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もうひとつのパラダイス


リプリーさんのパラダイスの中には、別の空間で暮らしているにゃんこたちがいます。
公園で暮らしていた、ジョーイくん、チャンドラーくん、ロスくんの
おそらくファミリーであろう3にゃんずです。
彼らは抱っこどころか、触れるのもロスくんだけが、やっとという状態・・・。
そして、そのうちチャンドラーくんはエイズキャリア、ロスくんはダブルキャリアという、
健康上の少々の不安も抱えています。
彼らの人間に対する恐怖心の大きさも、
他のメンバーとはかけ離れていると思われるため、
彼ら専用の空間を設けることにいたしました。
そこが、もうひとつのパラダイスです。

・・・・・・・・・・

パラダイスにたどり着くまで

彼らは、遠い遠い大阪の公園からやって来ました。
保護主のキョロLOVEさんが、はるばる約12時間ほどかけて、車で来て下さいました。
保護当時から生活の場にしているという大きなケージに、
しっかりと布で目隠しをしてあるのは、彼らの移動中の恐怖を少しでも軽減するため。
あるのとないのは、大違いです。
彼らのために用意した、引っ越し前のアパートの中の部屋は2つ。
ジョーイくんとチャンドラーくん用の6畳と、ロスくん用には私が付き添えるように
ベッドを持ち込んだ4.5畳。
ケージを設置して、恐る恐る覗き込むと・・・ジョーイくんは私を静かに睨みつけながら、
2階部分に正座していて、チャンドラーくんは、こちらを見ることすら出来ずに、
ジョーイくんの後ろで震えていました。
ロスくんは、ぐったりとして具合が悪そうに見え、その上動くことも出来ませんでした。
彼は、保護が最後であったせいか、顔も身体も薄汚れていて、
生気のない目をしていたのを覚えています。
到着後数日間は、ロスくんが気が付いたら死んでしまっているのでは・・・
と目が覚める度に恐ろしくなり、うちに来てすぐに
彼が隠れ場所に選んだ光の届かないベッド下を、何度も何度もデジカメで撮って、
彼が生きていていることを確認しては、ほっとしていました。
また、しばらくの間は皆とても食が細く
「何でもいいから、お願い!食べて!」と祈るように話し掛けながら
ご飯をあげていました。





彼らにはケージの扉を開けたままで、部屋の中の好きなところで過ごせるように
選んでもらおうと決めていました。
しかし、ジョーイくんはケージから頻繁に出ては来るものの、ほんの少し音を立てただけで
パニックに陥り、まるで火を噴く竜のように怒り狂い、チャンドラーくんは動くことすら
怖くて出来ないという状態でした。
夜は一晩中、大声で鳴きわめき続け、私は灯りをつけたまま遠い遠い朝を待ちました。
夜鳴きの時には、遊んであげたり、抱きしめてあげたりがお約束ですが、
彼らの場合、それは全く不可能な手段でした。
おもちゃを差し出す私の手ばかりを目で追っては、唸り続けるのです。
彼らにとって、私のおもちゃを持つ手は、
「自分達に危害を加えるであろうニンゲンの手」なのでしょう・・・。
胸がぎゅっと掴まれるほどの、悲しい現実。
「何もこんな猫なんか、飼わなくってもいいんじゃないの?」
そう思われる方もいらっしゃると思います。
私は、自分にベッタリの可愛いペットが欲しかったわけではありません。
私は、人間の大人から攻撃されているこの子達を、
何が何でも救いたいと、頑張っていらっしゃったキョロLOVEさんの
必死な願いを叶えたいと心から思い、彼らが生きる手段はもう
「人の家で生きること」しかないのだと考えたためです。
しかし私は、必ずこの子達は人の家の中の子になれると、直感していました。





ベッド下にこもりきりのロスくんは、夜中にしか出てくることがなく、
彼の体の模様がどんなものかと分かったのは、数週間過ぎてからのことでした。
グショグショしていた目や鼻が心配でしたが、
触れることさえ出来ませんでした。
ある時、彼のいる場所の床がとっても冷えるので、毛布を敷こうとして
ベッドを少しだけずらしたところ・・・突然、彼はパニックになり、
飛び出してきてカーテンに駆け上りました。
力尽きて上までは届かず、ボトッと落ちてきても、まだ見上げていました。
猫がパニックになった時には、深追いは厳禁。
私は、彼がもう一度トライして、やっとやっとレールまでよじ登るのを確認すると、
そっと部屋を出ました。
それから待つこと8時間。
ようやく彼は、ドサッと落ちてきました。
彼が動くのを見る、貴重な体験でしたが、その後怖がらせないように
さらに気を配ったのは言うまでもありません。





別室のロスくんを探して、怖がり屋のチャンドラーくんが遠征に出かけるようになり、
ついには探し当ててその場所で共に過ごすと決めたころから、
少しづつご飯をベッド下に差し入れる位置を手前にしたり、
おやつの煮干を少しでも彼らの近くまで持って行ったりしてみました。
やはり、最初は彼らの手の届く範囲はすべて、パンチで応酬されました。
私の手は、いっつも引掻き傷だらけ。
ジョーイくんは、パニックで逃げる時に、とび蹴りまでしてくれました。
眠っているときに、顔にパンチされたこともありました。
それでも、しぶとくめげず、続けていると
ある時に、チャンドラーくんが私の手から、物凄く時間をかけて攻撃されないか
怯えながら煮干を食べてくれたのです。
私は、顔中涙でくしゃくしゃにしながら、
「ありがとうね・・・。ありがとう・・・。」
そう言うのが精一杯でした。
どんなに勇気が要った事だったでしょう。
本当は、ぎゅっと抱きしめて、耳の後ろも掻いてあげたいし、顎もかきかきしてあげたい。
でも、まだ今は、彼のこの勇気だけで十分満足でした。
嬉しいことがもう一つ。
間もなく、ロスくんも手渡しで食べてくれるようになりました。





2ヶ月を過ぎたころから、ジョーイくんの夜鳴きは少しおさまり始めました。
ロスくんはほとんど鳴くことがなく、チャンドラーくんは怒られると黙ってしまうので、
問題は声の大きいジョーイくんだけだったので、ホッとしました。
いよいよ、新居への引っ越しの準備です。
距離は車で30分程度なので、問題はありませんでした。
一番悩んだのが、キョロLOVEさんに勧められていたケージでの移動についてでした。
大きなケージを運ぶのは、一苦労です。
しかし、業者さんの手を借りようものならジョーイくんたちが大パニックを起こすことは
目に見えていました。
早いうちから、キャリーでの移動を目指していたので、やはりキャリーに決めました。
移動時にいきなりキャリーに入ってもらうのは、まず不可能。
そこで、前もってキャリーを部屋の中に設置しておいて、
彼らにその存在を受け入れてもらいました。
最初は、たまに入っていたりするだけでしたが、引っ越し10日程前に隠れ場所の
ベッドを撤去してしまうと、しぶしぶキャリーをそれぞれの寝場所と決めたようです。
ベッドの撤去の際は、過去の失敗から、行きなれた別部屋に皆がご飯で出かけている
隙を狙って、すばやく終了させなければなりませんでした。
彼らはすぐに異変に気付き、不安そうにうろうろし始めましたが、
数時間後、とうとう諦めてキャリーに入ると、
ぎゅっと身を小さくして固まっていました。





彼らの引っ越しは、業者さんの入る前日に済ませました。
キャリーに入ってもらう「その時」まで、何一つ変わらないいつもの生活をして
もらいました。
そして、いよいよ「その時」がやってきました。
物凄い抵抗にあうだろうと覚悟していたのですが、意外にあっけなく入ってくれて、
準備は完璧に整ったのです。
トイレをお掃除する時に、皆怖がってキャリーに入るようになっていたので、
その手を使いました。
必要以上に怖がらせることなく準備が出来て、心底ほっとしました。
そして、彼らは、パラダイスへ旅立ちました。








パラダイスでは、この元公園猫たちは同じ部屋で生活しています。
冒頭で述べましたように、キャリアの子が混じっています。
多くの方が、感染を完璧に防ぐために、
キャリアの子は隔離して生活させるべきだとお考えでしょう。
私もこの子達を受け入れると決めた時には、それが唯一の手段であり、
当然のことと考えていました。
しかし、この3にゃんずはとても仲が良く、
誰かが欠けると誰かが捜し求めて泣き叫ぶといった状態です。
その上、触ることも出来ず、キョロLOVEさんから病院に行くことに対する拒否反応が
かなり激しいこともお伺いして悩みました。
ワクチンも、副作用が皆無なわけではありません。
何度も何度も、キョロLOVEさんと話し合い、
自分自身も勉強をして、この病気のキャリアであることが、
決してそれほど恐れるほどのものでもない事を知り、そして決断しました。


ワクチン摂取なしで共同生活・・・。
以前の私ならば、ありえない決断でした。


もしも彼らの意見を聞くことが出来、
「ぼく、病気の子とは一緒にいたくないよ。」と
言ってもらえたなら、こんなに悩むこともなかったでしょう。
しかし現実は、この子達は誰がどんなキャリアであり、
だから一緒にいられないんだよ・・・と知る由もないのです。
仲が悪いのならば話は別ですが、彼らの場合、誰かを引き裂いてと言うのは不可能です。
彼らが、もしも病気になったなら困る・・・それはニンゲン側の考えなのだと思いました。
何も分からない彼らに代わって、適切なワクチン摂取や隔離を選択するのが
飼い主の愛情であるのと同時に、彼らが一緒にいたい相手と過ごせるようにし、
少しでも怖い思いをもう2度とさせないように配慮するのも愛情であります。
もしも、感染したら・・・。
この不安は、全て私が背負っていこうと決めました。
彼らには、苦労をした分、のんびりと過ごして欲しいのです。





エイズキャリアの子は、たくさんいます。
白血病キャリアの子も。
私は今、彼らのために必死に勉強しています。
残念なことに、この子達を特別な目で見て避ける人たちの多くが、
その病気について十分なお勉強をなさっていらっしゃらないように思われます。
エイズキャリアは、すぐに発症して、エイズと呼ばれる症状が出るわけではありません。
ご存知の方は多いと思うのですが、
進行段階は4段階あり、2段階3段階と進んで行くのに何年もの期間があります。
その途中で発症を待たずとして、生涯を終える猫のほうが多いのです。
白血病は、現代の獣医療で完治することも可能な病気です。
1歳以上の猫であるならば、持続感染率は1割程度と言われております。
一度陽性反応が出たとしても、自己免疫力によりウイルスを押さえ込んでしまうことも
多いので、4ヶ月以降に再検査する必要があります。
キャリア猫は、これらを持っていることにより、ほんの少しの風邪が重くなったり、
他の病気に少しだけ気を付けてあげなくてはならない・・・それだけです。
人間だって、疲れやすい人、熱が出やすい人、胃腸が弱っている人・・・
その他キリがないほど、弱い部分を持っている人がたくさんいらっしゃいます。
年を重ねればどんなに健康だった人でさえ、
ちょっとした風邪をこじらせて重くなってしまいます。
内臓の働きが衰え、機能も低下してゆくでしょう。
これは全く当たり前なことであり、もちろん猫だって同じなのです。
キャリアの子は、身体の弱まりが、他の子よりも少し早いだけ・・・。





いつか、3にゃんずが「ニンゲンと暮らすのも、悪くない」と思ってくれたら、
どんなにか嬉しく思います。
この子達を寝食を犠牲にして守ってくださったキョロLOVEさんに、
心から感謝申し上げます。
この子達を毎日心配してくださった皆様・・・本当にありがとうございました。
どうか、いつまでも暖かく見守っていてくださいませ。
そして、この子達と同じキャリアのほかの子達にも、暖かい家族ができて、
抱えきれないほどの幸運と愛情が注がれますように・・・。
心の捻じ曲がった人間から虐待されて、攻撃的にならざるを得なかった子達にも、
どうかどうか、幸せになるチャンスが与えられますように・・・。



Juno


2005年8月現在。 ロスくんを失ってしまったジョーイくんとチャンドラーくんは、
リプリーさん達と新しい生活を始めました。