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トピックスをご紹介していきますのでよろしくお願いいたします。

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 こんにちは、「街の情報ステーション い・き・い・き」とりたて情報マ ガジン編集部です。このメールマガジンは「NPO栃木県シニアセンター」
と「ICT地域づくり協働機構」が制作・発行している情報誌です。
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【1】「街の情報ステーション い・き・い・き」今週のオンエア情報
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☆番 組 名☆ 「街の情報ステーション い・き・い・き」

第40号1月後半から(16〜31日)
◎town:第11回大平町映像祭(大平町)
映像祭はこちらも11回という歴史のあるイベントで、やっと今、映像文化が見直されてきました。時代のさきがけとして歴史を築いた大平町映像祭はたくさんの方の応募と参加で記念講演会もビデオ作品いついて専門家半田稔氏
のお話がありました。

最優秀賞は「炎に託す」の河田重治さんの作品が入賞、優秀賞に4名入り、「蛇祭り」石塚祐輔氏、「後堅固の城犬山城」「田中正造翁 公害の原点と 生涯をかけて闘った義人」篠塚翼子氏、「お楽しみおやまサマーフェスティ バル2006の2日間」阿部光利氏でした。 田中正造翁のドキュメントはよく資 料を集めてできておりました。次年度も盛んなお祭になることを期待してお ります。
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【2】コラム:今年のいや、これからのキーワードは「限界集落」か?
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今年のいや、これからのキーワードは「限界集落」か?
最近こんな記事を見ましたが、既に多く使われている言葉のようです。
限界集落(げんかいしゅうらく)とは、過疎化などで人口の50%が65歳以上の 高齢者になり、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落のことを指します。長野大学教授(高知大学名誉教授)である大野晃が、高知大学教授時代の1991 年(平成3年)に最初に提唱した概念と言われている。

中山間地や離島を中心に、過疎化・高齢化の進行で急速に増えてきており、こ のような状態となった集落では、生活道路の管理、冠婚葬祭など、共同体とし ての機能が急速に衰えてしまい、やがて消滅に向かうとされている。共同体と して生きていくための「限界」として表現されている。

旧国土庁が1999年に行った調査においては、やがて消え去る集落の数は日本全 体で約2,000集落以上であるとしている。さて、私たちの集落は?なお、限界集落以前の状態を「準限界集落」と表現し、55歳以上の人口比率が 50%を超えている場合とされ、また、限界集落を超えた集落は「超限界集落」 から「消滅集落」へと向かう。

さらに、集落のみならず、近年では「限界自治体」という言葉も唱えられはじ めている。新しいテレビを買うゆとりのない限界集落では、地上波デジタル化で「ラジオ の時代」に逆戻りしなければならないという現実もあります・・・

平成23年はアナログ復活元年か?

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第45号(2007.4.1)

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【1】「街の情報ステーション い・き・い・き」今週のオンエア情報
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《4月(7,8,14,15,21,22,28,29日)放送予定》
◎town:趣味の蕎麦打ち 男をドイツに行かせる(上三川町)
(取材日記あり)
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【3】趣味の蕎麦打ち 男をドイツに行かせる 〜今週の取材日記〜
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蕎麦打ち男村越正典さん(上三川町)

 出会いは偶然ではない、必然的なものであると言われる。昨年、開催された栃 木市のオクトーバーフェスト・ドイツビール祭りが
  ご縁。まさしく六次の隔た り理論を地で行くようだ。村越さんは現役時代の15年前、蕎麦打ちの趣味でボランティア活動に参加、 そ れがきっかけで「そば打ち男」となり、来る4月4日より半年間ドイツへ行き蕎 麦を打つことになった。

最初の蕎麦打ちへのきっかけは先輩が野木町の巴屋そば処の主宰する「下野九 一会」に参加していて、そこへ先輩の紹介で入ったのがそもそも。巴屋さんの ご主人にはいろいろご指導を仰いだようだ。昨年、蕎麦打ち2段であったがそ の後3段に昇格した。2段で仲間内の講師として公認され、3段と2段との技 術の開きは大変大きな差がある。栃木県内の3段有資格者は20名くらい。

村越さんは昭和19年3月の生まれで、日産自動車を3年前に定年退職、蕎麦打ち を本格的に初めたのはそれからのようだ。とにかく毎日打つ、食べるの生活、 蕎麦湯はルチンの宝庫として、翌日朝、上澄みを除いて奥さんと共に飲む、上 澄みは有機肥料として使うスタイル。

あることがきっかけで玄蕎麦の直接栽培に乗り出す、蕎麦は有機農業の実践、 もちろん自家菜園も有機農業。葛生町の知り合いの畑で栽培しているが、昨年 は地元上三川町の畑にも栽培し100kgを収穫した。

とにかくこだわる、水も大切にしている。上三川は川百選に選ばれた磯川が流 れているので水も美味しいが、それ以上に水にも気を遣う。浄化したものを使 っているが、若干アルカリがいいと言うことでPH 7,8位のものを使用している。

講座でも数字がぽんぽん出てくる。品質管理の部門にいたからかもしれません が、数字には強い。打った蕎麦を一掴みすると、これは一人前150gとピッ タリと当て計量器のようだ。

現在「しらさぎ僑楽会」 を1年前に立ち上げ、上三川中央公民館で例会を開い ている。その後、「フィットネスクラブ」も立ち上げた。他に磯川を利用した 「ほたるの会」を立ち上げ、私が取材した日に、蛍の活動でNHKの取材があり、 その活動がNHKテレビで紹介された。とにかく活動はエネルギッシュ!

奥さんのお話ではご主人は何事も中途半端でなく最後までやる性格とのこと、 蕎麦打ちの道具も最初からいいものを揃えるようにすすめたとのこと、それで ないと中途で買い換えるからだ。

ドイツの行く先はアウトシュタッツ(Autostadt)、町は自動車のフォルクス ワーゲンの工場のあるところで、そこにテーマパークができ日本食のお店が6 店できる。その一つである。うどんも讃岐うどんのお店が出る。こちらは若い 女性が行くようだ。

頑張って欲しい、シニアの華麗なる?リタイアメントライフだ!半年間のお約 束。素晴らしい活躍のおみやげをお聞きしたい。なお、村越さんは現役の時1 年間スペインに単身赴任した経験があり、外国生活に心配はない。

◆しらさぎ蕎楽会で使用しているテキストは下野市の国際交流員ウルリーケ・ エアメルさんによりドイツ語に翻訳された。

 

第48号2007・07.01号より
「マロニエ昆虫館」〜今月の取材日記〜

新しくオープンした「マロニエ昆虫館」を訪ねる。

なぜ、今頃オープンか?矢板市の奥にある県民の森内「マロニエ昆虫館」を取 材しました。この周りは、自然が一杯です。しかし、ここは、スギやヒノキの人工林やコナラなどの二次林でできており、以前は足尾銅山のために森林は伐採され、あれた山となったとこ ろです。でも、いま、その面影はありません。

そして、通りがけにある寺山ダム近くには湧水が出ており、その湧水が美味し いと評判で、宇都宮などの遠方から水をくみに来ます。実際、タンクをいくつ ももってきて汲んでいました。お話を伺うと夏でも冷蔵庫に保存しなくても充分美味しさを維持できているとのことでした。

マロニエ昆虫館のテーマは「ここにしかない こころやすらぐ 小さな驚き」 です。そしてなによりも、ここは他の展示館と違って、虫を見せるだけではあ りません。人間と虫たちとの関わり合い方を学べるようにしています。 

いま、絵画も見るだけでなく、五感で感じなければならないと言われています。 その実践は宇都宮美術館から始まっています。ここでも、五感で生きた虫たち や動植物を観察してみようとしています。 
 
展示の仕方もいろいろ工夫され独自のアイデアが随所にあります。また、集ま った数万点の標本は長年にわたって築かれた愛好家のネットワークが生み出し たものです。北海道から九州と全国的な規模になっています。

トンボの標本形態も愛好家のボランティア支援者が工夫され表裏から見られる ようにしました。玉手箱のように蓋をあける標本箱も、新しく考案され、特許 に値する作品となっています。

ここでは虫から、自然へ、そして、環境の大切さへと学んでいきます。

そして、この施設は実はゼロ予算のボランティアで完成されていたことを発見 しました。商店街で言えば空き店舗活用になります!感激、感動です。この展 示内容からするなら、通常1千万円は最低でもかかると思われます。県の職員 をはじめとして、多くの愛好家の参加でつくられましたが、本格的な内容など からみても専門家以上の完成となっております。ぜひ、その努力と成果を見て 戴きたい。

そして、その中心的に役割を果たしたのが、栃木県職員の新部公亮さん、昆虫 の趣味暦40年、10歳のときから始めたそうです。県の職員がこうしたかたちで 関わるのは栃木県では先ず初めてのことでしょう。パブリック・アントレプレ
ナー(公民起業家)ですね。

今回のプロジェクトは市民の思いとそれに応える行政が一体となった協働の最 高の成功事例です。この活動事例はおそらくミュージアム運営においては規模 から見ても全国的にも例がないと思われます。

・・・「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じていま す。子ども達が出会う事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を種子だとし たなら、さまざまな情緒や豊かな感受性は、この種子を育む肥沃な土壌です。
・・・レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」のなかのこんな一 節もメッセージとして掲げられています。

大きなデジタルの虫の絵画も飾られていますが、これは虫好きの10歳の少年が 描いたものです。自分の描いた絵をもってきて見せてくれたのがきっかけでし た。この絵を描いた少年はオープンの日には30分も前に来て待っていたほど虫 好きなのです。

夏休みの子ども達への紹介番組と思っておりましたが、いささか違う方向にも 向かってしまいました。まず、とにかく一度、子供さんをつれて見に行ってく ださい。虫を理解できない私でも素晴らしいと感じました。改めて再度取材も
その後を追う形で考えております。

なお、7月から展示替えになります。年4回の展示替え、豊富な標本があること から出来ることです。支援者の一人元県職員秋山吉信さんは西表島には11回も 行っていて、いつも家族同伴で行くそうです。家族の理解があってこそ実現で きたと自分の趣味を持てたことを家族に感謝していました。

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                      通算第53号(2007.12.1)

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【3】ポスト団塊金井光一さんの起業物語〜今週の取材日記〜
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「不擁不屈」といえばTKCです。TKCは鹿沼市出身の飯塚毅さんが創業した会社 で、この小説は飯塚さんの半世をいた作品で、映画化もされました。その会 社は日本最大の会計士業務サポート会社です。金井さんはこのTKCという大企 業のシステム担当役員をしておりましたが、思いがあって、退職を決意、平成 17年、51歳の時です。そのまま、いれば安住の地でありました。金井さんは何 も会社に不満があったわけではなく、自分のやるべき思いがあったからです。
金井さんは障害者です。小学校は松葉杖で登校、中学、高校は車椅子、中学卒 業時に養護学校の高等学校が初めて出来た。成長が止まる17歳を待って手術。 金具を足に入れた。丁度、高校卒業のころ手だけで運転できる車が出来た。 授業の遅れを予備校に通って克服、大学へ、そして大学院へ。本当は建築を勉 強したかったが、会計学、経営学を専攻。そして、栃木県のシステム開発研究 所を受験。現社長の前、飯塚毅社長のとき入社した。

有限会社コパンを設立し、パン屋さんを開業したのが平成18年5月、宇都宮高 校の前にお店を出すことになりました。障害者のお店ということでなく、市場 で勝ちたいといっております。 さて、「コパン」はフランス語で「熱き心の仲間」の意味です。お店は元お酒屋さんで、リフォームには相当の投資をすることになりましたが、 支援者の協力で、疑似私募債を発行、愛称パン債券で、100名の人達から、1千 万円ほどの資金を集めることが出来ました。

金井さんの事業活動の楽しみは人に喜んでもらうことであるといっています。 50歳で退職して、その後の20年間でなにかをしたいと、常々思っていましたが、 それは、障害者の就労支援事業を立ち上げることでありました。障害者のアートによる自立支援も始めました。それは、とちぎ美術学院です。 現在は、芸大などの受験予備校で、宇都宮市駅前通りにあります。昨年は全員 合格でした。

そして、NPOを立ち上げ、チャレンジドコミュニティーを応援する組織とした。 事業会社とNPOが両輪、作業所、施設というイメージを変えたかった。市場競 争力で勝負したい。販路開拓をNPOで違った角度から支援の輪が広がることも
期待している。これが一つのモデルとして出来ればと挑戦している。

金井さんのNPOのキーワードは自立・参加・協働です。

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                      通算第54号(2008.1.1)

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【3】「のろぼっけ」と鈴木利子 〜今月の取材日記〜
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昨年、初めて栃木市で「のろぼっけ」のグループ発表会が2度続いて、10月、 11月と開催されました。この機会に「のろぼっけ」の歩みをたどってみました。

「のろぼっけ」の企画を担当する伊藤さんは私たちの団体栃木県シニアセンタ ーの「NPO起業講座」の第1期生の修了生でした。その後の活躍ぶりは承知して おりましたが、この度改めてお聞きするとその後のかなりの発展ぶりに驚くば かりです。

鈴木利子さんは障害者の息子さんを持つ身です。この事業は誰でもが持つ親と しての子どもの自立を考えてのきっかけが最初ですが、北海道での旅先での 「裂織」との出会いが縁で始まりました。鈴木さんは手工芸がさっぱりダメだ との気持ちがあって、その後は悪戦苦闘しました。しかし、やればやるほど、 柄の出し方や織り方で様々に変化していく裂織、その奥深さにどんどんのめり こみ今に至りました。

実は、「のろぼっけ」は2004年に設立され事業を開始しましたが、肝心の息子 さんの「カズ」さんが、裂織に関わるのは4年後と半ばあきらめた頃に始めた のです。しかし、いまや作品はプロの美術家の認めるところまできました。

現在、受講生も多数に上り、制作した作品がアートとして認められてきたのは 1997年宇都宮市制100周年事業として「とっておきの芸術in大谷」がきっかけ です。この発表会には全国から700点もの作品が寄せられ大谷の地下で作品が 展示されました。この展示会が圧倒的な評価を得たところからが、アートとし ての転換の時期になったのではないでしょうか。

その後、栃木県芸術祭美術展入選など各方面での展覧会には入選その他の受賞 を得てきています。そして2006年にはフランス・パリでの作品展をパリ芸術 祭の一つとして開催することが出来ました。ここには、カズ・スズキ、殿塚は
る恵、菱沼有美子、鈴木利子の作品が展示されました。

「のろぼっけ」には、現在健常者と障害者が一緒に学んでおりますが、特に視 覚障害者が素晴らしい作品を制作しております。その色彩感覚はどう表現して いいのかと戸惑うほどの素晴らしい感性のある完成品になっております。

今回の放映にはそのお一人「鷲巣千賀子」さんを取材することができました。 鷲巣さんは週4日間自宅から1時間半ほどかけて、おもちゃのまちの教室(下都 賀郡壬生町緑町1−14−14 TEL/FAX 0282-86-7289)に、バス、電車を使って通っております。また、意 外にも脳梗塞で倒れた企業OBの方が、右半身が不随のまま、制作を容易にす
るため、裂織機を改良するなど作品以外にも生きがいを見出す作業をする方 もおります。

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「街の情報ステーション い・き・い・き」とりたて情報誌(通算第53号)

編集責任者:ICT地域づくり協働機構 メルマガ編集長 小平裕一
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