Diary
ベナレス 3

Varanasi crematory
茶色に澱んだガンジス河の前に立ってみると反対岸は遥か遠くに見えた。
雨季のせいもあるのかもしれないが、水かさも多くとても大きな河であった。
乾季のガンジスは川沿いを歩くことも出来るようだがこの時期は難しく、小船に乗ってガンジスを眺めることにした。
ガンジス河には幾つかの『ガート』と言われる沐浴する為の階段状になった場所がいくつも並んでいる。
サリーや布切れを身に纏いガンジスの水で身を清める人達、衣類を洗濯している人達、泳いだり飛び込んだりしている子供達、
ガンジスの水で歯をみがく人達…。ふと遠くに目をやるとあるガートで煙が上がっているのが見えた。
煙は雨季で濁った空へともくもくと続いていた。
そしてそれが荼毘にふされた人間の煙であると分かるまでたいした時間は必要でなかった。
そこで荼毘にふされた人間の灰はガンジス河へと流される。こうすることでヒンドゥーの教えでは
苦しみの世界に生死を繰り返すといった『輪廻転生』から解脱できると信じられているのである。
この街では『死』というものが『生』の近くに存在していて、死というものは目を伏せて覆い隠すものでなく
自然界の成り立ちとしての当たり前の事として日常の中に組み込まれているような気がした。
いつだったろうか、久美子ハウスの鉄格子の窓からガンジス河を眺めていると、上流から大きな物体が流れてくるのが見えた。
その物体の上には無数のカラスが乗っていてくちばしで必死に『それ』を突っついていた。
『それ』は明らかに人間の死体であった。ここでは不慮の事故や病気で亡くなった人間は火葬せず
そのままガンジスへ流すのである。かつてインドを放浪し、ガンジス河で人間の死体を貪る犬を見た藤原新也は
「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」と言った。初めこの言葉を目にしたときにはかなりの衝撃を受けたが
実際その場に立った俺には「人は死んだら無になるんだよな…」と虚しくなる気持ちの方がずっと強かった。
ある日、俺は宿の屋上に上がった。久美子ハウスの屋上に登ると一面にガンジスを見渡すことが出来る。
俺は日本から持ってきた小さな紙袋を初めて取り出した。それは父の髪であった。父の葬儀の時
弟の浩史が父の髪を断髪して取っておいたのである。生前、父は友人でもある寺の住職に「いつかインドに行きたいものだ」
と話していたそうで、俺はその意外な事実を、葬儀の際にお経を詠んでくれた住職の口からはじめて知らされた。
ベナレスに来て、俺がここに来ることは運命で決まっていたことなのかも知れないなと思った。
俺は宿の屋上で火を点けて髪を燃やした。バチバチと音を立てて、髪は臭いを出して燃えた。
そして誰にも見られぬようその髪を持って俺はガンジス河の前に立った。その時も小雨が降っていた。
俺はゆっくりと燃えた髪をガンジスにそっと流し、そしてガンジスに向かって手を合わせた。
その時、涙はなかった。それよりも一つ使命を果たしてホッとした気持ちになった。
そして、今までずっと心にあったわだかまりのような物がすっと消えていくような気がした。
その晩、俺は遥か遠くの実家の母親へ手紙を書いた。明日郵便局に行って手紙を出そうと思った。
そして手紙を出したらこの街を出よう。俺はそう心に決めたのだった。
