朝陽に包まれて
軋むような躯中の疲労と、喉の渇きを覚えて俺は覚醒した。
瞼を開こうとしたが、窓から差し込む陽光の余りの眩しさに低く呻いてしまい、なかなか眼が開けられない。
昨夜の『出来事』の翌朝にしてはきっちりと法衣を着せられていて、俺は少し驚いていた。
暫く身動いで、漸く瞳を開いた俺は仰向けにベッドに身を横たえたまま、視線をゆっくりと、辺りに巡らせた。
――昨夜宿を取った、二人部屋の一室。白を基調にした簡素な造りだが、清潔感のある部屋だ。
階下からは、朝食を摂りに来る客で賑わう食堂の物音がぼんやりと聴こえて来る。
ふと、すぐ隣のベッドを見遣ると、その主は既に居ない。恐らく、もう起床して他の二人を起こしにでも行って
いるのだろう。
「…ふん…」
不機嫌に鼻を鳴らして、水を飲もうと躯を起こそうとするが、重い疲労がそれを阻む。
やっとの思いで上半身を起こすとくらりと眩暈がして、俺は深く息を吐いて掌で顔を覆い、上掛けのシーツ
に肘を付いた。
その時。
控えめなノックと共に静かにドアが開き、昨夜の同室者…八戒が、恐る恐る顔を覗かせた。
「……何、びくびくしてやがる。入ってくれば良いだろう?」
軽く眉間に皺を寄せて、ついと顎をしゃくると、八戒は遠慮がちに入室し、そっとドアを閉めて、ゆっくりと俺の居る
ベッドに近付いて来た。
「あの……」
俯き加減に怖ず怖ずと口を開いて、俺の前に突っ立っている優男に、何だ、と先を促すと。
「…お躯、大丈夫ですか……?」
「大丈夫に見えるか?」
俺は、掠れた声で溜め息交じりに答えてやる。
「そうですよね…」
八戒はしょんぼりと呟いて洗面所へ向かい、グラスに水を汲んで、とぼとぼとした足取りで戻ってきた。
「飲みますか…?」
「ああ」
差し出された水を受け取って、俺は一気に飲み干した。水道水のカルキ臭いはずの水は、ひどく甘く感じて。
それだけ昨夜声を上げていたのかと思うと、途端に恥ずかしくなって俯いていた。
幸い、宿の客は俺達だけだったから、他の二人の部屋は廊下を隔てた向かいなのが、その『出来事』を聴かれずに済んで
助かったのだが。
「辛い、ですか…?三蔵…」
「まあ、な」
苦笑いをしつつ言葉を返す俺に、八戒は立ち尽くしたまま、さっきから身体の前で両手を固く握っている。
そして、その組んだ自分の手を暫し眺めていたが、不意に顔を上げ、ぽつりと呟いた。
「三蔵…、申し訳、ありませんでした。昨夜は貴方に随分と無茶をさせてしまって…」
「謝る必要なんざねえよ。少し休めばじきに善くなるだろう」
「でも…!まさか貴方が動けなくなってしまう程の事をしてしまったなんて……!」
珍しく、八戒は狼狽えていた。
『とんでもない事をしてしまった』と、明らかに顔に書いてある。
それだけ、こいつの中では俺を特別扱い…、よっぽどの『清い存在』だと勝手に決め付けているのだろう。
そう、察しが付くと俺は無性にムカついて、きつく八戒を睨み付けていた。
「謝るような事なら、最初からするんじゃねえよ。胸糞悪いな」
「…三蔵……」
「昨夜は、お前が『抱かせて欲しい』と言ったのを、俺は『良い』と応えたはずだ。同意の上、って奴だろうが」
きっぱりと言ってのける俺に、八戒はまだ何か言いたそうにしていたが、俺は更に言葉を続けた。
「八戒。俺を抱いた後、気を失った俺にこの法衣を着せたのも、躯を拭いたのもお前なんだろう?」
少しだけ、語調を和らげて問うてみると、八戒は小さく『はい』と答えて頷く。
「それだけアフターケアが出来るなんざ、全くこっちの事を考えてなかった訳でもねえだろうが。解るな?
これは褒めてやってるんだぞ、一応な」
「三蔵…?」
「……次は、もうちょっと優しくしろよ」
にやりと笑ってみせると、八戒は、翡翠の瞳をゆっくりと瞬きし、そして頬をみるみる朱に染めた。
「はい、三蔵。しっかり、心得ておきます」
小さな声だったが、八戒はそう、はっきりと俺に誓ったのだった。
そうして…、今日は一日、お世話しますね。と、八戒はいつもの表情で微笑んで、俺の朝食を持って来る為に階下に
降りて行った。
【了】
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