怪奇食堂、裏飯屋 >>

時はいつのころか。場所はこの世界ではないところ、それでもこの世界とはつながっているところ。薄暗い川の近くに、一軒のお店がありました。店長は細い目をした一人の幽霊。そして常連客も人外のモノばかり。メニューは…聞かないほうがよいでしょう。
その名は裏飯屋。
三途の川のすぐそばに構えられた定食屋は、今日もいろんなヒトたちでいっぱいです。


怪奇食堂、裏飯屋。


「てんちょー…なんか食べさせてぇ…」
がらりと入り口を開けたのは、黒く長い髪をきつく巻いた真っ赤な目の女性でした。
裏飯屋は丁度開店。本日第一号のお客様は、常連客である艶ちゃんでした。
「えーんちゃん、なんかお疲れ〜?」
 ぐったりした様子の艶ちゃんに、店長はお茶を入れながら尋ねます。
「そーなのよぅ。部下がね、あまりにも使えないもんだからね、必然的にアタシの仕事が増えちゃってね、しかもどんどん新しい仕事が入ってくるからね、もう疲れちゃって…」
 はふん、とため息らしきものを吐き出した艶ちゃんは、立派な着物の袖から煙管を取り出して吸い始めました。
「じゃあ特製ランチがお勧めだよ、いかが〜?」
「何でもいいわよぅ、てんちょーのごはんはおいしいんだからさー」
「特製ランチひとつ〜」
ちなみに今日の特製ランチは、『地獄すぺしゃる 地中海風』でした。何が地中海風なのか、地獄すぺしゃるとは何なのか。疑問は残ると思いますが、君子危うきに近寄らずと言います…そこには触れないことにしましょう。
 丁度特製ランチが艶ちゃんのところに運ばれたとき、からからと控えめに入り口が開きます。
「いらっしゃい〜」
 店長が怪しい笑顔で(しかしこれが店長の営業スマイルなのです)迎えます。お客さんです。
「店長!A定食ひとつ」
「はーい、A定食ひとつ〜」
 なにやら緑色のお客さんですが、店長は気にすることもなく調理場へと戻っていきました。そしてすぐに青い火の玉のようなものが山ほど盛られたお皿を持って、緑色のお客さんへと差し出します。
「はい、A定食おまち〜」
「いやぁ、やっぱり火の玉は青いうちじゃないとなぁ。他の店じゃ鮮度が足りなくて、橙色してたり赤かったりするだろう?」
 お客さんはうれしそうに紫色の舌をぺろりと出して言いました。
「うちは地下室でちゃんと作ってますからねぇ〜、他とは違いますよ」
 店長は嬉しそうに、そしてちょっとだけ誇らしげにそう言いました。
お客さんはぺろりと火の玉をたいらげると、おフダを何枚か渡して帰っていきました。
入れ替わりに、何人か連れのお客さんがやってきます。
「いらっしゃい〜」
「えーと、A定食と…」
 裏飯屋は今日も大繁盛。


お昼時も過ぎて、お客さんがまばらになったところで、からりと入り口が開きました。
「いらっしゃい〜」
「店長さん、カキ氷を…」
 やってきたのは真っ白な女の子でした。
髪の毛も肌も真っ白、来ている着物も真っ白で、瞳は薄い水色です。
「ユキちゃんじゃなーい、今日はグラタンに挑戦しないのー?」
 開店してからずいぶんたったと言うのに、まだくつろいでいる艶ちゃんがその女の子に話しかけます。
「はい。今日はいいんです…」
こっくり頷いて、ユキちゃんは艶ちゃんの向かい側のいすに腰掛けました。
ユキちゃんは何を隠そう雪女。なので熱いものを食べることが出来ず、一度食べてみたいと常々思っているグラタンに挑戦することが出来ません。何度か頑張ってはみたものの、どうしてもとろけたチーズに口をやけどしてしまうのです。いえ、ユキちゃんは雪女なので、チーズがとろける温度でなくても、普通の人が冷めていると感じるような温度ですらやけどをしてしまうことがあります。
 少し残念そうにユキちゃんはため息をつきます。
未知の味、グラタン。
ぜひとも今日もチャレンジしたいところですが、残念ながらこの前の挑戦で負ったやけどがまだ治りきっていないのです。
「はい、カキ氷と液体窒素」
 店長は大きなガラスの器と、すでに蒸発を始めている液体窒素の入ったタンブラーをテーブルの上に置きました。
「いただきます」
 行儀良く両手を合わせ、ユキちゃんは液体窒素を一口。
「雪女ってさぁー、ほんと良くそんなもん飲めるわよねー」
 疲れも取れてきたらしい艶ちゃんは感心したように言います。
「そうですか?私にしてみれば艶さんのほうが不思議です。あんな熱いものを平気で飲んじゃうんですから」
 店長のサービスの練乳がかかったカキ氷をつつきながら、ユキちゃんは艶ちゃんの飲んでいるお茶を指差しました。
「まぁ、種族の違いってそーゆーもんよね」
あっさりとそう言って、艶ちゃんは湯飲みに残っていたお茶を飲み干します。これからお仕事に行くのです。
「てんちょー、ごちそーさま。今日はあいつ来なかったわねぇ」 
しわひとつないおフダを手渡した艶ちゃんに、店長はにっこりと怪しい営業スマイルで答えます。
「もうすぐ来ると思うんだけどね〜、門が開かないんじゃないかなぁ〜」
「ううう、残念だわぁ…」
 肩を落として入り口の扉に手をかけた艶ちゃんは、真っ赤に塗られたつめの先を少しだけ見つめて振り返りました。
「てんちょ、あいつ来たらこれ渡しといてくれる?」
そして袂から白い封筒を取り出します。
「あと、今日の分はアタシのおごりって事にしといていいからさ、つけといてよ」
 そして更にそう言ってにやりと笑いました。
店長も、営業スマイルではない怪しい微笑を浮かべて半分透き通っている親指をぐっと立てます。
「じゃあいってきまーっす!てんちょー、また夜来るわねー」

 がらりと勢い良く入り口をあけて出て行った艶ちゃんとそれを見送る店長と。とりあえず今まで成り行きを見守っていたユキちゃんは、今はここにいない人物を思ってため息をつきました。
「加瀬さん、かわいそうに…」
 そして液体窒素をごくごくと飲み干しました。カキ氷はもう空っぽです。驚くほど早く食べたのに、頭はキーンとしないのでしょうか…いえ、雪女のユキちゃんにそんな心配は要りませんでした。
 今ここにいない加瀬さんは死神さんです。死神さんですが実は人間で、学校に通っていたりします。きっと封筒の中身は死神のお仕事の内容がぎっしりと詰まっていて(封筒はとても厚くふくらんでいました)、知らないうちに艶ちゃんのおごりでごはんを食べてしまう加瀬さんはその仕事をせざるを得なくなってしまうのでしょう。
「ユキちゃん〜」
 店長はふふふ、といつもの怪しい笑みを浮かべていいます。
「いつものこと〜」
「………そっか」

 
 鳩の変わりの八咫烏が禍々しい声で四回鳴きました。 
裏飯屋、昼の営業はこれにて終了。
また夜にはにぎやかな常連客が集まって来るのでしょうが、それはまた別のお話…