2016年

12月24日(土)
 クリスマスイブにN・エールという楽団の練習に初参加。亜細亜時代の先輩も参加するという事で行ってみた。指揮者もプロで奏者のレベルも高いので勉強にはなる。4回ほどの練習で本番という事でどこまで完成度を高められるかがカギかな。
 
 11月23日(水)
 仕事の出張に合わせて東京佼成ウインドオーケストラ「第131回定期演奏会」に行ってきました。曲目等は下記のとおりです。
 指揮:藤岡幸夫
 曲目:
   マゼランの未知なる大陸への挑戦/樽屋雅徳
   ラ・フォリア〜吹奏楽のための小協奏曲/伊藤康英
   「復興」〜2015年改訂版〜/保科 洋
   音楽祭のプレリュード/A.リード
   イギリス民謡組曲/R.ヴォーン・ウィリアムズ
   ドラゴンの年/P.スパーク
   アンコール:アフリカン・シンフォニー/V. マッコイ/岩井直溥 編
  こういう演奏を聴くと吹奏楽って最高と思うのですが・・・。あ、S席6000円でした。
 10月25日(火)
 思いのほか寒い一日。今にも雨が降ってきそうな空模様だ。という間に降ってきた。
 前回の書き込みからだいぶ間が空いてしまったが、フェイスブックの方は頻繁に書き込んでいるのでこちらをおろそかにしているだけ。
 さて、ブログの方に身の置き場として書いた文。私の考えでしかない。このページの上にも書いてあるように万人に共通する考えではなくマメの考え。偏った考えかも知れない。この偏った考えが宇都宮の惨事を生んだと言えるだろう。人は誰もが偏った考えを持っている。これがどちらに傾くかで社会における影響は正にも邪にもなる。良い方に勘違いしてくれて私にとって善人のままでいてくれれば良いが、悪く勘違いされて敵対してしまったらとんでもない事になる。なるべくそうならないようつきあって行けたらよいと考えている。
 以下,備忘録。
 15日(土)下野市芸術祭式典とコンサートでしもつけウインドで演奏。屋内なのでCSVマスター。打点がわからない指揮で出だしは前振り何拍かもわからない、式典で飛び出すのはちょっと。。
 12〜13日出張。
 10日(月)ドイツビール祭りでアルストロ・サックス・アンサンブルとクラリネットポルカを協演。好評でした。
 8日(土)自治医大の薬師祭でしもつけウインドで演奏。小雨が降る中ルブランで。


 9月26日(月)
 25日(日)グロリアの演奏会終了。暑さに弱い私はステージ上で集中力を無くすのと闘わなくてはならない。いつもはハンカチがびしょびしょになるのだが今回は前回の演奏会の時いただいた大き目のハンドタオル(タオル地のハンカチ)を使用したのでかなりしのげた。エアコン付きのスーツが欲しい。
 22日(木)図書館での演奏。フルートの方が私一人では1時間もたないという事でおまけで参加することになったミニコンサート。午前中のリハは向いの文化会館ロビーにあるグランドピアノで合わせて良い感じに出来上がった。本番は持ち込まれた電子ピアノで合わせだったのだが調子が悪く散々だった。


 9月20日(火)
17日の栃響特別演奏会。遠くから来てくれた友人が差し障りの無い写真を撮ってくれた。

ピアノ協奏曲前のチューニング中。
同じくチューニング中。
演奏中の写真は肖像権などの侵害になるので無理。チューニング中で画像も小さくて顔の識別が出来ないと思うので載せてみた。


 9月11日(日)
 昨日の10日(土)と今日の2日続けて母校の学園祭に行ってきた。お目当ては私の3人の子供達も所属していたミュージカル部の公演を見ること。
初日は筝曲部へ。いつもレベルの高い演奏を聴かせてくれる。
フェイスブックにも書いたように小さいころ私の道場に通っていたお姉ちゃんと一緒に来て走り回っていた子が、こんな立派な役をこなすようになった。感無量。
演目は「マイ・フェア・レディー」。1時間半の短縮バージョンながら、見応えたっぷり。
フィナーレのシーン。1日3回公演でこれは4回目。今日あと2回の公演がある。
2枚目の画像と同じ。
初日のラーメンセット。同窓会受付で食券を頂けるので何を食べるか考えるのも楽しみの1つ。
豚骨ラーメンだった。小皿はミニカレーライス。
2日目のラーメンセット。知らずに頼んだらラーメンは日替わりで今日は醤油。ミニカレーライスはかわらない。

 9月5日(月)
 また1ヶ月ほど。昨日はオケの練習の後指導していると言ったらおこがましいがアドバイスしてるサキソフォンアンサンブルの初ステージに駆け付けた。
初めてのステージで緊張しているもののまずまずの演奏。ホールの響きにも助けられて柔らかい音色で好演だった。

 8月8日(月)
 頻繁に更新するかと思ったら一月以上滞る。私がいかに気まぐれか・・・。
 さて、6日(土)のSウインドの練習。遅刻する旨を伝えると新しい曲でクラリネットのソロの曲をやるという。国分寺の運動公園辺りがお祭りで車がのろのろ状態。ただでさえ遅れているのにより遅くなる。しかもいつもの公民館ではなく南の方。行って楽譜を受け取るとチャイコフスキー作曲の「メロディー」というタイトル。バイオリンの曲で吹いてみればわかると言われたがわからなかった。知らないものは知らない。バイオリン協奏曲を彷彿とさせるメロディーライン。チャイコフスキーだ。
というわけで今日ネットで検索してみると「懐かしい土地の想い出」より「メロディー」Op.42-3だそうだ。所属するオケにソリストで来ていただいた鷲見さんの演奏がユーチューブにあったので聴いてみた。揺れ動く。こんなに動かしたら誰もついてこられない。

 7月18日(月)海の日
 5月28日に指導に行った中学校の2回目。ウォームアップのロングトーンを練習してくれたかと期待して行ったがやってなかったようでダメ。半音階で上下するのはコンクールの自由曲にも出てきて指の練習も兼ねていたのだが。
 クラリネットだけのパート練習。1年生もいて指が動かないのは仕方ないとしても動かなさすぎ。前回それを克服するための方法を教えたはずなのに。
 前回よりも1月以上経過しているので良くはなってはいるが、なんだかなぁ。忍たまで土井先生が乱太郎たちに「教えたはずだ、教えたはずだ。」と叫ぶ気持ちがよくわかった。
 コンクールで良い成績をとっているバンドと1度合同練習をさせてもらうといいかも。子供たちの意欲の差。わからないこと、出来ないことがわからない。という感じ。水飲み場までは連れて行けるが飲むか飲まないかは自由だ。こちらはコップに水を汲んであげてるくらい。それから指導する私の譜面台くらい出して欲しかったな。
 17日(日)午後から久しぶりのグロリア。スターバト・マーテル長い。練習の途中に地震。5階なので結構揺れたが指揮者は止めない。指揮されている以上吹くしかないから吹いていた。指揮者が止めた時弦のメンバーが地震があったことを知らせたが気付かなかったと。地震より大きく揺れながら振っていたのだろうか。

 7月16日(土)
午前中買い物がてらハスを見に行きました。
可憐。
ハスの花は桜より短く、4日で散るそうだ。
散った後のラッパ型の如雨露も目立つ。

 7月11日(月)
 9日(土)飲み会で宇都宮へ。ちょっと飲み過ぎかも。
 10日(日)飲み過ぎて起床が遅れ前回より1時間以上後の電車。車中でボーッとしていて降りるとき昨日買ったばかりの傘を置き忘れドタバタ。新栃木の改札を出るとき気が付いたが電車は栃木駅に向かって発射。駅員さんに話し、栃木駅に着いたころを見計らって確認して頂いた。あったのですぐに栃木駅に向かう。傘ゲ-ット???。自分の傘にすごい時間のロス。ついでに投票所により投票。私の推した人が当選。W氏も比例区で当選。V。
 午後はアンサンブルの指導に瑞穂野地区へ。帰ってから夜練習したのだが、眠たさで落ちる。それでも気が付くと連符を吹いていた。無意識でクラリネットが吹ける。進歩したものだ????(獏)。ボクサーが無意識で闘うような。いつも練習しているところだから無意識でやってのけたのだろう。
瑞穂野地区の近くにある公園の池。ハスの季節が来ました。
夏に咲く花はハス、スイレン、さるすべりくらいしか思い浮かばない。
 ついでにの注釈。選挙の投票もわざわざ行くという気持ちではなく生活の一部であるという考え方を強調してみたかった。何かをする時構えてしまうのは良くない。自然に身体が動くようにしなければ。

 6月29日(水)
 月曜ごとの更新が飛びました。特筆すべきものが無かったと言えばなかったしあったと言えばあった。
 25日(土)紫陽花の時季なので遠出してみた。
今年は時季を間違えず雨上がりという事もあって活き活きした紫陽花を見られた。
沢山の花より、
少しだけ咲いているのに心惹かれる。
かじかの黒焼きと鮎の塩焼き。
那珂川の天然物だとか。小ぶりで頭から丸かじり。
天ぷらうどんはかき揚げ。
町の商工会がテントで販売しているので良心的なお値段。
私が苦手としているゆずの飲料。
雨上がりの径を大雄寺へ。
うちのの後ろ姿。
大雄寺の本堂。茅葺き屋根の壮大な本堂。
マイブームの御朱印を頂く。
大雄士みたいで一度立ち寄ってみたかったお寺。
2004年の名前事件で3文字に縮められたのは大豆雄。
大雄士なら怒らなかったかもね。
 26日(日)はスズメバチ入りのハチミツとさくらんぼを探しに道の駅めぐりへ。道の駅もあちこちめぐりすぎて、近県では「未知の駅」ではなくなったが。


 6月20日(月)
 このところ月曜ごとの更新。大したものだ。
 19日(日)題名のない音楽会に合わせて起床。エリック宮城氏のバンドで後輩が吹いてる。がんばってるなぁといつも感心する。いつものように掃除して買い出し。午後はサキソフォンアンサンブルの指導?に。今回はアルトもテナーも一緒に出来るスケールを作って持っていく。まずはB(ベーです)ドゥーア。次回は半音上のスケールで出来るようにしておいてと宿題を。それから、T-W-T-X-T-W-Tのカデンツ。コラールへの導入のためだ。「一人一人がオルガンの鍵盤になったつもりで。」と説明したが音量がそろわないのでまた次回。そしてコラールも同様。曲もリズミックな物ばかりで難しい。全員のテンポ感がそろわないと曲にならないかも。帰ってから、栃木市の文化会館へ。広い部屋でクラリネットを吹いて響きを豊かにする練習。半分はマウスピースの試奏会のよう。私の持っている「奏」「ウッドウィンド」は低め。M30はやや低め。今使用しているB40ライアーはいつ買ったか忘れるくらい前のもの。スペアはあるが今の物には及ばないので変えられない。
 18日(土)東京へ。30年前のウェーバーの楽譜なので昨日先生に紹介された版を探しに行った。ヘンデ版は第2協奏曲はあったが第1はなかった。もう一つのリーナウ版はどちらもなかった。土曜日だったからザ・クラリネットショップに行くことも考えたが、夕方には帰らなくてはならないので断念。30年前のと同じブライトコプフの新版を購入。アーティキュレーションが書き込まれていないので習ったのを書き込める。今使っているのは30年前のものに赤ペンで書き込んだので混乱する。が、使い慣れた版の方が吹きやすい。
 17日(金)レッスンを受けに群馬へ。曲はウェーバーのクラリネット協奏曲第1番。前の方が長引いたので外で待っていた。今夜は1楽章のみ。こう吹いた方が良いと指導を受け30年前の楽譜に書き込む。とりあえず出来るが違いの分からない男なので・・・。前の方が残って聴講。マメさん凄いって。楽譜は1通り吹けるようにはしていったがまだまだ。若いころ合宿講習会で故M代先生にコンツェルティーノ習った時と同じことを言われた。「ウェーバーは歌劇の作曲家だから、テクニカルな部分を見せつけるようにダイナミックに。そしてドラマチックに。」と。忘れてました。M代先生ごめんなさい。コンツェルティーノの楽譜には書き込んであったのに。それと、「冒頭近くの下がる連符はもう一つ音を増やしてファ♯まで下がる。」と。普段はそう吹いているのだが、レッスンなので楽譜通りに吹いたのがあだになったかな。

 6月13日(月)
 前回の書き込みから1週間で。わたしにしては割とこまめ。
 昨日の12日。所属するオケの101回定期演奏会。リードを気にするマメが写ってます(友人の撮影)。
他の人の了解を得ていないので拡大してもボケる小さな画像ですみません。
画像は本番のプレトーク前。この後伊福部先生ゆかりの方のお話があって演奏に。
私は1曲目の「寒帯林」の1番クラ。集中力を持続させなければならない曲なのに暑くて撃沈。目立つ部分はそつなく、オーバーブローにならないよう心掛けて吹いた。それというのも中低音でのソロが多く、指揮者の先生からもっと大きくても良いと言われたものの、吹きすぎると響きを失って遠くまで飛んで行かなくなる。ギリギリのところで吹いたつもりだが、自分的には玉砕。玉ほど輝きはないから砕石と言ったところか。
 終了後、先生と来てくれた数名の友人、降り番で聴いていた数名のメンバーから「良かった。」「良く聞こえていた。」「美味しい曲ですね。」とかの言葉をいただいたが。ここでの美味しいは目立つ所満載でやりがいのある曲という意味。鳴らしやすい音域でのソロなら自信満々吹けるのだが、鳴らしにくい音域のソロでひやひやしながら吹いた。暑くて流れる汗に冷や汗もプラスされた。1曲目で精根尽き果て2曲目は下記の通り。
 11日(土)前日リハに電車でゴトゴト。こちらは自分の録音機で録音したのを帰りの電車の中で聴いた。悪くない。が、ソロは中低音なので目立たない。

 6月6日(月)
 ダミアンが生まれた日だ。って、オーメンという映画を御存じだろうか。
 4日(土)久しぶりにSウインドに顔を出したらとんでもないことに。夕方、真岡市二ノ宮の現場で打ち合わせ等があり帰り道だから楽器も持って行って顔を出した。下記のY本先生がお家の事情で今日が最後という。私はY本先生のアシストが出来たらいいかと団員になることを告げたとたんの出来事で晴天の霹靂というか逢魔が時に魔物出現。そんなわけでY本先生から「私の後を誰にお願いしたらよいか考えていたのだけれど、大豆生田君が来てくれるならあなたやって。」と楽譜を預かることに。サックスパートはレベルが高く、Y本先生はフルート奏者だし私がクラリネットをみれば最強の木管軍団になると考えていたのだが、当てが外れた。楽団から正式にオファーがあったわけではないのでどうなることやら。
 5日(日)
午後から所属するオケの練習。「寒帯林」は指揮者の先生の指示の中でレッスンで習ってきたことを試してみた。練習後変えて吹いたことを申告して了承を得た。自分では1つ上の演奏が出来る気がする。
 問題は「プロメテの火」。こちらは2番クラだから上に付けるしかないのだが、オーボエ、フルート、クラの1番が合わせてくれれば私はそれに付けられる。高音の実音のE。このあたりの音程は音色を変えなくても息の角度でなんとでもなる。その中で一番合った音程で吹けば良い。私は高めに吹いた方が気持ちいいのだが、442ちょうどでという事なのでそのピッチで吹くことにする。全体的にピッチ高め(442+1目盛りあたり)で音楽が進行している中で最高音のEが442ちょうど。ぶら下がって聴こえて気持ち悪いと思うのだが。高い音は響きで合わせると1目盛りくらい高い方がいいとI部先生もおっしゃっていたし私はピアノに合わせても高い音は高めに。低い音は低めに。響きがあれば合って聴こえるのだが。残念だ。
 最終的には1番クラじゃないから別にいいやという事で。こちらは1曲目で吹きすぎると2曲目の「寒帯林」に支障をきたすのでセーブして合わせることに徹します。

 5月30日(月)
 27日(金)久しぶりのレッスンを受けるために群馬音楽センターへ。レジスターキィを押さない下の音でのソロが多い「寒帯林」。目立たせるために吹きすぎてオーバーブロウしているのでそれを修正して頂くのと中低音でも遠達性の音を出すための助言を求めて。いつもはドイツベームでレッスンを受けるのだが、今回は本番で吹くCSVマスターでレッスンを受ける。ドイツベームでは分厚い弦の壁に穴をあけて音を通すのが困難な気がしたのだ。「英雄」や「オケコン」をやった時は上手くいったのだが、「寒帯林」だけでなく「プロメテの火」もあるのでガンガン吹けるフレンチモデルで。このガンガン吹けるというのも勘違いの一端ではある。ヒントは脚揚げにあった。8月の発表会の曲も決まり定期演奏会が終わってすぐのレッスンまでには吹けるようにしておかねばならない。曲はウェーバーのクラリネット協奏曲第1番の第1、第3楽章。何十年か前にKフィルでやった時ソロの代吹きをしていたのである程度はさらい込んである。S木先生にもレッスンして頂いていたはず。
 28日(土)久しぶりに中学校吹奏楽部のクラリネットパート及び木管セクションの指導を頼まれ上三川へ。Sウインドのメンバーに頼まれたのですぐにオーケーした。個人でのウォームアップ方、基礎練習の方法。こちらはマメ流クラリネット教本をコピーしてパート全員に配ってもらった。そのやり方の説明も。クラリネットパートでの練習。こちらはマメ流のパート練習法で。木管セクションでの練習ではコンクールの曲で連符のさらい方を黒板に書いて説明。ピアノのハノンの冒頭に書いてあるやり方。連符を色々な形に分割したり結合したりリズムを変えたりした練習。最初は出来なくて練習方法を練習しなくてはいけないが、出来るようになれば音を指に覚えこませることで勝手に動いてくれるようになる。1日で全て出来るようにはなるはずはないのと時間もなかったので説明しただけで終わってしまった。とにかく個人でたくさん練習して、2人で、3人でと合わせる人数を増やしていくことで全員そろうようになる。実際に私が連符を練習方法通りにやってから楽譜通りに吹いて見せたら子供たちは目を丸くしていた。
 その後一度家に戻り宇都宮での会合、その後の飲み会(親睦会)に参加するため電車でゴトゴト。美味しいからと言って飲み過ぎ、食べ過ぎには注意しましょう。
 29日(日)朝食を食べて8時20分発の電車で帰って来た。午前中のんびりして午後はこちらもSウインドのメンバーが主催するサキソフォンアンサンブルの指導に。下(5月7日)の書き込みのY本先生が私の事も改めて紹介してくれたので、ただのマメさんから少し昇格したようだ。
 サキソフォンは学生の頃少し吹いた程度の門外漢なので何を指導したらいいのかわからずに練習場に向かった。音楽的な事をと言われたがプロのコーチもいらしているアンサンブルなので皆で出来る基礎練習の楽譜なんかを作ってみようかと考えている。ティップスの7番は口で説明して吹いてもらった。ユニゾンの練習には最適なのだ。そして和音。研究会でやっているコラールをサキソフォン用に書きかえて持って行った。これだけでかなり変わった。個々の音色より、音域による音色の変化に注意して吹けるようになればもっとよくなる。サキソフォンを吹けないことで楽器の弱点も知らないのでいろいろつっこめるのかもしれない。
 夜はグロリアの練習があるので瑞穂野地区から県教育会館に移動。時間があったので近くのガストまで歩いて行って夕食。教育会館はダンスのコンクールでごったがえ。早めに行って良かった。そういえばアンサンブルのリーダーも吹奏楽の練習で国本地区へと言っていたが教育会館より遠いので時間に間に合ったのだろうか。

 5月10日(火)
 ゴールデンウィークも終わり普通の生活が戻ってきたが雨。仕事がはかどらない。
 この休み中の備忘録。
 4月29日(金)昭和の日で私の誕生日。50を過ぎると歳は1つづつ減り子供に戻っていくという事なので43歳になった・・・。天平の丘公園の花祭りイベント演奏のお手伝い。風が強くてアルミの軽量譜面台が倒れ楽譜がファイルごと飛んで行った。私も楽譜を追ってに映像の画面から消えていく。楽譜がめくれないように金属の洗濯ばさみで留めてはいたが、飛ばされ地面に落ち変形していた。ファイルは重く飛ばされるとは思っていなかったが、譜面台が軽量だったので頭が重く不安定だったのだろう。譜面台の脚を踏んでいたのだが、飛んだ。楽器はルブランに11.1、ルピックの3半。明日が自治オケの本番でCSVマスターは調整したばかりでほこりにまみれるのが嫌だったのでこちらを使用。ルブランは最近野外演奏用になっている。夜は前日リハ。
 30日(土)午前中仕事して午後から自治オケのお手伝い。ウェーバーのオイリュアンテ序曲の1番クラ。こちらは緊張しながらもそつなく吹けたと思う。が、シベリウスの交響曲第2番の2番クラ。これは難しい。クラ譜でいうと1楽章の2ページ目の最上段の2度目に出てくる5つ音譜。オーボエとフルートが1拍ずれて出てきて惑わされあわてた。前日リハから間違いのツボにはまってしまいダメダメ。恥ずかしい限りだ。
 1日(日)2日連続で本番だったのでグロリアの練習は欠席させていただき息抜き。申し訳ないが本番を優先させていただいた。とはいえ昨日間違えて納得のいかない部分を吹いたが家では完璧に吹ける。合奏で吹けなくなるのでは使い物にならない。しかもお手伝いの舞台で失敗するなど言語道断。もっと精進しなくては。
 2日(月)平常通り現場仕事へ。
 3日(火)甥っ子が来ていたので午後から高速に乗って羽生パーキングエリアの鬼平の街並みへ。その後久喜インターで降り道の駅アグリパーク夢杉戸へ。ゴールデンイーグルという麦焼酎と洋酒をブレンドした限定品(期間限定だかこの土地の限定だか解らないが)のリキュールを購入。25度なのだが酔っぱらう。
 4日(水)どこにも出かけずダラダラ。午後からは自宅の練習室でじっくり練習。最近指が自分の意思に反して動くようになってきたのでクラリネットのハノンと私が呼んでいるP・ジャンジャンの「バーデ・メークム」(座右の名と言われている)を引っ張り出して右手、左手の動きの悪いところを重点的に練習。動かないものは動かない。しばらくはこのエチュードのお世話になることになるかな。練習のための練習。
 5日(木)今回のゴールデンウィークには遠出しなかったので笠間稲荷に詣でてきた。手前300メートルほどの1日300円の駐車場に止め笠間稲荷に参拝。マイブームのご朱印をいただき、名物のいなりずしミックス(ゴマの入ったすし飯と柔らかいお餅の2種類)とメロンソフトクリーム(ソフトと言ってもシャーベット状)を食す。その後徒歩でつつじ園に行くが時季を逃したというか今年は咲くのが早かったというか、満開を過ぎて入園料が今日から無料。頂上の出店でアユの塩焼きを食す。山を下りる途中の観世音寺に立ち寄りお参りしてご朱印をいただく。ここでは3種のご朱印。駐車場まで歩き、帰る途中の出雲大社常陸分社に参詣。帰り道からは少し外れるが雨引観音にも。下の息子のお産の時こちらで腹帯に願をかけて頂いた。その息子も二十歳になったのでお礼もかねて。
 私のゴールデンウィークはここで幕引き。6、7日は通常の仕事。8日は所属するオケの練習と日常と変わらない。
 7日(土)S吹にY本先生が来るというので練習に参加した。Y本先生は昔所属していたオケで一緒に吹いたこともあるし、先生が指導する部活のクラリネットパートを指導しに行ったこともある。久しぶりに先生の指揮で吹いたが私が思った事を全て指摘して頂いたのですごくうれしかった。私のようなアマチュアが言うのと先生が言うのでは雲泥の差がある。まだまだわたしでは説得力に欠けるのだろう。

 4月3日(日)
 昨夜のSウインドの練習。人数が少なくお手伝いの多い吹奏楽団。クラリネットの人数ももちろん少ないしクラのメンバーが指揮者ということもあってそこでも1人奏者が減る。
 5月からY先生が指導に来て下さるとのこと。フルートのレベルが上がるかも。エムスイとは違って吹奏楽の指導者だからかなり期待出来ると思う。
 クラリネットの音は皆独特の音色で個性豊かと思うのだが、合わせにくい音で痛い。個々のレベルがもう少し上がらないと全体に良い響きにはならない気がする。

 3月16日(水)
 先月末のレントゲンでは折れたところが白くなってだいぶつながってきたが、曲がってつながったように見える。やばくないのか・・・。
 所属するオケの練習場が市文化会館から総合文化にかわり、近隣には有料駐車場しかないので電車で通っている。電車は時間の制約があって・・・。
 お手伝いで出るのはJオケとSウインド。どちらも4月末の本番が控えている。

 2月10日(水)
 午前中整形外科へ。レントゲンを撮ると肋骨の背中側は見えにくいと先生。「2本折れてましたね。折れている部分が白くなってきたので治りつつはあるがもう少しかかる。」とも。
 ヘルメットに安全帯は着用していたが油断というものはどこにでも潜んでいた。着用していたので地面まで落ちずにこの程度で済んだともいえる。「月末にもう一度レントゲン撮るのでまた来てください。」と。
 肋骨の8番9番の背骨側の骨折。ヒビだと思って気楽に考えていたが、骨折と聞いて痛みが増したような気がする。

 1月30日(土)
 昨日から今日にかけての雪で仕事にならないのとわき腹から左側の背中にかけて痛みが増したので朝のうち再び整形外科へ。今日のレントゲンには左8番目の肋骨にはっきりとひびというか黒い筋が認められた。木曜日の午後咳をしたらボキッと音がして昨日は動けないほど痛かった。でも、処置としては固定バンド巻かれて湿布薬貰っておしまい。肋骨の手当はこんなもの。以前空手をやっていた時も2回ほどひびが入ったが、固定バンド巻くのは初めてだからやはり一番重篤。左手で重い物を持ち上げたり、身体をねじるようなことはしないようにと注意された。
 固定バンド巻いてると楽。咳してもそれほど響かない。

 1月25日(月)
 昨年に引き続き落下。今回は割と重篤。整形外科でレントゲンを撮ってもらい骨には異状がないということ。頑丈なものだなぁ。ちなみに今回は2階の屋根近くの足場から落下。頭から落ちていたら死んでただろうなぁ。

 1月5日(火)
 昨年はぎりぎりまで仕事をしていたのでお正月はのんびりしています。
 吹き初めは2日にしましたがじっくりできなかったので4日にじっくり。3日も茨城へ出かけたりとバタバタしてたので。
 今日は行きつけの楽器店でマウスピースを選定する予定です。

 1月1日(金)
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 例年通り神明宮、野州豊川稲荷神社、萬福寺をお参りしてお札を受ける。


2003年

 12月27日(土)
 続きは明日、などといいながらもう土曜日。
 23日にアンサンブルコンテスト栃木県大会が県北部の黒磯市文化会館で行われた。私は、黒磯市民吹奏楽団(以下黒吹)の団長と親しい為、12月始めの定演リハにお邪魔したついでに、会場の事務の人に頼んで、小ホールを見せてもらった。大ホールは、黒吹のトラで出たときにどんな響きかつかんでいたが、小ホールは初めて載るステージだからだ。事前に会場の響きを知る事で、演奏形態を考える事が出来る。
 私達は、ステージの前のほうに出て、やや前を向く布陣にした。ステージ横の反響板がなくて、垂れ幕に音を吸収されるのを恐れたからだ。それにくわえて、音に伸びの出るオリジナルリガチャーを使用した。N先生にアンサンブルのレッスンはしていただいたが、本番直前だったので思うように消化、吸収できなかった。その他の面では出来る事はしたつもりだ。金賞、県代表は獲得したが、われわれはまだまだ進化する。

 12月22日(月)
 いよいよ明日はアンサンブルコンテスト当日。どうなる事やら。
 昨日は、あるアマチュアビッグバンドの演奏会。スペシャルゲストは北村英治氏。温かい音色でとても幸せな雰囲気に浸ってた。コンテストでも聴衆を幸せな気分にさせることは出来ないのだろうか。審査員も。
 減点法での審査方法では、無理なのかなぁ。加算法だったら、あそこが良い、ここも良いとなって、とんでもない点数がついてしまうから・・・。10万点、とか100万点とか・・・。
 コンテストとなると、そのための練習もしなくてはならない。勝つ為と言うより、減点を少なくする練習とでも言ったらよいだろうか。減点が少ないこと=良い演奏、良い音楽とは思わないが、コンクール、コンテストの枠から考えると、それも必要だと思う。演奏会とコンテストは別物。私情を捨てる覚悟も必要だ。私は鍵盤の一つ。
 続きは明日。

 12月7日(日)
 今日はベルの穴について考えてみたい。
 私が使用しているヤマハのドイツベームには、ベルにサブトーンホールなる穴が開いている。
 ヤマハの古いカタログを見ると「最低音の音抜けと音程の安定を求めて、ベルにサブトーンホールを設定。美しい中高音域を損なわずに重量感のある低音域を実現しています。」と書いてある。確かに最低音のミ/シの音はベルから直接出て行く。その上のファ/ドの音はベルとその下のミ/シのトーンホールの両方から出て行く。この違いが、ミ/シとファ/ドの音色の違いとなって現れるようだ。ドイツベームの場合は、最低音もベル+サブトーンホールから音が出て行くため、音色の違いが緩和されるようだ。
 穴の向きだが、自分の好みの位置を探すしかない。私の場合はベルのヤマハマークは前には向かない方が良いようだ。。金色ではないので、目立たないので助かるが・・・。出て行く音は、トーンホールの内側のエッジに当たって角度が変わると聞いたことがあるので、音がまっすぐ出て行くように修正される方向を考えている。
 大学卒業後ある合宿の講習会に行ったとき、クランポンのRCのベルに、穴を開けて吹いていた先生がいた。そのときは「エヘヘヘ」と笑って教えてくれなかったが、今にして思うとこういうことだったのだろう。
 ちなみに、穴を前に向けると最低音のミ/シだけが前に飛んでいく。
 しかし、これが良いのならどのメーカーも取り入れているはず。クランポンにしろルブランにしろ、ひいてはヤマハのその他の機種に穴がないのを考えると無用の長物かもしれない。ちなみに穴をセロテープでふさぐと、ミ/シの音程がめちゃくちゃ低くなる。穴のあることも考えて、ベルが長めに設計されているようだ。

 はなしは変わって。最近、漢字に対する思い入れが多いような気がする。パソコンで変換すると、とんでもない字が出てきたりするので、正しい漢字を覚えなくてはならないと思う。
 私の仲間内で話題に上った「おかわり」(ご飯の2杯目など)は、国語辞典で引くと「お代り、お替り」と、両方出てきた。もう一つの「たくさん」は、「沢山」で正しいようだ。「潤沢」「贅沢」など、多く潤う様子。水が充分にある様子。日本の自然を表しているような語彙ではないか。これ以上、自然破壊が進まないようにして欲しいものだ。「沢山」が「宅惨」(住宅が増えて、悲惨な状態)にならないように・・・。

 12月3日(水)
 雲井先生の講演から、というものが、リンクのページ「真珠の母」のよりぬき「音域ジャーナル」別冊付録の記事として掲載されています。雲井先生は、サキソフォン奏者です。
 呼吸法とベルカント声法は、私も常々関心のあるところです。本ページ上にも書き込んであると思います。何故かと言うと、雲井先生の講演のように疑問だらけだったからです。
 腹式呼吸については、横隔膜を動かすことで呼吸を自在にする。「しゃっくり」は、横隔膜の痙攣で起きます。横隔膜が、いかに呼吸に関与しているか分かると思います。ベルカントに関しては、特にフラジオ音域を吹く場合に重要な鍵が隠されています。歌にしろ楽器にしろ同じことです。それを、この雲井先生の講演から皆さんも考えて下さい。 

  11月30日(日)
 リサイタルの録音を聴きながら、よくここまで吹けたものだと思う。昨年のリサイタルから約1年半。昨年は30年吹いてきた結果。今回は1年半の結果???。会場がホールと言う事で、その響きも音色の一つとして色づけされている。ホールの響きを味方に出来るかどうかで、結果は違ってくる。今回はその響きも味方になってくれたようだ。これで、音色を決定する物は、リード、マウスピース、リガチャー、楽器+演奏する場所ということになる。クラリネット+演奏会場が一つの大きな楽器と言える。
 前回の書き込みの続きとして、クラリネットのベルについて考えてみたい。前回音色を左右する物が「バレル=タル」と書いた。私は奏者と会場を結びつける物がベルだと考えている。楽器に息を吹き込み音を出し、その共鳴を会場の隅々まで行き渡らせる。と言う重要な仕事を担っているのだ。
 楽器をベルを下にして、床に直に立てている光景を見ることがある。ベルの最下部が痛む事で、響きが違ってきてしまわないか心配になる。ベルのリングが乾燥によって動くもの(緩んで廻ってしまったり、ぐらぐらしているもの)も稀に見かける。これこそ、変な振動がホール中に響いてしまう。ベルが割れている楽器もたまにある。もってのほかだ。
 ベルの肉厚、リングの有無、リングが金属かプラスチックか、メッキしてあるのかしていないのか、ベルにサブトーンホールがあるのかないのか。などと考え出したらきりがない。
 それでは続きはまたあとで。

 11月21日(金)
 楽器の音色を一番左右する部品。それはタル(=バレル)だと言っても過言ではないと思う。私は、クランポン、ドイツベームともに2本ずつ所有していて、それぞれ音質、音色、音程、バランス、吹奏感などが全く違うように思える。
 R−13のA管に関しては、付属のタルが1本だったので、音程を調整するために短めのタルを選びに行った。短いタルはたいてい明るい響きになるようだ。A管が明るい音では、何の為のA管だか分からなくなるので、気に入った短いたるを選ぶのに苦労した。結局、付属のタルでも音程的には問題がなかったので、付属のタルをメインに使っている。
 フェスティバルに関しては、通常のタルとSバレルと呼ばれる物の2本が付いくる。こちらも私は通常のタルをメインに使っている。こちらは同じ長さだが、内径とそのテーパーの具合の違いで音色と音質が違う。
 ドイツベームに関しては、タル自体が短くマウスピースと一体となって音色や音質を作るようだ。マウスピースとタルをセットして一つの物と考えて使っている。そこで、A管、B管で一つのタルを共有することになった。
 以前、楽器屋さんでB管のR−13用のSバレルを何本か吹いてみたが、そのときはしっくり来る物がなく買ってこなかった。そのときの楽器についていたタルは、ものすごくしっとりした音色だったので、それ以上のものが見つかるとは到底思えなかった。手放すとき、そのタルだけとっておきたかったが、これもタルと楽器本体の相性があってしかるべき(あの本体には最高のタル)と考え手放した。
 最近は、楽器購入の際タルとベルを選べるお店もあるようだ。工場出荷の際、同じセットだった物をわざわざばらして売るような物だが、買うときに最高の組み合わせを探せる可能性がある。パズルはその場所にはまる物は一つしかないが、楽器(音色、音質)の場合は好みによって丸い物だったり、四角いものだったりするわけだ。私としては、元の組み合わせ+αとして考えたいが・・・。次回はベルについて考えてみたい。

 11月19日(水)
 このページは、クラリネット以外のことを書いてみようと作ったのだが、結局クラリネットのことが多くなってしまった。それだけ他に考える事が無いと言う事か。
 本ページ上でも、仕掛け、楽器などの相性と言う物があると書いた。最近考えている事は、その仕掛けや楽器に吹き込む息の相性。肺の容量、のどの太さ(内径)、口腔の容量、別の相性になるが手の大きさや指の太さ。と言う肉体的要素との相性だ。
 オーバーブローイング(吹きすぎ)によって口の脇から息漏れが起きたり、雑音が入ったり。小さな風車を思い描いて欲しい。その風車に息を吹きかける。ポイントがあっていれば細く速い息で勢いよく廻る。ところが、たくさん息を出してもポイントがずれてしまうと回転にブレーキがかかって、遅くなったり止まったりする。これと同じ事が、息とリードの間にも起こってしまう。
 大きい音を出そうとして、たくさん息を吹き込み、リードが効率よく振動しないことで、楽器が響かなくなる。そして、「もっと大きく吹け。」と言われ、より多くの息を楽器に吹き込んでしまう。「お前の楽器なっていない。」と駄目押しの一言・・・。
 ギーギー、ガーガー吹くことは無い。楽器と仕掛けが本当に自分に合っているのか。これは吹いている本人にしか分からない。初心者以外は、もう一度自分を見つめなおしたほうが良いのではないだろうか。
 年とともにパワーが無くなり、自分に合った仕掛けや楽器も変わる。そのとき一番良い相性を探したい。最近特にそう思う。今は、ドイツベームが一番気持ちよく吹ける。

 11月15日(土)
 アンサンブルでの依頼演奏が終わった。このところ、土日ごとに本番が入っていて、一ヶ月間毎週と言う感じ。ものすごくクラリネットを吹いた。リサイタル前の練習の充実感。その反動か、今日は一週間のうち吹いたのが20分で本番。この差は一体何なのだろうか。
 気が抜けてしまったのが一つの理由。集中してやってきた事で、山を越えた瞬間気の緩みから、坂道を転げ落ちたような物。抜け殻になっていたのかもしれない。
 そんな事してるから、今日の本番の緊張感は最高でした。アドレナリン出っ放し状態。リラックスしていなかったから音も飛んでいかなかったし、会場が体育館、しかも暗幕を張り巡らしてあったのと、舞台後ろにもカーテンが吊ってあったので、響きもデッドで辛かった。
 「継続は力なり。」と言う言葉が身にしみたマメでした。

 11月12日(水)
 上手いか下手かを決めるのは本人ではない。聞いてくれたお客さんに気に入ってもらえるか否かにかかってくる。難しい曲をどんなに頑張って演奏しようと、聞き覚えのある曲を無難に演奏したほうが、「今日の演奏は良かった。」と言う事になる。私としては、クラ吹き(プロ、アマ問わず)をうならせるような演奏がしたいのだが、まだまだ未熟なようだ。

 11月9日(日)
 私の2回目のリサイタルが終わった。前回は、コントロールされない音が多々ありイヤだったが、今回はそういう事も無く終了して安心した。もちろん、プロのようにノンミスと言う訳には行かないが、安心して聞いていられたのではないだろうか。
 リハーサルを聞いていたスタッフ連中は、ヒヤヒヤしていたと思うが、私にしてみればあれ以上ひどくはならないと言う開き直りのおかげで、本番うまくいった。1部は、45分吹きっぱなしの状態。「よくスタミナありましたね。」と感心されてしまった。そのあと、2部の2曲と、3部の6曲アンコール2曲と、吹き応えのあるリサイタルだつた。

 リサイタルを支えてくださった皆様に、心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。

 11月3日(祝)
 11月になってしまった。1日、2日と県北の方に行ってきました。このことに関しては掲示板にも書き込みましたが、重複することを除いて報告します。
 3団体合同の為、クラリネット奏者も様々。地域が県北の為、那須、大田原、なみなみと掛け持ちの団員もいたりして、人数的には増えない。実質5人。私ともう1人のトラを入れても7人。+バスクラは2人。
 今回、問題にしたいのはエキストラの有り様だ。私はアマチュアなので、なるべく練習に参加しようと思っている。これは、吹いたことのある曲でも、指揮者によって音楽の作り方が違うし、アインザッツのそろえ方も違うから、それを体に覚え込ませる為だ。たくさんの演奏会を重ねるうちに、そんな物はすぐに分かるかも知れないが、そのバンドのカラーを壊すような事だけはしたくないという思いからなのだが、エキストラ一人一人考え方も違うと言う事か。
 カール・ライスター氏が大好きと言う人が助っ人に来た。私もアズキ様もカール・ライスター崇拝者で、私はカール・ライスター氏の孫弟子を自認しているくらいだ。(3人目の師匠がカール・ライスター氏のお弟子さんということで。)
 その人はR−13にB−40、バンドレンの2半のリードを使用していた。大好きと言うだけで、ライスター氏のような音を出したいと言っていた訳ではないが、疑問に思ったことが一つある。「ライスター氏の使用マウスピースは、どんなタイプなのか?」と言う事だ。私も氏のマウスピースのタイプを知らない。ViottoではLシリーズが氏の使用マウスピースを模した物なのだが、L−5を使っている人を知っている。−5と言うのはオリジナルよりティップオープニングが5%狭いと言う事らしい。と言う事は、オリジナルのLは相当開きのひろいマウスピースと言う事になる。
 私の使用しているP+5は同じベルリンフィルのペーター・ガイスラー氏のマウスピースを模した物で、+5と言う事は5%ティップオープニングが開いている事になる。
 私は、ドイツトーンを出したいがために、試行錯誤を繰り返しここまで来た。だからと言ってどうでも良いことだが、その人の出している音が、ライスター氏の音とはだいぶかけ離れていたので書いてしまった。その人は私よりも年上。しかし、ブランクがあるので、経験年数は私より10年ほど少ない。もちろんアマチュア。

10月29日(水)
 マウスピースと楽器の相性と言う物がある。マウスピース、リード、リガチャー、楽器という4つの部分を全て良いものでそろえたとする。ところが、1つ1つは素晴らしい物でありながら、出てくる音が「何で?」と思えることがある。それは相性を考えに入れていないからだと思う。そしてもう一つは、そのシステム(その4つの部分を総称して)が、奏者に合っていないことも考えられる。
 楽器の機種によって、吹くパワーが違うのだ。その人の成長によって、楽器もレベルアップしていく。年を取ったら、私のように吹きやすい楽器に変えていく必要もあると思う。私は、ヤマハ党。
 パワーの無い人に、吹き心地の重い楽器では、楽器を鳴らしきれないし、パワーのある人が、吹き心地の軽い楽器ではオーバーブロウして息が余ってしまう。と言うようにその人にあったシステムを見つけなくてはならないと思う。
 確かに、上級機種を最初から与えるのはやる気を出させる為に良いのかもしれない。ところが、それをもてあましてしまっている子達を良く見かける。上記のように考えていくと、やはり中学生のうちはクランポンのE−11〜13辺りから吹くのが良さそうだ。そういった初心者用の機種は私の印象では軽く鳴る。無理をしなくても響く。そして、この楽器たちは、奏者が成長してクランポンの上位機種に持ち替えるのにも指の感覚から言うと違和感無く進める。
 いよいよ私の娘にもクラリネットを教えることになった。私が娘に選んだ楽器は、ヤマハカスタムCXだ。この楽器は無理せず響くのだ。内径も細いようで、私好みの音がする。音程も良い。
 このところ、ヤマハの入門機種の4〜とか6〜とかは吹いていない。私の周りに持っている人を見かけないのだ。Vシリーズの良い部分を採用してあって、選べば良いものにめぐり合えるとは思うが、いかがな物だろうか。私なら、CXを勧めるところだ。
 マウスピースだけは、選びに行かなくてはならない。私の持っているものは、マニアックなマッピばかりで、初心者に安心して吹かせられない物ばかりだから。

 10月25日(土)
 リードの調子がやっと良くなってきた。と言っても練習用のほう。口がなじんでしまったのだろうか・・・。本番用は決まっているので、それを本番までに良い状態に持っていく。
「メインの曲は何?」と聞かれて、自信を持って「川の〜」と答えた。やはり日本人はこの曲でしょう。カラオケも得意だし。
 裏のメインはもちろん「もの○〜」。知る人ぞ知る、私の宴会芸の十八番。
 今回はグリッサンドが無いので、去年のを聞いた人にとってはおとなしく感じて、つまらないかな。その代わり、盛りだくさんの内容になっています。
 1部は、去年同様クラリネットの定番のソナタ。自己満足の世界に浸ります。
 2部のゲストは、アンサンブル仲間でも紹介している、OTTOHコンサネンス・クラリネット・クワイァーの皆様のアンサンブルと、私の息子とその仲間の歌のダブルゲスト。
 3部は、よく知られた曲をクラリネットで吹きます。途中で、超絶技巧が2,3入ったりするかも。
 とにかく出演者とお客様が一緒に楽しめるコンサートにしたい。


 以上は掲示板に書き込んだことで、リサイタルのコマーシャルです。
 
 今日は栃吹の練習に参加してきました。明日の健康祭りの依頼演奏を手伝う為です。指揮はもちろんさかはし矢波氏。音楽のまとめ方と、吹き手をひきつける手法には学ぶべき物がある。氏のレッスンは生徒も集中して、あっという間に時間が過ぎていくのだろう。私のレッスンもそうありたいものだ。

 10月22日(火)
 アンサンブルの練習日。another"O"氏が新顔登場と言うから、どんな新顔かと思っていたら・・・。
 練習場所のノエルさん宅に着いたのがほとんど同時刻。バスクラのケースのほかになにやら別のケースを抱えている。練習場所である応接間に入り、楽器を組み立て始める。私がノエルさんと、26日の栃吹の依頼演奏の楽譜の打ち合わせをしているうちに、another"O"氏が楽器を組み立て終わって、音を出した。なにやら聞き覚えのある音色。
 「それって、バセット?(バセットホルン)」と私が聞くと、
 「そうです。よくわかりましたね。」とanother"O"氏。普通は「アルトクラですか。」と訊かれるらしい。
 アルトクラとはやはり音色が違う。モーツアルトの「13管楽器〜」ができそうだ。もう一本は氏家ウィンドのN先生が持っているし。
 私達アンサンブルの個人所有の楽器は、5人で20本以上(スペアのB管含む)。平均1人4本は所有しているって言う事。20人までは参加OK。オットー・コンサネンス・クラリネット・クワイァーの名前の由来は、所有楽器の本数だったりする。

 リサイタルまであと18日。秒読みの段階。私の演奏より、アンサンブルの方が良い状態になってきた。主従が入れ替わらないように、こちらも気合を入れなければ・・・。気合を入れるのは、得意中の得意なのだが・・・。ちょっと意味が違うかな。

 やはりリードの育ちが悪い。練習では状態のやや劣るリード(練習用)で吹いていて、本番用のリードを温存。本番用はちょっと吹いてはおしまい。練習用に口がなじんでしまって、本番用が重く感じて仕方が無い。5枚の本番用は見つかったのだが、どうなる事やら。そのあとアンコン、ソロコンと活躍の場はあるし。ま、そのうち使えるようにはなるでしょう。

 10月14日(火)
 この連休で下唇が痛くなるほど練習した。かむ力が強すぎるようだ。精神的に余裕がなくなってきているのだろうか。吹いていないと落ち着かない。テンションが高くなってきているので、音に対してかなり敏感になっている。いい音で、いい音楽をしたい。この集中を本番当日まで持続できれば、素晴らしい演奏ができるはずだ。しかし、毎日吹けないジレンマに悩まされる。
 クラリネットで、生の音を出すと、「裸で往来を歩くようなもの」といわれる。けばけばしいのもイヤだが、せめて街中を闊歩できる服くらいはまといたい。良い音を常に出す努力を惜しんではいけない。リードに関しても、良い音の出るリードを探す。演奏会前になると、新しいリードの箱の封を切る量が増える。今の時期が一番多い。育てるのに最良の期間だ。今のところ、本番用が4枚ほど見つかった。あと1枚は欲しい。その他に、同じような練習用が10枚ほど・・・。
 
 今日のアンサンブル練習で、リードを育てる話になった。良いリードを見つけて育てるのに、もったいなくて吹かずにいて、一つも育たないという笑い話。どの程度吹いていくかが問題だ。へたってしまっては取り返しがつかない。私の場合は、最初はなめる程度。音を出すのも1分ほど。しかも、チューニングのベーの1オクターブ下をぼそぼそと。
 毎日ふけないのが功をそうして、程よい乾燥と湿潤を繰り返す。5枚用意するのは、本番の体調によって変えるためだ。昨年は、曲想に合わせてリードを替えたが、今年はどうするかは未定だ。曲によって音色を変えられたら、最高なのだが・・・。
 音色についても、好みは人それぞれだ。倍音を多く含んで、今にもひっくり返りそうな音を好む人。逆に安定した、どっしりとした音を好む人。
 かなり前の演奏会で、私としては不安定で、リードミスしないように注意して吹いていたことがある。演奏会終了後、友人の1人に、「今日はものすごく良い音でしたね。」と言われ、皮肉を言われたと思っていた。彼の演奏会に私も皮肉を言ってやろうと考えていたが、ふと彼がいつもそういう音で吹いているのに気がついた。確かに、倍音を多く含む音は、ソリスティックで際立つ。しかし、安定感に欠ける。かといって柔軟性もない。が、彼はそういう音が好みなのだ。私は、喜んでいいのか、悲しむべきなのか考えてしまった。

 10月11日(土)
 ウィーンフィルの主席クラリネット奏者ペーター・シュミードル氏が、那須野が原ハーモニーホールでモーツアルトのクラリネット五重奏曲を吹いた。チェコのパノハ弦楽四重奏団との共演。氏の人気は最近どうなのだろうか。800人ほどのホールなのに、半分も埋まっていない。流石にゴーっというウィーン特有の音色に魅了されつつ、演奏終了後小山のオーボエのK先生と「氏はいくつになるのか。」と言う話になった。風邪でも引いていたのか、2楽章では咳き込みながらの演奏。ブレスも変な場所でとったり・・・。挙句の果てに、演奏中に変な男がずかずか入ってきて興ざめな演奏会だった。
 気を取り直して、夕方からはピアノ合わせ。やっと曲の仕掛けがわかってきたと言う程度。後1月でどこまで仕上がる事やら・・・。リサイタルまで、あと29日。

 今日から蔵の街音楽祭が始まった。私はバロックに興味がないので、今年は行きたいコンサートはない。何年か前に、古楽器によるベートーベンの「英雄」のコンサートがあったが、いつも聞きなれているチューニングとは全然違って低く聞こえて気持ち悪かった。毎朝目覚まし代わりにかかっている「朝のバロック」では、それほど違和感を感じた事はないのだが、何故だか分からない。

 10月2日(木)
 最近、というか去年(2002年)の4月頃から、私はクラリネット、オーボエ、ファゴットという木管三重奏を通してレッスンを受けています。
 そこで重視されているのが、それぞれの音の立ち上がりを似たような音で立ち上げる事です。
 シングルリードの楽器とWリードの楽器は音の立ち上がりがまるで違います。それをあわせるのです。Wリードが、クラリネットの立ち上がりのまねをするのは、不可能のような気がします。クラリネットが、雑に音を立ち上げてもWリードの出だしの音にはなりません。(失礼な事ですが、Wリードの音の立ち上がりは好きではないので、雑な立ち上がりとしか認識していなかった。)
 タンギングやスタッカットにしても、クラリネットはベタベタしがちで、Wリードははっきり聞こえます。ここでは、クラリネットが、音を短くはっきり発音しなくてはなりません。また、クラリネットは全体を包み込むような、柔らかい音色を求められるときがあります。
 そればかりではなく、各楽器がメインでメロディーを吹くときは、その楽器の特徴を出さなくてはなりません。
 星野先生によると、「クラリネット吹き(管楽器奏者全般にも当てはまると思います。)は、たくさんの引き出しを持っていなくてはいけない。その場の状況や、指揮者の要求にすぐにでも対応できる様に。」と言う事でした。私はドラ○もんのポケットのようにと言っています。私の上着のポケットからは、たまに10本以上の缶コーヒーが出てきて、ノエルさんたちを驚かすときがある。意味が違うけど。
 今まで、たくさんの先生に教えていただいたおかげで、私の引き出しもだいぶ増えました。

 10月1日(水)
 空手仲間のA先生とともに、剛柔流最高の形「スーパーリンペイ」を練る。動きを覚えるだけでも大変なのに、武術的要素が絡んでくるのでより複雑になる。全ての形に言えることだが、練れば練るほど疑問が出てくる。形の動きを突き詰めていくと、剛柔流独特の接近技法になって来るようだ。私の未熟な武才では、先人が残した形を間違えずに伝えることだけでも至難の業だ。

9月30日(火)
 9月も最後の日になってしまった。年を取ると1日が短く感じられる。子供のうちは、一日が長かった。きらいな教科を勉強しているときなどは、特に長く感じた。5歳のときの一日と、12歳のときの一日と、17歳のときの一日。(ちなみにこの年齢は、私の3人の子供達の現在の年齢だ。)そして、私の44歳の一日。44年分の一日だもの、短い訳だ。44年間に閏年が四分の一の11回。計16071日分の一日になる。と言う事は、100歳まで生きたとして、36525日しか生きられない。たいした日数ではない。そのうちの一日を無駄にしないように、考えて使わなくては、生きている甲斐がない。
 昨日を最後に、片岡鶴太郎氏の書描のNHK講座が終了した。22日の字もその講座を参考に真似して書いたものだ。私にとっては、とてもためになった講座だった。基本はおさえるものの、最終的には自由に。そこで、才能の有無が現れる。私は、まねをするのは得意だが、オリジナリティーには欠ける。今度のリサイタルでは、自分をどこまで出せるか。挑戦するつもりだ。


 9月27日(土)
 エチュードの紹介のページを振り返ってみると、その他にも手持ちに在ったものがある。ところが、人に貸したりしているうちに、見つからなくなってしまう。最近はそれに懲りて、絶対に貸さなくなった。貸さなければ、自分の管理の手落ちと言う事で、人のせいには出来ない。現在、絶版になっているエチュードもその中に有ったりして、かなり後悔したからだ。
 楽譜にしてもそうだ。楽譜は宝物だ。上手になりたかったら、惜しまずに自分で買うべきだと思う。ボロボロになったり、印刷が色あせて見えなくなったりしている楽譜を使うのも、味があって良い。「この楽譜と一緒に頑張ってきたんだな。」と実感できる。自己満足の世界かもしれないが、師匠のチェックが書き込まれたりしているとよけいそう思う。

 9月24日(水)
 昨日の掲示板にも書いたが、空手の大会があった。やはり、「人に対する心遣いを大切に。」と先生方のあいさつにもあった。他人の立場を尊重すると言う事。自分を主張する前に、他人を分かろうとする心が大切なのだ。ということだろう。分かりっこないとあきらめるか、人の心が読める人間になるかは、自分次第だ。武道と音楽をすることで、人と気を通わせる事、人の裏をかくことができるようになる。
 裏をかく、と言うのには語弊があるかもしれない。このHPのどこかにも書いていると思うが、人には器量と言う物がある。うつわとはかりだ。これは自分では分からない。他の人が見て判断することだ。もし私がある人の底が見えないとする。と言う事、すなわち私がその人よりも底の浅い人間と言うことになる。同じ深さを持っていたら、その人の底は見えるはずだ。また、「あの人はこんな人だ。」と決めてかかったとする。もしその人の底が見えていなかったら、うわべだけで判断している事になり、これほど危険な事は無い。
 武道と音楽で人の心を読む事によって、危険を回避して自分を護る「暮らしに活かす護身術」となる。

 9月22日(月)
 今日の心境
「心命」を賭して、全ての物事に臨みたい。
 本来は身命というらしい。体も命もと言う意味のようだ。しかし、私は敢えて心と命と書いてみた。「肉体を制するのはこころ。」と言う意味で。

 9月21日(日)
 今日はバス旅行でディ○ニーシーに行ってきた。台風の影響で、風雨が強くとても大変な思いをした。開園2周年になるそうだが、私たち家族は行くのが初めてだったので、かなり期待をしていた。雨の影響もあるのだろうが、並んでいたアトラクションの安全装置が働いたとかで、乗る寸前で乗れなくなり特別パス(ファストパスのようなもの)を貰ったり、傘がジャマになったりと散々だった。最初レインコートやカッパを持ってきたほうが良かったかと思ったが、全てのアトラクションで、「レインコートはお脱ぎ下さい。」と案内されたので、傘のほうがたためばすむのが良かった。勿論、私の足回りは、トレッキングブーツにジーンズ。しかも、ジーンズのすそには防水スプレーがかけてあった。嫁さんもそう。かわいそうなことに子供達は、普通のスニーカーに防水スプレーをかけたのだが、生地自体が水を通す物だったので、全く意味が無かったようだ。帰る頃にはビショビショ。バスに戻って替えの靴下にはき替えさせたが、靴を履いたら同じこと。
 私は、何所へ行くにもライトスティックを持っていく。子供達にも渡してある。遊ぶ為もあるが、待ち合わせや、はぐれたときに色のついたスティックを振る事で、すぐに分かるようにする為だ。今回も子供達に渡してあった。人魚のエリアで、携帯電話が通じず、私1人がアトラクションに乗らずにアトラクション出口の近くに座って待っていた。とにかく人でごった返していて、誰が出てきたのかも判別がつかないほどだ。アトラクションから降りてきたときに、ライトスティックを振ってくれれば、すぐに気がついたのに、誰もそんな事を考え付かなかったようだ。私の座っていたところは、出口の真正面。体と同じ方向を見て、出てくればすぐに目に付くはず。それを通り過ぎて、1時間も探し回るなど、間抜けな事だ。私は、混雑していたので、1時間の待ち時間は当たり前と思っていたので、気にも留めなかったが、あまりに遅いので、携帯の通じるところまで行って電話をしたら、買い物をしていたという。荷物を持って、待っていた自分がバカらしくなった。世の父親と言うのは、こんな物なのだろうか。
 今日の救いは、餃子ドッグを食べられた事と、補助(寄付や寸志を含む)がたくさん出ている行事だったので、バス代込みでもパスポートの値段以下で行けたということ。ランドのトムソーヤ島で、一日中遊んでいても飽きない私たち親子にとっては、今日はちと物足らなかった。アトラクションも暗いところが多いので、ペア向けには良いのかも知れない。

 9月19日(金)
 今日は本部道場の昇段、昇級審査会。私が預かる支部道場から2人の生徒を送った。そのうちの1人は、このページでも紹介しているあの頑張りやさん。その子が、初段をいただいた。黒帯。もう1人の子も、2級から1級に上がった。とりあえず、「この2人なら合格するだろう。」と見た私の目を館長先生が認めてくださったという事が、とても嬉しく、そしてありがたい。ちなみに、黒帯を許されたときの嬉しさは、頂いた者にしか分からない。嬉しいのと、誇らしいのと、自慢したいのと色々な思いが入り混じった感覚。出来る事なら、黒帯を頂いて、初めて「私は空手をやっています。」と言える、と言う事を知って欲しい。今までは、空手の真似事で、黒帯になってやっと空手らしい事が出来るようになったのだから。

 9月18日(木)
 今日ははじめてのピアノ合わせの日。最終アンコール(何曲やるつもりだ、まったく)の音取りがやっと終わって、ピアニストに渡す楽譜を印刷した。あわせながら変更していく箇所もあるとは思うが、MIDIで聴いてみると悪くは無い。どんな合わせになるやら・・・。今回のスィング・ジャズ2曲は双方ともに私に合わせて書き換えてある。特にアンコール用のピアノ譜は、ドラムとバイブとピアノをまとめた譜面になっているので、とても忙しい。
 今日のメインは、プーランクとサン・サーンス。この2曲で疲れてしまいそうな気がする。

 合わせから帰ってきた。プーランクとサン・サーンスを合わせ、ブルグミュラーも何とか合わせてきた。プロのあわせなら、最初からインテンポでガンガンいくのだろうけれど、私はゆっくりのテンポから地道に行くほうが良い。ピアノとの絡みもはっきり確認できるし、何しろ吹けない部分が無くなる。本番までにインテンポまで上がるかどうかは、ちと疑問。去年もそうだったけど、ぎりぎりまでしつこくサラって、当日は開き直って楽しむことにする。

 9月16日(火)
 13,14と昼間は國學院の文化祭に行き、夕方からはブラスの練習に参加。多忙な連休が去っていった。そして15日の敬老の日、オータムコンサート。出来はというと、吹奏楽のクラ吹きに求められる技術は、私の持っている技術より高いレベルに在って、私などではまだまだたどり着けないと言うしかない。一夜明けて、興奮も収まり、私の実力はこんなものと振り返り、落ち込んでしまった。

 9月14日(日)
 昨日と今日は國學院栃木高校の文化祭。私の上の息子がミュージカル部の公演で「屋根の上のバイオリン弾き」のモーテル役を無事にこなす事ができた。家では、歌ったことが無かったので、どんな風に歌うのか心配していたが、昨日の公演と、今日の公演の併せて3回。二日間で6回公演のうち3回の配役。(トリプルキャストのうちの1人ではあったが半分の公演に登場した。) 流石に今日のグランドフィナーレは、部員一同力が入っていて、力みすぎの感があったが若いパワーを感じる好演だった。
 ミュージカル部の公演は國學院祭の目玉ともなっていて、1回の公演で約200人のお客様。立ち見まであわせると2日間で1000人は超える計算になる。
 話は変わるが、いよいよ明日は栃木市民吹奏楽団のオータムコンサートが開催される日だ。今回エキストラとしての出演だ。エキストラに対する考え方は様々だと思うが、私はオケにいた頃から、エキストラは必要だとしても最低限にしたうという考えだった。ところが、良い音楽をしようとするとエキストラの人数を増やす事になるらしい。正規のメンバーより、エキストラのほうが多くなってしまうこともある。弦楽器が少ないときは特に。
 良い音楽をするということはどういうことなのだろう。自分達の力では、良い音楽ができないのだろうか。人頼みの演奏で、良い演奏をする。イコール「自分達は良い音楽を作れなかった。」と言う事になるのだろうか。人頼みで良い演奏会をしても、自分たちのカラーが出る演奏会にはならないと思うし、その場しのぎで将来性がないような気もする。かく言う私も、出演依頼を受けると、断わる理由も見つからず、オーケーしてしまうのだから、あきれて物も言えない。
 ソロや小編成の場合責任は個人だ。大編成の場合も、本来ならそうあるべきだが、やはりレベルの差があって、上級者が初心者をカバーするのは当然の事になる。今度のリサイタルでも、その責任の重大さに押しつぶされないように、しっかり練習せねばならない。ソロのエキストラは頼めないのだから。

 9月13日(土)
 前の書き込みから、一週間経ってしまいました。その間、特筆すべき事は無かったにもかかわらず、掲示板のほうにはあれやこれや書いていました。掲示板と重なってもなんだし、どうしようかと思いつつ、やはり書いてしまうマメでした。
 さて、今度のリサイタルで使うピアノの調律をいくつにするか迷っています。前回は442+でやりました。気温、湿度、響きを考え合わせてそのように設定したのですが、少しきつい音色のような印象を与えたようです。今回は、442−にしようかと考えていますが、フラット気味になるので雰囲気が暗くなるのを恐れています。何故442ピタでやら無いかというと、私の天邪鬼な性格のせいです。調律師泣かせ。11月の私のピッチはどのくらいになるのでしょうか。請うご期待。
 演奏会寸前になると、ナーバスになり楽器をかなり気にするようになります。練習量も増えて、楽器の許容範囲を超えてしまう。特にキィアクションがへたってきて、指の動きについてきてくれなくなるのが頭にきます。とにかく指が強く硬くしかも速いのです。そんな訳で、演奏会一ヶ月程前から楽器屋さん通いが始まるのです。
 そして昨日は、A管B管セットで調整に出しました。急遽、A管への持ち替えもしなくてはならなくなり、持ち替え時の違和感が少なくなる様に微調整をしてもらうためです。今日の夕方仕上がりと言う事で、今日の練習に間に合うかどうか微妙なところです。

 9月6日(土)
 栃木県の北のほうには、現在廃線になった鉄道路線が何本かある。私が最近興味を持っているのが、東武鉄道矢板線(矢板‐高徳間)と塩原軌道(西那須野‐塩原口間)と東野鉄道(西那須野‐那須小川間)の3線。ネットで調べると、実際に足を運んで調査、研究されている方たちがいて、私も一度その場所を尋ねてみたいと思っています。
 
 9月4日(木)
 今日は、ひざが痛い。長時間立ったり、歩行したりすると痛くなる。結構あちこちにガタが来ているようだ。スタントマンなら、あんなところから落ちても、次のアクションに平気で移る場面だ。自分の体が、まだまだ鍛錬不足なのを思い知った。
 今野敏氏の「人狼」という文庫本を読み終わった。この主人公は、元空手使いで、膝を壊して引退して、整体師をしている設定になっている。膝を壊したあと、人生に失望するが沖縄の老空手使いに古流の空手と武器術と整体法を教わり、やり直せたことになっている。膝を壊した空手家が、ストリートファイトでフルコンタクトの現役選手に勝ってしまう。不可能に思えることを、可能にしてしまう。小説だからだろうか。
 「真実は、小説より奇なり。」という言葉がある。古流武術には、素晴らしい技が口伝で伝えられているが、口伝を教えてもらっても出来ないことがある。それは何かというと、実戦経験だ。試合では、反則になってしまう技がほとんどだし、同じ道場の仲間には、試したとしてもやるマネだけしかできない。実際にどの程度効くかは、分からない。本気で試す訳にはいかないのが実状だ。私の術もまだまだなので、この小説の主人公のように、技を極めたいものだ。
 今野氏の本は、私に目標を与えてくれる。その目標が、達成不可能なほど、努力のしがいがあるというものだ。ほんの少しの努力で達成できる目標なんて、つまらない。手探りで、霧の中を歩くようなことこそ、人生そのもののような気がする。
 私が習った柔術にも、指圧と整体術が含まれている。指圧は国家資格が要るので、他人に施術する訳にはいかないが、私の家族には割りと評判が良い。「こんなんで効くのか。」と疑問に思われているうちは、不思議な事に全く効かない。「信じる者こそ、救われる。」のだ。私の腕は、その程度のもの。

 9月2日(火)
 今日、ハイチューキゥイ味というのを買ってみた。開けてみると、黄緑の中に黒い小さな粒々が入っている。一番下の息子が、「この種たべられるの?」と訊く。説明書きを読むと、「黒い粒々は、キャンディーチップです。」と書いてある。そう説明すると、「キャンディーチップってなに?」と訊いてくる。「飴の粒だ。」と答えると「チョコレートチップみたいなの」という。アイスクリームのトッピングに使う、チョコチップを知っていて、キャンディーになったら分からなくなってしまう。 私も、もっと難しい質問されたらどうしようかと、冷や汗ものだ。最近、様々な事に対して、「あれは何? それはどういう意味?」と尋ねるのだ。誰かの偉人伝で、小さい頃色々な事に興味があって周りの大人に何やかにや質問しまくって、うるさい子供だと思われたと言う事を読んだ覚えがある。(エジソンだったか、ニュートンだったか忘れたが・・・。) 「 うちの子も、えらくなりそうかも。」と思うのは、単なる親ばかであろうか。しかし、子供の可能性をつぶすような親にはなりたくないと思う。勉強して、とりあえずは答えられる親でありたい。
 今日、リサイタルを行う文化会館小ホールの使用料を払いに行ってきた。もう逃げも隠れもできない。曲は去年に比べると軽い曲にしたつもりだったが、きちんと吹こうとするととんでもない事が分かった。遊びで吹いているのとは、訳が違う。今までは、その曲の入り口あたりを、うろうろしているにすぎなかったようだ。あと2ヶ月、じっくりとさらい込むつもりだ。

8月31日(日)
 一ヶ月などあっという間に過ぎてしまった。このページを作ってから1月。振り返ると色々ありました。とにかく月末に屋根から落ちるという落ちもついたし、案外頑丈なんだなという実感もあった。もとより慎重派の私が落ちたのだから、信じられない事である。仕事の上では、万に一つの失敗も無いように注意してきたはずなのに、これも間(魔)のなせる業なのだろうか。落ちた場所は、その家で言う鬼門の方角。2、3ヶ月前には、その家のだんなさんも落ちた場所であった。それを知っていたので、より慎重にやっていたはずなのに、こうなってしまった。ちょっと落ち込んでいます。
 
 8月28日(水)
 脚立から屋根に移ろうとしたところ、足が滑って約2.2メートル下に落ちてしまった。頭から落ちなくて良かった。とりあえず、病院に行きレントゲンを撮ってもらった。地面にぶつけた、尻、肩、肘より瞬間的に受身をとって丸くなったときに、左の腰の道具袋に入っていた金槌の柄がわき腹に当たり、肋骨が心配だったからだ。
 幸い肋骨には、骨折、亀裂骨折(俗に言うヒビ)ともに無く、一安心。打撲だけですんだので、2週間もすれば治る。しばらくは、安静にしていなくてはならないが、たまにはのんびりするのも良いかもね。
 それよりも、足が滑ったと思ったら、体に衝撃が走った1秒ほどの時間に、とっさに受身をとっていたのには、自分でも驚いた。やはり訓練鍛錬はしているべきだと思う。高いところから(限度はあるが)落ちたり、自転車でこけたりしたことが何度かあるがそのつど受身をとっていた。無意識のうちに自己防衛ができたのも、空手、柔術のおかげだ。明日、明後日辺りが一番痛いだろう。

 8月26日(火)午後7時
 夕方、一番下の息子が玩具のプラスチック製のトラックのバンパー部分が壊れたので、「パパ、なおせる?」と言って持ってきた。
 「ボンドでつければ直るよ。」と答え、自室でア○ンアルファを使って接着しようとした。バンパー部分は、長さ80ミリ、幅15ミリ、厚さ2ミリほど。指で押さえ、接着剤を流し込む。確かに瞬間接着剤だ。バンパーが私の左手の人差し指に張り付いてしまった。そのまま、バンパーが車体と完全に接着されるのを待つ。プラスチック同士よりも、指のほうが先に着いたのには驚いた。トラックは直ったが、次は私の指をはがさなくてはならない。しかし、無理にはがすと皮も一緒に剥けてしまいそうだ。それに、今日はこれからアンサンブルの練習がある。左手人差し指にトラックが着いたままでは、クラリネットが吹けない。車を運転して練習場所に行くにも、人差し指の先のトラックが邪魔だ。さあどうなる。続きは、練習の後で。では、行ってまいります。
 同日、午後11時45分
 流石に、トラックと一緒には練習できないので、「はがし液」が有ったはずだと思い、あちこちの引き出しを探し回る。あったあった。ふたを開け、厚紙の上に少量だし、ペーパーナイフの先端に少しずつつけ、張り付いた部分の端を溶かしながら徐々にはがしていく。根気の要る作業だ。10分ほどかかって、やっと指がトラックから開放された。はがし液が無かったらどうなっていただろうか。仕事柄、有機溶剤なども有るにはあるが、トラックごと溶かしてしまっては息子が泣く。はがし液がついた部分のバンパーは、白く変色してしまった。その後、はがし液で人差し指に残っていた接着剤のかすを溶かして、ハンドソープでよく洗って作業は終わった。(なんの作業だまったく) 練習中人差し指の先がひりひり痛かった。接着剤負け? はがし液負け???

 8月25日(月)
 空手の関東大会に私の道場から1人出場する。稽古が終わった後、1人で残って練習して行く頑張り屋さんだ。教えるほうも、自然と熱が入ってしまう。ただし、おてんばなので、大会前に怪我でもしなければ良いのだが。
 私も、形の部で、2年続けて関東大会、一昨々年は全国大会に出場した。結果は残せなかったが、良い経験をさせていただいた。
 当日コンディションが良くなかったと言い訳する人がいるとする。うまい人は、稽古を積んでいてうまいのだから、その日のコンディションがどんなに悪かろうと、良い結果を残す。そんな言い訳は、稽古不足の言い訳にしか過ぎない。また、本番の日に最高のコンディションに持っていけないのは、本人の自覚が(覚悟が)足りないだけだと思う。
 私も、これから演奏会が続く。全て良い状態で吹けるように、日ごろから節制しなければならないと思う。

 8月16日(土)
 お盆休みも明日で終わり。今日は京都では送り火が行われるのでしょうか。
 お盆休みを利用して、今までにもたくさんの場所に行ってきました。その中でも心に残っている場所と言うか、人は星野富弘氏と氏の美術館です。ご存じない方のために、少しだけ解説を加えると、氏は高崎のある中学の先生をしていたとき、部活の指導中に突然のケガに見舞われ、首から下が動かない状態になり、口を使って筆を扱い、絵やコラムなどを書いています。場所は群馬県東村。渡良瀬渓谷鉄道沿線に村立の美術館があります。私は車で行ったので、最寄駅名までは分かりません。
 私などは、手で書いても描いてもあんな文字や絵はかけません。一文字で、人に感動を与える。小さな花びらの絵一つで見る者の心を打つ。何故なのだろうか。私の感想をここで具体的に書くことはできません。言葉や、文字はその感覚の何十分の一しか伝えられないし、言葉や文字で表した時点で、その程度の感動になってしまいます。
 その答えは、是非ご自分で足を運んで、ご自分の心で見つけて欲しい。音楽をやる上でも、魂のこもった音楽に仕上げていかなくてはならないのだから。

 8月14日(木)
 昨日、浅草の松屋の中にある熊沢書店で今野敏氏の著書「赤の捜査ファイル」という本を買ってきました。医療ミスを扱ったものなのですが、読んでいくうちに引き込まれ、たった今読み終わったところです。氏の作品は安積刑事のもの以外ほとんど読んでいますが、このSTシリーズは一味違う雰囲気で、主格が多すぎて、このキャラクターを良くぞここまで書き分ける物だと、いつも感心します。氏は、常心門という古流を受け継いだ空手の門人で、武術の世界の人間です。格闘の場面のリアルさは、他にまねができないほどです。読んでいるほうにも、ある程度の予備知識は必要だと思いますが・・・。黒いモスクワ、青の捜査ファイル。私としては、黒の活躍を期待したい。
 氏の著書を読み終わったあと、すがすがしい爽快感、充実感を感じるのは私だけでしょうか。

 8月13日(水)
 前回の書き込みから、一週間経ちました。私は、嫁さんの実家のある滋賀県守山市で、一足早いお盆休みを過ごしてまいりました。
 8日の夕方栃木を出発。折も居り、台風10号到来の日。新幹線で米原までは順調にたどり着けたのですが、在来線に乗り換えた直後、近江八幡駅での事。強風で守山−草津間の架線にビニールが巻きつき、電車が立ち往生。駅構内だったので、不安感も無く、架線のビニールが外れれば、運転再開になるだろうと安心していられました。しかし、これが新幹線の中で、駅以外の場所で、しかも停電と言う状態に陥ったらどうだったでしょうか。新幹線は、窓が開かないので、蒸し風呂状態。しかも、真っ暗。パニックに陥ったとしたら・・・。
 私のかばんの中には、マグライト、乾電池、ライトスティック等の非常用品は入っているものの、実際の危機には役に立つかどうか、疑問になりました。私は、ジーンズにトラッキングブーツ。他の家族は、軽装。外に放り出されたら、ぬかるみも歩けない状態。かく言う私も、カッパ等の非常雨具は無い状態でした。
 日本人の危機管理に対する、甘さと言う物を実感しました。
 10日の午後は、できて間もないびわ湖フィルと言う、アマチュアオーケストラの練習の見学に伺いました。メンバーのしっぽさん、ナオさんとはHPを通じて連絡はしてありましたが、顔も分からずどうなる事やらと思いましたが、そこは音楽が好きな仲間と言う事で、練習に参加させていただき、楽しいひと時を過ごす事ができました。久しぶりにオケで吹きましたが、やはりオケは良いですね。栃木フィルを辞めて10年以上経ちましたが、私のクラは、オケでも充分通用すると言う感触を持ちました。上手か下手かは、他人が決めることなので、自分がうまいと思ってもしょうがない事ですし、音色の好みは人によって違いますから聴く人はそう思わないかもしれませんが。

 8月6日(水)
 昨日の雷は凄かった。私が現場から家に戻ってくると、娘に頼んでおいたはずの窓が閉まっておらず、二階の入り口がびしょびしょ。娘いわく「雷が怖くて、閉めにいけなかった。」とのこと。そういう時はじいちゃんに頼めとしかっておいたのですが、一番下の子のシャベルカーのシャベル部分に水が湛えられていたのには驚くやら、おかしいやら。
 関東各地では、土砂災害や、雷による火災も発生したとのこと。我が家のビショビショくらい、どうと言う程のものではないようです。
 
 8月4日(月)
 夏らしくなってきたと思いきや、明日からまた曇りだと言う。私的には涼しくて助かるが・・・。
 先日(2日(土))の3団体合同の飲み会。那○町吹奏楽団指揮の先生と意気投合して、盛り上がってしまい、学生に戻ったように飲みすぎてしまった。先生は、私と一回り違うようだ。勿論私のほうが下です。
 
 昨日(3日(日))は、アンサンブルのレッスンがありました。今年のアンコンに出るか、出ないかの話になり、「出るのであればレッスン以外にも練習をしよう。」と言う話になりました。去年は、レッスンのとき合わせる以外は、個人練習だったのです。3人で合わせたものを「先生見て下さい。」と持っていくのが普通なのに、レッスンをそのままアンコンに載せた。良い音楽なんて出来るはずがありません。仲間ではないのですから。(生徒が集まってやるようなもの)
 アンサンブルは阿吽の呼吸が出来てこなければ、アンサンブルとはいえません。難しい曲をやるのも、疑問に思います。去年は吹くのが精一杯。合わせる以前の問題でした。
 アンコンは暮れに行われるので、忙しいので気は進まないのですが。
 私の愛読書に「月刊少年マガジン」連載の「海○記」と言うのがあります。作者の川○先生は、武術に詳しく「修羅の○」なども連載していらっしゃる方で、元は船乗りだそうです。この「海○記」は船乗りと、武道家が一緒になった話で、主人公がファンなのですが、今回「王海走」に破れ、海王になったソルから「大海師」(だいかいすい)に任命されるのですが、元帥の「すい」と字が違うのは、川○先生独特の当て字なのだろうか。印刷屋が先生の意図を汲んでいないのであれば、作者がかわいそうな気がする。せりふの1文字に、命を吹き込んでいるのだから。

 8月1日(金)
 夏らしくない8月がやってきました。昨日は少し蒸し暑かったものの、7月の終わりとは思えないくらいでした。今朝も涼しくて、家にいながら高原の朝のような感じです。
 子供達が夏休みで家にいると、にぎやかでしょうがない。夏休みの宿題も自主的にはやらないから、一日何ページと課題を決めてやらせるはずが、その課題も果たせぬまま次の日に持ち越し。心配しているのは親ばかり。
 たぶん、何所の家でもそんな具合なのでしょう。中には、夏休みの宿題は7月中に終わって、8月は他の勉強という優等生もいると思いますが。
 そんな子供達が、今は空手の稽古から帰ってきて、金曜ロードショーのルパン三世を見ています。声優の山田さん亡き後、栗貫が声を担当していますが、最初は山田さんの物まね風だったのが、彼独特の味が出てきました。
 最初のうちは、ルパン三世のイメージを壊さないような苦労があったと思いますが、現在はルパン三世イコール栗貫という構図ができてきたような気がします。
 世代交代といいますが、次代を担う2代目と呼ばれる人の苦労は並大抵の物ではありません。先代と同じにできて当たり前。少しでも悪い物なら、先代のほうが良かった云々。お客さんに認められるには、先代を超えなくてはならない。

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