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シニアのためのタウンマガジン モダンライフ 

表紙 「駅にいます」
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大 塚 伸 行
(おおつか のぶゆき 版画家・絵本作家)
プロフィール
1949年  栃木県栃木市生まれ
1969年  詩誌『呆』を発行する傍ら、木版画を始める
1978年  合同展「ひとりと五人展」に参加
1982年  版画絵本『ろくじい とっくり』が第5回日本絵本賞「手づくり絵本コン テスト」
(読売新聞社・全国学校図書館協議会主催)で内閣総理大臣賞受賞
1984年     版画絵本『ヨーサクさん』が第7回日本の絵本賞で
絵本作家への登竜門である「絵本にっぽん新人賞」を受賞
1987年5月   画廊「佐々木」で第1回個展
     6月   版画絵本『ヨーサクさん』を加筆、改題し、『ほおずきならそ』として
童心社より出版
1988年1月〜12月
          月刊タウン誌「うずまっこ」の表紙版画を担当
2001年12月 下野新聞社刊「21世紀木版画12人の作家たち」に参加

大塚伸行氏のご好意により掲載させていただきました。

特集 “まち“の話題を追う
その後の『栃木駅舎』は?

市民の声を診て、お医者さん立ち上がる!
とちの木病院 早乙女先生にインタビューしました。

栃木駅周辺は1993年から始まった「栃木駅周辺連続立体交差事業」により最近では様相が一変し、今回、栃木駅が高架化し駅舎が取り壊されることとなり、さらに話題のイトーヨーカ堂も同様となり、最近の工事で更地になった。跡地の活用については編集部がイトーヨーカ堂に問い合わせたところ、いまだ白紙との答えでした。

ところで、栃木駅舎が取り壊されるとの報道で市民の間から保存の声がわき起こり、署名運動まで発展、市、議会に陳情書が出された。とはいうものの移転保存となると、かなりの資金も必要とされ現状の行政、JR東日本では対応が困難な状況のようです。

しかし、市民の「駅舎保存」への熱意とご自分の思とを重ね「とちの木病院」の早乙女先生が立ち上げる運びとなった。
私たちにとっては夢のようなこの構想の詳細を先生にお聞きしようと、モダンライフ編集記者が直接先生にインタビューいたしました。とちぎの“まちづくり”についても真剣に考えておられる早乙女先生は、移転活用について思うところを熱く語っていただきました。

今回の栃木駅舎保存をしようと思ったきっかけは?

栃木駅が高架になり駅舎が取り壊されることとなった。市民の間から、「昭和3年頃の建造物で文化的価値もあり取り壊すのは非常に惜しい、なんとか保存できないものか」の声が起こり「栃木駅舎の保存を考える会」がたくさんの署名を集めました。

しかし、私は単に建物をそのまま保存するだけではなく、有意義に活用したいと思い、駅舎にもう一度働いてもらう、『地域社会の“まちおこし”』をしたいと考えたのです。

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保存館の場所、どのような建物を造るのですか?
現在のところは立地条件を考え運動公園の西側を予定しています。 家に例えれば玄関口です。玄関を入るとホームで線路も少し引きたい。ホームは線路より一段高くなっているので舞台に見立てることも出来ます。イベントなどの人集めで地域の活性化にもなると思います。駅舎については洋風トラスト工法造り、基本的には原型を残したい。皆様のイメージ通り屋根瓦もスレート瓦にするように作業所を探しあてました。

今、スレート瓦を製造しているところが非常に少ないので、見つかって大変喜んでいます。そして、自分たちが盛り上がらなくて誰が盛り上げてくれるのか。地元が盛り上げてみんなが参加する、そんな方式がよいと思います。リピーターの問題でも一度来た人が何回も見たくなるようなものがよい。また、「吾一鉄橋」も保存の声が多いのであわせて進めています。そして運営は、NPO法人を設立してあたるため準備を進めております。
「栃木駅舎の保存を考える会さんにコメントいただきました」 栃木駅舎は、運動公園西側に建設中で正面玄関に、装いも新たに再建されることになった。加えて、“吾一の鉄橋”も敷地内にある旧赤津川跡地に移転、展示されることになった。5千名あまりの署名運動が大きく功を奏し、喜びに耐えない。
     

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