雨が多く、雨の合間を縫ってあちこち見て歩いています。

5月28日に家族で再びロックハート城に行きました。 
 最近のドラマに取り上げたりして、人気があります。昨年の「マメの独擅場」も見ていただくと分かると思います。けっこう遊べます。この日は2組の結婚式が行われていました。左側から全景を撮ってみたりしました。

 5月17日(水)
 PTA関係の仕事について小学校の教頭先生から電話があり、市のPTA関連の講座に出なくてはならなくなって何かと忙しくなってしまいました。会長となると様々な行事に引っ張り出されるものですね。分身の術を使いたくなります。影武者が欲しい・・・。
 9月まで全8回の講座を受けなければならないのは辛いところです。中には埼玉での現地講習。平日の昼間に誰が行けるのと・・・。そのほかにも学校独自の行事(70周年記念行事)や県のPTA連合会の会合その他に中央まで行くそうです。ひぇー・・・。
 と、悲鳴を上げてはいられません。何とかせねば。

 先週に引き続きKフィルの練習。先週の悪い予感的中で、事務局とK先生で違うエキストラを頼んでしまったとの事。それも見越して先んじて練習に参加していたのですが、リストラされてしまいました。私よりも素晴らしいクラリネット奏者が来るのでしょう、きっと。どんな演奏を聞かせていただけるのか、請うご期待といったところでしょうか。
 今日は練習指揮者が棒を振っていました。それもあって練習に参加してみたのです。その練習法はトレーナーとしては最適と思える指導でした。音楽は正指揮者が創るにしても、そこまでの基礎的な力を養うのは練習指揮者だと思います。詳しい内容は書きませんが、その指導を活かすも殺すも団員次第といったところでしょうか。一人ひとりの音楽に対する思い入れ。それが重ければ重いほどよい演奏が出来る可能性があると思います。頑張って欲しいところです。
 私に電話をかけてくださったK先生の面目がつぶれなければいいのですが・・・。
 私の隣で吹いていたクラリネットの方は、本当にクラリネットが好きという事が分かりました。今日は背広姿で、出張か仕事先から直接いらしたのでしょう。先週はダブルケースだったのが、今週はビジネスバッグの中にシングルケース。リードの調子も前もって見れなかったのか、先週は満を持した一枚で通していたのに、今日はリードケースを出して何枚か試していました。帰りも時間を気にしていたところを見ると、最終の電車でお帰りになったのでしょう。
 私なら仕事で遅くなるので休みますと言っていたところでしょう。素晴らしい団員です。頭が下がります。老婆心で言わせていただければ、音の立ち上がりに気をつければもっと素晴らしい演奏になると思います。私と違うところはそこだけです。でもその違いが大きかったりするのです。音程も格段に安定すると思います。頑張ってください。
 
 5月10日(水)
 少年合唱団の指導の先生が指揮をしているKフィルハーモニー管弦楽団からクラリネットのエキストラの依頼が来ました。K先生から直々にお電話を頂いた事と久しぶりのオケの仕事という事で、意気込んで出かけてみました。
 曲はモーツアルトの40番とベートーベンの「田園」。今日の練習は40番の全楽章チェックでした。
 団員にクラネットのメンバーがいないということで、どうなるか不安と期待で意気揚々と出かけて行ったのですが、練習場の階段の下まで行くとクラリネットのような音が聞こえて来ます。他のエキストラでも来たのかなと思い上がっていくと、K先生と事務局で話し合いの真っ最中でした。K先生は話が違うといった表情だし、事務局も「なんで?」といった表情なのです。
 私としては、頼まれて行ったわけですから、頼まれたとおりの仕事をするしかありません。クラリネットの方から楽譜を借りて吹くことにしました。練習の合間にお話をすると、1月ごろに入団したそうです。「大学時代以来しばらく吹いていなくて。」とおっしゃっていましたが、私とは全然違う吹き方をするので合わせるのに苦労しそうです。

 5月7日(日)
 何年か前、裏の掲示板でも話題に上ったJ.マイケル社製の楽器について、試奏レポートを載せてみます。
 昨日、S川先生のリサイタルを聴きに行く前に某楽器屋さんに立ち寄りました。そこには前々から気になっていたJ.マイケル社製のドイツタイプが展示してありました。新大久保のウィンドクルーの隣の楽器屋さんの3階でした。
 ドイツベームのB管を持参していたので、さっそくマウスピースを出して試奏に取り掛かろうとしましたが、マウスピースが入らない。私のはジョイント部分がラージタイプなので無理だった用です。これに合わせるには、スモールタイプのマウスピースが必要なようです。
 というわけで、楽器についていた2という刻印があるマウスピースにホワイトマスターの3番と紐で試奏する事にしました。
 感想はドイツシステムの入門用にはとても良いと思いました。私が一番心配なのは指使いです。ホームページ上の楽器紹介でも載せてあるシュライバーの木製ドイツ式は18キィぐらいしかなくエーラー式には程遠いシステムです。入門用には良いと思いミュンヘンで購入しましたが、当時ドイツマルクで100マルクほどしました。それからすると標準価格はG万ほどで手に入る。ネットオークションではもっと安く出されているかもしれません。
 内径に関してはかなり細く、それがベルジョイントの近くまで来ている。ドイツ管の内径をしっかり踏襲しています。材質もプラ管とは言え木目調で、私の連れは木管と見間違えたほど。キィも重厚な出来で、けっして安っぽいイメージはありませんでした。
 ドイツ管に興味のある方には、入門機種としては充分だと思います。さもなければ某有名管楽器の雑誌で取り上げられる事は無かったでしょう。
 以上、マメの試奏レポートでした。

 続いて、S川先生のリサイタルレポートです。
 前回同様一人で吹く曲は全て暗譜。すごいですね。練習量と理解の深さを思い知らされます。
 今回はクラリネットデュオの曲も取り上げられていて、ゲストクラリネット奏者は元東響のT尻氏。リサイタルのタイトル通りの「クラリネットの柔らかな響」を堪能させていただきました。
 今回のデュオはローズの32のエチュードの抜粋。練習する時は和音構成も考えながら吹くのは大切な事です。このデュオは和音を考えるにはもってこいかもしれません。ピアノ伴奏つきと考え合わせて、様々な音楽に変えられそうです。
 1つの音に対して、その音が和音の中で第何番目の音になっているのか、前後の音との関係を考えて一番良い和音を選ぶ。全体の流れも考える。メロディーに伴奏をつけるのは、音楽自体変えてしまうことになるので、とても大変な事だと思います。このデュオ版は楽譜も販売されているようなので、練習に使うのもいいかもしれませんが、32のエチュードをきちんと吹けてからでしょうか。吹けてから音楽を考える。音楽を考えながら吹く。どちらも大切????。

 5月2日(火)
 過去の独擅場を読み返してみると、なんかすごい事を書いているなぁと思います。これを読んで下さっている方たちはマメに対してどういう考えを抱いてくださるのでしょうか。
 このところ花見や、旅行記が多く、写真で紹介してあります。大きな画像を使うとページが重くなるので、なるべく小さくかつ見辛くない設定にしているつもりです。
 
 昨晩、Tフィルの練習を見学させていただきました。見学者に対して一般の団体ではどのような扱いをするのが普通なのでしょうか。大抵、見学したいと言う事は入団する意思があると考えて、楽器持参かどうかを確認するのではないでしょうか。もし楽器を持参していた場合、演奏会前の大事な時期でない限り、「一緒に吹きませんか。」という言葉くらいあってしかるべきでしょう。私は古巣と言う事で、遠慮せずに楽器を出して音出しはさせてもらいましたが、練習が始まってもその言葉はいただけませんでした。
 練習の仕方を否定はしませんが、疑問は多々ありました。正指揮者不在の練習に人が集まらないのはそこに原因があるのでしょう、きっと。それは前にも書きましたが、T市民吹奏楽団にも言えることだと思います。
 話を戻して、序曲の練習では楽譜を借りる事も出来ず、黙って見学していました。メインの第9はクラリネットのメンバーが一人しかいなかったので(この女性は私が団を離れる時に後を託した精鋭のクラ吹きだったのですが・・・。(クラリネット野郎参照))、二番クラの楽譜を頼んで貸していただいて吹かせてもらいました。初見でほぼ吹いてきましたがね・・・。3楽章は指揮と振り方(4つ振りか8つ振りか、3つ振りか6つ振りか)が分からず、落ちた部分もありました。メンバーはその練習指揮者になれているから判るけど、初めての私にはつかみどころのない指揮に見えてしまった。けど、音の入りと音程はぴたり合わせたつもりです。それと、オーケストラと吹奏楽のクラリネットの違いはホームページ上でも書いてあるとおり指摘されるまでもなく分かっています。二番クラは特に難しいですよ。奥が深いですよ。

 先日私の誕生日の4月29日にドライブに行ってきました。ルートは国道50号から群馬フラワーパークの前を通り赤城山へ。反対側に降りて国道120号に出て椎坂峠のオルゴール館で昼食。吹き割りの滝。4月25日に通れるようになったばかりの金精峠を抜け日光湯元、湯の湖、戦場ヶ原、竜頭の滝、中禅寺湖、いろは坂を下って明治の館で夕食。れいへいし街道を通って帰宅。
 走行距離約280キロ。丸沼湖畔の旅館の前には標高14??メートル(よく覚えてないけど1500メートル近いと思った)の立て札まであって、冬と春を満喫した一日でした。
 赤城山の大沼に出る前に小沼が迎えてくれました。
静かなたたずまいは神秘的でさえありました。
 向こう岸の白いものは雪の残りです。まだまだ寒かった。
 小沼湖畔と書いてあります。「沼なのに湖畔かい。」と思いながらも歩を進めることに・・・。
 後ろに歩を進めたようです。
 桜も満開。ここは群馬の赤城山から国道120号線に出る途中の風景。
 関東のナイヤガラ。吹き割りの滝。水量が多く引き込まれそうでした。
 角度を変えてもう一枚。滝の周りの遊歩道を合計3キロほど歩いてきました。
山道の上り下り、階段ありと怪我をして運動不足の私にはちときつかった。
体力をつけねば・・・。
 丸沼畔の雪景色。私はどこに来たのでしょう。
 菅沼は氷に覆われていました。
 写真を撮って場所が分かるようにこんなものがおいてありました。
 「中禅寺湖だよ」と書いてあります。なんか間の抜けた話・・・。

 4月24日(月)
 昨日はT市民吹奏楽団定期演奏会のお手伝いをしてきました。映画評論家の木村奈保子女史を迎えて解説とお話と歌を交えての演奏会。曲目は全てスクリーンミュージック。曲数が多いのでさすがに演奏会自体も長くなって、午後2時開演で終演が4時58分とほぼ3時間の演奏会になりました。お客さんにとってどんな演奏会だったのでしょうか。吹いてる方としては、どうだったのでしょうか。
 私はお手伝いなので、やるべきことはやったつもりですが、これまた自己満足の世界になっているかもしれません。感謝してくれる人もいれば、邪魔に思う人もいます。そんなものなのでしょうね。
 練習は週二回。指揮者がプロの方で毎回練習に来れません。この楽団には練習指揮者がいないので木曜の練習は個人練習のようなものでした。普段、家で吹けないような楽器(金管は特に)の人たちにはこういう練習場があるのはとても良いことだと思います。やはり合奏だけでは個人のレベルは上がりません。合奏で出来なかったところを個人で振り返る、ということはとても大切な事だと思います。しかし、皆さん忙しいのか合奏の場にも人が集まらなかったのは残念ですね。
 お手伝いと団員の関係はどういうものが理想なのでしょうか。お手伝いですから、「でしゃばってはいけない。」、「必要なところではしっかり吹かなくてはいけないし、団員より目立ってはいけない。」「ソロはもちろん団員のもの。」と、いろいろ考えさせられます。良い演奏と言うのはなんだろう。演奏会を成功させるためにみんな一生懸命です。そんな事は当たり前です。でも、何か違うような気がします。
 団としては、お手伝いの方を入れないと演奏にならないと考えてお願いするのでしょうが、掲示板の書き込みのように「トラのほうがうまいってどうよ。」と言うご意見も来てしまいます。パートによっては「人数は足りてるのに何でトラ入れるの?」と思えたし、「このパートはもっと欲しい。」と思えるところもあったりと、なかなかうまくいかないですね。
 執行部の苦労を思うと本当に頭が下がります。団員の皆さん、本当にお疲れ様でした。
 最後にもう1つ。プログラムの団員名簿にはたくさんの名前がありました。演奏会のプログラムに団員全員の名前は載せなくてはいけないのでしょうか。名前があって本番いなかったら、お客さんをとまどわせる事にならないでしょうか。演奏に出れなくて、スタッフで来たメンバーは「スタッフまたは裏方さん」のような書き方をすれば良いような気がします。もちろん団員が全員出演できればお手伝いは必要なくなるでしょう。

 4月9日(日)
 午前中作業場で仕事、午後は幸手の現場の下見。その下見に家族で出かけて、帰りに再び古河の桃祭りに寄って見ました。
 公園の入り口辺りの桃。鮮やかなピンク色や薄い色など様々な桃の花。
 桃、桃、桃。一面桃。
 柳に菜の花に松に桃。次回は菖蒲が咲きそろった頃に訪れてみよう。
 桜と桃が満開でした。

 3月27日(月)

 昨日家族でドライブに行ってきました。行き先は茨城県水戸市にある偕楽園。まったりと梅見をしてきました。
 あたり一面、梅の花の香りに包まれていたようですが、花粉症の私は鼻がつまっていたのでよくわかりませんでした。見渡す限りの梅の花。団子はいずこ。
 水戸斉昭公生誕200年記念植樹の梅です。
 梅を見ながらも分かれ道に遭遇。右に行くか左に行くか。それが問題だ。
 一枝ごと写してみるとまだ満開ではないものもありました。
 黄門主従が現れそうな木戸。時代をさかのぼり時代劇の主役になった気分を味わいました。梅見に来たはずなのに、そっちへ・・・。
 「吐玉泉」という湧き水。大理石の中央から水が噴出しています。目にいいということなので、目じりに塗ってみました。目が冴えた様な気が・・・。
 太郎杉です。立て札には樹齢約750年と書いてありました。
 正真正銘、偕楽園です。快楽園ではありません。
 梅の視線で撮ってみました。梅は低木なのか人が隠れてしまいます。家族と離れてしまうと、見通せないので探すのに苦労しました。
 水戸市のシンボルタワーです。
 帰りに古河の総合公園で催されていた桃花祭りに立ち寄って見ました。
五分咲きといったところでしょうか。
 駐車料金が500円と書いてあったのですが、到着したのが6時近かったので管理人がいませんでした。
 湿地帯には大蓮池、菖蒲池とか書いてありましたが、時季が違うようでただの池。この公園は四季折々の花が楽しめそうです。
 もう少し経つと、公園入り口付近の桜が咲いて、桃と桜の両方の花が見られることでしょう。
 花に囲まれ、穏やかな雰囲気の一日が過ぎていきました。露店や売店で売られていた食べ物に後ろ髪を惹かれる思いでしたが、帰路に着き、家に着いたのは午後8時頃になりました。
 お昼は水戸市の豚カツ屋さん。夕飯は栃木に帰ってきて蕎麦屋に寄りました。私には花より団子。だなぁ。
 お昼を頂いたこだわりとんかつの「はなまる」さん。
こだわりとんかつというぐらいなので、肉も柔らかくソースも甘口、辛口といろいろあって最高でした。
 ライス、キャベツ、味噌汁のお代わり自由となっていましたが、とんかつのボリュームに圧倒され、お代わりする余裕がありませんでした。
 50号バイパス河和田町で、ガストやパチンコ屋さんのある交差点あたりでした。

 3月7日(火)

 掲示板にも書き込んだように骨折から一年が過ぎ、医者からスポーツをして良いとの許しが出ました。この一年ジョギングもしていないので体がなまっていてどうしようもありません。ここいらでなにかをと思うのですが、徐々に動かしていかないと何が起こるかわからないので心配です。
 先週の金曜日の夜、娘とT市の体育館に行ってきました。体育館ではバドミントンと合気道と中国武術の練習が行われていました。バドミントンはコートは狭いものの瞬発力が必要だと思います。中国武術は子供達ばかりでトレーニングウェアで練習をしていました。合気道は袴着用の指導者が2人と白帯の人が数名。同じ会派の(合気道も枝分かれしていて合気会とは別の会派)体験講座で受身ばかりやらされて気持ち悪くなった経験があるので考え中。
 今まで続けていた空手に戻ろうか柔術に戻ろうかと考えているのですが、空手は今の私にはハードだし(心身ともに)、柔術は座り技というのがあって正座が出来ない私には無理。どちらの館長先生も「無理の無いようにやれば良い。」とおっしゃってくださっているのですが、自分の気がすまなくて「やるからには。」となってしまいそうで恐いのです。
 
 音楽は好きだけど、体を動かすのも好き。でも無駄な動きは嫌い。武術を突き詰めていくと普段の立ち居振る舞いもとてもきれいになるのです。全てにおいて無駄を省いていく。そんな境地にはいつなれることやら。このページを作っていることも無駄の一部なのかも・・・。

 3月6日(月)
 今年は筆不精になったのかなかなか書き込むことが思いつきません。見に来てくださっている方達にはとても申し訳ないと思うのですが、大して期待されていないだろうという想いも重なって更新が滞っています。深謝。
 昨日栃木少女合唱団の定期演奏会がありました。私の娘も最後の演奏会で、ソロを一曲いただいたようです。こんな書き方だと人事のようですが、当日のお手伝いで私と家内が会場にいたのですが、リハーサルが修了するまでどちらも知らなかったのです。一言でも言ってくれていたなら、特訓に特訓を重ねて歌わせたものを・・・。

 T吹奏楽団の定演をお手伝いすることになりました。こちらはリンクのページで紹介してあるのですが、管理人が変わるにつれ私を知らない人になって、相互リンクにしてあったはずがリンクのページ自体無くなってしまっています。事情はいろいろあると思いますが、相互リンクしてくださってる団体があったとしたら、一報もなしに無くすというのは失礼ではないのでしょうか。他の団体には連絡したのかもしれませんが・・・。
 これから作るにしても、現在工事中とかのアピールは必要でしょう。私のリンクのページにも「考え中」と書き込みました。礼節を重んじてくれない団体とは今後の付き合い方も考える必要があると思います。連絡をするといって1年以上何も言ってこない楽団よりはまだましかな。今年第9をやるようです。
 ホームページは顔そのもの。作っている人の個性から人柄から全てが現れ見て取れると思います。このように書いている私の性格も皆さんには分かっていることでしょう。私には攻撃的な一面があります。そうでなければ空手や柔術で黒帯は取れません。だからといってこのページを武器にしようとは思いませんが、世論に訴えること(同意を求めること)はするでしょうね。今までもしていると思いますし・・・。

 栃木市制70周年記念事業としてミュージカルを上演するそうです。「心に太陽を持て」(仮題)というタイトルで(http://www.city.tochigi.tochigi.jp/event/ballet/bosyuu.htmを参照下さい)、栃木出身の文豪「山本有三」の「路傍の石」を原作として山田洋次先生に原案をお願いしているそうです。そのオーディションが先日行われ、吾一少年とその仲間達ということで主役の吾一役とその他の仲間が決まりました。おかげさまで、私の一番下の息子が仲間役に合格しました。どうせ受からないだろうと考えていましたが、「開けてビックリ玉手箱。」というのはこのことで、オーディション合格通知が届いて親の方がビックリ。当の本人は「竜ちゃん受かったんだ。」とまるで人事のよう。5月から毎週練習が入るということで、どうなることやらと心配しているのは私だけ・・・。

 2月19日(日)
 とある幼稚園の音楽教室の発表会にゲスト出演して子供の良く知っている曲から父母の皆様のご存知の曲まで計8曲演奏してきました。ピアノ伴奏は音楽教室の講師の先生。2回ほど合わせをして今日のリハーサルと本番。さすがにきっちり合わせていただき気持ちよく吹くことが出来ました。関係者の皆様、お心遣い本当にありがとうございました。この場で失礼とは思いますが、御礼申し上げます。
 言葉の使い方というのは本当に難しいものです。このページをご覧になっている方達(皆様、方々、皆さん等ドレを使うか迷います。)の中には「最近句読点が少なくなった。」とお気づきの方もおられる(いらっしゃる)ことでしよう。句読点は読みやすくするために挿入するものですが、自分より学のある方や目上の方に対しては失礼なことになるそうです。賞状は相手を上の立場として授与されるので句読点はないと聞きました。紛らわしい文には句読点は必要だと思いますが、「おやじしんだ。」=「親父死んだ。」=「おや地震だ。」。「しんだいしゃたのむ。」=「寝台車頼む。」=「死んだ医者頼む。」。等も漢字しだいで変わるから問題ないと思います。敬語も丁寧語、謙譲語、尊敬語と様々で日本語の奥深さを感じます。日本人に生まれてよかったと感じるほどです。
 遠まわしの表現で何を言われているのか分からない時ありませんか。本人は「私はコレをわかってほしい。」と思いながらおっしゃっているのでしょうが、聴いているほうには全く伝わらず歯車がかみ合わない状態になってしまうこともあるのではないでしょうか。
 今日の音楽発表会のパンフレットに学院長先生が書いていらした「稽古事は技術が上達することが第一の目標ではありますが、そこに心が伴わないとしたらとても淋しいことです。」というお言葉。武術の世界でもよく言われていることで、技術を通り越して自分の進む道が出来、武術から武道になる。人に対しても誠意を持ってあたれば必ず通じる。私はクラリネットの音を通して人に心を伝えたいと思っています。私が吹くクラリネットはクラリネットであってクラリネットではないのかもしれません。

 2月18日(土)
 S楽器主催のソロコンテストに参加してきました。結果は銀賞。曲はブラームスのクラリネットソナタ第2楽章ソステヌート以降。やはりまだまだブラームスの曲は表現し切れなかったということでしょう。クラリネットは奥が深い、もっともっと精進します。
 ちなみに各審査員の先生方の審査用紙の点数は以下のとおり。各項目20点満点。
- 音色 技術力 表現力 感銘度
吹奏楽指導者N先生 19 19 20 19
サキソフォン奏者H先生 18 19 19 18
トランペット奏者F先生 18 18 19 18
クラリネット奏者T先生 10 10

 全ての審査員の先生に認めてもらうのは難しいですね。明日もまたピアノの発表会に呼ばれてクラリネットを吹いてきます。子供達に喜んでもらえる演奏が出来るように頑張ってきます。

 2月1日(水)
 関東はあいにくの雨でした。仕事が早めに終わったので、いつも行く○野楽器に立ち寄ったところ、定価15000円のウッドウィンドのロバートマルセラスモデルが山積みにされていてしかもクリアランスのため廉価販売。一度吹いてみたかったので全て試奏させてもらって一本を選びました。計7本のうち3本ほど良いのがあったのですが、そのうちの1本をチョイス。チューナー持参で音程の安定感も抜群のものを購入しました。
 このマウスピース、ラリーコムズモデルはよく見かけるのですが、ロバートマルセラスモデルをおいているところは少なく、あっても2〜3本しかないので選定するのをためらっていました。○野楽器には私が行く前にメーカーからまわってきて10本ほどあったそうです。私が気づく前に知り合いのO先生が2本ほど購入して行ったそうです。私も先月の25日には行ってザ・クラリネット20号を購入しているのですが、そのときには並んでいなかった。日曜日に並べたような話だったので、O先生はもっとよいマウスピースを選んで行ったかもしれません。残念。

 1月31日(火)
 あっという間に31日、今月はたった4回の書き込みです。このところクラリネットを吹いていて思うこと。あるある○検隊じゃないけど「練習するほど下手になる。」感覚。やればやるほどこだわりが出てきて思うように吹けないといった方が良いのかもしれませんが、ちょっと煮詰まった感じです。
 曲ばかりでなくいろいろなエチュードを引っ張り出してきて吹いていると今まで思いもつかなかったことに出くわします。
 エチュードの紹介のページでクレプシュの416の練習曲集の第1巻を紹介してありますが、この第2巻に当たるものが実は全音楽譜出版から出されているクローゼの教本第2巻の終わりのほうに載っているのです。クローゼの教本なのでクローゼの曲ばかりかと思っていたのですが、違う人の作品も入っていたのですね。この本を練習していて、中途半端な練習番号から始まって前半にあたる部分が載っていないのが不思議だったのですが、そこまで練習してくると確かに前半部分は必要なく感じてしまいます。そこまでくるのにかなり苦労します。第1巻と第2巻の両方きちんと練習したら、かなりの力がつくはずなのですから・・・。この2冊、いつも言うように行ったり来たりして練習してほしいものです。本当にこの2冊で事足りると言えるくらい充実していますよ。ちなみに私が買ったころは2冊あわせて3200円。現在、第2巻が一冊3200円くらいのようです。外版のオリジナルの値段を考えると注釈入りで第1巻2500円位と合わせても安いものです。

 1月12日(木)
 一月は何もしていないようでも、日にちの経つのは早いものですね。
 先日、ホームページをご覧になっている方から「心法伝の更新していないですね。ファンなんですよ。」と言われました。時代設定が明治初期ということで、私の中では一番あやふやな時期です。服装も和装、洋装入り混じっているし、廃藩置県やら廃刀令やらが施行されても中央は良いが地方に行くとよくわからなかったりして・・・。もともと武術の設定が徒手格闘術+小武器(隠し武器の類)なものだし、柔術が発展した時期ということもあり安易に選んだのが間違いだったかも。
 新年のNHK「新選組」スペシャルと「土方歳三〜」をずっと見てたけど、前日の「徳川三代の陰謀」と共に見ごたえがありました。特にNHK「新選組」スペシャルと「土方歳三〜」は「心法伝」と時代背景が重なるので時代考証を興味深く見ました。それを応用できるほど才能無いのが残念無念。少しずつページを増やすつもりですが、他に読んでくれてる人(奇特な方)いるのでしょうか。疑問。
 
 クラリネットは2月のソロコンにエントリーしたので練習はしていますが、テクニックより音楽性が求められる曲なのでコンテストには向かないかな。好きな曲を楽しく演奏できたら最高なのですが、コンテストということで構えてしまうのかな。今までスィング系の曲で出場していたけど今回はブラームス。新古典主義の大家の晩年の作。どこまで表現できることやら。

 1月3日(火)
 初練習をしました。年末から吹いていないので、ロングトーンとスケールに1時間かけてみました。

 1月1日(日)
元旦

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

マメの独擅場2005年

 12月23日(金)
 今日のアンコン大学の部は予想通り私の先輩率いるK学院打楽器、知り合いのO先生率いるU大クラリネットが金賞と代表を獲得したようだ。
 「いつ予想した。」といわれそうだが、結果が出てから「予想通り。」というのが味噌で、絶対外れることは無いと何かの本で読んだ覚えがある。
 息子の通う大学のメンバーの三グループは銀賞だったようだ。一昨年私のグループで演奏したのと同じ「ルーマニア民族舞曲」を演奏したグループもあり、期待してはいたのだが、木管6重奏はどんな編成だったのだろうか。銅賞と聞いた。
 演奏会と違って、コンテストとなるとどうしても結果を考えながら吹いてしまう。「上手に吹きたい。ミスをしたくない。」これは演奏する時は誰でも思うこと。コンテストでは失敗は許されないというプレッシャーがかかるのか、物凄い緊張感がステージ上から伝わってしまう。私も「緊張してるのが分かったよ。」と言われた。この緊張感を味方に出来るようになれば素晴らしいことだろう。
 緊張することでアドレナリンが分泌されることは良く知られている。空手の試合や実戦ではこのアドレナリンのおかげで、相手の動きが事細かに見えるようになる。相手の動きがコマ送りのように見える時もある。極度の緊張は体の動きも出来なくなって、せっかくコマ送り状態になっても、こちらは静止状態ということにもなりかねない。ここで程よい緊張感とリラックス状態が必要になる。
 これを演奏でも利用する。緊張感で神経が研ぎ澄まされ、周りの音が一つ一つしっかり聞くことが出来るし、楽器や音のコントロールもミリ単位で行えるような気がする。指もゆっくり動かしているつもりでも、実はす速い動きで一音一音確認できている。ミスをしようものなら、脳裏に鮮明に残って、ステージから降りた時頭を抱えてしまう。実際のミスはたいしたことはなく、何とか金賞をいただくことが出来て安心する。ここ3年間そんなステージが続いている。

 12月22日(木)
 いよいよ明日栃木県のアンコン最終日。大学の部は私の先輩率いるK学院、知り合いのO先生率いるU大クラリネット、そして息子の通う大学のメンバー。興味津々なのだが、用事があるので行けそうに無い。
 コンクールということで、ホール練習をする団体が多いようだ。近い場合は実際のコンテスト会場を借りて練習するらしい。
 
 下にも書いたように、クラリネットの表現力はどこまで求められるものなのだろう。C.D.の紹介のページで載せている北村氏のC.D.はクラリネット1本で全ての曲を吹いている。クラリネットのソロ曲はクラリネットの表現力を最大限に発揮できるのだろうか。私のような未熟者には吹くことに必死になってしまって、表現の「ひ」の字まで及ばない。哀しい。

 12月18日(日)
 イルミネーションが夜の街を彩る。今日は一足早く、一番下の息子の誕生日でケーキを食べる。クリスマスのちょうど一週間前ということで、毎年この日にケーキを食べてクリスマスは祝わない。子供達にしてみれば、2回食べられるものを1回にされてしまう。大人の都合だよね。私は甘党なので、毎週食べても平気なのだが・・・。

 12月14日(水)
 アンコン一般の部。通過団体はS宮ユース、U宮んブラス、I市ウィンド、S新楽音会、Yサックスアンサンブル、Fクラアンサンブル(出演順)の6団体。私は遅くにいったためS宮ユースは聴けず。U宮んブラスはトイレのスピーカーから流れていて、「この団体は上手いな。」といいながら出てきたら、周りの人の注目を浴びてしまった。I市ウィンドは顔見知りのO先生が率いているので、会場で聴きたかったが、うろうろしているうちにドアが閉められてしまい、ロビーのスピーカーから聴く羽目に・・・。S新楽音会は久しぶりにサックスアンサンブルが通るかなと思わせる演奏で、2曲目は時間調整の付け足しのようで点を減らしたような印象。Yサックスアンサンブルはソプラノの音がストレート(ノンビヴラート気味)に出てきて、バランスが良くなかった。Fクラアンサンブルはコンテストというより、音楽を楽しんでいる印象。ダイナミクスレンジの差を客席にベルを向けることでカバーし、弦楽器に比べると表現力の少ないクラリネットを視覚的にカバーした。バスクラとコントラアルト?(長い方は何?)で低音を補強したのはいいが、調子が悪かったのか音がよく通ってこなかった。
 相対的に、低音楽器には合わないホールということで、芯のある音で吹かないと何をやっているのか分からない感じ。わざわざこのステージを予約して練習した団体もあるそうだから、意気込みの違いも見え隠れしていたのかも。私も黒磯でのときはホールの下見に行ってきたし・・・。
 私がついたとき、演奏中にもかかわらずロビーに人が沢山いて、中に入れないほど混んでいるのかと思いきや、ガラガラ。他団体の演奏を聴いて自分の中に取り込もうという気概が感じられない。自分がやっていることを信じてその道を進むことは大切だが、頂点を目指す道は何本もあるし、高い山は一つじゃない。栃木の吹奏楽のレベルは低いと嘆いている方も多いようだが、レベルを低くしているのは誰なのか考える必要があるのでは・・・。審査発表の時は立ち見の人もいたくらい。審査員の先生達はずっと聞いているし、私は少なくとも銀賞、銅賞のチームに感銘を覚えた部分もあった。その感銘の度合いがもっと強ければ、金賞も取れたと思うチームもあったということなのだが・・・。けなすことよりも、自分に無い良いところを見つけ出す見る力、聴く力を養うことこそ演奏する力を伸ばすことになるのではないか、と私はいつも考えている。
 音楽を楽しんで、それで賞がもらえたら最高。賞は取りに行くものではなく、結果ついてくるもの。スポーツとは違うところだ。陸上などのスポーツはタイムや飛距離で数字が出てしまうが、音楽は審査員の感性とその他の何かで決まってしまうということも否めない。

 12月11日(日)
 アンサンブルコンテストの高校2班、一般の部を聴きにいってきました。目的は、大学時代の恩師の一人であるM先生が審査員としていらしているので、お会いしたかったのと、コンテストを聞いて自分の耳が錆付いていないか確かめるためでした。私の感じた良い団体と審査の結果にギャップがある感じがしました。これは接戦の場合。ダントツに良い団体は私もチェックしましたが、その下の団体は甲乙つけがたく、審査結果と私の感覚が違ったと思いました。好みの問題といってしまえばそれまでですが・・・。
 M先生には、休憩の時間に楽屋(控え室)前でお会いして、お話をすることが出来ました。「あんたも来るかと思って待っていたのに。」とおっしゃっていただきました。これは、先生が栃木に来たのを知っている先輩達が、夕べM先生と会食をしたためで、私も呼ばれたのですが、会議が長引きその後宇都宮まで行けなかったものですから、今日アンコンの会場にお邪魔した次第です。「あんたも頑張りなさいよ。」というありがたい言葉を頂いて、ほくほくして帰ってきました。これは、以前金賞を頂いたソロコンで私が出た前日、高校の部の審査員を務めていらして、その後大学でお会いした時、「先生が審査員を務めていらしたソロコンの大学一般の部で、金賞をいただいたんです。」と報告をしたためで、まだ吹いているのをご存知なので、「お前は何で出場していないんだ。」という意味合いもあったのでしょう。ま、出場していたら、審査員の先生と話すなんてとんでもないことだったでしょうし・・・。
 私も、今年は2月の怪我以降、良いことが1つもなかったので、心機一転、来年2月のソロコンに出場することにしました。本当は休むつもりだったのですが、怪我をして、リサイタルも延期したし、クラリネットが錆付いていないか確認するために挑戦することにしました。曲はバリバリのクラシック。リサイタルに予定している曲の一部分です。どうなることやら、楽しみ。

 12月6日(火)
 昨日下○地区○園PTA連合会の研修懇親会に招かれ私のクラリネットと息子の歌、ピアノのT先生で演奏をしてきました。7月に調律したというピアノ。これが狂っているなんてもんじゃない。弦を張ってある鉄骨の下の響板が割れていて、ある音になるとビョーン、ビィーンと振動する。最初、どこが共鳴しているのか分からなかったが、あまりにもひどいのでT先生の友人の調律師に来ていただいて点検。休日で道具がなかったのと、響板の割れはここでは直せないということで、急遽ガムテープで補修。ビョーンという音はしなくなったものの、オクターブユニゾンになると音程の悪さバレバレ。11月21日のようにチューナー持参で会場に行くべきだったかと後悔。T先生も主催者側に確認は取っていたものの、調律はしてあるという言葉を信用したという。ホテルの結婚式場のピアノなので、もう少しましだと思っていたのが間違いの元。私はピアノの音を無視して吹いたが、かわいそうなのはT先生。ピアノソロも一曲用意していたので、一番肝心なアルペジオやコードがビョーン。弾きながら苦笑いしているのが分かる。私も自分の音程が悪くなりそうで・・・。
 
 私はボランティアであちらこちらの学校の体育館や講堂で演奏する機会がある。その都度、担当の先生には「ピアノの調律はいつごろやりましたか。」と尋ねる。大抵は「何ヶ月か前にしたので大丈夫だと思います。」という答えが返ってくる。予算の関係もあるので、強くはいえないが、何ヶ月。たとえ一ヶ月前でも体育館の場合ステージの下で子供達が運動をする振動がピアノに影響を与えないはずが無い。ホテルではエアコンによる乾燥と温度差で弦はおろか響板まで割れてしまう。
 こんなことでは、良い音楽をしようと思い出かけて行っても、何にもなら無いような気がする。何回かピアノ合わせをして本番に臨んだことが、まったくの無駄なことのように思えてくる。良い演奏をしようとしているのに、そうさせてもらえない。どうしたらよいのか、暗中模索。

 12月1日(木)
 12月に入った途端に空気が冷たく感じたのは私だけでしょうか。昨日よりもかなり冷え込んでいる気がします。皆様、風などを召さないようにご注意下さい。
 今日、息子が放り出しておいた大学の教科書を見ると「音楽理論」「ソルフェージュ」「声楽教本」。私は「ソルフェージュ」をレッスンしてもらいに通っていたのに、大学の授業で教えてもらえる。私は経済学部で音楽やっていたのだから馬鹿というべきか。その点、息子は興味のある授業だから砂が水を吸収するように知識を蓄えていく。
 5日の月曜日にある団体に招かれてクラリネットを吹く。そのときに息子の歌も入れてもらった。ピアノ合わせの練習を聞いていると、親馬鹿かもしれないが高校時代遊びで歌っていたのとはぜんぜん違う。勉強していることは確実に現れていると思った。私のクラリネットより、息子の歌をメインにしたいくらいだ。

 11月30日(水)
 今日で11月もおしまい。明日から師走になる。今の私は空手の指導をしていないので、走らないですむかな。
 先日の調律の件は、私が話を持って行く段階を間違えたがためにみんなが納得しなかっただけだそうだ。夕べ会議があり、その後12時近くまで酒を飲みながら話した。みんな考えていることは演奏会を成功させようということ。そのアプローチの仕方がみんな少しづつ違っていて、少しづつすれ違ってしまったようだ。自称トラブルメーカーの私が、段取りも踏まず、根回しもせずに突っ走ってしまったことに事の発端があったようだ。思い込みは激しいほうだろう。こうと決めたら、突き進んでしまうのも悪いくせだ。しかし、そのおかげである程度に仕上げないのは気に入らないので、結果は悪くない。ということで悪いくせを直す気にならないから始末が悪い。ご迷惑をかけた方達にこの場でお詫び申し上げます。
 ということで、調律は会の予算のなかでやっていただけることになった。

 11月22日(火)
 先週に引き続き、クラリネットアンサンブルの練習。いつものメンバーのうちバスクラのO氏が出張のため欠席。今度の土曜日にメンバーの母校の小学校の行事に参加するためです。メンバーの一人が新しいクラを持ってきました(先週からですが)。買ったのは今年の2月ごろと言っていました。クランポンのプレスティージュ。いいなぁ。
 先日の私の息子が通う小学校のPT祭に参加した時はメンバー5人のうち3名で後二人を急遽募集して演奏してきました。今年はまだ全員そろっての練習をしていません。だいたい私が長期間入院していたのが原因なんですが、みんなそろって練習できないのは寂しいことですね。
 このメンバーで吹くのはすごく楽しい。音程は吹いているうちに合っていく。というか、だいたいどのくらいのピッチで吹けば合うのかをみんなが心得ていて、合わせてくれる。たまに、全員でピッチを探りあい始めるとわけが分からなくなってしまうことがあります。そうなる場合は、メンバーの誰かが(私の場合がほとんどかも)調子が悪くて、ピッチが安定しない時に限ってのことです。リードが新しいとき、楽器を替えたとき、体調が悪い時などかな。私はほとんど毎日吹いているので、音が出ないということは無いのがとりえですが、練習であわせるときにいろいろ実験をするので、自分で自分の調子を狂わせることがしばしばあります。
 一人で練習している時に、仕掛けをいろいろ替えてみます。一人では良いと思っても、アンサンブルになってだめなこともあるのです。このところ、M30にV12の3半にセミリジットが気に入っていて、これで吹いています。落ち着いた響きで、音が良く混ざります。11.1はソリスティックな音がするので、少し音が立ちすぎているように感じてきました。耳が良くなったのか、吹き方が変わったのか・・・。
 テンポ感覚はみんな違うかも知れません。初めての曲を合わせたときに乱れが生じます。でもみんな初見でも吹いてしまうから恐ろしい。私ももっと練習しなきゃ。

 11月21日(月)
 調律の件では2,3確認したいことがあったので、まず文化会館のピアノ室に入れていただいて、チューナーで測ってみました。メモリで言うと1メモリ。10セント前後の狂いがありました。ヤマハとスタインウェイでは13日の本番前に調律していたスタインウェイの方がそれほどのばらつきはありませんでしたが、オクターブをユニゾンで弾いた場合にはバレるかな。
 ご存知のようにピアノは1つの音に対して2本から3本の弦が張ってある。それをハンマーでたたいて音を出しているわけだから、弾いているうちにどうしても狂いが生じる。その狂いが均一に下がっていくなら問題は無いけど、下がりかたにもばらつきが出る。映画に出てくる場末の安酒場のピアノまで狂っていれば、誰にでも分かるけど、私程度の耳でも分かるのだから問題ありかも。
 市の合唱祭(代表に電話で確認)では前日に調律はしていなかったようだが、文化会館がピアノのメンテナンスをした直後の演奏会だったのでさほど感じなかった。それでも13日の尺八の演奏会(14日版を読んでください。)との違いは分かったほど。この日は道山氏がつれてきた調律師が調律をしたとの文化会館側の談。
 私が調律にうるさいのは私のリサイタルでクラリネットに合わせてやってもらっているためだ。「私程度のクラリネット吹きに調律の必要あるのか?」と言われたことは無いなぁ。6月の一回目は温度と湿度の関係で442+。11月の2回目は442。442+(442.5と442の間辺りという微妙な音程)が私の持っている音感なのかもしれない。(絶対音感ではなく、相対音感です。)
 
 大抵は442で合わせる。私はそれよりもほんの少し高めで吹く。人の耳は音程の高いほうを聞くと聞いたことがある。オクターブでもドレミファと上がる音程の幅は少し広く取って高め吹いていくほうが聴きやすい。「ソロを吹くなら高めに吹け。」これも私の中では常識になっていて、目立つためにはほんの少し高めに吹く。もちろん許容範囲を超えると、音程が上ずって非難の対象になる。そのあたりを人は自然に聞き分ける。演奏するほうもそこまで考えて、綱渡りのように吹く。そこまでしないと、よい演奏を人に聴かせることは出来ない。また、音程の幅が狭いと聞いていて窮屈になり、開放感がなくなる。気持ち悪いのはそのためだ。
 ピアノは平均律なのでそういう芸当は出来ないが、和音をひく場合名ピアニストは根音と3度5度の弾き方をコントロールしてよい響きになるようにしている。超絶技巧ばかりではなく、そういった細かい技も持っているから名ピアニストなわけだ。
 「音程にこだわるなら、ピアノにもこだわりなよ。」と言われた。ここではスタインウェイかヤマハの議論なわけだが、確かにスタインウェイは音に深みがあり、響きが柔らかい。弾きこめば弾きこむほどそれに答えてくれそうだ。それに引き換え、文化会館にあるヤマハの音色は明るい。弦の振動そのままという音色だ。文化会館にあるヤマハは、ヤマハのなかでもキリだろう。文化会館オープン時にスタインウェイは、スタインウェイのなかでもまれに見る名器が入ったと音楽関係者に聞いたことがある。スタインウェイでもピンなほうといえるかな。それと比べるのはヤマハのピアノがかわいそうというもの。
 で、本題はここからだ。先日の市の合唱祭のステージでは少年合唱団の声よりピアノの方が勝っていた。伴奏の先生に聞いても、「これ以上は小さく弾けない。」とおっしゃっていた。俗に言うピアニシモでも響く音が出てしまう。これは先生のタッチの良さとピアノの良さが出てしまった結果だろう。確かにスタインウェイのほうが良い。ピアノの演奏会なら。そして今回は50名を越える合唱団も参加していただいているので、スタインウェイの方が演奏効果はでるはず。そして調律をすることでよりクリアな音で気持ちよく歌えることだろう。
 少年合唱団の団長が連盟の理事長だし、私も常任理事の一人なのでピアノの音も分からないのかと言われるわけには行かないかな。
 
 11月20日(日)
 昨日、県の少年少女合唱祭のピアノの調律をすると書いた。執行部ではお金を出せない(調律することは私のこだわりで、無駄なことだとまで言われた。そうなると私は意地でも調律はする。)ということで、私がポケットマネーで払うことになった。調律師は私のリサイタルでいつもお願いしている音大出身のクラリネット奏者でもあるA先生。クラリネットを吹かれるので、曲もご存知。私が吹く曲に一番あうように調律してくださる。クラリネットがとても楽に吹ける。
 執行部はスタインウエイのピアノを借りるそうだ。そのピアノを調律することで、歌うために万全なステージを準備できる。子供達も気持ちよく歌うことが出来るだろう。

 宇都宮のとある会場で、250名からなるコンサートに参加してきた。このように書けば、ご存知の方はすぐに「アレか。」と思い浮かぶことだろう。こういったコンサートで最重要なことは執行部の体制。みんなが一丸となってそれにあたる。Yという会社のバックアップで行われ、主管は地元のY楽器特約店と、吹奏楽関係者がスタッフになっているようだ。
 参加者の楽器はほとんどが吹奏楽で使う楽器。一人だけリコーダーがいたかな。参加の規約に楽器の種類は問わないと言うことらしいので、「大正琴も可。」と指揮者の先生はおっしゃっていた。私は午後からの参加だったので、リハで吹いていない曲を本番で吹くというとんでもない緊張感。それが今まで吹いたことの無い曲で、初見というんだからこの演奏会は勉強になる。この緊張感がアドレナリンを引き出し、集中力を高める。
 どんな演奏会でも、参加する者の心の持ちようで+にもなれば−にもなる。価値観の問題ともいえるだろう。
 ということで話を戻すと、私以外の執行部はピアノの調律は無駄だと思っているようだ。これも価値観の違いといってしまえばそれまでだが、音楽にかかわる団体で、ピアノの音程を気にしないということは、私からすると考えられない。なんか先が見えてしまったぞ。
 この続きはまた明日。明日2、3確認したい点があるので、それを確認してからまた書き込むことにする。

 11月19日(土)
 秋深し、隣は何をする人ぞ。物思いにふける秋。考えることが多く、裏の掲示板でも問題提議をしています。
 クラリネットに関することだけでなく、演奏会の成功とは何ぞや。ということも考えています。
 昨日、T県少年少女合唱連盟主催、T県少年少女合唱連盟合同演奏会の最終打ち合わせの全体会議がありました。私もスタッフの一人として参加しましたが、話をしているうちに何か違うという思いが心の片隅に沸き起こり、ずっとくすぶっていました。
 演奏会をするために必要なことはなんだろう。演奏会を成功させるためにみんなして知恵を振り絞り、スムーズに流れていくように考えたはず。前日の準備から始まって、ステージの流れを考えてリハーサル、本番が滞りなく流れて、無事終了するように持って行く。総勢500名の子供達を動かす。どれだけ準備しても、充分すぎるということはありえない。まだまだ足りないのだ。予算も限られているし・・・。駐車場係、各合唱団の誘導係、各控え室の準備、等々やるべきこと、考えるべきことは無尽蔵だ。
 何年か前に空手の仲間と、空手の四大流派の1つの関東大会を事務局としてしきったことがある。栃木が主管ということで、遠いところは神奈川県や千葉県から沢山の選手を率いた先生方が来てくださる。考えることは、時間をなるべく短縮して、次の日の学校に差し支えないように帰すことを考える。しかし、一番大切なのは、来てくれた選手が気持ちよく試合を進めて、栃木に来て良かったと思ってくれること。そこに一番の重きを置いた。大切なのは選手だ。執行部の都合ではない。
 子供達が気持ちよく歌えるステージを準備する。それが一番大切なことで、ステージの進行はそれに付随することに他ならない。気持ちよく歌を歌うこと。ピアノの調律をすることは歌を歌う上での底辺を確保することになる。子供達の耳を馬鹿にしてはいけない。いつも歌っているのだ。ピアノが狂っていたらすぐに「このピアノ変だ。」と言うことだろう。指導者も同じだ。その場では何も言わなくとも、「栃木でやった時はピアノの調律もしていなかった。栃木のスタッフは音楽を分かっていない。」と陰で言われるのは目に見えている。私にもプライドはある。私のかかわる演奏会で、ピアノの調律云々は言わせたくない。私のリサイタルでさえ、調律師を頼んでいる。県の連盟の演奏会でそういうのはありなのだろうか。合唱団の演奏会で調律をしないのは当たり前なのだろうか。狂ったピアノで子供達を本番のステージにたたせる。そんな本末転倒の演奏会なんかやらないほうがよい。 
 ということで、ピアノの調律はすることになった。やっと演奏会の底辺部分が固まったかな。

 11月14日(月)
 寒くなりましたね。今日は今にも雨が降りそうだったので、余計に寒く感じました。
 12日(土)、13日(日)と私自身の演奏と、アマチュアや文化会館自主事業の演奏会と忙しくも楽しい2日間でした。
 12日は、掲示板でもお馴染みのアズキ様が所属するO市民吹奏楽団の演奏にお手伝いとして参加。演奏より、産業文化祭の出店にひかれて参加といったら、不謹慎でしょうか。ちゃんと練習はしましたよ。
 午後、那須野が原公園で子供達と遊び帰宅。夜は、昔、私が所属していたTフィルの定期演奏会を聴きに行きました。
 フィンランディア、サン・サーンスのバイオリン協奏曲第3番、チャイコフスキーの交響曲第3番「ポーランド」の3曲でした。いつもながらクラリネットに耳が行ってしまいますね。
 私のC.D.を聞いていただいた方とメールで会話をしましたが、「私の音はクラリネットの音では無いのかもしれないと悩む時があります。」という私の書き込みに対して、「マメさんの音は300パーセント、クラネットの音ですよ。」と返信してくださいました。
 クラリネットの音色を磨くために、団体から遠ざかり、2回のリサイタルを経て、来春第3回目を行う予定でいます。アマチュアクラリネット吹きが行う3回目のリサイタル。1回目より2回目。2回目より3回目。とクラリネットのレベルも上がっているはずだと思います。入場は無料ですが、整理券を発行します。興味のある方はぜひ聞きにいらしていただきたいと思います。日時が決まり次第、イベント情報のページに載せますので、たまにのぞいてみてください。
 13日は、藤原道山の尺八コンサートに行きました。先日(9日)、市民セミナーの「朗読を楽しむ会」で、朗読の間にクラリネットソロ(無伴奏です)を入れるということをやってきました。「夏目漱石を読む。クラリネットの音色にのせて。」というもの。朗読(夏目漱石の世界)の雰囲気を壊さないように演奏できたかどうかは不安ですが、録音を聴くと割りと好い。自分で言ってりゃ世話無いけど、自分が思っているより上手いんだなと・・・。
 話がずれていってしまいました。その朗読のメンバーに文化会館の館長さんがいて、館長さんのお薦めでチケットを買いました。
 今回の藤原道山さんは、人間国宝の山本邦山先生のお弟子さんとか。邦山先生は滋賀県出身の方で、家の嫁さんが習っていたお琴のお師匠様のお知り合いで、その昔お師匠様のお琴の演奏会で演奏してくださったとか。そのときお会いしたとか言ってましたが・・・。またまた話が別のほうへ・・・。
 尺八、ピアノ、ウッドベース、マリンバ(5オクターブ)のカルテット。編成は変わっていると言っていたけど、ジャズのカルテットやクィンテットはそんな感じでしょ。尺八をクラリネットに置き換えて考えてしまうのは私の悪いくせ。ベニー・グッドマンにはライオネル・ハンプトンのヴァイブラホーン。私の周りにも、アマチュアながらドラムスや鍵盤打楽器の名手はいるし、ピアノはいつも伴奏していただくA先生もいるし。挑戦したいと、短絡に考えてしまうのも悪いくせ。
 セッションという感じで、楽しめた演奏会でした。
 ということで、3回目のリサイタルに啓示を与えていただきました。何が言いたい????。

 またまた話は変わって、私のホームページのトップが2チャンネルにリンクされているとか。書いていただいた方の真意は推し量れないが、悪い方向に進まないことを祈りたいですね。
 このホームページ(クラリネットの部屋)の存在価値やいかに。といったところでしょうか。つぎは「空手の部屋」?、「柔術の部屋」?。どちらにしようかな(大獏)。この獏は夢を食う。夢を食った大きな獏。大爆発してみんなに夢を与える。世知辛い世の中、そんな笑いがほしいところです。

 10月29日(土)
 今日は娘の通う中学校と、長男が通う大学の学園祭。前代未聞の学園祭のはしご。中学校の父母が作った玉子(ゆで卵を2つに切ったもの)入りカレー、タヌキうどん、コーヒー。大学の学生の模擬店のチヂミスープ、タコス、コーラ、焼きそば、餃子(留学生が作っている本格)。満腹な一日でした。
 東関東大会出場の大学吹奏楽団のミニコンサートも聴くことが出来ました。体育館だったので、柔らかく響いていましたが、やはりサウンドに芯が無い。ここの楽器の良さがまだまだ引き出せていないように感じました。私はクラリネット吹きなので、どうしても耳がクラリネットの音を追ってしまいます。
 明日も16時からミニコンサートを行うようです。皆さんいかがですか。

 10月28日(金)
 夜、Mk吹奏楽団の練習を見学に行きました。15日にレッスンに来た人が所属する楽団で、どのような練習をしているのか興味があったからです。
 レッスンに来ているYさんに連絡して、見学したいと告げると気をつけていらしてくださいということで、車を走らせること約一時間。練習会場の市民会館に到着。普段の練習を大ホールまたは小ホールの舞台で練習しているとのこと。いつでも本番と同じ響きが体感できることはとても良いことだと思います。しいて言えば、ホールの響きに頼りすぎている感じで、個人的には楽器を響かせていない方が多いように思えました。全体的にとてもまとまっていて、柔らかい響きがしていました。中低音が魅力的な音でとても良い感じです。
 練習終了後クラリネットのN氏と話をしましたが、初対面かと思いきやT高校出身で、学生時代T吹のステージに乗って私と一緒に演奏をしていたとか。なんと世の中は狭いものですね。
 氏の使用している楽器はクランポンのS1でした。私の後輩にも使用している方がいて、当時はR13のなかからセレクトしてS1(セレクトナンバー1)と呼ばれていたような気がします。昔懐かしい「ディスコキッド」を練習していて、私も学生時代に吹いたことがあったので、懐かしくなりました。
 演奏会が近いため、お手伝いの方が来ていましたが、なんとオーボエのKさんで、入り口を入って即遭遇。お互いに「何でここにいるの。」と・・・。ほんとに世間は狭い。

 10月27日(木)
 PTA役員をしている小学校のPT祭(バザーと模擬店)が22日に開催されました。6月ごろから3回の準備委員会を開いていたので、前日の準備もスムーズに終了。当日は、合唱部と私達のクラネットアンサンブルの演奏によるオープニングセレモニー。PT祭が開幕された後も、クラリネットアンサンブルで3曲ほどBGMとして流しました。PT祭の間に音楽を流したほうが良いのではないかという意見も出ましたが「生演奏は疲れるので、放送室から音楽を流してもらうことにしてはいかがでしょうか。」と話しておきました。来年の課題ですね。流す曲のリクエストを取ったりするのも、楽しいかもしれません。ということで、無事終了。準備が如何に重要かということが、よくわかりました。
 23日は、栃木市の合唱祭。私の息子が少年合唱団の一員として出場しました。少年合唱団はトップバッターとして舞台に立ったのと、ステージ慣れしていないので幾分緊張していたようです。研究科のお兄さん達の低い声の後に出てきたボーイソプラノはすごく際立っていました。しいて言うなら、言葉の発音が汚い。栃木弁といってしまえばそれまでですが、きれいな日本語を使うということは、歌の世界ばかりではなく普段の生活にもプラスになることだと思います。少年達には頑張って美しい日本語で歌が歌えるようになってほしいものです。
 
 新しいリードを何枚かおろしました。今回は以前一度だけ音出ししたものを引っ張り出したので、素性が分かっていて楽でした。バンドレンの56番街の3半+3枚、リコグランドコンサートエボルーションアンファイルド4番2枚の計5枚です。最初は厚いと思ってしまっておいたのですが、今日は普通に吹けました。何でかな。

 10月16日(日)
 Kフィルハーモニー管弦楽団の第21回定期演奏会に行ってきました。掲示板にも書いたように午前中から芋煮会という行事があったため、私は酔っ払い。嫁さんの運転で出かけました。
 昨年は指揮者が不慮の病で、代振りを立てての演奏会で大変そうでしたが、今年は弦楽器の音程も良くトレーニングされていて安心して聞くことが出来ました。
 ここのオケの場合恵まれているのは、地元の中学校(西と東)と高校にオーケストラ部があることです。中学からの経験者が入団してくれるということは、アマチュアオーケストラにとってとても有利なことだと思います。弦楽器より管楽器に問題ありといったところでしょうか。
 曲目は「セビリアの理髪師序曲」「未完成交響曲」「ブラームスの交響曲第一番」。ホームページ上の「クラリネット野郎〜社会人〜」で書いている私の大学卒業後オケ最初のステージと最後のステージの曲とかぶるのが印象的でした。これこそ、私はこう吹いたとか、今ならこう吹くとか考えて聞いてしまいました。
 イタリアオペラの序曲、ロマン派の代表的交響曲、新古典主義始まりの音楽と3つの音楽の違いを表現しなくてはいけないので難しい選曲だったと思います。

 私がオケにいた頃は「第8番未完成」だったのですが、いつごろから第7番になったのでしょうか。ネットで調べてみると、新シューベルト(交響曲?)全集を編纂した人が、第7番ホ長調をはずしたとか。この曲はスケッチ(一部を除く)まではシューベルトでオーケストレーションは別の人(ヴァインガルトナー)。C.D.も発売されているけど・・・。その昔第7番は「グレート」(6番のハ長調交響曲に対して同じハ長調の大作を区別する意味で後世の人が命名したらしい)だったような気がします。
 私が持っている解説集では、7番自体が欠番。6番ハ長調D.586の次は8番ロ短調「未完成」となっています。そして9番「グレイト」・・・。
 「未完成」の成り立ちについては、諸説紛々。「未完成交響楽」(遠い昔に見た覚えはありますが・・・)という映画もあるし、「完成された未完成」も学生時代にエフエム放送のエアチェックでテープにとってあります。もちろん3楽章は自筆スケッチのオーケストレーションと4楽章にはロザムンデの音楽を抜粋して完成版とされています。C.D.にもなって発売されていると思いますが、この完成版に対してもいろいろ取りざたされています。ここまでいろいろ研究されているのだから、名曲(迷曲(人の心を惑わせる))なのでしょう。ドラえもんがいればタイムマシンで即解決。
 そういえば、ムソルグスキー作曲「展覧会の絵」も、良く聴く「ラヴェル」版とは違う「ストコフスキー」版があって興味を覚えます。こちらはテレビ放映されたのをビデオにとった覚えがあります。

 10月15日(土)
 先日、裏の掲示板でエチュードの話題が昇りました。故○橋先生著のクラリネット教則本(キ色い本)についてです。
 私はそのなかに出てくる練習曲が、クローゼの教本に出てくる練習曲とダブって見えていたのです。今日、レッスンに来た人がそのエチュードを持って来たので、それでよいと思ったのですが、実際吹いてもらうと私が吹いたものとは似て非なるものでした。ほんの少し違うのです。私は耳で覚えてしまっているので違和感がありました。結局、クローゼの2巻、22のシャリュモー音域の練習曲をやることにしました。(エチュードのページで紹介している45のエチュードの抜粋版と考えてください)
 母校の部活でクラリネットパートのためにキ色い本を買ったというので、私としては問題ないですよと答えてきましたが、やるのならやはりクローゼが良いかなと思いました。
 私のレッスンは教えるというより、一緒に吹いて私の吹き方を覚えてもらうという感じです。時にはレッスンに来た方より私が吹いている時間が長かったりします。

 9月29日(木)
 下都賀地区の小学校音楽発表会(栃木市文化会館大ホール)に行ってきました。私の息子が所属する合唱部が出場したので、それを聴きに行ったのです。午前中の合唱の部には21団体(欠席1団体)が出場して、発表会という名目ですが上位7校は宇都宮で開かれる県の合唱祭(私の時代はこう言っていました。現在は中央の発表会と言うようです。)に出場する資格が与えられます。コンクールという名は冠していませんが、審査員の先生もいるし、賞状の授与もあるし、子供たちは代表になりたいといっているし、コンクールとどこが違うのだろうと考えてしまいました。小学生対象なので、教育的指導が考慮されてのことなのでしょう。
 私は午前中仕事の合間に行ったものですから、後半の11団体しか聴けませんでした。でも、壬生町のY塚小学校、最後に歌った小山市のN小学校は見事でした。N小学校は前半のポルタメントの部分が不安定な箇所もありましたが、ソプラノの通る声はダントツだったように思います。
 歌を楽しく歌う。楽譜に書いてあることを考えながら歌う。これは音符に限ったことではありません。歌詞が問題です。合唱の場合は何を意味しているのか歌い手が理解しているのとしていないのでは表現に差が出ます。ピアノ=小さい音だけではなく、ささやき声の時もあれば、感動しすぎて言葉が出ない状態も表すことが出来ます。うれしい時、怒った時のフォルテ。どんな時にも明瞭に分かる(聞き取れる)ような言葉の発音。頭の上のほうに響かせる頭声発声。ベルカント声法。クラリネットを吹く上でも考えさせられる講評でした。
 次にアンサンブルの面を考えて見ましょう。2部合唱が多かったのですが、審査員の講評に「下のパートが大きくて、上のパートが聞こえない時がある。バランスをもっとよく考えて〜。」というものがありました。2部のハーモニーはほとんどの学校がクリアしていたと思います。細かな乱れはどこの学校にもあるし、音楽発表会ということで、それほど問題にはならないと思います。上のパートが聞こえない、ということは下のパートを歌っている子達が上のパートを聴いていないといえると思います。上のパートを邪魔しないように歌うことが出来たら、良い演奏になるのでしょう。でも、私としては2つの声部が絡み合ってより複雑な響きを作ってくれると面白いと思います。下のパートはメロディーを支える役割をして、メロディーはその上で軽やかに聞こえたほうが良い時もあるからです。子供たちの声がはっきりしなくて、言葉を聞きとりにくい学校もありました。
 最後にピアノの伴奏者の問題です。学校の先生、生徒(主に6年生)と学校によって様々です。先生もピアノが得意な先生と、弾けるという程度の先生がいるし、子供でも上手な子ととても上手な子に分かれます。歌でいくら表情をつけようとしても、ピアノが一本調子ではもともこもありません。逆もまたしかりで、ピアノは細部まで完璧に表現していても歌がそれについていかない団体もありました。人数の少ない学校はピアノの音量に負けていたと思います。ピアノが伴奏の域を超えてしまっていると感じた学校が半分以上でした。
 各学校に男の子が何人かいました。その子たちを少年合唱団に引き込む手立てを考えています。今度の定演にその男の子たちを招待して、舞台に上がってもらって合同で何曲か歌う。こんな構想を考えているのですが、実現するかどうか・・・。

 9月26日(月)
 23日、25日と前日のことを書いてしまったので、書いているほうも訳がわからなくなりつつあります。書いている日はゴンザレス以外のリードを使用して練習しています。
 今日もV12での練習でした。基礎練習(マメのクラ本)から始まってエチュードまで。新しいページに入ったのでじっくりさらいました。速度指定はアレグロ。今日は8分音符をメトロノームで取り、のそのそと指の確認。最初は4分音符。8分音符、3連音符、シンコペーションから16分音符吹きっぱなしと、最後に行くにしたがってとんでもなくなる。速度設定を誤ろうものなら、目にも止まらない指の動きが要求されそう。だからエチュードといえるのかもしれませんが・・・。しっかりさらえば力は必ずつくことを信じて練習していこうと思います。

 9月25日(日)
 ゴンザレスFOFとゾンダのレポートその2。
 昨日(24日)は自宅から飛び出して、T吹の練習場をお借りして音だしをしました。少年合唱団と同じ会館で練習しているので、合奏が始まるまでの個人練習の時間にお邪魔をしました。
 広い場所(リハーサル室)での練習ということで、自宅の練習室で吹くのとは違いリード自体の吹き心地も変わったように思えました。
 1時間半ほどロングトーン、基礎、エチュード、曲(ブラームス、ウェーバー)とリードを替えながら吹いていきました。今のところ口がリードになじまないといった感じです。後半はV12にしましたが、やはりこちらのほうがしっくり合いました。
 私にはゴンザレスFOFの3番は厚めで吹きやすく、ゾンダの3ミディアムはやわらかくて、音はすぐに出ますがベーベーした音になりやすく思えました。くれぐれも私の感想ですのでお間違えの無いように。
 ヒール部分がV12などと比べるとかなり細いので、低音がしっかりと響く(くっきりとした低音という)感じがしました。V12ではなかなか芯がある低音の響きは得られなかったような気がしました。もちろんV12でもそういう響きがするリードを選んでいますよ。
 結局、リードが音を作るのですが、私の求める音色が出ないリードはだめリードということになってしまいます。だめリードでも、ほかの人が吹いたら気に入るリードが見つかるかもしれません。
 当たり外れのあるリードを何人かで分け合うと、あたりはずれがなくなると聞いたことがあります。3番の箱の中にも厚め〜薄めと様々なリードが入っているので、厚めが好きな人と薄めが好きな人で分け合うということなのでしょう。一箱を二人またはそれ以上で試し吹きするのは、勇気がいることかもしれませんが・・・。

 9月23日(金)
 ゴンザレスFOFとゾンダというリードが昨日(22日)届きました。マウスピースとリードのページでも紹介しましたが、初めて試してみて確かに良さそうです。現在使用しているV12、グロタンガイア、リコシックブランクと併用していって使い心地をレポートしてみたいと思います。
 とりあえずは試奏リポート。
 「最初、1〜2分水につけてください。」とメーカーのメールにあったので、8角形のグラスに水を入れ、削ってある部分を浸すようにふちに貼り付けてみました。丸いコップだとそうなりませんが、8角形の平面部分があるコップだと立てることが出来ます。しばらくすると毛管現象でヒールの部分まで水分がしみてきて、そこまでが1分くらい。水分をふき取ってから吹くこと5分。
 「5分くらい吹いているとなってきます。」これもメーカーの言。最初の濡らし方が足りなかったのか、吹いているうちにリードが乾燥してきました。普通のリードなら湿りすぎて腰がなくなってくる頃です。普通のリードは開封したら舐めて吹いてみる。せいぜい1〜2分といったところでしょう。その後、一日おいてまた吹いてみるといったところです。
 ゴンザレスの場合は、最初の1〜2分が5分ということなのでしょう。

 左から、リコグランドコンサートエボルーションアンファイルド、バンドレン56番街、ゴンザレスFOF、ゾンダ。リードは全体的に長い。ヒールの厚みはかなりのもの。先端の幅は満足いくものですが、ヒールの幅は細いの一言。
 マジックで書いてある日付は、初めて吹いた日の日付です。こうしておくといつから育て始めたのかよくわかります。本番でどのくらい吹けるようになるのか期待したいところです。
 ゴンザレスの場合も、「吹いたら一日おいて吹いてください。」とあったので、昨日のリードは明日の練習でまた試してみたいと思います。
 このようにして水に浸してみました。浸し方は人それぞれだと思いますが、とりあえずマメの例として載せてみました。
 新製品のリードを初めて試す時は、ワクワクしながら開封して吹いてみる。こんなものかと思うことが多く、なじめずに終わったリードが多い中今回はどうなっていくのでしょうか。ヒールの部分が細いということで、V12と比べて音色にどのような違いが出てくるか楽しみです。私の場合は、V12でかなりしっとりとした音色が出るのが好きなのです。リコシックブランクは音の輪郭がはっきりしています。ガイアは最初少し大雑把な音色がしますが、なじんでくるとなんとも捨てがたい音色になります。(感想に関しては私の考えなので皆さんがそう思うかは疑問です。)
 その仲間にゴンザレスが入れるか否か・・・。
 
 9月19日(月)
 今日は家族で群馬まで足を伸ばしました。走行距離は全行程で250キロくらいでした。
 赤城山麓の道の駅の牧場の風車です。風を受けて廻るのではなく電動で廻っていました。
 大理石村のロックハート城です。結構遊べました。
 レストランでは45分待ちが当たり前のようです。入るのを待つのではなく、料理を注文してから出てくるまでが45分です。キャンセル者続出。頼んでから見学してきて食べるのはあり?????。私たちは個人での見学でしたが、時間に追われる団体さんたちにはもう少し考えて応対した方が良いと思いました。入った時からウェイトレスの応対が悪く嫌な予感そのまま。ファストフードになれた現代人には待ち時間が長すぎると思います。ドイツを旅行したことがある人にとっては食事に2時間やそこらかけるのは当たり前だと思えますが・・・。
 敷地内にはビールの製造工場もあり、地ビールも飲めたのですが、私の運転で行ったため残念ながら飲めませんでした。お土産に瓶詰めを買ってきて、飲みながらこのレポートを書いています。ちょっと辛口の書き込みになっているかも・・・。
 ロックハート城敷地内にあるおもちゃ館。私が好きなウルトラマンや怪獣のソフビ人形がありました。

 9月17日(土)
 今日は一番下の息子が通う小学校の秋季大運動会。大運動会は普通の運動会とどう違うのかとか、そのほかに小運動会もやるのかと天邪鬼なことを考えてしまうマメです。
 朝から天気も良く、残暑と秋の風の入り混じった一日でした。腕時計の日焼け跡がくっきり。PTA役員は朝8時集合。来賓、地域の方達の受付を準備して、開会式を待つ。競技が始まると男性役員3名は徒競走の1位〜3位までの簡易賞状配り。誰が見ても順位がはっきりしたゴールインは賞状を渡すのも簡単だが、競って入ってきた場合は、1位〜3位までの旗を持って駆けつける児童の判断による。先生がゴールで1位赤、2位白、3位白などと叫ぶが、2位と3位を旗持ちが見間違ったりする。そこに役員の主観も入ったりして話がややこしくなってしまう。改良の余地があるような気がする。
 とは言え、年に一度の運動会。子供も大人も楽しめて良い一日でした。こんな日しか昼間からビール飲めませんから・・・。目的が違うと突っ込まれるかな。
 お昼にはビールを飲みましたが、午後の競技のゴールインの順位の見間違いはしませんでしたよ。エッヘン。
 
 9月に入ってから栃木市では文化会館でいろいろな催し物が開かれています。栃木市民大学。その聴講券を私の母が買ってきて全4回の聴講の一回に母の代わりに行って来ました。10日の栃木県交響楽団の有志からなるアンサンブルとソプラノ歌手による講演、というか公演。昨日は栃木市文化祭参加団体のオープニングの集いと懇親会に少年合唱団の事務局として参加。こちらではアトラクションにソプラノ歌手とピアノによる歌。
 ソプラノが2件続いたことで、私にとって何か必要なことでもあるのだろうかと考えてしまった。クラリネットを吹く上で考えなくてはいけないこと。技術的なこと、仕掛けやメカニックに関すること。
 それ以前に歌心が大切なのではないのか。音楽性はもちろんのこと日本の歌曲をクラリネットで吹く。そのときに歌詞を思い描きながら奏でることが出来るだろうか、ということ。楽譜から読み取るだけではなく、歌詞を思い描くことで表現の幅が広がる。お客さんが自然と口ずさんでくれるような演奏。クラシック音楽でも、心に染みとおる演奏が出来たらなんて素晴らしいことだろう。私も、先日、ピアノとクラリネットで日本の歌を演奏してきた。お客さんは喜んでくれたけど、私としては全ての曲の歌詞を吹きながら思い描けたかというとそうではない。これではいけないということ。勉強不足。現在自己嫌悪状態。情けないったらありゃしない。
 明日からまた、研究していこう。

 8月29日(月)
 K学院栃木高校の第15回定期演奏会(現役とO.(B.G.)の合同)が無事終了しました。聴きに来ていただいた皆様、遠いところ足を運んでいただきありがとうございました。
 演奏会終了後、久しぶりに沢山の古い(失礼しました。)O.(B.G.)と話が出来て、感無量です。
 
 現役の高校生と一緒に合同演奏をする。現役の子達がO.(B.G.)の吹く姿を見て何を感じ取ってくれたかが大切だと思います。反省会をしました。そこで発表されたことはたぶん思っていることの半分以下のことだと思います。子供たちの感じたことは沢山あっても、それを言葉で表現しきれないと私は感じました。またそうあってほしいとも思います。

 部活の伝統ってなんだろう。良くも悪くも伝統は伝統。悪い部分は考え直して、良くしていってほしいものですが、はために悪いと思えても、必要悪というのもあるわけで、一概にだめとはいいきれない。このあたりが難しいところだと思います。
 武術で考えて見ましょう。型、形、踏路というものがあります。教える先生によって少しづつ違いがあります。しかし、根本的なものがしっかりしていれば、それは正しいものだといえるでしょう。根本を無視したものは形とはいえなくなります。
 部活の伝統も、現代の風潮に合わないものも中にはあると思います。それを否定する前に、なぜそういう伝統が残っているのかを考えて、更新していってほしいと思います。否定することは進歩にはつながらない。疑問を抱くことは進歩につながる。そう思います。

 8月18日(木)
 一昨日、最後のお盆休みを利用して一番下の息子をポケモンの映画に連れて行きました。子供の漫画とて馬鹿には出来ません。ドラえもんにしろポケモンにしろ映画の背景には教育的指導がかなり配慮されているのです。大人が一緒に見ることで、その内容について話し合うことが出来ます。今回の映画に関しては、「信じていた主人に裏切られたと思っていたのは実は誤解で・・・。」
 お前ならどうする。と、帰りのマク○ナル○で話をしました。他にも複線はあるものの「信頼」「友情」「助け合い」などがテーマとなっているのではないでしょうか。
 ここから話が本題に入ります。息子はピクルスが苦手です。ハンバーガーのピクルス抜きを頼んで、ピクルスが入っていないことを示すシールの貼ってあるハンバーガーの包みをもらって二階の席につきかぶりつくと、なんとピクルス入り。入っている場合は最初にとってしまうので、かじる心配は無いのですが、ピクルス抜きと信じきっていたので、思い切りかじってしまったようです。かわいそうに・・・。
 「スローフード」とトレイの紙には書いてあっても、店員にそれを実行できる器量が無いのはとても残念です。

 8月15日(月)
 昨日は大学時代にお世話になった先生と言うこともあり、嫁さんと二人で出かけました。鎌倉に着いてほんの少しの時間しかなかったので、マク○ナル○で遅い昼食をとることにしました。
 ハンバーガーをかじりながらトレーに乗った広告が書いてある紙のシートを見るとファーストフードではありますが素材には時間をかけてあるスローフードでもあると言うようなことがかかれていた。
 7月1日の書き込みで「スローフード」について書いたことが、ファストフード店でも実行されていると言うことなのだろうか。
 実際、頼んでからすぐに出てくるが、ハンバーグ1つにしてもひき肉を練って焼いてという手間隙はかかっている。パンだって生地を練って寝かして焼き上げる。それを考えたら、ファストフードなどと一言では片付けられないと思うのだが・・・。でも、ファーストフードと書いてあったなぁ。Fast foodsではなくFirst foodsなのかなぁ。

 8月14日(日)

 表の掲示板にも書きましたが、榊原先生の葬儀に鎌倉まで行ってまいりました。キリスト教の葬儀で音楽葬ともいえる葬儀と集まった方たちの顔ぶれを拝見して先生の偉大さを改めて感じました。
 最後の演奏で、弦楽4重奏をバックに武田先生のモーツアルトのクラリネット五重奏曲の2楽章が演奏されました。献花の最中も弦楽四重奏の生演奏が流れ、厳かの中にも華のある葬儀となり、最後の見送りの際は奥様の言葉通り拍手を持って送り出しました。私をはじめ亜細亜大学吹奏楽団O.(B.G.)の顔ぶれはさすがに多く、恩師の鈴木先生にも会え懐かしさもありましたが、悲しい場での再会に心はひとつも晴れませんでした。ただ、場所が鎌倉であり、日本人の心のふるさとのひとつでもあるといえるので、帰りにその街を歩いたことでほんの少し癒されました。。

 退院以来始めての遠出と言うこともあり、足がどのくらい耐えられるだろうと思い心配でした。帰りに銀座のヤマハによってグロタンガイアセレクトのリードと7月号のパイパーズを買ってきました。なぜにバックナンバーかというと、リカルド・モラレス氏のインタビュー記事が載っていたからです。
 氏の言葉を引用すると、「楽器は演奏者の延長に過ぎないんです。どんな楽器を使ってもその人の音が出る。ライスター氏に私の楽器を渡してちょっと練習してもらえば、間違いなく彼の音で吹いて見せるはずですよ。楽器は本人がこう吹きたいと思うイメージを助けてくれるだけに過ぎません。」と言うことです。
 以前裏の掲示板で、「わたしがフェスティバルを吹いても、ドイツベームを吹いてもマメの音がすると言われた。」と言う話をしました。楽器を変えても結局は私が出したいクラリネットの音のイメージに近づいてしまうと言うこと。逆を言えば、私には楽器を替えることで音色の変化を楽しむことは出来ないと言うことになるのではないでしょうか。
 でも、リサイタルで吹いたドイツベームとモーツアルトの五重奏を録音したR13では明らかに音色は違うのです。根本的な音色が違うのか、何が同じなのか、吹いている本人は実際分かっていなかったりするので、まだまだなんですね、きっと。

 7月29日(金)

 24日の日曜日に家族でドライブがてら大内宿まで出かけました。
 写真は削除いたしました。 
 と言うわけで、ゆっくり流れる時間を感じることが出来ました。

 7月27日(水)
 今週は月曜日に通院。レントゲンの結果は上々。先生が言うには「重労働はしていないでしょうね。無理すると折れます。来月もう一度レントゲンを撮って、骨がもっと上がってきたらドンとついても大丈夫でしょう。くれぐれも無理はしないように。」だそうです。前にも書いたけど、無理して良いと言う医者はいないと思うのだが、どこまでが無理なのかよくわからない。まぁ、無理する前に足が痛くなって教えてくれると思うけど・・・。
 
 その前の土曜日に高校の定期演奏会の練習に参加してきた。今回は部員数が少なく、O.(B.G.)を交えての合同演奏。文化祭での演奏もあるが、学園祭の一環と言うことで、定期演奏会にかける意気込みを感じる。
 練習は6月ごろから行っていたようだが、私はいかんせん足が悪い。山の上にある高校なので、階段の数が半端じゃない。杖を使わなくて済むようになったら顔を出すと言った手前、行ってみたものの駐車場から正面玄関に至る頃には帰りたくなった。何とか音楽室にたどり着いた後は、いすにどっかと腰を下ろし、「マメのクラ本」どおりの基礎練習を始めた。今日吹くリードを試しながらロングトーンをしているとO.(B.G.)たちも集まってきた。私は午前中1時間半ほど基礎練習に費やし、後の30分ほどを演奏曲の譜読みに当てた。
 午後からは合奏。現役のクラリネット4人と私ともう1人のO.(B.G.)。計6人。ちょっと寂しい。合奏中先生が「面談だからマメ君頼むよ。」と行ってしまったので、私が棒を振ることに・・・。合わせはしたものの、合奏より、個人練習と休憩が多かったかな。私も吹きたかったし・・・。
 そんなこんなで先生が帰ってきてからは1時間ほどしか合奏が出来ず、次の練習日を待つことになってしまった。
 私としては、午前10時から午後5時まで、休憩しながら吹き続けられたことに満足している。入院以来これだけ長い時間吹いたのは初めてだったので、長時間の演奏に耐えられるという自信もついた。無理の無い吹き方をすればもちろん大丈夫なのだが、入院している間に勘が狂っているのが心配だったので、これで安心して練習できる。
 今日の練習では、いろいろな面で安心して吹くことが出来た。精神的にまいっていると良い音なんか出るわけが無い。

 7月16日(土)
 入院してから、書き込みの感じが変わって来たといわれた。80日の入院生活は私の考え方を変えてくれたのだと思う。普段仲良くしているつもりでも、いなくなったことにより、陰口が陰口でなくなる。それが廻り廻って聞こえてくるのだ。入院している間にも聞こえてきて一時期人間不信に陥った。それを救ってくれたのは、古い友人達からの励ましメールだった。
 私は心法を研究している。その理想形が「維新心法伝」で著わしていることなのだが、最近は私の言葉の端々に人を試す言葉が現れすぎて、心法をかける前にばれてしまっているようだ。心法は言葉ばかりでなく、相手の表情、顔色、呼吸の変化、脈拍、気、立ち居振る舞いなど、様々な生理現象から読み取ることが出来る。話をするより、そちらを観察することに徹したほうがよさそうだ。
 武術を考えてみると、本来年齢に関係なく出来る武術が高級(武術用語でいう)な武術なのだろう。足の骨折で出来なくなってしまった空手。本来の空手と違う空手をやってきたのだろうか。沖縄では80余才の方達が現役で修行している。それを思うと私は似非空手家。お中元を持って柔術の館長を訪ねた。私が習った柔術には指圧整体に通じる治療法が伝わっている。少林寺拳法にも整体医法という武術的身体操作による治療法が伝わっているし、高級な武術には体を癒す術があってしかるべきの様な気がする。特に空手はハードな部分があり、骨折等は日常茶飯事。沖縄の旧家の道場などには家伝の治療法が伝わっている。それを考えると、空手は沖縄から本土に伝わった時点で、大切なものが欠落してしまったと言えるのではなかろうか。
 私は、中学時代から空手の世界に入り、途中ブランクがあったが、四段をいただいている。去年目のできものを切除してから空手は休んでいる。骨折の治療も続いているので、ほぼ一年間のブランクになってしまう。ちょっとのブランクでだめになってしまうようでは、空手修行中とは恥ずかしくて言えない。柔術の館長には「雪山に逆らって挑んだから骨折した。素直に転ぶべきだった。」と言われたし・・・。

 7月2日(土)
 2005年後半の書き込みに6月の最後の書き込みを残してみた。これが無いと話のつながりがわからなくなってしまうので残してみたのだが、皆さんはこの2日間の話に矛盾があるのを感じ取っていらっしゃることだろう。
 私の周りで時間がゆっくり進むような余裕ある生活を送りたいと言っておきながら、最近、せっかちになったのか最後まで犯人が判らないものはまどろっこしくて読んでいられない。退院する頃には1日1冊のペースで本を読んだ。というくだりだ。
 実際、せかせかとあわてた生活をしているのは私自身なのだ。3ヶ月近い入院生活は、私自身を見直す時間をくれた。もともと本は何でも読むほうだ。推理小説の傍ら、哲人の話やら宗教の話なんかも読んでいた。武道を通して宇宙を肌で感じる法も学んだ。大いなる愛。料理に関しても一番感謝すべきは毎日ご飯を作ってくれる嫁さんなのだ。頭を下げるべき相手は調理人ではなく嫁さんに・・・。なかなか出来ないと言うことはまだまだ私は小さな人間なのだろう。
 
 旅に出る時は目標を決めて出かけるだろう。しかし、目標の無い旅もそれはそれでまた面白い。帆の無い船と同じかと言うとまったく違う。風任せではなく、自分が進みたいほうへ進める。道に迷ったら戻れば良い。帆の無い船は危なくなったらそれで終わりだ。後戻りは出来ない。人生と言うのはどちらなのだろう。
 殺人事件の報道。死刑の判決。殺人を犯すまでに追い込まれてしまった人と、死刑の判決を受けることで自分の死を考えることになる人は同じ人物。殺人を考えたことで人の道はすでに踏み外しているのだが、人権尊重を訴え自分は助かろうとする。ここでは逃げおおせると言う目標を持って旅に出た結果なのだろうか。それとも、目的を達成した後は、どうにでもなれと帆の無い船に乗ってしまったのだろうか。殺人を犯すまでは帆は張っていたはずだ。にげおおせるまでは帆があったはずだ。いつどこでその帆がなくなってしまったのだろう。毒入りカレー事件。小学生拉致殺人事件など考えさせられる事件が多い。明日はわが身。

 7月1日(金)
 ファストフードと言うのは皆さんご存知のことだろう。それに対して「ゆっくり食べる」スローフードなるものがこの世に存在する。
 そのコンセプトは「食卓を人と共有する時間を、出来ることならゆっくりのんびり、大切に過ごしたい、という意味では、それもひとつのスローフード的考えかもしれません。しかしそれだけではありません。スローフードとは、食の楽しみを人類へ呼び戻そうとする運動です。」と、スローフード協会の紹介文には書かれている。
 先日、私の周りでは時間がゆっくり流れていって欲しいと書いたと思う。食に関してもあわてずよく噛んで食べる。健康に良い食事を取るためには時間をかけることも必要だと思う。この考えにとてもマッチしたスローフード。このなかには、時間をかけて食材から見直していくことも含まれていて、自分の農園(大農場ばかりでなく家庭農園も含む)で自分にあった食材を見つけて料理することから始めると言う。

 昨日の書き込みの古い友人が、私が台所で料理をしたとメールを送ったら、携帯を落としそうなくらい驚いたらしい。それほどまでに昔は料理など作らなかった。今は、たまにだが台所で下手な料理を作っている。料理と言うより、酒のつまみ程度のものだが・・・。
 自分で作るようになると、嫁さんが作ったものに文句が言えなくなるはずなのだが、自分が作ったものは棚に上げて「味が薄い」の「焼きすぎて硬い」だのと文句を言う。まぁ、自分で作ったものは責任もって食べきるようにしているが、これ自体なかなか難しい。これを生業にしている調理人の方たちには本当に頭が下がる。自分で材料を吟味して、手間をかけて作る。美味しいわけだ。
 
 時間に追われる現代の若者の間にはファストフードが生活の一部になっていることだろう。しかし、スローフードと行かないまでも、スタンダードフード、音楽的に言ってモデラートフード、アンダンテフードぐらいの時間的余裕のある食風が流行ると良いなぁ。

 マメ流クラリネット教本を作ってみた。トップにかいてあるように、私がウォーミングアップに練習していることを楽譜にしたものだ。みんな様々なウォーミングアップ方を持っていると思う。それを書き表すことで若いクラリネット奏者のみんなに参考になればよいなぁと考えた。巷にはたくさんの教本、エチュードがある。それを利用しながら私のやり方を参考にしてもらえたら幸いだと思う。楽譜が入ったことで、こんな時にはどうしたらよいかがより鮮明に解ると思う。そして、「クラリネットの部屋」もこれでやっと完成したと言えるのかもしれない。ここまで育てていただいた皆様に、先生方に感謝するとともに、ここでお礼を申し上げます。ありがとうございました。マメはこれからどこに行くのだろう。「クラリネットの部屋」どうなっていくのだろう。皆さんの感想を掲示板にお願い致します。

6月30日(木)
 NHK教育の「ポワロとミスマープル」を見ている最中に映像の中で汽車の汽笛がなった。この音が実音A音に聞こえて、この音にかぶってグリーグのピアノ協奏曲の冒頭が頭に浮かんだ。気になって部屋のピアノのA音を弾いてみるとずばりAの音だった。
 私には絶対音感はありません。これは自信を持って言います。ところが、以前練習した曲は頭の片隅にあって、それに近い音が聞こえると耳が自然に反応する。
 私は推理小説が大好きで、小、中学校時代は、ポプラ社で発行していた「ホームズ」「怪盗ルパン」「少年探偵団」シリーズは全て読んで、高校時代にはそれを文庫版で読み直した。その後、横溝氏、夏樹女史、坂口氏(不連続殺人事件)、エラリー・クィーン氏、ディクスン・カー(カーター・ディクスン)、クロフツ、ガストン・ルルーなどのシリーズを読み漁り、大学時代には自分でも書いてみたことがある。友人に読んでもらったが、「犯人がすぐにわかる。」だの、「名前が読みづらい。」だの不評続出で発表はあきらめた。(大獏)
 今は、昔よりせっかちになったのか、最後まで犯人が判らないものはまどろっこしくて読んでいられず、アクション物、ハードボイルド物を読むことが多い。主役とやられ役、善と悪、勝ち負けがハッキリしている物が解りやすくて良い。
 
 今日の本題は何かと言うと、本を読むということ。若いうちにどんな本でも良いから読んでおくと言うことは活字が自然と頭のなかに入ってくると言うことになって、ワードで文字を打っていても変換する時に間違わずにすむ。とんでもない漢字に変換されてこんな字もあったんだなと感心することもあるけど、歓心、関心、寒心、甘心、奸臣。かんしんだけでもこんなに出てきて、本物は誰だ、となってしまう。
 小学生の頃は漫画も大好きで、先生が試しに出した漢字テストで答えられたのは私だけと言うこともあった。「何でおまえこんな漢字知ってんだ。」と言われて、「漫画で読みました。」と答えて周りを驚かせた。しかもそれが授業参観(祖父母を対象にした)の日だったので今は亡き祖母が鼻高々に帰ってきた。
 それに引き換え、私の子供たちは本を読まない。真ん中の娘が漫画を買いに「ブックオフ」に連れて行けという程度。私としてはどんな本でも目を通してくれれば大切なものは頭の片隅に残っていて、必要な時に「そういえばこんなこと何かの本で読んだ気がするなぁ。」となってくれれば良いと思う。私のホームページも、クラリネットを練習していて、「マメがなんか書いてたな。」となってくれたら最高。そうでなかったら再考してみる。
 
 入院していたことで、古い友人がメールをくれたり電話をくれたりする。知らない友人は「歳相応の行動をしろ。」とか言う。同じ年齢なら、たぶん負けない。勝てないまでも、負けない。(護身術〜空手と柔術に飛んでください。)という自信はある。
 なかには、本が好きで買ってはくるものの読む暇がなくて本が積んであるという人もいる。「読めないなら買ってくるなと言われそう。」と仰っていたが、ない本は読めない。手元にあれば読みたいときに読める。これは結構大切なことで、「買って来なくては。」と思いながらも、本屋に行けず、いざ行ってみると在庫がない。こんな時はなんとしても手に入れたくなる。
 このストレスが溜まらないだけでも、善しと言えるだろう。かく言う私も、娘と「ブックオフ」に行ったとき掘り出し物があると買ってくる。読んでない本はみかん箱の半分ほどになっていた。その本が入院している間に4分の1ほどに減った。退院間近の頃には、一日一冊のペースで読んでいた。同室のおじさんに、「よく本を読んでいるなぁ。そんなに面白いかい。」とよく言われたほどだ。
 私の友人も、本を読む時間が取れるようになれば良いが、今、無理しなくてもそのうち取れるだろうし、手元にあればいつでも読める。私はこれを積読(つんどく)と言うが、いつか読むことが出来るなら、ストレスがたまらない立派な読書法だろう。
 「読まなくちゃ。」と思わずに「そのうち読んであげるね。」と言う寛容さが大切。

 6月26日(日)
 昨日の交流会で司会者が「〜校長先生、ご挨拶の方、よろしくお願いします。」と「〜の方(ほう)」という言葉をかなりたくさん使っていたのが耳につきました。
 ご挨拶の方と言う表現は、ご挨拶のほかにやることがあって、今回はご挨拶をお願いしますと言うことなのだろうか。でも、各学校の校長先生の出番は挨拶だけだったような気がします。なれない司会で緊張もしていたのでしょうが、「〜校長先生のほうご挨拶をお願い致します。」とほうとご挨拶が逆転してしまうと意味がまったくわからなくなって、気が動転している様子がこちらにも伝わってきました。
 私も、様々な場面で司会を担当させていただいたので、彼の気持ちは痛いほどわかります。ただ、下準備をしていなかったのが彼の敗因でしょう。司会の原稿を作っておいて、何回か読むことでこの場面は難なくやり仰せたことだったと思えました。
 「〜のほう」と「えーと〜」。文字で書くことでこの二つの語はあれほど使わずにすんだのではないかと思います。
 私は、「はい、集合してください。」「はい、これから〜を始めます。」とか、「はい」と言う言葉を使うのがくせでした。台本を用意することでこのくせは今のところ出さずにすんでいると思うので、割とまともな司会進行が出来ているのではないかと考えています。

 昨日の議題の一つ。PTAの研修旅行を行っている学校及びPTAはどのくらいあるのでしょう。この3校は毎年行っています。目的は、研修旅行を通してPTA会員の親睦を深め、この後のPTA活動を円滑に進めるためと言ったところでしょう。私たちのPTAの場合は日帰りのバス旅行で、子供たちを学校に送り出してから、学校から帰るまで。研修旅行に行って帰るまで、子供たちは学校にいるので、安心です。研修旅行から帰ってきて、子供と共に家に帰ることになります。
 先ほどの目的は建前で、個人的には羽を伸ばしたい、息抜きに遠出をしたいと思うこともあると思いますが、家庭と子供のことを考えるとなかなか気楽に出かけられないのが現状だと思います。先ほどの建前と「親が研修旅行を通して勉強して、教養を身に着け今後の教育に活かす。」と言う大義名分があって、やっと出かけられると考える人も少なくないはずです。
 せっかく出かけるのですから、どんな小さなことでも良いし、何か1つでも良いから新しい発見をして来てほしいと思います。

 6月25日(土)

 PTAの行事で他校との交流会と懇親会がありました。とても素晴らしいことで、学校の実名を上げても差し支えないと思うので書くことにします。
 私が役員をしているのは子供が通う第四小学校。交流をしたのは、第一小学校と南小学校の役員の皆様。
 内容は、お定まりの各校のPTA会長挨拶、学校長挨拶から始まり、参加メンバーの自己紹介。本題の意見交換会として、各校PTA主催の研修旅行、バザー活動等の報告。それに対する質疑応答などでした。
 今回、私は第四小学校におけるバザー(ピーテー祭)の報告をしました。私たちのバザーは拠出品を販売するだけではなく、各学年部や本部役員、先生方、YOU遊クラブ(父母の集まりでPTAとは別の活動を繰り広げている、これについては「最近のマメ」のどこかに書いたと思う)で、食品の販売や、ゲーム、福引、地域の皆様たちの活動等紹介(主に手作りの作品等を展示する)などを行っています。
 今年は、10月22日の土曜日に予定されていて、先日の15日に第一回目の実行委員会を開いて、すでに準備が始まっています。
 私としては(「私的には」をいつも使っていましたが、先日の「問題な日本語」によると薦められない表現らしいので控えます)、バザーの流れと内容の紹介と、事前準備や二回目以降の会議をいつ持つか発表することが出来たので、話がスムーズに運びました。

 何事に対しても、不備のない活動を私たちのPTAはしているんだと言う実感がしました。これは実際考えるとすごいことだと思います。本部役員に関しても、次の役員が決まるのは2月中。4月の役員交代の時期にはすでに引継ぎがされていて無駄なく動けています。新入学の児童の父母の方にも入学前に打診をして学年委員等の選出も行ってしまう。こんなPTAと学校他にあるでしょうか。今年度の行事予定はすでに決まっていますが、来年度を見すえた活動をしていかなければならないと思います。

 今年第四小学校は栃木県の「優良校」の指定を受けました。栃木県内の小、中、高校全体で7校という栄誉だそうです。

 話は変わって、今年もバザーのオープニングセレモニーにクラリネットアンサンブルの出演のお願いがありました。「オットー〜」の皆さん。10月22日(土)の出演、よろしくお願い致します。

 6月21日(火)
 以前友人に、掲示板にマメがたくさん来ていると言われたことがある。「マメが名前を変えて掲示板を盛り上げている。」と言うことらしい。
 あるマメはつまらない質問をして、あるマメはそれに答える。またあるマメが問題を定義して紛争を起こし、もう1人のマメがそれを教え諭すようになだめる。

 私が1人で全部のことをしている。多重人格。
 変わり者と言うことに関しては否定はしないが、クラリネットと武道に関しては嘘はない。掲示板に関しても1人何役もこなしているなんてことはない。やっているうちに破綻をきたしていつかはばれる。
 
 掲示板にいらしている方は質問する方も答える方も皆素晴らしい方たち。ホームページのどこかにも書いてあると思うが、私は先生と仲間には恵まれているのだ。掲示板での仲間。質問する方も答える方も皆仲間。
 今回汁さんに対する私の小言を汁さんが理解してくれたことで、またマメが一人二役やっていると言われるかもしれないな。

 世の中それほど捨てたもんじゃない。

 ちょっとつけたし。
 17日の書き込みの続きになるけど、祝賀会などに招かれた時「本日は本当におめでとうございました。」と言う言葉を良く耳にする。おめでたいこと(授賞式など)の祝賀会は日を改めて行うことが多いが、それでもめでたいことは現在も続いている。結婚式は式と披露宴を別に考えると、結婚はもうしたことになっているので時間的には過去の話。それでもおめでたいことは現在も変わりなく続いているので「おめでとうございました。」にする必要はないと思う。
 成田離婚の予定もあるので、過去の話しにするのだろうか。

 6月17日(金)
 最近言葉が乱れていると感じるのは私だけだったでしょうか。世間では、日本語や言葉に関する書物が良く売れてるそうです。その事実から推測しても、皆さんが日本語や言葉に興味を持っていて、何がしかの危惧を抱いていたと思えてきます。
 さて、私は様々な本の中から「問題な日本語」を買ってきました。題名自体が問題になりそうでした。
 
 なぜそのように思ったかというと、先日、塾というか学習なんたらかんたらの模擬試験を薦めに来た勧誘員が、必要以上に過去形を使っているのが耳についたのです。
 「〜でよろしかったでしょうか?」という表現です。「〜さんのお父さんでいらっしゃったでしょうか。」「中学三年生だったでしょうか。」
 「よろしかった。」過去形。「でしょうか。」確認を求める意味。私は〜さんの父親です。〜さんが生まれた時から父親で、今も父親。これから先もたぶん父親でしょう、きっと。娘は現在も中学三年生。
 本にも書いてあったように、注文したことに対する確認には現在形、過去形どちらでも良いような気がします。「コーヒー下さい。」
に対して、「コーヒーでよろしいでしょうか。」「コーヒーでよろしかったでしょうか。」と。
 英語で言うと現在完了進行形と言ったところでしょうか。過去完了進行形はあまり使われない気がします。
 ましてや、初対面の人に対して、「〜でよろしかったでしょうか。」と使うのはどうかと思います。ファーストフードで「シュガーとクリームをお付けしてよろしかったでしょうか。」と聞かれることがあります。「初めて会う店員が私の好みを知ってたのかい。」という感じです。
 現代の若者は、受け答えをしている間にすでに過去になってしまうのかもしれません。時間の流れが私とは違うのかもしれません。わたしはゆったりとした時間のながれの中で、様々なことを考えて生きたいと思います。
 
 こんな考え方でよろしかったでしょうか


 6月15日(水)
 みなさま表の掲示板、裏の掲示板、ご利用ありがとうございます。
 いろいろな面からクラリネットにアプローチして、クラリネットの奥深さを認識しているところですが、現在までに「クラリネットと呼吸」、「姿勢」、「音色」、「ベルカント声法とクラリネット」を書いてきました。
 もう1つ気になっていることがあります。「クラリネットと運動神経及び反射神経」。この命題でホームページに書いてしまうと様々な弊害が出そうで、困っているのです。
 運動が苦手な子と得意な子ではどちらが上手になるのでしょう。結果を先に書くとどちらもやる気と根気があれば上手になる。としか書けません。

 学生の3年ないし4年で結果を出そうとすると、運動神経と反射神経の発達している子のほうがものになる確立は高いと思います。センスのいい子は何をやってもそつなくこなしてしまうからです。
 長いスパンで考えて見ましょう。上記の子がクラリネットを好きで長年吹き続けた場合、これは素晴らしい結果を見出せるでしょう。しかし、こういった子たちには様々な試練が待っています。スポーツの世界でも花形になれることが多いのです。
 武道の世界には「へたに実がなる。」という言葉があります。実のなる果実はへたについています。へた=下手。下手だからこそ努力と研究を重ねて時間をかけて大成するのです。でも、不器用さが残るのはしかたのないことでしょう。指を動かすことに舌をシンクロさせること。運動神経と反射神経はここでも必要になってきますが、訓練を続けていかないと舌の動きは遅くなるし、指も動かなくなります。努力して続けていかなければならないのです。繰り返すことが全て。一度出来ても次に出来るとは限らない。繰り返す中で出来る確立をあげていけばいいと思うのです。
 スポーツの場合は、1日訓練しないと3日前に戻ってしまうといいます。私の仲間の中には、仕事場への往復をマラソンで通っている者や、毎朝早く起きてウォーキングをしている人もいるくらいです。私も足が完全に治ったら訓練を再開しようと思っていますし、クラリネットは毎日吹き続けたいと思います。

 6月12日(日)
 クラリネットを吹くことで一番大切なことはなんだろう。いつも思うことは、息でリードを震わせて、音を作るということ。俗に言う仕掛け(セッティングとも言う)も大切だが、その仕掛けの能力を最大限に引き出してあげることが大切だと思う。
 レッスンに行く。先生に楽器を吹いていただいて思うことは、息の質が違うということ。楽器をコントロールするのは息。音楽を表現するのも息。その違いをありありと感じる。
 「呼吸を音楽に変え、クラネットを愛する者。」と掲示板のタイトルの下に書いてあるように、クラリネット吹きは息を自由に扱えなくてはいけない。呼吸すること=生きていること。
 クラリネットを吹くということは、自分の「命。鼓動。心の叫び。」を伝えていくこと。
 
 5月29日(日)
 左足に全体重をかけられるようになったもののまだ片方の松葉杖は離せない状態です。転倒防止の意味なのですが、松葉杖だとどうしても頼ってしまうので、100円ショップでT字型の杖を買ってきました。100円ショップの杖ということで、不安な部分もあり、左足への負荷をかけざるを得ません。そのことで今まで使っていなかった膝や足首の関節部分のトレーニングをしています。体重がかかっていなかったので軟骨部分が弱くなっているせいか、歩いているうちに関節が痛くなってきます。クッションがよく働くようになっていってほしいものです。ストレッチは大分出来るようになりました。まだまだ左足の筋肉が弱いです。もう少ししたらスクワットをして両足の太さをそろえる訓練をして行こうと思います。

 5月20日(金)
 17日の火曜日に退院しました。現在骨折した左足にかけられる加重は全体重の四分の三の約42キロです。まだまだ松葉杖のお世話になっています。来週の整形外来でレントゲンを撮って全体重をかけるかの判断をしてもらいます。そうなれば、痛みさえ我慢すれば両足での歩行が可能になると思います。長かったけど、やっとここまでたどり着きました。

 5月7日(土)
 病院では、午前中リハビリ、超音波治療、整形の先生の回診と割りと忙しい日々を送っています。
 リハビリで筋トレやストレッチをしますが、折れた方の足に加えられる体重が全体重の2分の1ということもあり、思い切った行動が取れません。早く全体重をかけてのストレッチで硬くなったアキレス腱をブチブチと伸ばしたいところです。
 
 先日、市の図書館でフランスのアラン・ダミアン氏奏する「夜の終わりのための四重奏曲」を借りてきました。恥ずかしいことにこの曲を聴いたことが無かったのです。恥ずかしながら、一度通して聞いただけではこの曲の良さが分かりませんでした。まだまだ未熟といったところです。それと一緒にチェコのヴァーツラフ・キジバート氏の奏する「シューベルトの管楽八重奏曲」、アメリカのフランクリン・コーエン氏の奏する「ブラームスのクラリネット三重奏曲」、ベルギーのワルター・ボイゲンズ氏の奏する「ウェーバーのクラリネット協奏曲集」、計4枚借りてきました。裏の掲示板で話題に上がっている「ヴィブラート」を全員がかけていることです。所長さんが言う、クラリネットでもヴィブラートをかける方向に進んでいるという裏づけになりそうな気がします。イギリスでは昔からヴィブラートは当たり前のようにかけていましたし、私もあまり上手ではありませんがほんの少しかけることがあります。(お前には聞いていないと突っ込まれそうですが・・・。)しかしながら、品の良いヴィブラートとしつこすぎるヴィブラートの境をきっちり見据えて演奏する必要があると思います。これも所長さんがおっしゃるように、発展途上の方には多用してほしくありません。息の流れとアンブシュアに悪影響を及ぼします。
 緊張して息も絶え絶えになり、自然にかかるヴィブラートはちりめんヴィブラートといって本物ではありませんので、これでヴィブラートがかかったと思わないほうが良いと思います。
 以前ランスロ氏が「ヴィブラートをかけているつもりは無い。音楽を表現する上での意識の高揚が自然にそういう演奏をさせる。」とおっしゃっていたと思います。このあたりに、品のよい、音楽に合ったヴィブラートになるかどうかを見極める極意がありそうな気がします。

 5月5日(木)
 中には8日の日曜まで長期連休の方もいるようですが、とりあえず連休最後の日。入院中の私にしてみれば、超長期連休の中の一日に過ぎません。
 このところ、少年合唱団は17年度の総会の準備であわただしい様子です。私が入院中でこの件に関しても役員の方々にご迷惑をかけてしまっています。皆さん忙しい中、総会資料の作成に懸命になってくださいました。特に決算書作成に関しては、本当に大変な思いをされたようです。この場でお礼を申し上げます。
 
 どのような団体でも、その役を本業でやっている方は少ないので時間がかかったり、頼んだ方の意に反したものが出来たりとご苦労が多いと思います。もちろんそのあたりは、お互いの身になって考えていただき、収まるところに収まってほしいところです。
 私は人に物を頼まれることが多く、人に物を頼むのが苦手です。そのため、さまざまな用を自分で抱えてしまって四苦八苦することが多々ありました。現在は入院中ということもあり自分では何も出来ない状態なので、そのあたりのことを神様が出来るようになるように(勉強させるために)、こんな苦を私に与えたのかもしれません。
 自分でやれば、10のものは10やれると思います。ところが人に頼むと10頼んだものが達成されないこともあります。それがもし3とか4しか達成されないとしたら、頼んだ人は困ります。しかし、中には10達成されなくて3、4の出来でも何とかなってしまうことや、お互いに補い合うことで3、4くらいだったのが6、7になり、とりあえずは合格点に達することもあります。
 私も今回のことで、今までもたくさんの方に助けていただいていたな、とつくづく思いました。私のように古い考えを持ったものや、新しい考えを持った方たちが、いろいろな意見を出し合ってより良い方向に持っていけたらと思います。言い争いをしてもかまわないのです。その後に相反せずに、お互いに無い部分を補い合いながら向上していけるのであれば、ぶつかり合いもプラスになります。残念ながらマイナスのぶつかり合いは、相手を思いやれずにお互いが気まずくなって、子供と一緒に団体を離れることもあるわけです。しかし、楽しく本来一生懸命やっている子供たちにとってはかわいそうな話です。そうならないためにも、和を持って事を成して行ければ良いと考えています。私はたぶん一団体を引っ張っていくには甘い考えなのでしょう。しかし、長と言う官をもらっていますが、皆仲間という考えの方が勝っています。いつ何時でも助け合えるのは仲間だと信じているからです。
 掲示板にいらしていただいている方たちも、仲間なのです。縦のつながりよりも、横を大切にしたい。「空手と柔術」のページをご覧いただければ、私がどんな考えでいるか分かっていただけると思います。
 
 5月4日(水)
 ゴールデンウィークも残すところ明日一日となってしまいました。
 今日は一番下の息子を連れて、小山の県南体育館前の総合運動公園に行きました。天気がよかったので、ぽかぽか陽気を通り越して、「暑い。」1日でした。まだ松葉杖が離せないので、日陰のベンチを探すのに四苦八苦。自前の椅子かビニールシートを持ってくるべきだったと思いました。子供は汗びっしょりになって遊んでいましたが・・・。
 
 最近モーツアルトのクラリネット協奏曲イ長調第一楽章の練習を始めました。第3回リサイタルの開催が決まるまでしばらく吹いていなかった楽譜を引っ張り出してきたのです。ロングトーンとスケールで音楽を作る。クラリネットと音楽の基本が要求されます。とても難しい。モーツアルトは奥が深いとつくづく感じています。
 一回目にブラームスを取り上げたとき、「やっとブラームスの雰囲気が出せるようになったかも。」(最近流行のせりふ)と感じました。歳をとったといえばそれまでですが、技術云々ではない何かが分かるような気がしました。
 ところがモーツアルトは、今の私の歳まで生きていなかったのです。それでも分からない。この曲の良さは分かっても、その先に入り込めない。まだまだ私の思い入れが足らないのでしょうか。それを人に聞いて頂くなんて、恥ずかしくて言えません。どうしましょ。明日もしっかり練習しようと思います。

 掲示板には今までたくさんの方がいらしていただいていますが、先生の紹介をお願いされたのは初めてでした。悩みましたよ、本当に。コンサートに行って感激して「教えてもらいたい。」と思うのは、クラリネット吹きなら誰でも思うことだと思います。その願いをかなえられるのはほんの一握りの幸運な人達でしょう。
 私の場合は、先生には恵まれているのです。「私のクラリネット歴」にも書いてある先生方。その他に、いろいろな楽器店が催す一日クリニックや合宿講習会で習った先生方はたくさんいます。その方達の名前はあげられません。なぜなら1日や、3、4日程度教えていただいたくらいでその先生方の技術や考え方は吸収できないからです。その方達に習ったなんて、申し訳なくて書けないのです。「私のクラリネット歴」に書いてある御三方でさえ、不肖の弟子としては申し訳ないことです。かろうじてクラリネットの基本的なことはマスターしているというくらいでしょう。それでも、モーツアルトが難しいと感じるのは、私の自己満足程度だったのかもしれません。「私のクラリネット歴」。書き直す必要に迫られるかなぁ。

 4月29日(金)

 前回の書き込みからまた1週間が過ぎてしまいました。ゴールデンウィークですが、病院はカレンダーの赤い日以外リハビリ、整形の回診、超音波治療(あまりにも骨の着きがよくない「難治骨折」と診断されたので始めました。)があるため行ったり来たりの毎日です。
 この1週間に物凄い惨事がありました。皆さんご承知のJR福知山線の事故です。その後JR西日本の内情を伝える報道がいろいろとありましたが、いつかはこのような事故が起こってしかるべしとも言えそうな内容に愕然としました。これから調べが進んで直接的な物理的要因と間接的な心理的要因がはっきりしてくると思いますが、私たちが安心して乗れる列車運行をしてほしいものです。私がここで祈ってもせん無きことですが、犠牲者の方たちのご冥福をお祈り申し上げます。

 さて、前回の続き、少女合唱団の定期演奏会。小学生15人、中学生1人。(かく言うこの中学生は私の娘。)
 前回の定期演奏会の後も書いたように、純粋な少女だけの合唱団は日本全国に珍しい存在だと思います。少年少女合唱団で男子のいない合唱団はありますが、純粋に少女しか集めていないのはもしかすると栃木だけなのではないでしょうか。検索しても少年少女は引っかかってきますが、少女だけは出てきません。
 ということで、こちらも魅力が何なのかを考えてみることにします。
 少女だけということで、変声期の影響を受けにくい。ほかは下の少年合唱団の件にも書いたことと似たようなことがあげられるでしょう。
 公演中気になったこと。それは子供たちの声量不足を補うため、女性指揮者が一緒に歌っていたことです。いくらなんでも反則ではないかと思ってしまいました。苦肉の策というのも分かります。後ろを向いているのでばれない。しかし、少女の声に大人の女性の声が混じるのは????。そんなことしなくてすむように、もっとたくさん入団してほしいものです。皆様、栃木少年合唱団、栃木少女合唱団をよろしくお願いいたします。

 明日は、私の師匠の木幡仁清先生が群馬の前橋市民文化会館で演奏会を開きます。曲目はブラームスとレーガーのクラリネット五重奏曲。昨年は聴きに行ったのですが、さすがに今年はこの有様での遠出は無理と医者に止められ、断念しました。木幡先生のことですから、昨年同様、いや、それ以上に聴衆を魅了する演奏会になることと思います。

 4月22日(金)
 栃木少年合唱団の定期演奏会が今月の3日にありました。入院していたこともありこちらには書き込めませんでした。
 事務局兼副団長の要職にありながら、執行部の一員として動けなかったことはとても残念で、ほかの皆様に多大なご迷惑をおかけしてしまい誠に遺憾です。結果的には、私一人の穴など埋めて余りある父母の皆さんの結束により、定期演奏会は成功裏に終わることが出来ました。掲示板にも書きましたが、ここでもお詫びとお礼を申し上げます。

 さて、定期演奏会後の卒団式で本科4名、研究科1名が合唱団に別れを告げました。本科の卒団生4名は研究科の一員になり続けることも可能ですが、研究科の修了者は本当に合唱団とはお別れです。小学3年生から高校3年まで。この研究科修了生(実は私の息子)は卒団後も中学生として合唱団に残りました。高校2年次には研究科が正式に発足して高校3年生まで合唱団で歌を計8年間(中3高1と不在のためマイナス2年)、歌ってきました。さぞ愛着はあることでしょう。
 今まで少年合唱団の卒団生がアドバイザーやスタッフとして残ったことはないのでしょうか。私も卒団生の一人として残念でなりません。私の場合は楽器に、クラリネットに魅入られてしまったため、歌の世界から遠ざかってしまいましたが、卒団生の中には中学、高校、大学と部活を通して歌い続けて来て、ある程度歌えて子供たちにアドバイスできる者が少なからずいるような気がします。私の息子も、これから大学で幼児教育を学ぶことになりました。この大学の音楽の先生は、高校時代のミュージカル部顧問とじっこんの間と聞いています。音楽教育では、ピアノ、声楽、ソルフェージュの授業もあるそうです。ピアノ練習室も数十室あり、学校でも空き時間に練習できるようです。幼稚園、保育園の先生は小さい子の前でピアノを弾く事が多いと思います。小さいころからピアノのレッスンに通わせていたこともあり、楽しくレッスンを受けているようです。これらの勉強と幼児教育の勉強の両方を少年合唱団に活かせないものでしょうか。ま、本人も実習だ部活だO山市の市民オペラと忙しくなりそうなので、少年合唱団の時間に栃木に戻ってくるのは大変なことだと思いますが・・・。
 
 少年合唱団の魅力は何なのか、考えています。学校の合唱部では一年を通して歌い、合唱コンクール、市の芸術祭参加、学校行事にも活躍の場があります。もちろん、私の息子は小学校の合唱部、中学校の合唱部、高校のミュージカル部、そして大学の合唱部と歌い続けています。その他に合唱団に所属していたのです。本人曰く「歌が好きだから、歌える環境ならどこでも楽しい。」ということだそうです。ただ、体格のせいもあると思いますが、声量がありません。声の響かせ方を知らないのです。力んで歌うとか、怒鳴って歌うとかではなく、小さいなら小さいなりに声の響かせ方を工夫する必要があると思うのです。もちろん、これは私が吹くクラリネットにもいえます。それは私のホームページ上で詳しく書いてますので、ここでは触れません。
 ところが、この工夫を苦労しなくても出来ている子が何人かいるのです。天性の素質、体格に恵まれてる、などさまざまな要素があるのでしょう。現在の研究科ではI君の声が最近伸びてきました。それと体は小さいけど声が通るS君。体格で恵まれているY君。
 研究科ですから、この3人がなぜ通る声、大きな声が出せるのか、ほかのメンバーに考えてもらいたいのです。そして、自分にないところを補うためにはどうしたらよいのかを自分で考えてほしいのです。それと、音感。絶対音感は必要ないと思いますが、正しい音程をピアノやキーボードにあわせてとる訓練は常に必要だと思うのです。

 研究科は、自主的に研究して伸びていく場。本科はそれを見てお兄さんたちを目標に頑張ること。学校では出来ない、ほかの学校の友達を作ることで情報交換をして自分の世界観を広げていく。このようなところを前面に打ち出してもっと子供たちを集めたいのですが・・・。
 皆さんは合唱団でどんなことが出来たらよいとお考えでしょうか。学校の合唱部の男の子たちが、何か目的を求めて入団してくれるような魅力のある合唱団になるにはどうしたらよいのでしょうか。私には難しい問題です。

 少女合唱団のコメントも載せようと思ったのですが、少年のほうでいっぱいになりました。少女は次回にします。

 4月20日(水)

 前回の書き込みから早一月。入院生活も53日。今日は小学校のPTA総会、歓送迎会、授業参観、学年部会という忙しいスケジュールをこなすために外泊許可を取って帰ってきました。
 整形の先生の話では、「整形外科は骨がつきやすい環境にしてあげるだけで、骨が早くつながるか、長引くかは本人しだい。」だそうです。なんだか割り切れない思いです。「早く治ると言われて手術をしたのではないのか。」と言いたくなりました。

 掲示板にも書きましたが、私の3回目のリサイタルを延期することにしました。当初、4月半ばに退院して、準備、ピアノあわせに2ヶ月と考えていましたが、4月末日の退院も難しくなった今、とても間に合わないし良い演奏会は開けないと考えたからです。これこそいつも言う「自己満足の世界すら作れない。」ということで、今回見送ることにします。ご了承ください。でも、いつか必ず実現させます。そのときはまたよろしくお願いいたします。

 片足で、松葉杖。滑るところでは見事に滑ります。一度は見事にこけました。それ以来注意はしているものの、掃除のおばさんがモップかけをした廊下を歩くときは、注意していても松葉杖がずれます。前回にも書いたバリアフリーと滑らない床、健康な人には身近に考えられないことかもしれません。
 そして、今日は雨。滑ることこの上なしの移動を余儀なくされてしまいました。普段の行いが悪いのか、よりによってこんな日にと思いました。
 学校に着きました。父母の皆様が授業参観にみえることで、ピカピカにワックスのかけられた廊下と教室の床。普段は何気なく歩いている廊下も長く感じられたほどです。
 息子の教室は3階。先生に片方の松葉杖を持っていただき、階段を上がりました。皆さん優しい声をかけてくださいました。ありがたいことです。授業参観の後階段を降り外の体育館へ。これまた雨で濡れた渡り廊下を歩くのがとても怖かった。
 とにかく得がたい体験を続けています。

 ホームページ上のどこかに丹田について書いてあると思います。これをどう意識するか訊かるとします。「臍下三寸(約9センチ)に意識を集中して。」と教えてきました。わたし的には学生時代から心がけてきたので、丹田の存在を否定することは出来ないのです。ところがそれは何?と聞かれたときに、実際に答えるのは難しいのです。
 腰、肝心要の腰。腰を痛めると立ち居振る舞いに支障をきたします。腰は背中側。その腰のおなか側にあるのが丹田のような気がします。丹田と腰は表裏一体となって人間の立ち居振る舞いを可能にさせているように思います。丸い球にたとえる人もいます。その球の中で気が高速回転することによってジャイロスコープのような感じで、人間の立ち居振る舞いを可能にさせているとも言う人がいます。地球ゴマのように枠の内側を回転させることで糸の上を渡らせることも可能になります。ホームページ上の姿勢についても書きましたが、この丹田を意識することで、姿勢もよくなるし、姿勢がよくなることで内臓の働きもよくなって健康が保てるような気がします。
 今日の授業参観で、机に向かっている子供たちの背筋があまりにも曲がっていたので、こんなことを考えてしまいました。背筋をピンと伸ばすのではなく、長時間座っていても疲れない姿勢。それがよい姿勢だと思います。目も悪くなるし、目が悪いから余計姿勢も悪くなる。こんな悪循環を繰り返しそうな気がします。
 学校のいすが硬いのも原因のひとつかもしれません。

 3月10日(木)
 体の一部がなくなった感じがする。自分の足であって、自分の足ではない。自由に動かせない。
 学生のころ、合気道の先生から「人の体は借り物。自分の意思で同行できるものではない。魂こそ人間そのもの。体は神様から借りている空の器。大切に扱って天命を全うしなくてはならない。」と言われた。
 今まで幸運にも実感することなく過ごしてきたが、今回のことで左足が自分のものでなくなったことを実感した。痛みで動かせない。最初は車椅子への乗り降りも支障をきたし看護師さんたちの手を煩わせた。
 さて、車椅子だ。乗ってみると悪くない。病棟の床は平らで障害物がない。トイレと洗面所の入り口にほんの少しの出っ張りの段差がある程度だ。ところが、このほんの少しの段差が曲者なのだ。前の小さな車輪が滑ってから回りをして段差を超えられない。
 私がいる病室は3階で、中庭がある。そこに自動販売機があって飲み物を買いにいこうと試みた。なんと中庭の入り口がスロープ(上り坂)になっていて、押して開くドアになっている。暖房中で常時閉になっているのだ。上り坂を登ってノブを回して開けようとするが車椅子が後戻りをしてしまい開けられない。そんなこんなして、やっと押し開けてドアをくぐる。その先も鉄板の下り斜面。ドアにはさまれながらやっとの思いで外に出るが車椅子が斜めに転がりだし、危うく転倒するかという思いをした。
 帰りは、運よく居合わせた人が開けてくれたので、なんとか部屋に戻ることが出来た。私でも、斜面を転がりだしたら腕の力でとめることは不可能だった。腕力には自信がないが、それでも車椅子くらい操れると思っていた。斜面も短かったので助かったが、街中の斜面はこんなものではない。
 世間でバリアフリーが叫ばれている。段差のない世界。たった何日しか車椅子での生活がない私でも、病院の外に出るのは怖かった。外の世界は車椅子にとって危険な世界だ。それを実感した。

 3月3日(木)4日(金)
 ベッドに縛り付けられている状態。体のあちらこちらから細い管が出ている。細い管から痛み止めのブロック麻酔が背骨に入っていてそれが気持ち悪い。翌日、管が徐々に外れるが、体がなかなかなじまず、食事が取れないほど気持ちが悪かった。

 3月2日(水)
 手術。看護婦さんたちに「がんばってね。」と声をかけられたが、「私は麻酔で眠っているうちに終わるのだから、がんばるのは医師の先生たちなんだよな。」と思いながら手術室へ。手術室のベッドに移され、マスクをかけられ、深呼吸してくださいといわれ、2回ほど呼吸したのは覚えているが、その後気がついたときには個室に戻っていた。
 個室に帰り、「大○○田さん。帰ってきましたよ。」という先生の声を聞いたのは覚えているが、部屋の中に誰がいるかも分からずじまい。家族の話では「ここはどこだ?」を繰り返していたらしい。

 2月27日(日)
 スキーに行って左足ひざ下の2本の骨を折りました。アイスバーンに足をとられたのが原因です。運が悪く板が外れずつま先が逆方向を向いてしまいました。スキーの板をはずそうと足を上げようとすると、ひざ下は痺れていてぷらぷら状態。とりあえず板をはずし、反対をむいていた足を元に戻し、衝突防止のため、スキーの板をX形に斜面に立てました。携帯で家族に連絡。折りよくパトロール詰め所隣のロッジで休憩を取っていたところにつながり、パトロールにゲレンデまで迎えに来てもらいました。
 私はスキーは上手いほうではありません。長男が幼稚園のときスキー教室があり、親が滑れないのもしゃくなのではじめました。自我流なので子供たちのほうが進歩が早く、家族の中では一番へたくそなのを自覚しています。滑っていた場所も、初級と中級の間ぐらい。攻めていたわけでもありません。間(魔)というものなのでしょう。倒れまいとして踏ん張ったために、右足は踏ん張れたのですが、左足が流れていってしまったことでの骨折。ポキッと乾いた音がして、「俺の骨ってもろい。」というのが正直な感想でした。
 パトロールが到着して、スキー靴をはずしました。その後添え木をして、ビニールシートのついたそりへ。ゲレンデからパトロール詰め所までががたがたゆれて一番痛く、ゲレンデドクターが足を引っ張って折れた骨を合わせて、湿布と添え木をしてもらって、長男と嫁さんの肩を借りて車へ。その後、嫁さんの運転で、延々3時間半、栃木の下○○総合病院へ直行。
 救急外来で待たされること数十分。レントゲンを撮り折れた部位を確認。見事に2本ともポッキリ。即入院。

 2月20日(日)
 18日は私の子供達は卒園してしまったのですが、幼稚園の音楽会に招かれ「クラリネットオンザタウン」を演奏してきました。私と伴奏者も卒園生と言う事もあり、楽しく演奏させていただきました。子供達は全く知らないし、面白くないだろうと思っていたのですが、始まるや否や、持っていたカスタネット、タンバリン、鈴などをリズムに合わせて打ち鳴らし始めたのです。知らない曲でも自発的に音楽に入ってくる。 先生方は私たちに気を使って子供達を静かにさせようとしてくれたようですが、私たちはとても嬉しかったです。
 押し付けがましい音楽をするつもりは全くないのですから。
 今の子供達は、普段から様々な音楽を聴いています。クラシックの演奏会が堅苦しいと考えているのはある一部の大人たちだと思います。鼻高々にやる音楽こそ押し付けがましいことだと思います。もっと自由に音楽を楽しむ。今日の子供達は、それを持っている。そういう子供達を育んでくれている家庭、幼稚園に拍手を送りたいです。
 今までは、子供達に合わせてマンガの主題歌や童謡などを取り上げていました。「チャルダッシュ」を吹いたときは反応ゼロでした。
 しかし、今日は違いました。今日ほどクラリネットを吹いてよかったと思うことはありません。自己満足ではなく子供達も父母の皆さんにも楽しんでいただけたと思います。

 2月14日(月)
 週末が忙しかったので、今頃の書き込みになってしまいました。
 11日(祝)にはさいたま市の彩の国芸術劇場音楽ホールで行われた「第11回ソロコンテスト」に出場しました。幸運にも金賞を頂き、3年連続と言う結果に感無量です。
 演奏自体は出場者の中で誰よりものびのびと、堂々としていたと思います。誰よりもステージが楽しめたと思います。落ち着いていたので、ミスった箇所もわかって1人で微笑してしまいました。緊張感のある演奏には程遠かったのではないでしょうか。そでで待機の時、出場者の女性クラリネット奏者に「緊張はしないんですか。」と訊かれ返答に困りました。これでも緊張はしますよ。特にさらいきれていない曲を上手く吹こうとすると・・・。 今回は充分にさらっていたし、当日出かける前の通しではノンミスだったのですから。思ったように行かないのが本番。これ常識。
 私の課題は、いかに本番でのミスをなくすかです。しかものびのびと吹いてミスをしないことかな。
 掲示板に来ていただいた平山さん、後藤さん、私。金賞7名のうち3名クラリネット。私以外の金賞受賞者は私よりもちろん若い。私はこの辺でソロコンは引退しようと思っています。掲示板にも書きましたが、自分がやってきたことは間違っていないと言う確信を得たので、これからも自分らしい、マメらしい音楽をやって行こうと思います。 もしも私の考えに共感して下さる方がいたら、そんな人達といっしょに音楽を創って行けたらよいなと思っています。
 
 帰りに蓮田市のお好み焼き屋さんで、打ち上げをして{私が運転手なので酒はなし。緑色(メロンの入っていないメロンソーダ)のドリンクを飲んで盛り上がりました。}家に帰りついたのは11時過ぎでした。

 13日(日)は足利の市民プラザスポーツセンターで開催された「自由演奏会2005in足利」に参加してきました。320名の大編成。烏合の衆になると思いきや、杉山先生の指導の元まとまった音楽が出来たと思います。人数が多く、無理して吹く必要がないので、柔らかい音がスポーツセンターの中に響いて、決してうるさいと言う感じはしませんでした。チューニングは無。 しかし音程にはさほど狂いはなく素晴らしいと思いました。初めてであったみんなが一つの音楽を作っていく。 その課程はよく知った仲間も、知らない人も変わりなく、音楽を通して心が一つになる。素晴らしい事だと感じました。カップ○ードルのコマーシャルではありませんが、音楽に国境はないと言う思い。
 高校生や中学生が色々質問に来てくれたので、熱っぽく語ってしまいました。「良くシャベルおっさんだな。」と思われたことでしょう。

 最終的に感じた事。私はクラリネットを吹くのが好きなのだ。場所は関係ない。周りにどんな人がいようと関係ない。オーケストラが好き、吹奏楽が好き、ではなくてクラリネットを吹く事が好き。

 2月5日(土)
 裏の掲示板で教本の問い合わせがあった。30年以上クラリネットを吹いていると、その間には様々な教本と巡り合う。ホームページ上で紹介してある物のほかに、レジナルド・ケル氏が書いた「クラリネット・スタッカート」という教本がある。当時、パイパーズという会社から出版されていたが、これも絶版になってしまった。
 パイパーズという会社はかなりたくさんのためになる教本を出版してくれていた。私が持っているだけでも「クラリネットのモダンフィンガリング」「先生と生徒の為のクラリネット入門」「クラリネットスタッカート」。残念な事に全て絶版。
 ケルの「クラリネットスタッカート」は原版で6千円以上する。私のは翻訳版なので当時900円そこそこだったように思う。パソコンの置いてある部屋と練習室は別棟なので、確認しに行くのも面倒なのでこんな書き方になったが・・・。
 そう思うと、楽譜や教本は買えるときに買っておいたほうが良い。これは、一つの財産だと思う。練習して身につけることが肝腎だが・・・。
 明日は久しぶりのレッスン。今日はレッスンに向け夕方4時半から10時まで休憩を少し挟んだ程度で吹きまくった。このところ毎日2時間近く練習しているので、長時間吹くことも苦痛にならない。

 2月2日(水)
 空手仲間のA先生と久しぶりに呑んできた。いつもの居酒屋で。私が空手道場の支部を任されて支部長として子供達に教え、A先生は副支部長として支えてくれた。私が体調を崩して昨年の8月いっぱいで支部を館長先生にお返しするまでの7年間私と共に支部の繁栄に尽力くださった。
 支部をやっていた頃は、「定例会」と称して月に一度反省会をかねて話し合っていた。支部がなくなっても兄弟弟子の間柄なので弟子同士の親睦を深める為、「楽遊会」を設立して現在まで数回会を持った。ただ飲んで話すだけ。他の門下生が参加してくれないのが寂しいところだ。もっと広めて、道場の組織作りに貢献したいところだ。

 1月30日(日)

 親戚の結婚式に具合の悪い親父の名代とし出席してきました。私にとっては従兄弟の子で、よく知らないのと親戚筋としても遠くなってしまうので、知っているのは伯父伯母くらいでした。朝早くに出かけて、親族紹介、集合写真、チャペルにて式、披露宴。式の時、外国人の司祭が英語で話し始まったのには驚きました。 最後まで英語ならわけの分からないと思いきや、片言の日本語で話すものだから、余計に頭がこんがらかって、最終的には周囲の人に合わせて拍手をするやら賛美歌を歌うやら。 こういう結婚式は私には合わないと思いました。息子や娘がこのような結婚式を望むのは、時代として仕方がないと思いますが、新郎側、新婦側の家風によって様々な問題を抱えているような気がします。私は、伯父伯母を車に同乗させ私の母と計6人で行ったのですが、行きも帰りも式に関する不満を聴く事になってしまいました。 あちらを立てればこちらが立たず、両家がうまくいくのと出席した親戚、友人知人全ての人が心からよかったと思う結婚式にするのは難しいと思いました。

 1月23日(日)
 
「題名のない音楽会21'」テノールのプラシド・ドミンゴ氏のお話の中に「だんだん時間が少なくなってきた。来るべき者は来い。という気持ちで音楽をしている。」という一説があった。これは、テノール歌手、指揮者、歌劇場の音楽監督という忙しい中で自分の時間が作れない。じっくりと音楽(氏の場合は歌?)に取り組みたい。と言う事もあるかもしないが、私は年齢的なものを感じた。 まだまだやりたい事はたくさんある。しかし、残された時間は確実に少なくなっていく。それでも目標に向かって歩み続ける。
 武士道の何たるかをご存知のように思えてしまう。
 「武士道とは死ぬ事と見つけたり。」死を覚悟する事。無駄に死ぬのではなく、死を迎えるまでに自分に何が出来るかを考え、1日1日、一分一秒を大切にして一生懸命に生きる。
 この一生懸命は読んで字のごとく一生命がけで生きる。一所懸命は一つの事に命をかける程に物事に打ち込む。一所懸命、一生懸命。全ての事に(仔細な事にも)命がけであたり、それを一生続けていく。そんな人生がおくれたら、我が心に一点の曇りなく、大往生出来るのだろうか。
 これから練習室の掃除、その後練習。掃除は自分の心をきれいにして、物事を始める為の禊(みそぎ)。私の大の苦手は掃除と片付け。武士道云々よりこの辺の修行からやらなくては、絵に書いた餅。

 1月16日(日)
 朝9時半、下の写真にも写っている子供2人をお茶の稽古にK学院高校まで送っていく。10時栃木市文化会館小ホールで少年合唱団の賛助M部との舞台打ち合わせ。11時半再び子供達を迎えにK学院高校へ。12時食事。 午後1時半、いつもお世話になっている○野楽器へフェスティバルの下管の調整がうまくいっていなかったので、再度調整してもらうため向かう。おりしもサックス講習会と管楽器の試奏会が行われている最中で、調整してもらう間その講習会を見学。 最後のカラオケをバックのミニコンサートも聴く事が出来た。その後、何十本も並んでいるクラリネットの中から、B11(俗に言うプラ管)、セルマーのオデッセィ、R13ヴィンテージ、金属プレートつきフェスティバル、CSVマスターを試奏。一番最初にB11を吹いたところ、クランポンから派遣されていた方が驚いていた。 「良い音ですね。どこかで吹いていらっしゃるのですか。」と聴かれました。現在私はどこにも所属していない事を話すと、「もったいないですね。」との事でした。 私はクラリネットの腕よりも性格に問題ありと自覚しているので、「素晴らしい先生方に習ってはいるのですが、不肖の弟子なもので・・・。」とだけこたえた後(もちろん心法を作用させています)、クランポンの材質のお話、先生方のお話を伺ってとても勉強になりました。
 何年か吹いている自分のフェスティバルは日本向けに作られた初期のもので金の文字でFestivalと書かれています。左手小指のエスキィの形状が違います。
 そんなことよりも、本日試奏した全てのクラリネットが軽い響きだったのに驚きました。私の楽器がまだまだなっていないのか、私の腕が未熟なのか、新しい楽器のレスポンスがよすぎるのか、いろいろ考えさせられました。
 午後2時50分、下の子をECCに送っていく。午後3時いつもピアノの伴奏をしていただいているA先生のピアノ教室の発表会に伺う。午後3時50分、ECCに迎えに行く。その後帰宅やっとクラリネットの練習が出来た。
 夕飯まで、ウォームアップとブラームスのソナタ。夕食後ソロコンで吹く曲とウェーバーのグランドデュオ。譜面は吹けるようになっているので、レッスンを受けるのが楽しみなところです。
 
 1月15日(土)
 午前の部。
 午前中雨の中、PTAの奉仕作業。自然環境を学校に導入するなんたらかんたら(横文字の説明でよく分からなかった。)で、校庭に池を作り虫を放す小屋を作り、その周りに安全の為フェンスを張る。
 私達の仕事はフェンス張り。行ってみるとフェンスはコンクリート製の土台を埋め込んで、支柱を立てて、周りにパネルになった網を金具で固定する本格的なもの。土木のプロが1人と後は素人集団。
 まずはコンクリートの土台を埋める為穴を掘る。先生方がライン引き(校庭に線を引くので線の幅が10センチほどある。)で線を引きメジャーではかり2メートル間隔にしるしをする。─┼─┼─こんな具合。十字しるしのところを掘るのだが、線も太いし素人集団だし位置がずれる。水糸を張りセンターを合わせ、水平器(レベル?)で水平を見る。
 微妙に間隔が違う。2メートル10センチだったり、1メートル90センチだったり。いくつかの土台を埋めなおす事になってしまった・・・。
 そんなこんなで午前中土台のセットが終わらなかった。今日中に終わるのだろうか・・・。

 このフェンスの工事をやる連絡があったのが3日前。急な呼び出しにもかかわらず6名ほどのお父様が来ていらした。ありがたいことです。先生も総出で事に当たっておられる。先生方とPTAの繋がりは素晴らしい事だと思います。申し訳なかったのですが、かねてよりの約束があったので、午後は帰らせていただきました。

 午後の部。
 午後は宇都宮の総合文化センター小ホールで行われるノネットパイパースの第20回定期演奏会を聴きに行きました。アンサンブルのレッスンをいっしょに受けていたファゴットのK女史からチケットを頂きました。オーボエのK女史も聴きにいらしていたようです。
 この小ホールは天井が高すぎると思います。箱の中にいるような感覚、音がまとまらないような気がします。。私は大ホールの舞台は載った事がありますが、こちらには載った事がないので、ステージ上でどんな響きに聞こえるのか皆目見当がつきませんでした。それからすると、私のホームグラウンド?の栃木市文化会館小ホールはそれほど悪くはないかなと思ってしまうのでした。 (もちろん良いホールはたくさんありますが、使い慣れたところが一番と言う事です。)
 気になったのは、他の楽器に比べてクラリネットが弱かったことです。自分がクラリネット吹きなのでよけいそう感じるのだと思いますが、音量のバランスではなく、楽器が響いていないのです。響き=大きな音ではありません。小さな音でも会場を包み込む響きが欲しいのです。特にこのアンサンブルは木管五重奏の発展系なので、クラリネットには全体を包む響き、低音を支えるパワー、旋律が出てきた時のソリスティックな要素と様々なことが要求されます。 他の楽器を邪魔しないことがアンサンブルではありません。 自分の存在をアピールしながら、アンサンブルをしなくてはならないと思います。クラリネットの潜在能力を知って書かれている曲が多いので、クラリネット奏者は自己研鑽を積んでクラリネットを出来るだけ使いこなして表現しなくてはいけないと思います。何年か前の演奏ではこんな感じは受けなかったのですが残念です。
 20回と言う事で、真岡女子高の合唱部との共演、20人による水上の音楽の全体合奏と企画的には見るものがありました。指揮者、ミュージック・トレーナーは上記のアンサンブルレッスンをしていただいていたS藤先生でした。

 1月11日(火)
 昨日Tフィルの練習に顔を出してきました。目的は簡単。アマオケで通用する腕があるかどうかを確かめる為です。
 最近のアマチュアオーケストラは進歩が著しいと思います。これは、指揮者、セクションの指導者をきちんと選りすぐっていて、その指導体制の下で音楽を作っているからです。学生オーケストラはもっと顕著に現れています。毎日でも練習できるのですから。
 一般のオーケストラは一般の吹奏楽同様問題を抱えています。自宅での練習が出来ない人がいるのもその一つです。これはとても難しい問題です。特にアパート暮らしの方には切実な問題のようです。
 そしてもう一つ。最大の問題は、弦楽器の音程でしょう。ギターにはフレットと呼ばれる金属の棒状のようなものがあって、その際を押さえるとその音程は確保されます。ところがバイオリンの類にはそれがありません。第1ポジションから第7ポジションまであるようですが、それも感覚の世界できちんと勉強をした人でなくてはそのポジションも曖昧なようで、非常に不安定です。 これを補う為には、アマチュア弦楽器奏者にピアノの演奏とソルフェージュは欠かせないことだと思います。 弦楽器を始める前に、こちらを先に練習して欲しいものです。
 これは、吹奏楽の世界でもいえると思いますが、コンクールに出ているバンドを経験した事のある管楽器奏者なら、音程を合わせることは当たり前の事だと思います。チューナーを見ながら練習している人もいるくらいです。(私はチューナーはある程度の目安で、自分の耳を鍛えることを優先して欲しいですが・・・)
 
 人は私に「あまり自分を安売りしないで欲しい。」と言います。とてもありがたいことです。
 今年1年でマメのクラリネットに対する考え方を見極めたいと思います。今現在どこの楽団にも所属していません。1人で研鑽を積んできて、3回目のリサイタルをする予定でいます。まだまだ未熟ですが、心の修行も積んでいるつもりです。昨日、オケの練習の合間に復帰の話も出ました。「みんなで話し合ってみる。」という答えでしたが、現在は私を知らない人のほうが多いし、団長は私の友人の父なので反対する訳がないし、結局はそのひと個人の意見に左右されるのでしょうね。
 かなり前にもこんな話になった事があります。2回ほど。しかし、どちらも話し合った結果の連絡はきませんでした。「みんなと話してみるから待ってろ。」と・・・。
 今回も同じ結果になる事でしょう。私が懲りないのか、あちらに進歩がないのか。こういった心の機微に関する事も勉強していかなければならないと思います。

 1月7日(金)

 今日は県北まで室内楽を聴きに行ってきました。バイオリンは県北在住の方だったのですが、素晴らしい演奏を聴かしていただきました。曲はベートーベンの「クロイツェルソナタ」。
 前にも何度か書きましたが、管楽器奏者は弦楽器の表現力を研究する必要があると思います。とても勉強になりました。

 1月4日(火)
 遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
 帰ってみると不在の間に裏の掲示板に様々な意見をいただきました。たくさんの方達が見てくださっているのだと改めて思い知らされました。
 このホームページはあまり宣伝をしていません。ヤ○ーにも登録申請していないし、クラリネットのホームページのネットワークといわれるものにも登録申請していません。しかしながら、クラリネットのことを私の考えながらかなりたくさん書いているので、割とたくさんの検索情報のページで出てくるようです。
 
 そこで新年早々ですが、私のホームページ上の書き込みでご迷惑をかけている方々がいらしたら、この場でお詫び申し上げます。
 たくさんの人がいます。このホームページを面白いと思ってくださる方、よくこんな事書いたなとあきれておられる方、などなど・・・。
 どこのページでも上のあたりにも書いてあると思いますが、このページはマメが考えた事を書き綴っています。もし、ページ上でまずいと思ったこと、これをかかれたら困るとお思いになったら、これまで同様直メールをいただけたら幸いです。全ての方達に納得していただく事は難しいと思いますが、不快に思われることは出来るだけ少なくしようと考えておりますので、今後ともご指導ご鞭撻の程宜しくお願いいたします。 


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