エンディングはなし崩しに! >>   魔法街へようこそ 〜紫の場合〜

 魔法街の入り口まで戻ってきた一同は、そこに見慣れた掲示板がないことに気付いた。かわりに横の壁に赤いチョークで、『ユカちゃんの歓迎会。レストラン集合』と書いてある。
「そう言えば、紫くんの歓迎会をしていなかったんですねえ」
 しみじみ呟く阿久津の後ろで、何故か環が身震いした。
「ユカちゃん、イサ見て平気なら大丈夫とは思うけど・・・だめだと思ったら言ってね?」
 何があるのかとこの場で問い質す空しさは、嫌と言うほど学習した。なにしろ、魔法街なのだ。
 さて、熊さんのレストランで出迎えてくれたのは、文字通りの熊だった。
「よお。本性解禁だって?」
「ええ。紫くんは進路が決まるまでこちらで預かることになりました」
 エプロンをかけて2足歩行する月ノ輪熊が、阿久津と会話している・・・あんまり変わっていないな、と考えるのは失礼なのだろう。恐らく。
「ほれ、入った入った」
 押し込まれるようにして入ると、そこは異世界だった。

「やあ、仲間入りだって?」
「は、はい(ああ、だから光物好きなんだ・・・)」
 入り口付近にある宝石店の主・・・名を烏丸武志と言う彼は、背中に黒い羽根を背負っている。手は鳥の鉤爪だ。
「にゃ〜」
 足下に、近所でよく見かける三毛猫が擦り寄ってきた。と、急に猫の体が膨れ上がって五歳くらいの少女になる。よく見ればスカートの裾から、二股に分かれた尻尾が覗いていた。
「ちょっと少ないんじゃない?」
「いやあ、紫ちゃんはずっとお客様だったからな。とりあえず親しくしてた連中だけを集めたんだ」
「ああ、だから竹本さんがいるんだね・・・」
 熊さんと環の視線の先を見ると、何故か椅子の上に入り口の掲示板が乗っていた。
「・・・竹本さん?」
「そう。その人が竹本さん」
 大真面目に頷く環の横で、掲示板が淡く発光する。すると、うっすら人の形が見えた。
『竹本です』
 人影が掲示板に指を走らせると、その通りに字が書かれていく。
「・・・幽霊?」
「ううん。付喪神」
『はい。これからも、よろしくお願いします』
 文字にあわせて、人影がぺこりと頭を下げた。

 見た目がショッキングな面々に一通り挨拶したせいか、人間の格好をしている者が妙に怪しく見える。
 お馴染みの面々・・・阿久津、上田親子、里山兄弟、春麻・・・に囲まれた紫は、あからさまに疑い深い視線で一同を見回した。
「やだなあ。この期に及んで隠したりしないって。俺たちは正真正銘これが本性」
 環がけらけらと笑った。
「ユカちゃんに怪しまれるとまずいと思って、普段良く会う人は化けないタイプを選んだんだから。例外はイサかな・・・」
 まあ、不測の事態で。などと言い訳をしている息子を脇にどけ、進み出たのは阿久津だった。
「何に見えますか?」
 わくわく。そんな擬音がつきそうな表情で、回答を待っている。
「え・・・いきなり言われても」
 困っていると、環がため息をついた。
「ユカちゃん・・・母さんは花が好きだし教会にも行けるし水に沈みもしないけどね、生まれた国はルーマニアなんだよ・・・」
「吸血鬼!?」
「正解です。靖臣さんは、私が同族に引き込みました」
 なんだか恐ろしいことを言われた気がする。
「まさか、委員長・・・」
「ああ、俺? 俺は養子。ちょっと目は良いけど、ただの人間」
「・・・本当だな?」
「本当だって」
 どうせ「目が良い」というのは視力と言う意味ではないのだろうが、この場での突っ込みは控えることにした。
「次は・・・」
「はあい」
 ほにゃっとした笑顔で、春麻が手を上げる。今日はシンプルなワンピースだ。
「あたしは魔女一族の末裔で、現在亡命中」
 魔女・・・? 亡命・・・?
「詳しい話は、また今度ねえ」
 聞きたいような、聞きたくないような。

「・・・・・・」
「兄さ―ん? 言わないんなら俺が先に言うぞ?」
 一応兄の背中を叩くが、期待はしていなかったのだろう。圭士は一度だけ肩を竦めて、自己紹介を始めた。
「立場的にはご同類か? 警察に追われて逃げ込んだ元犯罪者で・・・」
 一緒にして欲しくない・・・いや、待った。
「はんざ・・・」
「冤罪だから」
 すかさず、環がフォローする。
「圭ちゃんと春麻ちゃんと俺が、幼馴染なの。圭ちゃんは大伯父さんの伝手で、小さいころはよく出入りしてたから」
 多少年は離れているが、貴重な人間の友達だったらしい。「冤罪」の内容を聞きたいような気もするが、絶対に後悔するので次の機会を待つことにする。
「その大伯父さん、今は?」
「ああ、士郎さん」
 ・・・今、何を聞いたのだろう。
「士郎さん、仙人だから」
「圭士さん、兄さんって・・・」
「ああ、死んだじーさんがそう呼んでいて」
 圭士は逆に「これを『大伯父さん』と呼べるか?」と尋ねてきたが、問われるまでもなく無理である。
「仙人って・・・あれだろ? 白髭の爺さんで・・・」
「やだなあ。年とらないから仙人じゃん」
 確かにその通りなのだが。
「・・・もう止めた」
 いつもの声が、ぼそっと喋る。
「もう仙籍から抜けたんだ?」
 環は「早いなあ」と感心している。周囲の面々も感心はしているものの、別に驚いてはいないようだが・・・
「あの〜・・・仙人って、物凄い修行してなるモンじゃ・・・」
「ほんの80年だ」
「いや、それだけ修行したのをあっさり捨てるのは・・・どうかと」
「そうか?」
 別に他者が口を出す筋はないが、妙に気になるのは貧乏性だからだろうか。
「ユカちゃん、仙人は欲を持ったらいけないって知ってる?」
 こういう時は、結局環が口を出す。
「悪い意味だけじゃなくて、正の感情なんかも対象になるわけ。この場合は・・・愛情?」
 あいじょう・・・愛情?
「士郎さん、好きな人いたんだ・・・」
 物凄く意外なことを聞いた。その手の情どころか人間臭い機微とは無縁に見える(それも仙人だからなのだろうが)士郎が、いつの間にやら恋愛中らしい。
 紫は驚いたが、次の瞬間静まり返った室内にもう一度驚いた。
「・・・何か?」
「俺は」
 士郎が重々しく口を開く。
「『愛している』などと言った方が良いのか?」
 その場にいた全員が、コクコクと無言で頭を上下させる。かなり異様な光景だった。
 士郎は頷くと、紫に向き直る。
 ぽん、と肩に手を置かれたのを、遠い世界の出来事のように感じた。
「伊藤紫」
「あ、はい?」
「お前が好きだ」
 ・・・気絶しても良いだろうか。

「ってゆーか、士郎さんがあれだけ喋ってる時点で一目瞭然なんだけどね」
 頭を抱えて唸り続ける紫の横で、環が言った。
 あの後士郎は返事を求めるでもなく薬局の店番に戻ってしまい、残された連中は「ユカちゃんの仲間入りと士郎さんの還俗を祝って」乾杯を繰り返している。
「喋ってるって・・・」
 必要事項以外に口を利いた覚えがないのだが。
「あの人、ユカちゃんが来てからようやく普通の無口な人で済むレベルになったんだよね。最後に喋ったの、俺が覚えてる限り数年前だもん。士郎さんの声、初めて聞いたって人もいるよ?」
「・・・それも、修行なのか?」
「いや。あえて言うなら、性格?」
 再び頭を抱える。
「まあ、気がつかないまま出て行くならそれでも良かったけどね」
「ちょっと考えさせてくれ・・・」
「うん。嫌じゃなければ、真面目に考えてあげてよ。ああ見えても年寄で、気は長いから。ゆっくり考えても待っててくれると思うし」
 環はコーラの入ったグラスを持ち上げて見せる。
「士郎さんの恋路に幸多からんことを・・・それとユカちゃん」
「・・・何だよ」
「ようこそ、真の魔法街へ」

 こんな経緯で、伊藤紫は魔法街の住人になった。




                                  〜紫の場合 END〜