ベナレス

Diary

ベナレス

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Patna Railway Station


日本で生活している中で『死』というものは知人や身内の不幸以外において意識することは

あまりなかったが、ベナレスという街では『死』というものが普段の生活に密接しており

「形在るものは、やがて無になる」ということを認識するには充分すぎる土地であった。


本来、ネパールの首都カトマンズからの直行バスで訪れるはずだったここベナレスにはパトナからの列車で到着することになった。

ブッダガヤでの穏やかな生活に別れをつげ、俺はバスでカトマンズを目指すことにした。

まずパトナまで向かい、そこからネパール行きのバスに乗り換え国境を越える予定だ。

出発の朝は、宿で働くラジャエル君が俺にサンドウィッチを持たせてくれ、わざわざバス停まで見送ってくれた。

パトナ行きのバスは満員だったが、周りを見渡しても日本人はおろか旅人いない様だった。

インドでの生活に少しずつではあるが慣れていたものの、インド人に対してはやはりどこか気が許せない部分もあって

正直不安の方が大きかった。バス自体もぼろかったこともあるが、40km位の速度でトロトロとバスは北に向けて走った。


長い間、田園地帯を進む。バスで隣に座ったのは40代くらいのおじさんであった。

いくつか会話をしただけであったが彼は途中に立ち寄った休憩所で、俺にチャイとパコラという

インド版のてんぷらのようなものをご馳走してくれた。俺がお金を払おうとしても彼は受け取ってはくれなかった。

長旅の間には、旅人に対して情をかけてくれた後に金品を要求するといった輩たちも何人か目にしてきたが

彼はそういった類の人間でないようだ。


ちょうどインドはその時期は雨季に入っており、パトナに入る頃には土砂降りの雨に変わっていた。
タイのスコールのように一気に雨が降ってしばらくしたら止むといった感じの雨ではなく

気が滅入るような降り続く雨であった。5時間くらい走ってであろうか。まもなくパトナに到着といったときに

隣の彼が「私はあそこで働いているんだ」と外を指差した。俺が目を向けるとそこは病院であった。

聞くと彼はなんと医師であったのだ。そう言われると、身なりもしっかりとしているし

振る舞いも非常に紳士的であった。そして彼は俺に住所を手渡し「何か困ったことがあったらいつでもおいで」

と言ってくれた。少しでも勘ぐった自分が恥ずかしくなった。

帰国後、俺は彼に食事をご馳走してくれたお礼の手紙を書こうと思いながらも、現在まで至ってしまっている。


土砂降りのパトナに到着。彼と別れ、俺はネパール行きのバス停を探したのだが、うっとうしい雨に嫌気がさし

とりあえずその日はパトナの街に泊まることにした。降りしきる雨の中、宿を探す。

水捌けの悪いインドでは珍しくないらしいが、道路は水浸しで自分の膝下くらいまで雨水がきている。

それがドロや糞尿と混ざって気持ち悪かった。びしょびしょになりながらしばらく歩くと、宿が建ち並ぶ一帯が見つかった。

そのうちの適当な一軒に入り「部屋はあるかい?」と聞くとレセプションにいた男は手を横に振った。

続けて別なところに入ってみても返事は一緒。中をうかがってみると、部屋は開いているようであったが

数件回って答えは全部一緒だった。俺の衣服がびしょびしょだったせいもあるが、宿泊拒否とはあまりにひどい。

今日は野宿か…、と雨に打たれながらあきらめかけていると、一人のインド人が声をかけてきた。

「部屋を探してるのか?」俺は藁をも縋る思いで、そうだというと、彼は一つのホテルに案内してくれた。

高くはないが、安くも無い一泊700円程のホテルであったが、背に腹はかえられないと俺はその日そこに泊まることにした。

ベッドに横になり天井を見上げる。

『すごいところに来ちまったよな…』

人は不安になると独り言を言うらしい。


出発前、ブッダガヤの日本寺で、そこで働く日本人のおばさんにこれから俺がバスでネパールに向かう旨を告げると

彼女は最近ネパールとインドの関係があまり良くないため、国境でテロが起こりツーリストも巻き添えになり

数名が射殺されたと言っていたことを思い出した。それに雨季のこの降り続く大雨を考えれば

乗っているバスがいつバスが土砂崩れに巻き込まれないとも限らない。


『まだ死ねないよ…』



俺はしばらく考え、行き先を旅の最終目的地『ベナレス』に変えることにした。ネパールにはまた行けばいい。また来ればいい。

そう考えたら急に気持ちが軽くなった。そして一刻も早くここを離れようと思った。

俺は飯もそこそこに、土砂降りの雨の中、パトナの駅に向かった。
パトナの駅はたくさんの人たちでごった返していた。途中、物売りや物乞いに何度も声を掛けられたが

そのときの俺は冷静さも失っており強い口調で撥ね退けた。一刻も早くこの街を離れたかったのである。

チケット売り場に行くとたくさんの人たちが並んでいる。きちんと順番を守らず割り込んでくる輩もたくさんいて

口論になっている人たちもいた。チケットを買うのにもたくさんの労力を要し

俺は明日出発のバラナシまでのチケットを手に入れた。いよいよ明日、俺はベナレスに向かう。

ホテルに戻ると、俺はシャワーも浴びずぐったりとベッドに横になった。