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わらしべの里《今までのあゆみと名前の由来》

〜名前の由来のプロローグ〜

 昭和51年(1976年)1月

 当時、「栃木県社会福祉協議会」に勤務し、地域福祉を担当していた創設者 金坂直仁が、自宅の庭先に地域の協力を得ながら、『とちぎ子どもの家』というボランティア組織活動を開始しました。
 休日ごとに多くの人々が集い、障害のある・なしに関係なく、また、老若男女を問わず多くの人々の憩いの場や地域の人々の交流の場となるための活動を開始しました。
 このためのプレハブの建物の基礎工事には、近所の父親10名ほどが協力して施工していただきました。
 創設者、金坂直仁の
『地域の子どもと障害児の遊びの文化活動を』という声に対し、多くの若いボランティア(地元の大学生や医科大学の医学生、看護学生などが中心であった)が子どもたちのお兄さんやお姉さん役となり一緒に遊んでいました。
 また、子どもたちの家族とともに二泊三日のキャンプやハイキングを行うなどアウトドア活動も盛んでした。
 在宅障害者支援活動として、“障害者福祉作業所”の運営を行うため、昭和55年(1980年)4月に
『財団法人わらしべの里』を創設しました。
“土地無し金無し”の中のスタートではあったが、「いずれは皆が幸せに(障害者・健常者を問わず)」という熱い思いを実現させるべく、“たとえ小さな活動でも、コツコツと地道に人々のために働くことにより、いずれは皆が幸せになればいい”という考えから、法人の名称を
『わらしべの里』とし、障害者福祉作業所の名称を『わらしべの家』と付けました。
 この、『わらしべの里」という名前は、日本のおとぎ話『わらしべ長者』からもらったものです。このお話しは、1200年も前の「今昔物語」にある仏教説話のひとつだったとのことです。
 こうして、
『財団法人(現・社会福祉法人)わらしべの里』、『障害者福祉作業所(現・多機能型事業所)わらしべの家』が生まれました。
〜わらしべの里の歴史〜

                               改版 2018年10月1日

平成30年(2018年)10月 生活介護事業(定員14名)実施。
就労継続支援事業B型の定員を35名から20名へ変更し、多機能型事業所わらしべの家となる。
平成26年(2014年)4月

特定相談支援事業開始。

平成24年(2012年)4月

三代目施設長(管理者)に金坂尚慶が就任する。

平成23年(2011年)4月

「知的障害者通所授産施設」から「就労継続支援事業(B型)(定員35名)」へ移行する。

平成20年(2008年)4月

二代目理事長に金坂直仁、二代目施設長に橋本洋子が就任する。

平成19年(2007年)3月

「わらしべの宿」運営終了。

平成18年(2006年)10月 日中一時支援事業開始。
「わらしべの宿」がケアホーム・グループホーム一体型の施設になる。
平成18年(2006年)9月

短期入所事業廃止。

平成18年(2006年)4月

鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺2階建1棟、軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建小屋2棟からなる「わらしべの家・第2作業所」オープン。バイオ・ディ−ゼル事業開始。定員25名から定員30名に増員する。

平成17年(2005年)4月

グループホーム「わらしべの宿」を開所。(男性2名・女性3名・世話人1名)

平成16年(2004年)1月 「第1回グループホーム学習会」を開催。同時に「グループホーム開設準備会」を設置しグループホーム開設プロジェクトをスタートさせる。(グループホーム開所予定:平成17年4月)
平成15年(2003年)4月 「知的障害者短期入所事業」及び、「児童短期入所事業」を開始。(日中預かり・定員3名/日【両事業計】)。
平成14年(2002年)10月 「知的障害者小規模通所授産施設」から「知的障害者通所授産施設(定員25名)」へ変更する。
平成14年(2002年)5月 施設改修工事を実施。(設備及び運営に関する最低基準対応工事を行う)
平成13年(2001年)10月 財団法人から社会福祉法人となり、「障害者福祉作業所」から「知的障害者小規模通所授産施設」へ変更する。初代理事長に金坂義江、初代施設長に金坂直仁が就任する。
昭和59年(1984年) 「財団法人日本宝くじ協会」殿より3,000万円の配分金を受け、耐火構造建築(鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺陸屋根2階建)への施設建替工事を行う。
昭和55年(1980年)10月 STV札幌テレビ放送「サンデー九(故・坂本九さんがパーソナリティーの番組)の取材を受け、坂本九さんご本人が来所されわらしべの家の仲間たちと交流する。
昭和55年(1980年)4月 施設長、金坂直仁の私財を基に「財団法人わらしべの里」を発足。同時に無認可施設として「障害者福祉作業所わらしべの家」を開所し利用者3名から事業を開始。
昭和54年(1979年)12月 「社会福祉法人社会福祉事業研究開発基金」殿より50万円の助成金を受ける。
昭和54年(1979年)2月 「運営ボランティア会議」を組織し、今後の障害者関係事業への取り組みを研究。
昭和53年(1978年)3月 「つくしの会」が発足。
昭和52年(1977年)4月 「チビッコハウス」が完成。
昭和50年(1975年)2月 「とちぎ子供の家」を発足しボランティア活動を開始。「地域の子どもと障害児の遊びの文化活動を標榜」する。
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