(わらしべの里ロゴ)ひとつの穂を、2人でもっている様子をモチーフに、わらしべの理念である「やさしい心で支えあい」を表しています

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わらしべ・ほのぼのだよりバックナンバー

パソ工房設立10年に思う

わらしべの家パソ工房一同

(写真) 1990年代も終わりに近づいたころ、当時の政府の後押しもあり急激に進んだ“IT革命”。私ども「わらしべの里」もいち早くこの“IT時代”に対応するため「パソコン活用事業」を設立し、「障害があっても仕事が出来る!」をキーワードにパソコン部門「パソ工房(仲間3名+スタッフ1名)」を設立した。
 今年で設立10年目。今では卓上カレンダー、私製はがき、名刺を中心にお子様から栃木市内にある中堅企業様のご要望にお答えできている。製品開発過程において、会話をしているから、多くのお客様に信頼される製品ができている。お取り引きさせていただいている皆様に感謝!
 わらしべの里公式サイトも、訪問者2万人を突破。
 見てくれている訪問者の皆様に対して、感謝の気持ちを忘れず更新していたら、蔵の街ウエイブ様のほうから「こういうホームページを作りたいので、ちょっと教えてください」とたずねてこられたので、驚いた。
(写真)
 施設長や、管理人から送られてくる技術的な質問に丁寧に答えることで、蔵の街ウエイブ様のホームページ立ち上げを応援、協力できた。施設同士の本当の意味での交流が生まれたので、うれしかった。これからも、お互いの公式ホームページを高めていこうね。
 感謝の気持ちは、活躍してくれたパソコンたちにも、伝えたい。
 導入から6年。2009年秋から順番に定年退職の日を迎え、製作活動用にパソ工房で作ったデスクトップパソコン1台はWINDOWS XPと呼ばれる基本ソフトをあらためてインストールし、学習用のパソコンとして復活させた。その方法も、10年で覚えた。

 



  

  
(写真)
  製作活動用のデスクトップパソコン2台と、事務処理用のノートパソコン1台はわらしべの里やDELLと相談しながら、WINDOWS XP搭載機に順番に入れ替えた。ありがとう。
  日々の業務管理、ホームページ作成や、名刺作成・印刷、学習用。使われる用途は、異なっているが今使っているパソコンが、1世代前のパソコンより信頼性と、耐久性に優れている。
 これからの日々も、健康に留意しながら、平常心で仕事しようと思う。(平成22年10月15日)

ありがとう、君に感謝しているよ。

混む@管理人

 12月24日夕方、わらしべの家から1台のパソコンが、6年間の役目を終えて、処分するため、コンピュータシステムのメーカーに帰っていった。
  このパソコンは、2003年の秋からパソ工房で「ホームページ作成」に使われ、「社会福祉法人わらしべの里」の公式サイトに日々何十人も訪れる訪問者に、正確かつ、迅速にいろんな情報を伝えてきた。
 その後、パソ工房に入ったパソコンの性能には、遥かに追い越されたけど、非常に使い勝手は、よかった。今、公式サイトがあるのは、わらしべの里からの情報提供はもちろん、なんでも可能にしてくれるようなこのパソコンがあったからだと思う。
  ありがとう。
  6年目を迎えた今年、仕事中に電源が落ちたり、モニターが見えづらくなったので、後継機種をパソ工房のみんなで選び、11月末から入った。新しいPCでの公式サイトの更新は、12月2日が、初仕事となった。当たり前だけど、今使っているパソコンが、1世代前のパソコンより信頼性と、耐久性に優れている。実際にホームページ作成ソフトや、年賀状作成ソフトを動かしたら、処理が速く、「年賀状印刷で、忙しくなるころに来てくれて、ありがとう」と、思った。
  これから、このパソコンで、どういう仕事をしていくのだろう。非常に楽しみだ。行ってみたいのは、お客様のウェブサイトの立ち上げ・保守作業。そのために、わらしべの里公式サイトにいろんな考えを盛り込んでいる。これからも、楽しむぞ。(平成21年12月28日)

前理事長、前施設長へ。仲間たちからのメッセージ

わらしべの家一同

 4月28日、栃木市内の結婚式場にわらしべの仲間たちや保護者がわらしべの里保護者会主催の「大懇親会」出席の為に集まった。4月に退任された前理事長、金坂義江。施設長から理事長へ就任された金坂直仁。そして、新しく施設長に就任された橋本洋子。
 それぞれの挨拶の後には、長年お世話になった理事長ご夫妻、日頃お世話になっている支援員の皆さんに対して、感謝の気持ちを伝えた。
 仲間たちから当日の感想が届いたので、紹介する。

〜仲間たちからの声〜

「新施設長や仲間や職員さんたちと楽しい雰囲気の中、お話しをしたり、食事をしたりしてふだん自分が出せなかったことを発見できたことが良かった。
 また、前施設長さんや前理事長さんにお礼の手紙を渡すときに、長い間お世話になったことを思い出してしまい、心の底から泣きそうになったけど、感謝の気持ちを言いながらできたので、よかった。お料理は、とってもぐーでした。」
「4月28日の食事会は、とても楽しかった。
 でも、少しさびしかった。
 金坂直仁さんと義江さんが、やめてしまうので。金坂直仁さんは、施設長を辞めて、理事長になって、理事長が辞めてしまったので、それをまぜて。」
「さびしかった。ちょっぴり、ないた。しょくじが、おいしかった。かなしかったです。おにくが、おいしかったです。」

〜本当に、32年間お疲れ様でした〜(平成20年5月26日)

仕事を通して、感じたコト。

パソ工房一同

 今年のパソ工房は激動の1年だった。
 というのも、今年の夏から暑中見舞はがきの作成・販売をはじめたからである。暑中見舞には、わらしべの仲間が描いた絵を使い、絵はがきにして販売。毎日のように依頼があり、先輩でいらっしゃる、ポリさんはパソコンと格闘しながらも、今まで以上に眼の輝きが増しているのが感じられた。
 住所・宛名印刷担当の自分は、あまり役目がなかったがこの活気がずっと続けばと願っていた。そして、お正月に向けての年賀はがきの作成・販売が控えている。よ〜し、がんばるぞ。(混む)

 今年、感じたこと。
 仕事をひとつひとつ増やせたことが良かった。
 暑中お見舞・年賀状の仕事があると、季節の移ろいを今までよりも感じることができた。 (PORI)(平成19年11月5日)

4月のある日、桜の木に教えられたコト。

混む@管理人

(写真)桜に見守られながら、野球を楽しむ仲間たち 4月のある日の午後、わらしべの家で永野川河川敷緑地公園に「お花見」に出かけた。その日はほんのり肌に感じる風は冷たかったけど、桜は満開に近かった。
 桜を眺めながら、みんなはお菓子を食べていたが、自分はお菓子を2人の姪っ子に残し、レクリエーションが始まるまでシートに寝て風にたなびく桜を、眺めた。「こうして、眺める桜も、乙できれいだなあ。桜の木は毎年元気に花を咲かす強い木だなあ」と思っていると、数年来仕事をして泣き笑いを重ねてきた仲間たちが「なに、急に寝て、どうしたの」とたずねてくる。「うん、ちょっと寝てみたかったのう」(写真)満開に近い永野川河川敷緑地公園の桜とおどけて、携帯電話のカメラにおさまったけど、撮影してくれた人が座るシートの奥に、仲間の顔が新旧混じっていることに感慨深くなってしまった。
 自分は、養護学校卒業後1996年春から働き始め、社会人として第1歩となる仕事を印刷屋さんから請け負っていた原稿入力から覚え、納期に納める厳しさを知った。この経験は現在のお客様のために製品開発、販売している仕事生活にも生かされている。
 個人生活では2人の姪っ子に恵まれ、日々の成長ぶりに目を細めたり、丸くしたり・・・。また、2006年秋からは「日中一時支援事業」を利用して、週末行くところができてリフレッシュできている。環境も進化して、丸11年が経った。この11年間で数多くの出会いと別れを経験した。これからも、その人たちへの感謝を忘れず今年も精一杯、わらしべの家がある栃木市で生活していこうと桜の木に教えられた4月のある日だった。(平成19年4月9日)

自主製品事業に新しいメンバーが!!

じゅんのすけ

 このたび!わらしべの家第一作業所自主製品事業に新しいメンバーが加わることになりました。このほのぼのだよりの場を借りて、本人よりごあいさつがあります。
 「先月から、わらしべの家で働いています!今日までの1か月の間にみんなの作業・生活を見てきました。さをり織りという織物をやっていて、細かい作業があっても、みんなとてもいい作品をつくっていると思います・・・」
 本人も、今では、わらしべの家の生活に慣れてきた様子・・・。ぼくもひと安心です・・・。今後自主製品事業メンバーとして、新しいことへの挑戦や我慢すること、失敗すること、いろいろな経験をしていく本人に、自分たちがどれくらいお手伝いできるのか?自主製品事業メンバーと毎日を過ごしながら、一緒に成長していこう。(平成18年10月31日)

7月3日夜の「クローズアップ現代」を見て

混む@管理人

 取り上げられたテーマが自分になじみが深いものである。わらしべの里通信の作成を通じて「国と利用者がお互いに協力しあって、私たちが地域でよりよい社会環境を作り上げること」を基本に制定された法案だと理解を深めた、「障害者自立支援法案」だった。
 番組では工賃を上回る利用料負担、10月から福祉施設を利用する障害者を一般企業への就労に結びつける支援が強化されて本当に障害者の自立は進むのか、障害者自立支援法が福祉の現場にもたらす波紋を追っていた。
 わらしべの家は2004年に隣接する工場跡を購入し、日本財団様から\20,100,000円の補助金をいただいた。それをもとに改修工事を行い、「わらしべの家第2作業所」としてオープンさせた。「請け負い作業」は第2作業所で行っている。一般就労と福祉就労に区別するためかと直感し、養護学校の先輩で「パソ工房」でともに働いているぽりさんと、番組を見た感想など話した。
  「自分、区別されることをはじめて知った」
  「先輩を好きになるのに時間がかかったけど、今ではタッグを組んでこれからも仕事がしたいと思っている」
 「僕は地域で暮らしたい」
 「地域で暮らすって仕事のうえに成り立ってない?」
 「そうだね、5年後のことは、わからないけど今は今のことを充実させよう」という話にまとまった。
  先輩は、「わらしべの里通信」の中で「一口に『ノーマライゼーション』といっても一般の人と一緒に暮らしをやっていけるか不安で心配です。今まで35年間主に障害者同士の交流をしてきましたがこれからは一般の人たちとうまくやっていけるのかなあ」と、訴えている。
 自分も先輩と同じ気持ちを抱えているけど、健常者と対等に接するには、心まで障害者にならないことだと日ごろから思って過ごしている。
  5年後の自分は、仕事生活、個人生活においても、今の積み重ねが決めていくと思っているので大切にしたい。(平成18年7月31日)

ホームページ製作における仕事の責任

混む@管理人

 最近は、ホームページ作成ソフトの充実やプロバイダーのサービス優遇によって、個人でも気軽にサーバ領域を申請し、公開・更新している。それはある程度、更新時期が優遇されてもかまわないと思うが、お客様がいた場合そうはいかない。認知度が高くなりそうなホームページは特に人々の視線にさらされるので、納期内にリンク切れ、誤字脱字のないページをアップロードするということは、重要不可欠である。
 それを自分、miyabiさんがことあるたびに言われてきた、「ゆっくりやっていいよ」という言葉で覚えた。その言葉の裏には、「期限までに上げてください」という言葉があるように自分には読み取れた。そのため「知的障害者小規模通所授産施設わらしべの家」が、国の認める25名定員施設「知的障害者通所授産施設わらしべの家」になったことを記念して行った、2002年秋の更新時、一時期体調を崩しながら仕事をした。だからこそ、次回更新に向けた準備を常にしている“今”があると思っている。
 そんな混むが、「ホームページ製作者」として大切にしているもの。それは、見て楽しい、依頼者の個人・団体の「らしさ」が一目でわかるデザイン。
 僕自身この「社会福祉法人わらしべの里」のサイト構築を任されたころ、よいデザインはいろんなホームページを見て、研究することはもちろんのこと、仲間の中で騒いだり、深く睡眠したり、美味しいものを家族全員で食べるなどよりよい日常から生まれてくると思っていて一人で、工房のメンバーに頼らずこつこつやっていた。更新しつづけ、今があるわけだが、最近作っていても、「一人の感覚」にしかならないことに気づいて姿勢を変えている。
 これからは、もっともっとホームページ作成、機関紙作成、名刺作成・・・「パソ工房」が抱える業務すべてにおいて、以前のように議論しあいながら臨んでいきたい。そうすることによって、いろんな考えが生まれて「選択肢」が出てくる。その選択肢を生かして作られたものは「能動的に離れた人達のコミュニケーションツール」として活用できると考えている。
 かっこいいことをいってきたが、これからはもっともっと声をかけあって、仕事を盛り立てていきたい。(平成16年9月1日)

僕の願いと夢

わらしべの里仲間PORI

僕は、今、送迎車で毎日わらしべに通っていますが、僕の願いは1人で、わらしべまで、電動車イスで通えたらいいなと思っています。今の状態では道が狭いので1人で通うことができません。地域の道も広くなって車イスでも安心してどこにでも行けるようになるといいなと思います。僕1人でも外に出てみたいです。
 僕の生活は、一般的には、親が介護をやっています。僕は親が倒れたら、僕の介護は誰がやってくれるのか、心の中でいつも心配しています。親も自然に高齢化へと進みます。
 今の日本の現状では「親が倒れれば入所施設へ行く」のが当たり前にようになっています。でも僕は、親が倒れても入所施設へ行きたくありません。この栃木の街で健常者と同じような生活を送りたいです。お友達やボランティアの人のお世話になって生活が成り立つといいなと思います。誘ってくれる友達がほしいです。
 今度、機会があったら、2・3日、自立生活をしてみたい。そこで、何ができて、何ができないかと体験をしてみたいです。もし、できない事があれば、今後の課題とする。そして、1週間延ばす。こういうチャレンジをやってみたいです。
 困る点は食事です。僕も簡単な料理をやってみたいです。最初は、カップラーメンから作ってみたいです。外に行けば、お弁当屋さんなどがあって便利な時代です。
 家にいればなんでも親がやってくれるけれど、あまえてばかりいてはいけないと思います。自立生活ができればいいと思います。僕はパソコンが大好きです。施設長のはからいで去年(平成13年)から1年間ホームページデザインの通信講座を受けさせて頂きました。これを仕事に生かせたらいいなあと願っています。
 パソコン室も新しくなり、今では、わらしべ通信を作ったり、パソコンの勉強もしています。これからももっといろいろな仕事ができるといいなと思います。将来はパソコンで働いたお金で生活が送れるといいなと思います。
 これが僕の夢です。(平成14年10月1日)

夏の旅行、楽しかったなあ

かずちゃん

西方町(栃木県上都賀郡)に、「芙蓉会」というボランティアグループがあります。私は、平成14年(2002年)7月20日、21日と旅行に参加し、時計台とテプコ見学と大吊橋・クアホテル寿苑に行きました。大吊橋でつり橋を渡る時、すごく怖かったです。翌日、竜頭の滝、千本松牧場に行き、山登りやバーベキューをやりました。NTさんと私の同級生NNさんもいっしょに行きました。部屋は、二人の部屋の隣の部屋でした。
 旅行先での夕食の前に記念写真を撮ってもらいました。夕食の後に、みんなで外に花火をやりに行きました。旅行は楽しかったけど疲れてしまいました。

 私は、第3土曜日に西方町の「芙蓉会」のせっけん作りに参加をしています。私は、そのときにシールを貼ったりします。

パソ工房製イメージ
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