東方の商人 >>   

 茶色い砂埃が舞う広場には無数のテントが並び、様々な馬車が行きかっていた。そこには白いヴェールで全身を覆った女性や褐色の肌の男性たちが、大勢集まっている。みな一様に豪奢な貴金属を身につけてい
ることから、この場に集まった者たちの懐具合がうかがい知れた。
広場の中央には一段高くなった舞台があり、人々はそれをぐるりと取り囲むように集まっていた。これから競りが始まるのだ。

 はるか古代の帝国ラクシャは国土の三分の一を砂漠に侵食された国であり、首都であるディーラウも砂漠の中の都市である。
国がまったく文化の異なる西の大陸と東の大陸をつなぐ境目に存在するため、ラクシャはさまざまな商いの中継点となり、帝国としての実権を失ってからも交易で栄える商人の国であった。
首都の東のはずれ、主に東方の国々の人間が集まる市場にその場所はあった。


 男はゆったりとした紺色の服をまとい、美しい漆黒の髪を弄びながらきょろきょろと辺りを見回していた。ふとその緑色の瞳がある方向に向く。
「へぇ…」
 つぶやきに入るかどうかもわからぬほどの小さな声をあげ、男はゆっくりとそちらに向かった。近づくほどに周囲のざわめきが大きくなっていく。舞台上の男が下品な声で何やらを叫び、それに対して観客たちはそれぞれに
値段を叫んでいく。東方では一般的な競り市だ。
「4!」
と、どこかから声が上がる。男がさりげなく探りを入れれば、それは大陸でもっとも高価な金貨で4千枚であるようだ。破格の値段であるが、そこかしこから上がる声を聞いていればまだまだ値段は上がるということが確信できる。
(そこまで価値がある商品もめずらしいな)
 少し考え込んだ男は、先ほどから上がり続けている値段を聞きながら人ごみを分け、商品のよく見えるほうへと進んでいった。
「へぇ、こりゃすごいや」
 今度こそつぶやいた男の声を聞きつけたのか、近くにいる太った商人が相槌を打つ。
「だよなぁ、色もめずらしけりゃぁ綺麗な品だぁ。東の果てのほうにでも持って行きゃあここで買った何十倍の値段にもなるだろうよ。あっちじゃぁこんな色のモンはできねえからなぁ」
「ちがいないね、だからこんなに盛り上がってたのか」
 男は納得した様子で答えた。
 そうだ。めずらしい。
 西側の国にはごろごろしているのだということはわかっているが、西側の国のものなどなかなか手に入るものではない。
「うん、きれいだ」
 いいなぁ、欲しいなぁ、と男は続けていった。
「ははは!そうだなぁ!だがもう俺にも手が届かないような値段になっちまったよ」
 太った商人はかかかと笑う。
 いくらから始められたかはわからないが、値段はとうに一介の商人が扱えるようなものではなくなっている。
「こんなに値が上がっちゃあ、後はもう東方の8商人でもないと無理だなぁ。残念だったな、若いの!」
「100!」
 商人の楽しそうな声と、いきなりつりあがった値段が大きく響いた。
 一瞬広場が静まり返り、次第にざわめき立ってくる。金貨10万枚。いくらめずらしく、状態がよいものであろうとも、そこまでの値段で買い求めるほどかということだ。
 太った商人がぴゅうと口笛を吹いた。
「100か!あの商品に100出すってぇな、どこの王族の使いのもんだろうなぁ!」
 快活に笑うその声には、明らかにあざけりの色が含まれていた。
「他には!100でおわりかぁ!?」
 舞台上の商人が叫ぶ。
 答えるものがない中で、さっと手が上がった。
「その倍だすよ」
 よく通る凛とした声で、男は言った。
「200だぁ!」
 他にいないか!との声に、誰もこたえるものはない。
「200だ!」
 競りの終了を告げる鐘が盛大に鳴らされる。
 会場が人々の歓声で一気に爆発した。その中で驚いたように、太った商人は男を見つめる。
「200…なんてなぁ、あんたいったい何モンだ?」
 その言葉に男はまろやかに微笑んだ。
「もう東方の8商人じゃないと、無理なんだろう?」
 商品を取りに向かった男の後姿を、太った商人はただ見つめていた。

「は、そうか。あれが東方8商人の中で一番若いっつう、噂の男か」