平成16年(2004年)の独壇場

12月19日(日)
 開店前からから、福田屋栃木店にエンジの制服の本科の少年達と、棒タイにスラックスの研究科のメンバーが集まって来ました。朝と言う事もあり、時間をかけてのウォーミングアップ。11時のステージではなかなか声が通ってきませんでした。会場も、暖かいのはよかったのですが、乾燥していてのどには最悪。食事後の午後のステージでは、途中で水分を補給するシーンもありました。午後は声も伸びていたようです。
 サンタの衣装は私が着る羽目になってしまいました。

 少年合唱団のクリスマスコンサートが終わり解散。私は急ぎ帰宅すると、芳賀町民会館へ向けて出発。少年合唱団の演奏終了後では聴きに行けないと思っていた栃木県アンサンブルコンテスト一般の部を聴きに行きました。着いたのは3時15分頃。一般の部の2団体目の途中でした。この打楽器アンサンブルは金賞県代表。ここも、聞けたらよかったと思いました。
 その他のグループ(3団体め以降)は全て聴く事ができました。最後の審査員の先生の講評。「素晴らしいグループ、そうでないグループ様々でした。聴いていて、楽しいグループ、疲れてしまうグループこちらも様々。聴いていて楽しいグループは本人も楽しんで演奏している事が伝わってくる。」(マメの聞き覚えです。)
 「管楽器は息で音を出します。息という漢字を思い浮かべて欲しい。自らの心と書きます。自分の気持ちを音にする。これが大切です。そうでなければ伝わってくるものがない。」
 「吹奏楽を吹くようにアンサンブルで吹いてはいけない。会場の響きも考えなくてはいけない。バランスが大切です。」
 上記のような事をおっしゃっていました。メモを取ってきた訳ではないので、私の解釈も入っているとは思いますが、私がいつも思う「音楽を楽しむこと。呼吸を音に変えて人に何かを伝える。」そのことが間違っていない事を確信しました。

 私の仲間も数団体出場していましたが、皆素晴らしい演奏でした。練習量と経験と運。練習では苦しんで、本番では楽しむ。それをうまくつかんだグループが県代表をもらえたのだと思います。一般の部30団体。聴き応えありましたよ。

 12月18日(土)
 最近の私は、クラリネットの音楽しか聴いていないことに気が付きました。良い音楽をする為にはその他の楽器、特にクラリネットを吹く場合は弦楽器の表現力を良く聴いて観察する必要があると思います。それと、歌曲。歌心がないと良い音楽は奏でられないと思います。私は音楽性がまだまだ乏しいので、もっとたくさん音楽を聴く必要を感じています。

 いよいよ明日は栃木少年合唱団の福田屋クリスマスコンサート。久しぶりの依頼演奏と言う事と、クリスマスにちなんだ歌と言う事で、少年達は張り切っている様子。どんな演奏会になるか楽しみです。
 この依頼は過去にこちらからお願いするという形で何回かあったそうです。私は、そのコンサートにはかかわっていなかったので、どのようなコンサートか分かりませんでした。最初、4階特設会場と言う事もあり、奥まった場所で演奏と言う事だったのですが、場所を変更して4階エスカレーター前のスペースで行う手はずです。ここなら、曲が始まれば、エスカレーターの吹き抜け部分から各階まで少年達の声が響き渡り(そうあって欲しいものですが・・・)、他の階のお客さんたちにも聴こえて、集客効果があると考えています。単なるBGMにならないように、もう一ひねり何かがあると良いのですが、なかなか思い浮かびません。誰かサンタとトナカイの着ぐるみで来てくれないでしょうか。サンタがクリスマスプレゼントの代わりに団員募集のチラシをまく。いかがなものでしょうか。

 明日は栃木県のアンコンも開かれます。私は、上記の行事を抱えている為聴きに行けませんが、私の仲間が何組か出場するので、みなさんがんばって楽しんできて欲しいと思います。

 12月10日(金)
 先日の県北の楽団が、19日にクリスマスコンサートをやるので手伝って欲しいと電話がありました。私の携帯番号を知っているはずのない女性パートリーダーからかかってきました。誰が電話をさせたか一目瞭然ですね。頼むのが嫌そうな口調でした。電話でも話の具合から心を読むことは可能です。人は損得ではついて来ません。信のみが人の心をとらえるのです。
 彼女も件の名前短縮の話が出た時に笑っていた人物です。何も分かっていないのですね。
 私がここまでこだわる理由。それは名前だからです。今日の金曜ロードショー「千と千尋〜」でも名前の大切さは問題にされています。
 名前は自分が付けたものではありません。親が思いをこめて付けてくれたものです。それをないがしろにされる事は、親を侮辱されている事にほかなりません。これをほうっておく事は、親を馬鹿にされたのを黙っている事になるのではないでしょうか。
 しかし向こうがこれに気がついてくれる事はまずないでしょう。私もあきらめています。ただ、そういうことをする、それをたしなめる人間がまわりにいないことをかわいそうに思います。私の周りには「お前それは違うだろう。」と言ってくれる仲間がたくさんいます。この差は大きいと思います。
 私が住む栃木県南の栃木市から県北の黒磯市まで片道100キロを越えます。その距離を何回か練習に通って前日リハと当日の2往復も加えると本当に馬鹿みたいに思えてきます。

 12月8日(水)
 掲示板にいらしたアズキ様の「友情とは、何?」を考えてみます。
 「私は友だちをもちたいと思う。ただ問題なのはその数ではなく選択だ。」アブラハム・カウレイ
 友だちは数が問題ではなく、友だちの質が大切と言う事でしょう。
 「全ての人に対して友人であるという事は、誰に対しても友人でない事である。」俚諺
 たくさんの友達を持つことは不可能な事で、最終的には全ての友が去っていく。八方美人と言う事はありえないことです。必ずどこかで破綻をきたして友情は成り立ちません。
 友だちは空気と同じ存在だと思います。必要なのだけれど気に留めなくてもそこにいる。
 「真の幸福をつくるものは、多数の友人ではなくして立派な選ばれた友人達である。」ベン・ジョンソン
 この3つの格言は友人は数ではなく、質の高い友人を選びなさいということを言っています。ほとんどの格言がその人の人生は友人で決まるというような事を言っています。
 私は友達を選びません。「空手と柔術」のページに書いたように、誰とでも仲良く対等の立場で話をしたいのです。しかし、永く付き合うにはやはり選ぶ必要はあると思います。

 私の場合は、先生には恵まれています。必要な時に良い先生に巡り合っています。これは天の采配なのです。そしてこれは誰にでもあることで、私だけが特別に運があるわけではありません。それを捕まえられるかどうかにかかっているのです。
 
 友だちも同じ事でしょう。良い友人がたくさんいる。これも天の采配で自分をより大きな人間にする為にたくさんの友人と共に切磋琢磨をしていく。素晴らしい手本になる友人もいれば、反面教師として最高な友人もいる。友人も違う意味では全て大切な先生です。その友人が前者なのか後者なのか見極めなくてはいけません。そして、本当の友人とは、両方を持ち合わせていることを認識しながらも付き合っていける人ではないでしょうか。
 
 「友情は人間社会における大きな鎖である。そして、文通はその鎖の最も重要な環の一つである。」ジェイムズ・ホーエル
 というように、現在では電子メールと言う事でしょう。掲示板を通してたくさんの人と出会い、来ていただいている方は皆素晴らしい友だちです。

 12月7日(火)
 私の書き込みになっかさんとアズキ様が答えて下さいました。ありがたいことです。
 「文句を言うのなら行かなければ良いのに。」とお思いの方もいらっしゃる事でしょう。私の場合「反省はするけど後悔はしない。」「強引にマイウェイ。」という2つのポリシーを持っています。初めて書きますが、これこそマメの真骨頂。やりたいことをやり、やったことは反省をするが後悔はしない。反省ということは、行ったことを悔やむ事ではなく、それを踏まえてより良い方向に持っていこうとすることだと思います。後悔は悔やむ事。悔やんでいては先に進めません。反省と後悔はまったく別の意味なのです。
 私のことを「すぐに話をはぐらかす。」という人がいます。べつに人を煙に巻いている訳ではありません。私が言った一言に対して聞いた人がどんな反応を示すのか。それに興味があります。大抵私は本音で話しています。それを冗談と取るか、真面目な話と取るか。その人の反応で底が見えてきます。私に対してどのような考えを持っているのかが見えてきます。
 こういうことを書いてしまうと、何と言う人だと思われることでしょう。これを読んだ皆様がどんな反応を示すかも興味のあるところです。文字で全てを伝える事は難しい。しかし、話すと言う事は、人の心が表れます。声の抑揚で感情。目つきの変化で、猜疑心。顔色の変化で怒りや恐れや体調。体全体からの氣も人の心を判断するバロメーターになります。表面は穏やかでも、氣が怒りを表している事もあるのです。
 古流の武術では、顔に現れる体調の変化を読んで、弱い部分を攻めるのが常識です。寝不足でクマが出来ていたり、黄疸が出ていたりと、顔は体の変化を事細かに教えてくれます。
 今回の私の言葉は「人の名前で遊ぶなよ。」でした。これを真面目にとらえたか否かで、私の置かれている状況を知る事が出来ました。私は軽んじられていたのです。マメの事だから、これぐらいは大丈夫だろうと。ところがどっこい、底の浅い人間の集団と言う事を暴露した事も露知らず、今頃は笑ってる事でしょう。

 私が入ったクラリネットは1番2人、2番2人、そして3番私1人(内エキストラ1人)。エスクラ1人、バスクラ無し。その他にも私の記憶が正しければ、トランペット5人?(内エキストラ1人)。アルトサキソフォン3人(内エキストラ1人)。テナーサキソフォン1人。バリトンサキソフォン1人。フルート3人。トロンボーン3人?。ユーフォニアム2人。チューバ1人。パーカッション大勢。ホルン3人。というメンバー。皆様なら、どのパートにエキストラを入れますか。とりあえず各パートに、演奏を引っ張れる人は居ます。

 12月5日(日)
 表の掲示板にも書きましたが、最近の私は県北でエキストラを頼まれるたびに嫌な思いをしています。県南のT吹の場合は、気持ちよく吹けるのですが他の団体の場合はどうもいけないようです。
 今回は団長が私の同期と言う事もあって、その頼みだったので出演しました。ほかにトランペットとサキソフォンにエキストラが入りました。
 やはり私はエキストラに対しての思い入れが多いようです。エキストラは演奏がうまくいくように援助する役目だと思っています。団員を超えても、邪魔をしてもいけないと思います。主役は団員です。エキストラが主役を取るのは間違いだと考えています。
 お客さんに華を持たせるという考えもあると思います。そこでエキストラはどういう立場にあるべきかという話になってきます。お手伝いなのか、お客さんなのか・・・。
 お手伝いをどこまでしていいのか。そのあたりも疑問になります。頼まれればどんな事も仕事と割り切って吹きますが、団員がいて、それなりに吹けるのにそのソロをエキストラが取ってしまうことがある。これはおかしいのではないでしょうか。団員が吹けないような曲はやるべきではないのではないでしょうか。
 足元を見据えた演奏をしていない団体に、将来はないと思います。最終的に、団員不足でエキストラ頼みの演奏会になってしまう事でしょう。なぜなら、団員が一生懸命練習しても、本番前に良く吹けなかったらエキストラに持っていかれてしまう。団員は不信に陥って、「どうせ練習しても吹かせてもらえない。」と考えるようになり、練習もしなくなり楽団に対する不信、ひいてはやめてしまうことになるでしょう。現在その楽団は、人数が最盛期の半分以下になってしまいました。これが物語っています。
 良い演奏を目指すのは当たり前です。しかし、楽団の成長は団員の成長でなくてはなりません。演奏会での失敗が団員を育てていくのだと思います。失敗を怖がる、失敗したらその団にいられない。そんなのはアマチュアとして最低だと思います。

 今回のプログラム(パンフレット)を見たお客さんで私を知っている方は、ステージには乗っているけど演奏メンバーの覧に私の名前がないのに気付いた事でしょう。文化会館主催のコンサートでプログラムは資料として残ります。そのメンバーのページに私の名前がありません。私は頼まれて行ったのです。出してくれと言った訳ではありません。
 このいきさつを話すと、練習に行って、練習後にご飯を食べながら話をした事までさかのぼらなくてはなりません。
 役員がプログラムの校訂の話し合いをしていました。そこで、メンバー紹介に載せる私の名前が長いという話になりました。確かに私の名前は漢字で6文字です。その字数を減らすという話になったのです。その時だけの冗談にしても失礼な話です。団員の中にも、6文字の団員がいます。その団員はその字数のままプログラムに載っていました。私の名前だけ、3文字に減らされていました。私の6文字を半分に減らした。この組み合わせはランダムにすると(120通り)とんでもない数になる。その中から3文字。どんな名前になったかは皆さんのご想像にお任せしますが・・・。まさか本当にするとは思わなかった。人格を疑います。人の名前で遊ぶなと釘を刺しておいたのですが、そんな事は気にも留めなかったようです。
 と言う事で、私はこの演奏会には出ていません。私ではない人が出ていたのです。
 今日の演奏をボイコットする事も出来たのですが(プログラムに載っている名前の人を連れてくればいいと言う事)、3rdクラは私しかいないし、その他の重要なパートのお手伝いも楽譜に書き込まれていたので、大人気ないことはしないでステージにあがりました。
 打ち上げに出てくれと頼まれましたが、頭にきていたので、謝礼もいらないと断わり帰って来ました。打ち上げに出てキレて暴れだしたら、誰にも止められませんよキット。
 
 私のホームページの宣伝もしてきたので、このページも団員は読むことでしょう。失礼な事をして喧嘩を売ったのはむこうです。私はその喧嘩を買いました。頼まれていった人間にこういうことをする。面白い。この先どういう展開になるのか楽しみです。

 11月22日(月)
 裏の掲示板にいらした瑠璃さんの質問にあったスランプについて考えてみます。
 スランプを英語辞典で引くと不振、不調、スランプ(そのまんま)、前かがみの姿勢、ドスンと落ちる、うなだれる・・・。などと出てきます。坂本竜馬が「死ぬ時も前のめりに死にたい。」と言った事は有名ですが、どんな状況においても前に進む。進歩を求める姿勢は大切だと思います。しかしそれは土台となる足元がしっかりしていてのことで、私のような凡人がスランプを脱出する方法は基礎練習を振り返ってみる事ではないでしょうか。
 よく野球の選手がスランプに陥って打てなくなったと聞きます。果たしてそうなのでしょうか。相手の投手の力量が上がっていっているのに、自分の力量がそれに追いついていけないだけではないのでしょうか。みんな練習を積んでいることだと思います。そのやり方によって、進歩の度合いが違ってきて、もしかしたらへたになる練習をしている可能性もあります。そんな時は周りにいる信頼できる先生、仲間のアドバイスを謙虚な姿勢で受け入れたいものです。毎日のようにいっしょに練習していると、音の違いや吹き方、姿勢までわかるようになります。その仲間が言ってくれる一言は、時としてドキッとするような事、的を得た一言です。私はその一言をそのときは聞き逃したりしてしまうのですが、ふと思い出してみると「あぁ、あいつはこのことを言っていたんだな。」と思い返すことばかりです。最近は、吹奏楽団やオーケストラに所属しないで、アンサンブルとソロが活動の中心ですが、身勝手な演奏にならないように心がけたいと思います。身勝手な演奏。傲慢な演奏にならないように、謙虚な姿勢で音楽に接しようと思います
 クラリネットを真剣に考えているから、スランプにもなるのでしょう。自分を見つめて自分自身と戦って打ち勝たなくては、スランプを脱出できないと思います。足元を見据えた練習。基礎練習の見直しが大切だと思います。

 11月15日(日)
 掲示板にも書きましたが、昨日Tフィルの定期演奏会に行ってきました。アマチュアオーケストラでもプロのオーケストラでも音楽を演奏するということは、自分が生きてきた時間が全て、かもし出されるのではないでしょうか。それがそのまま表現されるのではないでしょうか。
 昨日の演奏は、確かにミスは少なかった?かもしれません。しかし、全体を通してみると伝わってくるものがありませんでした。昨日の演奏で、一番よかったパートはホルンでした。私達はこう吹きたいんだという気持ちが出ていたようにも思えました。
 音楽を表現するには、テクニックの前に表現しようとする気迫、そして基礎の充実が大切だと感じました。また、個人の音程の感覚に違いがありすぎるような気がしました。クラリネットは、長い音を吹いているうちに音程が下がってくる。クレッシェンドしていくと音程がぶら下がり、音が開いてくる。これって、何か違う気がします。
 音程のよりどころがないというのも、問題があると思います。誰に合わせて良いのか分からないのでしょう、きっと。
 今回の曲は大曲だったようですが、演奏している人たちは本当に楽しかったのでしょうか。疑問です。私が大好きな曲だけに、悔しくてなりません。自分達の足元を見据えた演奏を心がけて欲しいものです。
 また、曲には聞く人の思い入れもかなりあると思います。私の演奏でも、聴く人の思いを裏切らないように努力して練習していきたいと思います。

 もう一つは、曲の合間の拍手です。5月に書いた事をもう一度書いてみます。
 アマチュアオーケストラの成長=聴衆の成長でも無くてはいけないと思います。交響曲等の楽章の合間に拍手が来てしまう。先日栃木で行われた学生オケの定期演奏会や、宇都宮で行われたウィーンフィルメンバーによる室内楽の演奏会でも、クラリネット五重奏曲の楽章の合間に拍手が来てしまいました。とてつもなく素晴らしい演奏には、曲中でも拍手が来る事はありますが、(ジャズのソロの場合に限るような気がします・・・)クラシックでは、あまり聞いたことがありません。栃木だけで起きる現象でしょうか。
 演歌の場合は、歌いだしの1フレーズが終わったとき、拍手が来ますね。ウーム。

 音楽を楽しむのには、色々な考えがあると思いますし、楽しみ方は人それぞれ自由だと思います。しかし、ある程度のルールというか、モラルという物は存在すると思います。それを踏まえたうえで楽しめたとしたら、演奏者に対しても礼を失しないと思います。

 11月9日(火)
 先日、市の図書館でC.D.を借りてきました。ミッシェル・アリニョン氏のブラームスとモーツアルトのクラリネット五重奏曲が収録されています。アラン・モーリア四重奏団との共演で、録音データによると1988年パリとなっています。アリニョン氏が1948年生まれと言うことで、40歳のころの録音と言うことになります。若々しく明るい響きです。 他には、ポール・メイエ氏のやはりモーツアルト、ブゾーニ、コープラントのクラリネット協奏曲。リチャード・ストルツマン氏のモーツアルトのクラリネット協奏曲と五重奏曲。計3枚のC.D.を借りてきました。今回フレンチタイプのクラネットばかりでしたが、市の図書館もなかなかやるなと思いました。
 また、裏の掲示板にも書き込みましたが、育てているリードのうち厚いと思えるリードをほんの少し削ってみました。今日、吹いてみたところ、2枚ほどはよい響きになりましたが、残りの10枚はまだまだ厚い感じで、ならすのに息がかなり必要です。何日かして、乾燥したらまた削ってみることにします。育てるのと同じで、一度に削ると薄くなりすぎることになるので、注意しながら削ることにします。

 11月3日(水)

 前回の書き込みをもう少し掘り下げてみたいと思います。
 栃木市の合唱祭に出演した団体が13ありました。そのうち、少年合唱団、少女合唱団を引くと残り11団体が一般の女声、男声、混声のグループです。60人以上のグループもあり、合唱に対する情熱は凄いと思いました。そのお母様、お父様、おじい様、おばあ様に、自分の子供や孫達にも、自分が好きな合唱を勧めて欲しいものです。そうすれば、少年合唱団、少女合唱団の低迷期は脱していけるでしょう。
 本当に栃木は、スポーツに力を入れています。「市民1人1スポーツ」というスローガンの下、各種競技の大会は盛んです。スポーツが得意な子は、スポーツの練習の後では疲れてしまって来れないのが現状です。少年合唱団も、土曜の午後はスポーツクラブの練習があって来られない子が多いので、土曜の夜の練習に変えました。ところが、その子たちも今はもう続いていません。学年が上になるに従い、レギュラーになってしまい、練習がより厳しくなるからです。そうなると、スポーツと勉強の両立も難しくなってくる。合唱は他の人に任せて・・・。となってしまうのではないでしょうか。と言う事で、スポーツをしていない、歌が好きな子供達。父母の方達が夜の練習に送り迎えできるという条件を満たしている子を集める事になり、より難しくなっています。
 昼間なら、1人での行き帰りも、さほど心配ないでしょう。ところが夜は危ないです。危機管理の面からすると、親御さんがついてくれないと、心配です。小さいお子さんの場合は、練習中も見学してあげて欲しいところです。
 あちこちの合唱団にO.B.会があって、母体の合唱団を後援するシステムがあるようです。不景気ですが、古いO.B.はかなりの社会的地位にいる人が多いと思います。そういう方達を巻き込んで、少年合唱団の足元を固めなくてはならないと思います。

 10月31日(日)
 栃木市の合唱祭が栃木市文化会館大ホールで開催されました。栃木少年合唱団は5番目の出場で、「サウンドオブミュージック」から「エーデルワイス」「私のお気に入り」「さよなら、ごきげんよう」「ドレミのうた」の4曲を歌いました。
 人数は少ないものの声も良く伸びていたし、動きを交えた演奏で、最後の「ドレミのうた」では観客の皆さんの手拍子が自然にわいてくるほど。ホールの中の演奏者と聴衆が全て一つになったような気がしました。このまま、栃木県少年少女合唱連盟の合同演奏会に持っていって、来年春の定期演奏会につながれば良いと思っています。
 一つ残念だった事があります。以前のこのページにも書いたと思いますが、聴衆の態度です。確かに、上手なグループや心惹かれる演奏には皆さん集中して聴いておられました。ところが、13グループの中には、聴衆の心をつかむまでに至らないグループもありました。そのときにはおしゃべりをしている方が多く、とても気になりました。少年合唱団の子供達もやはり同じで、他の団体の歌を一生懸命聞いてはいませんでした。自分達が歌を歌っている時に、皆さんが集中して聞いてくれない事は悲しい事です。自分達の演奏が終わって、次のグループの演奏をしっかり聴くことは、礼儀であるし、音楽をする者として当然の事だと思いました。そういう真摯な態度が、歌う姿勢にも現れて皆さんの心をつかむ事が出来るのだと思います。このあたりのことも、子供達に話していかなくてはならない事なのかもしれません。
 道楽さんが、今日の演奏を聴きに来てくださいました。演奏終了後、電車の都合でお帰りになるところたったのですが、時間を頂いて会館二階にある喫茶室でお話をうかがうことが出来ました。とても穏やかな方で、少年合唱団が大好きで、私達の行く末を案じてくださっている。とてもありがたいことです。東京在住の方ですが、今日は特急で来られて、昨日は広島少年合唱団の定期演奏会を聴きに行き、ホームページのリンクでも紹介している「ボーイソプラノの館」の館長様とお話をしてきたとのことでした。凄い方です。「次回にお会いした時は、お互いに好きなお酒を酌み交わしましょう。」と約束をしました。
 また、今日の合唱祭には子供連れの方がたくさん来ていました。その方達の心が少しでも動いて、「少年合唱団は人数が少ない割にはなかなかやるな。」と考えてくれて、お子様達が栃木少年合唱団に入団していただけたら良いと思っています。難しい事だとは思いますが、皆さんの心を動かせるような歌声を目指したいものですね。
 
 巷では、不幸な出来事が数多く起こってます。イラクでの出来事もしかり。私が時事的なことを書くことはホントに稀なのですが、これを護身術の面から考えると、「君子危うきに近寄らず。」となります。そして、もっと大切な事は、自分にとって何が危うい事なのかを的確に判断する能力。勘。が必要なのです。勘といいますが、これはとても大切な事で、気が進まないということは、その時点で既に心が何かを訴えているのです。気が進まない事をやって失敗する。やらなければ良かったと後悔する。そうなる前に、自分の心の動きをよく観察する事です。人間の体内は宇宙です。森羅万象全ての事と同じ事が体内でも起こっているのです。その動きを的確に観察して、危険を察知して、危機を脱していけたら、最高の護身術になると思います。

 10月22日(金)
 私の3回目のリサイタル「仏の顔も三度まで」の構想が出来たので、早速栃木市文化会館の小ホールを押さえてきました。やろうと思ったら、動きは速いです。
 日時は、イベント情報にも載せましたが、2005年6月19日の日曜日。曲目はブラームス作曲クラリネットソナタ第2番変ホ長調とウェーバー作曲グランド デュオ コンツェルタンテを一部でやる予定です。
 二部は前回同様、賛助出演を予定しています。私の息子にも歌を歌わせる予定です。
 三部も毎度おなじみポップスのステージ。こちらの構成はこれから考えます。

 毎年行うのが辛いので、一年半のスパンで行えたらよいかなと考えていました。第一回目が2002年の6月23日。二回目が2003年の11月9日。そして、2005年6月19日とほぼ一年半。
 今回の曲は、昨年予定していながら曲数が多すぎる事で断念したグランドデュオと一回目に師匠から「やるなら一番より二番のほうが良いだろう。」といわれたにもかかわらず、これが最初で最後かもしれないと大好きな一番をやったので、ここで取り上げてみました。
 ドイツベームの特徴がより発揮しやすい曲といえるでしょうか。

 ということで、三度たくさんの方達に助けていただかなくてはならなくなりました。いつもピアノの伴奏をしていただくA先生。録音をしていただくI氏。受付を手伝ってくださるI女史、T女史、クラリネットアンサンブルの皆様。影アナをしていただくアズキ様。賛助をお願いするかたがた。皆様宜しくお願い致します。
 たくさんの人たちに支えてもらって、一つの演奏会が成り立っている。ありがたいことです。

 10月6日(水)
 昨日市ヶ谷でとある会議があり、行ってきました。生憎の雨模様で、大きな傘を持っていっても足元はビショビショになってしまうほど。トレッキングシューズをはいていくべきだったと後悔しました。
 会議は午後6時半集合と言う事で、少し早めに出かけて、銀座の山○楽器店のクラリネットフェアーをのぞいてきました。今回の目玉は、C管を楽しむということと、ジュピターのドイツ管の試奏が出来るということでしょうか。私の目当ては、ジュピターのドイツ式クラリネット。ヤマハの65?と457-2?もあり、3本の吹き比べとなりました。
 ジュピターのドイツ管。思っていたよりずっと良い。内径も見た目的にはヤマハのものとさほど変わらない。音も軽く出るのです。私は、普段使用しているViottoのP+5で吹いたのですが、あの価格で、ドイツトーンが楽しめる。キィの数も少ないのでしょうが、ドイツ式を吹いていない私には何が足らないのかさっぱり分かりません。ヤマハの2本と比べると、どこに何がないかは分かるのですが、それがなんに使うキィかも分からない始末。(大獏)
 私が持っているシュライバーはもっとキィが少ないので、扱い難いったらありゃしない。ヤマハの65?は、右手の親指支えの位置にレゾナンスキィ?がついていて、邪魔。3本のうち一番吹きやすかったのは、457-2?でした。

 続いて、錦糸町にあるザ・クラリネット・ショップにお邪魔して、今回はESM製ドイツタイプのマウスピースを試奏させてもらいました。材質は、全てアクリル樹脂。メタルリング有、無の両方を試させていただきました。全てのマウスピースが全ての音域で柔らかく響き、全てが良いと思いました。その中でも、私的にはティップオープニングが狭く、フェイシングが中庸のW5Aというモデルのリング無がよかったです。
 
 10月2日(土)
 昨日の1日(金)にイベント情報にも書き込んでおいた白川先生のリサイタルに行ってきました。
 4月の木幡先生同様、ヴーリッツァーのリフォームドを使用していました。ドイツ管の響きを堪能してきました。残念だった事は、ピアノとのバランスです。伴奏を通り越して、協奏(競奏)になっているようで、ピアノの音量がクラリネットを越えている部分がありました。
 「天は弐物を与えず。」といいますが、これは嘘ですね。クラリネットにしても、作曲にしても、素晴らしかったです。自作の曲を自分のリサイタルで吹く。いいなぁ。私もやってみたいなぁ。
 特にブラームスの2楽章アパショナートは素晴らしいと思いました。
 もっと驚いた事は、全てのプログラムを暗譜で吹いたことです。難解といわれるレーガーのクラネットソナタ、小品、ブラームスの2番のソナタ。自作の曲でも、覚えるのは大変と思える曲。それを見事に吹いてくれました。凄い。暗譜で吹くのに眼鏡をかけておられる。トレードマークなのでしょうか。
 観客の層が年配の方が多かったのには驚きました。宗教色を感じたのは私だけでしょうか。

 リサイタルの前に、錦糸町にあるザ・クラリネット・ショップで、ESM製のウッドマウスピースを試奏、選定してきました。店長というより、マイスターといったほうがしっくりする店長のお話を伺い、長年B.C.社で経験をつんできた裏づけのあるお話に、なるほどと感じました。ウッドマウスピースは、響きが深くまろやかな音色で、メタルリングのついているほうは、音の輪郭がよりはっきりするような感じでした。私は、ウッド特有の音色がより顕著なメタルリングなしを購入。早速本日のホールリハで吹き心地を試し、良さそうなら、明日の本番でも使用するつもりです。
 世間は狭い。選定を終え、楽譜のコーナーを除いていたら、そこに浮雲君登場。大学の後輩君と共にやはりマウスピースを選定しに来たとの事。一緒に行ったアズキ様もびっくり。マウスピースのリポートは、マウスピースとリードのページにも載せる予定です。
 尚、明日の本番については、リンクのページの栃木市民吹奏楽団のホームページでご確認下さい。

 9月22日(水)

 20日に東京クラリネツトアンサンブル(以下TCE)の演奏会に行ってきました。午後1時半開場の演奏会に、午前11時半頃並びました。その甲斐あって一番前。ところが、そこにTCEのメンバーのS川先生が通りかかりお話をしました。私は、大学卒業後幸運にもS川先生にも習う機会に恵まれ、そのときのお話やら、クラリネットのベルに穴を開けておられた話(そのときはエヘヘと笑って教えていただけませんでしたが、今回、何で穴を開けていたかも聞く事ができました。)などをすると、「2時間もここで待っていたのでは疲れるだろう。わざわざ遠いところから来たのだから、中に入ってゲネプロも見たら。勉強になるよ。」とおっしゃって下さいました。という訳で、ありがたく、ゲネプロから聞かせていただきました。
 メンバーは皆さんも知ってのとおり、スーパークラネット奏者ばかり。エスクラのK氏から、コントラアルトのF氏まで、スペシャリストぞろい。座って、音だしして、合わせて、と一曲一回通して、F井先生の「大丈夫だね。」でおしまい。ものすごく速い16分音符も一発で決まる。これこそ、テンポの中に、16分音符がきっちりはまっている証拠。ずれがない。うーーーーーん、なんというアンサンブル。
 そして、チューニングをしない。「黙って座ればぴたりと当たる。」じゃないが、ゲネプロで、舞台に出てきて楽器を組み立て、リードをなめて、つけて。ちょっと音だしして、すぐにあわせ。F井先生曰く「長い事やってると、みんながどんな音程で吹いてくるか分かってくる。癖というのでしょうか。それが分かっているから、チューニングなんか必要ない。」
 うーーーーーーん。究極のアンサンブルではありませんか。
 もちろん。本番も堪能させていただきました。S川先生、本当にありがとうございました。

 9月12日(日)
 9月に入ってもう12日。日にちはあっという間に過ぎてしまいました。
 昨日、今日と息子が入部しているミュージカル部の第21回公演がK学院高校第二音楽室で行われました。
 昨年の9月14日の書き込みでは、中途半端になってしまいましたが、観客動員数延べ1000人以上。高校の部活の公演での入場者数としては、多いほうだと思います。文化祭での入場者数として考えると最高の入場者数のランクに入るのではないでしょうか。
 私は吹奏楽部のO.B.なので、校外での部活動の公演、街の大ホールで行われる高校の部活の演奏会もいろいろ見てきました。人気校の吹奏楽部の演奏会と同様、いや、それ以上の入場者数だと思います。保護者としては、このミュージカル公演を、栃木市の文化会館に持っていけないかと考えています。彼らには、文化会館の大ホールを沸かすだけの力があると思います。プロではないので声量に問題があるため、マイクを通さなくてはならないとは思いますが・・・。
 
 息子も、3年生。最後のステージになってしまいました。今回の演目は「ハーフ ア シックス ペンス」。運良く、主役(アーサー・キップス役)を頂きました(トリプルキャスト6回の公演中3回)。私は、息子が出るステージの全てを見て、息子と仲の良い2年生が出るステージの4分の3ほど見ました。これは、興味がなかったのではなく、私がお世話になっている先生が顧問をしている居合道部の演武会と時間が重なっていたので、そちらにも伺う為でした。学生諸君は、手を抜かない。とても真剣で、見ているものが引き込まれてしまう。最後まで声が出るのか、ステージ上に立っていられるのか、とても心配でした。
 しかし、若いパワーと集中力は凄い。そして迎えた最後のグランドフィナーレでの盛り上がりは、観客も引き込まれてしまうほどで、私も熱い物がこみ上げてきました。演目も私の息子にとてもあっていて(ひらひらして頼りなさそうなところが特に・・・)、3年生最後という私の息子の特徴を考慮に入れていただけたのだと思いました。。
 あれだけの公演を済ませれば、少しぐらいの疲れは仕方ないと思っていましたが、臀部の打撲は見た目よりもひどく、夜間救急病院のドアをくぐる羽目になってしまいました。レントゲンの結果、幸いなことに骨、関節などには異常がなかったものの、湿布と氷で冷やして、これ以上内出血しないようにする事と、明日は安静にして寝ていることを命じられてしまいました。武道を通して受身は教えてあったのですが、まだまだ未熟なので、実際には使えていなかったようです。
 
 この3年間の部活動を通して、私の息子も大きくなってくれました。入部したての頃は、部室のドアが重くて入れなかった(体力的にも、精神的にも)くらいでした。それが、練習していて時間を忘れるほど熱中してくれました。一生懸命物事に打ち込む。その大切さと、それをやるために必要な仲間達との繋がりを、身を持って知る事が出来たと思います。そして、このことは、これからの息子の人生にとって最高の宝になるでしょう。また、これからO.B.となる事でさらに輝きを増していくことでしょう。
 それを教えていただいた、K学院高校ミュージカル部、先生方、仲間達、O.(B.G.)の皆様にこの場でお礼申し上げます。これからも、新しいO.B.の一員として、ご指導のほど、宜しくお願い致します。


 8月30日(月)
 
目のほうは、大分よくなったものの、まだしこりの部分があり、来月もう一度取らなくてはならないようだ。また眼帯のお世話になるのか。暑くなくなったので、ま、我慢も出来るが・・・。空手に復帰は無理のような気がしてきた。
 今日は、15年ぶりに、地元のオーケストラの練習に顔を出してきた。最初は見学のつもりだったが、顔見知りが何人かいたので、楽器を出して、吹かせていただいた。
 昨年、びわ○フィルの練習に参加させていただき、オケでの感触も良いなぁと思っていたところ。久しぶりの地元オケ。私が次代を託して去った時の女性クラリネット奏者が健在で、トップを吹いていた。(クラリネット野郎最後の頃参照)
 なにかが違う。クラリネット2本のバランス。私がいつも言うように、本番を想定した練習をしなかったら何にもならない。練習の為の練習であってはいけない。それを考えると、こじんまりと吹いてしまっては、本番に前列に並ぶエキストラの弦楽器群を飛び越えて、客席に音を届かせるのは到底不可能だろう。
 昨日は某市民吹奏楽団に、東京○響楽団の谷○先生が指導に来るという事で、ホール練習の見学に行ってきた。そこでは、クラネットの音色、音の立ち上げ方、クリアな音で吹いていれば、大きく吹く伴奏も邪魔にならない。存在感のない伴奏のほうが、かえって邪魔になる。伴奏にも、うた心は存在する。メロディーと伴奏が互いに絡み合って、音楽になる。というような説明がされていた。
 強い音、弱い音。メロディー(主旋律)、裏メロ(対旋律)、伴奏と全てが音楽には重要な要素で、どれがかけても音楽にならない。聞こえなくていい音なんて、音楽には存在しないのだ。
 音色に関するページでも書いているが、オケの中のクラリネットの役割。ファーストとセカンドの役割。それがもっと分かってくると良いような気がする。
 私もえらそうな事を書いているが、私が復帰したとしたら、やることはオケの色を感じる事から始めなくてはいけないと思う。15年も離れていて、指揮者も違う。オケの性格が15年前と違うのだ。そこで、どのように吹き、私らしさを発揮できるか。人間関係でギクシャクしてやめたときと同じ人が何人か残っているので、復帰も難しいところだろう。帰りがけに、私とは全く関係ない筋違いのイチャモンをつけられたし・・・。
 音楽以外で、ストレスがたまるようなことは、仕事だけでたくさんだ。私も15年前と違い、かなり鋭くなってきている。言われたら、どこ吹く風と聞き流せるようにもなってきたが、多分倍以上に言い返すことだろう。

 話は戻るが、ファゴットがいなかった。と言う事は、エキストラにプロ奏者が来る事も考えられる。木管群でファゴットが大きいオケはあまり聞いたことがない。私がいた頃は、木管楽器は最高のバランスだった。
 今週末、合宿練習と言っていた。以前、ビールを1ケース差し入れに持っていったが、あまりにも対応が大人気なかったので、即、帰ってきてしまった。音楽をやる前の次元のような気がして、悲しくなった。
 今日は、以前フルート2本、クラリネット2本のアンサンブルを一緒にやったメンバーがいて、かなり救われた。

 8月26日(木)

 
クラリネットの練習をする。中学生がレッスンに来た。グルーサンとスケールをやらせる。どうしても音が安定しない。何故かを考えてみる。
 学校の部活では、腹筋練習をやらないそうだ。クラリネットを吹く上で、腹筋は必要ないと言う人がいる。本当のところはいかがなものだろうか。
 私が高校の頃は、寝転がって足を押えてもらい、上体を起こす腹筋運動が何回出来るかを競った物だ。私の娘は、空手の黒帯(館長先生のお情けでもらったようなものだが)なので、腹筋は結構強い。音も安定して出る。
 以前、あるソプラノ歌手の話をどこかで聴いた。「腹筋の訓練は欠かせません。」と言っていた。声が安定しないそうだ。
 勝手にかかるビブラート、コントロールされたビブラート。どちらが良いかは書くまでもないことだが、コントロールするには腹筋は欠かせないそうだ。声を安定させた上でのビブラート。
 クラリネットにビブラートはいらない。とはいえ、安定したロングトーンを吹くためには一定した息を出せるだけの腹圧が必要だと思う。その腹圧をコントロールするのが腹筋なのではないだろうか。ちなみに、逆上がりが出来ない児童に、しばらく腹筋運動をさせる。自然に、逆上がりが出来るようになると聞いた。鉄棒に体と足をひきつける力が増す為だと思う。
 最近では、内臓脂肪という言葉をよく耳にする。が、内臓筋肉と言う言葉は、聞いた事がないだろう。
 しかしながら、武術の世界では、内臓の筋肉を利用する事がある。この筋肉を使い、相手の打撃を跳ね返す。「内臓で、受ける。内臓で、防御する。」という。このためには、腹筋の訓練と、呼吸法(腹式呼吸、逆腹式呼吸)が重要になってくる。詳しい話は、口伝になっているので控えるが、不随意筋を意識してコントロールするというとんでもない話で、気を使う事でそれを行う。達人は自分の意思で、仮死状態になれるそうだ。まゆつばものだが・・・。仮死状態から戻れなかったときの事を考えると、実験する気にもなれない。(象〜)
 体をコントロールするのは氣。クラリネットをコントロールするのは空気。アンブシュア、マウスピース、リード、楽器とどんな良いものをそろえても、肝心の空気が流れていかなければ、良い音にはならない。これは、時間をかけて訓練していかなければならないと思う。「急いてはことを仕損じる。」けれど、学生時代は3年、ないし4年で一区切り。その間には上手になれるようにしてあげたい。
 もう一つ大切な事。下手になる為の練習は絶対にしないこと。
 正しい指導者がいないと、間違った方向に進んでしまう事が多い。たまに、天才的な子がいて、教えなくても良い音で吹いてしまったりする。そういう子も、「朱に交われば赤くなる。」で、しばらく見ないうちに、下手になる為の練習を続けてしまう。
 巷には、音大卒のクラリネット吹きがあふれている。何故、良い方向に導いてやれないのだろう。自分の母校の後輩達くらい、無料で指導して欲しいものだ。時間がないのかもしれないが、悲しい事だ。

 8月25日(水)
 眼帯も取れ、やっと普段の生活に戻りつつあります。たまった仕事をこなすのに四苦八苦です。  

 表の掲示板に「きよさん」という方が見えました。私のホームページアドレスが、あちらの掲示板にリンクされていて、それをたどってたどり着いて、私があちらの掲示板に先に書き込んだのです。以前では、2ちゃんねるにもリンクされたことや、メールアドレスの乱用などがあったので・・・。  
 訪ねてみると、アマチュアオーケストラでクラリネットを吹いていて、私と同じヤマハのドイツベームを吹いておられるとのこと。
 今後、フレンチから持ち替えたときの苦労話等が、お聞き出来そうで楽しみです。ホームページを立ち上げたのは、私より前なのでしょうか。後ほど相互リンクということで、リンクのページに紹介しますので、請うご期待。気の早い方たちは、掲示板に書かれたアドレスをたどって、訪問されていることでしょうが・・・。
 
 前回の書き込みで、裏の掲示板を閉鎖するかもしれないと書きました。このところ、利用者が少なくなっているので、閉鎖しなくても大丈夫のような気がします。

 クラリネットの練習を久しぶりに再開しました。自己満足の世界かもしれないけど、このところ良い音が出ています。リードとのめぐりあわせも良い。
 先日、私の録音を聴いてみたい方、いらっしゃいますかとお尋ねしたところ、ありがたいことに、1人問い合わせがありました。申し訳なかったのですが、トリオのC.D.+マメのモーツアルト(クラリネット五重奏曲)+リサイタルVol.2の3枚セットでお送りしました。無理やり聞かされるのは、ご迷惑だった事でしょう。ちなみに、リサイタルは、ドイツベームのB管。モーツアルトはR13のA管。トリオはフェスティバルのB管です。それぞれの音色を楽しめて??面白いかもしれません。

 8月21日(土)

 
私のメールアドレスのみならず、裏の掲示板に来ていただいた方達のメールアドレスも流れ出しているようです。表の掲示板では、いままでにそのような状態にはならなかったので、多分大丈夫だと思うのですが、安心してはいられません。せっかく来ていただいている皆様に、不快な思いをさせないため、掲示板を今月いっぱいで閉鎖する事も考えています。
 ネットを利用している以上、様々な弊害があると思います。NHK教育では、ネット上のそういったトラブルに注意する事を促すような、パソコン番組も放映しています。ネットを利用する上での、自己防衛は個人の問題だと思いますが、中学生も訪れているので、そういった幼い方達がトラブルに巻き込まれる原因になりそうなものは取り除いておくべきだと考えています。
 私が、直接ではないが仲介して、そのトラブルに巻き込む形になる可能性、もしかしたら、既に巻き込んでいる可能性もあります。それを未然に防ぐ為、また、これ以上の迷惑メールを抑えるためにも、何か考えていかなければならないと思っています。
 各掲示板にも書き込みましたが、自分のメールアドレスを入力しての書き込みは、くれぐれも注意して下さい。皆さん、宜しくお願いします。

 昨日、左目にできた浮腫を総合病院の眼科で切除してきました。顔の左半分に眼帯があり、丹下佐善も真っ青と言う感じ。そこに、眼鏡をかけるのですが、眼帯が邪魔で鼻にかからず、滑り落ちてしまう。裸眼では0.0いくつなので、眼鏡なしでは身動き取れない。片目では車の運転も出来ない。仕事にもならない。不自由ですね。
 片目がふさがっていると、視野も狭くなる。左から、誰か近づいてきても注意していなければ分からない状態。ここでも、危機管理能力アップの重要性が問われるところでしょうか。
 切除手術は、両目一緒にはやらないですが、もし、両目とも見えなくなってしまったとしたら、私はどうなるのでしょうか。12日に書いたような、座頭市の様にはいかないでしょうね。
 普段住み慣れた自宅でも、目隠しして動き回るのは至難の業です。「目に頼るな。心の眼で見ろ。」と、古流の世界では良く言われます。それを生活に活かせるようになれば、暮らしに活かす護身術になるのでしょうが・・・。

 そう思っていたところに、昨夜の金曜ロードショー。「ホームアローン」。家族旅行に出かけた一家が、8歳の子供を1人シカゴの家においてきてしまう。その家族はパリに・・・。いくら子供が多くても、数え間違えて、家に忘れてくると言う事も信じられないですが、この子供が2人組みの泥棒を撃退する事こそ、ここで言う危機管理そのもののような気がします。泥棒が、間抜けなこそ泥で、凶器も持っていなかったこともありますが、この映画のように自分を守れたら最高ですね。ま、計算どおりに行かないのが現実。「真実は小説より奇なり。」というように、小説や映画以上の事件がおきている今日この頃です。

 8月16日(月)
 
昨日に引き続き、今日もクラリネットの練習をしませんでした。仕事をしている間は、1週間のうち3日吹ければ良いほうなのですが、連休にこれだけ吹かないのも珍しい事です。3人の師匠には、「おまえな〜」と言われそうですが・・・。
 あちこちに出かけてきましたが、自分の録音をかけまくっての運転。ナルシストそのもの。「私って、きれい???。私って上手・・・。」危険な世界。
 
 先日(10日程前)ですが、K学院高校の吹奏楽部が、県のコンクールで金賞をいただきました。今まで、人数が少なく、悲しい思いをしていましたが、生徒諸君は良く頑張ったと思います。コンクール前の合宿でも、O.(B.G.)の指導に耐え、頑張った成果だと思います。
 そして、O.(B.G.)の皆様、お疲れ様でした。皆さんの思いに、生徒諸君が精一杯こたえてくれた結果だと思います。
 私は、仕事の都合で、合宿、コンクール本番ともに顔を出せませんでしたが、素晴らしい結果を聞き感激しました。特に、下積みを続けてきた3年生諸君の感慨は、私の想像を超えることだったでしょう。部活って、良いものですね。

 かく言う私は、8月2日以来、クラネット吹きたくない病に取り付かれてしまっています。お医者様でも、草津の湯でも、と言ったところでしょうか。休みも終わったので、気を取り直して頑張るしかない・・・かな。

 8月15日(日)

 
雨の日曜日。お盆休み最後の日曜と言うのに、生憎の天気になってしまいました。ちょっと涼しすぎて、肌寒い感じです。高原の朝を下界にいながら味わえる。そんな感じです。
 
 表の掲示板にも書きましたが、休みと言う事で、私の中のやる気まで休みになってしまったようです。クラリネットの練習も昨日ほんの少しした程度。出てくる音も変な音だったので、気が滅入ってしまい練習を終了してしまいました。普通だったら、納得のいく音が出るまで、リードを替えたり、ロングトーンを徹底的にやったりするのですが、そういう気も起きませんでした。うーん、問題ありですよ。重症。


 8月12日(木)
 
何と、前回の書き込みから一週間経ってしまいました。その間に、少年合唱団の合宿があり、何とか無事に終了する事が出来ました。少年合唱団の掲示板にも書きましたが、関係者の皆様、ご協力ありがとうございました。後で、合宿の模様をギャラリーにアップしようと思います。

 昨日、あるレンタルビデ屋さんに、「あずみ」というビデオを借りに行ったのですが、流石に休み前と言う事もあって、全て貸し出し中。うーん、凄い人気。DVDも全て貸し出し中。
 今日再び足を運んで、やっと見つけて借りてきました。昨日は昨日で、「座頭市」のDVDを借りてきたのですが・・・。 最近の時代劇は凄いです。特に「座頭市」は逆手斬りで、石の灯篭を切断する。ルパンV世に出てくる十三代目石川五右衛門の斬鉄剣みたい。刀の切れ味がいくらよくても、腕が悪けりゃ刃こぼれして終わりですが・・・。
 栃木県二○町には刀剣博物館があり、そこではコンクリートブロックを切断して刃こぼれしない日本刀があり、実際に切断するシーンを映像で見ることが出来ます。しかし、とても巨大な太刀で、映画のように振り回せる代物ではありません。
 映画のように、マンガのように切断できる刃物と言うのは、男のロマンを掻き立てます。(ちょっと危険なにおい・・・) ナイフや、刀剣に関する雑誌や、通信販売、ネットでの販売でかなりの物が買えます。刃渡りも、長い物があります。(分類的には鉈扱いなのでしょうか?) 使う人のモラル、一般常識を信頼して、販売しているのでしょうが、使い方を間違う人もいて、新聞やニュースをにぎわす事もしばしばです。
 ま、護身術の世界では、鉛筆やボールペン、その他身に着けているものは何でも利用するのが基本です。しかし、習った事のない人には、想像も出来ないような使い方をします。
 ベルトもかなりハイレベルの武器になります。半分お尻を出して歩いている学生では、ベルトを外した時点で、ズボンが下がって、足の自由を奪い、戦いにもならないでしょうね。
 普段から、身支度を整えている事も立派な護身術と言えると思います。

 ちょうど去年の今頃の書き込みで、危機管理について書いていたと思います。この時季には、なぜかそんな気になってしまいます。 

 8月5日(木)
 
プロとアマの違いって何だ。と言う書き込みに、なっかさんがコメントしてくれました。
 音楽を好きでやっている。大好きなクラリネットを吹いているのだから、私は最高の時間を過ごしているのだと思います。
 先日ホテルでの依頼演奏をS先生たちとおこなってきましたが、自分としては、満足のいく演奏ではありませんでした。しかし、アンサンブルとしては、割とうまくいっていたようです。 もちろん、ぶっつけ本番に近いので、アインザッツの乱れなど気になる部分もありました。楽しめたというより、無難に演奏をこなしたと言って良いと思います。 ものすごく私らしくない演奏。もっと思い切りのよい演奏をしたかった。もっと楽しみたかった。これからは、悔いの残らない演奏を心がけたいものです。

 8月4日(水)
 
先日参加した、とあるホテルの募集要項を抜粋して載せておきます。
 
 出演ご希望の団体及び個人の皆様へ鬼怒川温泉
 この夏、鬼怒川温泉〜ホテルでは『〜夏のミュージックフェア』と題しまして周辺地域を中心とした音楽活動グループによる演奏会を行います。〜ホテルへご宿泊いただいたお客様を対象に、夏休みの思い出作りの一環として心に響き残るイベントを行う事を目的としています。

     『〜夏のミュージックフェア』出演募集要項
期日:平成16年7月○日〜8月○日
時間:16:30〜17:00・20:00〜20:30
場所:〜ホテル〜館3階〜広場

 1)『〜夏のミュージックフェア』開催趣旨にご賛同頂いた、グループの中から出演者を選考させて頂きます。(プロ、アマを問いません。)
 2)主催者(〜ホテル)からの、ギャランティー(報酬)及び、その他諸経費等
の支給はございませんが、ご夕食(バイキング)をご用意させていただきます。
 3)当日は、温泉にお入りいただけます。
 4)楽器等運搬用の駐車場をご用意しております。開催時間中の駐車料金は無料です。
・選考についてのご案内
 @ デモテープ、デモVTR等ございましたら、お送り願います。
 A 近日中に演奏等のご予定等ございましたらお知らせ願います。
 B 出演を希望される期日、時間帯をお知らせ下さい。
 C 選考結果を後日お知らせいたします。

注意事項
  ・会場内にはP.A及び照明設備はございませんので予めご了承願います。
  ・カラオケはご遠慮ください。
  ・モラルのある演奏を心がけてください。
  ・当日、会場でのチラシ配布及びCD販売等ご希望の場合は予めご連絡願います。
  ・危険物(刃物、火気類等)を使用する事はご遠慮願います。

 と言うような内容ですが、プロ、アマ問わずと言う事で、報酬なしで出演するプロがいるのかを問いたいところです。
 そして、出演をキャンセルした場合は、ホテル側が損害をこうむる訳なので、キャンセル料を課されるような気もします。
 何を持って、プロ、アマを決めるのか。その辺も曖昧なような気がします。ジャズの世界では、音大を出ていなくても、活躍されている方はたくさんいます。クラシックの分野では、やはり音大卒業と言う資格が大切なのでしょうか。
 私の職業から言うと、建設大臣や、労働大臣の認定書が必要になりますが、音楽を職業にされている方の認定はどのようなものがあるのでしょうか。
 聞いた話によると、諸外国ではプロ、アマと言う境はないようです。音楽を職業にしている全ての人がプロ???。一時にせよ、お金を頂いて演奏をした場合、そのときはプロと思って演奏してもらいたいと思います。謝礼を頂く演奏で、失敗して、「私はアマチュアだから。」という、逃げ道を作らないで欲しいとおもいます。音楽と真剣に向かい合って欲しいです。
 アマチュアはボランティアで(報酬や謝礼なしで)も、良いのでは???。
   
 8月3日(火)

 
8月に入ってしまいました。猛暑を通り越して、酷暑が続いています。
 先日、プロのような依頼演奏をしてきました。鬼怒川のとあるホテルのイベント、サマーミュージックフェアーの参加団体のキャンセルがあって、その穴埋めにオーボエ、クラリネット、ファゴットのトリオで出演しました。
 練習は、鹿沼のE音楽院で当日午後1時音出し。もちろん初見だらけ。2時半まで、合わせの練習。その後、鬼怒川へ移動。午後4時半からと午後8時からの2ステージ。3分ほどの曲を12曲。30分ちょいのステージではあったものの、オーボエは大先生。ファゴットは現役バリバリのプロ。そして私。変な汗をかきました。
 遜色ない演奏はしてきましたが、ものすごい経験をさせていただきました。演奏は、M.D.に録って、C.D.に仕上げましたが、結構良いです。まるでプロみたい。(3人中2人がプロですから、当たり前と言えば当たり前。足を引っ張らずにすんでホッとしています。)
 C.D.を聞いてみたい方、直メール下さい。今なら、マメのリサイタル、マメのモーツアルトもお付けします(笑)。
 そんな奇特な方はいませんよね(大獏)。
 
 
1日の日曜日には、リード5箱(50枚)ほどのテストをしました。試し吹きなので1枚2.3分程度ですが、1時間40分ほどかかりました。流石に、50枚も吹くと、下唇がささくれてしまいました。ざらざらして、違和感がありました。
 もちろん、良さそうなリードはソロの本番用に育てていきます。練習用もかなりありました。練習用から良いものに育ったものから、吹奏楽の本番用を見つけて、ダメリードもまた吹いてみて、なりが変わってよくなりそうなものを練習用にと、なるべく使う方向に持っていくつもりです。もったいないですから。


 7月25日(日)
 裏の掲示板204番の書き込みで、11.1が品薄と言う書き込みをしていたら、アズキ様がK先生の選定品を持っていらして、しかも音だし程度しか吹いていないとのこと。
 早速打診して、昨日の練習でお借りして、今日音だししてみました。現在私が吹いている11.1とは材質が違うようで、Vandorenの金文字が印刷してある物です。私のは、金文字が掘り込んであるタイプで、88シリーズです。アズキ様からお借りした物は、トラディショナルのほうでした。
 11.1はやはり私にあっているらしく(もちろん選定品と言う事でなりが良いこともあるのでしょうが・・・)、良い音出るんですよ、これが。
 面白いことに、88シリーズとトラディショナルではウィンドゥの長さが違うのです。88シリーズのほうが長いウィンドゥでした。スロープの角度が違うという事で、息が入りにくくならないような設計がされているのでしょうか???。
 流行り廃れが有るにしても、11.1が新発売された当時から吹いている私には、本当に残念でなりません。マウスピースを作ってくれるメーカーに頼んで、11.1のティップオープニングとフェイシングを持ち、トラディショナルと88シリーズの中間のスロープを持つオリジナルマウスピースを作ってもらおうかな。
 私が知っているだけでも、今回の11.1、B44。もっと前にはUD、3UD、V360(いずれもバンドレン)という機種が廃盤になりました。使用している人が少なかったのでしょうか。とても残念です。

 7月18日(日)
 弦楽四重奏とモーツアルトのクラリネット五重奏曲を合わせに、鹿沼まで行ってきました。
 皆さん室内楽はかなりやっている方たちなので、初めての合わせでも、とりあえず形にはなりました。今後の課題も、いくつかありますが、何回か合わせていけば、演奏会でやることも可能だと思います。時間はかかると思いますが・・・。
 
 クラリネットと弦楽器って、本当に音が溶け合いますね。低音ではチェロと、中音ではヴィオラと、高音ではヴァイオリンと。素晴らしい一日でした。
 
 モーツアルトだけでは演奏会にならないので、もう一曲予定したいのですが、弦の方達はブラームスの五重奏曲がやりたいようです。今日もモーツアルトの練習が終わった後、楽譜を出して大初見大会となりました。これは一人一人が完璧にできて、掛け合いを楽しめるようにならなければ、到底無理だと思います。吹くのがやっとでは、とても楽しめない。こればっかりはご勘弁・・・。
 私としては、ウェーバーの五重奏曲にもって行きたいところです。
 各々練習して初合わせ。楽譜の版が違うと、練習記号も違ってくる。このあたりを打ち合わせしなければと思いました。モーツアルトは私のものと同じ版でしたが、ブラームスは違う版のようです。次回、私のものも持って行って、比べる必要がありますね。特に練習記号と、アーティキュレーションを・・・。
 練習をMDで録って、C.D.を焼き上げました。30分ほどのものを79分のC.D.に納めるのはもったいないのですが、良い記録になりました。次の目標を立てる上での良い指標になると思います。
 次回の合わせはいつになるのでしょうか。楽しみです。

 7月13日(火)
 表の掲示板に書いたように、T吹の合宿がありました。私は、土曜日の昼間は仕事だったで、夜の飲み会から参加しました。演奏会の打ち上げ等では、車で来る為飲めない人たちも、泊まりと言う事で、心置きなく飲んでいたようです。
 飲んで話すと、本音が聞けます。普段と違う一面が見られて、より硬い団結力が出来上がったことでしょう。
 その人の良い面ばかりではなく、変な面も見えた方がいました。個人所有の楽器を、団経由で借りている人がいます。借り物の楽器には、自分の楽器以上に気を使うのが当たり前だと思います。その人は、楽器をぶつけてへこましたり、「なりが悪くなったから団でメンテナンスして欲しい。」と言ったり、挙句の果てに、合宿2日目に帰るとき、練習場においていってしまったのです。誰も、「明日この楽器お願いします。」と頼まれた人は居ないようでした。しかも、社会人として仕事をしている人が、こんなことで良いのでしょうか。信用がなくちゃ仕事も来ないですよね。私だったら、絶対に頼まないです。
 楽器は、団でメンテナンスをして持ち主に返すようです。

 そんなこんながあって、合宿から帰ってきました。  以下の書き込みは、ノートパソコンで作っています。ノートのキィボードは小さくて、使い勝手が少し違います。書き込み速度が今のところ遅いです。特にテンキィがないのが、不便です。外付けのテンキィをつける必要までは感じませんが、もっと慣れるまで、まだまだ不自由さを感じることでしょう。
 アンサンブルの練習日。先日本番を終えたばかりで、次の目標がないのと、全員がT吹のエキストラで参加することになり、その曲数が半端じゃないので、その練習をすることになりました。個人練習と曲のカットなどの説明を受けました。全曲カットして、もっと簡単な曲にしてほしいところです。  これまでクラリネットのタルとベルについては考えてみました。管内部にまで考えを進めてみたいと思います。  内径の細い順に大まかに書いてみると、ドイツ管、フランス管、オーストリー管のようです。もちろん、メーカーや、機種によってある程度違うので、すべてがそうだとは言い切れません。フランス管でもR13は細いし、ジャズの世界で有名な、セルマーのセンタードトーンは、太いようです。以前イギリスのブージーで製造されていた1010もウィーンタイプのように太いと聞きました。そのように、内径の違いによっても、吹き心地や音色に違いが出てくるようです。

 7月4日(日)
 クラリネットを吹くことに必要な事。類稀なる好奇心と探究心。疑問があったら、とことん追求してみる。理想の演奏を聴く。同じ人間が演奏している事、出来ないはずが無い。個性は残るにしても・・・。
 私には出来ない、無理、なんて思った時点でおしまい。なせばなる。人に出来る事は、自分にも出来る。時間が必要なだけ。それには、忍耐と根性が必要。
 人が私のことをどのように考えているか分からないが、きっとその点が他の人と違うかもしれない。「変わっているね。」といわれる。変わっているからこそ、出来る事がある。最近とみにそう思う。
 
 時間を無駄に使わない事。考えて、考え抜いた練習をすること。練習の為の練習になっていないか考える。常に進歩していたい。坂本竜馬じゃないけど、「前のめりに死にたい。」
 死を考えたら、何も出来ないのか。逆だ。死ぬ気になれば何でも出来る。過去の独壇場にも書いたと思うが、「武士道は、死ぬ事と見つけたり。」だ。
 私の人生もかくありたい。その一瞬、一瞬を大切にしていきたい。

 クラリネット五重奏を吹いてみたいがために、U氏に先日の鹿沼のアマチュアオーケストラの演奏会でコンサートマスターをしていた方を紹介していただいた。
 その方は、何と私の息子が副部長を務めるミュージカル部に娘さんが所属しているとのこと。何と世間は狭い事。どこでどうつながっているか本当に分からない。そのときそのときの人との出会いを、大切にしていかなければならない、と実感した。
 ということで、話が進んで、18日(日)に、モーツアルトのクラリネット五重奏曲を合わせる話になった。今のところ、ウェーバーしか練習していないので、あと2週間、モーツアルトに集中しなくては・・・。
 私のクラリネット演奏会も、来年の6月を予定してたのが、早まる可能性も出てきた。心配、不安よりも、演奏できる事が嬉しい。この辺が人と違うところ。そして、運。こうなるべくして、こうなったという偶然の中の必然。私は、クラリネット五重奏を吹くべき時に、現在いるということ。天がそうしていると思わざるを得ない展開。頑張るしかない。

6月29日(火)
 合唱団の入団式。
 先日、栃木少年合唱団の第43期生入団式が栃木サンプラザチャペルでしめやかに?執り行われました。
 入団許可証を手に、エンジ色のベレー帽を頭に載せてもらった子供達からは、「一生懸命ガンバルゾ。」という、気迫が感じられ、頼もしく思いました。
 その新入団員を迎え入れた、在団生達も、「先輩として、頑張らねば。」という新たな決意と、「これからは、一緒に頑張ろう。」という、仲間意識と団結力がより活性化されたことでしょう。
 卒団生が抜けて10人になり、退団した子供が3人いて、+5人で12名。もう一人見学に来てくれる予定なので、是非その子にも入団して欲しいところです。

 アンサンブルの依頼演奏会。
 裏の掲示板にも書きましたが、かなりデッドな響きの会場でした。昨年のアンコンのときは、会場の下見までして臨んだのですが、今回はそこまで気がまわりませんでした。音色がキンキンして聞こえていましたが、結果的にはいつもとそれほど変わらなかったのではないかと思います。皆さん、けっこうあちこちで演奏していますから、すぐに会場にあう吹き方を見つけてしまう。合わせ方は、もちろん人それぞれですが、私の場合は、音がやせないようにする事、ぎりぎりまで音をはって吹くことを心がけたつもりです。アズキ様には、私の音にしては、ベタベタした音に聞こえたそうです。軽やかに吹いてしまうと、あの会場では失速してしまうので・・・。ちからわざと言ったところです。
 色々な汗をかきました。汗、冷や汗、脂汗、ア〜暑かった。

 6月24日(木)
 ウェーバーのクラリネット五重奏曲第一楽章。まず思うことは、強弱が凄い。流石はオペラの作曲家。劇的なシーンが続く。ドルチェなんかも出てきたりして、私の実力で吹けるようになるのだろうか・・・。次に思うこと。メロディーの途中に出てくる、8分休符、16分休符。これがあるかないかで、また音楽の緊張感が違ってくる。この休符を、表現できないと、のんべんだらりとした音楽になってしまう。演奏会は来年の予定だから、「まだ良い。」と言っていては、すぐ来てしまう。難しさを確認してる段階。
 昨年の2回目のリサイタルで、ウェーバーの「グランド・デュオ・コンツェルタンテ」も候補に挙がっていたのです。とても、吹ける気がしなかった。次回、弦楽合奏が見つからなかったら、青木先生と、「グランド〜」に挑戦しよう考えています。どちらにしても、ウェーバー。だからと言って、今までに演奏した曲が簡単だといっているのではありません。吹ききれてはいません。しかし、これからも挑戦しつづけたいと思います。

 6月3日に来た、中学生が来ました。もちろん、ロングトーンだけ。リードの先端が欠けていたのと、パッチがはがれかけていたので、両方とも替えてあげて、使いかけのリードをジプロックのビニール袋に入れていたので、通気性がよくないと思い、私の使っていない、6枚入る簡易リードケースをあげました。
 部活での練習は、ロングトーンと和音の練習と言っていたけど、楽器の支えもうまくいかないし(右手親指の力が無く、上の歯にマウスピースがあたっていない状態=楽器が口から逃げる状態。)、怒鳴っている状態。
 「普通に話すように吹いてごらん。あなたは、ワッと脅かしてるような話し方だよ。」
 と、言うと、息の出し方に注意するようになり、少しは怒鳴らない状態になりました。
 一緒に吹くと、半音近く下がっていた音が、だいぶまともになりました。飽きずに続けて欲しいものです。
 
 アンサンブルの本番の曲の練習もしました。なんだかんだ、3時間近く練習してしまった。まだまだ足りない。

 6月22日(火)

 土曜日に、三つの小学校のPTA役員の交流会、懇親会が開かれました。掲示板にも書いたように、交流会での司会。懇親会の設営及び幹事。と忙しい日々を送ってきました。私の仕事が、現場仕事と言う事もあり、梅雨の晴れ間に集中してやらねばならないので、かなり忙しかったところへこの行事と言う事で、もうへとへとです。
 懇親会での食事と飲み物の充実度は、値段の割りに稀に見るものだったと思います。また、当日6時からの設営にもかかわらず、4時15分の段階で、2人のドタキャンも了承していただいた、会場のG中華料理店にこの場でお礼を申し上げます。

 6月16日(水)
 今日は本部道場の昇段審査でした。私の生徒の1人も受けました。めでたく合格して、初段=黒帯をいただきました。9月以来の黒帯の誕生で、支部道場も黒帯だらけになってきました。人数が増えないのが玉に瑕(きず)ですが、より深い稽古が出来るので、私にとってはありがたいのです。

 6月13日(日)

 先週の日曜日、鹿沼市にあるアマチュアオーケストラの演奏会に行ってきました。会場は、鹿沼市民文化センター小ホール。
 オーケストラが小ホールで?とお思いの方もいらっしゃるでしょう。人数が少ないのです。昨今、どこの市民オケでも、大ホールのステージに溢れるほどの団員はいないのが現状でしょう。
 このオケは、自分達で何が出来るかわかっているオーケストラです。音楽をやるのに、背伸びする必要は全くありません。自分達が出来ることを精一杯やっていけばよいと思います。エキストラは、入っていたと思いますが、最低限必要な人数だったのでしょう。金管は特にそう思いました。一般のメンバーでロータリートランペットを持っている人は少ないとおもいます。今回の2人のトランペット奏者は、2人ともロータリートランペットに見えました。私の目の錯覚で無ければ・・・。
 木管に関しては、ファゴットとクラリネットがエキストラのようでした。木管では、フルートしか団員がいないのでしょうか。オーボエは私も良く知っている方だったので、安心して聞けました。ほかはどうなんだと突っ込まないで下さい。来年の演奏会に自分で足を運んで、聞いてあげて下さい。
 弦に関しては、私は良く分からないのですが、序曲、協奏曲、交響曲の3曲で、3人のコンマスがいたということだけ書いておきます。正コンマスが、指揮者急病の為、急遽棒を振ったことで、その他のメンバーがコンマスを譲り合ったということなのでしょう。俄仕立ての指揮者と言う事で、オケと息が合わなかった部分もちらほらありました。特に運命の冒頭は、3発なのに4発聞こえてきました。
 協奏曲は、20週年記念と言う事で、現在プロの元団員が、メンコンを弾いたのですが、これも、ソリストとオケがしっくり行かなくて、もったいないと思いました。
 
 このことは、私が書き込むまでも無く、団員諸兄が肌で感じていることだと思います。前日まで作り上げてきたものが、音を立てて崩れていく。このことから、音楽を演奏していく上で、指揮者の存在はかなり大きいと感じました。皆様の心中お察し致します。
 
 アンサンブルは指揮者がいません。少人数なので、全員の都合の良い日に練習すればよいのです。ソロはもっと簡単です。自分ひとりの練習で済み、ピアニストと連絡を取って合わせを繰り返せばいいのです。
 私の次回の演奏会は、弦楽四重奏との共演を予定しています。アマチュアの弦楽合奏団が見つかったので、これからコンタクトをとり、一緒に練習を積んで行きたいと思っています。
 常に一生懸命音楽に取り組んで行こうと思います。

 6月6日(日)
 という訳で、午前中私の息子の竜人の発声練習に付き合いました。朝は、体の状態が良くないので、どうしても息が出ません。小さな声から、クレッシェンドしていって、がなる寸前で声を飛ばすように終わります。クラリネットで言う、無音状態から、リードを息で反応させ、クレッシェンドして行って、音が開く寸前で飛ばすのと同じ訓練法です。無理なく響いた声か、無理した発音かは、音の立ち上がりが微妙に違うので分かります。空気が自然に音を出す。そんな感覚。ささやき声でも、響くささやき声。ピアニシモでも、ホールの隅まで響く音。家の子の場合、音は取れるようです。車に乗るとき、私のリサイタルのC.D.をいつもかけているのですが、その中の、プーランクのソナタの難しい節回しをソルフェージュして歌っています。「パパは、このC.D.かけないと運転できないんだよね。」とよく言われます。
 もう一つ気がついたこと。それは、発音と口を開くのが同時だという事です。発声練習は、「ナ」とか「ア」で行いました。口を開くのと発音が同時なので、「ンナー」「ンアー」と聞こえるのです。「口を「ア」の口にしてから、声を出してごらん。」と教えると、はっきりとした「ア」や「ナ」の発音になりました。クラリネットでも、アンブシュアは、息を出す前に整えておきます。両者が一緒だと、音の立ち上がりが不安定になります。「イ」の発音は、歯を合わせないでと私は習いました。歯を重ねて「イ」と発音するときつい響きになります。舌先が見えるぐらい開けて発音すると柔らかい「イ」の発音になります。濁音もそうです。発音の仕方で、汚い濁音になったり、きれいな濁音になったりします。
 音という物を考えてみると、ほとんどが振動で、発音されています。息で、声帯を震わせる。息で、リードを震わせる。息で、唇を震わせる。弦をこすって震わせる。物を叩いて、振動させる。ひっかいて振動させる。
 それらを無理なく振動させることを習うのだと思います。子供達の場合、自然に出来ている子もいます。その子は、「上手だね。」となるのでしょうが、合唱団に来ている子全てが、「上手だね。」にならなかったら、何の為に週一回来ているのか分かりません。そう言われるような合唱団にしていけたら良いなと思います。

 一番重要なことを忘れていました。子供達がその歌を楽しく歌っているかどうかです。自分達が楽しく歌えない曲では、練習にも身が入らないだろうし、聞くほうも辛い。難しい歌を、「この歌は良い曲なんだよ。」と説明して歌わせるのと、「この歌、歌うのがとても嬉しい。」というのとは全く違うでしょう。クラリネットや、吹奏楽でもそうです。好きな曲には思いいれが出来て、良い音楽に仕上がって行きます。先日の講習会でも、先生が難しい曲を持ってきた中学生に「この曲吹いて、楽しいですか?」と尋ねておられました。
 うちの子は「ドレミの歌」は、大好き。と言っています。好きな歌を、上手に歌うために練習する。「お兄ちゃんのように、上手に歌いたい。」と言っています。弟は、弟なりに目標を見つけたようです。「今歌っていて、気持ち良いけど、お兄ちゃんのように歌えたら、もっと気持ち良い。」という思い。これが、練習意欲につながっていくのだと思います。
 栃木少年合唱団は、少人数です。少数精鋭。誰もが、「あんなふうに歌いたい。」と思う合唱団に・・・。
 
 これを読んだ合唱団のO.B.諸兄。次回の練習に来て、子供達がどんなことをやっているか見て欲しいものです。合宿も有ります。差し入れ宜しくお願いします。

 今日は長いな。

 「ボーイソプラノの館」の「貴賓室」に栃木少年合唱団の定期演奏会評が載っています。HN道楽様の書き込みです。おっしゃるとおりです。私のホームページへの書き込みで「きびしい部分もあるでしょうが・・・。」と、書いて下さいましたが、事実をしっかり受け止めなければ、次の進歩はありません。今回の、良くない部分に目を瞑っていては、次の演奏会が良くなるはずはありません。「4月の独壇場」4月20日の書き込みで、私が書いた事を読み返していただきたいです。これから、保護者会の話し合いが増えると思います。大変ですが、子供達が持っている小さな光を消さないように、それをより大きく輝かせる為に、ご協力をよろしくお願い致します。

 6月5日(土)
 栃木県少年少女合唱連盟の総会に参加してまいりました。加盟団体数が年々減っていくので、大変な苦労をしておられるようです。
 ここにも少子化の影響は、現れているようです。それでも栃木県内で15団体はあるでしょうか。その団体が存続していくのが困難になるのは目に見えています。大きな団体に、吸収されてしまいそうです。
 加盟団体10のうち、2つが栃木市にあります。少年と、少女が別な団体なのでそうなるのですが、来年度の県合唱連盟の合同演奏会の主管は栃木だそうです。少女合唱団には、娘がお世話になっているし、少年合唱団のほうは副団長兼事務局だし、もっと忙しくなりそうです。

 総会から帰って、遅くなったのですが、練習を見に行きました。曲は、サウンドオブミュージックより「一人ぼっちの羊飼い」を練習していました。この曲、まずカタカナの発音になじまなくてはなりません。次にリズム。そして、オクターブの跳躍。下の音から上の音に上がれません。上がったは良いが、下がれない。ちびさん達が歌えるようになるのだろうか。とっても疑問です。クラリネットを吹くときでも、跳躍があるときは、インターバルという、ドレド、ドミド、ドファド、ドソド、ドラド、ドシド、ド↑ド↓ド、と練習します。指使いで、ある程度音程が取れる楽器でも、このような練習は必要です。声には、音程の境がありません。ピアノも習っていない子供達が、オクターブをきちんと取ることは、不可能に近いでしょう。
 次に、発音法です。クラリネットの場合、息でリードを震わせて音を出します。最初に練習するのは、リードを無理なく震わせる事です。歌の場合は、息で声帯を無理なく震わせる方法だと思います。これが、まず大切な事ではないのでしょうか。呼吸法、息の流れが声帯を震わせて、声になる。呼吸法を練習しました。声を出してください。頭のてっぺんに響かせるように。と私は習いましたが、その間で、どの位の息を出せば、声帯が反応して、声になるのか、確認させられました。
 大きな声、怒鳴り声、響く声、全て別の物だと思います。空気を無駄なく使って、声帯を震わし、上体に響かせ、頭のてっんを通して、ホールの隅まで響かせる。クラリネットの場合は、空気で無駄なくリードを振動させて、その振動を楽器に伝えて、会場の隅まで届かせる。人間の体をひとつの楽器と考えると、おのずと答えは見えてくると思います。

 6月3日(木)
 裏の掲示板で、色々な質問を受けていますが、アマチュアの私が答えるには無理と思えるものがあったりします。その点、沢山の方にフォローしていただいているので助かります。私もクラリネットを演奏する上で、沢山の疑問を抱えています。それを解決する為に、レッスンに通っています。
 演奏会などでは、今まで習い覚えてきた事の集大成と考え臨んでいます。次の演奏会までには、ふたたびレベルアップを図りたい。そう考えています。今現在のレベルを保つ為の練習では、レベルを保てない。うまくなりたいと考えて、練習してちょうど良い。貪欲に練習して、やっとレベルアップする事が出来るのだと思います。
 毎日吹けないけど、何をするべきか考えて練習したい。今日のテーマは、タンギング。最近、訓練不足で遅くなってきた。ギャロップのタッタカタッタカ、タカタ、タカタが間に合っていない。舌の筋肉が衰えてきたのだろうか。飲みすぎてろれつが廻らなくなったようにならないように、舌と指とをシンクロさせる練習。レッスンでは、シンクロモーションスタッカットとして教わったことにしばらく取り組もうと思います。

 中学1年生で、クラリネットを持って約2週間の子が習いに来ました。娘を教えるついでに、見てあげたのですが、普段は、吹奏楽部で吹いているそうです。先輩に習う。講習会に行く。ところが学校の先輩もクラリネットを吹き始めて、1年か2年。自分が出来ていない事を教えたりして、習うほうもまねすると「それは違う。」と言われたりして、首をかしげる。講習会も、その日だけで、覚えられない。どうしたら良いのでしょうか。
 クラリネットの音が、どんな音か分からないで吹いているような気がします。わたしの音も、もちろん個性的な音だと思いますが、一応クラリネットの音はしているはずです。初心者が陥りやすい方向に、見事に進んでいると感じました。
 わたしのレッスンでは、1ヶ月間はロングトーンだけです。習いに来る生徒の根性と、やる気を試すためなのですが、1ヶ月間徹底的にロングトーンをすることで、アンブシュアが整い、息がしっかり入るようになって、安定した音で吹けるようになります。私の生徒が何人かいますが、この練習で皆きれいな音色を身につけています。本日誕生日の方も、その1人です。いくつになっても、クラリネットを吹き続けて欲しいものです。

 6月1日(火)

 6月に入りました。五月雨の時期も終わり、本格的な梅雨の到来。うっとおしい季節になりました。リードの管理をきちんとしておかないと、カビが繁殖してしまいます。
 
 今日は、アンサンブルの練習日。依頼演奏の練習をしました。1時間ほどの演奏なので、曲数も多く、ちょっときつい感じです。

5月31日(月)
 ゴールデンウィークで始まった5月も早最終日を迎えてしまった。1ヶ月の過ぎるのが速い事、速い事。
 今月は、少女合唱団の定期演奏会、カザルスホールでのクラリネット演奏、学生オーケストラの定期演奏会、楽器選定会及び講習会への参加、ウィーン少年合唱団の壬生町公演と音楽三昧で、とても良い月でした。久しぶりのアンサンブル練習、アンサンブルのレッスンや、ヤマハの新製品クラリネットの試奏などもありました。
 5月最後の今日は、仕事から帰り、飯を食い、空手の稽古に行き、帰ってきて泡盛を飲んで、と、いつもどおりの生活。
 空手の稽古で、子供達と接していると、新しい発見が必ずあります。私も指導者の端くれですが、子供達から学ぶ事が多々あるのです。大人になって、忘れている事。純粋に好きなものにぶつかっていく。探究心。私は、貪欲に物事を追及している。しかし、子供達は、純粋に物事を吸収していく。間違った教えも、正しい教えも、全て吸収していくのです。教えることの難しさ、怖さを毎日のように実感しています。
 だから、「私も成長しなくてはならない。」と考えてしまいます。これが、間違っていると気付くのにかなりかかりました。「成長しなくてはならない。」のではないのです。「成長させてもらっている。」のです。毎日が勉強です。「日々精進。」です。自然に、習い覚えていく。自然(偶然)の中の必然性(意味がある)。それを実感できるようになりたいと思います。そうする事で、充実した毎日が送れます。
 クラリネットの練習もそうです。毎日吹けない人も中にはいらっしゃるでしょう。たまにしか吹けない。その時間を充実させたいと思うと、練習内容を考えて、検討することでしょう。無駄を省き、実り多い練習にしたいと考えるはずです。
 毎日吹けないことで、より多くのことを考え、学び、自分の中に蓄えていけることでしょう。

 5月28日(金)
 私の嫁さんと子供達がウィーン少年合唱団の壬生町公演を聴きに行ってきましたウィーン少年合唱団ですから、もちろん素晴らしい歌声を聞かせてくれたそうです。
 ところが、アンコールもそこそこ、客席の電気もつかないうちから、帰る客が続出したとのこと。私の嫁さん曰く、「次の曲を歌うために、袖で並んで待機していたのに(カーテンコールに答える為、出る準備をしていたのでしょう。)客が帰り始めたので、明かりがついてしまった。」と。
 家路を急ぐのも分かりますが、せっかくの歌声。ゆったりと聴く事が出来ないのは、日本人の欠点でしょうね。何もかも忘れて、天子の歌声に聴き入る。そうありたいものです。
 地元の少年少女合唱団の賛助出演もあり、純粋にウィーン少年合唱団だけを聴きたい人が集まったわけではないので、そのような現象が起きてしまったのでしょうが・・・。
 
 アマチュアのオーケストラでも同じことが言えます。アマチュアオーケストラの成長=聴衆の成長でも無くてはいけないと思います。交響曲等の楽章の合間に拍手が来てしまう。先日栃木で行われた学生オケの定期演奏会や、宇都宮で行われたウィーンフィルメンバーによる室内楽の演奏会でも、クラリネット五重奏曲の楽章の合間に拍手が来てしまいました。とてつもなく素晴らしい演奏には、曲中でも拍手が来る事はありますが、(ジャズのソロの場合に限るような気がします・・・)クラシックでは、あまり聞いたことがありません。栃木だけで起きる現象でしょうか。
 演歌の場合は、歌いだしの1フレーズが終わったとき、拍手が来ますね。ウーム。

 音楽を楽しむのには、色々な考えがあると思いますし、楽しみ方は人それぞれ自由だと思います。しかし、ある程度のルールというか、モラルという物は存在すると思います。それを踏まえたうえで楽しめたとしたら、演奏者に対しても礼を失しないと思います。

 5月23日(日)
 O野楽器のクラリネット選定会に行ってまいりました。クランポンから担当者も派遣されていて、選定者は読響のS戸先生です。
 ○吹で一緒に吹いていた方と午前中から行きました。その方はR13を選定してもらいました。15日に私が試奏した物以外にメーカーから何本か届いていて、そちらの中の1本が良かったようです。私は、隣の部屋でお目当ての「トスカ」を試奏させてもらっていたので、その選定の様子は分かりませんが、15日の4本より良いものがあったのでしょう。その方はとても喜んで帰っていきました。
 その後、同じ○吹の仲間 I氏の娘さんが、吹奏楽部に入ってクラリネットを吹くということで、来ていました。CXを選定して欲しかったようですが、ヤマハは入学後のシーズンで在庫が無く、それより少し値のはる、E13を薦められました。ご両親に私も相談を受けたのですが、「E13でS戸先生の選定なら、間違いなく良いものがあると思うよ。」と言い、選定していただくことに・・・。
 十数本のE13から、その娘さんに合う1本を選定していただきました。
 やはり選定会には、できるだけ早く行ったほうが良いと思います。上記のR13、E13は今日の選定会では、最初の機種。その前に選んだ方は、E11だったようです。だんだん売れていって、午後には十数本あったものが数本になってしまう。初心者用のE11クラスでも、数ある中には響き、音色がとてもよいものがありました。そういうものは本当に少ないので、「早い者勝ち。」になってしまいます。
 午後には、1時間ほどのクリニックも行われ、そのときは沢山の中学生が来ていました。私も、クラリネットを始めたばかりの娘を連れて行って、一緒にお話を聞いてきました。どれもこれも、ためになるお話でした。私が、アンブシュアと音の出し方について相談すると、「親が吹けると、子供も吹けるものと思い、急いでしまうが、じっくりあわてずに教えてあげて下さい。」とおっしゃってくださいました。確かにそのとおりなのです。「何で音でないの。」と言ってしまいます。私の最初を振り返ってみると、音が出なくて挫折したようなものですから(クラリネット小僧参照)。そこえいくと、始めたその日から「ボーッ」と音が出た娘は、私より才能があるのかもしれません。「グルーサン」を使っているので、あわてずにじっくり吹かせようと思いました。

 来ていた中学生のグループが、コンクールの自由曲の吹き方を教えていただいたのですが、中学生でも今は難しい曲をやるのですね。先生は、「この曲吹いていて楽しいですか。」と質問していました。裏の掲示板の例題になりそうな件ですね。クラリネットが嫌いになりそうなパッセージが続く。その後、もう1つのグループが課題曲を習っていましたが、こちらのほうがさっきの自由曲より楽しそうでした。帰り際に私の娘が、「私はブラスバンド部に入部したくない。」と言っていました。どうしましょう。

 さて、問題の「トスカ」の試奏です。今回の「トスカ」は木管です。先日、アリニョン氏がリサイタルで使用していたものはグリーンラインでした。今日のものは木目のハッキリしたグラナディラ製。トスカはグリーンラインのみと聴いたような気がしたので、不思議に思いました。
 吹いてみると物足りない。フェスティバルの吹き心地に慣れてしまっているせいか、トスカの吹き心地についていけなかったのか、私には合わないと思いました。右手小指のド、ファのキィの下に、音程補正用の小さなキィがあって、それが気になってド、ファのキィを押し損ねるのです。慣れてしまえばよいのでしょうが、試奏くらいではそうならないし、フェスティバルが吹けなくなりそうで怖くなり試奏を中断しました。
 指の間隔が割と狭く、小さな手の方には合うのではないでしょうか。私のルブランはそんな間隔です。トスカは繊細な楽器という印象です。くれぐれも私の感覚なので、皆さんすべてにそうだとは言いません。

 5月18日(火)

 忘れていました。先日O野楽器店で、グロタンのリガチャーを買ったのです。後日にどこかのページに写真をアップしたいと思います。
 特筆すべきポイントは、キャップが皮製と言う事です。ふにゃふにゃしていて、柔らかく、ぶつけるとまずいような気がしますが、ぶつけること自体まずい事なので、ぶつけなければ大丈夫。プラスチックのキャップより、リードの湿り気を逃がさないような気がします。と言う事は、舞台の上での休憩のとき、このキャップをしておくとリードの乾燥を防ぐ事が出来そうです。本番中落としても、カラカラと音を立てて転がる心配もありません。ぼとっと落ちてそのままです。うーん、よく考えられたキャップです。
 それと、同じく試奏した中にグリーンライン(どのようなものかは、クランポンのカタログを見て下さい。)のプレスティージュがありました。普通のグラナディラ(発音これでいいのかな?)よりも、やや重い感じ。音色は普通の物と変わらない感じで、楽器が重い分、暗い響きがするような気がしました。私のフェスティバルと吹き比べての感想ですが、私の楽器はもう6.7年経っているので、比べるのも変かな。普段ほとんど使用していないので、まだピカピカですよ。

 世の中には色々ないじめがあるようです。私は、どちらかというとボーっとしているほうなので、いじめられていてもそう感じないのか、いじめているほうが面白くないようであまりあいませんでした。うちの子供達は、感受性が強いのか、「いじめられた。」といって帰ってきたときもありました。「何でやられたらやり返さないんだ。」という私に、「だってー。」と言い返すだけ。
 「何の為に空手やってるんだ。」これは、身を護る為もありますが、人と仲良くする為。詳しいことは、「護身術のページ」から「空手と柔術」の隠しページに飛んでみて下さい。私が何故武術を修練しているかがわかりますよ。
 
 5月15日(土)
 地元にある、O野楽器店から、ヤマハの新シリーズが入荷したとの知らせを受けて、試奏させてもらいに行きました。イディアル、CSVマスター、SEVマスターの3機種のうち、今回はSEVマスターが一番よい感触でした。「お前は何でも良いのか。」とお叱りを受けそうですが、今日の3本ではSEVマスターが良かったのです。もちろん私の好みなので、全ての人に合うとは言いません。一緒に在庫のR13も何本か試奏させてもらいましたが、社長曰く。「こちらのほうが深い響きがしますね。」
 このR13は全て読響のS戸先生の選定品。違っていて不思議ではないですが・・・。音程の安定はヤマハのほうが良いような気がしました。

 5月13日(木)
 一昨日、久しぶりにアンサンブルの集まりがありました。フランスものの音だしをしました。デュポアとダマーズ???。このところ、サンサーンスやプーランクを吹いてはいましたが、同じフランスものでも違いますね。和音の進行が良く分かりませんでした。次回の依頼演奏会の打ち合わせに行ったのですが、よく知られた曲と言う事で、話は決まらず。次の練習で色々音を出して決めるのでしょうか。
 
 私は普段呼吸が浅いのです。無呼吸症候群のように、呼吸しているかどうか分からないのです。
 そんな時、裏の掲示板になっかさんの書き込みがありました。「リードは厚ければ・・・。」という質問と、薄いリードを使う利点は?という質問です。
 吹く人によって合うリードは、皆違うと思います。使用するマウスピースにも、最適なリードの厚さがあるはずです。
 息でリードを震わせる為に、マウスピース側にリードを近づけるあごの力も、リードを選ぶ要因の一つでしょう。薄く柔らかいリードは近づけるのに力はいりません。開きのひろいマウスピースに厚く硬いリードだと力が要ります。口が痛くなってしまう人は、この力とマウスピースとリードのバランスが悪いせいだといえるでしょう。
 薄いリードを使う利点は、空気とリードの関係を突き詰めて考えられる事です。自転車で言うと、ペダルを踏むパワーが一定してくると、手放し運転も可能だし、バランスしだいで、カーブも曲がれます。アンブシュアというか、口の力に頼る事は、ハンドルにかじりついた運転(悪くすると、ブレーキをかけたまま一生懸命漕いでいる状態)と一緒で、安定した走りが出来ないのです。
 薄いリードでかみすぎると、リードがマウスピースにくっついて、音が出ません。クラリネットを吹く上で必要な空気で音を操るコツと、口に頼らないで吹くコツが一番速く分かる方法だと思います。
 
 裏の掲示板には、皆さんどこからいらっしゃるのでしょうか。私がクラリネットを吹いているのかという質問まで来てしまいます。裏の掲示板だけ、先走りしてしまっているのでしょうか。
 これは、少年合唱団のページにも言えます。既に何人かの方に「頑張って下さい。」等の応援メールをいただきました。ありがたいことです。しかし、当の合唱団がネームに追いつかなくなってしまうのが怖いです。
 先日の練習に、何人かの見学者の方が見えました。入団していただけるとありがたいです。

 5月9日(日)
 大安吉日、クラリネットの部屋に30000人目のお客様がいらっしゃいました。そのお方は何とアズキ様。身内がとったようなもので、粗品の進呈はどうしようかと考え中です。(笑)
 1年半ほどで、延べ30000人の方に来ていただけました。ありがたいことです。これからも、クラリネットを練習し、精進して、クラリネットの部屋に気がついたことをどんどん書き込んで更新していきたいと思っています。皆様、今後ともよろしくお願い致します。

 さて、今日はクラリネットの練習もしたのですが、先日栃木のJスコであった話をします。
 ゴールデンウィーク中と言う事で、店内は人で溢れていました。トイレが、奥まったところにあり、あまり人が通らないのですが、そこのフロアーに高校生くらいの女の子(全員黒いジャージでグループなのか・・・)数人が座り込んでいるのです。トイレへの通路をふさぐように座り込んでいるので、他のお客さんは皆黙ってよけるように通っているのです。
 私は、「あんたら、じゃまだよ。」といい、真ん中を通っていきましたが、トイレから出てきてもふさいでいるので、「ジャマだといってるのがわかんねーのか。てめーら。」と、言葉を荒げて言ったのです。それでも、この親父何言っているんだという感じで、横目で見るだけ。手を出す訳には行かないので、それで終わりにしましたが、そこの壁のコンセントから携帯電話の充電もしていて、これは窃盗罪になると言う事を説くべきだったかと思っています。
 お客だからといって、なんでもして言い訳ではありません。電気は目に見えないものだけど、よその家のものです。どこでも構わず携帯電話の充電が出来ると思ったら大間違いです。もしもあの子達が、食って掛かってきていたら、私もきれていたことでしょう。危ない危ない。

 4月18日にも書きましたが、「ボーイソプラノの館」というホームページがあります。(併設している栃木少年合唱団のページの合唱のリンク参照)そこで、栃木少年合唱団を写真入で紹介していただいています。この館長さんは、実に崇高な考えで、ページを開設されていて、ページを拝見しただけで、その精神は伝わってきます。
 団員を増やす為に、まず何をするべきか。それを考えて、ひとつづつ実行していきたいと思います。

 5月8日(土)
 学生オーケストラの演奏会に行ってきました。学生が演奏する。勉強の合間に練習をして、本番。価値観の問題なので、私は分からないけど、私が学生の頃にやっていたのとは練習量とその質に差があるように感じました。
 高校についても、進学校では練習時間が取れないのが当たり前になってきているようです。その短い時間を、いかに上手に使うかで、レベルアップに差が出来るようです。とはいえ、時間をかけることで解決できる部分もあると思うので、頭と時間の両方を使って、自分自身で研究しなくてはいけないと思います。
 エキストラの問題は、やはりここでも出てきました。3月の書き込みで宇都宮のアマオケに触れました。そこに出演していたメンバーが今日の演奏会にも何人か出ていました。次に行われる、真岡、鹿沼の演奏会にも同じ顔ぶれが並ぶ事でしょう。悪い事とは言いませんが、オリジナリティーを感じないオケとなってしまって、面白みにかけます。
 もう一つは、エキストラが足を引っ張っている部分が感じられました。私は最近エキストラで出演する事がなくなりました。声がかからないのが最大の理由ですが、団員諸兄が一生懸命練習して作ってきたものが、本番直前でがらっと変わってしまうのです。私はそのギャップに耐えられません。沢山練習して、エキストラにプレッシャーをかける様でなくては、自分達の演奏会と言えないのでは・・・。
 明日は、私も練習しよう。
 バイオリン2名、ヴィオラ1名、チェロ1名。私の次の演奏会でウェーバーとモーツアルトのクラリネット五重奏曲を一緒に演奏しませんか。

 5月5日(水) こどもの日
 生憎の雨の中、御茶ノ水の日本大学カザルスホールでプーランクのソナタ第三楽章を吹いてきました。リハ4分、本番5分。私程度の腕では、この短い時間にホールの響きをとらえて演奏する事は不可能でした。ピアノとアンサンブルが出来ませんでした。お互いに良く聞こえなかったのです。猫に小判、豚に真珠、マメにカザルスホール。
 演奏が空中分解しなかったのは、信じられないくらいです。でも、めったに吹けないホールでの演奏を目いっぱい楽しんできました。このあたりは、ピアニストも心得ていて、お互いに楽しめたと思っています。
 その後、管楽器の試奏のブースで、前回ヤマハで試奏出来なかった「イディアル」のA管(しかも、試作品のようで、タルにはイディアルの刻印、上管、下管、ベルにはCSの刻印。CSの刻印なのに、上管は長く、ソ#ド#キィのトーンホールは立ち上げてあるイディアル仕様)を吹かせていただきました。それと、A管のVマスターのCSも吹かせていただきました。A管のCSVマスターは、私的にはとても良い感触でふけました。ヤマハのブースにいた方と私は同年代でいろいろお話をしましたが、クラリネットを吹かれる方だったので、初対面ながら親しくお話させていただきました。
 私にとって色々な経験が出来て、充実した一日でした。やはり私は子供なのでしょうか。

 5月1日(土)
 5月になりました。今日は、栃木少女合唱団の第40回定期演奏会。土曜日の午後とあって、超満員とまでは行きませんでしたが、とりあえず、盛況のうちに幕を閉じる事ができました。来ていただいた、お客様。本当にありがとうございました。これからも、団員、指導者、父母の会、ともに力を合わせて精進していきますので、よりいっそうの、ご指導ご鞭撻をよろしくお願い致します。
 
 先月の少年合唱団の定演。今回の少女合唱団の定演。考える事が多々ありました。それをどのように展開させていくかは、私次第です。アマチュアではありますが、長い音楽活動の結果、今までの経験を活かせることはかなりあると思います。それを一つ一つ実行していって、何とかこの2つの合唱団を盛り立てていきたいと思います。そのためには関係者の皆さんの協力が必要です。関係ない方も巻き込むことになると思います。私の顔がどこまで広いか分かりませんが、全て活用して今後の活動に活かして行きたいと思います。皆さん、よろしくお願い致します。

 4月27日(火)
 栃木少年合唱団について4月18日に、男の子だけの合唱団と書いてみました。よくよく考えてみると、栃木少女合唱団も稀なる存在かもしれないと思います。
 少年少女合唱団という名目で、男の子がいない(または少ない)合唱団は良く見かけます。ところが、純粋に女の子だけしか募集していない合唱団というのは、他にあるのでしょうか。
 このように考えると、栃木市というところは、全国でも稀な合唱団を2つも抱えている町といえます。

 4月25日(日)
 ヤマハの新製品「イディアル」試奏レポート
 空手の講習会で東京に行ったついでに、銀座のヤマハにお邪魔して、「イディアル」のB管を試奏してきました。タルが短くて、ベルにリングが無い。ドイツベームに良く似た形状で、私的にはきょうみを惹かれる物があったのです。
 実際試奏してみると、息が素直に音になっていくような気がしました。アマチュアの分際で生意気と思われるかもしれませんが、本当に良い楽器です。48万円とお値段も良い楽器です。
 ただし、クランポン党の人たちには、音に深みがないと思えるようです。音の深みをどうとらえるかによると思いますが、息が全て音になってくれるのは魅力だと思います。
 私のフェスティバルに比べたら、御しやすいと感じました。楽器をコントロールできる。
 「ヤマハは、自分の音が作りづらい。」と、町の楽器屋さんが言っていましたが、私的には、充分個性を出せる楽器だと思います。音程もいいし、吹きやすいし、反応も良い。物足りない部分を探すのが、大変な気がします。

 マウスピース試奏レポート
 こちらは、講習会後再びお邪魔して、5RVライヤーを選定しました。
 とりあえず、在庫の5RVライヤーを出してもらって、選定開始。17本ありました。片っ端から吹いてみて、5本に絞り、リードを替えてさらに3本に絞りました。その中で一番息が入りやすく、柔らかい音色で、音程が安定した1本(もちろんチューナーで確認)に決定しました。3本になってから選ぶのに苦労しましたが、最後に残った物は、明日本番に使っても良いと思えるマウスピースでした。
 私の娘は現在M30を吹いていますが、初心者向きではないので、今日選んだ5RVライヤーを使わせようと思っています。もったいないかな〜〜。
 最初に良いマウスピース、良い楽器に巡り合えたら、練習次第でめきめき上達すると思うので、明日吹かせてみようと思っています。
 ちなみに、マウスピースを選ぶのに、1時間以上かかりました。ヤマハの管楽器売り場の皆様、大変お世話になりました。

 4月22日(木)
 昨日、小学校PTAの総会と歓送迎会が行われました。どちらも司会進行役をやる羽目になり、口下手な私としては、何とか乗り切るべくシナリオなるものを作って、会に臨みました。
 甲斐あってか、スムーズな会の進行が出来たのではないかと思っています。(自己満足かも・・・)
 総会の前の授業参観、総会後の学年部会。家のボーットしている子の、授業はあまり見たくは無かったのですが、とりあえず参観してきました。父母の方々が後ろに立っておられたので、幾分緊張はしていたようです。
 20数年前、教育実習をしたときに仲間の実習生や先生方に見守られながらの授業を経験したことがあります。ベテランの先生といえ、他の人に見られながらの授業は緊張する事でしょう。子供達の中には緊張をかくすためか(低学年なので無意識になされている)、わざとふざけたり、おしゃべりが多かったりした子もいました。昨日の授業がいつもの授業と同じと考えてはいけないと思います。新学期は始まったばかりです。クラス替えもあり、友だちも変わりました。子供達はよりいっそう成長してくれると思います。

 学年部会は、3年生が今年度行う行事予定などの確認と、3年生の目標の説明でした。その他にもあったのでしょうが、校長先生と話し込んでいたため、私が行ったときにはすでに始まっていたので(早く終わらせたいという要望があり、時間を切り上げて始まったのです。私が遅れたわけではありません。)その他の内容は把握していません。
 私が参加した理由は、学年部の4名の役員の方を各クラスの父母に推薦(投票)してもらって、投票数の多い順に決定。そして2クラスの1位2位の方に電話して、「学年役員をお願いします。」と頼んだのが私だったので、微力ながらお手伝いしようと参加したのです。
 流石に、皆さんの投票数が多かったお母様たちなので、やることにそつが無い。私など出る幕もなく、学年部会、役員会も無事終了。関係者の皆様、本当にありがとうございました。今年一年間、よろしくお願い致します。

 私の子供が通っている小学校は、先生方も素晴らしいが、PTA会員も皆素晴らしい。その中から選ばれた役員。何も出来ない私が足を引っ張りそうで怖い。
 総会が終わり、新役員の時代が幕を開けた。「PTAは子供達のためにある。」会則やらなにやらはあるが、一番の根本は、「子供達のため」だ。これをわかってやっていて、しかもその役を楽しんでいる。子供の心が分かる親が多い(子供っぽい親ばかりなのかも)のは、素晴らしい事だ。私も切磋琢磨しなくては・・・。

 4月20日(火)
 私には3人の子供がいます。一番上と一番下が男。真ん中が女。18日に書いた少年合唱団には男2人が所属しています。あたりまえといえば、当たり前ですが、女の子は栃木少女合唱団に所属しています。
 純粋といっては変かもしれませんが、男の子だけの合唱団、女の子だけの合唱団が栃木市には存在しています。少年少女合唱団になったら、3人まとめてお世話になれるので、親としては楽なのですが、そうなって欲しくは無い良さがそれぞれにあるのです。混声合唱には無い何か・・・。
 栃木少女合唱団が5月1日に第40回定期演奏会を開きます。イベント情報のページに書いておきましたので、詳しくはそちらをご覧下さい。質問等は「クラリネットの部屋掲示板」に書き込んで頂くか、私のほうへの直メールでお願い致します。
 
 そんなこんなで、合唱団関係のなんだかんだがありまして、家の嫁さんは毎日電話三昧です。人が集まれば、グループが出来ます。3人いれば派閥が出来ると言うぐらいです。
 
 4月4日に栃木少年合唱団の定期演奏会がありました。その後、6年生が卒団と言う事で、卒団式が行われました。私は卒団式には出なかったのですが、式の後の会食の際次期役員の選出が行われたようです。その会には、2人の息子と嫁さんが参加していて、話し合いは父母の間で行われたのですが、私が時間になったので迎えに行くと、30分待っても出てこないのです。頭に来た私は、「何してんだ、帰るぞ。」と言いに会場に入っていくと、「今年事務局やる事になったから。」と嫁さんが言うのです。
 「あっそ。大変だぞ。出来るのか。」と言うと、「あんたがやるのよ。」とこともなげに言いはなつのです。。
 「おいおい、ちょっと待てよ。PTAの副会長だし、空手の栃木県の事務局やってるし、これ以上は出来るわけないだろうが。」と言い残し、私はその場を立ち去ったのでした。
 ところが、開けてみると副団長兼事務局となんか増えてるし、「どーすんだい。」っていう感じ。私は名刺を持つのがきらいなので、作っていないのですが、今作ったら肩書きだらけの物が出来そうです。

 私にとっては、荷が重いのです。それでなくても先日の定期演奏会でいろいろあっていやになっているところだったのに・・・。私がやると、改善されるべき物も改悪されてしまうことでしょう。人に物を頼むのが下手。18日の書き込みに頭はいくらでも下げると書きましたが、下げただけでは人は動いてくれません。私のことは、私が一番良く分かっています。哲学は大好きですから、「私って何者。」と自問自答したりします。「私は私。」と・・・。
 「変わっているね。」とよく言われます。それはそれで、個性的ととらえています。没個性の世の中で、貴重な存在と自負しているくらいですから。(笑)
 何も出来ない人間が頭に立つことで、かえって周りの団結力が強まり運営や練習が活性化してくれたら良いのですが・・・。
 「それを狙っての人選だったりして。」と深読みをしています。

 4月18日(日)
 栃木市には、全国で9団体しかないといわれている少年だけの合唱団があります。名前は栃木少年合唱団(そのまんまやんか)。
 実は私も卒団生の1人です。現在の栃木市長も私の一つ上の先輩で卒団生です。
 皆さんは、この合唱団が存続の危機にさらされているのをご存知でしょうか。現在、小学生男子を対象にした本科と呼ばれるグループには9名の団員しかいません。そして、昨日もう1人退団という現象になりつつあり、そうなった場合8名の合唱団???になってしまいます。8人で合唱になるのでしょうか。オーケストラでは、小編成の室内楽。最低でも20名以上は欲しいところです。
 栃木市内の小学校はもちろん、近隣の小学校まで声をかけて募集をしてはいますが、なかなか効果は現れてきません。小学生男子のサッカー、学童野球、相撲、バスケットなど各種スポーツに対する熱の入れ方とどこか違うからです。これも価値観の問題なので、どちらが良いとはいえませんが、スポーツが不得手な男子児童で、歌が好きな児童には是非見学にいらしていただきたいと思います。ひろい練習場所の片隅で、ピアノの前に8人の児童が座って練習している様子を想像していただきたいです。合唱というより、「今日はパート練習日ですか。」と訊きたくなります。
 「ボーイソプラノの館」http://www5d.biglobe.ne.jp/~yakata/index.htmというホームページがあります。そこでは、日本に9団体しかないと言われる少年合唱団が紹介されています。その中で、人数が少ないのは栃木少年合唱団くらいです。そのような貴重な団に、もっと温かい目を向けていただきたいと思います。
 「少年少女合唱団にしたら、もっと人数は増えるのでは。」という意見を頂いた事があります。しかしながら、小学生男子児童は、けっこうシャイなところがあって、女の子と一緒では歌いたがらないのです。全国の少年少女合唱団を見ても、男子児童の数が、女子児童より少ないのが見て取れます。
 そのために、少年合唱団は歌が大好きな男子児童のために、存続させていくべきだと考えています。

 今年度は、私が副団長兼事務局の役をおおせつかってしまいました。存続の危機の合唱団を何とか私達の時代のメンバー数まで回復させたい。というものの、私がいた頃はウィーン少年合唱団来日もあって、少年合唱団の人気急上昇の年で、最盛期でした。70名を越す団員数。しかも3年生以上が条件で、入団テストもありました。今は「入って下さい。」とお願いする一方です。
 私のような頭でよければ、いくらでも下げます。私の「クラリネットの部屋」に「少年合唱団のページ」を併設して、暫定的ではありますが、皆さんのお目に留まるようにしていきたいと思います。
 今年の5月28日(金)には、件の「ウィーン少年合唱団」の壬生町公演があります。これを機に、少年合唱団熱が再発してくれる事を祈りたいと思います。
 ちなみに私の一番下の息子は、本科で頑張っていますし、一番上の息子は、卒団生対象の研究科で最後の年になってしまいました。詳しくは、「栃木少年合唱団のページ」をご覧下さい。

 4月11日(日)
 今日は知人の友だちが出る演奏会に行ってきました。その1人はオーボエ奏者なのですが、彼が鹿○市のとあるアマオケに手伝いに来たときに一緒に吹いた覚えがあります。そのときは音高生だったので、たいしたことはないと思っていたのですが、流石に芸大を出た後とあって、素晴らしい音色とテクニックを披露してくれました。「男子3日会わざれば、活目してみよ。」という格言そのもの。実に素晴らしい進歩です。私も進歩したいものです。
 後のメンバーは、クラリネットのK氏、ファゴットのS氏、ピアノのF女史。
 イベールの木管三重奏曲は、私もアンサンブルのレッスンで習ったり、音楽院のS先生と一緒に演奏しているので良く知っていました。演奏の解釈が、大分違うと感じました。クラリネットの音色や奏法に関しても、私が習っている流派(流れ)とは、色が違うと感じました。
 いままで、様々な演奏会に行きましたが、最近は外国の奏者より、日本の奏者の演奏会のほうが出来が良い気がします。日本の客をなめたような演奏。楽章の合間で、拍手をしてしまう日本の聴衆も考え物ですが、拍手を受けて緊張感をなくす奏者もどうかと思います。プロなら最後まできっちり仕事をして欲しいものです。

 4月8日(木)
 仕事の出張(現場の下見)と、演奏会を聴くのを同じ日に合わせて群馬の前橋市まで足を運びました。これも一石二鳥と言えるでしょうか。
 演奏会は私の師匠の木幡仁清先生。演奏曲目はクルーセル「クラリネット四重奏曲」、ライヒャ「クラリネット五重奏曲」休憩を挟んで、モーツァルト「クラリネット五重奏曲」の3曲でした。
 ヴーリッツァーのリフォームドにM4。ホワイトマスターの2半という組み合わせ。とにかく音色の凄い事。上品で繊細。本物のドイツトーンを堪能してきました。私はいつになったら、ドイツトーンに近づくのでしょうか。あ〜〜。
 音色の好みで言うと、フランスタイプの音を聞きなれている人たちには「何か違う。」という印象を与えるかもしれません。目標にしている音色が違うと言ってしまえばそれまでですが、あの音を聴いてしまうと自分の音が情けなくて、練習する気がなくなってしまいます。
 昨日の演奏会は、「もっと聴きたい。」「もっと音楽に浸っていたい。」と思い、演奏終了後も座席から立つのがもったいない感じでした。「立ち上がったら、夢から覚めてしまうのではないか。」
 本当に夢心地を味わう事の出来た演奏会でした。
 こんな演奏が出来たら・・・。
 帰りの車の中では、C.D.もラジオも聞かずに、木幡先生の音の余韻に浸りながら帰ってきました。

 4月1日(木)
 新年度到来と言ったところでしょうか。今日の誕生日まで前年度の学年と言うのが、腑に落ちないところですが、皆さんの周りには4月1日生まれ、いらっしゃいませんか。 
 私の母校、K学院T高校吹奏楽部の合宿が昨日から行われていたので、中学生の娘を連れて行きました。娘もやっと歯の矯正も落ち着いてきたので、クラリネットを吹かせようと思っていたからです。将来はこの部に入ってくれたらよいなと言う思いもあっての見学でした。
 楽器は紹介のページにもあるルブラン。それにM30のマウスピースとV12の3番。初めてでは少し厚いかなとは思いましたが、吹かせてみました。
 アンブシュアを創って、楽器をくわえさせて、マウスピースとリードの隙間に息を入れるように言うと、最初は噛み付いていたのか、息が楽器に入っていく音も聞こえません。
 「かまないで、中に息(空気)を入れてごらん。」というと、やっとシューシューと楽器の中に息が入り始めました。ある程度息の量が入るようになったところで、「口の開きを狭くしてごらん。」というと、ボーッという音になりました。
 音は楽器を支えやすい開放のソの下のレの音。普段から私の音を聞いているせいか、本当に私のような音で吹いたのには私も顧問の先生もびっくりでした。そのうち調子になってドレミレドレミ〜と指を動かし始めたのです。
 とりあえずクラリネットの楽しさの最初の部分が分かったようです。音を出すのに一苦労。それを一定にするまでまた一苦労。

 3月28日(日)
 第25回T市民空手道選手権大会がT市総合体育館で開催されました。
 我が光○館も本部支部を挙げて出場しました。結果は本部の独壇場と言ってよいほどの活躍ぶりでした。優勝を逃したのは、組手幼児の部と形中学の部の2種目で、決勝で敗れはしたものの、準優勝には食い込んでくれました。
 私の教え子たちも、優勝1つ、準優勝2つ、3位2つ、敢闘賞1つと活躍してくれました。嬉しい限りです。
 大会には賞があります。貰える子もいれば、貰えない子もいます。参加することに意義があると言う言葉をよく聞きますが、それは出場する為に努力をするからだと思います。努力しないで出場できるものも中にはありますが、場数を踏むと言う事だけになってしまいます。負けの場数を増やすのは、あまりお勧めできません。「どうせ負けるのだから。」と言う思いは一番きらいです。そこまでの努力があれば、悔しい思いになります。負けを肥やしに頑張れるのも、努力があってこそだと思うのです。
 子供達の中には素質があって、大して努力しないで勝ててしまう子もいます。努力しても勝てない子もいます。子供達のまっすぐな気持ちを曲げないように、育てていくのは大変な事だと思っています。。
 結果を考えて見ましょう。接戦で1回戦で負けたとしても負けは負けです。そこで勝った相手が、勝ち進んで優勝してくれれば私は優勝した選手に負けたのだから仕方がないと思えます。しかし、勝った相手が、次の試合で負けてしまうと、がっかりします。
 試合で勝つということは、空手の仲間の思いを背負う事だと思います。負けて「この野郎」「今畜生」と思うことはもちろんあります。特に私は負けず嫌いなので、そう思います。その思いを、「お前は俺に勝ったのだから、次の試合も頑張れよ。」となったら、「空手を通して人と仲良くなれること。」に一歩近づくような気がします。もちろん、次に対戦したら負けないように、よりいっそうの努力と研究を進めますが・・・。

 3月26日(金)
 私はよく表、裏と言う言葉を使います。表の掲示板、裏の掲示板とか。
 表の掲示板は「クラリネットの部屋」掲示板。裏の掲示板は「クラリネット仲間の掲示板」。と言った具合です。
 武術の世界では(私もそれほど知っている訳ではありません)、表裏一体とか、陰陽とか言います。ものには必ずうらおもてがあり、日の当たる部分と陰になる部分が出来ます。それを一体化することで、技の流れを途切れさせないと言う事のようです。(本来はもっと深い考えの上に成り立っているのですが・・・)
 武術の流派が確立されるとき、宗家と言う存在があります。その流派を立ち上げた人、及びそれを代々受け継いでいく人または家を言うようです。ところが宗家に何か起こった場合、その流派が途絶えてしまわないように他にも宗家が存在すると言います。私も話を聴いただけで、それが現在も続いているのか分かりません。そういう宗家を裏宗家、控宗家と呼ぶようです。
 時代劇などを見ると、江戸時代には柳生の剣を護る為、裏柳生と言う集団が存在した事になっています。私には史実かどうか分かりませんが、武術の世界ではよく聞く話の一つです。
 さて、控の掲示板は???。

 3月23日(火)
 一昨日の21日、栃木市民吹奏楽団主催の管楽器の講習会に顔を出してきました。顔を出したと言う言い方にしたのは、午後1時からの開催だったのが、午前中PTA主催の行事が小学校であり、後片付けに時間をとられ、家に帰ったのが12時半。帰る途中であわてたので、タイヤをパンクさせてしまいスタッドレスをノーマルに履き替えていた事もあり、会場に着いたのが2時だったからです。と言う訳で、講師の先生に大変申し訳ないことをしてしまいました。
 講師の先生は、私よりも年下。学生さんのような雰囲気でした。しかし、言っている事は私がレッスンで学んできた事と全く一緒。最初から講習を受けていたアズキ様も、私がいつも言っている事を再認識したとおっしゃっていました。アンブシュアに関する事。ロングトーンの重要性。スケール。タンギングの仕方。
 講習を受けに来ていた中学生達は、とりあえず吹けてはいるが似て非なるものでした。それをたった一度の講習で学べたとしたら、将来素晴らしい奏者になれることでしょう。もしかしたら出来ているかもしれない生徒達も、周りが違った吹き方をしていたら、「私は皆と違う。」と悩み、悪い方向へ進んでしまうような気もします。
 栃木市民吹奏楽団も、一度こういうことをやった以上それを続けていく事が大切だとと思います。栃木周辺の吹奏楽と言うか、管楽器奏者の基本レベルを上げるために続けるべき事だと思います。是非そうしていただきたいと思います。

 さて、ここで本題に入ります。音楽にはリズムがあります。切っては切れない物だと思います。そして、武術にもリズムはあるのです。特にスポーツ空手の場合は、より必要になってきます。相手の攻撃のリズムを読んで、その間隙を縫ってこちらの技を出す。また、相手のリズムを読んであわせ技を出す事が出来るし、逆にこちらのリズムを読ませないように、リズムを崩す事も出来ます。
 それを武道で言うと、「間」と言う事になります。この「間」は、時間、空間、心の動き、身体動作等を総合して言います。決して相手との距離だけではありません。その「間」を読み間違うと、痛い目にあいます。
 ところが、音楽のリズムの場合は間違えても痛くありません。指揮者や周りの奏者にののしられる程度です。体全体で感じ取る事は当たり前。そのときの指揮者の心の動きまで読み取って、そのリズムに合わせることが大切だと思います。
 生活にも、リズムが必要です。普段何気なく生活していますが、必ずその人にあったリズムが存在するはずです。生活のリズムが崩れると、体調がおかしくなったり、対人関係がギクシャクしたりと良いことはありません。
 現在の私は、どうも生活のリズムが崩れていく状態にあるようです。今年の運勢がそうなのか分かりませんが、今ひとつリズムに乗ることが出来ません。
 今日の慰労会でも話題に上りましたが、長寿を全うする方達は実におおらかに生きておられる。朗らかに生きておられる。自分のリズムを持っておられる。それに振り回される若い者が、逆に病気になってしまうと・・・。
 このページでも何回か取り上げている「笑い」。それプラス私の楽天的な性格からすると、リズムは崩れないはずだし、私が周りを振り回せるはずなのですが・・・。マイペースでいけるうちは、大丈夫だと思います。人を巻き込んでいく渦の中心になっていれば、リズムもおのずと自分の物になっていくことでしょう。

 3月19日(金)
 今日は一番下の息子が通う小学校の卒業式。正式に言うと卒業証書授与式。私の息子はまだ2年生なので、卒業年次ではありませんが、私がPTAの役員をしていることで、小学校から案内を頂き、新旧のPTA会長と一緒に臨席することにしました。

 3月14日(日)
 腹の調子も良くなり、美味しい物を美味しくいただけるようになりました。本当にありがたいことです。
 体の調子が悪いと(胃腸)、美味しい物が美味しくありません。欲しくなくなるのです。食べないと体力がつかない。薬味も度をこすと毒になるということでしょうか・・・。体力が元に戻ると、美味しく食べられます。美味しく食べられれば、体力は維持できることでしょう。
 食べ過ぎない事、美味しく食べる事、それが健康の秘訣なのかもしれません。
 どこかの番組で、「笑う事は血行を促進し肩こりや冷え性を和らげる。笑う事で、顔の筋肉を使うので、小じわを減らす。腹筋を使うので、食欲を旺盛にして、健康を維持する。」と言っていました。「笑う角には福来る。」そのとおりだと思います。
 笑う事で救われる事も沢山あります。「笑ってごまかせ・・・。」という言葉もあるように、笑う事で幸せになることが出来る事でしょう?????。

 3月7日(日)
 病み上がりで、腹に力が入らない状態が続いています。今日はそれでも娘と嫁さんを宇都宮まで送り迎えをしました。
 それは、娘の担任の先生が所属するオーケストラの演奏会です。宇○●フィルというアマチュアオーケストラ。そこのコンサート・ミストレスが旧知の女性だったのには驚きました。そういえば、那須のヶ原ハーモニーホール、P・シュミードルの演奏会で出会ったとき「宇都宮のアマオケのコンミスをしているので、聴きに来て。」と言われたのを思い出しました。そのオケと今日のオケが一致せず、礼を失した感がありましたが・・・。
 そのオケは、事務局と指揮者が曲を決めて、出演したいメンバーを公募すると言う画期的なシステム。毎回メンバーが違います。そのコンセプトと運営方法などは宇○●フィルのホームページをご覧下さい。宇○●フィルで検索すれば引っかかってくるはずです。
 栃木県のオケ経験者の世界は狭いので、今日のパンフレットを見ても知っている人が沢山載っていました。一昔前よりは弦楽器人口も増え、どこのオケを聴きに行っても同じ弦楽器奏者ばかりという現象は少なくなってきました。それでもまだ、オリジナルメンバーで出来るほど多くはないということでしょうか。

 3月2日(火)
 「最近のマメ」の閉鎖に伴い、「マメの独壇場」と名前を変えました。仲間内では、「どうせマメの事だから、何か続けるだろう。」と思われていたことと思いますが、御明察の通り「独壇場」としての登場です。
 「独壇場」と言う事で、私の独断と偏見によるよりマニアックな世界になることでしょう。

 掲示板に「出会い」について書いてみました。出会いと言うのは偶然の産物です。ところが会うべくして会ったと言えるかもしれません。もちろん出会いには良かったと思えるもの、会わなければ良かったと思えるもの、どちらでも良いと思えるものと様々な事でしょう。
 
 最近子供達を対象にした「家庭教師の会」からよく電話がかかってくる。うちの子供達は、私の先輩がやっている個人指導風の塾に通わせるようにしているが、この電話一つとってみても出会いに他ならない。
 塾に通わせる事で充分とはいえないだろう。特に自分でやる気にならない子には、どんな塾も家庭教師も無用の物。行っているだけで勉強が出来るようになるなら、苦労はない。家庭教師の電話も、「塾に通わせている。」と言うとあっさりと「頑張って下さい。」と電話を切る人。「それだけで充分ですか。」と食い下がる人。「絶対に足らないので、家庭教師は必要です。今のままでは大学には入れません。」と断言する人。と様々。最後のほうは、実に失礼なやつと思い、私も感情的になるときがある。電話の向こうの顔は見えないので、何でも言う事が出来るのかもしれないが、あまり気持ちのいい物ではない。インターネットの書き込みでも同じことが言える。
 これは「マメ」が考えた事で、他の人にとってはどうでも良いこと。そのあたりを踏まえたうえで、読んでいただきたい。
2月29日(日)
 最近のマメ最後の書き込みです。
 イベント情報のページにも載せましたが、木幡先生がクラリネットの演奏会を開催します。
 先生の演奏会は久しぶり。チケットもすぐに売切れてしまうでしょう。皆さんお問い合わせはお急ぎ下さい。私も今から楽しみです。ドイツ管特有の柔らかくダークな音色。私の永遠の目標です。私の音色を聞きなれた人には、是非聞いて欲しい音色です。

 PTAの役員選出。私は昨年度に引き続き副会長の役を承った。前年度の会長は、中学のときの大先輩。今年度の会長は、前年一緒に副会長をやっていたT氏。T氏もやはり中学の先輩だ。
 私の子供達が通っている小学校は、地域が狭いので、生徒が減少する状況に陥っている。郊外の小学校は生徒数が増えている地区もあるが、街中の小学校では減少する一方だ。各学年1〜2クラス。先生の目が届くのはありがたいことだが、PTA会員の数も少ないと言う事で、役員選出が難しくなる。
 生徒数はいても、兄弟姉妹で来ている子が多いので、父母の数が少ない。どうしても毎年同じ人が違う役職をやらなくてはならない羽目に陥る。出来る事なら、会員全員が子供が6年間お世話になる間には本部役員を体験して欲しいものだ。規約には再任は妨げないとある。再任を妨げたら、活動も成り立たないだろう。これも経験がなくては、何を行ったらよいか分からないことだ。
 今日は、PTAの親父達が集まって子供達に体験学習させる「遊YOUクラブ」が、小学校の理科室と体育館で行われた。会長は6年の子供を持つ父親。15人ほどの父母と校長先生、教頭先生、補助教員として理科担当のF先生。理科室でブーメランを製作(図工室のほうが良いような気がしたが、理科担当の先生だったので、理科室だったのか。)して、グラウンドで飛ばす。厚紙で作ったので、ふわふわしてあまり良く飛ばない。
 続いて、体育館で親父達が作ったカレーうどんを食べさせる。これが辛くてうちの子は食べられない。平気な子達もいるが、私も普段甘いカレーを食べさせられているので、汗をかきながら食べた。
 その後、食器類の後片付けをして同じ体育館でドッチビー。子供達を4チームに分けて対抗戦。お代わりを何杯もした子供達は、動きが鈍い。 

 2月23日(月)
 知り合いのO氏からメールを頂いた。「インタークラリネット」「インタークラリネット2」というC.D.を買ったと言う。何でもウィーン・フィルとベルリン・フィルのクラリネット奏者達のアンサンブルだそうだ。
 その昔、アンサンブル・ウィーン・ベルリンという木管五重奏の演奏を聴いた覚えがある。そのクラリネットアンサンブル版と言ったところか。よく考えてみると、私はクラリネットアンサンブルのC.D.やレコードは持っていない。その代わりクラリネットとピアノ、クラリネットと弦楽器の室内楽、クラリネット協奏曲、その他のオーケストラの交響曲や協奏曲、管弦楽曲などは数え切れないほど持っている。しかし、吹奏楽のC.D.やレコードは数枚程度。
 クラリネットをオーケストラのクラリネット、吹奏楽のクラリネットと区別はしたくないが(本ページの音色についてで、こだわった書き方をしています。)、私の考えているクラリネット像はソロやオーケストラの中(ベートーベンやブラームスの交響曲中)で聴かれるクラリネットなのかも知れない。
 クラリネットのソロとピアノも良いが、弦楽器の中に溶け込んだり、ふわっと浮かんで聴こえるクラリネットは最高。クラリネットだけのアンサンブルも良いかもしれないが、アマチュアで腕の良い弦楽器奏者とモーツアルト、ウェーバー、ブラームスのクラリネット五重奏曲を吹いてみたいものだ。楽譜は全て揃っているのだが、アマチュアで腕のいい弦楽四重奏団が名乗りを上げてくれないだろうか。

 2月18日(水)
 掲示板に「平山さん」がいらした。平山さんも前回に続いて2度目の金賞。しかも今回は最優秀賞。
 氏の演奏や音楽に対する真摯な姿勢は見習うべき点が多々ある。自分も楽しんで、会場中を魅了する素晴らしい演奏。これこそが音楽と言う良いお手本。伴奏者と一緒にかなりの練習や本番を積んできたのがうかがわれる。
 その他の皆さんも素晴らしかった。一般の出場者は皆それぞれ思い入れが強く、それが演奏に現れていたと思う。学ぶべき点の多いコンテストだった。
 
 2月17日(火)
 今回のソロコンでこれからの研究課題が山積しました。4分と言う短い時間の中で、いかに自分を活かした演奏が出来るか。そのためにどんな曲を選ぶべきか。本番に向けての練習をどのように進めるか。本番にどれだけ楽しんで演奏できるか。等を考えてこれからの練習をしていきたいと思います。
 話は変わって、S楽器の担当者のN氏からメールがあり、5月5日(祝)にソロコン受賞者の演奏会を開催するとの事。私は早速ピアノ伴奏のA先生に打診してOKをもらうと、「名誉な事なので、喜んで出場させていただきます。」という旨の返事を送りました。場所は何と御茶ノ水の「カザルスホール」。演奏曲は受賞曲と言う事なので、もうしばらくプーランクのクラリネットソナタ第三楽章と向き合う事になりました。
 
 2月16日(月)
 ソロコンが終わりました。以下は15日の事です。
 私の出番は午後7時ごろと言う事もあり、午前中練習。午後1時からピアノ合わせ。そして1時半ごろ出発した。昨年は、私と伴奏者、アズキ様の3人だったが、今回は私の嫁さんも加わり4人で向かった。風が強く、安全運転で行ったにもかかわらず、午後3時には受付を済ませ会場へ。
 入るや否や、高校の部の途中。出てきたサキソフォンの男の子がうまい事うまい事。こんなレベルが続いたあとの大学一般の部はとんでもないなと思ってしまった。
 去年の大学一般の部の前は中学の部だったので、一生懸命吹いていてほほえましく思ったものだが、今回はちがう。高校と中学の部は代表者が関東甲信越大会へ出場できる事もあり、とんでもないレベルでしのぎあっていた。中には普通の高校生もいて、ほっとしたのも事実だが、これも会場で聞いた人でなければ分からないだろう。
 大学一般の部もなかなかのレベルで、私もプーランクなどと言う私には難しい曲を選んでしまったので、緊張がほぐれず、パニックを起こしたまま本番が終わってしまった。日ごろ、「腹式呼吸で気持ちを安定させて。」などと言っておきながら、腹式呼吸すら出来ない状態。膝は笑うし、手が震えてマウスピースにキャップがはまらない状態。ホントに情けない話だ。
 パニックを起こしながらも、あれだけの演奏(自己満足の世界にすぎない)が出来たのは何十回何百回と繰り返し練習した成果だろう。練習して自信を持って本番に臨むのが理想だが、数多く練習していれば自分の中に残っていて、必ず答えてくれる。正しい練習は、自分を決して裏切らないと言えるのかもしれない。
 幸運にも、金賞、優秀賞、審査員特別賞を頂く事が出来た。

 もう一つ、幸運だった事。
 朝の「題名のない音楽会」に北村英治氏が出演していた事。ジャズのボーカリストに、「本当に楽しく歌う。それが仲間にも伝わっていい演奏が出来て、お客さんも楽しく幸せになれる。」とおっしゃっていた。本番で本人が楽しまなかったら、それは伝わらない。しかし今回私の演奏では、楽しさは伝わらなかったかもしれない。
 
 2月12日(木)
 今野敏氏の新作「黄の捜査ファイル」を買ってきた。今回は、宗教的な話しがからむ。私は大学時代「宗教学」をとっていた事もあり、興味深く読み進めている。普通なら、一晩で読みきってしまうのだが、このところ練習をしたり、関係のあるC.D.を聞いたりしているので、夜時間が取れない。今は読んでいても集中していないのでよく分からない状態。ソロコンが終わってから、しっかり読むことにする。
 
 本番前最後のピアノ合わせ。テンポ138で落ち着いて吹くことにした。今日はアズキ様が聴衆として来てくれて、人前で演奏する事の適度な緊張感も味わえた。ホールの響きは、去年も出場しているので分かっている。準備万端整ったと言うところか。
 と言うものの、何が起こるかわからないのが本番。油断大敵だ。

 2月10日(火)
 掲示板にカナモコヨチさんが久しぶりにいらした。カナモコヨチさんは、私が大学時代アイスのチョコモナカが好きだったことを知る、数少ないメンバーの一人です。
 日記風の物をホームページに書く事の難しさを痛感しました。
 自分の考え中心に物事を進めすぎて、勝手な事を言っていたのです。他の人から見てなんでもないことが、書き方一つで、見る人の気に障る事もあることに改めて気がつきました。
 先日も書いたように、私は私であって、私以上でもなく私以下でもない。これからは自然体で、物事を考えていくつもりです。
 と言う訳で、今月を持って「最近のマメ」は閉鎖いたします。ご了承下さい。

 2月8日(日)
 個人練習をしてふと思ったことがある。皆さんはどんな場所で、どんな状態で練習していらっしゃるのだろうか。
 ロングトーンから、曲にいたるまで、私はほとんど立って練習している。合奏では座って練習するが、私はレッスンを受ける場合、ソロで吹く場合とほとんど立奏が多い事もある。
 普段から座って練習していると、楽器の構え方や、姿勢に悪影響を与える気がしてならない。私の場合は、疲れたら休憩を挟みながら、なるべく立って吹くように心がけている。

 今日もプーランクの3楽章。テンポ100からメトロノームを1メモリづつ上げながらの練習。譜面の指定は144。とりあえず152まで練習する。速いほうがごまかせる。ゆっくりなテンポできちっと吹いて、そのまま早回しのように吹けると良いのだが、なかなか難しい。私的には、138あたりを基準にゆれが付けられたら良いかなと考えている。3分ちょっとの曲なので、通しを1時間やると17回ほど繰り返す事になる。吹けば良いというものでもないが、毎回同じには吹けないので、それだけでも面白い。

 2月5日(木)
 なっかさんの書き込みで、忘れていた事を思い出しました。
 「自然体」。何かをするときに「〜しなければ。」「こうあるべき。」と考えてしまう事がある。しかし、出来ない事は出来ない。今出来る事に向かって一所懸命。最終的に一生懸命。
 心配して直メールを下さったかたがたにも、ここで御礼を申し上げます。

 久しぶりのピアノ合わせ。最初は忘れていた箇所もあって変な感じ。何回か通すうちに感触が戻ってきた。ドイツベームも元に戻り一安心。来週2度合わせて本番。楽しく演奏が出来そうだ。

 2月4日(水)
 「通りすがり」さんの書き込みに、「栃木県のレベル云々」と書いてあった。どこからそんな考えが出てきたのか不思議だ。栃木県のアンコン代表のバリチューバアンサンブルが全国大会金賞団体。今回は3年連続金賞でおやすみの年だったらしい。そういう団体が引っ張っている栃木県のアンサンブルレベルは、逆に高いと評価されるべきなのではないのか。
 現に、私は前回の大会では銅賞だったのだ。それを踏まえたうえで、出来る事は全て考えて、かなりの練習を重ねてきたつもりだ。そして、やっと金賞を頂いて、代表にもなれた。表彰式のステージ上で私が考えていた事。
 私達の前に他のクラリネット・アンサンブルが3団体金賞になった。次の私達は金賞ではないと思っていた。ありがたいことに、クラ4団体目の金賞となった。次に考えた事は、俗に言う「ダメ金」なのではないか。ここでもありがたいことに代表を頂いた。代表をいただいたからには、栃木県代表に足る演奏を東関東でもしなくてはならない。そのためには、もっと進歩しなくてはならない。「われわれはまだまだ進化する。」と言う書き込みだ。
 そのために考え、実行してきた事がふっと消えてしまった。
 辞退と言う事で、あとから叩かれる事は覚悟していた。代表権を放棄したのだ。私達を信頼し、東関東へ推薦してくれた「県」の期待を、無にしてしまったのだ。信用も失った。「私にとって得たものは何もない。」となった。
  「何かをするときに犠牲になるものがある。中途半端なことはしたくない。」という書き込み。練習する上で、家族を犠牲にし、仕事の時間を調整し、ひいては、他の団体を差し置いて得た「代表」。県大会では、私達より成績が良かった団体が六団体あったのだ。相当頑張らねば、代表に足る演奏は出来ない。
 コンクールに対する「覚悟」が足りなかった。
 1月の書き込みは全てこのことに関することばかり。アンサンブルは本当に難しい。
 音楽ばかりではなく、人や自然とのアンサンブル。

 2月3日(火)
 今日は節分です。恵方巻きと言う太巻きを買ってきました。1人1本。子供達は食べきる事が出来るのだろうか。
 楽器が治ってきました。ところが、この3日間フレンチを吹きなれてしまって、何かしっくり来ない。さあ、どうしましょう。
 
 私の掲示板に「通りすがり」と言う方がいらした。私の書き込みを読んでそう感じたのだろう。
 先日も書いたように、文を読んでの解釈は100人読んだ人がいたら、100通りある。2チャンネルと言うところの書き込みが、どんなかは分からないが、攻撃してくる人ばかりではないことを祈る。
 先入観なしに、私の書き込みを読んでいただきたい。審査員の先生を否定するような書き込みはしていないはずだし、辞退することの重みは誰よりも良く分かっているつもりだ。
 30年以上クラリネットを吹いてきたのだ。悔しい思いをしたことは1度や2度ではない。

 2月1日(日)
 いよいよ2月の始まり。初日からよろしくない。
 午後、プーランクのソナタとブラームスのソナタ第2番を練習しているとき、上管部分に違和感を感じ始める。吹いていくうちにその違和感が楽器に対する不信感になり、「もういやだ。」状態。
 早速、行きつけの楽器店に持ち込んで調整をお願いした。この楽器屋さんのリペア担当の人は、最近めきめきと腕を上げている。
 私は、以前は東京の楽器店に足を運んで調整していたが、こまめに見てもらえないので困っていた。そこにこのリペア担当のT氏登場と言う訳で、大助かりである。皆さんお分かりのように、とんでもなくこだわった注文を出す私にしっかりと答えてくれる。このところ全ての楽器を任せている。
 近くにお住まいで、楽器の調整に困ったらそこへ持っていくことをお勧めしたい。

 楽器は3日ほど預かってもらう事になった。ソロコン前には、調整してもらう予定でいたので、ちょうど良かったかもしれない。
 しばらくはフレンチを吹くことになる。

 ところが、フェスティバルの抵抗感は半端じゃない。今まで、ヤマハのドイツベームを吹いていた時は息が全て音になっていたが、フェスティバルは私程度の息では反応してくれない。小型車と大型車の違い。大型車に小型車用のエンジンを載せて動かしているような物。息の集中とパワーがもっと必要だ。
 全てのフェスティバルやドイツベームが同じ吹き心地だとは思わない。私個人の感覚であって全ての人に当てはまる訳ではないだろう。
 これも私のたわごと。

1月31日(土)
 今日で一月も終わり。一ヶ月などあっという間に過ぎてしまう。
 以前にどこかのページにも書いた事だが、一日の長さの感じ方は、子供と大人、集中して事に当たっているかいないか等で変化する。気(心)の持ちようで、同じ長さのはずなのに感じ方が違う。皆さんもきっとそのように感じている事だろう。
 時間を大切に使って生きたい。人は私に「何倍も時間を楽しんでる。」という。やりたいことが沢山あるのだ。そのために必ず何かが犠牲になる。2つの事を一度に出来る人はあまりいないだろう。出来る人がいるのも事実だが、私には出来ない。そのために今やっている事のほかに、犠牲になるものが出てくる。その犠牲になるものがある以上、今現在やっている事を中途半端に終わらせたくはない。
 人との付き合いも同じだ。仕事や音楽や空手を通して、最近はPTAの役員の集まりも通して、様々な考え方の人に出会う。「空手と柔術」のページにも書いたように、私は「水の精神(こころ)」でありたい。人との出会いを通して、私の心はもっと大きくなる。はずだ。
 
 一つの文を読む。その文字の裏側には、書いた人の想いが沢山こめられている。そして、それを読んだ人の感じ方も様々。100人いれば100通りの解釈が出来てくる。ちなみに、わたしが小学生の頃は、国語のテストが苦手だった。作者の意図が先生の教えと同じかどうか疑問に思っていた。天邪鬼といってしまえばそれで終わりだが、もっと深く考えていたのだろうか。子供心に、何かを感じていたのだろうか。単に先生に反発していただけ。
 これは、大学の心理学の授業を通して分かった事だが、人が考える、そして、ものを書いたり、作ったりする。そのときは一つの考えを元に製作したものであっても、そのときの深層心理にあるものの影響が必ず作品に表れるという。ことば、目つき、雰囲気、しぐさ等に顕著に現れる人も中にはいる。
 私のこのページにも沢山の方達が訪れ、読んでくれているのだろう。ありがたいことだ。そして、その解釈も来ていただいた人の数だけあるということ。悪くとる人、良くとる人。読んだ人の心の持ちようでも変わってくる。
 「最近は灰汁(あく)が強くなった。」と感じている方も多いようだ。それはなぜか。私が言い切った形の文章に変え、私の考えを前面に押し出しているからに他ならない。
 たかが44年しか生きていない。そいつが何を考えて何を書こうが、緒先輩から見たらただのひよっこ。そして歴史から見たらほんの一瞬。私の考えもまだまだ成長する。はずだ。

 そして、これも単なるたわごと。

 1月30日(金)
 掲示板にも書いたが、昨日M・アリニョン氏のリサイタルを聴きに行ってきた。
 演奏会に行って思うこと。それは演奏会終了後、素晴らしい演奏に度肝を抜かれ感無量になって帰途に着くか、困った演奏を聴き、えせ評論家になり、その談義に花を咲かすかのどちらかと言う事。
 演奏会終了後は聴衆全員が多かれ少なかれえせ評論家に変身する事だろう。評論家は膨大な知識を元に評論を下すのであろうが、ここでは私の薄識(薄っぺらな知識)を元に評論???してみる事にする。

 一週間ほど前に「ザ・クラリネット」と言う雑誌を買った。そこには、M・アリニョン氏のリサイタル情報が載っていた。最後のほうのページには、対談記事での紹介まで。
 その対談では、武田忠善先生とピアニストの出羽真理さんがリサイタルについて話しておられた。私は、武田先生とアリニョン氏の共演に期待し、早速クラリネット仲間のアズキ様に打診、チケットの予約をしてもらった。
 昨日は、午後の仕事を休みいざ東京へ。せっかくなので、銀座のヤマハ、山野楽器を廻り楽譜や楽器、微品等を物色。ドイツのマウスピース用のパッチ(バンドレンのベークラ用パッチよりもやや小さく、エスクラ用よりやや大きい)を購入。
 ヤマハの新製品クラが目当てだったが、発売一日前と言う事で、楽器が展示されておらず残念。パンフレットだけもらって銀座通りをぶらぶら。このあたりは、おのぼりさん丸出し。

 時間を見計らって、銀座線の京橋駅から上野へ向かう。

 全席自由と言う事もあって、開場30分前に並ぶ。開場になりワクワクしながら席に着く。会場にはK井氏やM井氏の姿も。
 パンフレットに目を通す。アリニョン氏の使用楽器はビュッフェ・クランポン「トスカ」グリーンラインとの事。「トスカ」はビュッフェ社の新製品。
 グリーンラインは純粋な木製ではなく、グラナディア材の粉末を樹脂で固めたものを使って作った楽器との事。
 
 いよいよ開演。ピアニストとアリニョン氏登場。

 ピアノの音からチューニング。曲が始まる。「序奏と〜」流石にうまい。
 2曲目はブーレーズの現代曲。クラリネットのソロなので会場中が息もできないほど静まり返る。重音、フラッタータンギング等を駆使したとんでもない曲だ。
 3曲目になりやっと聞き覚えのある曲になった。ブラームスのソナタ第一番。ライスター氏やフックス氏の演奏になじんだ耳には、耳新しい曲に聞こえた。

 20分の休憩を挟んで、2部の開演。
 プーランクのデュオソナタ。アリニョン氏と、武田先生の絶妙なアンサンブル。しかも武田先生(クランポンのフェスティバル)B管、アリニョン氏A管というデュオ。ピアノは入らない。
 この楽譜は、B管とA管が2段に書かれており、一つの楽譜を二人で見ながら吹く。ステージ係が2本の譜面台をハの字に離してセッティングしたので、武田先生とアリニョン氏が譜面台の位置を変える。
 フランスの巨匠と日本を代表する2人の共演。素晴らしい。
 シューマンの「3つのロマンス」で再びアリニョン氏とピアニスト。
 最後は、メンデルスゾーンの演奏会用小品第2番。
 ピアニストとアリニョン氏と武田先生登場。ピアノの音でチューニング。
 そして曲がはじまる「えっ・・・」。ここまでも「えっ・・・」と思う箇所はあったが、この「えっ・・・」には、会場中が息を呑む。そして、共演している武田先生の唖然とした表情。
 曲は競演の形で進行する。

 アンコールは、クロンマーの2本のクラリネットのための〜一楽章途中から。やはり、武田先生は完璧。
 そして、もう一曲は何???ピアノとクラリネットで曲が始まり、男の人がのっそりと出てくる。ステージ係が間違えて出てきたのかと・・・。そして歌い始める。
 違う意味で度肝を抜かれた。

  やはり、ナマの演奏会は行くべきだ。何が起こるか分からない。行った人にしか分からない。

 1月28日(水)
 プーランクのクラリネットソナタについて
 この曲の楽譜には「アルテュール・オネゲルの思い出に」と書かれているが、ベニーグッドマンの委嘱で書かれたそうだ。プーランク自身がピアノを弾いて、ベニーグッドマンのクラリネットで初演される予定だったらしい。ところが初演の前にプーランクが亡くなり、初演はグッドマンのクラとバーンスタインのピアノで1963年4月10日にカーネギーホールで行われた。この曲に関しては、清書される前にプーランクが亡くなっているので、いくつかの改訂版が出ているようだ。私も研究の為C.D.を何枚か持っているが、ある部分が半音違ったり、スラーの位置が違ったりしている。ジャズの巨匠のために書かれた音楽なら、変化は当然のような気もするが、私は私の持っている楽譜を忠実に再現したい。
 作曲家は最晩年になると、クラリネットの曲を書くようだ。サンサーンス、プーランク、ブラームス。モーツアルトもそうだが、こちらは名手シュタートラー(発音は?)との出会いがなかったら書かれていなかったと思う。ブラームスにもミュールフェルトがいた。
 皆さんが私の音を聞いたら、元気が良すぎて最晩年に書かれたものとは絶対考え付かない事だろう。さあどうしましょう。

 1月27日(火)
 どこぞにこのページが直リンクされていると言う。悪意的と感じている人も居るようだ。
 そちらからいらっしゃった方は是非、トップページもご覧になってアクセス数を増やしていただきたい。

 と言う事で、心配された方達に直メールを頂いた。問題になっているのは、私の17日の書き込みのようだ。
 私のエゴであのような書き方になった。アンサンブルをぶち壊していたのは実はこの私なのだ。それを知っていただきたい。この件で中傷メールが仲間のところに行っているようだ。はなはだ迷惑な話だ。そのようなメールは私のほうにいただきたい。mame-shippo@cc9.ne.jp

 人の心の移り変わり、人の心の動き、これはそのときの状況にも寄るし、その人の性格も現れる。仏壇が家にある方は、先祖の写真を見ていただきたい。いつも同じ写真のはずだ。ところが、見る者の心にやましいところがあれば、怒っている顔に見え、嬉しいときや事を成し遂げたりした時は、喜んでニコニコしているようにも見える。
 信念を持って事に当たっていれば、いかなる中傷も単なるたわごと。言葉で傷ついたり、ストレスを感じる人もいるだろうが、私は受け流してしまう。これも一つの護身術。

 1月26日(月)
 先週N先生からメールを頂いた。大雑把に言うと、音楽に対する姿勢はその人の生き方が現れると言う内容だった。N先生、違っていたらゴメンなさい。
 私が何故この年になってもレッスンに通うかというと、曲を演奏するとき、私の都合で最低の音楽にしたくないからだ。そんなことをしては、作曲者に申し訳ない。私なりに、努力はしたい。もちろん、終わってみれば自己満足の世界でしかないが、達成感は違ってくるだろう。
 と言う事で、プーランクの3楽章は吹けば吹くほど難しい。どんな曲でもそうだと思うが、次から次に表現法が奥深くなっていく。まずは、吹けて当たり前。その上で表情をつける。この曲は同じフォルテの中で変化をつけなければならない。明るいフォルテ。暗いフォルテ。柔らかいフォルテ。激しいフォルテ。普通のフォルテ。それが複合されたフォルテ。たまに出てくるメゾ・フォルテとピアノ。

 1月22日(木)
 今日組合の総会を中座して、6件目のお葬式に行ってきた。総会が終わると新年会。体調が悪く、美味しい料理も、あまり嬉しくなかった。
 
 掲示板に音と響きについて書いてみた。私が特に興味のある「雑音」について考えてみたかった。
 なぜなら、そばで聞くとザーザーとかシューシューという音がしていながら、ホールで聞くととてもよく響く良い音に聞こえる奏者がいることに疑問を持っていたからだ。
 プロ奏者の出す雑音と、アマチュアの出す雑音とは何か違うのではないだろうか。プロのエネルギー感をアマチュアが雑音と勘違いしているのではないのか。そして、その音をまねしているつもりでいるのではないか。
 基本的なことをマスターし、その上であれこれこだわって吹いているプロが、雑音など出すはずがない。このあたりを考えてみたいのだ。
 また、C.D.などでは、その雑音は確認できない。アマチュアが録音するとどうなのだろうか。雑音も一緒に録音されているのでは・・・。
 
 1月19日(月)
 年明け早々5件のお葬式。去年も1月中に4件あったが、今年はこの時点でもう5件。死に対しては様々なかんがえがある。輪廻転生もその一つか。
 人間の体は不思議な物で、自分の物であって自分の物ではない。病気や怪我で動けなくなったとき、どうにもならなくなる。実は借り物で、魂がなければ空のもの。(体=空だ)と言う話を聞いたことがある。この借り物の力を借りて、行動したり、見たり聞いたり話をしたり、生活をしている。体を大切に扱って、長持ちさせれば、長寿を全うする事が出来るはずだ。
 「病は気から。」とも言う。気が病んでいては、明るい生活は出来ない。人は私を「楽天的で良いね。」と言う。泣いて暮らしても一生。笑って暮らしても一生。それなら私は笑って暮らしたい。
 「笑う角には福来る。」とも言う。「泣きっ面に蜂。」とも言う。どちらが良いか、一目瞭然。

 1月17日(土)
 今日予定していたアンサンブルのレッスンが中止になったため、コーチのN先生のお宅に伺っていろいろな話をしてきた。N先生はクラリネットの専門家で、県南のある高校吹奏楽部の指導もされている。
 先生の目から見ると私などは「アマチュアの割りによく吹く。」といったところだろうか。
 先生夫妻の音大時代の話やら、クラリネットのレッスンに通った話やら、指導している生徒の話やら伺ってきた。
 一番のポイントは「自分がクラリネットのレッスンを受けに行って笑顔で(さわやかな気分で)帰ったことがない。」という話題だ。私も個人レッスンに10年以上通った経験があるだけに(現在も続けている)、その思いは同じだった。
 たいてい、スケールとエチュードと曲の3本立て。始める前にロングトーンでその日の調子を見てもらうのだが、ロングトーンだけで1時間あまりのレッスンが終わったことも何度かある。へこんで(落ち込んで)帰る事ばかり。「私の腕はこんなものか。」と。

 私達のアンコンは終わった。今回の練習その他を振り返ってみると、私にとって得た物は何一つ無かったと言ってよい。
 去年のアンコンは銅賞に終わったものの、指導の先生の下、3人が一つの音楽性でまとめられていた。曲が難しくて、吹くので精一杯になり、アンサンブルとしては成り立っていなかった為、そういう結果に終わった。
 それからすると今年は金賞、県代表になり結果は残せたが私としては不本意以外の何ものでもない。5人の音楽性の違い。一つにまとまらない感覚。他のメンバーも不本意だった事だろう。
 最終的には、クラリネットの音に対して、皆違う考えだと言う事。「私はこういう音で吹きたい。これが私の音。」それは結構なことだが、私はもうついていけない。
 練習をプロの先生に見てもらう。そのときほめちぎる先生がいたとする。その裏側を考えて欲しい。その先生が本当に良いと思ってほめているのかどうか。
 私は、「凄く良いよ。でもここをこんな風に変えたら、もっと良くなるよ。」と言ってくれる先生がいい。そして、謙虚な姿勢の生徒。

 1月8日(木)
 T市主催の成人式が催される。式典前に某市吹が演奏をする。その指揮をする事になってしまった。団員時代に吹いたことはあるが、私の中のテンポ感覚と吹き手のテンポ感覚が違ってうまくいかない。引き受けたことを少し後悔している。
 最近「クラリネットを壊しちゃった」という曲をよく吹く。この題名は誰が訳したのだろうか。大事にしていたクラリネットが壊れたのだ。壊した訳ではない。私だったら、練習して壊れたなら怒らないと思う。しまっておいてもバランスは崩れるし、ならなくなってくる。「壊したのではなくて、壊れたのだろう。」とこだわってみる。
 
 1月4日(日)
 アンサンブル初練習。2日の初吹きは久しぶりに吹いたのと気が乗らなかったので、よい響きにならず、30分ほどで断念。今日は午前10時から練習とあって気合を入れて練習場へ。
 やはりお正月。美味しい物が目の前に並ぶとそちらに走ってしまう。
 とりあえず、響きをあわせる練習をして、アンコンの曲も何回か合わせてみる。今日は、約束事の確認と、県大会のとき緊張によって上がってしまったテンポを元に戻す練習。そんな感じで、あっという間に3時間。その後お茶会をして、解散。
 帰ってから、満足に行かなかった部分のおさらい。
 普段吹くことのないA管なので、響きが出ない。じっくりとロングトーンをしていく。第4段階のロングトーン(私の独り言のロングトーン参照)をしていく。やはりある程度の響きは出るものの、遠くに飛んでいく感じがしない。B管ではリードの振動が素直に楽器に伝わっていくのに、A管ではある音量を境に響きが増大しない。うるさいだけで、そばなりの音なのだ。
 全音域で同じよう。息でリードを徐々に振動させていく。その振動を楽器に伝える。気を抜くと音にでこぼこが生じる。そんな感じで、ロングトーンだけで1時間半ほど経ってしまった。
 夕食の後、スケールを少し練習して(ほんとに少し)アンコンとソロコンの曲の練習に入った。どちらもテンポを落として最初から。またしても、あっという間に1時間半。時間が足りない。

 1月3日(土)
 今日はK高校吹奏楽部O.(B.G.)会の新年会。午後2時から大いに飲みました。この3日間飲みっぱなし。いつまで続く事やら。

 1月1日(元旦)
 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

2003年のマメ
 
 12月27日(土)
 続きは明日、などといいながらもう土曜日。
 23日にアンサンブルコンテスト栃木県大会が県北部の黒磯市文化会館で行われた。私は、黒磯市民吹奏楽団(以下黒吹)の団長と親しい為、12月始めの定演リハにお邪魔したついでに、会場の事務の人に頼んで、小ホールを見せてもらった。大ホールは、黒吹のトラで出たときにどんな響きかつかんでいたが、小ホールは初めて載るステージだからだ。事前に会場の響きを知る事で、演奏形態を考える事が出来る。
 私達は、ステージの前のほうに出て、やや前を向く布陣にした。ステージ横の反響板がなくて、垂れ幕に音を吸収されるのを恐れたからだ。それにくわえて、音に伸びの出るオリジナルリガチャーを使用した。N先生にアンサンブルのレッスンはしていただいたが、本番直前だったので思うように消化、吸収できなかった。その他の面では出来る事はしたつもりだ。金賞、県代表は獲得したが、われわれはまだまだ進化する。

 12月22日(月)
 いよいよ明日はアンサンブルコンテスト当日。どうなる事やら。
 昨日は、あるアマチュアビッグバンドの演奏会。スペシャルゲストは北村英治氏。温かい音色でとても幸せな雰囲気に浸ってた。コンテストでも聴衆を幸せな気分にさせることは出来ないのだろうか。審査員も。
 減点法での審査方法では、無理なのかなぁ。加算法だったら、あそこが良い、ここも良いとなって、とんでもない点数がついてしまうから・・・。10万点、とか100万点とか・・・。
 コンテストとなると、そのための練習もしなくてはならない。勝つ為と言うより、減点を少なくする練習とでも言ったらよいだろうか。減点が少ないこと=良い演奏、良い音楽とは思わないが、コンクール、コンテストの枠から考えると、それも必要だと思う。演奏会とコンテストは別物。私情を捨てる覚悟も必要だ。私は鍵盤の一つ。
 続きは明日。

 12月7日(日)
 今日はベルの穴について考えてみたい。
 私が使用しているヤマハのドイツベームには、ベルにサブトーンホールなる穴が開いている。
 ヤマハの古いカタログを見ると「最低音の音抜けと音程の安定を求めて、ベルにサブトーンホールを設定。美しい中高音域を損なわずに重量感のある低音域を実現しています。」と書いてある。確かに最低音のミ/シの音はベルから直接出て行く。その上のファ/ドの音はベルとその下のミ/シのトーンホールの両方から出て行く。この違いが、ミ/シとファ/ドの音色の違いとなって現れるようだ。ドイツベームの場合は、最低音もベル+サブトーンホールから音が出て行くため、音色の違いが緩和されるようだ。
 穴の向きだが、自分の好みの位置を探すしかない。私の場合はベルのヤマハマークは前には向かない方が良いようだ。。金色ではないので、目立たないので助かるが・・・。出て行く音は、トーンホールの内側のエッジに当たって角度が変わると聞いたことがあるので、音がまっすぐ出て行くように修正される方向を考えている。
 大学卒業後ある合宿の講習会に行ったとき、クランポンのRCのベルに、穴を開けて吹いていた先生がいた。そのときは「エヘヘヘ」と笑って教えてくれなかったが、今にして思うとこういうことだったのだろう。
 ちなみに、穴を前に向けると最低音のミ/シだけが前に飛んでいく。
 しかし、これが良いのならどのメーカーも取り入れているはず。クランポンにしろルブランにしろ、ひいてはヤマハのその他の機種に穴がないのを考えると無用の長物かもしれない。ちなみに穴をセロテープでふさぐと、ミ/シの音程がめちゃくちゃ低くなる。穴のあることも考えて、ベルが長めに設計されているようだ。

 はなしは変わって。最近、漢字に対する思い入れが多いような気がする。パソコンで変換すると、とんでもない字が出てきたりするので、正しい漢字を覚えなくてはならないと思う。
 私の仲間内で話題に上った「おかわり」(ご飯の2杯目など)は、国語辞典で引くと「お代り、お替り」と、両方出てきた。もう一つの「たくさん」は、「沢山」で正しいようだ。「潤沢」「贅沢」など、多く潤う様子。水が充分にある様子。日本の自然を表しているような語彙ではないか。これ以上、自然破壊が進まないようにして欲しいものだ。「沢山」が「宅惨」(住宅が増えて、悲惨な状態)にならないように・・・。

 12月3日(水)
 雲井先生の講演から、というものが、リンクのページ「真珠の母」のよりぬき「音域ジャーナル」別冊付録の記事として掲載されています。雲井先生は、サキソフォン奏者です。
 呼吸法とベルカント声法は、私も常々関心のあるところです。本ページ上にも書き込んであると思います。何故かと言うと、雲井先生の講演のように疑問だらけだったからです。
 腹式呼吸については、横隔膜を動かすことで呼吸を自在にする。「しゃっくり」は、横隔膜の痙攣で起きます。横隔膜が、いかに呼吸に関与しているか分かると思います。ベルカントに関しては、特にフラジオ音域を吹く場合に重要な鍵が隠されています。歌にしろ楽器にしろ同じことです。それを、この雲井先生の講演から皆さんも考えて下さい。 

  11月30日(日)
 リサイタルの録音を聴きながら、よくここまで吹けたものだと思う。昨年のリサイタルから約1年半。昨年は30年吹いてきた結果。今回は1年半の結果???。会場がホールと言う事で、その響きも音色の一つとして色づけされている。ホールの響きを味方に出来るかどうかで、結果は違ってくる。今回はその響きも味方になってくれたようだ。これで、音色を決定する物は、リード、マウスピース、リガチャー、楽器+演奏する場所ということになる。クラリネット+演奏会場が一つの大きな楽器と言える。
 前回の書き込みの続きとして、クラリネットのベルについて考えてみたい。前回音色を左右する物が「バレル=タル」と書いた。私は奏者と会場を結びつける物がベルだと考えている。楽器に息を吹き込み音を出し、その共鳴を会場の隅々まで行き渡らせる。と言う重要な仕事を担っているのだ。
 楽器をベルを下にして、床に直に立てている光景を見ることがある。ベルの最下部が痛む事で、響きが違ってきてしまわないか心配になる。ベルのリングが乾燥によって動くもの(緩んで廻ってしまったり、ぐらぐらしているもの)も稀に見かける。これこそ、変な振動がホール中に響いてしまう。ベルが割れている楽器もたまにある。もってのほかだ。
 ベルの肉厚、リングの有無、リングが金属かプラスチックか、メッキしてあるのかしていないのか、ベルにサブトーンホールがあるのかないのか。などと考え出したらきりがない。
 それでは続きはまたあとで。

 11月21日(金)
 楽器の音色を一番左右する部品。それはタル(=バレル)だと言っても過言ではないと思う。私は、クランポン、ドイツベームともに2本ずつ所有していて、それぞれ音質、音色、音程、バランス、吹奏感などが全く違うように思える。
 R−13のA管に関しては、付属のタルが1本だったので、音程を調整するために短めのタルを選びに行った。短いタルはたいてい明るい響きになるようだ。A管が明るい音では、何の為のA管だか分からなくなるので、気に入った短いたるを選ぶのに苦労した。結局、付属のタルでも音程的には問題がなかったので、付属のタルをメインに使っている。
 フェスティバルに関しては、通常のタルとSバレルと呼ばれる物の2本が付いくる。こちらも私は通常のタルをメインに使っている。こちらは同じ長さだが、内径とそのテーパーの具合の違いで音色と音質が違う。
 ドイツベームに関しては、タル自体が短くマウスピースと一体となって音色や音質を作るようだ。マウスピースとタルをセットして一つの物と考えて使っている。そこで、A管、B管で一つのタルを共有することになった。
 以前、楽器屋さんでB管のR−13用のSバレルを何本か吹いてみたが、そのときはしっくり来る物がなく買ってこなかった。そのときの楽器についていたタルは、ものすごくしっとりした音色だったので、それ以上のものが見つかるとは到底思えなかった。手放すとき、そのタルだけとっておきたかったが、これもタルと楽器本体の相性があってしかるべき(あの本体には最高のタル)と考え手放した。
 最近は、楽器購入の際タルとベルを選べるお店もあるようだ。工場出荷の際、同じセットだった物をわざわざばらして売るような物だが、買うときに最高の組み合わせを探せる可能性がある。パズルはその場所にはまる物は一つしかないが、楽器(音色、音質)の場合は好みによって丸い物だったり、四角いものだったりするわけだ。私としては、元の組み合わせ+αとして考えたいが・・・。次回はベルについて考えてみたい。

 11月19日(水)
 このページは、クラリネット以外のことを書いてみようと作ったのだが、結局クラリネットのことが多くなってしまった。それだけ他に考える事が無いと言う事か。
 本ページ上でも、仕掛け、楽器などの相性と言う物があると書いた。最近考えている事は、その仕掛けや楽器に吹き込む息の相性。肺の容量、のどの太さ(内径)、口腔の容量、別の相性になるが手の大きさや指の太さ。と言う肉体的要素との相性だ。
 オーバーブローイング(吹きすぎ)によって口の脇から息漏れが起きたり、雑音が入ったり。小さな風車を思い描いて欲しい。その風車に息を吹きかける。ポイントがあっていれば細く速い息で勢いよく廻る。ところが、たくさん息を出してもポイントがずれてしまうと回転にブレーキがかかって、遅くなったり止まったりする。これと同じ事が、息とリードの間にも起こってしまう。
 大きい音を出そうとして、たくさん息を吹き込み、リードが効率よく振動しないことで、楽器が響かなくなる。そして、「もっと大きく吹け。」と言われ、より多くの息を楽器に吹き込んでしまう。「お前の楽器なっていない。」と駄目押しの一言・・・。
 ギーギー、ガーガー吹くことは無い。楽器と仕掛けが本当に自分に合っているのか。これは吹いている本人にしか分からない。初心者以外は、もう一度自分を見つめなおしたほうが良いのではないだろうか。
 年とともにパワーが無くなり、自分に合った仕掛けや楽器も変わる。そのとき一番良い相性を探したい。最近特にそう思う。今は、ドイツベームが一番気持ちよく吹ける。

 11月15日(土)
 アンサンブルでの依頼演奏が終わった。このところ、土日ごとに本番が入っていて、一ヶ月間毎週と言う感じ。ものすごくクラリネットを吹いた。リサイタル前の練習の充実感。その反動か、今日は一週間のうち吹いたのが20分で本番。この差は一体何なのだろうか。
 気が抜けてしまったのが一つの理由。集中してやってきた事で、山を越えた瞬間気の緩みから、坂道を転げ落ちたような物。抜け殻になっていたのかもしれない。
 そんな事してるから、今日の本番の緊張感は最高でした。アドレナリン出っ放し状態。リラックスしていなかったから音も飛んでいかなかったし、会場が体育館、しかも暗幕を張り巡らしてあったのと、舞台後ろにもカーテンが吊ってあったので、響きもデッドで辛かった。
 「継続は力なり。」と言う言葉が身にしみたマメでした。

 11月12日(水)
 上手いか下手かを決めるのは本人ではない。聞いてくれたお客さんに気に入ってもらえるか否かにかかってくる。難しい曲をどんなに頑張って演奏しようと、聞き覚えのある曲を無難に演奏したほうが、「今日の演奏は良かった。」と言う事になる。私としては、クラ吹き(プロ、アマ問わず)をうならせるような演奏がしたいのだが、まだまだ未熟なようだ。

 11月9日(日)
 私の2回目のリサイタルが終わった。前回は、コントロールされない音が多々ありイヤだったが、今回はそういう事も無く終了して安心した。もちろん、プロのようにノンミスと言う訳には行かないが、安心して聞いていられたのではないだろうか。
 リハーサルを聞いていたスタッフ連中は、ヒヤヒヤしていたと思うが、私にしてみればあれ以上ひどくはならないと言う開き直りのおかげで、本番うまくいった。1部は、45分吹きっぱなしの状態。「よくスタミナありましたね。」と感心されてしまった。そのあと、2部の2曲と、3部の6曲アンコール2曲と、吹き応えのあるリサイタルだつた。

 リサイタルを支えてくださった皆様に、心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。

 11月3日(祝)
 11月になってしまった。1日、2日と県北の方に行ってきました。このことに関しては掲示板にも書き込みましたが、重複することを除いて報告します。
 3団体合同の為、クラリネット奏者も様々。地域が県北の為、那須、大田原、なみなみと掛け持ちの団員もいたりして、人数的には増えない。実質5人。私ともう1人のトラを入れても7人。+バスクラは2人。
 今回、問題にしたいのはエキストラの有り様だ。私はアマチュアなので、なるべく練習に参加しようと思っている。これは、吹いたことのある曲でも、指揮者によって音楽の作り方が違うし、アインザッツのそろえ方も違うから、それを体に覚え込ませる為だ。たくさんの演奏会を重ねるうちに、そんな物はすぐに分かるかも知れないが、そのバンドのカラーを壊すような事だけはしたくないという思いからなのだが、エキストラ一人一人考え方も違うと言う事か。
 カール・ライスター氏が大好きと言う人が助っ人に来た。私もアズキ様もカール・ライスター崇拝者で、私はカール・ライスター氏の孫弟子を自認しているくらいだ。(3人目の師匠がカール・ライスター氏のお弟子さんということで。)
 その人はR−13にB−40、バンドレンの2半のリードを使用していた。大好きと言うだけで、ライスター氏のような音を出したいと言っていた訳ではないが、疑問に思ったことが一つある。「ライスター氏の使用マウスピースは、どんなタイプなのか?」と言う事だ。私も氏のマウスピースのタイプを知らない。ViottoではLシリーズが氏の使用マウスピースを模した物なのだが、L−5を使っている人を知っている。−5と言うのはオリジナルよりティップオープニングが5%狭いと言う事らしい。と言う事は、オリジナルのLは相当開きのひろいマウスピースと言う事になる。
 私の使用しているP+5は同じベルリンフィルのペーター・ガイスラー氏のマウスピースを模した物で、+5と言う事は5%ティップオープニングが開いている事になる。
 私は、ドイツトーンを出したいがために、試行錯誤を繰り返しここまで来た。だからと言ってどうでも良いことだが、その人の出している音が、ライスター氏の音とはだいぶかけ離れていたので書いてしまった。その人は私よりも年上。しかし、ブランクがあるので、経験年数は私より10年ほど少ない。もちろんアマチュア。

10月29日(水)
 マウスピースと楽器の相性と言う物がある。マウスピース、リード、リガチャー、楽器という4つの部分を全て良いものでそろえたとする。ところが、1つ1つは素晴らしい物でありながら、出てくる音が「何で?」と思えることがある。それは相性を考えに入れていないからだと思う。そしてもう一つは、そのシステム(その4つの部分を総称して)が、奏者に合っていないことも考えられる。
 楽器の機種によって、吹くパワーが違うのだ。その人の成長によって、楽器もレベルアップしていく。年を取ったら、私のように吹きやすい楽器に変えていく必要もあると思う。私は、ヤマハ党。
 パワーの無い人に、吹き心地の重い楽器では、楽器を鳴らしきれないし、パワーのある人が、吹き心地の軽い楽器ではオーバーブロウして息が余ってしまう。と言うようにその人にあったシステムを見つけなくてはならないと思う。
 確かに、上級機種を最初から与えるのはやる気を出させる為に良いのかもしれない。ところが、それをもてあましてしまっている子達を良く見かける。上記のように考えていくと、やはり中学生のうちはクランポンのE−11〜13辺りから吹くのが良さそうだ。そういった初心者用の機種は私の印象では軽く鳴る。無理をしなくても響く。そして、この楽器たちは、奏者が成長してクランポンの上位機種に持ち替えるのにも指の感覚から言うと違和感無く進める。
 いよいよ私の娘にもクラリネットを教えることになった。私が娘に選んだ楽器は、ヤマハカスタムCXだ。この楽器は無理せず響くのだ。内径も細いようで、私好みの音がする。音程も良い。
 このところ、ヤマハの入門機種の4〜とか6〜とかは吹いていない。私の周りに持っている人を見かけないのだ。Vシリーズの良い部分を採用してあって、選べば良いものにめぐり合えるとは思うが、いかがな物だろうか。私なら、CXを勧めるところだ。
 マウスピースだけは、選びに行かなくてはならない。私の持っているものは、マニアックなマッピばかりで、初心者に安心して吹かせられない物ばかりだから。

 10月25日(土)
 リードの調子がやっと良くなってきた。と言っても練習用のほう。口がなじんでしまったのだろうか・・・。本番用は決まっているので、それを本番までに良い状態に持っていく。
「メインの曲は何?」と聞かれて、自信を持って「川の〜」と答えた。やはり日本人はこの曲でしょう。カラオケも得意だし。
 裏のメインはもちろん「もの○〜」。知る人ぞ知る、私の宴会芸の十八番。
 今回はグリッサンドが無いので、去年のを聞いた人にとってはおとなしく感じて、つまらないかな。その代わり、盛りだくさんの内容になっています。
 1部は、去年同様クラリネットの定番のソナタ。自己満足の世界に浸ります。
 2部のゲストは、アンサンブル仲間でも紹介している、OTTOHコンサネンス・クラリネット・クワイァーの皆様のアンサンブルと、私の息子とその仲間の歌のダブルゲスト。
 3部は、よく知られた曲をクラリネットで吹きます。途中で、超絶技巧が2,3入ったりするかも。
 とにかく出演者とお客様が一緒に楽しめるコンサートにしたい。


 以上は掲示板に書き込んだことで、リサイタルのコマーシャルです。
 
 今日は栃吹の練習に参加してきました。明日の健康祭りの依頼演奏を手伝う為です。指揮はもちろんさかはし矢波氏。音楽のまとめ方と、吹き手をひきつける手法には学ぶべき物がある。氏のレッスンは生徒も集中して、あっという間に時間が過ぎていくのだろう。私のレッスンもそうありたいものだ。

 10月22日(火)
 アンサンブルの練習日。another"O"氏が新顔登場と言うから、どんな新顔かと思っていたら・・・。
 練習場所のノエルさん宅に着いたのがほとんど同時刻。バスクラのケースのほかになにやら別のケースを抱えている。練習場所である応接間に入り、楽器を組み立て始める。私がノエルさんと、26日の栃吹の依頼演奏の楽譜の打ち合わせをしているうちに、another"O"氏が楽器を組み立て終わって、音を出した。なにやら聞き覚えのある音色。
 「それって、バセット?(バセットホルン)」と私が聞くと、
 「そうです。よくわかりましたね。」とanother"O"氏。普通は「アルトクラですか。」と訊かれるらしい。
 アルトクラとはやはり音色が違う。モーツアルトの「13管楽器〜」ができそうだ。もう一本は氏家ウィンドのN先生が持っているし。
 私達アンサンブルの個人所有の楽器は、5人で20本以上(スペアのB管含む)。平均1人4本は所有しているって言う事。20人までは参加OK。オットー・コンサネンス・クラリネット・クワイァーの名前の由来は、所有楽器の本数だったりする。

 リサイタルまであと18日。秒読みの段階。私の演奏より、アンサンブルの方が良い状態になってきた。主従が入れ替わらないように、こちらも気合を入れなければ・・・。気合を入れるのは、得意中の得意なのだが・・・。ちょっと意味が違うかな。

 やはりリードの育ちが悪い。練習では状態のやや劣るリード(練習用)で吹いていて、本番用のリードを温存。本番用はちょっと吹いてはおしまい。練習用に口がなじんでしまって、本番用が重く感じて仕方が無い。5枚の本番用は見つかったのだが、どうなる事やら。そのあとアンコン、ソロコンと活躍の場はあるし。ま、そのうち使えるようにはなるでしょう。

 10月14日(火)
 この連休で下唇が痛くなるほど練習した。かむ力が強すぎるようだ。精神的に余裕がなくなってきているのだろうか。吹いていないと落ち着かない。テンションが高くなってきているので、音に対してかなり敏感になっている。いい音で、いい音楽をしたい。この集中を本番当日まで持続できれば、素晴らしい演奏ができるはずだ。しかし、毎日吹けないジレンマに悩まされる。
 クラリネットで、生の音を出すと、「裸で往来を歩くようなもの」といわれる。けばけばしいのもイヤだが、せめて街中を闊歩できる服くらいはまといたい。良い音を常に出す努力を惜しんではいけない。リードに関しても、良い音の出るリードを探す。演奏会前になると、新しいリードの箱の封を切る量が増える。今の時期が一番多い。育てるのに最良の期間だ。今のところ、本番用が4枚ほど見つかった。あと1枚は欲しい。その他に、同じような練習用が10枚ほど・・・。
 
 今日のアンサンブル練習で、リードを育てる話になった。良いリードを見つけて育てるのに、もったいなくて吹かずにいて、一つも育たないという笑い話。どの程度吹いていくかが問題だ。へたってしまっては取り返しがつかない。私の場合は、最初はなめる程度。音を出すのも1分ほど。しかも、チューニングのベーの1オクターブ下をぼそぼそと。
 毎日ふけないのが功をそうして、程よい乾燥と湿潤を繰り返す。5枚用意するのは、本番の体調によって変えるためだ。昨年は、曲想に合わせてリードを替えたが、今年はどうするかは未定だ。曲によって音色を変えられたら、最高なのだが・・・。
 音色についても、好みは人それぞれだ。倍音を多く含んで、今にもひっくり返りそうな音を好む人。逆に安定した、どっしりとした音を好む人。
 かなり前の演奏会で、私としては不安定で、リードミスしないように注意して吹いていたことがある。演奏会終了後、友人の1人に、「今日はものすごく良い音でしたね。」と言われ、皮肉を言われたと思っていた。彼の演奏会に私も皮肉を言ってやろうと考えていたが、ふと彼がいつもそういう音で吹いているのに気がついた。確かに、倍音を多く含む音は、ソリスティックで際立つ。しかし、安定感に欠ける。かといって柔軟性もない。が、彼はそういう音が好みなのだ。私は、喜んでいいのか、悲しむべきなのか考えてしまった。

 10月11日(土)
 ウィーンフィルの主席クラリネット奏者ペーター・シュミードル氏が、那須野が原ハーモニーホールでモーツアルトのクラリネット五重奏曲を吹いた。チェコのパノハ弦楽四重奏団との共演。氏の人気は最近どうなのだろうか。800人ほどのホールなのに、半分も埋まっていない。流石にゴーっというウィーン特有の音色に魅了されつつ、演奏終了後小山のオーボエのK先生と「氏はいくつになるのか。」と言う話になった。風邪でも引いていたのか、2楽章では咳き込みながらの演奏。ブレスも変な場所でとったり・・・。挙句の果てに、演奏中に変な男がずかずか入ってきて興ざめな演奏会だった。
 気を取り直して、夕方からはピアノ合わせ。やっと曲の仕掛けがわかってきたと言う程度。後1月でどこまで仕上がる事やら・・・。リサイタルまで、あと29日。

 今日から蔵の街音楽祭が始まった。私はバロックに興味がないので、今年は行きたいコンサートはない。何年か前に、古楽器によるベートーベンの「英雄」のコンサートがあったが、いつも聞きなれているチューニングとは全然違って低く聞こえて気持ち悪かった。毎朝目覚まし代わりにかかっている「朝のバロック」では、それほど違和感を感じた事はないのだが、何故だか分からない。

 10月2日(木)
 最近、というか去年(2002年)の4月頃から、私はクラリネット、オーボエ、ファゴットという木管三重奏を通してレッスンを受けています。
 そこで重視されているのが、それぞれの音の立ち上がりを似たような音で立ち上げる事です。
 シングルリードの楽器とWリードの楽器は音の立ち上がりがまるで違います。それをあわせるのです。Wリードが、クラリネットの立ち上がりのまねをするのは、不可能のような気がします。クラリネットが、雑に音を立ち上げてもWリードの出だしの音にはなりません。(失礼な事ですが、Wリードの音の立ち上がりは好きではないので、雑な立ち上がりとしか認識していなかった。)
 タンギングやスタッカットにしても、クラリネットはベタベタしがちで、Wリードははっきり聞こえます。ここでは、クラリネットが、音を短くはっきり発音しなくてはなりません。また、クラリネットは全体を包み込むような、柔らかい音色を求められるときがあります。
 そればかりではなく、各楽器がメインでメロディーを吹くときは、その楽器の特徴を出さなくてはなりません。
 星野先生によると、「クラリネット吹き(管楽器奏者全般にも当てはまると思います。)は、たくさんの引き出しを持っていなくてはいけない。その場の状況や、指揮者の要求にすぐにでも対応できる様に。」と言う事でした。私はドラ○もんのポケットのようにと言っています。私の上着のポケットからは、たまに10本以上の缶コーヒーが出てきて、ノエルさんたちを驚かすときがある。意味が違うけど。
 今まで、たくさんの先生に教えていただいたおかげで、私の引き出しもだいぶ増えました。

 10月1日(水)
 空手仲間のA先生とともに、剛柔流最高の形「スーパーリンペイ」を練る。動きを覚えるだけでも大変なのに、武術的要素が絡んでくるのでより複雑になる。全ての形に言えることだが、練れば練るほど疑問が出てくる。形の動きを突き詰めていくと、剛柔流独特の接近技法になって来るようだ。私の未熟な武才では、先人が残した形を間違えずに伝えることだけでも至難の業だ。

9月30日(火)
 9月も最後の日になってしまった。年を取ると1日が短く感じられる。子供のうちは、一日が長かった。きらいな教科を勉強しているときなどは、特に長く感じた。5歳のときの一日と、12歳のときの一日と、17歳のときの一日。(ちなみにこの年齢は、私の3人の子供達の現在の年齢だ。)そして、私の44歳の一日。44年分の一日だもの、短い訳だ。44年間に閏年が四分の一の11回。計16071日分の一日になる。と言う事は、100歳まで生きたとして、36525日しか生きられない。たいした日数ではない。そのうちの一日を無駄にしないように、考えて使わなくては、生きている甲斐がない。
 昨日を最後に、片岡鶴太郎氏の書描のNHK講座が終了した。22日の字もその講座を参考に真似して書いたものだ。私にとっては、とてもためになった講座だった。基本はおさえるものの、最終的には自由に。そこで、才能の有無が現れる。私は、まねをするのは得意だが、オリジナリティーには欠ける。今度のリサイタルでは、自分をどこまで出せるか。挑戦するつもりだ。


 9月27日(土)
 エチュードの紹介のページを振り返ってみると、その他にも手持ちに在ったものがある。ところが、人に貸したりしているうちに、見つからなくなってしまう。最近はそれに懲りて、絶対に貸さなくなった。貸さなければ、自分の管理の手落ちと言う事で、人のせいには出来ない。現在、絶版になっているエチュードもその中に有ったりして、かなり後悔したからだ。
 楽譜にしてもそうだ。楽譜は宝物だ。上手になりたかったら、惜しまずに自分で買うべきだと思う。ボロボロになったり、印刷が色あせて見えなくなったりしている楽譜を使うのも、味があって良い。「この楽譜と一緒に頑張ってきたんだな。」と実感できる。自己満足の世界かもしれないが、師匠のチェックが書き込まれたりしているとよけいそう思う。

 9月24日(水)
 昨日の掲示板にも書いたが、空手の大会があった。やはり、「人に対する心遣いを大切に。」と先生方のあいさつにもあった。他人の立場を尊重すると言う事。自分を主張する前に、他人を分かろうとする心が大切なのだ。ということだろう。分かりっこないとあきらめるか、人の心が読める人間になるかは、自分次第だ。武道と音楽をすることで、人と気を通わせる事、人の裏をかくことができるようになる。
 裏をかく、と言うのには語弊があるかもしれない。このHPのどこかにも書いていると思うが、人には器量と言う物がある。うつわとはかりだ。これは自分では分からない。他の人が見て判断することだ。もし私がある人の底が見えないとする。と言う事、すなわち私がその人よりも底の浅い人間と言うことになる。同じ深さを持っていたら、その人の底は見えるはずだ。また、「あの人はこんな人だ。」と決めてかかったとする。もしその人の底が見えていなかったら、うわべだけで判断している事になり、これほど危険な事は無い。
 武道と音楽で人の心を読む事によって、危険を回避して自分を護る「暮らしに活かす護身術」となる。

 9月22日(月)
 今日の心境
「心命」を賭して、全ての物事に臨みたい。
 本来は身命というらしい。体も命もと言う意味のようだ。しかし、私は敢えて心と命と書いてみた。「肉体を制するのはこころ。」と言う意味で。

 9月21日(日)
 今日はバス旅行でディ○ニーシーに行ってきた。台風の影響で、風雨が強くとても大変な思いをした。開園2周年になるそうだが、私たち家族は行くのが初めてだったので、かなり期待をしていた。雨の影響もあるのだろうが、並んでいたアトラクションの安全装置が働いたとかで、乗る寸前で乗れなくなり特別パス(ファストパスのようなもの)を貰ったり、傘がジャマになったりと散々だった。最初レインコートやカッパを持ってきたほうが良かったかと思ったが、全てのアトラクションで、「レインコートはお脱ぎ下さい。」と案内されたので、傘のほうがたためばすむのが良かった。勿論、私の足回りは、トレッキングブーツにジーンズ。しかも、ジーンズのすそには防水スプレーがかけてあった。嫁さんもそう。かわいそうなことに子供達は、普通のスニーカーに防水スプレーをかけたのだが、生地自体が水を通す物だったので、全く意味が無かったようだ。帰る頃にはビショビショ。バスに戻って替えの靴下にはき替えさせたが、靴を履いたら同じこと。
 私は、何所へ行くにもライトスティックを持っていく。子供達にも渡してある。遊ぶ為もあるが、待ち合わせや、はぐれたときに色のついたスティックを振る事で、すぐに分かるようにする為だ。今回も子供達に渡してあった。人魚のエリアで、携帯電話が通じず、私1人がアトラクションに乗らずにアトラクション出口の近くに座って待っていた。とにかく人でごった返していて、誰が出てきたのかも判別がつかないほどだ。アトラクションから降りてきたときに、ライトスティックを振ってくれれば、すぐに気がついたのに、誰もそんな事を考え付かなかったようだ。私の座っていたところは、出口の真正面。体と同じ方向を見て、出てくればすぐに目に付くはず。それを通り過ぎて、1時間も探し回るなど、間抜けな事だ。私は、混雑していたので、1時間の待ち時間は当たり前と思っていたので、気にも留めなかったが、あまりに遅いので、携帯の通じるところまで行って電話をしたら、買い物をしていたという。荷物を持って、待っていた自分がバカらしくなった。世の父親と言うのは、こんな物なのだろうか。
 今日の救いは、餃子ドッグを食べられた事と、補助(寄付や寸志を含む)がたくさん出ている行事だったので、バス代込みでもパスポートの値段以下で行けたということ。ランドのトムソーヤ島で、一日中遊んでいても飽きない私たち親子にとっては、今日はちと物足らなかった。アトラクションも暗いところが多いので、ペア向けには良いのかも知れない。

 9月19日(金)
 今日は本部道場の昇段、昇級審査会。私が預かる支部道場から2人の生徒を送った。そのうちの1人は、このページでも紹介しているあの頑張りやさん。その子が、初段をいただいた。黒帯。もう1人の子も、2級から1級に上がった。とりあえず、「この2人なら合格するだろう。」と見た私の目を館長先生が認めてくださったという事が、とても嬉しく、そしてありがたい。ちなみに、黒帯を許されたときの嬉しさは、頂いた者にしか分からない。嬉しいのと、誇らしいのと、自慢したいのと色々な思いが入り混じった感覚。出来る事なら、黒帯を頂いて、初めて「私は空手をやっています。」と言える、と言う事を知って欲しい。今までは、空手の真似事で、黒帯になってやっと空手らしい事が出来るようになったのだから。

 9月18日(木)
 今日ははじめてのピアノ合わせの日。最終アンコール(何曲やるつもりだ、まったく)の音取りがやっと終わって、ピアニストに渡す楽譜を印刷した。あわせながら変更していく箇所もあるとは思うが、MIDIで聴いてみると悪くは無い。どんな合わせになるやら・・・。今回のスィング・ジャズ2曲は双方ともに私に合わせて書き換えてある。特にアンコール用のピアノ譜は、ドラムとバイブとピアノをまとめた譜面になっているので、とても忙しい。
 今日のメインは、プーランクとサン・サーンス。この2曲で疲れてしまいそうな気がする。

 合わせから帰ってきた。プーランクとサン・サーンスを合わせ、ブルグミュラーも何とか合わせてきた。プロのあわせなら、最初からインテンポでガンガンいくのだろうけれど、私はゆっくりのテンポから地道に行くほうが良い。ピアノとの絡みもはっきり確認できるし、何しろ吹けない部分が無くなる。本番までにインテンポまで上がるかどうかは、ちと疑問。去年もそうだったけど、ぎりぎりまでしつこくサラって、当日は開き直って楽しむことにする。

 9月16日(火)
 13,14と昼間は國學院の文化祭に行き、夕方からはブラスの練習に参加。多忙な連休が去っていった。そして15日の敬老の日、オータムコンサート。出来はというと、吹奏楽のクラ吹きに求められる技術は、私の持っている技術より高いレベルに在って、私などではまだまだたどり着けないと言うしかない。一夜明けて、興奮も収まり、私の実力はこんなものと振り返り、落ち込んでしまった。

 9月14日(日)
 昨日と今日は國學院栃木高校の文化祭。私の上の息子がミュージカル部の公演で「屋根の上のバイオリン弾き」のモーテル役を無事にこなす事ができた。家では、歌ったことが無かったので、どんな風に歌うのか心配していたが、昨日の公演と、今日の公演の併せて3回。二日間で6回公演のうち3回の配役。(トリプルキャストのうちの1人ではあったが半分の公演に登場した。) 流石に今日のグランドフィナーレは、部員一同力が入っていて、力みすぎの感があったが若いパワーを感じる好演だった。
 ミュージカル部の公演は國學院祭の目玉ともなっていて、1回の公演で約200人のお客様。立ち見まであわせると2日間で1000人は超える計算になる。
 話は変わるが、いよいよ明日は栃木市民吹奏楽団のオータムコンサートが開催される日だ。今回エキストラとしての出演だ。エキストラに対する考え方は様々だと思うが、私はオケにいた頃から、エキストラは必要だとしても最低限にしたうという考えだった。ところが、良い音楽をしようとするとエキストラの人数を増やす事になるらしい。正規のメンバーより、エキストラのほうが多くなってしまうこともある。弦楽器が少ないときは特に。
 良い音楽をするということはどういうことなのだろう。自分達の力では、良い音楽ができないのだろうか。人頼みの演奏で、良い演奏をする。イコール「自分達は良い音楽を作れなかった。」と言う事になるのだろうか。人頼みで良い演奏会をしても、自分たちのカラーが出る演奏会にはならないと思うし、その場しのぎで将来性がないような気もする。かく言う私も、出演依頼を受けると、断わる理由も見つからず、オーケーしてしまうのだから、あきれて物も言えない。
 ソロや小編成の場合責任は個人だ。大編成の場合も、本来ならそうあるべきだが、やはりレベルの差があって、上級者が初心者をカバーするのは当然の事になる。今度のリサイタルでも、その責任の重大さに押しつぶされないように、しっかり練習せねばならない。ソロのエキストラは頼めないのだから。

 9月13日(土)
 前の書き込みから、一週間経ってしまいました。その間、特筆すべき事は無かったにもかかわらず、掲示板のほうにはあれやこれや書いていました。掲示板と重なってもなんだし、どうしようかと思いつつ、やはり書いてしまうマメでした。
 さて、今度のリサイタルで使うピアノの調律をいくつにするか迷っています。前回は442+でやりました。気温、湿度、響きを考え合わせてそのように設定したのですが、少しきつい音色のような印象を与えたようです。今回は、442−にしようかと考えていますが、フラット気味になるので雰囲気が暗くなるのを恐れています。何故442ピタでやら無いかというと、私の天邪鬼な性格のせいです。調律師泣かせ。11月の私のピッチはどのくらいになるのでしょうか。請うご期待。
 演奏会寸前になると、ナーバスになり楽器をかなり気にするようになります。練習量も増えて、楽器の許容範囲を超えてしまう。特にキィアクションがへたってきて、指の動きについてきてくれなくなるのが頭にきます。とにかく指が強く硬くしかも速いのです。そんな訳で、演奏会一ヶ月程前から楽器屋さん通いが始まるのです。
 そして昨日は、A管B管セットで調整に出しました。急遽、A管への持ち替えもしなくてはならなくなり、持ち替え時の違和感が少なくなる様に微調整をしてもらうためです。今日の夕方仕上がりと言う事で、今日の練習に間に合うかどうか微妙なところです。

 9月6日(土)
 栃木県の北のほうには、現在廃線になった鉄道路線が何本かある。私が最近興味を持っているのが、東武鉄道矢板線(矢板‐高徳間)と塩原軌道(西那須野‐塩原口間)と東野鉄道(西那須野‐那須小川間)の3線。ネットで調べると、実際に足を運んで調査、研究されている方たちがいて、私も一度その場所を尋ねてみたいと思っています。
 
 9月4日(木)
 今日は、ひざが痛い。長時間立ったり、歩行したりすると痛くなる。結構あちこちにガタが来ているようだ。スタントマンなら、あんなところから落ちても、次のアクションに平気で移る場面だ。自分の体が、まだまだ鍛錬不足なのを思い知った。
 今野敏氏の「人狼」という文庫本を読み終わった。この主人公は、元空手使いで、膝を壊して引退して、整体師をしている設定になっている。膝を壊したあと、人生に失望するが沖縄の老空手使いに古流の空手と武器術と整体法を教わり、やり直せたことになっている。膝を壊した空手家が、ストリートファイトでフルコンタクトの現役選手に勝ってしまう。不可能に思えることを、可能にしてしまう。小説だからだろうか。
 「真実は、小説より奇なり。」という言葉がある。古流武術には、素晴らしい技が口伝で伝えられているが、口伝を教えてもらっても出来ないことがある。それは何かというと、実戦経験だ。試合では、反則になってしまう技がほとんどだし、同じ道場の仲間には、試したとしてもやるマネだけしかできない。実際にどの程度効くかは、分からない。本気で試す訳にはいかないのが実状だ。私の術もまだまだなので、この小説の主人公のように、技を極めたいものだ。
 今野氏の本は、私に目標を与えてくれる。その目標が、達成不可能なほど、努力のしがいがあるというものだ。ほんの少しの努力で達成できる目標なんて、つまらない。手探りで、霧の中を歩くようなことこそ、人生そのもののような気がする。
 私が習った柔術にも、指圧と整体術が含まれている。指圧は国家資格が要るので、他人に施術する訳にはいかないが、私の家族には割りと評判が良い。「こんなんで効くのか。」と疑問に思われているうちは、不思議な事に全く効かない。「信じる者こそ、救われる。」のだ。私の腕は、その程度のもの。

 9月2日(火)
 今日、ハイチューキゥイ味というのを買ってみた。開けてみると、黄緑の中に黒い小さな粒々が入っている。一番下の息子が、「この種たべられるの?」と訊く。説明書きを読むと、「黒い粒々は、キャンディーチップです。」と書いてある。そう説明すると、「キャンディーチップってなに?」と訊いてくる。「飴の粒だ。」と答えると「チョコレートチップみたいなの」という。アイスクリームのトッピングに使う、チョコチップを知っていて、キャンディーになったら分からなくなってしまう。 私も、もっと難しい質問されたらどうしようかと、冷や汗ものだ。最近、様々な事に対して、「あれは何? それはどういう意味?」と尋ねるのだ。誰かの偉人伝で、小さい頃色々な事に興味があって周りの大人に何やかにや質問しまくって、うるさい子供だと思われたと言う事を読んだ覚えがある。(エジソンだったか、ニュートンだったか忘れたが・・・。) 「 うちの子も、えらくなりそうかも。」と思うのは、単なる親ばかであろうか。しかし、子供の可能性をつぶすような親にはなりたくないと思う。勉強して、とりあえずは答えられる親でありたい。
 今日、リサイタルを行う文化会館小ホールの使用料を払いに行ってきた。もう逃げも隠れもできない。曲は去年に比べると軽い曲にしたつもりだったが、きちんと吹こうとするととんでもない事が分かった。遊びで吹いているのとは、訳が違う。今までは、その曲の入り口あたりを、うろうろしているにすぎなかったようだ。あと2ヶ月、じっくりとさらい込むつもりだ。

8月31日(日)
 一ヶ月などあっという間に過ぎてしまった。このページを作ってから1月。振り返ると色々ありました。とにかく月末に屋根から落ちるという落ちもついたし、案外頑丈なんだなという実感もあった。もとより慎重派の私が落ちたのだから、信じられない事である。仕事の上では、万に一つの失敗も無いように注意してきたはずなのに、これも間(魔)のなせる業なのだろうか。落ちた場所は、その家で言う鬼門の方角。2、3ヶ月前には、その家のだんなさんも落ちた場所であった。それを知っていたので、より慎重にやっていたはずなのに、こうなってしまった。ちょっと落ち込んでいます。
 
 8月28日(水)
 脚立から屋根に移ろうとしたところ、足が滑って約2.2メートル下に落ちてしまった。頭から落ちなくて良かった。とりあえず、病院に行きレントゲンを撮ってもらった。地面にぶつけた、尻、肩、肘より瞬間的に受身をとって丸くなったときに、左の腰の道具袋に入っていた金槌の柄がわき腹に当たり、肋骨が心配だったからだ。
 幸い肋骨には、骨折、亀裂骨折(俗に言うヒビ)ともに無く、一安心。打撲だけですんだので、2週間もすれば治る。しばらくは、安静にしていなくてはならないが、たまにはのんびりするのも良いかもね。
 それよりも、足が滑ったと思ったら、体に衝撃が走った1秒ほどの時間に、とっさに受身をとっていたのには、自分でも驚いた。やはり訓練鍛錬はしているべきだと思う。高いところから(限度はあるが)落ちたり、自転車でこけたりしたことが何度かあるがそのつど受身をとっていた。無意識のうちに自己防衛ができたのも、空手、柔術のおかげだ。明日、明後日辺りが一番痛いだろう。

 8月26日(火)午後7時
 夕方、一番下の息子が玩具のプラスチック製のトラックのバンパー部分が壊れたので、「パパ、なおせる?」と言って持ってきた。
 「ボンドでつければ直るよ。」と答え、自室でア○ンアルファを使って接着しようとした。バンパー部分は、長さ80ミリ、幅15ミリ、厚さ2ミリほど。指で押さえ、接着剤を流し込む。確かに瞬間接着剤だ。バンパーが私の左手の人差し指に張り付いてしまった。そのまま、バンパーが車体と完全に接着されるのを待つ。プラスチック同士よりも、指のほうが先に着いたのには驚いた。トラックは直ったが、次は私の指をはがさなくてはならない。しかし、無理にはがすと皮も一緒に剥けてしまいそうだ。それに、今日はこれからアンサンブルの練習がある。左手人差し指にトラックが着いたままでは、クラリネットが吹けない。車を運転して練習場所に行くにも、人差し指の先のトラックが邪魔だ。さあどうなる。続きは、練習の後で。では、行ってまいります。
 同日、午後11時45分
 流石に、トラックと一緒には練習できないので、「はがし液」が有ったはずだと思い、あちこちの引き出しを探し回る。あったあった。ふたを開け、厚紙の上に少量だし、ペーパーナイフの先端に少しずつつけ、張り付いた部分の端を溶かしながら徐々にはがしていく。根気の要る作業だ。10分ほどかかって、やっと指がトラックから開放された。はがし液が無かったらどうなっていただろうか。仕事柄、有機溶剤なども有るにはあるが、トラックごと溶かしてしまっては息子が泣く。はがし液がついた部分のバンパーは、白く変色してしまった。その後、はがし液で人差し指に残っていた接着剤のかすを溶かして、ハンドソープでよく洗って作業は終わった。(なんの作業だまったく) 練習中人差し指の先がひりひり痛かった。接着剤負け? はがし液負け???

 8月25日(月)
 空手の関東大会に私の道場から1人出場する。稽古が終わった後、1人で残って練習して行く頑張り屋さんだ。教えるほうも、自然と熱が入ってしまう。ただし、おてんばなので、大会前に怪我でもしなければ良いのだが。
 私も、形の部で、2年続けて関東大会、一昨々年は全国大会に出場した。結果は残せなかったが、良い経験をさせていただいた。
 当日コンディションが良くなかったと言い訳する人がいるとする。うまい人は、稽古を積んでいてうまいのだから、その日のコンディションがどんなに悪かろうと、良い結果を残す。そんな言い訳は、稽古不足の言い訳にしか過ぎない。また、本番の日に最高のコンディションに持っていけないのは、本人の自覚が(覚悟が)足りないだけだと思う。
 私も、これから演奏会が続く。全て良い状態で吹けるように、日ごろから節制しなければならないと思う。

 8月16日(土)
 お盆休みも明日で終わり。今日は京都では送り火が行われるのでしょうか。
 お盆休みを利用して、今までにもたくさんの場所に行ってきました。その中でも心に残っている場所と言うか、人は星野富弘氏と氏の美術館です。ご存じない方のために、少しだけ解説を加えると、氏は高崎のある中学の先生をしていたとき、部活の指導中に突然のケガに見舞われ、首から下が動かない状態になり、口を使って筆を扱い、絵やコラムなどを書いています。場所は群馬県東村。渡良瀬渓谷鉄道沿線に村立の美術館があります。私は車で行ったので、最寄駅名までは分かりません。
 私などは、手で書いても描いてもあんな文字や絵はかけません。一文字で、人に感動を与える。小さな花びらの絵一つで見る者の心を打つ。何故なのだろうか。私の感想をここで具体的に書くことはできません。言葉や、文字はその感覚の何十分の一しか伝えられないし、言葉や文字で表した時点で、その程度の感動になってしまいます。
 その答えは、是非ご自分で足を運んで、ご自分の心で見つけて欲しい。音楽をやる上でも、魂のこもった音楽に仕上げていかなくてはならないのだから。

 8月14日(木)
 昨日、浅草の松屋の中にある熊沢書店で今野敏氏の著書「赤の捜査ファイル」という本を買ってきました。医療ミスを扱ったものなのですが、読んでいくうちに引き込まれ、たった今読み終わったところです。氏の作品は安積刑事のもの以外ほとんど読んでいますが、このSTシリーズは一味違う雰囲気で、主格が多すぎて、このキャラクターを良くぞここまで書き分ける物だと、いつも感心します。氏は、常心門という古流を受け継いだ空手の門人で、武術の世界の人間です。格闘の場面のリアルさは、他にまねができないほどです。読んでいるほうにも、ある程度の予備知識は必要だと思いますが・・・。黒いモスクワ、青の捜査ファイル。私としては、黒の活躍を期待したい。
 氏の著書を読み終わったあと、すがすがしい爽快感、充実感を感じるのは私だけでしょうか。

 8月13日(水)
 前回の書き込みから、一週間経ちました。私は、嫁さんの実家のある滋賀県守山市で、一足早いお盆休みを過ごしてまいりました。
 8日の夕方栃木を出発。折も居り、台風10号到来の日。新幹線で米原までは順調にたどり着けたのですが、在来線に乗り換えた直後、近江八幡駅での事。強風で守山−草津間の架線にビニールが巻きつき、電車が立ち往生。駅構内だったので、不安感も無く、架線のビニールが外れれば、運転再開になるだろうと安心していられました。しかし、これが新幹線の中で、駅以外の場所で、しかも停電と言う状態に陥ったらどうだったでしょうか。新幹線は、窓が開かないので、蒸し風呂状態。しかも、真っ暗。パニックに陥ったとしたら・・・。
 私のかばんの中には、マグライト、乾電池、ライトスティック等の非常用品は入っているものの、実際の危機には役に立つかどうか、疑問になりました。私は、ジーンズにトラッキングブーツ。他の家族は、軽装。外に放り出されたら、ぬかるみも歩けない状態。かく言う私も、カッパ等の非常雨具は無い状態でした。
 日本人の危機管理に対する、甘さと言う物を実感しました。
 10日の午後は、できて間もないびわ湖フィルと言う、アマチュアオーケストラの練習の見学に伺いました。メンバーのしっぽさん、ナオさんとはHPを通じて連絡はしてありましたが、顔も分からずどうなる事やらと思いましたが、そこは音楽が好きな仲間と言う事で、練習に参加させていただき、楽しいひと時を過ごす事ができました。久しぶりにオケで吹きましたが、やはりオケは良いですね。栃木フィルを辞めて10年以上経ちましたが、私のクラは、オケでも充分通用すると言う感触を持ちました。上手か下手かは、他人が決めることなので、自分がうまいと思ってもしょうがない事ですし、音色の好みは人によって違いますから聴く人はそう思わないかもしれませんが。

 8月6日(水)
 昨日の雷は凄かった。私が現場から家に戻ってくると、娘に頼んでおいたはずの窓が閉まっておらず、二階の入り口がびしょびしょ。娘いわく「雷が怖くて、閉めにいけなかった。」とのこと。そういう時はじいちゃんに頼めとしかっておいたのですが、一番下の子のシャベルカーのシャベル部分に水が湛えられていたのには驚くやら、おかしいやら。
 関東各地では、土砂災害や、雷による火災も発生したとのこと。我が家のビショビショくらい、どうと言う程のものではないようです。
 
 8月4日(月)
 夏らしくなってきたと思いきや、明日からまた曇りだと言う。私的には涼しくて助かるが・・・。
 先日(2日(土))の3団体合同の飲み会。那○町吹奏楽団指揮の先生と意気投合して、盛り上がってしまい、学生に戻ったように飲みすぎてしまった。先生は、私と一回り違うようだ。勿論私のほうが下です。
 
 昨日(3日(日))は、アンサンブルのレッスンがありました。今年のアンコンに出るか、出ないかの話になり、「出るのであればレッスン以外にも練習をしよう。」と言う話になりました。去年は、レッスンのとき合わせる以外は、個人練習だったのです。3人で合わせたものを「先生見て下さい。」と持っていくのが普通なのに、レッスンをそのままアンコンに載せた。良い音楽なんて出来るはずがありません。仲間ではないのですから。(生徒が集まってやるようなもの)
 アンサンブルは阿吽の呼吸が出来てこなければ、アンサンブルとはいえません。難しい曲をやるのも、疑問に思います。去年は吹くのが精一杯。合わせる以前の問題でした。
 アンコンは暮れに行われるので、忙しいので気は進まないのですが。
 私の愛読書に「月刊少年マガジン」連載の「海○記」と言うのがあります。作者の川○先生は、武術に詳しく「修羅の○」なども連載していらっしゃる方で、元は船乗りだそうです。この「海○記」は船乗りと、武道家が一緒になった話で、主人公がファンなのですが、今回「王海走」に破れ、海王になったソルから「大海師」(だいかいすい)に任命されるのですが、元帥の「すい」と字が違うのは、川○先生独特の当て字なのだろうか。印刷屋が先生の意図を汲んでいないのであれば、作者がかわいそうな気がする。せりふの1文字に、命を吹き込んでいるのだから。

 8月1日(金)
 夏らしくない8月がやってきました。昨日は少し蒸し暑かったものの、7月の終わりとは思えないくらいでした。今朝も涼しくて、家にいながら高原の朝のような感じです。
 子供達が夏休みで家にいると、にぎやかでしょうがない。夏休みの宿題も自主的にはやらないから、一日何ページと課題を決めてやらせるはずが、その課題も果たせぬまま次の日に持ち越し。心配しているのは親ばかり。
 たぶん、何所の家でもそんな具合なのでしょう。中には、夏休みの宿題は7月中に終わって、8月は他の勉強という優等生もいると思いますが。
 そんな子供達が、今は空手の稽古から帰ってきて、金曜ロードショーのルパン三世を見ています。声優の山田さん亡き後、栗貫が声を担当していますが、最初は山田さんの物まね風だったのが、彼独特の味が出てきました。
 最初のうちは、ルパン三世のイメージを壊さないような苦労があったと思いますが、現在はルパン三世イコール栗貫という構図ができてきたような気がします。
 世代交代といいますが、次代を担う2代目と呼ばれる人の苦労は並大抵の物ではありません。先代と同じにできて当たり前。少しでも悪い物なら、先代のほうが良かった云々。お客さんに認められるには、先代を超えなくてはならない。

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