ネコから見た地球儀 >>

 わがはいはねこである。
でも名前はある。ナツメという。
わがはいはねこであると最初に言ったえらい先生の名前だとおとーさんがいっていた。
だいたいぼくはわがはいなんてヘンな呼び方はきらいなのだ。
 だから、ぼくはネコのナツメです。こんな自己紹介のほうがいい気がする。
おとーさんにそう言うと、「おお、お前もそう思うか!やっぱりな!」なんて全然わかってない答え。
あーあ、これだからニンゲンっていうのは気楽でいいよね。


ネコから見た地球儀


産まれてすこしたって、ぼくはお母さんとさよならさせられて、なかのさんちにもらわれてきた。体じゅうまっ黒なぼくに、なかのさんのおかーさんがそこらへんにあった箱のリボンをとって首にむすんだ。まっ赤なリボンだったから、なかのさんちのけいたくんは名前をジジにするって言ってきかなかった。ぼくとしてはまったくイカンだ(ところでイカンってどういう意味なんだかよくわからない。こういうときに使うって言うことは知ってるけど)。
でも仕事がおわって帰ってきたなかのさんちのおと−さんが、ぼくを見てすぐに「名前はナツメにしよう」ってかってに決めた。
「夏目漱石から取ったんだぞ、我輩は猫である、だ。知ってるか慶太」
「えー、やだよそんなの!ジジにしようよ!」
「じゃあ次の国語のテストで100点取ったらな」
こんな会話があって、ぼくの名前はナツメになった。とりあえず名前が決まってひとあんしんだ。
名前が決まるまでぼくはじつにいろんな名前でよばれてたんだ。いくらぼくがゆうしゅうなネコでも覚えるのには限界ってものがあるんだぞ。
「ナツメ〜、ナツメ、ほらおいで〜」
 けいたくんやおかーさんに話しかける声とは全然ちがう、ぶきみなくらいにやさしい声でおとーさんは今日もぼくの名前を呼ぶ。知ってるぞ。ねこなでごえっていうんだ。こんな声を出してぼくを呼んだあと、おとーさんはぜったいにぼくのことをなでてくれる。だからきっとねこなでごえなんて名前がついたんだ、ぜったいそうに決まってる。

 今日もあそんでもらおうと思っておとーさんの足のまわりではしゃいでいたら、おとーさんはいつもとはちがうものを持っていた。
茶色い箱だ。いつもおとーさんは帰ってきたらすぐかんビールをもってぼくをよぶ。たまにもらえるさきいかはとってもおいしい。でも今日はなんだかちがう。
 今日はビールはのまないの?さきいかくれないの?
そう聞いたらおとーさんはやっぱりわかってないみたいで、
「おーナツメ!お前も見るか?おーい!慶太―!」
ぼくが聞いてることなんておかまいなしにけいたくんのことを大声で呼んだ。
「お父さん、何〜?」
ゲームをしていたのに呼ばれてしまって、ちょっときげんがわるそうなけいたくんがリビングまでやってきた。するとおとーさんはその大きな箱を見せてうれしそうにけいたくんに言う。
「ほら、お土産だ!あけてみろ〜」
「うわぁ!なに〜?」
 けいたくんの手にわたった茶色い箱は、あっというまに中身がとりだされてからっぽになった。あの中に入ってあそんだらたのしそうだな…。うずうずするしっぽにおとーさんが気づいて、ぼくのことをひょいってだっこした。おとーさんのだっこはらんぼうだけど、けいたくんよりはまし。でもやっぱりおかーさんのだっこが一番いいな。
「地球儀だ!」
「あらら、あなたそんなものどうしたの?」
 いつのまにかおかーさんがごはんを持ってきていて、おとーさんにむかって言った。
「会社の同僚からもらったんだ。丁度慶太が地球儀がほしいなんていってたのを思い出してさ、お下がりなんだけどな」
「お父さんありがとう!」
 ぼくはおとーさんにだっこされながら、ずーっとその「ちきゅーぎ」っていうものを見ようとがんばっていた。ちきゅーぎってなんだろう。おっきい箱に入ってたからきっとおっきいものなんだ。
けいたくんが喜んでるからきっとあそんでいいもので、もしかしたらおいしいものかもしれない。
 おとーさん、おろしてよ!ぼくだってちきゅーぎ見たいのー!!
「うわ!あんまり暴れるなよナツメ〜」
「あなたの抱き方が悪いのよ、放してやったら?」
 おかーさんがぼくの味方をしてくれた。やっぱりぼくはおかーさんがいちばん好きだ。おとーさんがしぶしぶぼくを放したから、えいやっと引っかいてやった。ざまあみろ!
 そしてぼくはやっとそのちきゅーぎっていうものをみることができたんだ。
なんだか青くて丸いボールに色々書いてある。
「ナツメ!ほら見てみなよ、ここがナツメのいる日本だよ」
けいたくんのうれしそうな声がして、ぼくはかいほうされたのもつかのま、まただっこされることになってしまった。でもこんどはちゃんとちきゅーぎが見える。
「慶太、ナツメにはわからないわよ」
「いや〜意外とわかってるかもなぁ、なーナツメ」
ぼくは正直にいうとにっぽんというものが何かよくわからなかったけれど、けいたくんがゆびでさしてる赤いのがにっぽんなんだな、とおもった。じゃあきっとぼくのリボンもにっぽんなんだとおもう。
たべられるものじゃなかったなぁ。
ちぇ、ざんねん。

 おかーさんがそろそろごはんよ、って言って、ぼくはいつものごはんを食べた。けいたくんはずーっとちきゅーぎを見ていたかったみたいだったけど、おとーさんとおかーさんにそろってしかられて、仕方なくごはんをたべていた。
 けっきょくあのちきゅーぎが何なのか、ぼくはわからなかったけれど、とりあえずニンゲンにとってはおもしろいみたいだ。
ほんとにニンゲンって気楽ないきものだなぁ。あんなごはんにもならないものがほしいんだもんね。
「ナツメ、ナツメ〜」
 おとーさんのねこなでごえ。そしてこのにおい!
ソファに座ったおとーさんはかんビールを飲みながらさきいかをたべてた。
 ぼくにも!ぼくにもそのさきいかちょーだい!!
「ほーらほら、お前は地球儀なんかよりもイカのほうがいいんだもんな〜」
 おとーさんがやっぱりお前は夏目漱石とはちがうなぁなんて失礼なことをいった。
あたりまえだよ!だっておいしいほうがしあわせでしょう?