田坂メグミ出撃す>>   

 最近、気になる人がいる。
 対象は2人いるので、正確には「人たち」と言うべきかも知れない。
 あえてその内の1人を選んだのは、委員会で接点があった為だ。
「委員長、お願いがあるんだけど」

 私立偲明館学院(しりつ・さいみょうかんがくいん)は、全国でも有数の進学校だ。
『学校は勉強する場所だ!』を合言葉に、教職員一丸となって学生の知力養成・学力向上のサポートを行っている。
 そのくせ受験をあまり意識しない指導体制で、例えば私立文系の大学を志望する学生でもきっちり理数系を教え込まれるし、芸術系科目も必修である。学生にとっては面倒な話だが、その分補習・追試の体制も万全、どうしても付いて行けなくなった時には転校先の斡旋までする徹底振り。
 当然、PTAや一部の教師から「もっとゆとりのある学生生活を」だとか「効率の良い指導をするべきだ」などと騒がれた時期もあった。それに対して学院長が「ウチの教育方針は創立以来こうですし、嫌なら最初から入学しない方が・・・」と喧嘩を売るがごときコメントを返したという噂だが、真実は闇の中である。
 お上の意向も教育界の風潮も何のそので我が道を貫いているわけだが、全国模試の順位と大学進学率という目に見える結果を出し続けているので、誰も文句が言えない。

 田坂メグミなる女子生徒は、そんな学校の2年C組に在籍している。
 ダサいことで有名な(男子は詰襟、女子はセーラー)偲明館の制服を規定通りに着こなし、靴下も校章入りの指定ソックス。脱色なし・パーマなしの黒髪を首の後ろで一本に縛っている。本人によると「ただでさえカッコ悪い制服なのに、無理して改造したら余計に痛々しいと思うの」とのことだが、格好だけなら絵に描いたような優等生だ。
 成績は中の上から上の下を行ったり来たりしている状態だが、飛び抜けて優秀な一部の科目と生活態度の御陰で、教師のおぼえはめでたい。委員会は、風紀の副委員長を勤めている。偲明館ではクラス委員が風紀委員を兼任するので、必然的に2Cのクラス委員だ。

 風紀の委員長は、2年B組の上田環という男子である。彼を一言で言い表すなら「学校一の秀才」が妥当だろう。偲明館の成績上位者はかなり入れ代わりが激しいのだが、彼は入学以来ずっと総合の5番以内に留まり続けている。
 とは言え、彼の成績は、比較的どうでも良いことだった。
 上田環は美形である。端正な顔立ちは長めの前髪と眼鏡で半分隠されているが、雛祭りに飾ってもらう日本人形に似ており、メグミは密かに気に入っていた。
 彼が最近仲良くしている伊藤紫も美少年だ。こちらはまた趣が違って、高校生とは思えないほど小柄で童顔。どちらかと言うと可愛らしい美少女顔をしている。
 この美少年たちはどちらも「親しい人間を作らない変人」として有名だった。
 そんな2人がどうして親しくなったのかは謎だが、1学期が始まってしばらくした頃、伊藤が1ヶ月以上に及ぶ無断欠席をして(メグミは美術のクラスが伊藤と一緒だったので、教師から相談を受けていた。伊藤の両親と連絡が取れなかったらしい)学校に戻ったと思ったら、以前は何の接点も無かった上田とつるむようになっていたのである。
 孤独癖のある美少年同士が空白の1ヶ月の後に急接近したという事実は、メグミの想像力を強烈に刺激した。
 彼女にとって重要なのは、この事実である。

「委員長、お願いがあるんだけど」
「何?」
 月に一度、30分足らずで終わる委員会の後、委員長と副委員長である2人は後片付けで少し長く教室に残る。そこを狙って声を掛けると、上田環は人の良さそうな笑顔で返事をした。
「モデルにしても良い?」
 上田は一つ首をかしげた。
「漫画のモデルになってほしいの」
「田坂さんの漫画って確か、BL系だよね?」
「!!」
 田坂メグミは文芸部である。3ヶ月に1冊出している部誌には、確かにBL系の漫画を描いているのだが・・・もちろんモデルを頼む以上、男同士の恋愛物だと隠すつもりはなかったのだが・・・
「何で(ばらす前から)知ってるの!?」
「ひるやすみ通信(部誌名)、図書室に置いてるでしょ? 俺、愛読者なんだけど」
 盲点である。毎回少女マンガ系のイラストを表紙にしているから、手に取る男子がいるとは思わなかったが・・・これならスンナリOKが貰えそうだと、メグミは密かに安堵した。
 これまでにモデルの依頼を持ちかけた男子の反応は、嫌悪感もあらわに断ってくるのと、面白がって許可するのと2派に分かれたが、彼は後者らしい。
「で、俺の相手は?」
「伊藤君。まだお願いしてないけど」
「う〜ん・・・別に良いけど」
 この流れだと次に訊かれるのは「キワドイ内容?」などが多いのだが。
「俺『受』だけど、良い?」
「え?」
 彼の言葉は、これまで聞いたどれとも違っていた。
「ユカちゃん相手だと『俺×ユカちゃん』だよね? ついでに俺は彼氏がいるから、ヤバイ系は無理」
 上田はどこからどう見ても大真面目な顔と口調で、こんなことを言ってのけた。
「部誌できわどいのなんて描いてないし!」
 学校で描く漫画は、せいぜいキス止まりの、見ようによっては『風変わりな友情のカタチ』で誤魔化しが効くレベルだ。最近の少女漫画よりなお清い。いや、そうではなくて
「うん。愛読者だから知ってる」
「ご愛読どうも・・・じゃなくて、委員長、彼氏がいるの?」
「いるよ」
「彼氏さんの許可を取るには・・・」
 目の前にいる人物に頼めばいいのだが、直接交渉する方が礼儀には適っているだろう。大真面目に思案するメグミに、上田は少し驚いた顔をした。
「田坂さん、凄いなあ。女の子ってそれっぽいのは好きでも、本物にはひくかと思ってた」
 馬鹿にしているわけではなく、本当に感心しているようだ。反応を試す為にわざと唐突なカミングアウトをかまされたと気付いて、メグミはかなりむっとなる。
「嘘?」
「ううん、本当」
 つまり彼は本当に『受』で、『彼氏がいる』らしい。

「写真見る?」
 彼流の詫びなのかさらりと差し出された彼氏の写真は、定期入れというベタな場所に入っていた。
「・・・・・・凄い」
「何が?」
 上田が不思議そうな顔をするが、上田の彼氏はいろんな意味で凄かった。
 まず、色合いが凄い。
 腰までありそうな真っ赤な髪の毛とオレンジの瞳は恐ろしく人目を引く。
 そして、美形だ。
 端正な少し野性味のある顔立ちだが、浮かべる笑顔には邪気がない。
 そんな外見のくせに、着ている物がツンツルテンのジャージな辺りがまた凄い。
「カラーコピーしてもいい?」
「ちゃんと返してね。それと、二次配布禁止」
「当然でしょ」
 預かった写真には、何故か赤い蛇の写真が裏表になるように貼り合わせてある。
「・・・この蛇、何? ペット?」
「嫌いだった?」
 蛇の好き嫌いを考えたことはないが、カモフラージュにしたって、もう少し別の物があると思う。
 同じ蛇の写真が携帯の待ち受けになっている事実を、メグミはまだ知らない。

 それでもやっぱり、伊藤紫の話も描きたいのである。
 上田の彼氏に今から許可を取っていたら、締め切りに遅れてしまう。それに、折角湧いたインスピレーションを無駄にするのは勿体無いではないか(実は、これが一番重要)。
「駄目?」
 メグミは、モデルにしたい男子には事前に許可をとることにしている。二次創作もやってみたいが手を出さない理由は、版権を持っている作家や会社に許可を取る方法がわからないからだ。
 おかしいと言われようと、これが彼女なりのけじめである。数年前に初めてモデルにした男子から変態呼ばわりされた挙句、そのことがクラス中に知れ渡るという痛い経験を通して得た教訓だ。(メグミに恋心を抱いていた彼が、美しい幻想を失ったショックをそんな形でしか表せなかった事実を、彼女は知らない)
「ユカちゃんが良いって言ったらね」

 こんな経緯でこの日、一つの友情が生まれた。