Diary
暗光

Bodh gaya
インドのブッダガヤという村に滞在していた事がある。
カルカッタから普通列車で約7時間、バイクにまたがればあっという間に一周出来てしまう程の
非常に小さな村ではあるが、ここはあの「釈迦が悟りを開いた地」として知られている。
仏教根本の聖地であるがゆえ、中心に聳えるマハボディー寺院を始め、村には各国のお寺が点在している。
その中には日本寺もあり、そこには親切な日本人のおばさんもいて日本語書籍の貸出もしてくれていたので
俺は滞在中毎日そこへ通い、寺院内の木陰で懐かしい祖国の本を読ませていただいていた。
ブッダガヤには大した宿泊施設は無かったが、俺はペナンで知りあった友人、黒田さんの紹介のゲストハウスに
滞在していた。シャワー・トイレは当然共同、部屋も3畳程の土間に蚊帳付きのベッドと棚が置かれただけの
非常に簡素なものではあったが、一泊50ルピー(約130円)という事を考えれば文句は言えなかった。
こんな小さな村ともなると、電気が何とか通っているものの電力供給が安定しないため停電も多く
村には街灯などないから日が暮れてしまえば日本から持参した懐中電灯なしに外を出歩く事は出来なくなる。
そのため不精の宿泊者達はみな晩飯を宿でとることとなるわけだ。
宿には一応メニューなるものが存在していて、そこで働くラジャ君が宿泊者のために食事を作ってくれる。
食事はカレーがメインになるがそこでは鶏肉も高価であるため
チキンカレーは宿泊者の希望が多いときのみ食べる事が出来る。(一羽丸ごと捌くため)
こう書くとなにやらあまり美味しくなさそうな物を食していたと思われるかも知れないが
ラジャ君の作る料理は愛情と手が込んでいて毎日とてもおいしくいただけた。
(余談になるが、初めてこの村の食堂で飯を注文した時、注文を聞いてから米を炊き始めたのを見て
「これがインドか…」と敬服したのを憶えている。)
日が落ちてくると、庭に置かれたテーブルにその日宿泊している旅人達が集まってくる。
そして完全に日が落ちると、屋根から吊るされた豆電球の光を頼りに旅人達は静かに食事を始めるのだ。
各国の旅人達はそこで旅の情報交換等をし、親しくなればアドレスの交換なんかもする。
宿の主人は毎晩俺に「BAGPIPER」というウイスキーをご馳走してくれた。
その晩も幾度となく停電に見舞われた。備えられた豆電球の光は消え
その度にあたり一面が真っ暗になった。音もなく遠くを見渡せども光はない。暗闇の前では旅人達も口を噤んだ。
宿の主人はしずかに口を開き「Natural darkness...」と言った。直訳するなら「自然の闇…。」
そして「Is it in Japan...?」と俺に尋ねた。
今までの人生で意識もした事の無かった何気ないこの言葉に俺は微かな衝撃を受けた。
日本の生活に慣れた俺は自然の暗闇を知らなかった。光と音を全く失うと人は恐怖を感じるものだと知った。
ラジャ君がいつもの事だよ、慣れているといった感じでテーブルの上のローソクに火を点す。
ローソクの僅かな炎があたりを照らし旅人達の顔にも安堵が戻った。ふと空を見上げると
落ちてきそうなくらいの星たちが天井一面を覆いつくし、庭には沢山のホタルが飛び交い
嘗て見たことのない幻想的な風景が目の前に訪れた。不思議な事になぜか懐かしい感情で心が満たされた。
停電も収まり食事も終わると誰からともなくハシシに火が点けられる。
この晩はドイツ人のカップルから始まった。あの独特の甘いにおいがふんわりと漂う。
ここでは時間が悠久に感じられた。そして人間が生きていくのに必要な物しかなかった。
最初、2年近く旅を続けている黒田さんが何もないこの村で半年生活したと聞き
「何故?」と思ったが俺もしばらく滞在するうちに何となく理解する事が出来ような気がした。
