野菜に関することわざ
●秋茄子嫁に食わすな
@秋口のなすは味がいいから嫁には食わせたくない、という姑の意地悪。A秋のなすは体を冷やして毒になるから大事な嫁には食わせないほうがいい、と嫁を案じる言葉。「秋鯖嫁に食わすな」「五月蕨は嫁に食わすな」など類似のことわざは多数。 *@の意味にとるのが普通である。嫁は「嫁が君〔=ねずみ〕」の意味で、誤って解釈されたとする説もある。
●家柄より芋がら
家柄などをむやみにありがたがる愚を教えている。
●瓜のつるに茄子は生らぬ
ある原因からは、それ相応の結果しか生まれないという因果のことわりをいったもの。また、血筋は争えないというたとえとして、平凡な親から非凡な子は生まれない、子は親に似る、という意味にも使う。
●碗豆(えんどう)は日陰でもはじける
えんどう豆は日陰で育っても、時が来れば実が熟してはじけるように、年頃になると、自然に男女の情にめざめることをいう。
●親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない
なすの花は咲けば必ず実をつける。親の意見も同じように、すべて子のためになってむだがないということ。子を思って話す親の意見は聞くべきであるという教え。
●親に似ぬ子は茗荷(みょうが)の子
「親に似ぬ子は鬼っ子」というが、親に似ぬ子はいないはず、もし似ていないなら、それは茗荷の子か何かにちがいない、ということ。
●鴨が葱を背負って来る
鴨がねぎを背負って向こうからやってくれば、すぐにも鴨鍋にして食べることができる。うまい話が重なってやってくることのたとえ。お人好しが、こちらにとって利益になる材料を持ってやってくることなどにいう。「鴨葱」ともいう。
●南瓜(かぼちゃ)に目鼻
ずんぐりした不美人の形容。「団子に目鼻」は丸顔。「卵に目鼻」は美しい整った顔の形容。
●倹約とけちは水仙と一文字
一文字とは葱(ねぎ)のこと。葱は古名を「キ」と呼び、一音であるところから女房言葉で一文字といった。水仙と葱は少し似ているが、まったく別の植物である。同じように、一見したところ倹約とけちは似ているように見えるが、少し似ているだけでじつはまったく違うものだということ。
●子がなくて泣くのは芋掘りばかり
子があるために泣かされる親についてのことわざは多い。(子を持って泣かぬ親はない)(子がなくて泣く者はいない)など、子をもつゆえの苦労が強調されている。しかし里芋を掘るときは、子芋がたくさんついていなければ逆に泣かされる。そのあたりをおもしろく表現したもの。
●西瓜は土で作れ南瓜は手で作れ
物の性質を知り、それに応じて育てよという教訓。西瓜を作るには、まず肥料を入れて土地をよくすることが第一。南瓜は手入れをよくしてつるを上手に整理してやれば、あとは自然によくできるという。
●つましい男に青菜見せな
「つましい」は倹約して質素なさま。青菜の類いは見た目にはかさばっているが、煮たりゆでたりすると、うそのように量が減ってしまう。つましい男は、米は炊けばふえ、豆は煮ればふくらむことは知っていても、煮て減るものがあることは知らないから、妙な疑いをもつやも知れず、うっかり見せられない。
●冬瓜(とうがん)のお化け
冬瓜はなじみの薄い野菜の一つになったが、皮の表面に薄く白い粉がふいたようになっている。そこで「冬瓜のお化け」といえば、(薄化粧した)女の容貌への悪口になる。
●馬鹿にも豊年 南瓜にも当たり年
何にでも当たり年や全盛時代がある。
●瓢箪(ひょうたん)から駒が出る
意外な所から意外なものが現われることのたとえ。実現するとは思わずふざけ半分でしたことが、実際に現実となってしまったときなどにいう。
●瓢箪で鮫(なまず)を押さえる
ぬらりくらりとして、とらえどころのない、要領を得ないさまをいう。
●瓢箪の川流れ
うきうきとして落ち着きのないさま。
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