サンダル

Diary

サンダル

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Merek gave me.


日本を発つ前に「これから長旅になるわけで、足元はしっかりしていた方がいいな」

とスニーカーを一足買った。スニーカーを選んだのも実は理由があって

「危険な国々を一人で旅するわけだから悪人と出会った際には機敏に逃げることが出来なくてはならない」

などと出国前の俺は考えていたからだ。

しかしながら実際にタイに入国してみると予想以上に暑く、そんな中ご丁寧に靴を履いていることも

バカバカしくなり一足のサンダルを購入した。カオサンロードの「何でも屋」みたいな店で80B

日本円にして200円ちょっとであったろうか。底が一センチくらいの物で簡素ではあったが

意外に作りはしっかりとしており俺は日本から持っていった靴を脱ぎ捨て出かけるときには常にそれを履いていた。

しばらくタイを旅したのだが、俺はマレーシアに行ってみたくなりそのサンダルを履いてバスに飛び乗った。




マレーシアにはペナン島という美しい島がある。ペナン島は大きく分けると

イギリス植民地当時の英国風の町並みが色濃く残っている情緒溢れるジョージタウン地区と

バツー・フェリンギを初めとして海水浴の出来るビーチのある地区に区分できる。

そこではマレー人はもちろん、インド系、中国系の人種が生活しており、マレー料理から

中華料理、インド料理まで様々な料理を口にすることが出来る。

(余談になるが、旅の間一番飯がうまかったのがマレーシアで、あまり美味さに毎日4食平らげ、この時期は

少し体重も増えたくらいである。本場のカレーや福建のワンタン麺は日本で食べるそれを遥かに凌ぐであろう。)

俺はジョージタウンで数日過ごした後、ビーチのあるバツー・フェリンギの安宿で毎日お気楽な生活を送っていた。

しばらくそこに寝泊りしていたのだが、ある朝起きると俺のサンダルはなく、そのかわりそれに似た

サンダルが置いてあった。恐らく別な旅人が間違ったのであろう。

一応履いてみるもサイズが微妙に小さく俺には合わなかった。

仕方がないので俺は近くの雑貨屋でサンダルを買った。そこまでお金がなかった訳ではないが

その時にはもう旅での貧乏性が身に着いており、履ければよいと100円程度で俗に言う

「ビーサン」という奴を買ったのであった。

ペラペラの底でいつ壊れてもおかしくないという代物であったが、これが意外に長持ちをしたのである。




インドに旅立つ際、タイの友達に「お前は本当にそのサンダルでインドに行くのか?」と聞かれたが

それを空港で言われたところで買い換えることなど出来ず、俺はそれを履いてインドに旅立った。

インドに対しては警戒していたつもりであったが、やはりそこは予想以上にすごいところであった。

空港に着いたばかりで右も左も分からず、街に向かうタクシーに乗るためチケットを買う。

俺は係員に金を渡す。係員は俺にチケットをよこす。

そして何もなかった様な顔で俺にチケット代を払えともう一度言う。

「ん?」俺は今払ったよな…?あれ?と思い、そのうちカッーときて「このヤロー、ふざけんなよお前!!」

と俺が日本語で声を荒げると、係員は「しょーがねーな」と言った感じで舌打ちをしてそっぽを向いた。

インドは大概こんなものだ。インドに行けば分かるが

こんなことで腹を立ててしまうようでは一日たりとも生活は出来ないである。

インドでの生活は歩いてばっかりであったが、その「ビーサン」の丈夫さには驚いた。

しかし物価の安いインドでせっかくだから新しいものを購入しようと少しお金を叩いて

底にイボイボのある健康サンダルを買ったのである。しかし、これがまずかった…。

痛いのである。数時間履く分にはいいのかもしれないが、長時間歩くとなると耐えられなくなる。

それを見ていて、当時カルカッタの同じ宿に泊まっており、親しかった神戸大の医学部の学生が

「それだったら自分のサンダルと交換しましょうか?」と言ってくれた為、俺は「本当にいいの?」

と確認し彼のものと交換してもらった。彼のサンダルは列記とした「Made in Japan」のもので

履き心地は今までの物とは格段に違った。俺はそのサンダルに履き替え、タイに戻ったのであった。



しかしながら、しばらくするうちにそのサンダルも壊れてしまったのである。

仕方がないので、俺は以前の「ビーサン」をバックパックの底から取り出しそれを履いていた。

しかしそれも寿命がきていたのであろう。バンコクの日本で言えば「渋谷」のような街中のデパートで

エアコンに浴びながら暇つぶしをしている時にそのサンダルが壊れたのである。これには参った。

持ち合わせもなかったし、俺は仕方なく宿までは裸足で帰った。地元のタイ人にも流石に奇怪そうな目で見られた。

宿に帰りサンダルが壊れた話をすると笑いながら、そこで働くメーレックが俺に一足のサンダルを手渡した。

「あなたは旅でおかねがないんだろう」って。彼女は俺を自分の息子のように思ってくれていたのだと思う。

俺はうれしかった。今まで手にしたサンダルの中で一番の代物であり、見栄えも履き心地も最高であった。

俺は日本に帰国した後も、しばらくこれを大事に履いていた。



たかがサンダルではあるが、そこにはたくさんの思い出が詰まっている。




メーレックから頂いたサンダルはもう履けなくなってしまったが今でも大切に取ってある。

うちの母親はそれを目にするたびに「こんな汚いもの捨てたら?」というのだが、俺にとっては大切なものだ。

そのサンダルを見るたびにあのバンコクの活騒が聞こえてくるようである。