維 新 心 法 伝
この物語はフィクションです。実在する人物、流派ではありません。
時代背景、時代考証等無茶苦茶なところがあります。
娯楽活劇ですので、ご容赦下さい。。

 武術の世界には心法というものが存在する。心の技。この物語は心法をマスターした数少ない男の物語。

一之巻


 〜T〜
 ある日の夕暮れ、1人の男が宿に向かい歩いている。着流しに袴姿。どこかの書生のような姿かたちだ。袴と言っても、すその広がった馬乗りではなく、ズボンのようにストレートの筒袴と呼ばれるもの。飄々として、髪を後ろで束ねた姿は、見るものにすがすがしさを与える。時は、文明開化間もない明治初期。廃刀令が出されたにもかかわらず、刀をさして歩いているもの、仕込み杖に変えて持ち歩いているものと、まだまだ新政府による治安はよくなかった。

 ふと歩みを止める。なにやら小競り合いをしているのが見えた。見ると、浪人らしい者と、官憲が2人大声で言い合っている。それをごろつきのような者数名が取り囲み、町の人たちは遠巻きに眺めていた。
 「その腰のものを置いていけ。さもないと・・・」
 「さもないと何なのだ、新政府のイヌめ。」
 浪人が刀を抜きそうになる。官憲2人が下がりサーベルに手をかける。ごろつきどもはどっちの味方なのだろうか。

 「なんのさわぎだい。」
 男が人ごみを掻き分け、のぞき込む。
 「御浪人様の肩が当たったの、往来の邪魔をしたのと、ごろつきが難癖をつけ、ごたごたしているところに、官憲が駆けつけ、腰のものを見咎めて、話がややこしくなってるんでさぁ。」と、オヤジが教えてくれた。
 「ふぅーん。良く分からんが、面白そうだなぁ。」

 「やいやい、手前ら。お役人様の手を煩わせるんじゃない。」
 道の向こうから、貫禄のある初老の男が割って入った。
 「あっ、親分。」
 どうやら、ごろつきどもの親分らしい。
 「へー、主役が登場しちゃったよ。」男がつぶやく。
 「なんだい、主役って。」オヤジが聞き返す。
 「ここじゃまずいだろう、官憲もいるし。」と男。
 「だからなんだってんだい。」とオヤジ。

 突然浪人が苦笑いをしながら、ゆっくりと刀を抜く。何と竹光だ。食い詰め浪人が、本物の刀を質屋にでも入れていて、格好がつかないから拵えだけ持ち歩いていたのだろうか。官憲も、脇差が本物だとしても、脇差くらいなら大目に見てくれるだろう。
 案の定「人騒がせなやつだ。竹光なんかさして歩くんじゃない。」と言い残し、その場を立ち去ろうとする。
 「何だ、ばかばかしい。喧嘩にもなりゃしねぇ。」
 ごろつきや、野次馬たちも興味をそがれやはりその場を立ち去ろうとする。
 皆の気がそれたその刹那、浪人の手が微かに動く。そして、そのまま浪人も立ち去ろうとする。

 親分も、立ち去ろうと、2.3歩ふみだす。そのとたん、親分の頭がどさっと落ち、地面の上を転がった。親分は、なお2.3歩進んで、前のめりに倒れた。
 「親分。親分。」ごろつきどもが、大声で叫ぶ。しかしすでに親分の頭と胴体は離れてしまっている。どうにもならない。

 立ち去りかけた官憲も、ごろつきも、街の人たちも、何が起こったのかさっぱりわからないといった顔をしている。
 
 そこにいた人間で唯一、刀を持っているのは浪人だけ。しかも大刀は竹光で、脇差もたいした物ではない。脇差で人が気付かないほど素早く、親分自身が斬られた事にも気付かせずに頭を落とすと言う事ができるのだろうか。
 官憲も仕方なしに浪人の脇差を改めるが、血曇りもついていない。まぁ、人に気付かれないほどの居合い抜きと、太刀筋のスピードでは、血も脂も付かないだろうが・・・。
 その場の人たちはしばらく留め置かれたが、何の手がかりもないまま、帰って良いという話になった。

 男は、ニコニコしながら、浪人を眺めていた。それに気付いた浪人の目が一瞬、怪しく光った。

 〜U〜
 男は、常盤屋と看板に書かれた宿屋に入っていった。足をすすぎ、2階へと続く階段を上っていく。
 部屋の障子を開け中に入ると、1人の男と、2人の女が座って話をしていた。
 男は町で会った官憲のような洋服に散切り頭、女のほうは、2人とも和服の着流しだった。
 「雄士朗、帰ったか。街の様子はどうだった。」洋服の男が、帰ってきた男に声をかけた。
 「ただいま。変わり映えのしない街だね。ごろつきもいりゃ、官憲もいる。」
 「で、ちょっと面白い男がいて、そいつを連れて来たって言うのかぃ。」
 「ああ、勝手についてきたんだけどね。姉さん。」
 突然障子が開き、そこに先ほどの浪人が立っていた。
 「連れがいたのか。ちょっと面倒な事になるな。」と浪人がつぶやく。
 後ろ手に、障子を閉め、逃げ場を塞ぐように立つ。座っていた3人がゆらりと立ち上がる。
 その動きに戸惑いながら、「まさかとは思うが、お前何を見た。」浪人が雄士朗と呼ばれた男を指差した。
 「何を見たかって。そういわれても困るなぁ。浪人さんがした事を見ただけだけど。」
 「あれが見えたのか。おぬし達何者だ。」
 「おぬし達って、勝手に人の部屋に入っておいておぬし達はないだろう。えっ。」
 「姉さん達、下がっていたほうが良さそうだよ。」
 「分かったよ。この場は任せたよ。雄士朗。」
 姉達が隣の部屋の障子を開け、入った刹那、浪人の手がかすかに動いた。浪人の目には、次の瞬間に雄士朗の頭が転がるのが映った。しかし、浪人の手が動いた瞬間に雄士朗はその場にいなかった。
 浪人は自分の目を疑った。今まで、この技から逃れられた人間は誰1人いなかったのだ。
 雄士朗は姉達が入った部屋と反対側の襖の前にいた。
 「やはりな。見えているようだな。何者だ。」
 「それを聞くのはこっちなんだけどなぁ。」雄士朗がのっそりと言う。
 再び浪人の手が動く。いや、動かそうと思った瞬間に、雄士朗の姿が揺れた。それを追うように浪人が脇差を抜く。いつの間にか逆手を取られ、脇差も奪われ、浪人の目にその切っ先が突きつけられた。少しでも動こうものなら、その目は永久に光を失う。浪人にとっては、剣をつかえなくなってしまうのと同じこと。
 「何ということだ。何故このようなことが出来る。」
 「雄士朗。どうするんだいこの浪人。こんなところで、血を見るのはよしとくれよ。」
 「雄士朗。この浪人使えるんじゃないか。」
 「ああ、義兄さん。そう思ってつれてきたんだよ。姉さん。この人の刀を取って。」
 「狭いところで、脇差を使うのは理にかなっているけど、長いほうだったら斬られていたかもしれないねぇ。」そう言いながら姉が、浪人の大刀を鞘ごと抜き気付いた。
 「この重さ。竹光だね。修めた技は小太刀かい。どうりで速いわけだ。」
 「おぬしら本当に何者なんだ。」そう言う浪人から急激に殺気が消えていった。
 「やる気はもうなくなったようだねぇ。雄士朗放してやりなよ。」
 「とっくに放してるさ。浪人さんが動かないだけだよ。」
 「そのとおりだ。とんでもないやつに出会ってしまった。天下第一の小太刀と自負していたのに、こんな若造にてだまに取られるとは・・・。」
 「浪人さん。この子は普通じゃないのさ。悔やむ事はないよ。」
 「佐奈湖の言うとおりだ。お手前の流儀こそ尋常でもはない。天下第一の小太刀というのも、うぬぼれではないようだな。」義兄さんと呼ばれた男は姉さんと呼ばれた女を佐奈湖と呼び捨てにした。この2人は夫婦なのだろうか。
 「拙者を何に利用すると言うのだ。それよりも、殺しの現場を目撃しておきながら、何故官憲に言わなかった。」
 「官憲たちは、浪人さんの脇差を調べたろう。ま、あれほどに速い斬撃では、血脂が付く事もないだろうが、あの親分は官憲たちにとっても、いて欲しくなかったんじゃないの。評判悪かったし。言っても、信じてくれないどころか、こっちが牢屋に入れられかねないよ。」
 「若いのになかなか鋭いな。」
 「そんな事ないよ。浪人さん見た時に左腰が下がってなかったんで、本物の刀じゃないと思ってた。親分が現れた時、浪人さんの気の質が変わったのさ。殺気じゃない何か、妙な気だったよ。」
 「なるほど。普通じゃないようだな。」
 浪人はしばらく黙ったまま考えていた。そして、
 「本当に見えたのか。ひょっとして、拙者の気の動きから先を読んだのではないのか。とすると、おぬしたちは・・」
 「浪人さんも凄いねぇ。そのとおりだよ。一族の中でもこの雄士朗は特別なんだよ。」
 「さとりという一族の話を聞いたことがある。お前達はその末裔か。」
 「はははははっ。さとりだってさ。きこりの斧が折れたらぐうぜんにやられちゃうのかい。それはこまるねぇ。」
 「・・・・・。」
 「姉さん。浪人さんが困ってるよ。」
 「浪人さんと呼ぶのもなんだねぇ。名前はなんていうんだい。」
 「拙者は、都田伝心斎という。」
 「というと、お手前は都田流小太刀の本流。」
 「いや、拙者の流儀は都田流小太刀抜刀術。分家のほうだが。」
 「雄士朗。その脇差は名刀かい。」
 「いや、二足三文じゃないの。良く研いではあるけど・・・。やっぱり腕がいいんじゃないの。」
 
 〜V〜
 部屋の中には、5人の男女がいた。
 「私は、新之助。妻の佐奈湖。佐奈湖の弟の雄士朗。そして、雪姫。」
 「姫と。」
 「話してよいのかい。」と佐奈湖。
 「どうかな。雄士朗。」新之助がきく。
 「大丈夫だよ。都田さんは、仲間も同然だよ。」簡単に答える雄士朗。
 「おぬし達にはかなわぬな。ここにいるのは、新しい都田伝心斎だ。もう何も驚く事はない。刺客の商売より面白い連中に遭えたわ。」
 「雪姫は、やんごとないお家の姫様で、我ら3名が護衛して、母上に会わせ、その後国元までお送りするのだ。」
 「拙者にその護衛の仲間になれと言うのか。」
 「4人だとどうにも目だってしょうがない。護衛は、雄士朗1人で充分すぎるほどだ。私たちにはまた違う役目があるし、この街で、別行動にする予定でいた。ちょうど良いときに都田殿に出会ったという訳だ。」
 「だから、拙者は何をすれば良いのだ。」
 「雄士朗と雪姫の見張りをして欲しい。」
 「何と。」
 「この2人。本来の目的を忘れて、物見遊山でどこに行くか分からない。興味本位で旅を続けている。私たちが付いてきたのもそのためだ。」
 「目付け役といったところか。」
 「なんだい。そんな使い方かい。てっきり僕の役が終わったのかと思ったよ。」
 「それはないよ。雄士朗を指名したのは、雪姫の亡き父上なのだからね。」
 「・・・・・。」

 ここで、ここまでのいきさつに触れておこう。
 
 明治維新後、官軍と幕軍の残党との小競り合いが続いていた。雪姫の父は幕軍の藩の藩主だった。戦争から、落ち延びた先の村が、雄士朗たち一族の村で、不思議な技を伝えていた。父の名は西下正綱という会津地方の小藩の殿様だった。雄士朗は一族の中でも一番腕が立ち、西下に気に入られていた。
 ある日、幕軍最後の戦いに出かける時、西下は雄士朗と一族の長に雪姫を頼むと言い残して出かけた。それきり、なしのつぶてになってしまったのだ。
 小藩といえ、幕末には正妻を江戸の藩邸に住まわせていた。雪姫の母である。倒幕派は、幕軍の藩邸を全て占拠し、人質にとった。雪姫の母もその1人で、遠く甲州の地に幽閉されたのだ。
 しかし、たかが小藩の姫をやんごとなき家の姫様と新之助は言う。他にも裏がありそうだ。
 3人の当初の役目は、雪姫の母上の行方を探り、救い出し、雪姫を無事に母上と会わせることだった。
 その役目に、都田伝心斎が加わった。

 「それはさておき、拙者はもう一つ片付けなくてはならない仕事がある。それを済ませてくることにしよう。」
 「都田さん。今日はやめといた方が良いんじゃないの。あの親分がやられて、対抗勢力の連中も警戒してると思うよ。」
 「全てお見通しというところか。その通り。この街を食い物にする2つの勢力の首領の首。それが今回の仕事だ。」
 全員の目が天井を見る。
 「都田さん、あんたとんでもない連中とかかわっていないかい。」
 「この気配は、3人。拙者1人で方を付けてまいる。」
 「僕も手伝うよ。」
 「いや、雄士朗はここに残れ。私が行く。」
 「義兄さん。気をつけてね。」
 都田と新之助が外に出る。外はもう夕闇が迫っていて、薄暗い。街中の街灯に火がともった。

 「雄士朗頼むよ。」姉が言う。
 「わかった。やってみるよ。」
 そう言い、雄士朗が目を閉じ、なにやら念じ始める。とたんに、天井裏の気配があわただしく消えた。

 裏通りで待機していた新之助と都田のところに、3つの影が飛び出してきた。
 屋根伝いに2人。塀を飛び越えて1人。速い。新之助が屋根に飛び乗る。この動きも尋常でない。2つの影とすれ違いざま、新之助の両手が小さく交差する。2つの影から黒い物体が飛んでいく。刀を握ったほうの腕だ。
 都田は一つの影と対峙している。影は都田の腕を知り尽くしいる。動けないのだ。そこに、腕を切られた2つの影が落ちてくる。その影に気を取られた瞬間、都田が動いた。影の首が飛んだ。相変わらず凄腕だ。都田は落ちてきた2人の首を切ろうとした。そこに新之助がふわっと降りてきた。重力を感じさせない降りかただった。
 「ちょっと待った。殺す前に聞きたいことがある。」
 「何を聞こうというのだ。」
 「姫の話になった時、こいつ達の気が変化した。話に興味を持ったようだ。何か聞いているのかもしれない。都田さんだけの問題ではないような気がするのでね。」
 「おぬしも普通じゃないという事か。良いだろう。人が来る前に頼む。」
 忍びに口を割らせるのは至難の業だ。新之助は2つの影の前に立ってなにやら念じ始めた。
 2つの影の様子が変わった。腕を切り落とされ、痛みに耐えていたのが穏やかな表情になった。
 「誰に頼まれた。何の目的で襲ってきたのだ。」
 「あ〜。伊楽布施院之守の命にござる。都田は殿の命も狙っている。」
 「伊楽布施院之守。幕末の大目付が何故。」
 「拙者の敵だ。」

 〜W〜
 幕末の大目付、伊楽布施院之守の屋敷。広大な土地に大きな屋敷が残っている。討幕派の重鎮として活躍した。配下の隠密や忍びを使い情報収集、敵将の暗殺などが役目だった。現在は、洋装に散切り頭が決まっている。白髪混じりの頭に鋭い目が光って、役目の上にはいかにも非情さを感じさせる。
 座敷にはもう1人の男がいた。
 
 庭から影が声をかける。
 「して、首尾は。」
 「都田伝心斎の件、探索方3名。いずれも一太刀で。」
 「相変わらずの腕よのう。」
 「不思議な事が一つ。」
 「何じゃ、申してみよ。」
 「3人のうち1人は首を切られていましたが、残りの2人は利き腕を切り落とされておりました。」
 「一太刀で、と申したな。腕を切り落とされて死んだのか。」
 「さようで。しかも、穏やかな死に顔であったと。」
 「どういうことだ。他の者はつけてあるのか。」
 「は、残り7名がつかず離れず。」
 「あいわかった。逐一知らせよ。」
 「はっ。」
 影は消えた。

 「何か、心配事でも。」
 「いや、たいしたことではない。」
 「探索方、しのびで腕の立つ者はもはやいませんか。私のほうで何とかしましょうか。」
 「新政府の手は煩わせぬよ。当方で何とでもなる。」
 「そうでしょうな。廃藩置県とはいえ、広大な国一つ自分の物にしてしまったのですから。しかし、腕の立つ者を雇うのは、大変ですぞ。」
 「配下の者にも、腕の立つ者はおる。」
 「都田伝心斎のような、か。あの者はおしい事をしたものだ。」
 「それを言うな。まさかあのような仕儀になるとはのう。ま、都田程度の刺客など掃いて捨てるほどおる。配下の者を甘く見るでない。」
 「そうあって欲しいものですな。」
 
 「あれは、三年ほど前になるかのう。」
  そのころ、都田は伊楽布の配下のうち、暗殺を目的とした組、一の組二番であった。  暗殺方は一から九まで、九つの組に分けられ、それぞれ三名から五名でなり、それぞれ割り振られた地方に飛んでいた。探索方は、いろは文字のいからよまでの十五組あり、それぞれ九名と連絡方一名でなり、統領と呼ばれる支配がいた。また、暗殺方、探索方には、それぞれつなぎとよばれる忍びが数名から数十名、役割によって増員された。
    伊楽布─┬─統領支配─影─暗殺方一〜九 (3名〜5名)──つなぎ(忍び)   
          │          ├─探索方統領──探索方い〜よ(9名)──つなぎ(忍び)  
          │          └─連絡方支配──つなぎ(忍び数十名)
          └─裏目付────その他の戦闘集団

 このような組織になっていたが、大政奉還および明治維新後は伊楽布の私兵といった存在になってしまっていた。

 〜X〜
 3年ほど前、都田はある敵将を暗殺するために一の組三名で動いていた。探索方が敵将の居場所を探り、つなぎの連絡を受け、待ち伏せの陣を敷く。その周りに手下のつなぎ数名を配置していた。一の組一番と三番が乗り物の前後をふさぐ。敵将の護衛がその二人と切りあっている間に、乗り物の中の敵将をしとめるのが二番である都田の役目であった。
 ところが、暗殺計画が漏れていた。乗り物の中は、もぬけのから。前後に配された護衛も凄腕の戦闘集団。つなぎの忍びも、背後から襲ってきた敵のしのびに討ち取られ、都田たち暗殺方も取り囲まれてしまった。
 三方に散り、敵を分散させる。敵の首を落としながら、都田は逃げた。狭い道を選び、大勢が追ってこられないようにして、曲がり角を曲がっては一人、また一人と敵を減らしていった。一の組三名はたいした傷も受けず、こんもりと茂った林の中にあるお堂で落ち合った。  
 「計画がもれていたとしか思えない。」
 「かごの中には、誰も乗っていなかった。」
 「我々の目的の人物は、幕軍幹部の十倉忠直のはず。十倉はそれほど切れる人物ではないと聞いていたが、どういうことだ。」
 そのとき、お堂の周りがただならぬ気配にかこまれた。
 「ややっ、囲まれてしまったぞ。」
 「なんと言う首尾の良さ。これはなんとしたことだ。」
 かがり火まで見える。四方八方から火矢が打ち込まれた。
 「もはやこれまで。突破するぞ。」  
 都田たちは、一息つく「間」もなく、お堂を飛び出した。飛び出したところに、雨のような矢が降ってきた。しかし、飛び出したのはお堂に安置されていた仏像に衣を巻きつけたものだった。何という罰当たりな。
 矢が途切れた瞬間、都田たちは飛び出した。再び矢が降ってきた。しかし、都田たちはすでに敵の中に飛び込んでいた。これでは飛び道具は使えない。白兵戦しかない。三名の腕はものすごかった。返り血をものともせず、あっという間に、全員切り伏せてしまった。
 「まさか、これ以上の備えはないだろう。」
 「ああ。この後の出方を待つか、こちらから探りを入れるか。」
 「探索方、連絡方も当てには出来ない。こちらでやるしかないだろう。」
 「ああ。どこから漏れたかわからぬことには、どの役目も信用できぬからな。」
 三名は落ち合う先を相談し、散っていった。  

 十日ほど後、爺と行商人と飴売りが村はずれの一軒家の縁側で世間話をしている。一の組の三名なのだが、こうした変装もお手の物だった。 一番内藤、二番都田、三番佐分利。連絡方つなぎとの連絡役は三番の仕事だった。
 「何かわかったか。」
 「佐分利、いかがした。」
 「内藤。ちいと気になることがある。連絡方つなぎが拙者のところに次の段取りを知らせてきた。ところが、十倉の居るところは、四の組配置の国だ。山ひとつ越えればよしとしても、今まで境を越えた仕事はひとつもなかった。どういうことだ。」
 「四の組は何かにてこずっているのか。」
 「そんなことはないようだ。」
 「ただ、こちらには、手下のつなぎか一人も居ない。それは、しばらくの間補充されないというのだ。」
 「それでは、こちらの段取りが上手く行かないではないか。」
 「ああ。もう少し探ってみる。」
 「そうしてくれ。」
 三名は、縁側から離れていった。  

 また何日かたったある日。爺が川でのんきに魚釣りをしていた。釣る気がないのか、浮が揺れても知らん顔。居眠りをしている。
 「爺さん。引いてるよ。」飴売りが声をかける。
 「ありがとうよ。あまりにつれないんで、うとうとしてしまったよ。おっと、逃げられてしまったよ。」
 「佐分利はどうした。」
 「どうしたのだか、このところ見えない。やつの腕なら、どんなところからも逃げ切れるはずだが。」
 「ここはもう四の組配置の国。もしも、敵が四の組だったら、佐分利とて危ない。」
 「そうなる可能性はあるのか。」
 「ああ。その後つなぎも補充されてこないし、連絡があったかどうか。佐分利が来なくては動きようがない。」
 「もし、佐分利がやられるようなら、連絡方と何かがあったと思える。」
 「こちらで、あちらに所在がわかっていたのは、佐分利だけだ。」
 そこに、川上から一そうのこぎ手の居ない舟が流れてきた。船の中に人が倒れているのが見える。
 「あれは。」内藤は、飴売りの箱から、鉤のついた縄を取り出し、舟のヘリにかかるように投げた。縄は、見事にかかり、手繰り寄せた。そこに倒れていたのは、佐分利に相違なかった。
 「佐分利、しっかりしろ。誰にやられた。」
 「内藤か。よかった、ここまでたどり着けないかと思っていた。」
 「何を弱気な。」
 「内藤。よく聞け。敵は四の組。その上の統領支配。」
 「どういうことだ。」
 「十倉忠直は裏目付の1人。」
 「裏目付だと。最初の護衛も裏目付配下か。」
 「そうだ。つなぎに吐かせた。そうしたら、他のつなぎと四の組が現れて・・・。」
 「やはりな。佐分利が一番危険な役どころだからな。」
 「拙者はもうだめだ。利き腕が動かん。足もやられた。戦えない。」
 「内藤。佐分利を頼む。このままでは全滅だ。拙者が1人で動く。2人はどこぞでしばらく潜んでいろ。一の組は終わりだ。」
 「拙者も動く。」
 「佐分利をこのままには出来ない。内藤。お前は、剣の腕は立つが諜報能力に欠ける。」
 「確かに。一刀流の印可はもらっているが・・・。都田は忍びの心得もあったな。」
 「ああ。都田流小太刀抜刀術裏。学んだ物は多い。何とかするさ。」
 
 その後、都田は伊楽布施院之守に叛旗を翻し、単身伊楽布の直轄地、甲州に向かった。
 食っていく為に、刺客の仕事をするようになった。最近では、刺客の仕事のほうが忙しくなり、伊楽布の件は忘れ去られているような状態だった。そのように振舞っていたのだが、伊楽布施院之守はごまかせなかったというところか。
 何故伊楽布施院之守が一の組を無き物にしようとしたかは、追々触れていくことにしよう。

 〜Y〜
 常盤屋のある街並を抜けると、木々の生い茂った林や森。その後しばらく歩くと、小高い山々が続く。雄士朗は街道から外れた沢におりていた。
 渓流のほとりに立ち、川面を眺めている。時折魚影が川面に映る。雄士朗は自然体のまま。
 一尾、二尾と川面に魚が浮かぶ。雄士朗は微動だにしない。五尾ほど浮いたところで、雄士朗が動いた。一間半ほどの川幅をものともせず、水面を滑るように対岸へ移動する。魚を仮死状態にして浮かしたり、川面を滑るように移動したり。不思議な技だ。
 常盤屋の天井裏に潜んだ忍び3人には、念じる事で心に幻影を見せた。敵が天井裏に現れたと思った忍び3人はあわてて飛び出した。そこに、都田と新之助が待ち構えているとも知らずに。
 念じる事で、魚まで浮かしたのだろうか。心法は人の心に作用させる事が出来ても、魚の心までは自由にならない。
 実は、自然体で立ったまま、指先で小石をはじいたのだ。中国拳法で言う如意珠。指弾ともいう。川面を滑るように動く。細い鋼の糸を何本か水面すれすれに張り、その上を素早く移動しいるだけだ。新之助が、忍び二人の腕を切り落としたのも、この鋼の糸を一瞬にして巻きつけたためで、自分は手に薄い鋼が縫いこんである手袋をしていたのだ。この手袋がないと、自分の指を切り落としてしまう。
 もちろん、雄士朗の履物の裏の糸と擦れ合う部分は、鋼で出来ている。そして、この2つのアイテムは、防御にも、攻撃にも利用できる。
 雄士朗は魚を何尾か捕まえたところで街に戻った。

 街に戻ると、あちらこちらに人だかりが出来ていた。雄士朗は人だかりの一つにさりげなく近づき、さも最初からいる風を装って、聞き耳を立てた。
 「風戸一家の親分が殺されたそうだ。」
 「何でも、雨水一家の親分と同じで、知らないうちに首を落とされたそうだ。」
 「この街には、かまいたちでも出るんじゃないか。くわばらくわばら。」
 今ではかまいたちは自然現象の一つと考えられているが、その頃は、鎌をもったいたちの姿をした妖怪の仕業と信じられていた。
 
 宿に戻ると、部屋に都田はいなかった。
 「雄士朗さん、お帰りなさい。」
 「あれ、姉さん達は。」
 「探る事があると、先に出立されました。」
 「あ、そう。こっちもそろそろ出かけようか。」
 「都田さんは。」
 「姉さん達が頼んだ事。こっちの足取りくらい、勝手につかむだろ。只者じゃないから。」
 「そうですか。それでは支度いたします。」
 支度といっても、たいした荷物ではないので、すぐに準備が整い2人は宿を後にした。

 現在では、鉄道を利用すれば福島県から山梨までそんなにかからずに移動できる。当時はほとんどが徒歩。乗り物といえば籠か馬といった交通手段しかないし、この2人は物見遊山でいるのだから、何日かかるか分かったものではない。
 雪姫は、父と共に雄士朗の村に落ちてから、雄士朗と共に技を学んでいた。現在の物と照らし合わせると、柔術と空手と忍術をミックスしたようなものと言うべきだろうか。空手は総合武術で、投げ技も存在する。そこに座り技といって、座ったまま、あるいは方膝立ちの状態で投げたり、押さえたり、固めたりと様々な要素を含んでいた。柔術にも当身という打撃技があるが、派手さはなかった。忍術には全て含まれるといっても過言ではないが、雄士朗が修めた技は忍術でもなかった。
 雪姫は、そうそう派手な技は学んではいなかったが、心法と関節の順逆を利した投げ技に関してはかなりの腕になっていた。
 
 都田が宿にもどると、女中が「お連れ様たちは出立されましたよ。」と言いながら近づいてきた。
 「4人ともいっしょに出かけたのか。」
 「いえ、2人づつです。」
 「そうか。分かった。拙者も出立する。」
 「分かりました。だんなさん。お勘定。」
 都田は勘定を済ませると、通りに出た。
 「なるほど、新之助殿が言っていた事は本当のようだ。拙者を出し抜いたつもりだろうが、そうはいかぬ。」
 外に出た都田に1人の男が近づいてきた。散切り頭の洋装だ。名を角一という。この男は、都田が伊楽布施院之守に叛旗を翻したと聞きながらも、都田に情報をくれる影の1人だった。現在も影としての役をこなしつつ、都田に情報を持ってくる。そのような影が何人かいる。都田は危険なにおいがすることも重々承知していたが、情報源として役に立てていた。伊楽布施院之守に関しては、まずきちんとした情報は得る事は出来ないし、罠の可能性もある。その他の情報に関しては、流石に影。とてつもない情報量であった。
 「この宿から二組の男女が出て行ったはず。後から出た若い二人連れはどちらに参った。」
 「雄士朗と雪姫は一時ほど前に本街道を南へ。それよりも前に出た新之助、佐奈湖は裏街道を西南へ。」
 「流石だな。名前まで承知か。」
 「この宿の泊り客は全て。一の組二番に組みする可能性のあるものは、全て統領支配に報告せねばなりませんので。」
 「そうだろうな。しかし、手を出すと痛い目にあうぞ。雄士朗以外のやつらの腕も拙者より上かも知れぬぞ。」
 「それも承知。何しろ3人の影が一太刀で殺られたのですから。それに、四の組、別名死の汲みの四名をことごとく始末した一の組二番がてだまにとられたとあってはなおさらのこと。」
 「拙者も不思議でならぬ。どのような技で腕を飛ばしたのか見えなかった。世の中には見たことのない技もあるものだ。」
 「それでは、後ほど。」
 角一はさりげなく去って行った。少し目を離すともう姿かたちもない。この辺りが影の影たるゆえんだ。
 都田も本街道を南に向かった。

 〜Z〜
 街道は左に川を見下ろす形で山間を縫いながら続いていた。雄士朗と雪姫は茶店で団子とお茶を頼んだ。峠の茶店で頼むもの。やはり団子が定番といったところだろう。
 「どこまで行くんかねぇ。若い2人が。」とこれも定番の茶店のばあさんが声をかけた。
 「甲州まで。」 
 「甲州。どこだい。それは。」
 「江戸から西へかなり行ったところだよ。」
 「江戸より遠いのかい。そりゃまた、難儀なたびだねえ。」
 雄士朗は江戸から甲州がどのくらいの距離にあるか全然見当がつかなかった。江戸に行けばとりあえず何とかなるくらいにしか考えていない。難儀なのはこの性格のほうだろう。
 五人の男が茶店に近づいてきた。怪しいものの定番、虚無僧スタイルだ。
 「何か危ない雰囲気になってきた。じっとしてて。」
 「分かりました。」

 男達が店に入る前に、雄士朗だけが縁台から立ち上がり、街道に出た。
 「おぬしが雄士朗か。」
 「ああ。それだけ殺気放ってたら狙いが何なのか分かる。客は僕らしかいないし。」
 「それなら話が早い。」
 虚無僧連中はかぶりものを取ると、刀を抜いて雄士朗に迫った。
 「へー。あんた達捨石部隊かい。別働隊がいるようだね。」
 「何だと。」
 「あんた達の殺気と別の気がこっちに集中してるよ。僕の技を見極めたいらしい。できるかな。」
 言っているそばから、五人の男達は顔面を押さえて呻いた。雄士朗が指弾を使い、五人の目をつぶしたのだ。
 「どうする。まだやるの。死ぬよ。」
 「ちっ。退け。」
 五人は散って行った。雄士朗は走った。速い。しかもがけをものともせず斜めに走り登っていった。がけの上の茂みから様子を伺っていた男達は驚いた。見つかっても手出しは出来ないと思っていたのだ。もう目の前に雄士朗がいる。男達は目を疑った。
 「どうするの。僕の技は見えた。」
 そこには3人の男が潜んでいた。刀を抜いて対峙した。
 「やっぱりやるんだ。死ぬよ。」
 言うより早く3本の短い矢が3人ののどに突き刺さった。撃ち矢といい、袂の中にかくしていて、腕の振りで撃ちだす。見えないほどの振りから打ち出される矢は、それこそ一条の光としか見えなかっただろう。あっという間に3人を片付けて、のどに刺さった矢を回収すると、のんびりと下に降りていった。そこには都田が来ていて、こちらものんきに団子を食べていた。
 「あれ、流石に速いね。もう追いついたんだ。」
 「新之助殿に前金ももらっている。仕事は堅いのが売りなのでな。」
 「気楽にやってくれたほうが、こっちは楽なのに。」
 「それと、逃げてきた虚無僧の五人も片付けておいた。始末出来るものはしておいたほうが良い。後を追われることになる。」
 「敵は大きいんだ。またすぐに見つかって追手も来るさ。」
 「そうかも知れんが、いくらかは時間が稼げる。」
 若い2人に浪人者の3人の旅。このほうがかえって目立つような気がする。
 雄士朗と雪は都田の存在を気にも留めていないようだ。都田だけ所在なしといったところか。
 
 「一つ聞いてよいか。」
 「なに。」
 「技を教えろというのもおかしなものだか、その方らの流儀はなんと言うのだ。」
 「流儀という物でもないよ。僕らの村は皆一族。一族の本家に代々伝わっていた物。それを村中に広めたのは中興の祖と言われる岳之内源太夫俊義。」
 「武士の家柄か。」
 「元はそうなのかもね。剣術から派生したやわらが大元だよ。岳之内源太夫俊義はそこに様々な小武器を加えたんだ。今じゃ珍しいけど、戦国時代には当たり前の技だったらしいよ。」
 「そうなのか。拙者は見たこともない技ばかりだ。」
 「都田さんも、手裏剣は打つだろう。手持ちの手裏剣には限りがある。小石ならそこらじゅうに転がっているし、鋼の糸なら、手放さずに済む。その先に刃をくくりつければ、誘導できるし、なくならない。」
 「なるほど。確かに拙者の手裏剣は数に限りがある。組織に属していた頃はいくらでも補充されたが、このところ使えないでいる。手裏剣を使うような相手にも出会っていないが。」
 「しいて言うなら、岳之内流心法となるのかな。心の機微を見分けることを重要視している。
 人は考えて行動する。そのときにまず気が働く。その気をとらえてその人が何をしたいのか見抜く。と言うより、肌で感じる。達人になるほど、心の動きと体の動きが同化される。それでも気は速く動く。それをとらえて、一手先をうつ。」
 「剣の達人が到達する境地ではないのか、それは。そのことを代々伝えてているというのは何ということ。新之助殿が使った技は、鋼の糸なのか。」
 「僕には良く分からないけど、義兄さんの得手は鋼の糸。一族の中でも一番の使い手だろうね。心の動き、これは一族の者なら感覚で皆分かる。雪のように他国の者にも教え込む教程もきちんとしている。一族になることが前提だけどね。」
 「一族になるとは。」
 「簡単なことだよ。雪は僕の許嫁だもの。」
 「なるほど、そういうことか。新之助殿も他国の者なのか。」
 「義兄さんは本家の人間さ。本家は会津北畠家の直属で要人の護衛を代々勤めてきた。乱波の集団にも岳之内本家は名が知られていた。」
 「おぬし達は本家ではないのか。」
 「岳之内本家を継げるのは一人だけだ。義兄さんは本家の三男。本人は黙ってるけど、ちょっと訳ありでね。どちらかというと新政府側の人間なのさ。」
 「幕臣をかくまって、新政府にもつながっているというのか。」
 「一族を守るためには、全ての情報が欲しい。本家は嫡男以外様々な世界に散っているんだ。」
 「それが代々つながっているということは、相当な数と言う事か。」
 「そうだろうね。それらがつかんだ情報は全て本家に集まる。僕達下のものにはさっぱり分からないが、その情報を元に一族の動向を決めるんだろう。そうやって生き延びてきたんだ。」
 「おぬしの得手は何なのだ。」
 「僕の場合得手はない。不得手もないけどね。」
 「何でも出来るという事か。」
 「さあね。一緒にいればそのうち分かるよ。」
 「この人は底が知れないの。」雪が初めて口を挟んだ。
 「確かにな。飄々としていてつかみ所がない。」
 「僕の気の質は水だそうだよ。人それぞれ気には質があるという。」
 「すこしおしゃべりが過ぎません事。」
 「そうかもね。岳之内本家に対しては恩もあれば恨みもあるからね。」
 「なるほど。そういうことか。一族を守るためには、手段を選ばず。おぬしはそれが気に入らないといったところか。」
 「そういうこと。理解する事と納得する事は違うからね。」
 「あなたは本家ではなくて、よかったのでしょう。」
 「・・・・・。出かけよう。」
 「はい。」

 〜[〜
 夕暮れが迫った頃、一行は次の宿場に着いた。水戸黄門なら光圀主従となるところだが、物見遊山の2人とその目付役の珍道中。本来の目的も忘れ、温泉のある宿をとる事にした。
 「今日の泊まりはここにしようか。」
 雄士朗は川治屋と書かれた看板のある旅籠を指差した。
 「はい。」
 「拙者はどこでも構わぬが、その方ら路銀は大丈夫なのか。」
 たしかにその旅籠は大きく豪華で、このあたりの温泉宿にはめずらしいつくりだった。
 「路銀。心配ないよ。」
 2人はお構いなしに旅籠に入っていった。
 「いらっしゃいませ。お泊りですか。ご3名様ですね。」
 「2人だよ。この人は別。」
 「さようで。」
 「ああ、かまわぬ。ただし、この2人の隣にしてもらおう。」
 「目付役も適当にしてくれればいいのに。」
 「都田さんの立場もおありでしょう。」
 「適当と言う事は最も適していると言う事だ。拙者、仕事はかたいほうなのでな。」
 「気楽にやって欲しいね。」
 「これが拙者の気楽なのだ。中途半端は性に合わぬ。」
 「・・・・・。」
 絶句してしまう雄士朗であった。

 その夜再び刺客が襲ってきた。雄士朗と雪は気付いてはいたが、気配は都田の部屋の天井裏だったので気にせずにいた。
 「何やらただならぬ気配ですが、よろしいのですか。」雪が雄士朗に小声で尋ねる。
 「大丈夫だよ。きっと。たかが10人程度・・・。」
 「そんなにいますか。」
 「天井裏の気配からすると8人。外に3人。」
 「よく天井が抜けませんね。」
 「これだけの旅籠だもの。造りはしっかりしてるんじゃないの。気にせず寝てよう。」
 「はい。」
 
 都田はのんきに構えていられなかった。ただならぬ気配に目を覚ますと、布団の中に肌身離さずにいた小太刀を持って布団を飛び出した。
 それと同時に、三つの影が天井から落ちてきて布団に3振りの刀が突き刺さった。
 次の瞬間にその三つの影の首が飛ぶ。続きざま五つの影が落ちてくる。都田は5人の敵の時間差(同時に落ちてきても僅差のばらつきは出る。)を利用してかわしざま小太刀を振るう。あっという間に計8個の首が転がる事になった。
 都田はすぐさま部屋を飛び出した。寝ずの番をしている宿屋の番頭の1人がいぶかしがるが、そんな事はかまわずくぐり戸から外に出る。そこには3つの影が都田を待ち構えていた。
 「流石は一の組二番。よくぞ我が八方陣を潜り抜けてきた。」
 「子供だましもいいところだ。おぬし達が裏目付13人集か。」
 「裏目付十三人集の一。飛田三蔵と十梟。」
 「10羽の梟も残り8羽。どうするつもりだ。」
 「さてどうするかな。」
 「拙者ならこうする。」都田は言うより速く動いた。都田には三つの首が飛ぶのが見えた。しかし飛んだのはわら人形の頭だった。
 「くっ、まやかしか。」どこからともなく声が響いて来た。都田にもどちらの方向から聞こえてくるのか分からずじまいだった。
 「はははははっ、今日のところはあいさつ代わりだ。飛田三蔵と十梟。次が本当の勝負だ。」
 「もしや。」
 都田がくぐり戸を入ると。
 「血相を変えなさって、どうなさいました。」と番頭が声をかけた。
 「いや、悪い夢を見ただけだ。」
 「それはそれは、ごゆっくりおやすみなさいまし。」

 部屋に戻るとそこには雄士朗と雪がいた。
 「おぬし達こんな刻限にいかが致した。」
 「族にしてやられたと悔しがっているだろうと思ってね。様子見だよ。」
 「何もかもお見通しだな。そのとおり。まやかしの術に引っかかった。」
 「最初は8人いたんだよ。それが急に1人になった。」
 「どういうことだ。拙者が斬った首も落ちていない。」
 「どうやらむこうにも心法の遣い手がいるみたいだね。」
 「どういうことなんだ。」
 「気付いて雪とこの部屋に入った。ちょうど一つの影が天井に飛び上がるところだった。むこうはこっちの顔が見えただろうが、こっちは覆面しか見えずじまい。」
 「1人だったのか。」
 「そうだよ。でもその一瞬で相手の目を見ることが出来た。」
 「その目とは。」
 「我が一族でいう心の目付。人に目の表情で心を読まれないため我が一族が編み出した眼法。」
 「眼法とな。」
 「そう。半眼にして遠くを見据える。口の両脇をわずかに上げることで微笑んでいるように見せる。歌舞伎で使う翁の面そのもの。」
 「確かにあの面は微笑んでいる風ではある。しかし、あれで喜怒哀楽全て表現すると聞くが。」
 「そのとおりだけど、裏もまた真なりで一番表情が分からない方法なのさ。好々爺ぜんとしていて、実は腹黒かったりする。その表情に瞳も正気を失ったような光を宿す。そうする事で心を隠してしまう。」
 「戦いづらい事この上ないな。しかしおぬしにはそういった表情すらないのは何故だ。」
 「・・・・。」
 「都田さんだからお教えします。この人は自分の心を見せるのは気にしないのです。心を伏せて敵をしとめる。確かに我が流派の遣い手としては一流です。この人は自分の心を見せた上で相手を惑わせるのです。」
 「何と。」
 「この人が心を閉じたら、存在すら消えてしまいます。目に見えていても透明に感じてしまう事でしょう。」
 「何と。その昔宮本武蔵は修行の課程で自分を無にして石のごとく、すずめをとまらせそのまま刀を抜き、その後気を入れることですずめは驚いて飛び去ったと聞いた。その上を行くというのか。」
 「そんな昔の話は分からないけど、都田さんは敵の心法使いに幻影を見せられたのは確かだね。その心法使いが頭目なのか下っ端なのか分からないけど、もし下っ端だったら頭目の腕も超一流だね。」
 「裏目付十三人集の一。飛田三蔵と十梟と言っておったが・・・。」
 「飛田三蔵。」
 「いかがした。」
 「一族の中に三蔵という奴がいた。僕が子供の頃、一族で一、二を争う心法使いだった。もしもそいつが飛田三蔵と同一人なら、僕の出番かもしれない。」
 「一族の者と争うと言うのか。」
 「そう。あいつは一族の掟を破った。」
 「掟。」
 「いまじゃ、あってないような物になってしまったが、あいつは一族の技を流出させてしまったのさ。」
 「流出。」
 「そう。一族以外には決して教えてはいけない技。その技で弟子を集め、徒党を組んで傭兵まがいのことをしている。」
 「傭兵。」
 「雇われて事を成す。その気になれば一国を手にすることも簡単に出来る。」

 「今夜はもう襲っては来まい。」
 「どうかな。そう思わせておいて裏をかく。」
 「なるほど。そう思わせて裏の裏をかくということも。」
 「どちらにしても来るか来ないかは五分と五分。だったら備えていたほうが良いと思うよ。」
 
 夜半過ぎ、ただならぬ気配が都田の部屋の天井裏にひしめいた。
 都田は眠り込んでしまったのか布団の盛り上がりはピクリとも動かない。影が三つ天井から降下した。都田の寝ている布団に三振りの刀が突き刺さった。
 そのとたんふすまが開き2つの影が部屋に飛び込む。3つの影が逃げ出す。速い。しかし、後の2つのほうがもっと速かった。天井裏に飛び上がった3つの影。それを追う1つの影。もう1つの影は窓から屋根伝いに飛び出し裏手の雑木林に入った。雑木林を抜けると草っ原だ。雄士朗は立ち止まり振り返った。
 その直後、都田に追われた3つの影が雑木林から飛び出してきた。3つの影は雄士朗に気付き立ち止まった。
 「何者だ。」
 「・・・・。」
 3人の首がはねられ、頭が転がった。追いついた都田が小太刀を一閃させたのだ。
 「さすがだね。」
 「おぬしこそ。よく先回りをして退路を断てたものだ。おかげで十梟のうち三羽をしとめた。」
 「残り七羽。これは貸しだよ。」
 「ああ。借りておく。ただし返すのは今の仕事が片付いてからだ。」
 「それじゃ何にもならないんだけどなぁ。」
 「はっはっはっはっ。」

 二之巻に続く。
 
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