1 出会い
 1−1 音楽鑑賞会
 今日は待ちに待った音楽鑑賞会の日。僕たちの小学校は、5、6年生を対象に年一回音楽鑑賞会を開く。音楽が好きな僕は、とても楽しみで仕方が無い。去年も聞きたかったけど、4年生だったので対象外だった。
 学校の隣にある市民ホールまで歩いていく。ワクワク、ドキドキ。

 ホールに着いた。クラスごとに席に着く。なんと僕の隣は音楽嫌いで有名なTだ。「うるさくしなければいいな。」と思っているそばから、
 「俺、黙ってじっとしてるのやだなぁ。」とぶつぶつ言っている。
 「ねぇ、T。僕はちゃんと聞きたいんだから、静かにしててよね。」というと、
 「お前は音楽好きだからいいよ。俺は嫌いなものを聞かされるんだぜ。俺の身にもなってみろよ。」と返す。
 確かに、嫌いなものを黙って、じっとして聞いていなくてはならないのは苦痛以外の何物でもないように思えた。しかし、「頼むから、静かにしててくれよ。」と言う僕に、「しゃあねぇなぁ。」と言いながら横を向いてしまった。

 開演の時間が来た。校長先生が舞台に上がり、「今日はなんたらかんたら木管五重奏のかたたちをまねき・・・」と紹介を兼ねた挨拶を始めた。Tが「うちの校長、話なげーよな。」と言うのを「これだけは、もっともだ。」と思い相槌を打ってしまった。

 舞台に照明がともり、五人の男の人が黒い長いのや、銀色棒や、茶色の竹筒や、金色のでんでんむしのようなものを持って登場してきた。黒いのが2本あるが、先っぽが違うような気がした。
 音楽の教科書では見ていても実際に見るのは初めてだ。もちろん音楽の時間に予備知識として、木管五重奏のレコードを聞かされていたが、どの楽器がどの音を出しているのかさえ分かっていない。

 曲が始まった。ベートーベンとかモーツァルトの名前は知っていたが、もう一人の名前はよく分からなかった。

 一部が終わって休憩。隣のTが、「まだあるのかよー。」と言っている。最初興味があった僕でも、知らない曲を40分以上聴いているのは、つらかった。此処ではTの言う事がもっとものように思えてきた。

 二部が始まる。何だか一部と雰囲気が違う。何でだろう。あぁ衣装が違うのだ。一部では黒いのを着ていたのに、二部では、上着の色がみんなまちまちだ。
 フォスターの曲や、日本の歌などが演奏され、一部と違ってリーダーの人のおしゃべりも入った。終わりのほうには、マンガの主題曲まで・・・。二部の最初はつまらなさそうにしていたTも、舞台に集中していた。
 「へぇー、あのマンガはこの人たちが演奏してたんだ。」とか言っている始末。「違うんじゃないの。」と言う僕に「そうかぁー。」と返す。
 
 途中、楽器紹介も入り生徒たちはみんな興味深げに舞台を見ている。すべての演奏が終了したと思った。リーダーが言う。「次の曲が最後です。この曲は、皆さんがよく知っている曲なので、一緒に歌ってください。」と言い座ると、前奏を弾き始めた。

 「何だ。こんな曲マンガにあるか。」と言うTに「馬鹿だな、僕たちの学校の校歌じゃないか。」と言い、僕も歌う事にした。

 そのとき、僕は「木管五重奏はどんな曲でもできるんだな。」と思った。リーダーがクラリネットの人だったので、「クラリネットを吹けばリーダーになれる。」とも思い込んでしまった。

 この後、僕はリコーダーの練習をまじめにやるようになった。「いつかは、クラリネットが吹きたい。」と思いながら・・・。

 1−2 少年合唱団
 僕は小学2年から少年合唱団に入っていた。この合唱団は6年生までで終わり。本来ならボーイソプラノが出なくなる変声期を迎えたら退団するのが普通だ。しかし、変声期を迎える時期にも個人差があるので、6年生までに決めてある。
 6年生の秋ごろだったか、そこの先生が「ねえきみきみ。君はクラリネットが吹きたいと言っていたよね。今度この町にオーケストラを作ることになったんだが、入ってみないかね。」と声をかけてきた。
 オーケストラというものは多人数で、大人ばかりだと思っていたし、この町に楽器を弾いたり吹いたりできる人がそんなにいるとも思えなかった。それに僕はまだ子供だ、楽器も持っていない。困っていると、また
 「心配しなくていいんだ。吹けない子には上手な人が教えてくれるから・・・。でも、楽器は貸してあげられない。自分で用意しないとダメなんだ。」と言った。
 「分かりました、帰って親に相談してみます。」僕はそう言って、練習場になっている小学校を後にした。

 家では妹がピアノの練習をしていた。今1年生。幼稚園から習っている割にちっともうまくならない。家に帰ると母が「今日はどうだった。先生何か言ってたかい。」と台所から振り返りもせずに言う。
 「何かあったかい。」とか「何か言ってたかい。」と言うのは母の口癖だ。毎日のようにそれを聞いている。
 僕が「O先生が今度、町のオーケストラを作るから入らないかって言ってた。」と言うと
 「そうかい。お前クラリネット吹きたいって言ってたから、ちょうどいいじゃない。」
 「でも、楽器を持ってない人はダメなんだよ。」
 「分かったよ。お父さんが帰ってきたら相談してみようか。」
 夕方、父が仕事から帰ってきて夕飯を囲みながら、母が
 「ねぇ、お父さん。今度O先生がこの町にオーケストラを作るんだってさ。」
 「そうかい。そりゃーたいしたもんだ。この町の文化水準もこれですこしは上がるんじゃないか。」と笑いながら言う。
 「この子がクラリネットを吹きたいと言うんだよ。そのオーケストラで。」
 「そうか、O先生がやるんなら安心だな。K子がピアノを習い始めたとき、こいつもやりたがってた。そんときは、男にピアノは必要ないとあきらめさせたしなぁ。ピアノと比べたらクラリネットなんて廉いもんだ。」と、これも笑いながら言ってのけた。
 そのころ父の仕事は順調で、職人を7人も抱えた親方だった。
 「よし、中学生になったら買ってやろう。」

 僕の音楽好きは近所でも有名で、家でリコーダーの練習をしない日に近所のおばさんに会うと「Yチャン。今日は笛の練習しないんかい。」と声をかけられるぐらいだ。
 妹がピアノを習うと言ったとき、僕も習いたいと言った。しかし、男にピアノなんか要らないとあきらめさせられた。4年の終わりごろの話だ。妹のピアノの先生が件のO先生で、家の両親もよく知っていた。それで安心して僕の入団もすぐに許可が下りた。
 しかし、僕は買ってもらえるのが分かると、待ち遠しくて早く来年の4月にならないかとやきもきしだした。

 12月に少年合唱団の定期演奏会が終わった。そこで6年生は引退となった。退団式が終わった後、O先生が僕と母に近づいてきて言った。
 「おかあさん。5年間ご苦労様でした。Yくんもよくがんばったなぁ。ところでオーケストラの件ですが、年明け早々発会式をやることになりました。未成年者は父兄同伴なので、おかあさんにも出席してもらわなくてはならないのですが。」
 「あら、そうですか。分かりました。」
 「先生、まだ楽器を買ってもらってないのですが。」と僕が心配して言うと、
 「大丈夫だよ。発会式はみんなの顔合わせだ。そのときに練習日の発表があるから、その練習日に持ってこられればいいんだよ。」と簡単に言う。僕はこんな小さな町でクラリネットがすぐに手に入るとは思えなかった。
 

 1−3 楽器屋
 次の日曜日、父をせっついて楽器屋に行った。クラリネットのカタログを見せてもらい、父が店の主人と話をしていた。この店の主人は父の友人の一人で、たまに僕がレコードなどを買いに行くと、売れ残った小物なんかをつけてくれたりした。
 「やぁY君。クラリネットが吹きたいんだって。いいねぇ。おじさんも昔吹いたことがあるんだよ。O先生のオーケストラだね。みんながうちの楽器を買ってくれたらいいんだがなぁ。」などと勝手な事を言っている。そして、
 「そうそう、この楽器だったらおとうさんの予算にも合うな。」と言って、棚から薄茶色の変な模様のケースを取り出した。
 おじさんがケースを開けると5つの部品がビニールの袋に入り、きちんと収まっていた。丸に3本矢のマークが入っていて、その下にYCL−32と金色の文字が掘り込んであった。おじさんはビニール袋からそれらの部品を出し、組み立てながら言った。
 「よく見てごらん、ここに上と下を連結するキィがある。こう抑えて、このキィがぶつからないようにして組み立てるんだ。持ち方はこうだよ。」と説明しながら組み立ててくれた。ところが、すぐに分解すると言った。
 「分かったら自分で組み立ててごらん。」
 「一回見ただけじゃ、よくわかりません。」と僕が言うと
 「そうだろう。でも明日からは君一人でやるんだよ。間違った組み立て方をすると楽器が壊れるからね。よく覚えるんだよ。」
 「分かりました。やってみます。」
 「そうそう、まずは俵管とよばれている小さい奴と上管をつなげる。キィに余計な力を入れないように。そうだ。いいぞ。次は下管と朝顔だ。」
 「えっ、朝顔。」
 「今はベルというのかな。朝顔みたいな形だからおじさんたちはそういっているんだ。そうそう、その調子。」
 「次が難しいんだ。こうもって。」
 おじさんは僕の手から下管とベルがつながったものを取り上げると、上管とタルのつながったものをもってまわしながら組み立てた。
 「分かったかい。上管のこのキィを抑えながら組み立てるとぶつからずに上手にできるんだよ。やってごらん。」
 初めて持った新しい楽器だ。緊張してうまくいかない。かちゃかちゃやっていると、
 「初めてだからしょうがないさ。だんだん慣れてくるよ。とにかくこのキィだけにはよく注意するんだよ。」と私の手から楽器をとるとさっと組み立ててマウスピースを付けた。
 「これがリードって奴だ。これが無いとクラリネットは音が出ない。ここにこの締金でリードを固定して、こういう風にくわえる。そして息を出す。」
 おじさんが吹いた。ボーッという汽笛みたいな音だ。
 「音が出なくちゃ、練習にもならないからな。やってごらん。」
 そう言っておじさんは僕にクラリネットを渡すと、「そこに右手の親指をかけるんだ。ちがうちがう。下側で親指で支えるんだ。」と言う。
 けっこう重い。親指が痛くなりそうだ。みようみまねで口の形を作り、マウスピースをくわえる。息を出す。スースー言っている。
 「もっとかむようにして、息ももっと強く吹いてごらん。」ズーズー、ビッビェーーー、ビキャー。苦しい割には一つもクラリネットの音が出ない。親指も痛くなってきた。。
 「口の形はそんなもんだ。最初から音なんて出ないさ。家でよく練習するんだよ。」と言う。
 「何だ、音出ないじゃないか。大丈夫なのか。このクラリネット。」と父が訊いた。
 「もちろんいい楽器だよ。この値段で木でできてるんだから。」と妙な事を言っている。すると父が
 「クラリネットは木管楽器だろう。木でできているのは当たり前じゃないのか。」と訊く。
 「最近は、プラスチックで出来たのもあるんだ。最初から木の楽器を買ってもらえるのはすばらしい事なんだよ。」
 「へー、そうなのか。知らなかったよ。」
 音が出ないのに、木だのプラスチックだのは関係ないと思いながら、ズーズー、ブキャーとやっていると突然ボーッとなった。おじさんがびっくりして「そうその音だよ。その音がクラリネットの音だ。」と叫んだ。しかし、ボーッとなったのはその一度だけで、あとはまたズーズー、ビッビキャーーの連続だ。
 「あとは家に帰ってゆっくり練習する事だ。」と言い、紐のついたハンカチを一度通すと、片付け方を説明しながら分解していった。僕はそのケースを抱えてその楽器屋を後にした。

 1-4 発会式
 年が明けてお正月。僕は年末年始も休まずにクラリネットの練習をしていた。大晦日も元旦も。楽器を買ってもらって1週間以上たつのに、音のほうは相変わらずズーズー、ブッキャーー。ボーッという音の出る確率はあがってきてはいたが、近所の人にとっては騒音以外の何物でもなかったと思う。

 発会式の日がやってきた。僕は楽器を持って行った。会場はとある幼稚園の集会室だった。

 思っていた通り大人の人ばかりだ。その人たちが幼稚園の小さな椅子にすわり、小さなテーブルに向かっているのがこっけいに思えた。
 テーブルの上にはお菓子類と、ジュース、それにビールまで並んでいた。
 本来なら、大人の世界に踏み込んだ感じがするはずなのに、幼稚園の椅子とテーブルがその雰囲気を壊していた。
その後の練習もその小さな椅子に大人が窮屈そうに座る事になる。それを考えたら僕が思っていたオーケストラの世界と何か違うものを感じ、アンバランスな別の世界に踏み込んだような気になってきた。
 
 最初堅苦しい挨拶があり、指揮者の先生が紹介された。僕はO先生が指揮をするものと思っていたが、東京のある音楽大学の名誉教授で弦楽器の名手だと説明された。。かなりの年のように思えた。その発会式にO先生は来ていなかった。
 母が事務局として紹介された人にO先生のことを尋ねると、「O先生は忙しいのでこのオーケストラにはこれ以上かかわらない。」と言うような事を行っているのが聞こえた。どうやらO先生と事務局の間に何かいさかいがあったようだが、どんな事かは、分からなかった。

 僕のテーブルには、同じ小学校で器楽部に入っている二人もいた。僕は合唱部なのであまり話したことが無かったので、ここであって驚いた。二人も僕がいるので「お前楽器なんか吹けたっけ。」と言った。
 僕が「この通り楽器も買ってもらって、これから練習するつもりだ。」と言うと、「ふーん。」といってまた二人で話しこんでしまった。その後この二人とは中学で同じクラスになり、三人でいろいろな活動をすることになる。
 が、そのときはお互いに「変な奴。」と思ったに違いない。少なくとも僕はそう思った。



                                      2 中学時代へ つづく
 

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