Diary
ベナレス 2

Varanasi city
目が覚めると朝になっていた。出発の準備を済ませ、近くの食堂でチキンサンドとコーヒーを飲んだ後
俺はパトナの駅に向かった。ベナレス行きのチケットは手元にあるものの本当にベナレスには行けるのであろうか。
インドの交通機関ほど当てにならないものは無い。聞いた話では、8時間もホームで列車を待たされた旅行者もいたくらいだ。
列車の発車時刻は11時だった。しばらくホームで待っていたが一向に列車の来る気配が無い。
心配になってホームに立つ人に聞いてもノープロブレムというだけであった。まさか行ってしまった訳ではないだろうな…。
一時間程過ぎたであろうか。ようやく列車がやってきて俺は安堵の思いで列車に乗り込んだ。
指定の座席に行くと、先客が座っており、俺が『そこは俺の席だぞ』と言ってもどこうともしない。
これがインド流なのである。そんなことにいちいち腹を立てては旅など出来ないという事だ。
あきらめて俺は彼の隣に座ることにした。
インドの車窓は、草原がどこまでも続き、地平線も見ることができる。
4時間位走り列車はベナレスに到着した。ここがベナレスか…。
ヒンドゥー教の聖地といわれるベナレスの駅は然程大きくはなかった。
とりあえず、今晩泊まる宿を探さなくてはならない。ベナレスには日本人のおばさんの経営する『久美子ハウス』
というのがあるのを聞いていた。ガンジス河のほとりにあるらしく、知っているのはその宿だけであった。
一歩駅を出ると、俺の周りにたくさんのリキシャ達が群がってくる。『ジャパニー、どこいく?』
10人位のリキシャに囲まれ俺が『久美子ハウスだ』と言うと値段交渉が始まる。俺は10RPだ、15RPだと
値段はみんなまちまちだったが、俺はあえて一番高い20RPと言った一番信用できそうな男について行くことにした。
リキシャとは日本でいう人力車のことであり、インドでは今も尚、交通の手段として使われている。
しばらく走ったのだが、一向に街中に向かっている気配がない。
俺が『大丈夫か?』と何度か言ったが彼は『ノープロブレム』と言うだけでリキシャを走らせていく。
しばらく走った後、彼は『ここでいいだろ』とリキシャを停めた。そこには久美子ハウスなんてない。
俺が『ここじゃないだろ?』と聞くと彼は気まずい顔をしてそっぽを向いたのであった。
彼は久美子ハウスを知らなかったのである。俺はいらいらしていたのもあったのだが
彼を選んだ俺が悪かったと思い直し約束の20RPを彼に払うと、彼は悪びれもなく『約束は30RPだっただろ』と言った。
流石に俺も頭に血が上り『ふざけんな!!』と20RP札を彼に投げて渡した。彼はそれでも不服そうであったが
俺が支払う義務などどこにもない。路頭に迷っていると、地元の少年達が俺に寄ってきて『どこに行くの?』
と声を掛けてくる。俺が『この辺に安いゲストハウスはないかい?』と聞くと『こっちだよ』と言って
俺を安宿まで連れて行ってくれた。ベナレスの安宿はガンジス河のほとりに多くあると聞いていたが
紹介されたゲストハウスの屋上に登って見渡すと遠くにガンジス河が見えた。文句は言っていられないか…。
と自分に言い聞かせその日はそのゲストハウスに泊まることにした。
荷物を部屋に置きベナレスの街を歩く。食堂や屋台も多く、どうやら食事には困らないようだ。細い道路には牛が寝そべっている。
ベナレスの街は小路地が入り組んでいて同じような道が続いており、気を抜くと迷ってしまいそうなところであった。
ブッダガヤを出て以来、雨は一向に止まなかった。考えてみればしばらくの間、日本語を話していないのはおろか旅人にも会っていない。
その日そのゲストハウスに泊まるのはどうやら俺一人のようであったが、内カギを2重に閉めて俺は早いが床に付くことにした。
次の日も雨であったが、俺は朝食をとると、さっさとチェックアウトをしてガンジス河を目指した。
しばらく歩くと街の中心に辿り着いた。旅人達の姿もちらほらと見える。俺は急ぎ早にガンジス河を目指した。
久美子ハウスはガンジス河沿いにあった。3階建ての建物は非常に古く、決してきれいではなかったが
日本語が恋しいのもあって俺は久美子ハウスに泊まろうと決めた。
入り口を入ると恰幅の良い日本人の女性がいる。この人が久美子さんか。俺が『部屋空いてますか?』と聞くと
『何日泊まる?1泊ならいらないよ』と彼女は元気良く俺に言った。『俺がしばらくいるつもりです』というと
『それじゃ上がって』と中に通されたのであった。
その時期は、日本は夏休みの時期で中には数人の大学生達が泊まっていた。久美子ハウスはとても変わった宿で
インドにおいて日本の合宿所のような共同生活を送ることが出きるようだ。宿泊者も全員が日本人。個室は無く
部屋はドミトリーでそれはそれは汚かったがパスポートや金を盗まれることもなさそうだ。食事の時間になると
久美子さんが『ごはんよー、とりにきてー』と一階から叫ぶ。すると誰ともなくその料理を取りに行き
みんなで分けて食べるのである。これで一泊200円。物価を考えれば安いかどうかは分からないが、悪くは無かった。
泊まっていた大学生達は、東京や大阪から来ていた子達が多かった。ほとんどが、2週間ほどのインド旅行で
俺が日本を離れて2ヶ月くらい経っているというとみんな驚いていたが、歳も近かったことがあって
楽しい時間を過ごすことが出来た。
夜になれば誰からともなくガンジャに火が灯される。好奇心が旺盛な学生の中には吸い過ぎて笑いが止まらず
一晩中ケラケラと笑っていた奴もいたが、俺はベッドに横になってずっと天井を見ていた。
