二之巻
〜T〜
生い茂った下生えをかき分け、雑木林に踏み入った中に荒れたお堂が建っていた。昼間も薄暗い雑木林の中には、足を踏み入れるものは誰もいなかった。今は飛田三蔵と十梟のアジトになっている。
「頭。三羽の梟の帰りが遅すぎます。」
「あぁ。あの三羽でかかれば都田ごときに遅れをとるわけはないのだか。」
「いかがいたしましょう。」
「探りに行け。」
「はっ。」
雄士朗、雪、都田はそれぞれ部屋で休んでいる。しばらくの静寂の後、天井裏に二つの気配が漂う。
「また来たよ。しつこいやつらだ。」
「どうなさいます。」
「殺気は感じられないから都田さんと帰ってこない仲間を探りに来たんだろう。」
「そうですね。かまわずに置きますか。」
「今日はもう疲れたよ。都田さんに任せておくさ。」
「はい。」
雄士朗は敵が天井裏にいるのもかまわずに寝息をたて始めた。
こちらは都田。天井裏の気配には気づいていたが、殺気を感じないので不審に思っている。都田ほどの達人になると眠っていても体が相手の殺気に勝手に反応してしまう。ところが殺気のない相手の動きを読むのは難しくなってくる。
心法は相手がどんな気であってもそれを読み取り一歩先を行く。
都田は迷っていた。天井裏の二人はじっとしている。動く気配もない。都田は二人がただ様子を探りに来たのか、何かを仕掛けに来たのか読み取れずにいた。
しばらくすると二つの気配は消えた。
再び敵のアジト。二羽の梟が戻ってきた。
「報告いたします。都田は宿で寝ています。これといった怪我は無いようです。」
「三羽で手傷の1つも負わせられなかったのか。」
「はっ。宿の裏のほうに血のにおいが漂っていたのでそれを頼りに行ってみると、三羽が一太刀の元にやられていました。」
「一太刀か。やはり都田にやられたのか。それほどの手練れという報告は無かったのだがな。」
「四の組を1人で殲滅したのは伊達ではないかと。」
「そうよなぁ。明日は総力戦で当たる。皆の者、明日に備えゆっくり休め。」
「はっ」
「頭、よろしいですか。」
「なんだ、心。」
「最初の仕掛けの折、一緒にいた若者が私の心法を流したのです。」
「なんと流したと。」
「はぁ。並みの者は心法にかかるまいとあがく。そうすると余計に心法がその隙を突く。またある者はかかるまいとして心を閉ざす。そうなると心の壁を取り除くことになる。そんな壁はすぐに崩せる。しかし受け流されるとなると心法の効き目は無い。」
「そんなことが出来るのか。わしでもかかってしまうというに。」
「偶然かと思いましたが、都田も同様に受け流したのです。うまくいけば金縛りに出来て一気に片付けられたはずです。」
「その若者は何奴。」
「私にも分かりません。都田もその若者も只者ではないということです。」
「うーむ。」
あくる日、一行が旅籠を出て山間の道にさしかかると、目の前に深編み笠の侍と忍び装束の男たちが現れた。
「飛田三蔵か。」
「いかにも。ここで決着をつける。」
「ふっ、笑止。闇討ちが得意のお主ららしくもない。こんな昼日中の襲撃では実力の半分も出せぬだろうに。」
「能書きは良い。そっちの二人が足手まといになろうというもの。」
「お主ら、この二人のことを調べ上げていないのか。伊楽布施院乃守の裏目付けらしくもない。」
「裏目付けは伊楽布の手を離れた。もはや伊楽布の私兵ではない。」
「それならなぜ拙者たちを襲う。拙者は伊楽布に弓引く者。伊楽布の手を離れたお主らと争ういわれはない。」
「そちらに無くともこちらにはある。命令系統が変わったのでな。覚悟してもらおう。」
「都田さん。後ろにも来るよ。」
「十梟の残り七羽とお主というわけか。」
「かかれっ。」
その刹那先に動いたのは雄士朗だった。両手を前後に振ると袖口に仕込んだ撃ち矢が飛び出した。撃ち矢は片方の袖に5本。両袖で10本の小さな矢を放つことができる。一度に全部打ち出すことも出来るし、指先と糸で繋がっているので一本ずつ打ち出すことも可能だ。この時は奇襲するためすべての矢を一度に放った。
敵の忍びも然る者でこの奇襲を何羽かがかわした。かわしそびれた者の肩口や太ももに短い矢が突き刺さった。たくさんの矢を一度に放つことで散弾銃的な効果を狙ったのだ。敵に致命傷を与えるのではなく、戦闘能力の低下を狙った。矢が刺さった三羽の梟はすばやい動きが出来なくなっている。
雄士朗が動いた直後、都田も動いた。雄士朗の奇襲を何とかかわした後ろの三羽を流れるような動きで切り伏せてしまった。あっけにとられる飛田。
「なんと。この矢は。」
「やはり見覚えがあるんだね。」
「岳之内の里の者か。」
「本家の者か。」
「そうだ。十梟が一。心。お前は。」
「本家の呪縛を解きし者。」
「何、お前が。しかし同流、技は同じ。」
「どうかな。いくよ。」
二人とも尋常ではない動きで遠ざかっていく。
こちらは十梟の残り三羽と飛田三蔵。三羽のうち一羽は雄士朗の撃ち矢で手傷を負っている。残りの二羽がすばやい動きで都田を襲う。二羽の刀の方が長い。これも都田は流れるような動きで二羽の斬撃をかわしざま小太刀を抜刀する。二羽の首が飛ぶ。
「なかなかやるな。おまえは下がっていろ。」
「・・・・・。」
飛田は手傷を追った梟を下がらせると都田と対峙した。
「それがしが第一の死者に選ばれたわけを教えてやる。」
深編み笠を投げ捨てると鯉口を切りいつでも抜ける状態にしたまま都田との間合いを詰める。
「お主も居合いか。」
じりじりと二人の間合いが詰まる。はたで見ている者には二人の動きは分からないだろう。しかし、わらじの先から出たつま先が微妙に動いている。つま先が尺取虫のように動き、それにつれてかかとが蛇行している。
飛田の刀の方が長い。都田は小太刀だ。間積りの勝負になる。
都田が先に飛田の間合いに入った。飛田の抜き撃ちが届く間合いだ。都田は抜いても届かない距離だ。
飛田が抜刀する。しかし都田の方がより速く動いた。その技の起こりを見切って都田は飛田の懐に飛び込んだ。飛田の右手は都田の体当たりで刀身を三分の一ほど抜いたところでとまった。都田は柄頭を右脇に撃ち付けられながらも、小太刀を逆手に抜き喉元を下から斬り上げた。捨て身技だ。
手傷を負った梟は手持ち無沙汰にしている雪に狙いをつけた。梟は右肩に撃ち矢を受けながらも、左手に刀を握り斬りつけた。か弱い女性とでも考えたのか、かなりの油断があった。雪は臆せず歩を進めると両手で柄を握る手を押さえ斬撃を止めた。そのまま右手を敵の左手首を下から矢ハズに吊り上げ、次の瞬間にその手を下に落とした。梟は顔面から地面にたたきつけられ動かなくなった。
「ほう。流石にやるものだな。」
「こんなことは心法と体術の基本です。岳の内の里のものなら子供でも出来ます。」
「あやつはどこまで行ったのかな。心配ではないのか。」
「そのうちひょっこり帰ってくるでしょう。心配は無用です。」
「なあんだ。心配してくれないのか。」雄士朗がいつの間にか二人の後ろに立っている。
「お主、いつのまに。」
「いつものことですから。」
「敵の心法使いは倒したのか。本家の呪縛を解きし者とは一体。」
「心法にも段階があるのさ。あんな低いやつ一瞬で片がつく。」
「なんと。拙者もかかったまやかしだぞ。」
「でも、旅籠の外で対峙したときの金縛りの術にはかからなかったろう。」
「あやつはそんな技をかけようとしていたのか。」
「心法をかけるにはいろいろ条件が整わなくてはだめなんだよ。あいつはその見極めができていない。」
「どういうことだ。」
「簡単なことだよ。僕が都田さんの部屋に飛び込んであいつと目が合った時、あいつに心法をかけておいたのさ。」
「なんと。」
「心法使いに出会うとは思わないから簡単にかかったよ。」
「・・・・・。」
〜U〜
話は再び3年ほど前に戻る。
ここは裏目付け13人集の1人、十倉忠直の別邸。そこの広間に13人の男がテーブルを囲んで重々しい顔つきで座っている。
「この集まりのことは他言していないだろうな。」
「ここに集まった者たちの結束は固い。血判状も書いたほどではないか。」
血判状とは、志を同じくするものが署名捺印した巻物で、大抵は署名の下に自分の親指を脇差で傷つけ流れ出る血で拇印を押したものである。
「信ずるに値する同志たちということだな。」
「それでは本題に入ろう。十倉同志頼む。」
「わかった。 維新がなされて以来、我々が成すべきことは成されたのであろうか。維新を成すために我々は敵の主だった武将、剣客集団の暗殺、殲滅をはかってきた。ところが江戸幕府崩壊後の明治政府の動きを見ても、旧態依然何も代わりが無い。侍から民の政治に代わったが虐げられているものたちは同じだ。このままでは伊楽布の私兵として明治政府に反抗する違反分子の駆除をしていくに過ぎない。我々は一致団結して伊楽布の支配を逃れ、正しい明治政府の進む道を切り開くべきなのではないか。真の民による民のための政府にして行かなくてはならないのではないか。」
「おーっ。 そのとおりだ。裏目付け13人集が団結すれば一の組から九の組までの暗殺部隊の半数はこちらにつく。付かない部隊は排除していけばよい。」
「おーっ。 そのとおりだ。」
「さて、暗殺部隊をいかにしてこちらに取り込むか考えなくてはならない。」
「こんなこともあろうかと拙者がこちらになびく部隊の一番を呼び寄せてある。」
そういった男が手をはたくと4人の男が部屋に入ってきた。
「このものたちは、二,四,七,九の暗殺部隊の一番だ。」
「拙者は四の組一番。この会合のことは影から聞き知っている。拙者たちも伊楽布の私兵でいるのはもう我慢できない。新しい世の中を作るために活動してきたのに、報われていない。」
「影から聴いたということは、この話は伊楽布の耳にも入っているというのか。」
「ご安心めされい。その影はそれがしの配下、十梟が化けたもの。ほかの影に話が及ぶことは無い。」
「そのとおり。拙者も最初はただの影かと思っていた。返事を渋った時の影の殺気はただの影には放てないもの。わが四の組は四人の部隊なれど周りを倍以上の集団に囲まれていては二つ返事をするほかはない。まぁ、四の組にとっても悪くは無い申し入れだったので、この話しうけることにした。」
「そのほかの部隊はどうなのだ。」
「それ以外の部隊は乗ってこない。そやつらは殲滅するしか無いだろう。」
「手ごわいのはどの組だ。」
「四の組は死之汲みとも恐れられている部隊。これがついたのは良いとして、腕の立つものが3人の一の組が厄介な存在だな。」
「わが四の組は暗殺部隊というより殲滅部隊。爆薬、毒薬、ありとあらゆるものを武器に多人数の集団を殲滅させるもの。一の組とは成り立ちが違う。不意打ちが得意。隙を見せない一の組は暗殺部隊。きゃつらをどこまで追い込めるかは疑問。」
「そうは言い切れまい。いかに一の組といえど爆薬で吹っ飛ばされればなすすべもあるまい。」
「だと良いのだがな。一の組には抜刀術もさることながら忍術も修めた都田がいる。爆薬など仕掛けてもにおいで見破るかもしれない。」
「そんな凄腕もいるのか。」
「一の組は侮れぬ。味方に出来なかったのを悔やむばかりだ。」
「小太刀抜刀術と忍術の都田。尾野派一刀流の内藤。心陰流の佐分利。甲乙丙つけがたい腕だ。」
「甲乙丙???」
「突っ込みはスナ。」
数日後、伊楽布の屋敷。影が庭に現れ、報告をする。
「裏目付13人集の謀反。」
しばしの沈黙の後、庭に面する障子が開き伊楽布が姿を現す。
「なんと、13人集全員がか。」
「はっ。それにつられるように二,四,七,九の組も離反。」
「裏の組織にも綻びが見え始めましたかな。」部屋の中から声がかかる。新政府の大物らしいが姿は見えない。
「むっ。そう言われても仕方の無いことよのう。まさか裏目付が裏切るとは思わなんだ。さて、いかがしたものかのう。」
「十倉の配下と四の組に一の組が襲われ壊滅。都田以外は行く方知れず。」
「影の情報網を持ってしても分からぬか。」
「一の組は都田のしのび仲間の手引きかと。その後の足取りは皆目。」
「流石、と言わねばならぬか。都田はいかに。」
「四の組と戦闘が続いております。」
「都田1人と四の組。見ものだな。」
「すでに四の組の二人は都田の手に。」
「なんと。聞きしに勝る腕よ。其の他の組はいかがした。」
「三,五,六,八の組は今のところ無事。任地が遠いのが幸いしているかと。」
「そうか。ならばそれらの組を急ぎ召集せよ。」
「はっ。裏目付に対してはいかが取り計らいましょうか。」
「都田がどこまでかき回してくれるか様子を見よう。都田一人に裏目付が窮地に追い込まれるやもしれぬ。」
「手配いたします。」
影は消えた。
「共倒れを狙うのですかな。」再び奥から声がかかる。
「都田が一人で四の組を壊滅させるとしたら、13人集とて敵となったら存続は出来まい。十倉がどうなるか見ものだのう。ファッハッハッハッハ。」
そのころ都田は四の組と臨戦状態にあった。内藤と手傷を負った佐分利の2人と分かれて影の情報をたよりに四の組の足取りを追っていた。四の組もまた離反した影を使い、一の組の足取りを追っていた。
都田は他の人たちを巻き添えにすることを恐れ、宿場や人里に近づくことはなくもっぱらお堂や藪などに寝泊りしていた。
ある夜都田が雑木林の中に身を潜めていると微かに火薬のにおいがした。危険を感じた都田は雑木林の中を物音1つたてず、草も動かさず徐々に移動し始めた。
長い訓練で風の方向と強弱を知ることが出来る都田にとって、風にそよぐ草にあわせて移動するのは簡単なことだった。
都田が十間ほど移動した時、都田の潜んでいた辺りが爆発した。四つの影が爆発場所に集まっていく。影の1つは都田が現在潜んでいる一間ほどの脇を通り過ぎていった。
四つの影は爆発場所に都田のむくろが無いのに驚いた。
「奴は死んでいない。気をつけろ。」
「これを見ろ。」
一つの影が爆発場所から何かを引きずったような後が続いているのを見て指差した。
「我々の襲撃を察知したと言うのか。」
「いつの間に。」
四つの影の後方から手裏剣が飛来した。
「むっ。」「うわっ。」と声を発する影。しかし声を発することが出来たのは二つの影だけだった。
手裏剣の飛来とともに都田自身も飛来した。都田の急襲は飛来したといってもいいほどの早業だったのだ。
二つの影を置いたまま、かろうじて逃れた影は間をおいて各々の武器をかまえた。一人は短筒と呼ばれるピストルの一種だがシリンダーに5個の玉をこめ連射が出来るタイプのもの、もう一人は太い銃口から今で言うグレネード、爆裂弾を打ち出すことの出来る抱え筒の一種だった。
二つの影は都田の姿を探したが、月が出ている雑木林でも見つけることが出来なかった。
「ちっ、逃したか。」
「あっという間に志木と山井がやられた。」
「奴には我らの動きが見えていたのか。」
都田は二つの影の言葉を近くの茂みに身を潜め聞いていた。しかし自分の手の内をさらすことも無いし、声を出すことは爆裂弾の的になるので黙っていた。
風はいつも一定に吹いているわけではない。雑木林の中で都田は微かな火薬のにおいをかいだ気がしたのだ。四の組の連中は都田より風下にいた。しかし風がまわって微かなにおいを都田のもとへ運んだ事には気付かなかった。そしてその微かなにおいを嗅ぎ分けた都田の方に軍配が上がったのだ。
二つの影は何も出来ないまま立ち去った。
次の日、二つの影は雑木林の中のお堂に潜み連絡係の影が都田の所在を伝えに来るのを待っていた。
「影か?」
「はっ。」
「かまわぬ。入れ。」
お堂の扉が音もなく開き、1つの影が滑り込んできた。
「して、都田の所在は分かったのか。」
「はっ。」
「は、ではわからぬ。都田の所在は何処に。」
「影頼りのおぬし達には分かるまいよ。」
「なっ。」
二つの影の頭がお堂の床に転がった。連絡係の影は都田の変装であった。連絡係の影は沢山いるし、どの影が連絡に来るかは分からなかった。都田のように、リスクを承知で影を利用しているものならこの程度の危険は察知できたはず。影は全て味方と思っていたことが四の組の敗因と言えよう。
都田は自分の情報網と影の情報を考え合わせて行動している。これが罠だと思えたら、都田はこのお堂にやってこなかっただろう。連絡係の影はこのお堂に姿を現す前に都田の手にかかって同じ雑木林の外れの木に縛りつけられている。これも他の影が来て助けるであろう事は都田も重々承知している。今では影は敵でも味方でもなく、ただの情報屋というのが都田の信条になっていたのだった。
こちらは十倉屋敷。
「報告します。四の組壊滅。」
「なんと。都田一人に壊滅に追いやられたと。」
「はっ。」
「聞きしに勝る凄腕。さて、どうしたものかのう。」
〜V〜
都田は四の組を壊滅させた後、しばらく人里はなれた山中の温泉宿に部屋を取っていた。その近くの出湯のそばに小さな庵があり、そこで傷を負った佐分利と内藤が密かに暮らしていた。佐分利と内藤は都田と一の組の仲間だった。
都田は周りを警戒しながら出湯に向かった。すっと行商人が寄り添って同道した。
「さすがは一の組二番。隙がありませんな。」
「角一か。おぬしでなかったら、たたき斬っていたところだ。」
「そうでしょうな。こんな山道を同じ方向に歩く人間がいるはずはないでしょうから。」
「これより先はおぬしでも入れぬぞ。」
「そうでしょうか。いくら隠し里とはいえ私ならいくらでも入り込めますが・・・。」
「なら試してみるがいい。今まで世話になったな。骸となってからでは礼が言えぬから今のうちに申しておく。」
「何もこんなところで。」
都田は大刀を腰から抜くと角一に投げつけた。角一は難なくかわす。しかし次の瞬間には都田の姿は無かった。
「全く油断しないお方だ。そうでなくてはついていることもないのだが。さて、いかがしたものか。このまま追ってはあの方の言うとおりになってしまうやもしれん。ここは温泉宿まで引き返して帰りを待つとするか。」
「都田か。」庵の中から内藤が声をかける。
「ああ、佐分利はどうだ。」縁側に上がり、障子を開ける。
「だいぶ動けるようになったが、まだまだ。足手まといになってすまぬ。」
「心配は要らぬ。ここは都田流の隠れ里。そこいらにいる農民達も全て都田流の使い手ぞろい。伊楽布の手下とておいそれと手を出せるものではない。」
「そう聞いてはいても、村と言うような集落は無いようだが。」
「集落を作っていてはいざと言う時に護りきれるものではない。かと言って、守るために塀を築いてはここに集団でいると言っているようなもの。」
「なるほど。だが修行をしているようにも見えないがな。」
「皆伝までは越後に住む。皆伝を受けてからは、ここに来て自ら修行する。そして奥伝に達するのだ。都田流の奥伝は形が無い。」
「そうなのか。皆伝をもらうのも大変な事なのだが。」
「さて、食料は足りているか。」
「ああ、近くのばあさんが持ってきてこしらえてくれる。まさかあのばあさんも。」
「女子供も皆伝とはいかない。が、あのばあさんは皆伝を受けたものより怒らせると恐いぞ。」
「ああ、そうだな。飯を作ってもらえなくなっては困る。」
「ははははははっ。」
笑って話が出来るほど佐分利が回復したのを確認すると、「角一がこの隠れ里を探っていた。釘をさしておいたが、注意は怠らないようにな。」と言い残し、都田は庵を後にした。
都田はその足で里なき里の長の家にいき、「2人をくれぐれも頼む。この里を探っている者がいる。用心を怠らないよう。」と伝えると里から去った。
温泉宿に戻ると角一が待っていたように部屋を訪ねてきた。
「佐分利さんの傷はいかがでしたか。」
「だいぶ動けるようになった。手を出すとおぬしでも痛い目を見るぞ。」
「私はそんなことはしませんよ。」
「私はというと他の誰かがと言う事か。」
「さあ、どうでしょうねぇ。私は見たり聞いてきたことを伝えるだけですから。」
「確かにな。」
「ここにこれ以上いても情報はありませんか。佐分利は使い手。その使い手が回復したとなると、あちらもそれ相応の準備をしなければならないでしょうな。」
「なぜ伊楽布はそれほどまでに我々に固執するのだ。」
「ご存じないようなのでお教えしましょう。裏目付け13人集は伊楽布から離れました。」
「なんと、謀反にあったということか。」
「それも違います。裏目付けが伊楽布を見限っただけ。」
「そういえば、十倉を襲えと命じられた後命令は来ぬ。」
「その十倉は裏目付け筆頭。」
「十倉が裏目付けと言うのは佐分利の調べでわかっている。とすると、我々を狙っているのは十倉か。」
「それはご想像におまかせしますよ。」
「さすがに誰かとまではいえぬか。」
「それでは私はこれで。最後に一言だけ。裏目付けにくみしない組は殲滅せよと令が出ています。」
角一は去っていった。
「そう言うことか。裏目付け集は九つの暗殺集団を全ては取り込めなかったということか。やつらの手が回る前にこちらから乗り込むことにするか。」
その晩は宿屋でゆっくりくつろぎ、あくる朝早く都田は出立した。
〜W〜
十倉屋敷。
「報告いたします。飛田三蔵と十梟集壊滅。」影が庭先から声をかける。
「なんと、都田一人に飛田同志と梟集がか。」
「はっ。都田には変な同行者がいます。そやつらもなかなかの使い手と見受けられます。」
「同行者とな。」
「はっ。我々の情報網にはあの者たちの調べはありません。」
「すぐに情報を集めろ。都田だけで厄介なところに、凄腕の仲間が出来たとなると捨ててはおけぬ。」
「かしこまりました。」
影が去ったあと、部屋の中にいる男が声をかける。
「都田だけではないようですな。我々も少し動いてみますか。」
「ああ、そうしてくれ。今までは何とかなってきたが、裏目付けの離反後情報の集まりが悪い。」
「そうでしょうな。我々の情報網も元はそちらの情報網の流れ。それを範としてこしらえてあるのでどこまで探れるか分かりませんが。」
「裏目付けの情報網も同じ。お互いに手の内は分かっているはずなのだが。」
こちらは雄士朗と雪の部屋。都田も一緒にまんじゅうでお茶をすすっている。
「雄士朗さん。私の心法はまだまだですが、心法を極めれば人の心も自由に扱えるものなのですか。」
「ほう、それは拙者も聞いておきたいものだ。」
「自由に扱うと言うのとは違うかもしれないなぁ。」
「あなたは心法で敵の心を操っているように思えます。」
「種明かしをしようか。心法にはいろいろあってね。第1段階は人の心の機微をつかむこと。これは雪にも出来ること。」
「まだまだですけれど。」
「第2段階では、その心の動きの方向を感じ取り、その方向により早く導くことで相手の心を誘導する。」
「方向と言うのは何ですか。」
「何をしたいと思っているのか感じてそれをさせてあげるのさ。」
「と言いますと・・・。」
「本人は自分の意思で行動しているつもりでも、気付かないうちにそういう行動をとらされていると言う状態のことさ。それを戦いに応用すると、相手がどう動くか察知できる、というより、こちらの意のままに動かしているのだから必ず先をとれる。」
「ほう、それはいいものだな。負ける事がない。」
「第3段階は高度なまやかしなのかもね。今では催眠術というらしいが。」
「心法だけではないだろう。あの体術は尋常ではない。」
「幼い頃から遊びとしてやらされている。体が自然と覚えこんでしまうんだ。忍術でもないし、剣術でもない。やわらの一種なんだろうが。」
「だが雄士朗殿の剣の腕もたいしたものだ。」
「もう一つ種明かしをすると、すばやく動いているように相手に感じさせているだけなんだよ。」
「あれでか。」
「都田さん。この人の言っていることはどこまで本当か分かりません。あんまり信用しない事です。」
「自分で聞いておいてそれはないだろう。」
「最初は信じました。でも途中から怪しくなりました。」
「なんと。」
「ははははは。理屈を考えて動いてないからなぁ。説明もこじつけだと無理があるか。」
「ありすぎです。」
「まじめに聞いていた拙者がバカみたいではないか。それではまた明日。」
「無理に早起きしなくてもいいよ。都田さん。」
「拙者を出し抜こうとしてもそうは行かぬ。仕事は堅いのでな。」
〜X〜
都田に四の組を壊滅された後、伊楽部は部下の反対を押し切って一の組を殲滅させるべく全ての部隊を導入した。しかし、都田は雄士朗の力もうまく利用しながら、なんとか切り抜いてきた。
伊楽部は全ての策が失敗したと知るや、一の組の反撃を恐れ、屋敷の警護を固めた。しかし、主だった部下は全て都田の手に落ちてしまっていたので、新政府の力を頼るしかなくなっていた。都田としては伊楽部の勢力は考えなくてすむようになったはずなのだが、仲間の仇を討つために意地になっている部分もあった。
十倉屋敷
「同士達よ。一の組と伊楽部の対立で伊楽部側の勢力は衰えた。伊楽部にはもう戦う力は残っていないであろう。」
「新政府の治安部隊が屋敷の警護についたとうわさされているが。」
「そのとおり。さすがに耳が早いな。都田の後ろにいる影の勢力。忍の一族出身とも言われる都田の力は捨て置けぬ。」
「われらが伊楽部の二の舞になることは考えられぬのか。」
「そうなっては困るが、われわれにも都田にぶつける手駒はある。」
「その手駒は十三人集のことか。」
「いかにも。十三人集に都田にあたってもらい、別働隊が新政府転覆あたる。」
「都田には忍び以外の力もごうりきしていると聞くが。」
「それも今調べている。どうやらそちらの勢力のほうが強敵になりそうだ。」
「飛田三蔵と十梟集が壊滅したそうだが次に誰を当たらせるのかな。」
「都田の小太刀抜刀術に対して居合い抜刀の飛田を選んだが、こうも安々と討ち果たされるとは思はなんだ。」
「十梟集までとなるとより多くの部隊が必要なのではあるまいか。」
「うーむ。厄介な奴よのう。沢井につなぎを付けよ。次はあやつの土竜集に当たらせる。」
「はっ。」と、天井裏から声が聞こえた。
「土竜集とは?」
「忍びの技も極めた都田のお手並み拝見と行こうではないか。」
その頃雄士朗と雪は野州、下野の国に入っていた。
「今夜の宿はいかがいたしましょう。」
「このあたりにはまだまだ宿といえるものはないよ。もう少し先に進もう。」
「だいぶ暗くなってまいりましたが。」
「熊でも出たら後からついて来る都田さんに何とかしてもらうさ。」
雄士朗と雪の後を付かず離れず都田はついて来る。雄士朗の義兄から目付け役を頼まれ離れるわけには行かないのだ。
何とも律儀な男だ。
「雪。」
「はい。」
藪の中に気配を感じ雪が少し下がる。そこへ数人の夜盗らしき者どもが藪の中から飛び出してきた。
「おい若造。いい女を連れてるじゃあないか。命までとろうとは言わない。金と女を置いてとっととうせろ。」
都田は立ち止まり遠目に見ている。
「・・・・・。」雄士朗は我関せずといったようにただ立っている。
「おい、耳がねえのか。聞こえたならさっさと消えろ。」
「煙じゃあるまいし、消えろといわれてもねぇ。」
そう言うや否やうめき声を上げ頭目らしき男が顔をおさえる。
「ううっ。てめえ何をしやがった。おい。」頭目の合図で雄士朗と雪は夜盗に周りを囲まれてしまった。
「何をされたかわからないようじゃ命なんか取れないんじゃないの。」
「何だと、このや・・・。」そう言った男も顔をおさえ言葉が続かない。
「手の内をさらすのは嫌なんだけど、あんた達はこの小さな石ころにかなわないんだよ。」
雄士朗は手のひらの中のいくつかの石ころを見せた。
「あんた達の顔に当たったのはこの石ころだよ。」
「そういうわけだ。追いはぎの相手になる男ではないぞ、この若造は。」
いつの間にか都田が雄士朗の後ろに立っていて追いはぎに声をかけた。
「もっと早く追いついてくれればいいのに。」
「雄士朗殿がどうするか見物だったのでな。」
「得体の知れない若造にお武家まで加わっちゃ相手がわりいや。ひとまず金と女は預けておくぜ。」
追いはぎどもが逃げようとする。
「待て。」頭目は驚き、恐る恐るふりかえる。
「おぬしら、このあたりで宿になりそうな家は知らぬか。だいぶ暗くなってきた。これ以上の山道は危険だ。」
「このあたりに宿はありやせん。わしらも今夜は上がりがねえんで、ねぐらへ帰るしかねえんで。」
「ねぐらとやらは広いのか。」
「都田さん、こいつらのねぐらに泊まるのかい。」
「雨露がしのげればいいであろう。雪殿もいることだしな。」
「へー。夜盗のねぐらか。面白そうだね。」
「何を考えているのですか。お風呂もないようなところは困ります。」
「夜盗というより追いはぎであろうよこいつらは。おい、おぬしらのねぐらは近いのか。」
「はあ、すぐそこではありやすが、お武家様方どうなさるんで。」
「一晩厄介になろうとおもってな。」
追いはぎどもの顔色が変わる。
「隠れ家が知れるのは困るんで。」
「命をとるとまでは言わぬ。一晩の宿を提供しろ。」
「どっちが夜盗だかわからないね、これは。都田さんの方が上手だね。」
「わかりやした。こちらでやんす。」
頭目のあとをついて行くと割りと大きな屋敷に案内された。
「追いはぎが立派な屋敷に住んでいるではないか。」
広間に通され、都田は頭目の話を聞くことにした。
「あっしだって元は狩人の長。このあたりの狩人を束ね肉や毛皮を売っていい暮らしをしてましたよ。今じゃ狩人の魂といえる鉄砲を没収され暮らしが立ち行かなくなって追いはぎのような真似をするしかなくなったんでやんすよ。」
「鉄砲を没収?廃刀令は鉄砲まで没収するの?」
「いや、そんなことはないはずだ。狩人にとって商売道具の鉄砲を没収するなどがてんが行かぬ。」
「ここにはお風呂はありますか?」
「はあ?湯殿ならあちらに。お入りになるなら若いのに用意させやす。おい。」
「かしら、何か。」
「奥方に湯殿を用意しろい。」
「湯殿ですか。しばらく使ってねえんでほこりだらけですが・・・。」
「さっさと掃除してお湯をわかせ。」
「はあ。」手下はしぶしぶさがった。
「雄士朗殿、どう思われる。」
「どう思われるといわれても、こういう探索は義兄さんの仕事だからね。」
「何もせんというのか。」
「様子を見るしかないでしょ。変に藪をつついてわずらわしいことになるのも面倒だし。」
「相変わらずですねえ。この人たちに世話になるんでしょ。」
「ねぐらはいやだって言ってたくせに、お風呂が使えるとなったらこれだ。」
そこへ手下が血相を変えて飛び込んできた。
「か、か、かしら。表に変な女が。」
「何だと。」
「ここに三人の旅人がいるはずだといって・・・。」
「変な女というのは私のことかぇ。」いつの間にか女が廊下に立っている。
「姉さん、夜盗さんたちが驚いているじゃないか。義兄さんも鉄砲の件探っているのかい。」
頭目が二人の顔をかわるがわる見る。
「察しの通りさ。廃刀令の名を借りてここいら辺の狩人から鉄砲をかき集めて新政府にたてつくらしいよ。」
「狩人の単発銃じゃたかが知れているのではありませんか。」と雪。
「単発銃と言ってもあなどらねえでくだせえ。猪や熊を相手にしてるんで威力は相当なもんでやんす。」
「何人くらいの狩人が鉄砲を没収されたんだい。」
「そうでやんすね。あっしの管轄で80人からの狩人を束ねてやしたから、国境の山々からすると200人近い狩人がいたんじゃありやせんかね。」
「そうなると200丁近い数の鉄砲が集まったと見るべきかねえ。」
「で、姉さん何しに来たの。」
「これだけの数の鉄砲にあの人だけでは手に余りそうなんでねぇ。あんた達の手も借りに来たのさ。」
「探索だけが仕事じゃないの。義兄さんは。」
「こんな山の中に人数をそろえるには日にちがかかりすぎるんだよ。都田さんにも手伝ってもらうよ。」
「拙者もか。」
「話がでかくなってきやしたな。自分達の鉄砲が悪いことに使われるのはごめんでやんす。このあたりの狩人も手を貸すでやんすよ。」
「どちらが正しいかわからないんだがなぁ。せっかくの新政府になってまた転覆されるのも迷惑だし。ま、いいか。」
しばらくして手下が湯殿の用意が出来たと知らせに来た。
「雪さん。お風呂に参りましょう。」
「はい。」
「雄士朗、この者達が覗かないよう見張りを頼みますぇ。」
雄士朗は肩をすくめて「まったく何しに来たんだか。」
都田は微笑みながら姉弟のやり取りを見ていて、頭目はあっけにとられて見上げていた。
「雄士朗殿、どういたす。」
「とりあえず、寝る。明るくなればいやでも動かなきゃならなくなるしね。」
雄士朗は夜盗の手下が用意してくれた夜具に入り込むとすぐに寝息を立て始めた。
「確かに、姉様には逆らえないか。上手く動かされてしまうから不思議だ。」
そういいながら都田も夜具に入った。
〜Y〜
あくる朝、一行が食事を済ますと
「雄士朗、ここに地図がある。あの人と合流して指示通りに動いておくれ。」
「わかったよ姉さん。」
「都田さんにもお願いするよ。」
「拙者は独自の情報を得られるがいかがいたす。」
「そうだねぇ。とりあえずは雄士朗と行動をともにしておくれ。」
「わかった。」
二人は地図に書かれている沢づたいの道をしばらく歩き新之助がいる小屋に着いた。
「何か変だよ。血のにおいがする。」
「ああ、そのようだ。新之助殿の身に何かあったとは考えにくいが。」
「都田さんは裏を。」
「心得た。」
都田は物陰に隠れながら小屋の裏手にまわっていった。雄士朗は都田が小屋の裏手に身を潜めると小屋の正面に向かってすたすたと歩き出した。
「まったく雄士朗殿はたいしたものだ。ただの通りすがりのもののようだ。」
雄士朗が小屋の前を通り過ぎようとすると木戸が開き鉢巻きをした若侍が姿を現した。
「おい、こんなところで何をしている。」
「何をしていると言われても、あっちへ行きたいだけだよ。」
「怪しい奴。どこから来た。」
「どこから来たと言われても。あっちへ行くんだからこっちから来たのかな。」
「何。うっ。」
押し問答にもならないうちに雄士朗は若侍に当身を食らわすと小屋の中に滑り込んだ。
中に入ると似たような若侍が5人ほど刀を手に土間に降りて来た。
「何奴。」
「何奴と言われても。あんた達こそ此処の住人かい。」
「我らは代官所のものだ。此処に反逆者がいるというたれ込みがあったので見張っているのだ。」
「見張っているだけかい。代官所なんか明治になって廃止されたのに何言ってるんだ。あんた達、狩人達を殺したね。」
「鼻の聞く奴だな。しかし相手が悪かったな。我ら裏目付け十三人集の一、名瀬賢之丞の配下。」
「配下かい。」雄士朗はそう答えると袖口に仕込んだ打矢を射った。5人の内4人はその矢で倒れた。残った一人に。
「名瀬賢之丞の配下は何人いるんだ。」
「貴様は何者だ。そんなことには答えられない。」
「別に答えなくてもいいよ。外の一人は当身を食らわしただけで、そいつからも聞けるしね。」
そういいながら雄士朗が右手を挙げると。
「わかったわかった。我ら配下は9人だ。」
「ふーん。飛田三蔵だかの手下もそのくらいだったな。」
「貴様は飛田殿を存じておるのか。」
「飛田殿。梟とか何とか言うのがくっついていたが、たいしたこと無かったよ。」
「飛田殿をやったのは貴様か。」
「いや、それは後ろにいる人さ。」
若侍がぎょっとして振り向くと、音も無く入り込んだ都田が小屋の隅の柱にもたれて話を聞いていた。
「さて雄士朗殿、こいつらはいかがいたす。」
「心法で操り敵の陣に帰して混乱させてみようか。」
「そんなことが出来るのか。」
「催眠術みたいなものだよ。やるのは簡単なんだけどね。とりあえず義兄さんの指示を受けてからしか動けないね。」
「確かに。姉上殿は新之助殿の指示通り動けと申していた。」
「都田さん。ちょっと探ってくるよ。」
「拙者も共に参ろう。」
「それじゃこいつらを縛り上げて義兄さんに書置きをしておこう。」
雄士朗は外でのびている若侍を引きずってきて二人に猿轡を噛ませ柱に縛り付けた。
「心法でおとなしくさせておけないものなのかな。」
「出来るけど、義兄さんが帰ってきたら始末されちゃうよ。」
「なるほど。」
二人は外に出ると間道を敵の陣に向かった。
間道から脇にそれ獣道をしばらく歩くと代官所裏手の崖の上に出た。
「あれが代官所のようだ。門をかたく閉じている。」
「都田さん、格子の中が見えるかい。」
「ああ、大体の様子は見て取れる。鉄砲を担いだ奴らが哨戒しているようだ。」
「忍び込んでも見つかったらズドンだね。」
「さてどうしたものかな。」
「こうしよう。」
雄士朗は崖をものともせず走り降りると門に向かってすたすたと歩き出した。
「おーい。この門を開けてくれ。俺だ、山元だ。」雄士朗が門を叩きながら中に声をかける。
「なんと無茶なことを。誰が山元だ・・・。」と言う都田も崖を降りて雄士朗の後ろから歩いてくる。
門が少し開き門番が顔を出す。雄士朗と目が合う。
「おお、山元殿か、いかがいたした。」
「偵察に出ていたのだが、名瀬殿に報告せねばならないことがある。通してくれ。」
「判り申した。どうぞお通りあれ。」
雄士朗と都田はすんなりと門の中に入った。
「雄士朗殿、これは何と。」
「心法だよ。鉄砲と共に人も集めたんだろう。一人や二人知らぬ顔がいても堂々としていれば仲間に見えてくるさ。」
「なんと、大胆な。」
雄士朗は手近にいる浪士に声をかけ名瀬の居場所を聞いた。
「都田さん。とりあえず報告して様子を見ようか。」
「小屋の件か。こちらの手の内をさらすことにならぬか。」
「手の内も何も、義兄さんの指示を受けたわけではないしとりあえず様子見だよ。」
雄士朗と都田は名瀬がいると言う部屋の外から声をかけた。
「名瀬殿はおられるか。山元です。」
「ああ、何用だ。」
「猟師小屋の見張りは全滅しました。」
「なんだと。」
しばらくの沈黙の後ぼそぼそと話をする声が聞こえたが、内容まではわからなかった。誰か他にもいるようである。
「仔細が聞きたい。入れ。」
「はい。」
雄士朗が都田を伴って入る。
「山元と申したな。何故猟師小屋を見張っていると存じておるのだ。」
「一山いくらで雇われているんだからね。」
「指示があるまで待機ということになっていたのではないのか。」
「待ってるだけでは暇なのでね。勝手に動き回らせてもらってるよ。」
「ほう。それでわし達の動きを察したと言うわけか。」
「あの5人の後を着いていくのは簡単だったよ。」
「ほう。着いていけたのか。後ろの者もか。」
「拙者は京田と申す。山本殿とは一緒に召抱えられた。」
「我が配下も鍛えなおす必要があるようだ。」
「鍛えなおすよりもっと良い人選をしたほうが良いんじゃないのかな。」
そのとき名瀬の後ろから男が口を挟んだ。
「見張りが全滅したと言ったな。全員やられたのか。」
「やられたかどうかは確認していないけど。」
「なんだと。それで全滅したと何故わかるのだ。」
「小屋の中に洋装の男が入っていったんだよ。」
「それで。」
「悲鳴が聞こえて、小屋に火の手が上がった。」
「それで。」
「洋装の男は何食わぬ顔で出て行った。」
「それで。」
「何人いたか知らないが全滅。」
「何故人数がわからないのだ。」
「焼け跡を覗いたわけじゃないし、あの男と遭遇するのはいやだったんでね。」
「おぬし達二人でも手に負えぬか。」
「相手の手の内を見てないからね。とりあえず報告に帰ったのさ。」
「そうか。ご苦労。二人に命を与える。引き続き小屋近辺を探りその男の行方を探索しろ。」
「了解。こんな砦でくすぶってるよりましだよ。」
「二人で十分かね。」
「どちらでもかまわないよ。」
「どちらでとは。」
「どうせ目付け役をよこすんだろうからね。」
「お見通しと言うわけか。なかなか。」
二人は代官所を辞すると間道を小屋に向かった。
「雄士朗殿。後を着いて来る気配は無いようだが。この後いかがいたすのだ。」
「向こうは小屋の場所を知ってるからね。着いて来る必要は無いのさ。義兄さんが帰っていればいいけどね。」
〜Z〜
雄士朗が追いはぎに遭遇したころ間道の先では影の角一が検問にあっていた。
「そこの行商人。こんな時分に峠を越えるつもりか。」
「はい。暗くなる前に次の宿場まで行く予定でおりましたが、思いのほか遠ございました。」
「行商人が一人で山越えなど、怪しいやつ。同道してもらおう。」
「お役人様はどちらの。みたところ新政府のお役人ではなさそうですが。」
「ほう、新政府の役人には見えぬと申すか。」
「はい。」
「これでも見えぬか。」
男の合図で角一の前には鉄砲を持った5人の男が現れた。
「鉄砲隊ですか。」
「同道いたせ。」
「新政府の役人の鉄砲がマタギの使う単発銃とは。」
「なんだと。行商人風情が銃の種類を知っていると。」
「新政府では連発銃を使っていると聞いたものですから。」
男が目くばせすると男たちは角一に狙いをつけた。
「狙いをつければあたるというものでもない。」
角一はそういうと右手を前に差し出した。
そこにいた全員がその手を見る。
掌の丸いものにいきなり火がつき発光した。薄暗くなった中でわりとまぶしい光。照準を合わせた角一の姿がぼやけた。
「撃て。」
5つの銃口がほぼ同時に火を噴いた。だが、角一はもういなかった。
「ははははは。慣れないものは扱わないほうが良い。弾を込める前に全員あの世行きですよ。」
「貴様何奴。」
光が地面に落ち小さくなってくると周りの薄暗さがより暗く感じる。角一はどこかに消えていた。
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